「宝さがし 亀村紫 茫々たる大海の上には、多くの鳥たちが飛び過ぎてゆく。首を長く伸ばしたナベヅル、嘴を垂らして飛ぶシギ、髪をなびかせるヘラサギ、たまに地面でよろよろ歩くアルバトロス。そしてその中で、誰よりも話のネタを貯めているのは、もちろんアルバトロスである。誰よりも早く、誰よりも長く飛行する彼らは、海の上で起きるすべてのことを記憶し、すれ違う他の旅行者たちに話してあげたりするのだ。 そして、この物語も、その中の一つだった。 鯨ほど大きい船を操る船長がいた。その船長の趣味は舳先(へさき)に突っ立って白く長い髭を風になびかせることであり、名前はカルロスだった。カルロス船長は必ず、嵐が吹く夜にだけ船を出した。それは、そういう天気の時こそ、宝を見つけるに相応しい天気だと信じていたからだった。雨粒が大きければ大きいほど、風が荒ければ荒いほど、より立派な宝が見つかると。そして、そのような宝を見つけることこそが、カルロス船長が航海をする目的だった。 カルロス船長が舳先に立っているといつも、小さな男の子が近づき彼の名前を呼んだ。その子がカルロス船長の息子なのか、孫なのか、それとも血縁のない他人なのかは、いかなる鳥にも分からないことだった。 しかし、その子の名前だけは皆が知っていた。彼の名前はジョンだった。 「ジョン、こっちに来い。今日は、私が今まで集めてきた宝たちの話をしてやろう」 ジョンは頑丈な雨具を着ていた。その日もまた、激しい嵐がカルロスの船を飲み込もうとでもするかのように吹いていたからだ。 「いつもその話ばっかりじゃないですか」 「今日は特別な宝の話だ。今まで集めてきたものの中でも、一番高価な宝だよ」 ジョンはとっさにカルロス船長の方に振り向いた。彼の目は好奇心と期待で輝いていた。灰色の空と海の中でも際立つ、特別な輝きだった。 「なんですか?」 「慌てるなよ。先ずは......そうだ。お化けが百万匹も住んでいる無人島に行った話をしなくてはならないね」 カルロス船長はいつものように、遠い海の向こうを見つめていた。ジョンはその視線を辿ってみた。しかし、カルロスが見ているところには何もなかった。 「その島には、今まで死んだ王たちの冠がすべて埋まっているという噂があってね。それを全部手に入れれば、国の一つや二つぐらいは簡単に買うことができるだろう。私は万全を期して準備し、一人でその島に挑んだよ。お化けに取りつかれないようにお札を貼って、襲ってくるやつに備えて銃も持っていった。島の真ん中に行けば行くほど空が暗くなり、枯れきった木々がお化けの顔のように見えた。しかし、結局私はすぐに、王冠が葬ってあるところを見つけられたよ。そして持って行った大きい袋に王冠を詰めて、来た道をそのまま辿って島をでた。その王冠たちは、今もこの船の倉庫に丁寧に入れてあるんだよ」 大人しく聴いていたジョンが、首を傾げた。ジョンがこの船に乗ってしばらく経ったが、一度もそのような沢山の王冠なんてものは見たことがなかったのだ。 「嘘じゃないんですか?」 「本当だよ」 「でも私は、それを見たことがないんです。倉庫にも入ってみたんですけど」 「いや、ジョン。君は確かに、私がお化けの島で持ってきた宝を見たことがあるんだよ」 カルロスはそう言って、船の底にある倉庫にジョンを連れて行った。船の中は、嵐が吹く外よりも暗くうるさかった。風が出張った板を殴る音がずっと聞こえていた。 「ほら、ごらんよ。これこそ、私が苦労をして持ってきたものなんだ」 倉庫は部屋一つ分の広さだった。カルロスは倉庫を開け、その隅に積んである木の枝を指して言った。 そう、それはどこも特別ではない、ただの木の枝だった。ジョンが手に取って半分に折れば、弱い音を立てて折れそうな。 「でも、でもこれはただの木の枝ですよ。王冠じゃなくて。こんな枝にも価値があるんですか?」 「いや、ジョン。これを市場にもっていってもしょうがないだろうね。カーペンターが焚き物に使おうとして銅貨一銭で買ってくれたら、運がいいと言うべきかな」 ジョンは手に取った細い木の枝を床に戻した。海の湿気を吸い取ったその枝は、焚き物としても適切ではなさそうだった。 「じゃ、宝はどこにあるんですか?」 