同じ ビガレ 「なんか、こうなっちゃいましたね」 男。 「そうですね。えっと、どうしたらいいんだろう」 女。 「え、こういうところって、初めてですか」 「初めてです。何回目ですか?」 二人きり。基本、二人でしか来ないところ。 「いや、初めてです。初めてじゃなかったら、もう少しスマートだったと思います」 「あ、本当にそうだったんだ。なんか、あえて、とかかと思ってました」 「あえて?」 「いや、あえてラブホ初心者みたいに振る舞って、なんか、そういう流れに持っていくのかと思いました」 「それ、メリットあるんですかね」 「いや分かんないです。私も初めてなんで」 「そっか、そりゃそうですよね。でもそれで言うと、初めてだからこそもっとスマートに振る舞うべきでしたよね」 「なんかずっと反省してますね。いやでも、私は好印象でしたよ、割と。むしろ慣れてる方が嫌というか、怖いかもしれないです」 「本当ですか? じゃあ次もこんな感じの方がいいですかね?」 「あんまり次の人の話とかしない方がいいんじゃないですか。まだ私がいるんで」 「あ、ごめんなさい」 二人はベッドの縁に座っている。 「え、しますか?」 女が男の方を向く。 「あー、どうしよう」 「悩むんだ」 「ごめんなさい、なんていうかその」 「いや、でも言いたいこと分かります」 「え、すご、じゃあ言ってみてください」 「あ、別にメンタリズムとかそういうんじゃないんですけど。なんかその、どっかで冷めましたよね」 「うわ、当たってます」 「そうですよね。冷めましたよね」 「冷めました。え、どこでなんだろう」 「どこだろうな」 「こういう雰囲気でこういう流れになったこと自体、初めてですか?」 「さっきから思ってたんですけどあんまり初めてですか、って聞かない方がいいですよ。初めてっぽかったかな、って思っちゃうんで。思ってるし」 「すいません」 「まあ実際、ここまでは初めてですけど、でもなんとなく、あ、これそういう感じかな、ってなったことはあります」 「え、男の人とですか?」 「はい、男の人とです。え、なんか今の分かんないけどすごい失礼そう」 「失礼でした?」 「失礼でした。失礼っていうか、余計でした」 男がすいません、と言い、女は話を続けさせた。 「そのときって、冷めました?」 「うーん、そもそも最後までいってないので何とも言えないんですけど」 「ははは、そうだった」 「あ、今のところ絶対笑わないでください」女が考える姿勢のまま言った。「でも、いけるんだったらいこうって全然思ってたので、冷めるとかはなかったですね」 「あ、えー、そうなんですね。じゃあ、今回のはなんでなんだろう」 「うーん、私、今日そもそも余りものなんですよね」 「え?」 「余りもの。ほら、さっきまで相席屋いたじゃないですか。で、もう一人の子があなたと一緒に来てた男の子のこと気に入ったって言って。それで、二人きりにしてくれ、って言われたから、私はあなたの方に」 「同じです」 「え?」 「同じです。僕も、余りものです。僕と来てた奴が、あなたのお友達と二人になりたいって言ったから、僕がじゃない方に」 「そういうことか」 「そりゃあ」 「冷めてもね」 「おかしくないですね」 二人は身にまとっていた緊張を解いた。 「なんだ、それなら仕方ないか」 「仕方ないですね」 「私にそういう魅力がなかったからかと思いました。さっきも、じゃない方、って言われたし」 「え、あー、すいません。まあでも」 「あなたもじゃない方ですからね」 「そうですよね。そうです」 「え、どうします。帰ります?」 「あー、そうしようかな。あ、でも」 「あ、終電ない」 「僕もです。え、最寄りどこですか?」 「○○ってとこです。結構離れてます」 「え、僕もなんです。この時間でもう終電ないって珍しいから、同じ路線かなと思ったけど」 「路線どころか」 「駅まで一緒でしたね」 「じゃあ、どこかで会ってたかもしれないですね」 「あ、言われた」 「え?」 「いや、その『どこかで会ってたかもしれないですね』っていうやつ。それって、映画とかドラマのなかの台詞ですよね。『前の車追ってください』とかと同じジャンルの。だから言ってみたかったんですけど」 「すいません、取っちゃいました」女が笑う。「でも確かに、現実で言う機会ないですね」 「そうですよね。