選択の体験

黒土無礼門




① あなたは立ち尽くしていて、いつからだか知らないが立ち尽くしていて、そのことにふと気付く。風が強く吹いてあなたの髪が舞う。道路を挟んだ向かいで友人がこっちに手を振っているのが見える。あなたは
 a)手を振り返す→②へ
 b)無視する→③へ
 ※あなたがもし途方もなくその景色に、友人のシャツの襟の曲がり具合に、耳に嵌めた黒い紐イヤホンに、吹き付ける風のぬるさにデジャヴを感じるなら→④へ

② 友人は笑って何か言うが、声は風に吹き消されて聞こえない。あなたが訊き返すと友人はまた笑って、あなたはこれから先ずっとその笑顔を覚えている。友人は道路に一歩踏み出し、二歩目であなたの視界全部を時速八十キロの大型トラックのコンテナの影が掻き消す。トラックは三十メートルほど先で斜めになって軋みながら止まり、あなたの目の前の道路からトラックのタイヤ下の暗がりまで赤色が掠れて道路を濡らしている。→⑤へ

③ あなたは友人から顔を背けて家に帰る。なぜだかそうした方がいい気がした。
 その夜あなたの家に電話が掛かって来て、夕方ごろ、友人が車に轢かれて即死したと告げる。あなたは無言で電話を切って長いことそのまま突っ立っている。→⑤へ

④ あなたは確かに次に何が起こるか知っている。
 あなたはこれまで出したことのないような声で怒鳴り、その声で世界は水を打ったように静かになる。友人は茫然と耳からイヤホンを引き抜き、瞬間二人の間の道路を轟音を立てて大型トラックが通過していく。
 あなたは左右を確認して道路を横断し、友人はまだ茫然としたままぽつりと礼を言い、あなたは
 a)ハグする→⑦へ
 b)殴る→⑧へ

⑤ 葬式は低予算の邦画のワンシーンみたいに薄っぺらく見えて、あなたは邦画のワンシーンみたいにそれを眺めている。友人から借りたままになっていた本は、斎場まで持って行ったのに、写真の前に供えもせずそのまま持ち帰ってきた。暗い自室でページをめくると栞が落ちる。
「ストーリー展開とは、書き手にとってであれ読み手にとってであれ、可能な選択肢のなかからのたえざる選択の体験そのものである」
 そこに鉛筆で強く傍線が引っ張られていて、あなたは目が痛くなるまでその一文を見つめている。あなたは
 a)諦める→⑥へ
 b)やり直す→①へ

⑥ あなたは何事もなく八十歳まで生き、孫は十人、ひ孫は十八人生まれる。家族みんなに囲まれながら、うち小学生以下の子供はみな部屋の隅でゲームの対戦をしているが、とにかく三十数人に見守られながら幸せに死ぬ。   
エンド1.平穏

⑦ あなたは歩調を緩めず友人の背に手を回すと、肋骨を全部折る勢いで抱きしめる。友人が困惑しているのを感じる。肩に顔を埋めそのままじっとしていると、やがて、あなたの背中を戸惑いながら手が軽く叩く。あなたの何かが伝わったのかギブアップの合図なのか分からないが、あなたにとってそんなことはどちらでもいい。→⑨へ

⑧ あなたは歩調を緩めず左手で友人の胸倉を掴んで右手の拳を硬く握って振りかぶる。世界に音がひとつ響く。あなたが左手を離すと友人は茫然としたまま背後によろける。あなたの右手の関節は熱く痺れていて、友人は宇宙人でも見るような目であなたを見ている。
 あなたは友人を救い、そして友人を失う。→⑨へ

⑨ それからしばらく経ったある日、通りを歩いているとざわめきが遠くで起こる。引ったくり、とどこかで誰かが叫ぶ。悲鳴と怒号が点々と人波の間で上がりながらあなたの方に近づいてくる。人波が割れて、一瞬確かに鞄を掴んだ男とあなたの目が合う。星が散る。あなたは
 a)足を掛ける→⑩へ
 b)見送る→⑪へ

