二十首連作「水中都市」 深谷あおい 新しい夏のはじまり水圧が私を水中都市へ誘(いざな)う この場所は存外息がしやすくて夜風を飲んだように涼しい 海底を走る列車にしずしずと紳士なウツボが乗り込んでくる サンゴ礁の古代遺跡がこの街の観光スポットなんだそうです 相席のクラゲによれば生物は年々透明度が増すらしい 明日には消えてしまうと呟いて花(はな)緑青(ろくしょう)のチョウチンアンコウ 丁寧に白桃を剥く夢を見るあなたの最後の食べ物として ウミガメの車掌に聞いたショッピングモールへ向かう少し泣いたら 帰りたい場所なんてないディスプレイされたシロイルカのぬいぐるみ 書架のあるカフェに行こうよ水彩のような光を身にまといつつ 大層な祈りも願いもないけれどクリームソーダを一緒に食べたね 少しずつ大事なことを考える 触れたピアノに初夏の音あり 大丈夫。どれだけ涙を流しても海の一部となってゆきます 病室の光のなかで二人きり終わらないよう話しつづけた 水圧で押しつぶされた心から一斉に吹きだす泡の花 最初から気がついているこの海も嗚咽も全部わたしのものだ 深海に細く差し込む木漏れ日の光の届く先を見ている あの人は陸にも空にも海の中にもいない人、もういない人 掬(すく)われることを待つのをやめたとき水面(みなも)に淡く星が流れた ゆっくりと銀河のように閉じてゆく私の海と夏の式日
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