熊猫怪奇録~魔法少女は夜に踊る~

灰汁太川猫也



「......画角これで合ってるかな?お、よしよし、これでおkだね!」
 薄暗い画面の中に、大柄な人影が映っている。人影はその背格好に見合わぬパステルピンクのドレスに身を包み、顔には某女児向け戦隊アニメのキャラクターの面を被っている。ボイスチェンジャーにより出されているであろう奇妙な甲高い声が、画面越しに視聴者へと話しかけた。
「世間の皆、見てるぅ?今日もね、"わるいこと"してるクズを、"お仕置き"していこうと思いまーす?」
 人影が画面の中央から右に逸れる。するとその背後にあった、ガムテープでパイプ椅子に縛られ座らされた数人の男が画面に映った。
「んー!んんー?」
 男達は必死に拘束を解こうともがくが、その努力は重ねてしっかりと全身グルグルに巻かれたガムテープに踏みにじられた。恐怖の涙を浮かべる男達の前に、冷たい鉄パイプを握りしめた人影が立ちはだかっている。そして。
『ゴィンッ?』
 人影の強肩が並外れた力で振り下ろした鉄パイプが、男の血肉を裂いて骨を歪ませた。弾けた血が隣の男の瞼に散り、言葉にならない歪な悲鳴が上がる。
『ゴンッ!バキッ!ドゴッ?』
 鈍い音が数分間続き、男達が悲鳴すら上げられぬ程血にまみれたところで、人影は鉄パイプをその場に放った。ひと仕事終えたといったように背伸びをしてため息を吐く人影は、カメラに近づいてそのレンズに顔を寄せた。返り血で朱く染まったプラスチック製の仮面が、人工的な照明の光を不気味に照り返していた。
「それじゃあそろそろ、今日はここまで!次回の"断罪"も、また見てね!」
 人影の締めの一言と同時に『ブツン』という乱雑な機械音が流れ、動画の再生は止まり画面を黒い闇が覆った。

「これはまた......相当なものですな」
 いつもの文芸部部室の中、小生は写真に映る依頼主と目の前の依頼主を見比べ、顔をしかめていた。写真に写る数日前の依頼主は、金髪にピアスとファッションにこだわっており、笑顔でピースしている。が、今小生の目前にいる依頼主からは、そのハツラツさは全く感じられなかった。
「そうでしょう。......頬骨にはヒビが入り、手足は複雑骨折、アバラも数本折れています。頭にはタンコブができ、顔だけでも六針、体は十七針縫いました。全治四か月です。それも一緒にいた友人までもこの有り様なのですから、たまったもんじゃないですよ。あ、傷跡見せましょうか?」
 不満たっぷりに語る依頼主が顔面の包帯を取ろうとするのを、小生は「いや結構」と食い気味に止める。
「依頼主であるYさん主催のインカレサークルの飲み会の帰り、友人と歩いていると突如として背後から殴られ気絶させられ、ガムテープでグルグル巻きにされ暴行された......という事情で合ってますか?」
 小生の代わりに聞いてくれているK君の問いに、依頼主・Y氏は叫んで答えた。
「その通りですよ?大学通りの会館近くを歩いていたら、突然後ろから殴られ、殺されかけたんですから!是非とも俺らを襲ってきた犯人を、捕まえて下さいよ?」
 それだけ言うとY氏は、傍に立てかけていた松葉杖を掴んで小生らの部室を後にした。

