祐二クン、さよなら!

スニラ


 
サヨナラ!ユウジクン!
さよなら!ありがとう!

応援幕を皆が持っていた。
皆、といってもおじさんとおばさん。まるで貧民層!なんて安っぽいお召し物。行政窓口の敵かしら。
でも、素敵な団結力ね。
その四方を囲むガラスレンズ。
レンズを通って、お茶の間にさよならの弾幕が横へ横へと流れていく。

さよなら!さよなら!さよなら!さよなら!
ありがとう!

発射場の周りにはひどい人だかり。フェンスの網目からはみ出る肉。
もっともっと押して、ところてん。には、ならないけれど。骨があるから筋があるから、枯れ枝のような彼、彼女らでもこのフェンスは通れない。
なにより、通る気なんてないからね。
ほら。
〇・〇一ミリの差は歴然。
色のない貴方方の盲目的な行動。

その子、あげたのよ。
私のだったのよ。

いつだって上から下へ落ちていく。
ユウジくんもその通り。

けれどユウジくんは希望。
光り輝く星の一粒。
押し付けあった生命線。

ね、奪わないでほしいだけよね。
奪うものなんてないのにね。後生大事にしている空っぽの収納ケース集めたって、そのイチキュッパのお洋服詰めて豊かになったつもりになるばかりでしょう。

それに幸せと名付けてもいいじゃない。
優しい心を持ちましょう。

、ね。
     *

「サヨナラ! ユウジクン! お元気で!」
ゆうじくんのユウジの漢字は、創英角ポップ体だとポップに欠けるからかカタカナにされている。赤字と白地の対比が遠くからでも良く見えた。
ユウジ君が真っ白な研究所から現れた。
「ユウジくんだ!」
と、フェンス越しの大衆が叫んだ。それは好意を含んだ声色をしていた。女の声がヘリまで届いた。カメラマンはユウジくんにズームする。ずうむずうむ、後頭部。お茶の間に流れる三秒間。ワックスでてらてらの七三分け。肩にかかるくらいの髪の毛が後ろに流されている。くっきり黒白の分け目の白線は日の出の地平線。この地球の未来はまだ照らされる。
それは、美しい希望。
高い高いフェンス。漠然と何かが欠けた人人の集まりはこのフェンスを揺らした。歓声、鼓舞の大波が寄せては返す。海は母。母なんていない、凹だった。
それでも、健気に生きるユウジくん! なんて美しい、素晴らしい、愛らしい。

わらわらわらわらわらわら
フェンスの大群衆。村はこうしてできるのか?ユウジくんは野生に返されるアザラシか?

ばらばらばらばらばらばら

ヘリコプターが空を飛んでいる。
白い真四角の建物の上を、飛んでいる。
真四角真四角真四角の継ぎ目や壁面は灰色の汁が垂れて層になっているけれど、遠くからは分からない。
今日はひどくうるさい。
飛び立つ瞬間をそんなに近くで写せないのに、わざわざお見送り会を撮り続ける。

じゃくじゃくじゃくじゃくじゃくじゃく

ユウジくんは先へと進む。二人の研究員に挟まれるユウジくんを黒服のSPが囲う。薄い一重の目は、長いまつげが下りてその瞳は伺えない。すっと通った鼻筋から一粒落ちた汗が、ユウジくんが生き物であることを証明していた。踏み固められた砂利道は足跡を残さない。
酸素マスクはしていない。ユウジくんだけが。
シルクを織り込んだウールのスーツ。遺物の正装。死装束。
今日は研究員も無菌布で身を包む。
あの空や左右でうるさいアレの目を気にしているように思うのは自意識過剰。あれらとは違うのに。みんなそう思ってる。

左右から投げられる雄叫びの礫。ユウジくんの白い肌に残されたクレーターのようなニキビ跡。
寒い。殺人太陽がギラギラと未だ宇宙に浮かんでいる。それだに、寒い。
ユウジくん。ユウジくん。
ユウジくんは、

「ユぅウぅジくぅーん!」
赤白帽の幼稚園児。
赤白の布で鼻から首からも覆って、叫ぶ。小さな手のメガホン。瞬間かすかに上向く顎と膨らむ横隔膜。
「があんばあってねぇ!」

カメラが園児を移す。目深の帽子と顔を覆う布で、そのくりくり目々が見えなくとも、愛されるそのシルエット。温まるお茶の間。微笑む市民!
研究員は目を回す。
青黒い美しき主の所有物。近い、近い近い近い。
宇宙に一瞬、あっ、届いた! ああ、神様そこにいたのですか。ユウジくんをどうしても連れて行くのですか? 願いを聞い......あ、今大きい声出したらどうなるんだろ。死ぬかな、いいか、死ぬじゃん、いつか。ビクってなるかな、ユウジくん。はは。ははは。齒。
死ぬのはぼかぁ怖くない。
白い白い眼前。
齒?
あっ、あっ、あっ!

