あの頃

蝣



月を見るたびに思い出してしまう
月がきれいだねって一緒に笑った夜のことを

お祭りには行きたくないって言ったのに
君は僕の手を引っ張っていって
口では文句を言ったけれどほんとはうれしかったんだ
学校のみんなに会わないよう隠れながら二人で屋台をまわって
たこ焼きや焼きそばを買って
それから喧騒から逃げるように船着き場に行って
楽しかったねって二人で笑ったそんな夜のことを

この別れ道を通るたびに思い出してしまう
君とまだ話していたくていつも立ち止まってしまった帰り道のことを

あの小さな名探偵のことが好きな君はいつもその話をして
彼のことは別に好きでもなんでもなかったけれど
君が楽しそうに話すから土曜日は彼の推理を聞くのが日課になったんだ

沈む夕日を背にした僕たちは今日も部活が大変だったとかテストが憂鬱だとか
そんななんでもない会話をしてまたねって
そういって別れたそんな帰り道のことを

学校で君を見かけるたびに考えてしまう
あのころの僕たちは二人ならどこへでも行ける気がしていた
でも実際には行けるところなんてたかがしれていたし
できることなんて何もなかった

僕たちは海まで歩いて行ってただ波を眺めていた
何かを話すわけではなかったけれど
僕はただそれだけでよかった
でも君はどうだったのだろう
どうして 君は


あの頃
君は僕より少しおとなで
僕は大人のふりをしていた
ただそれだけだった
その違いが僕らの間にあっただけだった
こんなに簡単なことで 単純なことで
その違いを越えられなかった
どこにでもあるありふれた結末
誰もが経験したありふれた結末

僕は悲劇の主人公ではなかったし
君は悲劇のヒロインだったなんて思ったことすらなかったのだろう
日々の積み重ねのなかで溜まった膿が
僕らをゆっくりと腐らせていって
君は僕をおいて歩いていった
ただそれだけだった
たったそれだけだった
それだけのことなのに僕は

今なら君がわかる気がするんだ
だから 君は


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