人生ゲーム2

走ル高麗人参



あらすじ
 3年以内に起こる出来事を一つだけ予測できる『未来診断システム』で、高校3年生の佐倉と南は「事件に巻き込まれる」という予言を受ける。2人は被害を未然に防ぐため、事件を調査し始めた。


 補講終了後の夏休み初日、南の部屋にて。
「事件の調査ーっていっても、どうすんだ?」
 友達が来るからと、昼間からクーラーをつける許可をもぎ取った南は、その権利を十分に生かした部屋で佐倉に問いかける。佐倉は待ってましたとばかりに、声高らかに宣言した。

「ふふふ、あるじゃないか、僕らの行動範囲内、高校生に関係ありそうな情報の宝庫! 学校の不審者情報が!」
 補足すると、学校が保護者に向けてメール一斉送信する地域の防犯情報である。
「不審者情報ねぇ。あ、そういえばこの前明らかに孫の忘れ物を届けに来たおじいちゃんが載ってて可哀想になった」
「世知辛い世の中だな...」

 名前も知らないおじいちゃんに同情しつつ、佐倉はスマホを取り出してSNSアプリを立ち上げた。
「あとは、SNSなんかも情報収集できそうだ」
 地域名で検索をかけるとだいぶローカルな情報まで上がってくる。佐倉はいかつい隣人のアカウントを発見したが、メイドカフェでご満悦だったのは見なかったことにした。
 
「というかさあ、地域の事件なら交番行ったらなんか情報あるんじゃね。大山署の小山さんに話聞いてみようぜ」
「まぁ、面倒見いい人だしなんか教えてくれるかもな」

 大山署、正式には大山駐在所は2人が暮らす地区の交番であり、小山は2人が小学3年生の時赴任してきた巡査だ。(現在は昇進して巡査部長になっている)彼は小学校の下校時に合わせてパトロールをしていたので、2人とはその時からの顔見知りである。

 茶菓子を一通り食べ終えた二人は、自転車で大山署に向かった。民家と一体になったような建物、駐車場にパトカーと自転車、道沿いに指名手配と交通安全のポスターが貼られた掲示板。いかにも町の交番といった佇まいだ。

「こんにちはー!お久しぶりっす!」
 南は引き戸を開けながら高らかに挨拶を投げた。
「...こんにちは。えーと...?」
 正面のカウンターにいた若い婦警は、見知らぬ元気な高校生に戸惑いつつ、辛うじて挨拶を返した。両者とも予想外の展開に二の句が継げないまま、気まずい空気が流れる。
 
 そこに救世主、南が乗り捨てた自転車をドア横の壁際に寄せて留め直し交番に入ってきた佐倉。南とそこそこ長い付き合いの佐倉はこの手の気まずさには耐性があり、対処法も分かっている。
 
「おい、バカ!ちゃんと確認してから声かけろよ。えーと、すみません。小山さんはいらっしゃいますか?」
 まず南にツッコミを入れ、それから1オクターブ高い声を作って相手に詫びる。佐倉は何度もこの手で気まずさを乗り越えてきた。
 
「...ああ、小山なら巡回に出ておりますが、もうすぐ帰ってくると思います。それまで待たれますか? 伝言をお預かりすることもできますが...」
 救世主佐倉の華麗な一手で我に返った婦警さんはぎこちなくも笑顔で対応してくれた。
「ありがとうございます。それなら僕たちはここで待たせていただきます」

 婦警に返答しながら南の襟首を掴み、壁際のベンチへと向かう佐倉。
「ちょっ、引っ張るなって! おろしたてなんだよ、このシャツ!」
「知らんわ。お前はほんとに大人しくしてろよ。もうベンチから一歩も動くな」
「いいよ、俺一歩も動かねーから、漏らしたらお前が片付けろよ!」
「うざ...。小学生でも言わねーよ、そんなこと」
 広くもない交番内、たった数歩の距離でも存分に身内ノリを披露しながら、やっとの思いでベンチに腰掛けた。
 
「あなたたち、もしかして佐倉くんと南くん?」
 二人の様子をカウンターから眺めていた婦警が、ふと思い出したように声をかけた。
「もしかしなくても佐倉と南っすよー。俺が南でこっちのDV男が佐倉」
「誰がDV男だ。僕はお前以外には基本的に優しいだろ。というか、何故僕たちの名前を?」
 佐倉がノールックで南の耳を引っ張りながら婦警に問い返した。
 
「やっぱり。小山先輩がよくあなたたちの話をするのよ。話通り、とても面白い子たちね」
 婦警は初対面の衝撃を克服したようで、仕事用の敬語をやめて破顔した。
 
「へえー、小山さん、俺たちの事ってどんな話するんっすか?」
 知り合いが第三者に対して、自分たちのことをどう話しているのか。気にはなるが直接訊くのはちょっと勇気がいる。そんな話題に平気で踏み込めるのが南という男である。

「そうねえ、『一言で言うと、未来診断システムの予言がすごくいい子とすごく悪い子のコンビ』って言ってたわね」
「確かに合ってるっすけど...」
 予想に反して味気ない返答に、少々複雑そうな南。

「それで、よく相談に来る子たちだとも言っていたわ。『未来診断システム相談員』の常連だって」
『未来診断システム相談員』とは、佐倉のように悪い予言がなされた場合、相談に乗ってくれるボランティアのことだ。小山もそのボランティアの一人である。

