まだ未熟ね クロ太郎 クロ太郎 汝は知っているだろうか。この世界にはかけがえのない存在がいることを。 余は知っている。どの宇宙を探そうと同族のいない孤独を慰めてくれる唯一の存在を。あなただから良いんだよ、と微笑んでくれる無二の存在を。 無限に続く生に光をもたらしてくれる、何ものにも代えがたい存在を、余は知っている。 * 「──?」 今、何かが通ったような。 「かなめ? どうかした?」 「ううん、なんでもない。気のせいみたい」 ちり、と指先でちらついた炎に、確信する。 なにか、近くに、いる。 魔術師。はたまた、人ならざるもの。 炎が勝手に反応したってことは、不死鳥の本能が危険と判断したってことで。 「......ならいいけど」 私は錦鳥かなめ。 ひょんなことで不死鳥の力を持ってしまった、ただの女子高生。今は魔術師とか人ならざるものに狙わる日々を送っている。 もしかしたら今回のも私を狙って来たのかも。そうだったら、絶対に友達を巻き込むわけにはいかない。 今一緒に居るのは、吸血鬼の王様であるレオじゃなくて、同じ学校の友達の美(み)海(う)だ。幽霊に憑かれやすい体質なのか、よく悪霊になりかけの魂にまとわり憑かれてるけど、普通の人間。 美海はどちらかというとこちら側だけど、それでも、私のせいで危険に巻き込むわけにはいかない。 何とか言って別れなきゃ。 無理でも、ここから引き離さなきゃ。 「あ、あの、美海!」 「えっと、かなめ!」 声が重なる。 お互いに顔を見合わせた。 どっちも驚いた顔。ジェスチャーで譲り合った後、観念した美海が話し出す。美海の話が、用事を思い出した、とかだったらいいのに。 「今日、やっぱカフェはやめてショッピングモールに行かない?」 「もちろん!」 今日は、隠れた名店だって聞くカフェに行くことになっていた。 だけど、変更して行先はショッピングモールに。 魔術師も人ならざるものたちも、人目につくことを嫌うから、逃げるなら人が多い場所に行くのが正解だとレオから教えてもらった。だから今までもそうやって逃げてきた。 もちろん自分で対処できたらいいんだけど、まだ私は炎の扱いがうまくない。うまくないというか、加減が利かない。目下、調整を練習中だ。 というわけで、美海の提案に即賛成。自分でどうにもできないし、なら逃げるしかない。 美海と踵を返して、元来た道を戻る。いざショッピングモールへ! そしてできれば、人気の多いところで美海と別れたいな! * 「ちっ、あともう少しで人間避けの結界に誘い込めたのに......!」 ターゲットが、今までと反対方向。人間の多い方に向かっていく。議会からの命令だから失敗するわけにはいかないのに。くそ、手間を駆けさせるな。 影から影へ移る。 議会もこんな時間から命令をだすんじゃねぇよ。人間どもの世界には昼がある。忌々しい太陽が照り付ける時間が。城から出るつもりもない議員の老害どもは、走り回らされる俺たちのことなんざ気にもとめてねぇってか? 俺たち吸血鬼(・・・)は太陽の光を浴びれば灰になってしまうってのに。 「......さっさと捕まってくれ。不死鳥の魂を持つ人間だか何だか知らないが」 「あ、やっぱりあの方が狙いだった?」 それ、困るんだよね。 その言葉を、首は地面に落ちながら聞いた。 身体は、反撃のための魔術を放ちながら、聞いた。 「すごいすごい! 首を落とされてもお構いなしだ!」 その魔術すらいとも簡単に防がれるが、首が元に戻るまでの時間稼ぎだと考えれば問題ない。 首が戻ると同時に大きく後方に飛び距離を取る。 そこで初めて、襲撃者の姿を確認した。 ガキの姿をしているが、見た目通りの年齢ではないだろう。俺の首を落とし、魔術すら切り裂いた得物は、襲撃者の身の丈もある漆黒の大鎌だ。 ......漆黒? 「じゃあその調子で、死なないように頑張って。殺すと叱られちゃう」 待て──。待て待て! 漆黒の武器を使うのは、限られた存在だけ。 