フラグメンツ

あいかわあいか



【断章】
「好きです。付き合ってください」
 そう言ったのは、わたしからだった。彼女は少し戸惑いながらも「いいよ」と返してくれた。
 
 わたしが好きになった人は女の子だった。彼女は陸上部のエースで、授業が終わればずっと走り続けていた。わたしはそんなひたむきさに憧れて、彼女のことが好きになったのだった。だから、彼女の部活が忙しくて、わたしとの時間がほとんどなかったとしても、あまりつらいとは思わなかった。
 
 ある日、「私バカだから風邪ひかないよ」っていつも言っていた彼女が風邪を引いた。わたしがお見舞いに行ってお粥を作ってやると、彼女は嬉しそうに食べてくれた。今まで部活が忙しくて一緒に遊ぶ時間があまりとれなかったから、なんだか新鮮で嬉しかった。だから、この時間がもうちょっと続いてほしい。彼女がもう少し風邪をひいていてほしい。って性格の悪いわたしは思ってしまった。
 布団の裾から暑そうに伸びる、筋肉のついた彼女の足は、日に焼けていてとても綺麗だった。

 ......その瞬間、私は気づいてしまった。この足をへし折ってやるだけで、陸上がすべてだった彼女は生きる意味を失うのだ。そうすれば、空漠たる魂に「わたし」を注ぎ込むことは容易ではないだろうか

【断章】
 金曜日の深夜26時。わたしはテレビの前のソファーにぐったりと腰掛け、「えっちだなぁ」と感慨深く呟きながら、寝取られアダルトビデオを見ていた。

 今週もまた、ストレスをため込んで「早く帰りたい」「早く帰りたい」と息苦しくなって。やりたくもない仕事にたえてたえて、必死に耐え抜いて。苦しむだけの一週間をなんとか生き抜いた。
 ......けれど土日が終わればまた仕事が始まってしまうのだ。そのことを考えるだけで、わたしの胸はずんと重くなった。つらくて悲しくて。家にいるというのに、どこかに帰りたくて仕方がなかった。
 ......いったい何が悪かったのだろう。わたしは人並み以上に頑張ったとまでは言えなくても、サボらずに勉強して、それなりにちゃんとした大学に受かって、有名な会社に就職したはずだ。
 なのにどうして、バーコードに禿げたクソ上司からセクハラされて、後輩からは馬鹿にされて。はじめは持っていたはずの仕事のやりがいも忘れてしまって。ただ、生きるだけの肉の袋になってしまったのだろう。
 
 今日はあしたが休みなので、ゲームセンターが閉店になるまで頭の中をからっぽにして、音楽ゲームを遊んできた。七万円する黒スーツ姿のまま、ボタンをしばき、つまみを回し、スライダーを掃除した。閉店のアナウンスがなる頃には、肌着は汗でぐっしょりとなっていた。しかし胸中のモヤモヤは去ってはくれなかった。
「......ああ、わたしのなにが悪いんだ」
 帰宅一番、そう吐き捨てるように言ったけれど、一人ぼっちのマンション暮らしなので誰も反応してくれない。
 なんだか悲しくなって、スーツをそこら辺にぽいと脱ぎ捨てると「もう何うだっていいや」という気分になった。
 そうだ、脳を破壊しよう。わたしはコンビニのレジ袋から、ストロング・ヌル(500ml)と、モーニングスター・エナジー(355ml)を取り出した。レシピは簡単、この二本をビール用の大ジョッキに注ぐだけ。
 シュワシュワと炭酸が泡をはじけさせ、幸福薬が錬成されていく。ぜひとも精神科医の方々には、これを医療費3割負担で処方していただきたいものだ。
 お酒のおつまみには薬局で売っている風邪薬がベストマッチ。救急キットの中から紙箱を取り出し、シート2枚を白い皿の上に乗せる。
 と、そこまで準備したところで、ODしながらアダルトビデオを再生することを思いついた。いいね、一人暮らしの特権だ。
 しかし、こんな憂鬱な気分の時に純愛なんぞ見せられても反吐が出るだけ。やはり脳を破壊するなら寝取られものに限る。大切にしてきたものが容赦なく奪い去れる絶望感に脳がバグって、いい感じに幸せになるのだ。
 わたしは買ったはいいものの、無気力すぎて山になっているテレビ横のDVDの山から、適当なタイトルを拾ってきた。パウロの動く城の隣にあった。まあどうせ友達とか家に来ないしいいだろう。
 