だから映画でもその台詞聞くと、ただのそういう展開の前振りかと思っちゃう」 「え?」 「あ、あ、ごめんなさい。そういう意味じゃないです」 「そこまで否定されると、また傷付くけど」 男が謝罪の言葉を口にした。 「じゃあ、帰るに帰れないですね」 「そうですね。え、じゃあ、あの、全然嫌じゃなかったらでいいんですけど」 男が恐る恐る言う。 「あ、全然いいですよ」 女は即答する。 「え、何も言ってないんですけど」 「あれですよね。朝までここで過ごしましょうってことですよね。いいですよ、お金ももったいないし。まあ、話してたら時間、経つだろうし」 「そうです。よかった、話通じる人で」 「ようやくですか。それまではギリ通じない人の可能性あったってことですか。あ、でも、そういうのはもうないですからね。男の人と違って、女は一度ないってなったらもう二度とないですからね」 「いや分かってますよ。男が全員そういう価値観だと思わないでください。逆に、女性が全員そういう価値観ってこともないと思いますけど」 「いや、確かに男性は言い切れないかもしれないけど、女は絶対そうです。言い切れます」 「どこ調べですか」 「友人調べです」 「あなた調べですらないじゃないですか。信憑性ないですよ」 「そういうことにさせてください」 「まあ何を信じるかは自由なんで、いいですけど」 男が鞄からペットボトルの水を取り出して飲んだ。 「え、何話します? 趣味とかは、さっき聞いたもんな」 「そうですね。え、読書でしたっけ」 「あー、まあ、さっきはそう言いましたけど、本当は月に一冊読めたらいい方で。見栄張りました。そっちは、えっと」 「スキーです。でもそれこそ、毎年冬になったら一回か二回行くくらいなんで。それに比べたら、読書の方が」 「さっきは、冬は月二、って言ってましたよ」 「え、そうでしたっけ。じゃあ、僕も見栄張りました。すいません」 「いや、謝らなくてもいいですけど。あ、あとは、最近早起きにはまってます。なんか、本でそういうの見て」 「ああ、分かります。僕もするようにしてます、早起き」 「なんかね、一日のスケジュール立てやすくなっていいですよね」 「ね、いいですよね」 「ですね」 「ですね」 「終わりましたね」 「終わりましたね、趣味の話」 「じゃあ、んー、最近街で見たこと、とかどうですか」 「最近街で見たこと? そんな話すようなことあるかな」 「私あるんでこれ提案したんですけど。話してもいいですか?」 「あ、どうぞ。じゃあその間に考えてます」 「スマートウォッチって、流行ってるじゃないですか」 「ああ、あの、腕時計とスマホの中間みたいな」 「そう。で、あれってSuicaとか登録してピッてやるだけで改札通れるじゃないですか。知ってます?」 「まあ、知ってます。モバイルSuicaってやつですよね」 「そうです。それで、この間電車に乗ったときに、そのピッてやつ、失敗してた人がいたんですよ。なんか私、それ見てぞわってして」 「ああ」 「普通のカードで改札ばたーんって閉まるより、あれでばたーんの方が、なんか恥ずかしさ倍増じゃないですか?」 「わざわざ、便利にしたのに」 「そうなんです。スマートウォッチもモバイルSuicaも、自分の身の周り便利にして時間節約するためにやったのに、それで改札通れなかったら意味ないじゃん、みたいな。そんなので失敗しちゃったら、スマホとにらめっこしながら必死でモバイルSuica登録した日のこととか周りの人に想像されそう、みたいな。私、実際に想像したし」 「全然スマートじゃないですね」 「そうなんです。だから、実は私スマートウォッチ持ってるっていうか、プレゼントされたんですけど、一回も使ったことないんです」 「まあ、そもそもあれ自体ちょっと気取ってる感じ、出ますよね」 「え、そうですよね。出ますよね。わ、なんか、意外です。分かってくれるの」 「僕がですか?」 「そうです。なんか、さっき結構失礼なこととか言ってたから」 「いやそれは本当に悪気がなかっただけで。そういう感じのこととかは、全然思います」 「え、じゃあなんか思いつきました? そういう感じのやつ」 「あ、忘れてた。あー、どうしよ。えっと、そうだな」 「そのお水、もらってもいいですか」 女が手を出した。 「え、これですか?」 「しゃべったら喉乾いたんで。