一つ、未だ大権を保持する堕ちた月。 一つ、俺たち(吸血鬼)が古代種と呼ぶ起源すら不明な吸血種。 そのどちらもが、弱点を突かれない限り不死である吸血鬼(俺たち)を問答無用で殺す力を持つやつらだ。 首を落とすまで気配を感じさせない実力。どんな魔術も紙のように切り捨てる能力から、偽物などではない。 そして、月ではないなら──こいつは古代種。 どういう原理かまだ不明だが、不死の俺たちに直せない傷を負わせられる漆黒の武器。かつて、何人もの吸血鬼が挑んでは殺されたとされる。 手心を加えられてなければ、最初に首を落とされた時点で俺は終わりだったのか。 なんだって、絶滅危惧種の不死鳥関係のガキを攫いに来ただけで、こんな厄ネタにぶち当たる──! こんなのを真面目に相手にしていられるか。 今だって、どんな魔術を撃とうと、大鎌が振るわれるたびに霧散している。 もし、次あの大鎌が自分に向かって振るわれたなら。 防御の魔術も守護の魔術も紙のように切り裂いて、不死を殺せる武器が俺を傷つけるだろう。 殺される、だろう。 ──逃げなければ。 「あ、逃げるのはダメ。レオ様の仰せの通りにしないと。敵は徹底的に排除せよ、ってね」 しかしその瞬間。逃げるために同時に編み上げた三つの魔術ごとまとめて、俺の左足が飛んだ。 「ぐ、あぁぁぁぁああ!」 「あ、手加減忘れてた。ごめんねー?」 悪びれるつもりのない声が上からかけられる。 いくら待っても、どれだけ魔力を回しても、足が戻る気配はない。切られたまま、直らない。 これが、怪我。 あぁ、だめだ。断面から魔力が零れ落ちていく。 待て、そんなに流れ出たら、いくら魔力が豊富な吸血鬼だって存在を保てなく── 「あれ? もしかして死んじゃう?」 「監視に来て正解だったな」 新しい声に、思わずそちらを向く。 そこに居たのは、質のいい燕尾服に身を包む初老の男。 「げぇ、ライプじゃん」 「ロット、必要以上に相手をいたぶるのはお前の悪い癖だぞ」 古代種のガキと親しげな様子からして、この男も古代種か──。 片足がない状態で、魔力がとめどなく流れ出ていっている状態で、能力が未知数の古代種二体相手に逃げ切る。 状況は絶望的だ。 だが、できなければ死ぬだけだ。 やれなければ殺されるだけだ。 足を押さえる手に力が入る。 隙を見つけろ。活路を見いだせ。議席にふんぞり返っているだけの老害どもに使い潰されるなんて、そんなこと願い下げだ。オレはこんなとこじゃ終わらない。必ず生き延びて──。 「あぁ、申し訳ありません。貴方に逃げるという選択肢はありませんので」 隠蔽魔術に隠蔽魔術を重ねて気づかれないように編み上げていた目くらましと移動用の魔術が、右腕ごと、漆黒の短剣によって地面に縫い付けられる。 「我が王自ら貴方の話を聞きたいとのことです。ご安心ください、殺しはいたしませんよ。少なくとも、今は」 その言葉を聞くや否や、オレの意識は光一つない闇に落ちていった。 * 魂たちの声が慌てていたから、私も慌てた。 私は美海。しがない女子高生だ。 強いて言うのなら、魂の声が聞けるし、調子が良ければ姿も見れる能力があると言ったところだろうか。 だけど、最近この能力にも変化があった。 明確にはいつからなのかも、きっかけが何なのかも分からないけれど、調子がいい時は、こちらの声が魂たちに届くようになったのだ。 私を認識してすらいなかった魂たちが、時たま私に語り掛けることすらある。これがいい事なのか悪い事なのかは、その調子のいい時がほとんどやって来ないからまだ判断できないけど。 というわけで、冒頭の話に戻る。 なかなかやってこない調子のいい時が急にやってきて、しかも聞いたことのない慌てた声で急かすから、すごく驚いたし慌てた。 『逃げ、逃げるの逃げるの逃げ逃げ逃逃逃逃逃ににニニ』 『......遠くがいい。ここはダメ......ずっとずっと、遠くがいい......』 『明るくて明るくて、人がいっぱいの場所。