逆ふ口

哀原グレイ



一
 「アタシさあ、犬、キライ。大ッ嫌いッ。早く捨ててきてッ。」
家に上がって、開口一番。飼っていることに特に理由はない。しかし(そういえば)、元カノもそうだった。前回は、キレ散らかすので、コイツを公園に置いてきた。二週間程度だ。キレられては、堪らないので今回も「置いて」こよう。捨てるのではない。愛護団体サマに配慮できる、そんな優秀な俺が、動物如きのせいで、女にフラれることがあってはならない。俺は間違いなくフル側の人間だ。
「分かった。」
平坦な声で、端的に答える。中に待たせ、抱えて出る。公園に行き、ベンチの足にリードを括り、目も合わせずに帰る。何も思わない。
「捨ててきたぞ。それにしてもウチ入ってすぐに、これかよ。」
そう、笑いながら、話しかけた。

 三ヶ月ぶりに公園に来てみると、犬がいない。どうやら盗んだ奴がいるようだ。俺のモノなのだから返せ。ただでさえイライラしている上に、イライラが重なる。上着の内側から煙草を取り出し、一服。ふぅ。足元に落として、躙り消す。
 盗人の情報はすぐに手に入った。素早く、スマートにだ。決して、公園に来る犬連れに健気に話しかけたわけではない。そうして、盗人に連絡を取った。返せと、返せば大事にはしないと、そう諭してやったが、盗人のクセに猛々しく、失礼にも渋りやがる。俺のモノであるのだから、俺のモノだ。盗人はしぶとくこちらに応じず、裁判まで話を広げやがった。が、ケリはついた。もちろん、俺のモノだ。

 イライラする。悪友からおかしな連絡が来た。
「これ、お前のこと?笑」
SNSのリンクとともにこれだけが。煙草に火をつける。
 あれは、些細な窃盗野郎の話だったはずだ。しかし、明らかにこの俺の話がネット上に転がってやがり、注目されている。こんな武勇伝にもならん話にバカは群がるのかと。見てみれば、そうじゃねえ。クソアマ弁護士がこの俺を侮辱してやがる。
 「捨てた」だと?俺は「捨てて」ねぇ。あの時、俺は「置いた」だけだ。モノを「置いた」だけで、「捨てた」扱いだと?そんなわけねぇじゃねぇか。ふざけんな。紫煙を吐き、吸う。何?このクソアマ、裁判官なのか。こりゃ、裁判所に行けば、また勝てるんじゃねぇか。その「モノ」に関しての裁判では、俺が勝ったんだからな。俺に歯向かった女がどうなるか、教えてやるとしよう。笑いが抑えられんな。深く深く、濁った呼吸を した。


二
 アホがいる。そう思ったときには、コイツを晒そうと指がSNSを開き、そこで発言しようとしていた。
「命ある犬を三ヶ月も放置して,落し物扱い?
 捨てたんじゃないの?
 裁判の結果は↓HTTPS://?」
 このSNSの古参を自負する私は、その発言一つ一つがそれなりに注目を浴びる。堅苦しい私の職務では難しい、この承認欲求の満たされ具合は、至高とも言えよう。今回のアホは、生命をぞんざいに扱ったので、いつも以上に伸びるだろう。ゆかいゆかい。

 暫くして、アホに噛みつかれた。久しい。倫理というものが欠けているのだろうか。まあ、私も人の事はなと、自嘲しつつ薄ら笑う。法律を多少なりとも齧ったか、電子の海を泳いだか。惨めに、私を貶めようとしてくる。悲しい頭だ。たかが、判決を紹介しただけだろう。彼の愚かさを今晩のアテにする。

 馬鹿らしい。高裁はこの程度のことについて、マトモな判断ができないのか?私が貴様らから度々の忠告を流したことに対する当てつけか?しかし、この私が弾劾を受けることになるとは。議員もアホが多かろう。目先の利益に囚われて、三センチ先の原理を見失い、権力を求めんとする可能性は大いにあるだろう。不服も言えず、資格さえ奪われ、退職金などありはしない。最悪の未来を考えると、身から出た錆だという慣用句にさえ腹が立つ。私は優秀だ。このことは、私の人生と私の就く仕事の様が証明してくれよう。一先ず、深呼吸をした。

三
 近年、我が国の行く先を案ずる声は絶えず、国民の悲鳴は耳を劈くように感じる。殊に政治、国家権力への不信感は、その経済の低迷とともに、益々募るばかりであろう。それでいて、小生が幼き齢でありながら、常識として学んだ権力分立という、民主主義国家の大きな大きな歯車さえ、破壊される未来が訪れるやも。甚だ遺憾である。些末な───表現に難ありといえども───問題にかこつけて、立法権が司法権を食らうことが許されるのか?現状、制度によって立法権と行政権がズブであるというのに。はあ。


四
 今日、学食で急に老人から一方的に語られた。何のことだか、分からない。ただただうざったい。興味関心のないことで、僕を煩わせてくれるな。長いため息をついた。


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