「それにしても犯人は、何であんなになるまでYさん達をボコボコにしたのかな?何の恨みがあったんだろう......?」
 疑問を口にするK君に小生も共感した。
「あぁ。それに事前に聞いた話だと、Y氏らを襲撃した下手人は、どうやら単独犯らしいじゃないか。被害に遭ったY氏らは男三人組、それら全てをまとめてあそこまでの形相にできるっていうのは、一体どんな手練れがやったのだろうね。」
 小生らが話していると、部室の隅にてパソコンで作業していたとある人物が小生らに話しかけた。
「......あの、さっきまでいたY君が言っていた犯人って、これじゃない?」
 そう言って彼が見せてくれた液晶画面には、血に染まった仮面がアイコンの動画投稿サイトのチャンネルフォームが映されていた。彼は解説した。
「このチャンネル主、正義の魔法少女を自称して、悪人としての噂が流れている人を捕まえて物理的にボコボコにする動画をアップしてるらしい。Y君が暴行されている動画もあったよ。フフ、魔法少女のくせに物理攻撃とか......w」
「おぉ、ありがとうT君!大手柄だよ?これで目標は絞れた!」
 小生が謝すと、T君は少し不器用な笑みを返した。T君は性格こそ明るくないが、持ち前の端正な顔立ちとスペックの高さで文芸部を支えている。奇遇にも彼がこの場に居合わせたのは、小生らにとって幸運であった。
「あれ?この撮影場所......暗くてよく見えないけど、これうちの大学の会館じゃない?Y君が拐かされてすぐに被害を受けたのも踏まえると、だいぶ犯人が絞れそうだね!」
 K君の発見に感心しつつ、小生は本件の裏にまだ巣食っている"何か"を考え顎に手をあてていた。
「あぁ、そうだね......まぁ何はともあれ犯人はすぐそこ、もう少し情報を詰めれば何とかなりそうだ。小生は調べ物がてら、ちょっと散策してくるよ。」
 生返事もそこそこに、小生は部室を後にした。

 うつむきがちに熟考する小生は、事件が起きた大学通りへと歩みを進めていた。すると前方不注意であった小生に、向こうから来た人がぶつかった。
「おっと失礼」
 詫びる小生が顔を上げると、そこには六尺五寸ほどもの背丈の女性がいた。女性はその背丈に反しておとなしげな様子で眼鏡をかけており、何度か会釈をして、もの言わずに去って行こうとした。しかし先ほどぶつかった時に落としたのか、小生の目の前には可愛らしいフリルで飾られた先ほどの女性のものらしいスマホがあった。拾い上げると幸い画面は割れておらず、そこには笑顔でピースサインをつくる二人の女性が待ち受け画面になっていた。
「あの、落とされましたよ」
 呼びかけられた女性は咄嗟に振り返り、小生からスマホを奪い取って右手に持っているカバンに押し込んだ。容量の問題か、カバンからは厚手の簡素な上着らしき布がはみ出ていた。女性は再び会釈をすると、通りの裏手に駆け出していった。
 女性の姿が見えなくなるまで棒立ちしていると、偶然か必然か、ちょうどその時小生に妙案が降った。小生はK君につないだ電話口に伝えた。
「K君?今回の下手人は恐らく、直接捕まえた方がいい。Y君はまだ部室にいるかい?彼にも協力してもらって......え?捕まえ方?決まってるだろ、向こうは魔法少女なんだ。こっちも"ヒーロー"になってやろうじゃないか。」

 昼間は学徒で飽和する大学通りも、夜にはすっかり静けさに支配される。街頭も少なく街路樹は影をつくり、人が二人や三人消えたところで気づかれないだろう。そんな道の隅にて、二人の人影が集まっていた。
「お、おぉい、こんな夜道に危ないなぁ、れ、レディが独り歩きなんて」
 ぎこちない声掛けに不自然なハスキーボイスが返される。
「や、やめて下さい!一人で帰れます!」
 微弱な街頭の光が、返答した声の主の長髪のシルエットを映す。するともう一方の人影が長髪の腕を掴んだ。
「つ、つれないな!そんなこと言わず、来いよ!」
 その直後、街路樹の合間から突如として大きな影が現れた。
 それは魔法少女の仮面を被った、先の下手人そのものであった。
 魔法少女は瞬く間に腕を掴んだ側の人影に詰め寄り、音もなく手刀で気絶させた。気絶した男を担いだ魔法少女は、長髪の人影は放っておいたまま物陰へと逃げてゆく。
 その時。
「Stand by!シャバドゥビタッチ変身!ギガスキャン!アイアム仮面ライアー!リミットブレイク!マキシマムドライブ!」
 道の奥から轟音とともに、眩い光を放ちながらやって来る者が現れた。魔法少女はその光に眩み、一瞬動きを止めた。光る仮面ライアーは、その瞬間すかさず魔法少女に詰め寄り、気絶した男を奪って逃げ去った。
「?」
 出し抜かれた魔法少女は、仮面ライアーの追跡を始めた。男を奪うので必死だった仮面ライアーはそう遠くに行っておらず、無機質な魔法少女の仮面が仮面ライアーに肉薄する。しかし。
『ガッ......ビィンッ!』
 その瞬間、魔法少女が転げた。仮面ライアー達は、その隙を見逃さなかった。仮面ライアーはすぐさま担いでいた男を手放し、足元で控えていた人影とともに倒れた魔法少女を抑え込んだ。

