20170522.mp3 植場 あ、もうこれ喋っていいですか? はい、じゃあ......なんか録音されてると緊張しますね。しかも小説家先生の取材だなんて。ハハハ。 ええと、古本屋巡りが趣味なんですね、俺。本はまあ、人並みに好きって程度なんですけど、古本屋特有の雰囲気が心地よく感じるっていうか。個人でやってるこじんまりした店も好きですし、チェーンの大きな店舗もよく行きます。 それで、2、3年前でしたかね。近所にある個人経営の店に行ったんですよ。欲しい本があって行く訳でもないので、いつも通り棚と棚の間をぶらぶらしながら、なにか琴線に触れるような本を見繕ってました。 で、見つけたんですよ。タイトルは......すみません、忘れたんですけど、ホラー小説でした。黒い表紙に白字で題名が書かれた単行本で、5つくらいの短編が収録された......まあ、よくある感じの本でしたね。何の気なしに手に取って、パラパラ捲って。それで満足して、棚に戻そうとしたんです。 ん? って思いました。 なんかおかしい気がして、もう一回開いて、よく見てみたんです。最初は気付きませんでした。いや、だからあんなのが棚に並んでたんでしょうけど。 ホラー小説なんで、主人公が幽霊とか妖怪とか、なにかしらの怪異に遭遇するじゃないですか。 その名前が、ぜんぶ後から書き直されてるんですよ。 「大島実」でした。大きいの大に、簡単なほうの島、果実の実。みのるかみのりか知りませんけど。 たぶん修正液を使ったんだと思います。地の文とか台詞に出てくる主人公の名前を、片っ端から修正液で塗り潰して、上から「大島実」って書き直してるんです。 手書きでしたけど、ぼーっと見てる分には気付かない程度には綺麗な字でした。店員さんも査定のとき見逃しちゃったんでしょうね。 ──気持ち悪くないですか? だってそれって、査定を潜り抜けて、その本を棚に陳列させるために、そうしてるってことでしょ? しかもその本、400ページはあったと思いますよ。主人公の名前が出てくる回数を数えろってだけでも厭になるのに、ひとつ残らず、ですよ。 なんか見ちゃいけないものを見た気がして、すぐ棚に戻したんですよ。もう今日はいいから、帰ろう、と。 で、気付いたんですけど。 その本、2巻だったんですよ。 6巻くらいまで並んでたかな、なにかのシリーズものらしくて。まあそれ自体は不思議でもなんでもないです。でも、ねえ。厭な予感がして、確かめたんですよ。 はい。ぜんぶ、でした。 今度こそすぐ店を出ました。実際に「これ」をやった人間が確実にいる。そう考えると寒気がしました。近所の店だったんで、なおさら。 そのシリーズの周りにも似たようなホラー小説はいっぱいあったんですけど、確認する勇気は無かったです。 それ以来、その店は行ってません。もしその本が無くなってたら怖いですから。ああ、気付かないで買っちゃったんだな、って。 ──まあ、ときどき他の店でも見るんですけどね。 個人経営もチェーン店も、関係無く。決まってホラー小説です。怪異に遭遇する主人公の名前が、「大島実」に書き換えられてるんです。別にホラー好きって訳じゃないのに、最近はその名前が無いか気になって、わざわざ探すくらいです。いや、見つけたい訳じゃなくて、無いことを確認したくて。なんだか解らないけど忌まわしいなにかが、そこに存在しないって確かめて、安心したくて、つい手に取ってしまうんです。 そうすると大抵、見つかります。 買ったこと? ないですよ。 理由......うーん。不吉な感じがするから、ですかね。 特定の誰かが怪異に遭遇する物語を、なるべくたくさん読ませたい訳ですよね。「その人」は。だからわざわざ店員に気付かれないように丁寧に書き直して、色んな店に売ってるんですよね。 じゃあ、その本を読むことで起こるなにかがあるんですよ、きっと。 こんなオカルトじみた話、自分でも言ってて馬鹿らしくなるんですけど。もし、万が一、なにかが起こるとして──よくないことが起こるっていうのは、間違いないと思うんです。 それに、加担したくないんですよ。 こんな感じで大丈夫ですかね。いえ、ありがとうございました。今まで誰にも話してなかったんで、ちょっとスッキリしましたよ。 ......あー、あの、すみません。もしこの話が本になるとして、なんですけど。「大島実」って名前は、出さないでくれると嬉しいです。 この名前を書いたら、先生の本も、「そういう本」になっちゃう気がして。いや、別に確証がある訳じゃないので、先生が書きたければ、全然。 でも、この名前を出して、それが大勢の読者の目に触れるっていうのは── あまりよくないことなんじゃないかと、思います。 ......え? 日付と、名前? ああ、それも記録しといたほうがいいですもんね。俺が言うんですか? 慣習って、なんですかそれ。ハハハ。 はい、じゃあ......2017年5月22日。 でした。
さわらび132へ戻る
さわらびへ戻る
戻る