暗いのは嫌いやいやいや』 こんなこと初めてで。 とりあえず、言われた通りにここから逃げて、人が多い明るい場所へ。ぱっと思いついたのが、それなりに人がいそうなショッピングモールだった。 一緒にでかけていた友達に提案して、今日のもともとの予定のカフェ巡りからショッピングモールへ行先を変更。 急に予定変更しても文句言わないタイプでよかった。 今日遊んでいた友達──かなめは、最近仲が良くなった同じクラスの子だ。よく一緒にカフェ巡りをしている。 かなめとのカフェ巡りは楽しいし、かなめの傍にいる時はなんだか魂が静かになるような気がするから、少し楽なんだよね。 ショッピングモールで遊ぶのも楽しかった。カフェじゃないけど、パンケーキ食べたし。プリも撮ったし。 だけど、もう静かになったとしても、あんなことがあった後だし今日は早めに別れることにした。かなめに一言謝ってから、予定より早い解散。人が多くて明るいショッピングモールの前で、バイバイ、また学校で。 家にたどり着くころには夕方の少し前になってたけど、まぁ私にしては早い方だ。寄り道しなかったらもう少し早かったかも。 「にしても、なんだったんだろう」 会話できるようになる条件も分からないし。相談できる人がいたらいいんだけど、残念ながらここまで私以外で魂を認識できる人と会ったことがない。 「もしかして、かなめには魂たちが見えてたりしてー」 さすがにそんなわけないかー。 そんなことを考えながらたどり着く我が家の前。 よいしょ、とカバンから鍵を取り出そうとした瞬間。 『嫌い嫌い嫌いどっか行ってどっか行ってどっか行って!』 『逃げ逃げげげゲゲゲゲゲゲ!!』 『■■■■あぶな■■■■逃■テ──』 突然、また魂たちが声を荒げる。いや、いつも荒げてるから、なんて言ったらいいのかな!? とにかく、昼間のやつよりもっとやばそうな状況っぽい!? エマージェンシーってやつ? とりあえず、逃げなきゃ! でも逃げるって、どこ、へ...... 「ほんとにこんなので不死鳥が釣れるのか?」 「無理だったら素材にでもしろ。霊媒体質としては微妙だが、使えんこともないだろう」 ──最後に聞こえたのは、そんな言葉だった。 * 突然私の部屋の中に飛び込んできたコウモリが、人の言葉をしゃべる。 『お前の友人は預かった。返してほしくば、一人で道を通って来い』 「え?」 勝手に溢れ出た炎に、このコウモリは敵だと判断する。 けれど、目の前に映し出された幻影が、その炎を差し向けることを阻んだ。 「美海──っ」 縛られて床に転がされている友達の姿。 そんなものを見せられて冷静でいられるはずがなかった。 罠だ、とか。レオに相談しなきゃ、とか。そんなこと、考える余裕もなかった。 反射的に一歩、踏み出す。 その先が、コウモリの言った道──敵の元へ一直線の穴だとも気づかずに。 転げ落ちるとともに、身体を紅い炎が包み込む。 私は気づけなくても、身体はここが敵地だって分かっていた。 紅い炎。死と再生の象徴。命の一滴まで焼き尽くした後、私の命を再び燃やす不死鳥の力。 調節はできないし、加減はきかないけれど、燃やすだけなら簡単だ。 「美海を返してっ」 「......本当に釣れたな。いや、これなら、実物を攫わずとも幻だけで釣れたのでは?」 「絶滅危惧種にあるまじき警戒心のなさだな。いや、不死故の傲慢か」 床に転がされた美海。 そして、その傍に立つ二人の男。 片方は魔術師だ。今までも何度か感じたことのある気配がする。 もう一人は......、多分、人間じゃない。 「手筈通り、そちらが利用した後は、我々がもらい受けるぞ」 「それで構わん。不死の小鳥一匹、研究にでもなんでも使えばいい」 あんなに近くに並ばれたら、私の炎は使えない。あの二人は炎を避けたり防御したりできるだろうけど、美海は違う。 威力の調整ができない以上、私の炎は威嚇ぐらいにしか使えない。 とにかく、美海を安全な場所へ移さなきゃ。