 足元で控えていた人影......小生は、被っていた長髪のカツラを脱ぎ捨てておどけた。
「おいおい、魔法少女なら気を付けないと。君が助けた相手が"悪の怪人"である可能性にね。」
 小生の足元には、街路樹との間を結ぶテグス糸が張られていた。
「しかしおかげで君を捕まえることができた。T君と一芝居打った甲斐があったよ。」
 小生は近くに倒れたままのT君の方を見て苦笑いしていた。
「K君のヒーロースーツ姿も様になっていたよ!」
 小生がグッドサインを送ると、K君は着ていた仮面とベルトを外して息も絶え絶えに言った。
「猫也君がいきなり「君はヒーローになれる」とかオール○イトみたいなこと言い始めるからどうしたのかと思ったら......なんか想像の斜め上な重労働だったんだけど......。」
 小生はクランクアップした役者の様子を楽しみながら、魔法少女に跨ってその仮面をまじまじと見ていた。
「......さぁ、そろそろ魔法少女の種明かしといこうか。その正体、しっかり拝ませてもらうよ。」
 小生は仮面を剥がした。するとそこには......可愛らしい女性の、怯えた顔があった。眼鏡をかけていなかったのですぐにはわからなかったが、よく見ると先程ぶつかった女性らしい。
「......すごいな。今まで動画で流れてたあの犯行、全部君だけでやってたの?」
 小生はその意外性に?然としながらも質問した。
「わ、私の動画見たんですね......。あの、はい......。私、柔道とかやってて結構強いので......。」
「何でこんなことしたの?」
 K君が真剣な眼差しで問う。女性は小生達に目を逸らしながらぼそぼそと答え始めた。
「......私、こんなだから、目立ったこと無くて......。可愛いとか言われてみたくて......ネットでたくさんの人に見てもらえるような動画出そうと......。」
「いーや違うね」
 語る彼女を遮って小生が断言した。
「君は動画の冒頭で、"わるいこと"をしている人間を懲らしめていると言っていたね。そこには君がこの犯行に及んだ"真の理由"があるはずだ」
 すると女性は口唇をきゅっと結んで、この事件の"事実"を語り始めた。