その間に思い出してください」 「別にいいですけど、口、つけてますよ」 「次の人のときはそれいちいち言わない方が雰囲気出ますよ」 「あ、確かに。じゃあ、どうぞ」 「ありがとうございます」 ペットボトルが男の手から女の手に移った。 「あ、思いつきました」 女が水を飲みながら目で話を促す。 「バイト先までの近道に、住宅街があるんですけど。僕、家とか見るの好きなんですよ。何階建てかとか、庭があるかないかとか。なんて言うんだろう、そこに住む人たちの生活を想像するのが好きで。そういうの見ながらバイト行くんですけど、そのなかに一軒、壁がピンクの家があって」 「うわ」 二口分減ったペットボトルが男の手に戻る。 「今、うわって言いました?」 「あ、ごめんなさい。言いました」 「いや僕もそれ見たとき、うわ、って言っちゃったんですよ」 「ああ」 「いやその、他人の好みを批判するわけじゃなくて、本当は何色でもいいんですけど。でも、その」 「家族会議ですか?」 「そうです。家ってやっぱりその、色んな人の思いが詰まって造られるわけじゃないですか。そのなかでも外壁ってめちゃくちゃ大事というか、かなり慎重に考えないといけない部分だと思うんです。その上で、その色をピンクにするって、言い方悪いかもしれないんですけど、誰も止めなかったのかなって、家族会議で」 「ですね」 「もしかしたら家族全員がピンク好きっていう可能性ももちろんあるんですけど、でもやっぱり考えられるとしたら、家族のなかのピンクに並々ならぬ愛情を持った誰かが意見を押し通したんじゃないかなって思っちゃうんです。それが決定したときの会議の様子を想像しちゃうと、なんか悲しくなるんです」 「分かります。まあでも、悲しくなるのはちょっと、考えすぎな気もしますけど」 「え、いやそんなこと言ったら、モバイルSuica登録したときのこと想像するのだって、考えすぎですよ」 「さっきは共感してくれたじゃないですか」 「そこに関してはしてないです。スマートウォッチで改札通れないのが恥ずかしいっていうのに共感したんです」 「えー、なんだ」 一瞬静かになって、環境音が目立つ。 「ここ、結構壁薄いんですね」 「あ、言うんだ」 女が笑う。 「え?」 「いやごめんなさい、無視するのかと思いました」 「あー、の方がよかったですかね」 「いえいえ、大丈夫です」 「次の人のときは、ってやつですよね」 「いえあの、本当に。あー、なんか、恥ずかしくなってきた」 「あ」 「ん? なんですか」 「恥ずかしいとき、手で仰ぐ人なんですね」 「え、ああ、これ?」 「はい。その、顔の周りでぱたぱたするやつ」 「あー、やってますね。うわ、無意識ですね」 「それって意味ないですよね」 「意味?」 「恥ずかしくなって顔が熱くなるのは分かるんですけど、そんな手で仰いだ風くらいで冷めるわけなくないですか?」 「いや、まあ、そうですけど」 「僕これ人から聞いた話なんですけど、だからその仕草って、コピーなんですよ」 「コピー? さっきから話し方が分かりにくいんですけど」 「いや、すいません。コピーって言ったのは、ちょっと、順を追って説明しますね」 「んー、はい」 「さっきも言いましたけど、そもそもその仕草って理にかなってないんですよ。だから、自分の発想で思いつくわけないんです。恥ずかしくて顔熱いな、そうだ冷ますために顔を仰ごう、なんて思うわけないんですよ」 「そんなこともないと思うけど」 「てことは、別の誰かが既にその仕草をしていたのを見て、それをコピーするって形でしか、そんな行為するはずないんです」 「なんかすごい言われようだなあ」 「だからそうやってこの無意味な仕草は広まったんだって、その人は言ってました」 「分かるような分からないような」 「こっからは僕の持論なんですけど、この仕草って、まあ、可愛く見えるじゃないですか」 「うーん、まあ、どちらかと言えば」 「だからこれを見たときに、あ、この仕草可愛く見えるから私もやってみよう、っていう気持ちが、コピーの原因になってると思うんですよね」 「え、それだと私が可愛いと思ってやってたみたいになるじゃないですか」 「違うんですか?」 「違いますよ! 勝手にそっちの理論に巻き込まないでください。私は、あ」 「......え?」 「いや、今その、言おうとして」 「何をですか」 「私がこれやっちゃうのは、小学校の友だちの癖がうつっちゃっただけって、言おうとしたんですけど」 「あ、ほら! コピーじゃないですか!」 