私が逃げて引きつけられたらいいけれど、両方が追って来てくれなきゃ意味がないし。 「我らは不死ならざる故に臆病なのだよ」 人じゃない方がこっちへ手を伸ばす。 攻撃を警戒して、半歩引こうとするけれど、 「無限であることにかまけて研鑽しない鳥に後れを取ることはない。ましてや、力の使い方も知らぬ半端な小鳥など、赤子の手をひねるより容易い」 足が、身体が、動かな──? 「あの道を通ってここへ来た時点で、お前に選択肢などない」 ただ、私の身体を再生する炎だけがちらちらと燃える。 「我らの悲願のためだ、貴様を利用させてもらう。恨み言なら計画を決定した議会の連中に言ってくれたまえ」 次の瞬間、私の意識はぷっつりと途切れてしまった。 「不死鳥の力を持つと言ってもあっけないな」 「我ら吸血鬼にかかればこんなものよ」 我らの足元に倒れた小娘。 その身体の表面を赤い炎が舐める。体内はこれ以上に燃え盛っているだろう。 我々吸血鬼は不死ではない。 だが、弱点を突かれない限り、そして、我らを殺せる種と相対しない限り、致命傷を負うこともない。 ゆえに、吸血鬼同士の争いは、不死同士の戦いと言い換えても過言ではないのだ。不死封じがセオリーになるくらいには。 「不死程度で負けないなどと、随分と思いあがったものよな」 身体を修復しようとすればするほど、更なる傷と苦しみを与える魔術は、セオリー中のセオリーだ。吸血鬼同士の戦いにおけるジャブ程度。牽制だ。 まあ、この小娘はただの牽制で倒れているわけだが。 「計画の進行については連絡する。小娘捕縛の協力を感謝する」 「本当に我らの手は必要だったのか?」 「......なぜ?」 「不死鳥の娘の捕獲には、我らは何の手も貸していない。ただ、ここに居合わせただけだ。......なぜ、吸血鬼が我らにコンタクトを取って来たのか、分からないでいる」 流石に不審に思われるか。まぁ、それも想定済みだ。 「我々だけでは、どうしても規模が大きくなる。多数の人間を巻き込むことに躊躇いがないからな。特に意識はしていないんだが」 「確かに、少し助言はしたが」 「感づかれたくない相手がいる。それを危惧した議会の決定だ。計画の進行による被害を、あくまで人の社会の範疇に収めるための助力が必要だったのだ」 「なるほどな」 納得はしてないな。 だが、これ以上の追及は無駄だと悟ったらしい。 先ほどのものは、表向きの理由だ。感づかれたくない相手はいる。 堕ちた赤い月。 不死鳥の魂を持つ娘など、特に気にかけているだろうから、浚ったのがばれれば介入してくるに違いない。 しかし、真の理由は別にある。 『古代種』。 我々(吸血鬼)が発生するよりもはるかに前から活動していた吸血種。かつて、初めに吸血鬼と呼ばれた者たち。起源すら不明な、無限を謳う人外。 我々(吸血鬼)に致命傷を与えることが出来る数少ない種。 有史以来、こちらが狩られるばかりで、一度も殺せたという記述がない化け物ども。 この小娘は、その古代種の一匹と仲がいいらしい。 ......議会の上役は、いつだってプライドの塊だ。 自分たちだけでは、まだ殺す方法が分からないなら、囮を使えばいいなどと。 良くて生け捕り。悪くても、ここで一匹殺す。 かねてよりの、吸血鬼の悲願だ。 真の吸血鬼は我々。 闇夜に潜み、夜を支配する王は我らだ。 決して、強大な力に胡坐をかき、初めにそう呼ばれただけのモノが吸血鬼であっていいはずがない。 だが、囮を捕まえる段階で気づかれてはたまらない。 そのための人間の魔術師だ。 なぜか、古代種は人間を殺すことはしない。吸血種であるからには、人間の血を吸うのだろうが、殺しはしないのだ。 ゆえに、魔術師は囮を捕まえるための囮。 私は議会の決定に従い、任務を遂行する。計画に支障が出ないように。 雑魚をけしかけさせ古代種の目を欺き、その間に小娘を攫う。 もしこちらに気づかれたら、魔術師を囮に小娘を連れ帰る。