 小生達が魔法少女を捕まえた数日後。
 小生らの部室には、依頼主のY氏がやって来ていた。
「犯人わかったって本当っすか?」
 喜々として尋ねるY氏に、小生は「ええ」とだけ返し説明を始めた。
「犯人はこの方......Mという名の女性でした。彼女は柔道の心得があり、酔っていたあなた方を伸すことも造作なかったようです。」
 小生は横にいた魔法少女・M女史を指すと、M女史は神妙な面持ちでY氏に頭を下げた。Y氏は怒り叫んだ。
「お前か?俺の顔を台無しにした落とし前つけさせてやる!」
 ずかずかとM女史に迫るY氏の間に、小生は手を伸ばしてさっと割って入り、告げた。
「......ですがY氏、貴方にも裁かれるべき罪があるのでは?」
 Y氏は怒りの矛先を小生に変えて狼狽えた。
「......はぁ?俺がこいつに暴力を受けた、それ以外のことは何も無いでしょ!何で俺が何かしたことになってんすか?」
 わめき散らすY氏を見て、小生は悪童のような笑いをこらえながら続けた。
「それがどうにもそういう訳にはならないんですよねぇ」
 すると今まで黙っていたK君が、怒りを滲ませてY氏に言及した。
「......あなた、飲み会の度に女性を泥酔させては、自宅に連れ込んで乱暴していましたね?周囲への聞き込みですぐにわかりましたよ。」
 それを聞いたY氏は鼻で笑って反論した。
「心外ですねぇ!俺は飲み会好きですけど、そんなことしてませんよぉ!じゃなきゃ、俺への被害届が警察に殺到してるでしょ!」
 小生は嘲って返した。
「性根の腐った貴方のことだ、どうせ写真か何かを撮って被害女性を脅してるんでしょ。そうでなくとも、性被害に遭っただけでも精神を壊される人は大勢いる。かつて貴方に被害を受けた、M女史の妹さんのようにね。」
「?」
 驚いたY氏がM女史の方に顔を向けると、M女史はスマホの待ち受け画面を突き出して叫んだ。
「あなたも見たことあるでしょう、この子!私はこの子の復讐のために、あなたみたいなことをしていそうな輩を殴って回ったんだから?」
 Y氏は困惑しながらも、余裕ぶった様子で叫び返した。
「知らねぇーよ、こんなブス!第一、それがホントならこいつが俺を訴えるだろ?」
 M女史は怒りに涙を流して叫んだ。
「?......この子は、あんたのせいで心を壊されたのよ!それをあんたは......?」
「もうやめて、お姉ちゃん?」
 突如、部室の入り口から叫び声が響いた。声の主は、白いワンピースに身を包んだM女史の妹であった。背後には取り急ぎ彼女を部室に案内したT君が息を切らして立っている。小生はT君を通して、彼女に事情を伝えておいたのだった。
 彼女はM女史に悲しげな笑みを浮かべて告げた。
「お姉ちゃんが私のこと心配してくれてたのは知ってた。ありがとう。......でももう大丈夫だよ。」
 そう言うと彼女はY氏の方を真っ直ぐ指差して断言した。
「私、この人に襲われました。」
「?......ッ、このクソアマァッ......!」
 血走った眼でM女史の妹を睨むY氏に、小生は彼の肩を掴んだ。
「こうなったらもう貴方の人生終わりですねぇ、助けてあげましょうか?」
「何?何とかなるのか?」
 小生の話に必死で食いつくY氏に、小生は悪童の笑顔のまま答えた。
「えぇ、ありますよ、貴方を苦しみから救う一手が。それはですね......。」
 小生はY氏の肩を掴んだまま窓際に近づく。そして。
「貴方が死ぬことです」
 小生はY氏を窓から蹴り落とした。
「?ぅわあああ?」
 Y氏は流れるように地面に吸い寄せられ、一帯に血の華が咲く......はずだった。だが。
『ボスッ』
 情けない音とともにY氏は雑草の束の上に落ちた。Y氏は訳も分からず呆然としている。
「猫也君?彼の命は......?」
 心配したK君が小生に問い詰めるが、小生は気怠そうな渋い顔で返した。
「前回の事件で言っただろ、ここはせいぜい二、三階程の高さしかないんだ。しかも事前に草束を敷いてある、幸か不幸かは判じかねるが彼は無事だよ」
 そう言うと小生はふと思い出して、窓から地面に侮蔑の眼差しを向けて叫んだ。
「あ、そー言えばY君。君、これに懲りたらさっさと帰って自首しなさい。あと、今後小生らの探偵社、いや部室に二度と入るな。」
 そう言って立ち去ろうとする小生に、M女史とその妹が叫んだ。
「あの、ありがとうございました!」
 すると小生は振り返らずに返した。
「......M女史。貴女の魔法少女の姿、実に美しかったが、あれが血に染まってなければもっと愛らしいはずです。今度会う時は、もっと美しくなった姿を期待していますよ。」

 その数日後、地方新聞紙の三面の片隅には、Y氏自首の報道がひっそりと載ったらしい。


                  <終>


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