キレイゴト

走ル高麗人参



 メールを開くと、同窓会の案内が届いていた。同窓会といっても、同期だけの私的な飲み会だけど。
 あいつはきっと来ないだろうな。でもみんなはあいつのことを話題にする。行きたくないなぁ。

「〇〇大学山岳部何期生かは分からんけどカンパーイ」
「いや知らんのかよ」
 締まらない掛け声と鋭いツッコミに笑い声が遅れてついてくる。
 もう卒業して5年も経つのに、こうしているだけであの頃に戻ったような気がする。確かにそんな気はするけれど、やっぱりあいつのいない違和感が拭えない。
 
「こうやってみんなで集まれるのもお前がいたおかげだよな」
「ほんとほんと。大袈裟じゃなくて言葉通り命の恩人だよ」
「今は消防士なんだろ? ぴったりじゃん」

 5年前、大学最後の登山で私たちは遭難した。雪山で吹雪に見舞われ、洞窟のようなところで5日を過ごした。今思い出すだけでも気分が悪くなるけれど、みんな無事に救助され、後遺症もなく過ごせているだけ幸せなのだと思う。
 
 話題に上っている消防士の彼は、遭難した時みんなを励まし続け、滑落して大怪我をした子の面倒を見ていた。 
 私自身、彼の言葉には本当に救われた。
 ああ、でも、この流れはいやだ。
 
「ほんと、あいつとは大違いだよな」
「ちょっとやめてよ、あいつの話なんて。思い出したくもない」
「まさかあんな最低なやつだったとはな。緊急時って本性がでるからなぁ」
 やっぱり。話題は偉大な彼を讃える流れから最低なあいつをこき下ろす流れに切り替わった。
 
 確かにあの時のあいつは最低だったと思う。
「あいつさぁ、あの時ワタシのこと見捨てようとしたんだよ! ほんとに最低!」
 あいつは負傷した同期を置き去りにしようとしたのだ。彼女にとっては死刑宣告に等しい行動だ。怒りが湧くのもわかる。ただ、彼女が負傷したのは洞窟を見つける前、吹雪の中当てもなく彷徨っていた時だ。負傷者に構っていては自分たちの身も危なかった。だから私は、あいつの判断がただ最低なだけとは言えないと思っている。決して口にはしないけれど。
 
「遭難してからずっと態度悪かったしな。普段の優等生ぶりは作ってたんだな」
「それな?。あんなやつだと思わなかった。マジ裏切られた気分だったよ」
 遭難してからあいつはずっと落ち着きがなく、些細なことで怒り出したり、泣き出したりした。普段のあいつはいつもニコニコしていて、穏やかで、とても付き合いやすい人だったのに。だからこそ、普段とのギャップで悪い意味で見る目が変わってしまったのかもしれない。
 
 それがあいつの本性。いや、本当に本性といっていいのだろうか?
 
 消防士の彼は大学大学時代、積極的に部活動に参加していたわけではない。むしろよくミーティングを無断欠席していたし、登山の日でも平気で遅刻や忘れ物をしてきた。そのくせ飲み会は毎回参加していて、正直みんなうんざりしていたのだ。大学最後の登山には誘わなくてもいいなんて意見も出たぐらいだ。それでもみんなを宥めて彼に登山のスケジュールを共有したのはあいつだった。
 
 あいつは誰よりも部活動に真剣だった。ミーティングの資料を作るのはいつもあいつだったし、道具の点検も欠かさずやっていた。みんながサボりがちな登山のための体力づくりも熱心に取り組んでいた。だからといってあまり真面目でない部員を責めるでもなく、うまくやっていたと思う。みんなも、あいつには一目置いていた。
 
 それが、あの遭難事故を境に2人の評価が逆転した。
 緊急時に本性が出る。仮にそうだとするなら、乱暴に言えば彼は善人で、あいつは悪人だったことになる。では、平常時の人間性は? 本性じゃないから、取り繕っているから、なかったことになるんだろうか。彼に迷惑をかけられたことも、あいつに支えられていたことも。
 
 それってなんだかなぁ。
 まあ、決して口にはしないけれど。


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