「うわ、悔しい。なんか分かんないけどすごく悔しい」 「また一つ立証されました。やっぱり誰かの影響じゃないとあんなことしませんよ」 「今すごく、あなたと、あなたにその話を説いた人の二人に見下ろされてる気分です」 「あ、でもこれを言ってた人もやってましたよ。顔の周りで手ぱたぱた」 「え、そうなんですか」 「やってました。だから自分でやってて、それに気づいたって言ってました」 「ちなみにその人は誰のをコピーしたんですか」 「普通に好きなアイドルがテレビでやってるの見たって言ってたと思います」 「なんだ、普通ですね。とりあえず私は、今後はもうこれやりません。誰にもコピーさせません」 うつむいた女の視線が、テレビ台の灰皿にぶつかる。 「そう言えば、たばこ吸いますか?」 「いや、吸いません。吸います?」 「吸いません。吸ったこともないです。いました? 周りに吸う人」 「あー、高校のときバドミントン部に入ってたんですけど」 「え、はい」 「そのときの監督兼先生が吸ってたかな」 「わあ、私もです」 「え、たばこがですか?」 「いや、バドの方です。あ、でもうちの監督も吸ってたかも」 「へえ、偶然。まあ僕は二年で辞めちゃったんですけど」 「え、辞めたんですか。なんでですか」 「あー、まあ、あんまり合わなくて」 「監督と? あ、他の部員?」 「うーん、なんていうか、部の雰囲気自体が?」 「へえ」 「なんて言ったらいいんだろう。あの、部員のこと下の名前で呼ぶんですよ」 「ん、友達同士で?」 「いや、監督が。監督、普段は歴史の先生で、授業中は普通に名字で呼ぶんですけど、部活になると部員を下の名前で呼んだりするんですよ」 「それが嫌だった?」 「嫌、というか、恥ずかしくなるんですよね。なんか、ちょっと無理して距離詰めようとしてくる感じというか、普段と部活とでスタイル変えてる感じが、恥ずかしくなっちゃう」 「あー、んー」 「分かります?」 「分からなくはないです」 「ってことは、そっちはそういう感じではなかったんですね」 「あ、私が入ってた方ですか? まあ、それはなかったですね。ちゃんと名字で呼ばれてました。でも、私も高二で辞めたんですよね」 「え、同じだ」 「そうなんです。びっくりです」 「もしかして部の雰囲気でですか?」 「いや、どうなんだろう。え、そうとも言えるのかな」 「流石にそこまで一緒じゃないか」 「んー、そうとも言えるかもしれないです」 女がすぐに次の言葉を足す。 「うちのバドミントン部、まあ男女あって、マネージャーもいたんですけど、それは全員女子なんですよ。それが関係してるのかは分からないけど、試合前、特に大事なやつの前とかに、そのマネージャーたちが作ってくれるんですよ、お守り」 「ああ、ありましたね」 「ありましたよね。なんか、私たちが練習してる間に体育館の隅で裁縫セット広げて、作ってましたよね。すごく楽しそうに。まあそれ自体は、別にいいというか、いや本当に、ありがたいんですけど」 「けど」 「つけなきゃいけないんですよ、あれ。もらったら、みんなバッグとかにつけるんです。つけなかったら浮くんです。いや分かってます。そうやって見せびらか、いや、同じものをみんなでバッグにつけるまでがゴールってことは。だけど、だったら別にいらないかなとか思って。なんか、私までその一致団結に参加してるみたいになるじゃないですか」 「参加したらいいじゃないですか」 「ねえ笑ってますよね。やめてください、本当は分かってるくせに私に悪いこと言わそうとするの」 「悪いこと考えてるからじゃないですか」 「悪いっていう自覚あります。わざわざこんなの考える必要ないって自分で思ってます。だけどそれはどうしようもないから、途中で退部しました」 「仕方ないですね」 どこかを走るバイクの音が聞こえる。 「あの、思ったこと言っていいですか?」 女。 「どうぞ、思ったことは言ってください」 男。 「なんかさっきから、やけに同じじゃないですか?」 「価値観が、ですか?」 「いやそれもそうなんですけど。部活高二で辞めてることとか、最寄り駅とか、あとは遡れば、今日余りものなこととか」 「あ、確かに。監督がたばこ吸ってたのもそうですし、あと、恥ずかしいときに手ぱたぱたさせる小学校の友だちがいたとか」 「え、あの話、小学校の友だちから聞いたんですか?」 