四つの掌編     細江正助


花屋の占い

通りに面した花屋。カウンターの前には客の男が一人。客の男は女性へ贈る花束を注文していた。店主は花束を作り終えると言った。
「あんたのような用件でこの店に来た客は久しぶりだね。ここに来るのは冠婚葬祭がらみのお客ばかりだ」
店主は花束を男に差し出した。男は花束を受け取り、代金をカウンターの上のトレイに置いた。
「友人から聞いたんだ。この店では占いをしてくれるのだって?」
男の質問に店主はそうだとうなずく。
「よく当たるって聞いたよ」
「いや、今まで外したことが無いだけだ」と店主は答え、「いつかは外すかもしれない」と付け加えた。
「占ってほしいことがあるんだ。実はこの花束を渡す相手にプロポーズをしようと思っている。うまくいくか占ってくれ」
店主は「わかった。占ってみよう」と言い、レジの横にある花籠から一本、小さな花をつまみ上げた。その花には橙色の花びらが放射状に付いている。
「今からやるのは、ご存じ、花占いだ」
店主はそう言うと、花びらを一枚ずつ、ちぎり始めた。花びらを一枚また一枚とちぎって取る度に、「うまくいく」、「うまくいかない」と店主は口にした。
何度目かの「うまくいく」という言葉を発したとき、店主の手が止まった。花びらは残り一枚だけ。しばしの沈黙の後、店主は言った。
「まあ、当たるも八卦、当たらぬも八卦という言葉がある。あんまり、気にするな」
店主はトレイに置きっぱなしになっていた花束の代金から硬貨を一枚取り、男に差し出した。
「おわびだ。少しまけといてやる」
男は硬貨を受け取ると店を後にした。店を出るまで黙ったままだった。

次の日、花屋のカウンターの前には昨日と同じ客の男が居た。
「占いは当たったよ。でも、結果は悪くない。俺は事前にプロポーズの言葉とか、言う場所とか、タイミングとか全部考えていたんだ。だけれど、俺が言う前に彼女の方から付き合おうって切り出されてね」
男は硬貨を一枚取り出して、トレイに置いた。
「これは、取っといてくれ」

男が去った後、店主は花籠から一本花を取り、一枚ずつ花びらをちぎった。最後の花びらをちぎりとった後、店主は男の結婚式でいくらか儲けられそうだと思った。


指輪

少女は祖母の部屋のドアを開け中に入った。クローゼット、ドレッサー、そして壁には押し花のタペストリーが幾つか。

少女が祖父母の家を訪れたのは一年ぶりであった。祖父は出かけていたが、祖母が少女を出迎えた。「一人でここまで来た」という少女の言葉に「大きくなったね」と祖母は喜んだ。
少女と祖母は、とりとめのない会話を交わした。その中で、少女は祖母にもらった押し花のタペストリーを大事にしているということを話した。そのタペストリーは少女が初めて祖母からもらったものだった。祖母はありがとうと言った後で、こんなことを話した。
「私もね、おじいさんから初めてもらったものを大事にしているよ」
それは何と少女が尋ねると、祖母はこう答えた。
「指輪だよ」

少女は指輪を探そうとして祖母の部屋に入った。祖母は今、お茶の支度をしている。「おじいさんもすぐに帰るだろうから、ちょっと待っていてね」と祖母から言われたが、少女は好奇心には勝てなかった。
ドレッサーの引き出しに少女が手を掛けたとき、後ろでドアが開く音がした。
「ここに居たのかい」
と言って入ってきたのは、少女の祖父であった。少女は「ごめんなさい」と言って、祖母が祖父に初めてもらった指輪を探しているということを話した。それを聞いた祖父は、タペストリーの掛けられた壁に目を移した。
「これだ」
そこには、野花で編んだ指輪が小さな額の中に飾られていた。


木とロープと

男は自分のことが心底間抜けであると思った。
彼は首を吊ろうとしていた。林の側で丈夫そうな太い枝が突き出ている木があった。端に石をくくり付けたロープを投げて枝に引っ掛けて、垂れたロープの先に輪っかをつくった。さあこの世ともおさらばだと首をかけたとき、男は気がついた。足が地面から離れない。男は首にロープをかけたまま、しばらく立ち尽くした。
男は情けなさに涙さえ流す気にもなれなかった。こんなに間抜けだから、借金をこさえて、女房と子供に逃げられて、家まで失ったんだと男は思った。

台になるものが必要だ。そう考えた男は、林の中に入っていった。林を少し行くと大きなタイヤが転がっていた。タイヤを立てると、男の胸の少し下あたりまでの高さになった。タイヤの幅も分厚い。男はこのタイヤを踏み台にすることにした。

タイヤを転がしながらロープを吊るした木のあるところまで戻ると、一人の少年がいた。少年は男の顔を見ると言った。
「おじさん、何をしているの?」
男は少年とロープと転がしてきたタイヤを見合わせた後、少年にこう言った。
「ブランコを作っているのさ」

タイヤのふちに腰かけた少年の背中を、男はそっと押した。林には、午後の光がさしている。その光の中で、ブランコは揺れた。


空の色

少年は山道を登っている。少年は空が見える場所を目指していた。

少年の住む平原は、四方を山に囲まれている。平原の上空には絶えず山からの風が流れ込む。そして、平原上空は雲の吹き溜まりとなる。
少年は晴れた空を見たことが無い。いくら空を見上げても、常に薄曇り。

険しい岩肌を登りながら、少年は父親が話したことを思い出す。
「あの雲の上には青い色が一面に広がっている」
少年は見てみたいと言ったが、十五になるまで待てと言われた。それが、村の掟である。
しかし、少年は待てなかった。掟であろうが何であろうが、彼の気持ちを止めることができるものは無かった。
少年は、あと少しで頂上に届くところまで来た。頂上を越えれば空が見える。少年は思った。こっそり寝床を抜け出した甲斐があったと。

少年は空を見た。そこに青い色は無かった。黒い闇の中を星と月が煌々と光り輝く。
ただ綺麗だと、少年は思った。


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