アルバイト

植場



 おはよう。バイトの子たちだね。こんな真夏にすまないね、しかも貴重な休みを割いてもらって。勉強とかサークル活動とか忙しいんだろう? 夏休みにバイトなんて、いやあ、最近の子は勤勉だね。
 とにかく、蝉もみんみんうるさいし、早速だけど始めようか。今日は猛暑日だってね。そこに置いてある飲み物、自由に取っていって構わないから。体力を使うんだ、意外と。
 うん。このマンションが君たちの仕事場だ。仕事内容についてメール送ったの見た? はいこれ、住民がいた部屋の番号のリスト。これらを一部屋一部屋回って作業してもらう。階ごとに分担しようか。上の方の階は大変だからじゃんけんかなにかで──ん? 道具? いらないよ。メールちゃんと読んだ?
 ああいや、なにを掃除するかは書いてなかったか。ごめんね、今から説明するよ。掃除道具とかは、本当になにも要らないから。心配しなくていいよ。まあ、ゴム手袋くらいは準備してあるけど。募集要項のところに書いてあったでしょ? 「蝉の抜け殻に嫌悪感を持たない人」って。

 君たちみんな、蝉の抜け殻を素手で触れるんだよね。ならいいんだ。
 特殊清掃って触れ込みだけど、死体を触ったりとか、こびりついたのをゴシゴシやったりとか、そういうのは無いから。小学生でもできる仕事だよ。ほら、子どものとき、やたら蝉の抜け殻を集めてる友達とかいなかった? むしろ君たちがそっち側だったかな? やることはそれと一緒だよ。
 各部屋から集めてきたのを、ほら、あそこに停まってるトラック、あるだろ? あの荷台が虫かご代わりだ。同時に運べるのはひとつが限界だろうし、いや子どもならふたつはいけるかな、とにかく往復を繰り返すことになるから、エレベーターは使用自由ね。荷台がいっぱいになり次第、僕がそれを運んでいって、荷台空けて帰ってくるから。十五分くらいかな。僕が帰ってくるまではそこの日陰なんかで休んでもらってていいよ。いや、どっか適当な部屋の中の方がいいか。蝉がみんみん言うし。リストに載ってる部屋なら鍵はぜんぶ空いてるから、休憩とかも適宜そこで取ってもらって。

 ああ、そうだ。ひとつだけ。
 壊さないように。そおっと、ね。
 気を付けることはそれくらいかな。あ、あと、そのリストに載ってない部屋について。一部屋だけ、まだ住民が残ってる部屋があってね。分からない人もいるもんでね、話しかけてきても無視してくれていいから。暴力とかは無いと思うけど、あ、運んでるところ見られたら詰め寄ってきたりするかもしれない。なるべく穏便にね。傷でも付けられたら堪らないし、君たちのことも心配だしね。

 さて、それじゃ......顔色が悪いね。大丈夫? ......ならいいけど、この時期は熱中症とか大変だし、休憩なり水分補給なり欠かさないように。他の皆も、いいね?
 ああ、それともさっき言った人のこと、そんなに不安かな。心配ないよ、悪い人じゃないから。そうだ、ちょっとそのリスト貸して。その人の部屋番号を書いておくから、その前通るときは気を付けるってことで。これでちょっとは安心だろう。ええと、サン、マル......なんだったかな。確か三階の角部屋だったから──

 あ。

 ああ、ごめん、なんでもないよ。ふふ。いや、もう書く必要なくなったよ。やっと諦めがついたみたいでね。
 はい、リスト。そろそろ始めようか。いやほっとしたよ、君たちに安心してバイトに励んでもらえて。ははは。

 どおりで蝉がうるさいわけだ。


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