⑩ あなたはとっさに足を出し、脛に痛みと衝撃が走り、男は思い切りつんのめって倒れる。案外あっけないのにあなたが驚いていると周囲が歓声で湧く。男はあっという間に街灯に縛り付けられていて、あなたはあっという間に市長から表彰状を渡されて肩を掴まれてくるりと回されて瞬間あなたの目の前でカメラのフラッシュがばしゃりと焚かれる。
 その夜、あなたは悪夢のなかで激痛にのたうつ。朝目を覚ますとシーツの上は手術直後の惨状で、背中が裂けるように痛む。痛みの核に伸ばした手が、皮膚より先に異物に触れる。あなたは壁伝いに洗面所まで這って行く。
 鏡に映ったあなたの背には、生まれたての鳥のように赤い膜に濡れた翼が生えている。
 a)病院へ行く→⑫へ
 b)そういうこともある→⑳へ

⑪ あなたは家に帰ってソファに沈み込んでピザを食ってネットフリックスでカスみたいなCGのサメ映画を見ながらいつの間にか寝ている。→⑳へ

⑫ 白い診察室の中であなたの検査着だけが薄青い。初老の医師の目が眼鏡の奥で皺に埋没して微笑んでいる。ちょっと待っていて下さい、と言われあなたは診察室に一人残される。圧倒的な静寂の中に一人残される。あなたは
 a)待つ→⑬へ
 b)逃げる→⑭へ

⑬ 医師はカルテを手に帰って来る。医師の目は眼鏡の奥で皺に埋没して微笑んでいる。あなたに質問をしながら紙になにか記号を書き込んでいく。あなたは
 a)検査着の背が大きく開いていて、そこから翼が生えている。→⑮へ
b)犬歯が伸びて牙となり、口の端を刺して血がだらだら流れている。→⑮へ
c)背には翼が生え、爪は椅子の座面に突き刺さってスポンジを露出させ、牙が邪魔で口が完全には閉まらない。→⑯へ

⑭ どこまで行っても廊下は白く、先は青に霞んでいる。裸足に突っ掛けたスリッパは大きすぎて悪夢のなかのようにうまく歩けない。巨大な迷路のような院内を彷徨ってあなたはとうとう最果てに辿り着く。目の前には白く高い塀が聳えている。背後でこつりと音が鳴り、振り返ると医師が白衣のポケットに両手を入れて立っていて、その目は眼鏡の奥で皺に埋没して微笑んでいる。あなたは
 a)捕まる→⑮へ
 ※あなたに鉤爪と翼が生えているなら→⑰へ

⑮ あなたはまだ完全ではない。
 そう告げるとあなたは訳が分からないといった顔をする。構わない。分かる必要はない。バインダーをくるりと回して差し出すとあなたは受け取る。それを眺め、不完全な美も存在はするのだなと思う。だが、今追い求めているのは極致であって中間ではない。
 バインダーに挟まった紙には、数百の質問と数千の選択肢が印刷されている。
 年のせいか近頃目が霞むようになってきた。まだこの目が見えるうちに、あなたが選択をし終えてくれればいいがと思う。物語が選択の蓄積なら、その最果てにあるのはありとあらゆる分岐をはらんだ完璧に純粋な物語であるはずだ。
 そうしたら、あなたを硝子の中に漬け込んで標本にしよう。私は眼鏡の奥の瞳を皺に埋めて微笑んでいる。
エンド2. 作者

⑯ あなたの視界にノイズが走る。瞬きするとブレは治まり、しかしあなたの目にはまだ幻が見えている。宙に浮かんだ選択肢が見えている。
 a)
 b)
 どちらでも好きな方を選びなさいと医師は言う。あなたは爬虫類のように小首を傾げそれを聞いた後、口を大きく開く。耳まで裂け並んだ牙が照明を弾いて尖った真珠のように輝く。そのまま選択肢に食らいつき、首を二度振って噛み千切る。医師はあっけにとられた後で小さく笑う。食うとはね。選択肢の消滅は世界の消滅と同義だよと言われて、あなたは選択肢を飲み下し口の回りを細く先が割れた舌で舐める。世界が端から崩壊していくが、それに先立って、あなただったあなたはもういない。先に脳がやられたか、と笑う医師をあなたは金色の瞳を針先で突いたような瞳孔で見つめる。あなたはまだ空腹で、あなたはもうそれしか感じない。   
エンド3.蜥蜴