まあ、保険が使われることはなかったが、計画通りに進んだことは喜ばしい。 「我々が利用し終わったら、次はそちらの番だ。研究の準備をしておくといい」 「そうだな。そちらの悲願が何かは知らないが、お互いの悲願を達成できる日は近いわけだ」 「そうだな」 お前らの悲願とやらは達成されないがな。 吸血鬼が誰かに借りなど作るものか。古代種を一匹殺した後で、関わった魔術師どもも殺す。 ま、これも議会の決定だ。恨むなら私ではなく議会の連中を恨んでくれ。 * 暗く閉ざされた空。漆黒の闇に包まれた黒い城。 その最奥の玉座に腰かける王は、緩慢に閉じていた瞳を開く。金糸の髪を払い、赤い瞳が虚空をねめつける。 「ロット、どうした」 玉座の前に陰が蠢き、その中から溶け出るように、少年が姿を顕した。 少年は跪き、頭を垂れる。人体の急所である首を、王の眼前に晒すように。 「かなめ様が浚われました」 一拍。 ごとり、と少年の首が床に落ちた。 「......詳しく話せ」 「吸血鬼が多数かなめ様のご自宅に向かっていたので、ライプと分担して排除中、かなめ様の反応がご自宅から消失いたしました」 「ライプは」 「残りの吸血鬼を殲滅中です」 「そうか」 赤い瞳が姿を隠す。 その瞬間、いくつもの魔術が同時に展開された。広い玉座の間を埋め尽くすよう広がった魔方陣が黒い輝きを放つ。形を変え、紋様を変え、魔術が新しい魔術へと変異していく。 赤い瞳は、ここではなく、不死鳥の少女の部屋を映していた。 しかし。 「ここからでは視にくい。小癪な」 遠視の魔術は難しいものではない。ただ、妨害がなければ、という注釈が付く。 何匹もの吸血鬼が妨害を重ねていて、突破に時間がかかる。無理矢理に破ってもよいが、その場合、少女を攫った転移魔術の痕跡まで吹き飛ばしてしまうだろう。 「ロージィ。現場に向かえ」 「畏まりました」 王の隣に控えていた豪奢なドレスに身をまとった淑女が、カーテシーをして、その身を陰に溶かす。 「吸血鬼の議会......」 先ほど城に招待した吸血鬼には、かなめを襲った理由を吐かせた。 最期まで、議会の命令、としか言わなかったが。 「吸血鬼が組織立って動いているな。不死鳥相手に吸血鬼が動くことはあるまい。......ならば、何のために」 王の頭の中で予想はついていた。考えたくない予想、たどり着きたくない予想ではあったが。 「あれらは、まだ余を敵視していたとでも?」 もし本当にそうなら。そんな理由で少女が襲われたなら。 『レオ様』 「ロージィか。結果は」 声が届く。場所は、少女の部屋からではない。 ロージィの目を通して、赤い瞳がその場所を映す。 むき出しのコンクリートに覆われた寂れた場所。その床に、二人の人間が転がされていた。 一人は、少女の通う学校の制服を着た女。 もう一人は、ローブに身を包む魔術師の男。 『かなめ様は、町の郊外の廃工場に転移した後、現在は魔界にある吸血鬼の城に囚われているかと』 「ふむ」 『まだここに残っていた魔術師は捕らえましたが、どういたしましょう』 「話を聞いておけ。丁寧に、余すことなく、全て」 『御意』 ロージィは王の臣下の中でも、繊細な力の使い方ができる方だ。人間を殺さないような力加減もできるだろう。置いておけば、情報を聞き出して帰ってくるだろう。 少女の所在が分かった今、ロージィの報告を待つまでもない。 「ロット、貴様の処遇は後だ」 「寛大な処置、ありがたく思います」 「首を戻しておけ。その殲滅力、活かしてもらうぞ」 「はっ」 王が、手を叩く。 「臣下たちよ」 「ここに!」 広い玉座の間に、いくつもの声が響く。 闇から溶け出すように現れる数多の影。 性別も、年齢も、見た目もバラバラ。統一感のない十数名の軍勢。 王であるレオから力を分け与えられた、吸血鬼たちが古代種と呼称する人外。 永い時を生き、数多の種から恐れられる古き吸血鬼。 その全てが頭を垂れて、王の命令を待っていた。 