ホームセンター

つげろう



  町立図書館の駐輪場、三時間以内は無料だって、浅ましいなと僕はいつも、入り口のひび割れた階段の二から三段目にささやかな成長点から伸びきる寸前の四肢を沿わせて、腰掛けている妹に言う。それから二十四時間ごと停めておくのに百円が必要、僕が中学の頃だからもうだいぶ昔になるが駐車場の改修工事からそうなってしまった、妹はまだ生まれていなかった。今日は、徒歩で来たからその必要はないけれど、いつもは、閉館ぎりぎりまでいるので、少しでも払う金を少なくしようと、どちらかの自転車をずっと故障している〈11番〉に無理やりタイヤを押し込んで柱にゴム紐で車体を縛っておく。ゴム紐はおまじないでもなんでもない、この街は盗まれる方が悪いという街だ。直近ではたしか、妹の自転車が〈11番〉だった。僕は妹に、じゃんけんに勝ったのか、といっても妹が佇んでいるところにひざまずいてゴム紐を結ぶのは、どの自転車でも僕の役目だ。妹が、じゃんけんに負けたか勝ったかは忘れたし、勝ちと負けどちらが〈11番〉なのかは日ごとに違うのでその疑問は意味をなさない。とにかく、妹とのじゃんけんは無条件に幸福だ、何も意味もなく、交わされるまなざしから自然に湧いて出てきた二人だけが存在できる時間と空間というものだ。妹の自転車を〈11番〉に押し込もうと、自分のそれと比べてあまりにも軽々と持ち上がる貧弱な印象、柵の外から伸びて駐輪場の隅をほとんど飲み込んでしまっている雑木林の梢の影に、頂点から外れかけつつある太陽の濃い色の日差しをあてられてたたずんでいる妹の四肢を連想せずにはいられなかった。今日、歩いて図書館に来たのは、妹の希望だったけれど、少し残念に思った。
 今日の妹は変だった。鉱石図鑑からベースボールマガジンまでいつも決まっただけの本を読む妹が、一冊も読み切らずに、ぼうっとしている僕をこづいて突然に、トランプカードが欲しいと言った。七並べしか知らないから相手になれないと僕は困惑を素直に伝えたが、妹は黙って僕を見つめている。ゲームをしたいのではなくて、トランプカードを手裏剣みたいに投げてきゅうりを切断したいらしい。小学校のクラスで話されていたのを耳に挟んだらしかった。トランプカードがどこに売っているのか知らない僕は、ともかくなにか不満を身体の内に満たしている妹をさとして、近所のホームセンターに向かうことを決めた。ホームセンターはすべての商品が売っていながら、ひとつも傲慢な顔をしておらず、気圧されることもなく暇をつぶせる。コンビニでも売っているかもしれないが、この街のすべてのコンビニでは、すべての同級生の親がパートに入っている、そのようなものだからコンビニに行くのはまずい。
 
 
 近頃、僕がよく考えていることは、僕は妹にどれほどの人間でいられるかということだ。人間でなくても、布切れ一枚ほどの記憶として残ってくれれば良いのだけれど、朝の雪にさらした白布みたいに彼女の身体に美しくまとわりつくのか、それとも大叔父の家の居間の、若いころに居候していた父の、寝たばこの焦げ跡が四隅に散らばっている敷物か。今と変わらない矮小な身駆でごろごろしている父の姿が嫌でも浮かんでくるというか、埃っぽくって加齢臭と胃腸薬みたいな臭いのする、片田舎の大叔父の家に入るのが嫌だからって、妹はずっと2tトラックの真ん中で、僕と父の肩の間に沈み込んでいた体勢のまま、綿のポロシャツと上着の制服からたつ乾いた汗と土の臭いに沈み込んで縮こまっていた。僕と父が米や、雪の宿が必ず入っている食料品詰め合わせビニール袋を携えて戻ってくると、鳥の糞とぶつかって干からびた虫に汚れたフロントガラスごしに、妹はいっぱいに呆れといらつきを湛えた目で僕らを射ようとする。妹が、僕ら家族に良くしてくれている、大叔父の家の汚さを軽蔑していることなんて、世界にとってどれほどにどうでも良いことかと思うが、彼女の内部には、当然ながら、我々と星々の大小が異なる宇宙が形成されているのであって、すべては彼女にとって重要なことだということを、普段寝てしかいない僕でも兄として分かっているつもりだ。そして、それが彼女を少なからずに苦しませる可能性をはらんでいることも、だから妹が昼の薄暗い居間の万年炬燵に半身だけ差し込んで制服姿のまま溶けているのを見ると、僕は僕という人間が外の世界にであるく恥を忍んで町立図書館に連れ出すのだ。
 