 再生をはじめてしばらく時間がたち、養命カクテルが三分の一、風邪半シート分がなくなったころ。ビデオは専業主婦をしている妻と、家の電気工事に来たムキムキマッチョ期間工(と紹介される)の間男兄ちゃんとの逢瀬に移っていた。私は「期間工は、工場労働者のことをいうのではないか」と監督の日本語力を心配していた。
 マッチョ期間工の腰を打ち付ける音が、バスに強いうちのスピーカーであざやかに再現される。マッチョは女優のケツをぺちぺちと叩きながら、腰を使っている。寝取られはいい文化だ。えっちだなぁ。わたしは静かに抗鬱カクテルを口に運んだ。
 
 ......! わたしの脳内に突如として電流が走った。どこかで聞いたことがあると思ったら、マッチョが腰をつかうリズムはきっかり13拍子。きょうゲーセンでクソ変拍子曲に粘着したわたしが、嫌というほど耳にしたリズムだった。画面の中、マッチョは淡々と13拍子を刻み続ける。一分たりとも狂うことはない。なんという正確無比、お前は人間メトロノームだ!
 いたく感銘を受けた私は、さっそくレーベルに連絡をとり、マッチョをドラムに誘った。わたしはベース、旧友はフリーリードのようわからん楽器を担当し、バンドが結成された。そして、クソ変拍子曲ばかり作る色物バンドとしてそれなりの評判を得た。なんか鬱は直った。

【断章】
 職場の裏山にある寂れた社で「彼女ほしい」と祈ったら、俺の家に、のじゃロリ狐娘が住み着くようになった。
おれは仕事に疲れて狐娘に愚痴を吐いた。しかし、彼女の返事は冷たいものだった。
「結局お前は、お前自身の無能さのツケを払わされているだけないのか? ......たしかに不幸もあっただろう。環境も悪かったのだろう。なあ、しかしお前は何をした? あるのは今まで意味のない自己肯定を繰り返し、何もしてこなかったお前ではないか......。のじゃ」
「うるせえ! 月200時間の残業してから言いやがれ」
 こうして俺はのじゃロリ狐娘に勝利した。

【断章】
 1960年。シャルル・ド・ゴール大統領は、アルジェリアのサハラ砂漠にて核実験を行った。アルジェリア戦争のさなかに実行された、青いトビネズミ(Gerboise Bleue)と呼ばれるこの実験によって、フランス共和国は核兵器国デビューを果たしたのだった。
 しかし、核実験が行われた地点から二キロほどのところに、大規模な時空異常帯が存在していたことを当時の科学者たちは知らなかった。核分裂によってもたらされる厖大なエネルギーは時空の割れ目をブチ抜いて、巨大な空洞を開けてしまった。またその後、無人探査機によって調査が行われ、空洞は別宇宙の地球と接続していることが判明した。
 異世界の地球ではホモ・サピエンス・サピエンスとは異なった遺伝的特徴を有する未知の人型実体が、蒸気時代の文明を築いていた。......こうして、二つの世界は交流を持つようになり、やがて六十年が経過した。
 
 21世紀の日本ではもはや異種交配や同性交配がデフォになっていた。私が裁判所書記官としての仕事を終えて、家に帰るとスライム族の少女が私の帰りを待っていた。私の妻だった。ロリっぽくてマジかわいい。少女はいとけない表情で少し婀娜っぽく尋ねた。

「ご飯にします? お風呂にします? それとも......」
「お風呂にします」
「つれない」
「きょうは疲れたの」
「わたし、性欲強い方なんですよ?」
「......スライム族の交配って髄液交換でしょ」
「むー」

 なお三年後に髄液交換して、彼女も無事スライム族の一員となった。めでたしめでたし。


【断章】
 神様は地上がリョナラーで溢れかえり、人間たちの善良な性的道徳観念が失われつつあることを嘆きました。そこで神様は「小説の登場人物にした仕打ちが、作者に返ってくる呪い」をかけました。
 これによってリョナラーたちは、串刺しにされたり、火あぶりにされたり、内臓をブチ撒けたりして、みな死に絶えました。......神も死にました。



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