王が玉座より立ち上がる。 「かなめを取り戻す。吸血鬼どもの城へ向かうぞ」 「御意!」 暗い陰が王の足元より立ち上り、広がる。 その大きさは王の怒りの具現だ。 全てを喰らい尽くさんという、殺意の塊だ。 「皆殺しだ」 「させません」 転移のために玉座の間を呑み込んだ陰は、しかし、突如現れた影に切り裂かれた。 * 「ん......?」 「ようやくお目覚めか。呑気だな。ペットらしく、危機感を失ったか?」 「ペット......?」 暗い場所だ。自分の部屋じゃない。なんでこんなとこにいるんだっけ......。 「貴様には古代種を呼び寄せる囮になってもらう。せいぜい哀れっぽく泣くがいい」 「古代種?」 えっと、今日は、美海と遊んで、その後。 「なんだ、やつは自分のことも話さずに貴様と戯れていたのか。とんだごっこ遊びだな」 そう、その後美海が攫われて......! 「美海を返してっ」 「みう?......あぁ、人間の小娘か。知らんな」 私の前に立っている男は、あの場所にいた二人のどっちでもない。人間じゃない方の仲間だ。似た気配がするから。 起き上がれない。手足を封じられているらしい。ひもの感触はないから、多分魔法なんだろうけど。 とにかく情報を集めて、隙を見て逃げ出さなきゃ。 さっき眠らされた魔法には注意が必要だ。 「何のつもりで私を攫ったの。不死の力を狙った?」 「は?」 目を吊り上げた男が、足を大きく引く。 「痛っ──」 強く蹴り上げられて、蹲る。 痛みがすぐに引いていくことから、不死鳥の力までは封じられていないみたいだけど。 「我ら吸血鬼に向かって、不死鳥如きが何をほざくか!」 連続して、何度も蹴られる。そのたびに、炎が傷をなめる。 「無欠の不死が何だ! 無限の力が何だ!」 憎々し気な目が、わたしを睨みつける。 けれど、初めて会った時の、レオの無機質な目と比べたら、全く怖くはなかった。 「貴様は、餌だ。我らが仇敵、古代種を呼び寄せるためのな!」 この人達──吸血鬼が何をしたいのかは分からないけれど、私を利用したいってことは分かった。 そして、多分、レオと関係することなんだろうなってことも。 「古代種を抹殺し、我らが真にして唯一の吸血鬼となるための第一段階。その礎に貴様は成るのだ」 簡単に利用なんかされてやるもんか。 レオは私の友達なんだから。 * 黒い城の中、金髪の少女と白髪の少女が相対する。 殺気を伴う赤い瞳が互いを睨む。 「赤い月。何用か」 金髪の少女が、コツリとヒールを響かせ一歩前に出る。豪奢な黒いドレスが揺れ、その裾から陰が溢れ出た。 白髪の少女は、紅葉が躍る着物の袖を払い、足元から影を伸ばす。 鬼もどき、古き吸血鬼として向かい合っていた二人が、今は、本来のカタチで向かい合おうとしていた。 「虚(うろ)の王。何をするつもりか?」 「知れたこと。かなめに狼藉を働いたものたちに相応の報いを」 「見境なく殺すつもりだろう。この地球上にいる吸血鬼も、魔術師も」 「余に区別はつかん。取り逃しても困るしな。憂いは排除するに限る」 互いに一歩も引くことなく、睨み合う。 一瞬即発の気配。 動いたのは同時だった。 「かなめを守るためならと、殺しの許可を与えたのは月、貴様だぞ」 「拡大解釈だ。守るために危害を加えることは許可したが、関係あるなしにかかわらず同じ種なら皆殺しにしても良しなんて、一言も言った覚えはない」 陰が白髪の少女を呑み込まんと襲い掛かる。それを厚さのない影が正面から切って捨て、金髪の少女へと刃を向けた。瞬間、影の刃を横から鋭く伸びた陰が食い破る。 「同じことよ。不安要素は消すべきだ」 「大事なものを守るためなら何をしても良いと?」 影に隠れて接近していた白髪の少女の手が金髪の少女へ伸びる。 「その結果、貴様の大事な子が他から排斥されるとは考えなかったか? 娘が生きにくくなるとは思わなかった?」 「──っ」 掴んだ腕を基点に、二人を影が覆いつくす。 