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人生ゲーム 走ル高麗人参 部屋一面に原色の地図が描かれている。地図というより、路線図が近いかもしれない。ぐねぐねとうねる線路には文字が書かれている。確かに文字だということは分かる、しかし判読できそうでできない、そんな文字が線路の枕木と枕木の間に書き込まれている。部屋の中央にはこれまた原色のカラフルなルーレットが一つ。カジノのルーレットを安物に、幼稚にしたような代物だ。ルーレットなんだから数字が書いてあるのは確かだが、これもまた部屋の文字と同じように読み取ることは出来ない。 そんな奇妙な部屋に入ってきた少年は、広くもない部屋を一直線に進み、ルーレットの前に立った。床に取り付けられたルーレットをのぞき込み、続いてしゃがみこんで、相対的に拡大されたルーレットをまた覗いた。そして部屋をぐるっと一周見回して、ルーレットの真ん中、ひょっこり突き出たノブをつまんで回した。カラフルなホイールが勢いよく回転し、いろんな色が混ざりあって一色になっていく。それはもちろん人間の動体視力が優秀ではないせいだから、ホイールの回転が勢いを無くすにつれて、元のカラフルさが復活してくる。人間のポンコツ動体視力でも色と色とが完全に分離されて見える、つまりルーレットが停止した時、少年の足元に止まった数字がくっきりと浮かび上がった。その他の数字は相変わらず判然としない。少年の目の前、「21」だけが、立体的な陰影を伴って存在を主張する。少年はそれを見届けて立ち上がり、ルーレットを回す前と同じくぐるっと部屋を見回した。正確には部屋を見回そうとして、首を右に60度回したところで静止した。少年の目線の先、壁に書かれた線路の一部がやけに輝いて見える。ルーレットと連動するように、壁の文字がその一部分だけ判読可能になっていた。 「事件に巻き込まれる」 その短い一文を見て少年はため息を一つこぼし、部屋を後にした。 「おはよー、佐倉。で、どうだったよ?」 挨拶もそこそこに、教室に入ろうとする友人の後ろから肩を組む。佐倉と呼ばれた友人は、呆れを隠そうともせず肩に掛けられた腕を慣れた手つきで解いた。 「誕生日おめでとう、の一言もなしかよ、南」 「お前だっておはよう、の一言もないじゃんか。で、どうだったんだよ? 今年はどんなツイてない結果だったんだ?」 南はもう一度肩を組みなおし、佐倉は解き直す。 「ツイてないこと前提かよ」 「そりゃそうなるだろ。3年に1度の『未来診断システム』。今後3年間の未来を予測するシステムで、生まれてこのかた18年間6回のうち、前回までの5回で散々な結果出してりゃなあ」 南は佐倉と肩を組むことを諦め、佐倉の席の前に陣取って後ろ向きに椅子に跨った。 「まあ、不本意だけどお前の言う通り、今年も今年とてツイてなかったよ」 佐倉は診断結果が出た時と同じくため息を一つついた。 『より有意義な人生を』 そんなコンセプトとともに導入された『未来診断システム』のざっくりした経緯はこうだ。 ビッグデータだか行動分析だか脳科学だか、とにかく人類の英知を総動員させた結果、3年以内に起こる出来事の予測が可能になった。開発当初は自然災害や凶悪犯罪の予測に利用されていたが改良が進み、より細かくより安価に利用できるようになったため、国家事業として全国民に3の倍数の年齢の時に受診することが義務付けられた。 『未来診断システム』では「3年以内に起こる出来事を一つ」知ることが出来る。それは明日起こるかもしれないし、丁度3年後起こるかもしれない。また、例えばその3年の間に起業して、結婚して、宝くじに当選して、浮気されて、離婚するといったようなパンチのきいた出来事が複数あったとしても、予測できるのは1つだけ。