⑰ あなたは爪と翼で塀を乗り越え逃げ出す。濃霧のなか麦畑に挟まれた道を歩いていると、向こうからバイクの音と光が近づいてくる。あなたは助けを求めようと道に飛び出し、バイクの光は筋から扇、半円へと広がり数メートルのところで止まる。運転手はあなたを見てわめき、Uターンして逃げ出そうとする。あなたは呼び止めようとして翼を広げる。運転手は悲鳴を上げ、エンジン音が吹き、それから光があなたの方へ突っ込んでくる。
 何が起きたのか分からないが記憶が飛び、気が付くとあなたの前にはぐしゃぐしゃになったバイクと投げ出された運転手が転がっていて、あなたの翼は霧で重く濡れていて、爪の先から黒い雫が垂れている。
 あなたは自分が人の範疇から外れてしまったことを知る。あれほど、他人の為に尽くした選択が全て無駄だったことを知る。その日からあなたはひたすら選択肢のネガティブな方を選択し続ける。
 いつしか世界は滅びる一歩手前の崖の突端に辛うじてしがみついている。あなたの前には決定的な二択が浮かんでいる。破滅的な方しか選ばないなら、それは実質選択肢ではない。あなたは手を伸ばそうとし、その背中に声がかかる。あなたは動きを止める。
 振り返ればそこに友人が立っている。あなたは
 a)ハグする→⑱へ
 b)殺す→⑲へ

⑱ あなたは選択肢を取り落とし、そんなことはどうでもいい、友人をハグする。友人は苦しそうに笑う。そもそもこの為に全部選んだ、とあなたは思う。どこでどう間違えたんだか分からないがそもそも初めはただこの為だった。ごめん、と友人は言って瞬間あなたの腕の中からその温度が消える。あなたは自分の肩を抱いて立っていて、全部幻覚だったと知っている。友人を生かしたのも殺したのもあなたの選択の結果だ。手にはさっき落としたはずの選択肢を握りしめていて、だからここで全部が終わる。   
エンド4.無為

⑲ あなたが選択肢に手を伸ばした瞬間、胸に鋭い痛みが突き刺さってあなたの肺から息が絞り出される。友人はあなたの視線の先で苦笑して立っていて、あなたの目はその手に何か選択肢が握られているのを見る。文面は見えずとも、胸の痛みから友人が何を選んだのかは予想がつく。友人は、相打ちか、と呟いてその口の端から一筋赤が伝って垂れる。あなたの手にも選択肢は確かに握られている。友人は顔を背けて血を吐くと向き直って微笑んで、最初からやり直そうかと言う。
 あなたが地面に崩れ落ちた十秒後、友人の肩からふと力が抜け、そのまま地面に膝をつき、ゆっくり上体が傾いで倒れる。世紀末の荒れた大地には二つの影が転がっていて、それもじき東から世界を侵食していく夕闇に浸されて沈んで世界は無に帰る。   
エンド5.日没

⑳ しばらく経ったある日、あなたが銀行に金を下ろしに行くと
 パン
 破裂音が大理石のホールに響き空気を震わせる。気付くと動物の仮面を被った黒服達が無駄のない動きでホールの四隅に散らばり銃を持って立っていて、中央のカウンタ―に妙にリアルな兎頭の男が手を付いて飛び乗る。動くな、という声は薬莢と同じ硬さで床に落下する。兎は周囲を見回し適当に指をさし、動物たちは指された人間の腕を掴み頭に銃口を突き付ける。兎男の首が巡り、空洞の目があなたを見る。あなたのこめかみに硬いものが押し当てられる。あなたは
 a)抵抗する→?へ
  ※翼があれば→?へ
 b)自分だけ見逃すよう取引する→?へ
  ※友人がおらず翼も無ければ→?へ