ジョンが少し慌てた声で言った。多少怒っているようにも見えた。 「落ち着きなさい。まだ話は半分もしてないんだよ。私は無事王冠を手に入れたと信じていた。しかし、船に戻ってきて見たら、私が夢中になって袋に詰めたものはこの木の枝だった。私は知らぬ間にお化けに取りつかれていたのだよ。お札も銃も無駄だったんだ。それ以来、私は無人島には行かないようにした。人がいないところには必ず理由があるからね。例え世界一の宝が眠っているとしても、掘ることができる者がいないと、そこには何もないも同然なんだよ」 カルロスはジョンを食堂に連れて行った。灰色の空を見ては分かりにくかったが、恐らくはそろそろ昼食のときだった。腹を満たせば、しょっちゅう慌てたりするジョンも少しは辛抱強くなれるかもしれない。 「だからその次は、魔法使いの一族が住む島を訪ねに行った。魔法使いたちは普通の人たちに嫌われ、村から追い出された一族なんだけど、それでも人であることには変わりない。獣やお化けとは違うんだ。私は魔法使いの村に数日間世話になって、宝についての話を聞いたんだ。聞いたところ、魔法使いの村のある洞窟に、古代に住んでいた魔女の魔導書が眠っているそうだった。死んだ魔女の魂がその魔導書を守っているらしい。私は魔導書に興味を持つ魔法使い二人とその洞窟に行った。なるほど、噂通り禍々しい洞窟だったよ。何も見えない暗闇の中で、絶えることなく女の人の笑い声が聞こえてきたんだ。海の中に落ちるとしても、その洞窟の中よりは気が楽だろうさ」 黙って聞いていたジョンの身が軽く震えた。彼が持っていたフォークが床に落ちて大きい音を立てた。カルロス船長はそのフォークを拾ってナプキンで拭き、またジョンに戻してあげた。 「私は結局、魔女の魂と出会ったんだ。彼女の魂は若く美しい女の姿をしていた。何百年も生きてきた魔女とは、とても思えなかったよ。彼女は私にこう提案した。一緒に来た二人の命を渡せば、魔導書を見せてくれるってね」 カルロス船長はそこで一度話を切った。ジョンの顔が幾分か険しくなっていたからだった。しかし、始まった話には終わりをつけなければならない。 「もちろん、それはできなかった。私は二人の魔法使いに、もう諦めて帰ろうって言った。魔女の魂と会話ができただけでも大きい収穫だったからね。しかし、他の二人の考えは違ったらしい。彼らはどうにかして自分を除いた二人、つまり、私を含めた二人の命を奪って魔女に捧げようと色々な主張をした。自分の方が魔法を使いこなせるとか、自分の方が若いから魔導書の研究ができるとか、ってね。結局、見ていて我慢ならなかったのか、魔女がその二人の命を同時に奪い取ってしまったよ。それは一瞬だった。私は何もできなかったよ」 カルロスの表情はその一瞬を思い出し、怯えているようにも、また悲しんでいるようにも見えた。しかし、その中にはどこか懐かしんでいるような気配もあった。 ジョンは顔を顰めながらも缶詰にした魚を食べつくした。そして聞いた。 「じゃとにかく、その魔導書を手に入れたんですね? それもこの船の倉庫にあるんですか?」 「いや、ジョン。その魔女は二人の魔法使いの命の代償として、魔導書をたった一度見せてくれるだけだった。しかしそれは全て魔法使いの文字で書いてあって、私には一文字も理解できなかったよ」 ジョンは高まっていた期待とともにため息を吐き出した。 「なんだ、じゃ宝としての価値はなかったんですね」 「そうだね。私が魔導書を読めなかったのが残念だったのか、魔女も代わりに数日間、洞窟に泊って行ったらどうかって誘ってくれた。どうせ魔法使いの村に戻っても、二人の魔法使いを殺したのが私だと疑われるだけだったからね」 ジョンは話に対する興味を失ったのか、椅子から立って食堂の中を歩き回りはじめた。 「結局、宝はなかったんですね。古代の魔女と会話ができたということ以外は」 「そう。それはとても貴重な経験だったよ」 そのとき、岩同士がぶつかるような、重い音が聞こえた。その後、男たちの荒い叫び声も続いた。 「大変だ。海賊がきたみたいだよ」 カルロス船長はジョンを連れて食堂を出ようとした。しかし、もう手遅れだった。海賊たちは一足先に食堂の度を開けて押し込んできた。 