最新、最高性能の『未来診断システム』では3年間のほぼすべてが予測可能らしいが、予算とプライバシーの問題で「3年間で1つの出来事」という仕様に落ち着いた。 「それで、どんなツイてない結果だったんだ?」 南は佐倉のため息も意に介さず、強引に話を進める。答えるまで解放されないことを悟った佐倉は、早々にはぐらかすことを諦めた。 「『事件に巻き込まれる』だってさ」 「うおお、これまたヘビーなのがきたなあ」 南は言葉ほど深刻さを感じさせない態度で感想を言った。他人事とはまさにこのことだ。 南は苦笑いしながら横向きに椅子に座り直して、話を続けた。 「それにしたって、結果だけ見れば結構ヤバめだな。いくらツイてないお前でもこのレベルは......、いや、全然あり得るな」 「ああ。9歳の時は『病にかかる』だったし、12歳の時は『事故に遭う』だった」 ちなみに15歳の時は『試験に落ちる』だ。 「ああ、そんなこともあったなあ。小学校の後半はお前毎週のように病院行って検査受けてたな。何回『検査だから』で遊ぶの断られたことか」 「『じゃあ病院で遊ぼうぜ』とか言って俺より病院の先生と仲良くなったのはどこの誰だっけな?」 「はーい、俺でーす」 南がおどけたように手を挙げた。 「いやあ、懐かしいな。先生が聴診器貸してくれてさ、心臓の音聞き合いっことかしたよな」 「ああ、覚えてるよ。お前がちゃんと聞き取れないからって、僕の事ゾンビ扱いしてきたこともな」 「ああ、『悪霊退散』って岩塩投げつけたんだっけか。いやあ、悪い悪い。てか、何でゾンビに塩なんだ? 我ながら意味わかんねーな。はははっ」 陽気に笑う南とは対照的に、佐倉は当時を思い出して苦い顔、いやしょっぱい顔をした。 「あとあれか、『事故に遭う』って、中学の時にスタント練習したやつか」 「そうだな。あと着衣水泳」 「そうだったなあ。水難事故対策とか言ってお前、中学3年間の水泳全部体操服着て泳いでたな。お前が替えのパンツ忘れて、俺が保健室まで借りに行ったこともあったっけ」 「あれに関しては、マジで助かった」 佐倉は両手を合わせて拝む真似をした。 「あれ結局、中3の時に下り坂でブレーキが壊れたおばあちゃんのチャリに轢かれたんだっけ」 「ああ、そうだな。だから結果的には、お前にパンツ借りてきてもらったことより、自転車に轢かれる練習に付き合ってもらったことの方が役に立ったな。マジでありがとう」 佐倉は大げさに頭を下げてみせた。 「うむ、くるしゅうない。『僕を自転車で轢いてくれ』って言われた時は本気で引いたけどな。しかもまさか中学3年間ずっと付き合わされるとは......。3年の時なんか、プロのスタントマン並みに華麗に轢かれるようになってたな。実際プロにスカウトされてたし......」 「僕もまさか3年間スタントの練習をする羽目になるとは思わなかった。『未来診断システム』じゃ3年間に起きる出来事は分かってもそれが3年のうちいつ起きるかは分からないから、仕方ないといえばそれまでなんだけど。おかげで猛スピードの自転車と衝突したのに無傷で済んだんだから、まあ結果オーライだと思ってるよ」 2人が思い出話に花を咲かせているうちに教室には続々と生徒が入ってきた。南が占拠していた席の主も現れ、南は自分の席に退散していった。 「ま、今回もお前なら何とかなりそうだな。頑張れよー」 へらへらと手を振る南に、佐倉は相変わらず他人事だなあと、気が抜けたように微笑んだ。 1学期が終わり、1週間の補習の最終日。 「南、誕生日おめでとう。はいこれ、新発売のコンビニスイーツ」 「お、おお。サンキューな......」 佐倉はぎょっとした。日頃から世界最期の日にはコンビニスイーツを腹いっぱい食べたいと公言している南が、新発売のスイーツを前に五体投地で喜ばないなんて。 「み、南、お前どうしたんだ? 角という角に悉く小指をぶつけたのか? 通学路の信号全部目の前で赤に変わったのか? 靴に入った小石が絶妙に取れなかったのか?」 