「そうです。あれ、言ってなかったでしたっけ」 「言ってないです。すごい大人びてる子ですね。あ、でもミッちゃんも大人っぽかったかも」 「今、なんて言いました」 「え、すごい大人びてる子ですねって」 「そっちじゃないです。独り言みたいに言った方」 「えっと、ミッちゃんも大人っぽかった、って。え、もしかして」 「僕のその友だちも、ミッちゃんでした、あだ名」 「やだ、怖い」 「え、怖いですか。僕はどっちかって言うと、わくわくしてます」 「怖いですよ」 「そうですか。でも、ギリ、あるんじゃないですか。だから僕は、かなりわくわくしてるんですけど」 「いやだって、さっきは言ってなかったですけど、私も住宅地のなか通りますもん」 「え?」 「バイト行くとき、近道で住宅地通ります。しかもピンクの家あるし」 「それ単純に同じ道通ってるだけなんじゃないですか。最寄りも一緒だし」 「でもあそこで私同じくらいの年齢の人とすれ違ったことないですよ」 「まあ確かに、ほとんどあそこに住んでる人しか使ってないですけど」 「え、バイト先、何のお店ですか」 「ペットショップです」 「ほらもうやだ、私もなんです」 「いやペットショップくらい」 「ペットショップそんなにないですよ。え、どういうことですか?」 「どういうことって、分からないですよ。あ、じゃあ、僕バイト掛け持ちしてるんで、それは流石に違います。マジで合うはずないです」 「なんですか?」 「当ててみてください」 「だる。え、じゃあ、ペットショップ」 「え、いやだから、それは」 「ペットショップとペットショップの掛け持ち、ですか?」 「うわ俺も怖くなってきた」 「やっぱり」 「なんでなんですか」 「私もそうだからです。え、あれですよね、逆にメンタル心配されたりしますよね。動物好きなのか嫌いなのか分からないって言われたりしますよね」 「言われます。逆に動物のこと商品としてしか見てないんじゃないのって」 「うわ一緒だ!」 「なんで今度はそっちがテンション上がってるんですか」 「え、あの、スキー、趣味って言ってたじゃないですか」 「見栄張りましたけどね」 「ですよね。冬に一、二回なら正直私も行くんですけど、それできるようになったきっかけって」 「きっかけ? おぼえてないな」 「あれですよ。小さい頃お兄ちゃんが怪我で大きい病院に入院しちゃって、そのお見舞い行くたびに時間潰しでお父さんが屋内スキー場連れてってくれたからですよ」 「そうだ思い出した、いや思い出したじゃなくて。なんで僕の思い出のなかに入り込んでくるんですか」 「私もそうだからです。え、お兄ちゃんなんで怪我したか当てましょうか」 「いやいいです、怖いです」 「いろ鬼」 「え?」 「学校で友だちといろ鬼で遊んでて、ですよね。あの、鬼が言った色を触らないと捕まるやつ」 「いやでも」 「それは実は嘘で、本当はクラスの女の子に告白して振られたショックで帰り道走ってたら階段から落ちた」 「だけど恥ずかしくて嘘ついて、でも相手の女の子が卒業文集の『六年間で言い残したこと』の欄に兄貴の名前と一緒に『二つの意味でごめんなさい』って書いちゃってバレた」 「全部同じ」 「あの、じゃあ趣味読書って言ってたじゃないですか。あれは」 「嘘。本、嫌いです。だけど無趣味よりはいいかなって思って」 「ですよね。僕、本なんか読まないですもん」 「だけど唯一持ってる漫画は?」 「え? あ」 「『よつばと!』」 「そうです。好きなドラマは?」 「えっと」 「『タイガー&ドラゴン』」 「正解。じゃあコンビニに行ったら必ず買うものは?」 「期間限定のアイス。最後にサンタからもらったプレゼントは?」 「ピクミンのゲームソフト。母親の旧姓は?」 「今のまま。婿養子だから。残ってるなかで最も古い記憶は?」 「お兄ちゃんの腕に?みついたこと。誕生日は?」 「二月二十日。じゃあ」 「名前は?」「名前は?」 同時。 ぴぴぴぴっという電子音。 「あ」 「あ、嘘、もうこんな時間」 女がカーテンを開ける。朝日が差し込む。 「出ますか?」男が言う。「駅まで歩けば、多分ちょうど始発乗れますよ」 「そうですね。出ましょう」 二人は早起きのために設定していた携帯のアラームを止めた。
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