 
 町立図書館からホームセンターに行く途中は、妹の背後についてまわる影を見て見ぬふりをして、ホームセンターの鶏の看板だけが、狭い空に架かる電線からのぞいている路地裏を歩いて行った。妹の鼻歌から、いつのまにか僕が回答者のイントロゲームが始まっていた。どんどん大きくなっていく、ホームセンターの鶏を見つめていると、ふと妹が、あの鶏はいつも雨の日にいると言ったことを思い出した。すこし頭をひねってみると、雨が降ると、いつもとは違って、屋根の多少ある路地を選択して帰路とするから、という理屈が浮かんでくる。しかし、ぽかりと浮かんできた妹のささやかな発想をすぐに押さえつけて深いところに沈み込ませるということはできない。僕は、静かに笑うだけに留めた。そして、四問目に、「ジャム・ザ・ハウスネイルの......」、と答え、間近となったホームセンターに続く横断歩道を急いで渡った。
 小学生というのは、一面では牧歌的だけれど、腹の内ではまだ形をなしていない半透明のぶよぶよしているに違いない、不純な部分をくねらしているものと思う。最近、妹はため息をよくつくようになった。僕も、小学校三年生のときに理科の教科書の付録、紙でできた模型みたいなものを上手く作れなくって、人生で初めて生ぬるくて、口からこぼれ落ちるようなため息をついたことを覚えている。クラスでつくれなかったのは、僕と隣のKくんだけだった、まさかあのKくんと僕が同じ枠のなかで小さくなって周囲の視線で外の世界から切り離されることがあるなんて。でも、僕はまだ信じていたというよりは、その年齢ながらいやその年齢ゆえの無垢な残酷さからか、直感的に、Kくんはこれからの人生ずっと暗がりを歩いてくのだろうけど、僕はまだ薄明るい程度で済むに違いないと思った。結局、それは間違いで今、僕は半透明のぶよぶよしたものに、逆に覆われてしまってずっと暗がりに潜んでいるけれど。それから、Kくんは、いやにでかい鋏をお道具箱から取り出して、くちゃくちゃになった付録をさらに切り分け始めた、それを横目に手汗でしなしなの付録を机にほっぽりだし、五限目の授業だったから傾き始めて太陽の濃い黄色い光が射すために所々に陰のできる付録だったものを放心しながら見つめた、ところでやめたんだ僕は、Kくんにならってさらにもがくようなことをしたら、惨めさは机の間の三十センチ弱で共鳴して、たちまち教室を満たしてしまうだろうから。でも、Kくんは雨の鶏のホームセンターで熱心にレジを打っていたんだな、本当にびっくりしたもので、僕はあのくずとも思わなかった黒目がちな目に捉えられるのを咄嗟に避けて、コピー用紙の棚とオフィス用品の棚に隠れた。妹はのんきに、文房具を物色している。僕は、心を落ち着かせるために、わざとおどけて、あの車の形したケシゴムのカス集める奴あるかな、と言った。とにかく、ホームセンターに来たら、自由奔放な妹だ、僕の芯を食っていない発言はへし折るように無視して、カッターナイフが百円(税抜)で売っていることにえらく感動して僕を呼んでいる。妹は百円以下で買えるものはすべて"えらい"と考えていたし、さらには「百円」という文言に一種の揺らめきたつかげろうを見ていたのだろう。人々、特にこの街のこの一角の住人なら、共通している感覚と考えるが、彼女みたいに過剰に惑わされているのは、すべてが家、つまりは僕と父のせいに他ならないことは知っている。カッターナイフぐらいの身近さと造りの複雑さをもっていたならば彼女の琴線は容易に震えるようだ。すぐにさびて使い物にならないことは黙っておく。僕はさらなる、不安と不甲斐なさと、労働をしたことがないからよく知らないが、空虚な徒労感みたいなものを感じて、玩具売場に妹をせかした。そして、トランプと一緒にカッターナイフをねだられるのに、肩をすくめながら黙ってうなずくしかなかった。 
 ホームセンターに来るときはいつも、妹の要望で茣蓙・畳売場、そして僕の要望で表札売場に立ち寄ってから店を出るが、僕は全身にかかる惨めな重力に耐えきる体力を持ち合わせていない。奥の角にある製材コーナーを通過して、店の端をなぞるように出口へ急ぐ。妹は、同じ年齢の頃の僕と同じく、製材コーナーが嫌いで、不気味だからと近寄りたくなさそうだった。僕は、背後に妹の存在を痛いほどに感じながらも、それでも壁に掛けられている板目材とのこぎり各種に見つめられながらも、薄暗いくせに新居みたいな臭いのする奇妙な空間を駆け抜けていった。途中で妹がワゴンに積まれた、売り切りの犬用の音のなるゴム人形とガムに立ち止まっているのを押しつぶした声で呼び寄せ、脇汗がしとどになっていることを笑われるのも無視して、進んでいった。床に置いてある水草の水槽と、鑑賞魚の餌の棚の間を潜り抜けて、ついに金属と埃とニスのにおいから解放された空気を、一息に吸い込んだ。ぼくは、鼻腔を満たした湿っぽい香りに驚いて、いつも大叔父の家でフロントガラス越しに見せていた、鋭い目つきの妹をかえりみた。緊張から解放されて、ゆるゆるに弛緩した笑顔を投げかけられて、彼女はさらにぶすっとしたが、僕は外に出ると本当に雨が降り始めていたという、日常のささくれみたいな偶然に、気がおかしくなったように心の底から愉しかった。僕は、不思議そうに、それはいつもだが口を半開きにしている妹に、トランプとカッターナイフをビニール袋に包んで投げた。ホームセンターの玩具ってなんというかそれほどなものなのに、やけに値段が高いなちくしょうと、思わないでもなかったが、それは本当にどうでも良いことだ。僕は、入り口にあった一番薄汚い傘を拝借し、妹を抱き寄せて、帰ろうと言った。
 
 


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