? あなたは銃口を撥ね退けるような力を持たない。あなたは言葉しか持たない。あなたの話す言葉は人間のそれであり、あなたに銃を突き付ける家鴨頭には届かない。家鴨は軽く頭を上げて指示を仰ぎ、兎はうっとおしそうに手を一つ振る。あなたの首を締め上げる家鴨の腕に力が籠る。撃鉄がかちりと鳴るのをあなたは聞く。→?へ
 ※あなたにもし友人がいれば→?へ

? あなたは翼を振るって家鴨男を払い、羽が一枚宙に舞って、そのままゆっくり地面に沈むまでの間に家鴨から銃を奪ってカウンターに飛び上がり兎に突き付ける。兎は沈黙の後、両手を耳の横に挙げる。大理石のホールに、天使という呟きが誰かの口から零れて響く。
 その夜、あなたには狼のような鉤爪と牙が生える。
 a)そういうこともある→?へ
 b)病院へ行く→⑫へ

? 兎の瞳は確かにマスクの奥の暗闇で笑う。片手を指揮者のように振り上げ、それを合図に動物たちが一斉に撃鉄を起こす。そして空気がガラスになって粉微塵に砕け散る。
 ゲリラ豪雨のような音が止むと、ホールにはただあなただけが立ち尽くしていて地面には柔らかい肉の起伏が折り重なっている。やがてその裾野からじわりと赤色が染み出し輪郭をなぞって筋が合流し小川になってあなたの足元へ流れてくる。
 あなたは責任を取らなければならないと兎は弾倉を外しながら言う。あらゆるミステリーにおいて犯人は作者だが、作者の手を離れた選択において罪を負うべきは読者だ。例えばそこでごろごろ死んでいるのは、ただのエキストラでしかない。彼らには性格も趣味も過去もなく、ただここで死ぬという役割だけが与えられている。俺もなと兎男は言う。マスクの中には何もない。
 つまりお前は、フラットキャラクターの死には心を動かされない冷血であり、むしろ「虚構」の中では人間なんかバンバン死んでほしいと思っている異常者だ。異常者だということを知らなければならない。これからお前が難病モノの感動モノの感涙百二十パーセントの小説を読むときには、自分が手元にボタンさえあれば人間を百も二百も殺してしまえる人間だということを思い出さなければならない。
 お前がお前だけ救われることを選んだせいで俺はこれから死ぬが、まあ、ただで死んでも仕方ない。男は弾倉を詰め直しながら言う。何を言おうがお前の鈍い心臓に響くことはないんだろう。お前は実際ここにはいなくてどこか外から平然と全部眺めてるんだろう。まあ何にせよ、銃口があなたを正面からじっと見つめる、お前は先に行け。
 兎男は溜息をつく。何もかも無意味だな、疲れた。あなたはそれを聞いて初めて兎男の声に人間味が滲むのを聞くが、あなたが何か思う前に銃声が一つ全てを断ち切る。   
エンド6.平坦

? 兎の仮面を被った男は穴の双眸であなたを見ると、銃をくるりと回し銃把を向けてあなたに差し出す。一人撃て、と声が言う。あなたは鈍く光る銃を黙って見つめ、それから手に取る。驚くほどなじむ。確かめるように握り、確かめるように人質の方に構え、そしてあなたは
 a)自己を撃つ→?
 b)他者を撃つ→?

