雪

走る牛



雪が積もっていた。
神戸市(北区を除く)では体感7年ぶりの積雪なった。
これがあと数年早ければはしゃげたのだけどなあとため息とともに白い息を吐いた。
積雪なんていいもんじゃない。そりゃ子供のころはなにも考えず遊ぶだけでよかった。
近所の公園で友人と集まり雪合戦、そり滑り。かまくらが作りたかったが雪が足りず断念した。雪を見るだけでぽつぽつと思い出がよみがえる。
今では自転車が滑るからと近所の駅まで歩くことになるだけだ。え?交通機関が止まったりしないのかと?馬鹿いえ、そんな積雪量はない。何なら私の通う大学の最寄りは地下鉄なのだ。嵐が来たって止まらない地下鉄だ。つよいぞー地下鉄。すごいぞー地下鉄・・・
重くなる足を動かしながら、私はもそもそと駅まで歩く。行きは下りだからいいが、帰りがなあと白いため息をつく。
正直今日ぐらい休んでもいいと思うのだ。体調が悪いと言っておけば公欠は取れる。しかも今日の授業に必修はない。ならなぜ行くのかと聞かれると、それは、まあ、うん
駅に着く。今の時間は8時00分ちょうど。次の電車は3分後。しかしこれをスルー。どうせ三分後にもう一本来るからいいのだ。ではなぜ乗り過ごしたのかというと、
「あ、おはよう。」
何気に声かけられて顔がにやける。今だけはコロナに感謝したい。マスクがあればにやけ面は見られない。
「どうもです。先輩。」
彼女は私のサークルの先輩である。長くおろした髪に、白のニット、黒のパンツ、茶のコート、指にはゴールドピンクの指輪。奇抜ではなく落ち着いた、しかし本人にしっかり似あう恰好をするのが先輩である。好き。
さて、皆様にはもうおわかりであろう。私は彼女が好きなのだ。ゆえにこうして時間を合わせ、偶然を装い、一緒に登校している。
好きになったきっかけ?んなもん知るか。なんかいい感じの人だなあと思っていたら惚れていたのだ。恋のきっかけなんてそんなもんだ。ドラマを求めるな。
なぜ時間をそんなに合わせられるのか?簡単だ。先輩はバス通学、つまり駅に着く時間は一定、そしてバスは案外本数が少ない。せいぜい十分に一本といったところだ。ならば、合わせることは簡単であろう。
ストーカーではないか?うるさい。
ともかく、私がさぼれないのはこれが理由だ。先輩と会いたい。これに限る。
「今日は髪、おろしているんですね。」
「寒いからね、くくってると耳も首も出て寒いんだよ。後輩君は寒そうだね。」
先輩はいつも髪をくくっているのである。うなじが見えていいのだが、これはこれで何というか大人の色気が出ていい。
「いやまあ男はみんな短いんで、寒いの慣れてますよ。」
「いやーそれでも立派だよ立派。」
飛びあがりそう。雪よりも先輩の誉め言葉ではしゃげる。
「それにしても寒いねえ、まあ雪だからいいけどね。私、雪好きだから。」
訂正、雪ではしゃげます。
恋とは、童心よりも移り変わるものなのである。

積もった雪が溶け始め、踏まれて茶黒くなり、硬くなった。雪が好きな人でもげんなりするであろう景色になってしまった。私はつるつる滑る地面と苦闘しながら、駅へと急ぐ。この地面のせいで少し行くのが遅れてしまった。雪が少し好きになったのに、これでは嫌いになりそうだ。
ふと思ったが、これだけ地面が滑るのならスキーのように行けるのではないか、そのためにはスキー板が欲しい。しかし大学生といえばスノボか、スノボなら先輩を誘いやすいのかもしれない、いやそれならサークルでいくとなるか、第一私は先輩とどこかにいったことすらないのにスノボは飛ばしすぎではないか、二人でスノボというのは付き合ってる同然ではないのか、いやいやだからまず行けるかわからないというのになにを考えているのだ私は・・・
先輩と雪とスノボへの思いをうなりながら考えていると、いつもより少し遅く駅へたどり着いた。同時に先輩が乗っているであろうバスが到着した。これは運命かもしれない。今日スノボに誘えと天が言っているのだ。雪が溶けてきましたね、僕と一緒に雪が多いところに行きませんか?完璧だ。歩をゆっくりにして先輩が出てくるのを待つ。自分の歩がゆっくりになると同時に鼓動が早くなる。今か今かと待ってい
それじゃあまたねー

あ?えっと。あ?先輩はつないでいた手を離してまっすぐ駅へ向かっていく。離された手の持ち主たる男は別方向に向かっていく。

理解はしたくない、私の脳は強制的に今の情報を処理する。したくない、今のは先輩、手をつなぐ、またね、おとこ、したくない、

気づけば私はベンチに座っていた。人間どんなにショックでも小説のように記憶は飛ばない。先輩を見た後すぐバス停のベンチにもたれかかったのだ。心は鉛のように重く、雪が積もっている。座ることすらままならない。理解した。先輩には他校の彼氏がいた。そういえば先輩は実家勢ではなかったはず、それなのにバスと電車とはどういうことかと思っていたが、こういうことか。先輩の彼氏はこの駅の近くの大学だろう。この辺りは駅に近いせいで家賃が高いのだ。だから少し離れたところに家を買ったのだろう。先輩はそこで同棲しているのだろう。完璧に理解した。
まあ、彼氏ぐらいそらいるよなあ、あんなかわいいもんなあ。第一先輩のことを全く知ろうとしなかった。知っているのは服装がしっかりまとめられていることだけだ。先輩のことを知ろうとせず勝手に玉砕するとは、ゴミのような私だ。
恋は盲目とは言うが、まさか相手の嫌なこと以外も見えなくなるとは。私は先輩という幻想を見ていただけだった。
私の心のように雪が降り始めた。
私はこの日、雪が嫌いになった


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