彼らはジョンとカルロス船長を椅子に座らせ、手と足を紐で結んでしまった。そして二人の海賊がカルロスとジョンの頭にそれぞれ銃を構えている間、他の海賊一人が食堂の中で食料品を探し回った。 「倉庫はどうしましょう。貴重な宝を全部奪われてしまいますよ」 ジョンが小さな声で囁いた。カルロス船長の顔も少し慌てているようだった。カルロス船長はジョンの言葉には返事をしなかった。 海賊たちががっかりする声が聞こえてきた。そして赤い帽子をしたかしらのような男が食堂に入ってきた。彼はカルロス船長を睨んで言った。 「この船には宝が沢山詰まっていると聞いたんだが」 「そうだね」 「その宝はどこだ」 「船の中には確かにあるよ。しかし、君たちにとっても宝かどうかは、分からないね」 海賊のかしらがカルロス船長の椅子を激しく蹴り飛ばした。椅子がまるでカルロスの身の一部のように彼と共に床に倒れた。 「もういい。こんな爺(じじい)は早くしとめてしまって、そこのガキに聞こうとするか」 海賊のかしらが懐から銃を出し、床のカルロス船長を狙った。カルロス船長はその銃口をまっすぐ見つめていた。 ジョンは思わず目を閉じてしまった。カルロス船長の頭がつぶれる姿は、まともに見たくなかった。 銃声が響いた。目を閉じていたジョンには、そのとき世界中が激しく揺れたように感じられた。上下が逆転し、床にあった足が空に浮いていた。 何かがおかしかった。そう思って目をあけると、海賊たちはみんな、床に倒れていた。カルロス船長もそうだった。それだけではなく、テーブルの上にあった皿、海賊たちが袋に詰めていた食料品も全部、床に落ちていた。何かによって、船体が大きく揺れたのだ。 海賊の頭が撃った銃弾は、床に寂しく埋まっていた。 「嵐か」 カルロス船長がつぶやいた。船体に響き渡る揺れは止むことも知らず続いた。 「この隙に逃げましょう」 ジョンはカルロス船長に手を差し出した。しかし、カルロス船長は上半身をおこすだけで、お尻はまだ床につけたままだった。 「どこに?」 そう、ここは海の上だった。海賊たちは銃を持っていた。カルロス船長とジョンが逃げられる場所と言えば、海の底だけだった。 「じゃ、海にでも飛び込みましょう」 それでもジョンはカルロス船長の手を引き、いつもの舳先までたどり着いた。海賊たちの一部は気絶し、また一部は苦痛に叫びながら頭を抱えていた。しかし、すぐ気を取り直して二人を追いかけてくるに違いない。 「ジョン、まだ宝の話が途中までだったね」 風にあたりながら考えこんでいたジョンの耳に、カルロス船長が囁いた。ジョンは彼がなぜそういう話を始めたのか分からなかった。 「今は何を言っても無駄ですよ。ここから脱出できる方法についての話はないと」 「そうだね。あれを見なさい」 カルロス船長は片手をあげて空を指した。ジョンも空を見上げた。白い渡り鳥がこっちに向いて飛んできていた。一羽だけではなかった。まるで雲が丸ごと落ちているかのような、数百は超えるような大勢だった。 「本当の宝は、決して奪われないところに置いておくものだよ」 その言葉とともに、カルロス船長は舳先よりも先に身を投げた。カルロスの体が水面にぶつかり大きい音を立てた。ジョンが海の方を見下ろしたが、既にカルロスが残した波紋は消えていっていた。 その間、白い渡り鳥たちが無理やりジョンの体を持ち上げた。ジョンは鳥の体が無数につながってできた絨毯のようなものに乗り、空の彼方へと消えていった。直に巨大な竜巻がカルロスの操っていた船を飲み込み、そこにあったものは全て、跡形もなく海の底に沈んでしまった。 一羽のアルバトロスが知っている話は、ここまでである。しかし、白く長い髭を風になびかせる年寄りの船長を目撃したのは、一羽だけではなかった。他の鶏の目撃談によると、ある男が魔法使いの島にある魔女の洞窟に、一年近くも住んでいたらしい。いつからか、洞窟を出入りするとき小さい赤ん坊を抱いていたとも。そして、その赤ん坊が男の後ろを歩くことができるようになると、二人は鯨ほど大きな船に乗って消えてしまったという。
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