? 轟音が頭蓋の中で炸裂し、世界の輪郭は一瞬白熱して輝く。あなたの頭に最後に閃くのは、やはり声なんか上げるもんじゃないなという考えだ。あなたは小さく笑うがそれは傍からは末期の息を漏らしたようにしか見えない。あなたが感じているのは奇妙な爽快感だが、それを誰かが解することはないだろう。
 あなたの墓は朽ちた古代の地蔵群のような集合墓地の一画にぽつりと立つ。
 世界から忘れ去られたようなその墓の前で、ある日誰かが足を止める。誰かはしばらく立ち尽くした後、あなたの墓を手にした菊の束で殴り、それから墓の前に菊を供える。どこからやり直せばいいと思う、と誰かはあなたの墓に向かって問いかけ、最初からかと自分で答える。誰かの足が立ち去ると世界はまた静かになって、あなたは骨だから何も言わない。   
エンド6.再演

? あなたは目を瞑る。
 銃声を待つより先に、あなたの肩を誰かが強く掴み、あなたはそのまま背後に引き倒される。床で後頭部を強打する。世界からは色が消滅する。白と黒の濃淡になる。あなたは身体を起こし、あなたを庇うように立った友人の背中を茫然と見上げる。あなたは友人がこっちを振り向いていつものように笑うのを待っている。静寂の後で、硝煙が緩く一筋昇って空気に溶けて消える。友人の身体はぐらりと傾いで横様に大理石の床に倒れる。あなたの前に倒れる。世界はまだ白黒のままで、警官隊が突入してきても白黒のままで、あなたは友人の目が黒く開いたまま虚空を向いて時を止めているのを見つめている。警官隊と強盗団が撃ち合い、悲鳴と怒号がホールに反響するなかで、あなたはただ友人が起き上がって口の端から零れた黒い涎を拭って笑うのを待っている。
 あなたは眠れなくなる。
 眠るとビデオのようにそっくり同じ場面があなたの前で再生されて、あなたは何もできずただそれを見ている。あなたは処方された睡眠薬の袋を逆さにして、処方箋は丸めてゴミ箱に捨てて、錠剤を何粒もアルミ箔から押し出しバリバリ噛んでブラックコーヒーで飲み下す。死ぬかもしれない。それも悪くない。また最初からやり直せるなら、次は間違えない、とあなたは急速に霞んでいく頭で最後に思う。   
エンド7.反復

? 一体自分は何をしているんだろうと思いながらあなたは引き金を引き、銃弾があなたのこめかみから入って首の後ろから抜け、一体何をしているんだろうと思いながらあなたは倒れる。脈絡もない。動機もない。兎男でさえ呆れてこっちを見下ろしている。
 あなたは笑う。意味不明だが気分はいい。あなたは自分がようやく選択肢から解放されたことを知る。もはや選択の余地なくあなたの乗ったトロッコはブレーキなしで死へと線路を疾走している。世界が背後に飛び去っていく。あなたは
エンド8.自由

? 選びもしなかった。適当に照準を定めて引き金を引くと、反動で肩が跳ねた。それから正面にいた人影が倒れた。兎男がゆっくり手を打ち鳴らす。素晴らしい。ここまで純粋に悪ばかり選び取ってきた人間もそういない。少なくとも、一貫した選択の結果ではある。あなたはここまで辿り着いた。
 あなたは恐らく人より好奇心が強く、平凡な人生に飽きている。徹底的な酷い展開を望んでいる。つまりどうなるかというと、あなたは果てしないハッピーエンドの中で生きる。選択肢から「いいえ」は消える。あなたが泣こうが涙は目から零れ落ちる端から色々の砂糖をまぶした小さな飴玉、あなたが吐こうがゲロは虹色のきらめく妖精の小滝だ。頭蓋の中では笑い声が、曇りのない眩しい笑い声だけがずっと聞こえている。あなたの喜ぶべきは、間違いなくここに存在する中で一番のハッピーエンドに到達したことだ。
 こうしてあなたは永遠の幸福の中で生きる。   
エンド9.反転

