バースデーケーキ
                  理雨

「ケーキってさ、トルコ語でパスタって言うんだぜ」
 そう言って、帰宅した私を笑顔で迎えた弟。全く似合わないエプロンを締めて、三角巾を被って。
「……だから?」
「作った。“ケーキ(パスタ)”」
 ほら、と狭い食卓へ引っ張って行かれてみると、そこには二人分の“ケーキ(パスタ)”が鎮座していた。……そう、ちょっとゆですぎたらしいグダグダの麺に、お皿のふちまで派手に飛び散らかしたミートソースを合わせた、正真正銘のパスタが。弟は「どうよ」と言わんばかりの得意げな顔で、私の反応をうかがっている。
 次の瞬間、私は四角いブリーフケースの角で弟の後頭部を一打した。
「なな何をする」
「何をする〜じゃないわよ。どこの世界に、ケーキ用意しとけって言われてパスタゆでる奴がいるのよ」
「だって俺ケーキなんて作れないしー、ケーキ屋は遠いし店員が怖いしで買いにも行けないしー、なら、せっかくの誕生日だから、それらしい物作ろうかなって思って」
 同い年のくせに、小さな子供みたいに頬を膨らませる弟を見て、私は溜め息をついた。いい加減、今日で十九歳なんだから、一人で買い物にも行けない極度の人見知りを治してもらいたくて、ケーキを用意しろと命じておいたのに、その結果がこれだ。もう何年間の付き合いになるか分からない心の疲労を、私は今日も感じた。
「……やっぱり自分で買ってきて良かった」
 溜め息混じりにパスタを押しのけ、私は片手に持っていた箱をテーブルに置いた。弟が目を輝かせる。
「アキ、それってアレ? あのアレ?」
「そう、“パスタ”」
 開いた箱の中には、行儀よく並んだいちごのショートケーキが二切れ。貧乏下宿学生の財布事情を察してか、“おたんじょうびおめでとう”のチョコレートプレートを、ケーキ屋のおじさんは「おまけ」と言って両方に刺してくれた。学校からの帰り、なんとなく弟がケーキを用意できていない予感がして買ってきたのだが、正解だった。満面の笑みで弟が私に飛びつく。
「さっすが双子! 分かってる! アキ大好き!」
「うるさい離れろ」
「……すみません」
 にべもなく追い払われた弟は、すごすごと自分の席についた。私もその向かいに腰を下ろす。
「んじゃ、ハッピーバースデー俺ら! いただきます!」
 迷わずケーキに向かって振り下ろそうとしたフォークをしばくと、弟は捨て犬のような目で私に訴えかけてきた。……本当に十九の男か、こいつは。
「デザートは後。おいしいものは最後って言うし」
「おい、それだと俺のパスタ(ケーキ)がマズいみたいじゃん」
「うるさい。私はアンタの下手くそなパスタを先に食べたいの。せっかく用意してくれた“バースデーケーキ”なんだから」
 弟は目をぱちくりさせた後、子供みたいな満面の笑みを見せた。
 ゆですぎ麺と即席ミートソースのパスタは、何と言うか予想どおりの味で、下手なレストランの方がまだマシだろうと思えるようなシロモノだった。けれど、私の方をチラチラ見ながら幸せそうにパスタをむさぼる弟を見て、私は溜息をひとつ我慢した。
 親元を離れた大学生にもなって、姉弟と同棲だなんて情けなくて、いつになったらコイツは独り立ちするのだろうと心配していた。現実的な話、洗濯をさせては衣類の入れすぎで洗濯機を泣かせ、掃除機を使わせてはコードを引っ掛けて棚を倒し、包丁を握らせてはビビって放り投げる弟は、穀潰しの家政婦と変わらないし。
 ……でもまあ、いいか。少なくともパスタは作れるのだ、もう少し置いてやろう。


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