汚れた、青黒い、かつて美しかった我々の所有物。
神は天国にいる。あれは、ちがうよ、ただの高位知性体。違うのに、
「はは、すまない、少し暑さにやられてしまって。問題ないよ。」
SPの一人だけが倒れた僕に手を貸した。
ユウジくんを中心点とした円は僕を残して去っていく。僕は追いつくために、駆け出した。
ユウジくん、僕はユウジくんにさ、なんて最期の言葉をかけたらいい?

最端科学技術研究所対宇宙物観測施設

真鍮の文字が静かに等間隔に並ぶ。
飛び石みたい。飛んで、飛んで、飛んで、一体どこに連れて行かれる。知って知らぬふりは昔から上手いのだ。僕は、ユウジくんの傍らで、彼を支えて進んでいく。
僕たちは、とても静かで宇宙のようである。否、僕は違う。いつもは相手の笑顔に照らされて月のように笑うのだ。しかしユウジくんと対面する時、僕らの間に宇宙が生まれる。僕たちは毎日、広大で途方もない静けさの箱の中で顔を合わせていた。朝の三十分、ユウジくんは窓の外で組みたてられていく宇宙船の方を見続けるのだ。その瞳は僕たちのエゴによって長らえるこの星の破滅を予知しているようにも見えるし、その白い無菌糸で織られた布を着せられた姿はどこか神々しく、悲憤の訴えどころか嘆息一つつかない彼の触れられない心を、僕はいつしか覗いてみたいと思うのだ。
それからというもの、僕の朝は輝く。
おはよう。
に、おはようございます。と返すユウジくん。
夜当番の同期の彼に、嫉妬をするときだってある。
吐露した苦しみは僕も知りたい。
涙もよだれも鼻水も、僕は綿棒で擦り取るばかり。
こぼれ落ちる瞬間を見たい。
誰かには、打ち明けてるんだろう?
何かには、縋っているんだろう?
そうじゃないと、だって。
そんなことを思って過ごしていたら、ユウジくんとお別れの日が来てしまった。

小さい時パーマネントブルーの肌をからかわれた。汚染が伝染ると言われた。
パパが好きな色を勝手に選んで、ママがそれに頷いたから。僕の不幸がある。
空を飛ぶ遊覧飛行機。
あこがれの飛行機。窓側の席は高くて取れなかったと笑う父が大嫌いだった。通路側からシートベルトをギリギリまで伸ばして窓の外を見た時、決まってしまった、僕の未来。
ちいぽけな地上をみて思ったんだ、神様からは僕は見えない。
それから緑化ボランティアも赤い羽根募金も全部やめた。漂って黒い霧のような体で空を汚すあいつを殺そうと思った。

思ったのに。
ぷしゅぅ

薔薇の花の香り。
ユウジくんが送迎ロケットの前に立つと扉が開く。
赤い花束の中に、ユウジくんは閉じ込められる。
甘い匂いが苦しくはないか?
その棘が刺さりはしないか?
ユウジくんは望んでいるのか?

僕は、酸素マスクを外してユウジくんにキスを。
したかった。
ポッドに入って、二人、神様を。
見つけたかった。
最期、何か言葉を。
伝えたかった。

ぷしゅぅ

僕らは引き返す。ユウジくんを置いて、退屈な白い研究室へ帰っていく。

数十の画面と、全てに映る送迎ラッピングロケット。あんな角度もこんな角度からも。みんな、固唾を呑んで見守っている。ユウジくんを、僕らの輝く未来を。

ふぁいぶ
ふぉー
すりー
つー
わん
じろ

地球上全てから歓声が聞こえる。
ぐんぐん小さく。きっと今頃は、僕があの日見たのと同じ景色。カラフルな肌色の仲間たちの抱き合う様子を見て、それから、真っ青の自分の手を見て、白いクリーム色のユウジくんに想いを馳せた。
ポッド内にカメラは付いていない。
誰も望まなかったから。