「いや、違うけど。何だその地味に腹立つ想定......」 「じゃあ一体何があったんだ? お前のコンビニスイーツへの愛はそんなものだったのか?」 「お前の俺への認識は一体どうなってんだ......? 別に、大したことじゃない。ちょっと『未来診断システム』の結果がよくなかっただけだ」 「珍しいな。いつも殺意が湧くくらい良い結果なのに」 前回の結果は佐倉と真逆の『入学試験に受かる』だった南。結局、佐倉は自己推薦入試で落ちて一般入試で受かったので今こうして同じ高校に通っているわけだが。もちろん南は推薦で早々に受かった。 「で、具体的には?」 「何でちょっと嬉しそうなんだよ、腹立つな......。お前と同じ、『事件に巻き込まれる』だよ」 南は頭を抱えてうずくまった。ちなみにここは職員室前の廊下である。 「何、事件て何なんだよ。めっちゃ怖えよ、意味わからん。俺は佐倉と違ってこういうの慣れてないんだよ。大体不運キャラは佐倉の担当じゃん。何で俺に振るんだよおお......」 南の大声に先生たちが職員室から出てきた。佐倉は彼らににこやかに朝の挨拶をし、南にヘッドロックをかまして、こめかみをげんこつでぐりぐりしながら教室を目指した。 「痛い痛いいたい。佐倉あ、もう勘弁してくれって」 教室にたどり着き、佐倉は不服そうに南を解放した。 「で、お前の『未来診断システム』の結果は、僕と同じ『事件に巻き込まれる』だったんだな?」 「だから、そうだって言ってるだろ」 南がうっすら赤くなった首をさすりながら答えた。佐倉の際どい力加減が見て取れる。 「だったら、僕たち多分同じ事件に巻き込まれるぞ。それも、今年中に」 佐倉と南は18歳、高校3年生、受験生だ。それぞれ別の県の大学を志望している。というか、2人とも何が何でも県外に出るつもりだ。つまり2人の『未来診断システム』が被るということは、同一の事件に今年中に遭遇する可能性が高い。 「まあ、エロ広告の架空請求とかなら別々に引っ掛かってもおかしくないけど」 「あ、そっか。じゃあ架空請求に引っかかれば事件に巻き込まれたことに......」 地獄に蜘蛛の糸が垂らされたようなリアクションの南。もちろん糸をカットするのは佐倉。 「いくら事件を故意に起こしたって、『未来診断システム』が本来示した事件は無くならない」 「じゃあ、どうすれば......。ああ、コンビニスイーツを腹いっぱい食べたい人生だった......」 南は膝からガクッと崩れ落ち、勢い余って床に膝を打ち付け悶えた。 「お前、実は結構元気だろ......」 佐倉は南の情けない様子に呆れつつ、無意識に安堵したのだった。 「そこで、だ。僕たちで事件について調べよう。僕らの行動範囲内で、男子高校生に関わりそうな事件を」 「具体的なようでめちゃくちゃアバウトだな、それ。今年中っていっても1学期が終わったところだぞ? まだ事件が発生してないかもしれないし、そもそも前触れなく起きる犯罪だって考えられるだろ」 南が膝をさすりながら立ち上がる。 「突発的なヤツは防ぎようがない。精々護身術を身に着けるぐらいかな。でももし連続性のある犯罪なら、ある程度避けることが出来るかもしれない。というか、そんな凶悪事件に無策で巻き込まれたら危険すぎる」 「あー、もう腹をくくるしかないのか......」 「まあ、僕は最初からお前の『未来診断システム』がどうであれ、事件の調査に協力してもらう予定だったけど」 ニヤニヤという効果音が聞こえてきそうな佐倉を見て、南は一瞬キョトンとし、次の瞬間には噴き出した。 「ははは、結局やることはいつもと同じってか」 『未来診断システム』に2人で対策を練る。前回も、前々回もそうやって乗り越えてきた。 人生ゲーム 前編 了
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