? あなたが表を歩くたび頭上から事件が降って来る。あなたはATM強盗犯を殴って昏倒させ、痴漢を殴って昏倒させ、美術館に仕掛けられた爆弾の導火線をぎりぎりの所でにぎって赤い火を消し(あなたの掌はジュッと音を立てゴムが焼けた匂いの煙が一筋昇るが、あなたの手はとっくに熊と鷹が混じったような形に変形していて感覚はない)ついでにテロ犯をまとめて殴って昏倒させる。あなたの胸元には次々勲章やバッジが留められていき、剛毛が服を突き破って生えてきてからは皮膚にそのままピンが刺される。あなたの身体はだんだん人間から遠ざかっていく。
 人はあなたをヒーローと呼ぶ。
 それでもあなたは全能ではない。あなたの鉤状に曲がった爪の間から人間は時々すり抜けて悲鳴を上げながら落下して、ぐしゃりと潰れる音が全て断ち切る。あなたは溜息を吐いて羽ばたくのを止めて頭を下に地面に墜落し、前の選択肢からやり直す。
 救えないということはあり得ない。救えなかったとしたらそれはただあなたが選択を間違えただけで、だからあなたは責任から逃れられない。あなたは疲れていて、どこか高いビルの屋上の縁に腰掛け宙に鶏の脚を垂らしている。あなたは
 a)飛び降りる→?へ
 b)ビルの中に入る→?へ

? 二択が与えられるということは、二択以外の未来が予め摘み取られているのと同義だ。あなたは落下しながら、もう何度目かの走馬灯を眺めている。全ての展開を、自分が選んだ気がしなかった。もし本当に自由に選べたら、もう少し面白い話になったはずだった。そしてまた 
 a)→?へ戻る

? あなたは錆びた非常階段を下りて錆びたドアを引いてビルの中に入る。一・二階は劇場が入っていて、あなたがいる三階は控室のフロアだ。ホテルのような赤い絨毯が引かれた廊下が伸びている。あなたは重い翼を引き摺って歩く。一つの扉の前で、鱗に覆われた脚が止まる。紙が貼ってあって「作者」と書かれている。あなたは爪の先を隙間に引っ掛けて扉を開ける。
 中は殺風景な楽屋で、擦り切れた合成革のソファに作者が座ってドーナツを食べている。あなたの方に目を上げるが、口の中いっぱいに生地が詰まっていて何も言わない。あなたは向かいのソファにどさりと腰を下ろす。スプリングが尻の下で潰れる。嘴と牙の間から息が漏れて蛇語みたいな音が鳴る。作者はドーナツを飲み下す。
「よくここまで来たな」
 あなたは目を瞑って聞いている。息はまだ漏れていて、長距離を走った後のように肺が熱くて擦り切れている。
「何がしたかったかというと」作者は白い納屋型の箱に手を突っ込んで、次のドーナツを選びながら言う。「ゲームブックみたいなことがしたかったんだ。システムの自由性を利用してシステムの不自由性を述べるみたいなことがしたかった。実際体感してみてどうだった?」
 あなたは死にかけているみたいに目を閉じてただ熱い息をしている。作者は肩を竦めて、一人で喋り続ける。
「あとは人称も試したかったんだが、視点の距離とかも変えてみたかったんだが、実験しすぎると今度は内容が面白くなくなるな。残念だが事実だ、読めば分かる。君もつまらなかっただろう。君の人生は糞だっただろう」
 あなたは目を瞑ってただ聞いている。何をしなければならないのか、あなたは分かっている。それだけの力はまだ残っている。あなたは
 a)→?へ

? ふらりと立ち上がるとそのまま歩き、作者の目の前で止まる。作者はフレンチクルーラーを掴んであなたを見上げて笑っている。
「正気か。私を殺せば世界も終わる」
 あなたは正気なのか正気じゃないのか分からないが、とにかく他に選択肢がないことだけは確かだから、自分の掌を見つめる。黒く、鋭く、醜い。ゆっくり握って、ゆっくり開いて、それからNIKEのロゴの形に影が閃く。笑った作者の首にぱっくり第二の口が三日月型に開く。哄笑と黒い血がどっと溢れ、あなたは膝を折る。

※ 以下三行ご自由に結末をお書き下さい
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