光一つない暗闇の中、赤い瞳が至近距離でにらみ合う。 「本当に大事な相手ならば、大事にする方法も気にかけなければ。今回のは、やりすぎだ」 「黙れっ!」 聞かないのなら、このまま虚の王、レオガルト・R・ヴァリティシエをすり潰すつもりだった。 吸血鬼たちは、不死鳥の少女(錦鳥かなめ)を殺すつもりはない。少女を取り返して、お灸をすえれば十分だろう。いつもは争いごとに沈黙を貫く不死鳥も、今回ばかりは黙認できないと巣を飛びだっている。 ここに虚の王を縛り付けている間に、全てを終わらせるのが一番被害が少なく終わるはずだ。 「黙れ黙れ黙れっ!」 しかし、足りない。 古き吸血鬼。虚ろなる王。 この星の上で、規格外の力を持つもの。 白髪の少女──赤い月も地球上では大権を保持するものではあるが、ここは地球であって地球でない場所。力の大半がそがれてしまう。 激高した虚の王は、かつての姿も力も失っている赤い月で抑えられるものではなかった。 「余のせいでかなめが傷つけられたなら、余が償わなければなるまい! たとえその前に万の死体を重ねたところで、罪は濯がれぬとしても!」 影を内側から食い破った虚の王が叫ぶ。 「星を守るために作られた生きる大結界。されど、人に力を奪われた赤い月。権能の大半を封じられた今の貴様で、余を止められると思うたか!」 純粋な腕力で白髪の少女を振り払う。 その姿は、すでに金髪の少女から崩れていた。身体の大半が陰と同化している。 陰がまるで手足のように蠢き、白髪の少女へ殺到する。 「ここは余の城。この星の外より飛来した放浪する民の空間。地球上であればもう少しマシな戦いができたであろうが......わざわざ、ここまで出向いたことが徒となったな!」 赤い月が自身を影で覆うのと、密度を増した陰が月を呑み込むのは、ほぼ同時だった。 * 「これより、我らの悲願達成のため、計画を開始する!」 大きな広間に、浪々とした声が響く。 円形の机に腰かけた複数の影が手を叩いた。 ここは、魔界に存在する城。血の序列を重要視する吸血鬼たちの最高機関、議会が開かれる場所。 「餌を使って、古代種をここへ呼び込む。準備は万端。すでに精鋭たちが待機している」 そこに集まるのは、長い歴史を誇る吸血鬼の血族。 古代種打倒を悲願とする、純血の吸血鬼こそ真なる闇の支配者と謳う者達。 今回の計画は、長きにわたって立てられてきた計画だった。 餌の不死鳥の少女こそ、最近になって目を付けたが、古代種を城に呼び寄せ捕獲し、研究して、太陽の光にも十字架の形にも強い古代種の力を奪い取る。その計画はずっと前からあったものだ。 そのために、血の弱い吸血鬼や混血の吸血鬼を使い潰してきた。純血の吸血鬼たちの力を底上げしてきた。 そして、今は計画の決行前夜。 ここにいる全ての吸血鬼が、計画の成功を確信していた。 「少々早いが、我らの勝利を祝って、かんぱぐぎゃっ!?」 悲鳴が上がる。 「余を招待してくれるつもりだったのか? それは済まないことをしたな。待ちきれずに出向いてしまったぞ」 先ほどまでグラスを掲げていた吸血鬼の姿が無い。 影も形も、残されていない。 その代わりに、輝くような金糸を持つ、美しい女性が腰かけていた。 「レオガルト・R・ヴァリティシエだ。我が友人が世話になったそうだが、貴様ら、余を出し抜くためだけに事を成したなどと言わぬよな?」 その背後には、十数名の統一感のない者たち。各々が漆黒の武器を手にする、虚の王の軍勢。 吸血鬼側も黙ってはいなかった。突然現れた古代種に向かって攻撃を放つ。 しかし、その全てが広げられた陰に呑まれた。 「皆殺しだ」 この計画は失敗することとなった。 吸血鬼の敗因は、不死鳥の少女が古代種のペットだと思っていたことだろう。 まさか、吸血種である人外が、人間の肉体を捨てきらない小娘と対等であるなどと、凝り固まった序列観を持つ吸血鬼は思い当たることが出来なかったのだ。 城の中は阿鼻叫喚だった。 