超個人的な臨時ニュース

かみなー



 『これで午前のニュースを終わります。』新しく始まったらしい音楽番組が平日の朝とは思えないほどやかましくラジオを鳴らす。k氏はいつものごとく音量を下げて、腰にさげ、山に入るための準備を始めた。「さて、そろそろ行くかな」k氏は愛用している登山靴に足を通し玄関を開けた。色落ちして古ぼけた靴を十年は履き続けてきた。k氏曰く自分の足の形にあったいい靴だった。 そんな古い靴でもk氏が履けば立派な登山道具として機能するのだ。昔からk氏は山に登るのが好きだった。だがここ数年は忙しく、山を歩く機会が少なくなっていたが、k氏には昔の感覚が戻ってきた気がした。k氏は高揚感に包まれるまま家を飛び出した。待ちに待った機会を逃すという失態を冒すことをさけるためにちょっとした散歩は欠かさないようにして体力を落とさないようにしていたのだった。もちろんいきなりハードな挑戦をしようと考えられるほど身体がもう若くないことも分かっていた。
 自宅から駅まで少し歩き、電車に揺られて三駅ほど離れた駅からバスに乗った。
 k氏は日帰りで山を散歩しようと考えていた。昨月、久しぶりの再会を果たした旧友の持っていた山である。偶然の再会で喜んでいたところ最近の趣味の話になり、登山の話になったのである。旧友が言うその山は代々持っていたものであり、高くはないがかなり広いとのことである。あまり整備されてはいないが、歩きやすく景色もいいとのことで、k氏はこれ幸いと入らせてもらいたいとお願いしたのである。ただ、一緒に行くことになっていた旧友は前日に「急な用事が入ったので参加するのをやめる」と電話があった。しかたなくとりやめようと思ったが、旧友は、「行きたいのなら一人で行ってもかまわないよ。何、急にいけなくなったのはこちら側だからね。きれいな景色もこの時期を逃すと、来年までお預けになるわけだ。それはもったいないほどだよ。ぜひ行ってみてほしいな」という。k氏は旧友に申し訳なくなりながらも一人で行くことに決めたのだった。
 バスを降り、徒歩数分。件の山の入口に着いた。k氏の目の前に広がるのはまさに緑の絨毯であった。k氏は感動を覚えた。標高自体は低くても木々に囲まれることによる圧迫感を感じることなく、むしろ開放感のある緑の香りがk氏の気分をより高ぶらせる。そしてそれ以上にこの自然の風景を目に焼き付けたあと、山頂を目指すために歩を進めた。人があまりたち入っていなかったとはいえ、あまり荒れている様子はなく、比較的歩きやすかった。それでも普段使わない道だからなのか疲れを感じたが、それもまた心地よいものであった。
 しばらくすると、明らかに緑が深くなっていきていた。それに伴い空気は一段と澄んできたように感じられた。さらに進むにつれて木々の高さが増していったのか日光はあまり届かなくなってきていた。k氏はさすがに怖くなったのだが、せっかくここまで来たのだからと思いなおし歩みを止めなかった。草の根をかき分けてさらに進むと2対の背の高い岩が生えていた。登り始めてから数時間が経っていたので少しだけ休憩しようとおもい巨石の間に割って入ったときである。地面が大きく揺れ、すさまじい音量のファンファーレのような音楽が流れ始めたのである。k氏は突然の事態に倒れこみ、頭を打って気絶してしまった。そしてファンファーレが鳴り終わると、どこからともなく世界中に響き渡る声で告げられたのである。
 [たった今、地球上すべての土地が踏破されました。これによりリセットいたします]
 k氏の腰に下げられているラジオから流れていた音楽番組が急に止まり、緊急速報に切り替わった。『臨時ニュースをお伝えいたします。現在すべての電子機器につきまして映像情報および画像情報などに接続できなくなる通信不備が発生しています......。


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