「さよなら」
赤色の肌の研究員が、後ろで呆けた青黒い肌の研究員を見つけた。回しあった肩のアーチをすり抜けて、手を差し伸べる。青の研究員は月のように笑って輪に混ざる。

もう誰も画面を見ていない。

     
     *

ばらばらばらばら
ばらばらばらばら

お茶の間

テレビ画面

「打ち明け直前のロケット近くには、多くの旧人類が押し寄せてユウジくんとの最後の時を惜しんでいます」

ヘリからの映像がリアルタイムで届いている。
映像を囲う薄黄色の枠。

群衆の肌はチョコクリーム色の濃淡の差。
へいへいぼんぼんちくりんの烏合の衆。
見ている。
見ている。
生ぬるい赦しの目。
生きていることは罪ではない。
醜怪なことは罰である。

ま、そういうものだから。かぁいそう。
じゃ、

せーのっ
しぃっ

人差し指を唇に当てて
秘密の暗号で喋りましょう。

『ユウジくんさよなら、そしてありがとう』

テレビ画面の右上には十一時三十分。

@nonokan ユウジくんかっこよくなってる!
「えー、ただいまユウジくんが研究員に引き連れられポッドに向かっています」
@ssrsato-2 七三分け似合ってる笑
「先程までは研究センター管理塔にて最後の健康診査を受けており、無事健康であるとの判断が下されております」
@jiongu-ngungun 薔薇の花送ったよ;)
「飛び立つの時刻は、十二時を予定されています。地球の皆様、ユウジくんの有志を見守りましょう」
「それでは番組に届いているメールを読み上げます。二十一歳女性から......」

バラバラバラバラバラバラ、バラ肉、バラミート、薔薇フラワー。ユウジくんが乗り込む予定のポッドは赤いバラが敷き詰められてある。
ユウジくんは香り付けされて空に行ってしまう。
寂しいよ。悲しいよ。
でも、いってらっしゃい!

赤いバラは激しい愛情。地球人からの降伏の証明。真っ白の旗の代わりに、最上級の愛の贈り物。

お空様が気に入ってくれますように。

Goodbyeユウジくん! あと十五分。

     *

その夜は赤いバラがよく売れた。
愛は伝えなければいけない。たとえ愛していなくても、そういう素振りが女を繋ぎ止めるのです。

恋愛コメンテーターの鼻は十六・五センチ。おっきければいいってことじゃない。

バランスが大事ね。

妻はそれはじっと見ていた。
テレビ画面で、かわいいかわいい我が子が宇宙に飛び立つ瞬間をじっと見ていた。

涙をつつと流す。
かわいい子はお金になった。
そんなのってないわ
どんな命も尊ばれるべきでしょう?
換金なんてできないでしょう?
色無しちゃん。それでも私は、愛していたの。

一方、夫はセックスをしよう! と思った。
思い立ったら、女の機嫌をとれ。
父も先輩もそうしてきれいな子供をこしらえた。
焦りは禁物、長子は男児。
快楽と生殖の比率は二対一。
女の機嫌を取るにはバランスが大事なのだ。