城の中に控えていた吸血鬼の数は数百。たいして、乗り込んできた虚の王の軍勢は十数名。 圧倒的な数の差があるにもかかわらず、城の中へ散っていった古代種に、吸血鬼が蹂躙されていた。 「くそ、なんだってもう気づきやがった!」 「釣るのは一匹だけなんじゃなかったのか!」 少年が大鎌を振るうたびに、吸血鬼が両断されていく。紳士がナイフを振るうたびに、吸血鬼が手足を失っていく。少女が、男性が、女性が漆黒の武器を振るうたびに、吸血鬼たちが倒されていく。 この城の中に入れるのは、吸血鬼の中でも精鋭だ。もちろん、ただでやられているわけではない。 反撃はしている。 ただ、吸血鬼たちの攻撃は即座に回復され、軍勢の振るう武器によってつけられた傷は回復できないという、不条理があるだけだ。 「これでも、我が王の恩情だよ。わざわざ一匹ずつ殺してるんだから」 縦横無尽に振るわれた大鎌が、一気に四体もの吸血鬼を切り捨てる。 「ところで、あの方はどこかな。君たちが攫った不死著の女の子」 「いう! いうから殺さないでくれ! 地下の牢獄だ!」 「そう? だって」 『了解』 地下に近い仲間に連絡して、保護に向かわせる。 そして、少年は鎌を構えなおした。 「ごめんね、オレの仕事は殲滅だから」 また無慈悲に大鎌が振るわれる。 「何事!? けどラッキー!」 見張りの吸血鬼が突如どこかへ走って行ったから、無理やりに抜け出してきた。が、城の中が大混乱でどこへ逃げたらいいのかもわからない。 「とりあえず、地下にいたっぽいから上に!」 時折走っていく吸血鬼から隠れながら、上を目指す。 どうやら争っているらしい。吸血鬼と吸血鬼で。まぁ、よく分からないけど、逃げる隙ができたならラッキーだ。流れ弾は痛いけど。 ただ、吸血鬼を避けながら走ってたら、ここがどこだか分からなくなってきた。 目の前にあるのは幅だけで十五メートルはありそうな大きな扉。出口じゃないことだけは明らかだ。その扉も、争いの生なのかボロボロだけど。 扉の前を走り抜けるにも、扉が大きすぎて、中に吸血鬼が居たら気づかれてしまいそう。 でもこの前を通らないと向こうに行けないし。 ソロっと気づかれないように中を覗き込んだとこで、見知った姿を見つけて驚いた。 「レオ!」 「──かなめ!」 片や、埃一つ被らない姿。 片や、ところどころ燃え焦げた姿。 卑劣な策によって引き裂かれた二人の感動の再開だ。 互いに駆け寄る。 しかし、水を差す存在が。 「そんなにペットが大事なら、自分の陰にでも飼っていろ!」 飛び出してきた吸血鬼の魔術が、レオではなく、かなめを狙う。不死殺しの力を持たぬ吸血鬼では、かなめを殺すことはできずとも、吹き飛ばすことはできた。 少女が勢いよく、吹き飛ばされる。 金髪の少女が広げていた、陰の中へ。 「待っ──っ!」 不死をも殺す陰が、不死の少女を呑む。 「え、 ?」 その一言を残して、少女が消えてしまう。 「かな、め?」 跡形もなく陰が喰らいつくす。 少女が微かに残せたのは、小さな炎だけだった。 「あ、あぁ、ああぁぁぁぁあああああ!」 亡骸さえ残らぬ虚空を抱いて王は慟哭した。 その身は再び崩れ、膨大な陰と姿を変え、城を丸ごと呑み込まんと広がってゆく。 * 森に転がり出た黒い塊が解ける。 中から出てきたのは、虚の王と死闘を繰り広げていた赤い月。 「城に乗り込むのは早計だったわね。それに......事態は、想定よりずっと悪い。最悪以下」 赤い瞳が遠くを映す。教会を挟んだ向こう側。人ならざる者が住む世界、魔界にある吸血鬼の城。 「まだ未熟ね。けれど、ようやく見つけれらた無二を失ってしまっては、狂乱に堕ちるのも仕方がないのかしら」 無二の喪失に暴走を始めた虚の王を映していた。 「まさか、今日が私の運命の日になるなんて」 「図書館に行かなければ」 【続く】
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