「スタントマンやライフセーバーを紹介したこともあるって聞いたけど、それって本当なの?」

「本当ですよ。僕が小山さんの言う『未来診断システム』の予言がすごく悪いほうなんですけど。前々回の診断で『事故に遭う』って予言を貰っちゃって...。それで小山さんに相談したらスタントマンさんとかを紹介してくれたんです」
 2人が中学3年間を費やしたスタントと着衣水泳の練習は、彼らからアドバイスされたものだった。

「それで、こいつプロにスカウトされるレベルのスタントが出来るようになったんっすよ」
 なぜか誇らしげな南。佐倉は若干イラっとしたが、練習につき合わせたのも事実なのでスルーした。

「おう、なんだか盛り上がってんな」
 いつの間にか巡回から帰ってきた小山が、2人の後ろから声を掛けた。
「うおっ、びっくりしたー。小山さん、声かける前に一言声かけてくださいよ」
「それはオレにどうしろって言うんだ? 南」
 意味不明な南の言動をにこやかに躱しながら、小山はカウンターからキャスター付きの椅子を引き出して逆向きに座った。

「そろそろ来る頃だと思ってたよ。で、今年はどんなツイてない結果だったんだ?」
 2人が訪れた理由に察しがついているようで、どこかで聞いたような質問を投げてきた。
「今回は『事件に巻き込まれる』でした...」
「...なるほどなあ。今回は『相談員』よりオレの本業のほうが役立ちそうだ」
 背もたれの上で腕を組み、その上に頭を乗せるというラフなポーズながら、表情は真剣だ。

「小山さん、聞いてくださいよお! 今回、俺もこいつと同じ結果だったんすよ! 俺ラッキーボーイなのに!」
「自分で言うな。たまには僕の苦労も味わえ」
「いや、俺結構お前に付き合わされてるんですけど?」
「そうだったな。前言撤回。いつもありがとう」
「...お、おう。素直なお前、気持ち悪いな」
 割と本心なんだが。ぼそっと呟いた言葉は、南の耳には届かなかったようだ。
「コントの途中で悪いんだが、それは結構緊急性が高いんじゃないか」
「いや、全然コントとかじゃないんで。でも、やっぱりそうですよね」
 小山には県外への進学を考えていることは以前から伝えていた。それらの事前情報から、今年中、というタイムミットに考え至ったのだろう。

「今年中、かつお前らの行動範囲から考えてこの辺りで何か起こるな」
 小山は地面を指さした。

「とりあえず、巡回の回数は増やす。お前らは極力一人で行動するな。それと、夜遅くに出歩かないこと、人通りの少ないところに行かないこと。月並で悪いが、結局基本が一番強い。俺は本庁でも情報を集めてみるよ」

「分かりました。今回もよろしくお願いします」
 佐倉と南は深々と頭を下げた。

「はは、今回も、か。まあ任せとけ。お前らはオレの担当だからな」
「え、相談員って担当制なんですか?」
「いや? なんとなく言ってみただけ」
 どうにも締まらないが、2人は強力な仲間を得た気分だった。

「それじゃあ、そろそろ失礼します」
「おじゃましましたー」
 佐倉は一礼、南は手を振って扉に向かった。
 その背中に、思い出したように声が掛けられた。
「あ、2人ともちょっと待って」
 2人を呼び止めた婦警は、鞄から何かを取り出し、2人に差し出した。

「これ、護身用に持っていって」
 小ぶりなスプレー缶と、メカニックな髭剃りのような形状のもの。
「催涙スプレーと、スタンガン?」
「警察が勧めるのはあんまりよくないんだけど...。持っているだけでも多少は安心できるかな、と思って」
 佐倉はスタンガン、南は催涙スプレーをそれぞれ受け取り、まじまじと見つめる。

「おお、催涙スプレーとかスタンガンって初めて見た!」
 興奮気味に目を輝かせている南。
 小山は自衛用品に興味津々の2人にくぎを刺した。
「お前ら、それは玩具じゃねえぞ。お守りとして持っとくのはまあいいが、基本的には使うな。マジでどうしようもない時だけ、逃げるためだけに使え。分かったな?」

「分かってます。とりあえずこれは頂きますけど、極力使いません」
 佐倉はスタンガンを自身の鞄に押し込んだ。
「それでいい。気をつけて帰れよ。何か分かったら連絡するからな」
「何か不安なことがあったらいつでもここに来てね」
 小山と婦警は2人を交番の外まで見送りに来てくれた。

「はい。ありがとうございます」
 2人は自転車にまたがり、帰路についた。


「おもしろい子たちですね」
 2人の背中が完全に見えなくなり、交番内に戻ったところで、婦警がポツリとこぼした。
「ああ、そうだな、そして強いやつらだ」
「ええ、本当に。私も、彼らぐらい強ければ...」
 続く言葉は、婦警自身にも分からなかった。

「谷川、当たり前だが、あいつらとお前は違う」
 小山と婦警こと谷川巡査の脳裏には、共通の女性が浮かんでいた。その女性は、一体どんな顔をして彼らを見つめていたのだろう。笑顔か、涙か。

人生ゲーム 2  了



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