妻には、赤いバラの花束を持って帰った。
何やら街には溢れているバラの花。
色無しを売った金はたんまり。
高価な真紅の肌を持った子供はたいそうモテる。

「ねぇわたし、子供がほしいわ」
ニンマリと笑った。
妻はしくしく泣いている。
「ベッドに行くの?」
心が踊った。
妻は怪訝な顔をする。

「しないわ、そんな、下品なの」
「セックスなんてしなくても子供は作れるじゃない」
「快楽のために生きるのは人間じゃないわ」

「新人類の自覚があるの?」
見なさい、私の儚く可憐な薄柳色の肌、桃色の瞳。
見なさい、あなたのはつらつとしたひまわり色の肌、クジラ色の瞳。

違う、どこも違ってる。
捧げ物とは違うでしょ。

違わないといけないの。

似てるわね、あの子もあの人人も私達も。
ナカに出したか、出してないかでしょう、私達って。

ねぇ
愛は、許しでしょう

ああ、飽き飽き

でもね、愛される人って愛される形をしているものよ

どうしたってヒステリー

神様は見ているわ

妻には一体何が見えている

優しくありたいわ、私

そうあれば、いいだけの話だろう

愛したいの、私

そうすれば、いいだけの話だろう

『ふぁいぶ』

私は君を好いている
誰よりも何よりも

『ふぉー』

色無しは残念だったね
でも、悪いのは君じゃない

『すりー』

正真正銘の私達の子供をつくろうよ

『つー』

君の麗しい姿と、私の凛々しい脳みそをかけ合わせた美しい子をつくろうよ

そうだ、肌はこの赤いバラ色にしようか

『わん』

わたしたちは特別さ
私達の子はもっと特別

『じろ』

愛しているよ
今度こそ我らの未来に赤いバラを

さあ、涙を拭って共に

「さよならユウジくん、ありがとう」

     *

見知った空はどんどん下へ。

ユウジくんはどんどん上へ。

痛みの深さが祈りの深さ。
長いトゲが肉膜を突き破る。

光のビロードを何度も重ねた小窓の外側。
きっとたぶん何億年
お空様の影が深く深く彫り込まれて
底なし穴の色。
吸い込まれそう。

生涯一度だけのグラス一杯のワインは甘美であったに違いない。
羨望の眼差し、名誉ある生涯、地上で皆が泣いている。

あの窓の外だけ見ていてください。
他は一切見ないでください。

ほらあの青色の星はとてもきれい。
落ち着いて。

何か質問はありますか?
ああ、あの星の名前は地球です。
常識ですね。

何か困りごとはありますか?
ああ、それは困りましたね。
震えてはいけません。
叫んではいけません。
泣いてはいけません。
当然ですね。

ほら
笑って
苦しみは我々のものですよ。

えっ
あ?

あーあ

うんち、漏らしちゃった

ユウジくん、きっと恐ろしかったんだね。
死は平等に玄関チャイムを鳴らすのに。

せっかくのお花のいい匂い
さいあく
さいてい
ちょーさいてー

前日に食べた
五穀ご飯
鶏むね肉三切れ
野菜のおひたし
りんご一口カット
とってもヘルシー
おいしーうれしー

全部一まとまりで
つんとアンモニア臭。

無駄になってしまいました。
我々の想いの花束。

ユウジくんは
努力が足りない
忍耐が足りない
祝福されないのはあなたのせい。

ユウジくんの
受動に慣れた精神性
くすんで劣った身体性
呪詛をくじ引いたあなたのせい。

自己責任って知ってる?笑

可哀想に

でも応援してるよ!
頑張ってね

みんながユウジくんの支えになるよ!


ねぇ、ちょっと。

ユウジくんの何、知ってンの?

引っ込んでろ売国奴。ミーハーってこの世のカス。

私は、ねぇ、ユウジくんの、ユウジくんで、ユウジくんな、ユウジなところが............。

は?「私」?

ユウジくんはうんちの匂いつきユウジくんになりました。

さよなら、ユウジくん。
香ばしい頭皮と薬品の香りのユウジくん。


     *


俺がユウジくんなら
決まっているね

まずお空様の目玉を蹴り飛ばす

怯んだ相手の背中を取って

首を締め上げる!

そうして殺してしまうのさ
そうして俺らは取り戻すのさ

正しい支配権
太陽系の自由は人類にある
創作物のような終わりを恐れるよりも
現実のヒーローが現れるほうが早い

何が高位知性体
何がお空様プレゼント
応募者全員サービスの首輪が何故ほしい

見えもしない黒い煤に
なにを恐れるので

夢見がちな薄給男
俺はバイトリーダー三十五歳

今日は一層夢遊病
未だいつかの夢を見る

だから俺を選べばよかった
男はキーボードに打ち込んだ
早打ちのガンマン
いいね欄が乳房で揺れている
ブドウ色の指がたわわに実った果汁を飛ばす

「ユウジくんさよなら!」

お前の後が癪ではあるが
俺を認める時代が今に来る

     *

お空様は眠っておられます。

しかし今しかないでしょう。
小さな声でお話しましょう。

人は成長と膨脹を繰り返しまして、豊かさを目指しました。
いつしか争いもいたしました。
いつからかそれに付き纏う死とさよならいたしました。
野蛮ですからね。チェスで決めれば良いでしょう。

どことなく進化の弊害である退屈が、重たい雨雲のように満ちていました。

するの現れたのです。

雨雲切り裂く大いなる存在。

神かと思われました。

しかし誰のことも救わないため、そうではないのでしょう。

沸き立ったのはこちら側のみ。
向こう側は沈黙を守るのです。

人類のためと子をなしました。
より優れた遺伝子を選び取り、より美しい姿を豊かさの象徴として追わせました。

飽きました。

誰のために生きるのか
自分のために生きるのです。

あいつは敵だ!
気狂いの色無しが叫びました。

それこそまさに天啓!
秘密の名案が浮かんだのです。

物語にはストーリーが大切です。
没入感が鍵なのです。

理由はなんでもいいでしょう。
理由:大気汚染の解消

へりくだって友好の印を、跪いて届けましょう。
送り先:お空様
※お空様とは仮称である

そしたら中身をぐちゃぐちゃにしましょう。

誰のせいでしょう
咎人:お空様

これは宣戦布告!

みんなで戦いましょう。
甘んじて受け入れていた空の支配を、自由を、奪還するのです。

ここでかっこいい言葉を使うのが肝ですね。
ほら、もう聞こえますよ
雄叫びが。

とびきりの武器は増産中です。
ようやく活躍の場を与えられること、大変嬉しく思います。

さて今からスピーチ原稿を作ります。

ユウジくん、さよなら!ありがとう!

泣く泣く僕らの友人を捧げたのに何たる非道!


お空様が起きました。

ちょうど贈り物が届いたようです。

     *

機体がふわりと浮きました。

風船の中で遊ばれているよう。

体にトゲが刺さります。
目は小窓からは離せないでいます。

罫線
とぎれとぎれ
罫線

くろもやの中にかすかに見える

模様?
宇宙も飾りを纏うのか
きれい、たぶん

目、たぶん
ゼリー状の質感の白濁の球
違うかった
ばらばらになって渦を巻いている

鼻、たぶん
三角の黒い濃い部分
よく見ると黒のつぶつぶが動いている
蝿みたい
あっ、嫌なこと 思い出した

口、たぶん
つぶつぶが白色に変わってる
四角い枠をかたどって
その中がどんどん濃くなる
歯でしょ、たぶん
あー、くずれちゃつた

これが、それだね
おお、顔だ
僕の顔
真似をしてるのかな

手を窓に重ねてみた
真っ黒の五本の指がユウジくんのと重なった

すごいなぁ

触れてしまったからでしょうか。
見てしまったからでしょうか。

スペースデブリがまた増えました。

さようなら ユウジくん。

     *

私がゆうじくんを初めてみたのは人の壁の向こう側。
七三分けの青年でした。

私もユウジくんも、同じ色をしているのに
何が違うのでしょうか。

何もかもが違っています。

どうしてそこにいたのかはもう忘れました。
私が生きているのは、あの時からなのです。

大好きなもの
ユウジくん
部屋から見える空の模様
おねだりをして一番高いところから見られます。

大嫌いなもの
ありません

彼は帰ってこなくなりました。
安らぎがほしいから
それはきっと言い訳でしょう。
飽きたのです。
きっとね。


今日も窓に赤いのがへばりつきます。
私達も
あの人たちも
みんな中身は同じだと、最近初めて知りました。

息子には真紅のバラの色を選びました。
彼が選んで、私はうなずきました。
それは憧れだったようです。
肌色なんてどうでもいいけれど
薔薇の花は憧れでした。

名前をつけました。
佑二と付けました。

ユウジくんの名前から取りました。

佑二くんの佑は人に並ぶことのないゆうじくんの才能。
例えば勇気や挑戦
希望の子

私のユウジくんになってね。

     *

祐二くんプリン
祐二くんタオル
祐二くんキーホルダー

どこかの倉庫の奥の方
売れ残りが山とある

祐二くんえんぴつ
祐二くんまかろに
祐二くんシャツ

どこかの倉庫が火を吹いた
売れ残りが灰になる

よかった
被害は無かった

倉庫の端がやや焦げた
やや燃えた
やや落ちた

不幸中の幸いの倉庫管理主任者

ずっと上の空の上
超合金の玉が飛び交うけれど
増えすぎた人が減るばかりだけれど
未だ地上は平和の空気

さよなら ユウジくん
ありがとう ユウジくん

あの日の応援幕も 燃えている





さわらび134へ戻る
さわらびへ戻る
戻る