午前二時の話

ばくだんおにぎり



 その日、おとこはミネストローネをつくろうと思い立った。
 そう、あのキャベツとトマトとあとは何らかが入ったスープである。しかしおとこにミネストローネを一から作る気概は無い。まあ、そういうものだろう。物語の主人公でもあるまいし、おとこは料理に対して人並みの興味と義務感しか抱いてないのだ。ちなみに台所がある程度綺麗であることからもそれは伺える。
 この時代というのは便利なもので、即席麺とか、レンジで温めるだけの冷凍食品とか、そういうものがスーパーにはごまんとある。ありがてぇありがてぇとおとこは思いつつ、数日前に買った「ミネストローネの素」なるものをキッチンの引き出しから取り出した。その名の通り、キャベツを刻んで軽く炒め、その素をぶち込んで更に五分ほど煮詰めればミネストローネができてしまうというお手軽な劇物である。ついでとばかりにごそごそ冷蔵庫を漁ったおとこは「千切りキャベツ」と銘打った、すでにスライスされているキャベツのパックを見つけた。これは良い。ツイている。要冷蔵の印刷の下に書かれた賞味期限は三日ほど過ぎているが、未開封であるし、どうにかなるだろう。ミネストローネの素のパッケージには、キャベツを一センチ角に切る、と表記されているがまあもとは同じキャベツである。切り方が違うくらいなんだというのだ。死ななきゃ安い......とどこかで聞いたフレーズをおとこは思いだした。
 おとこがずっと前にひとり暮らしを始めた時、両親が持って行けと押し付けた鍋はコンロの上に置きっぱなしである。若干埃が積もっているそれを適当に水洗いして、さらに適当にキッチンペーパーで拭いた。この洗えるキッチンペーパーは自分で買った。洗濯して使えるので、とても効率が良い。鍋は一人用なので小さかったが、コンロの上に戻ってくると、何というか、変な調和をうみだしていて、ふんぞり返っているように見えた。おとこは噴き出してしまいそうになるのを必死で耐えた。笑いのツボは浅い。
 呼吸が落ち着くと、ばちりという音を立てつつ、千切りキャベツのビニールを破った。これまた雑な行いだったが、気にしたりなどせずキャベツを鍋に入れる。思っていたより量があったが、というか鍋から淡いみどりがこぼれそうになったが、無視してすべて入れた。なにせ、賞味期限切れなので。それに分割して入れるのは手間がかかってだるい。家のローンと同じである。キャベツの下に油を敷くのは面倒なのでしなかった。コンロのつまみを回して火をつける。ぱち、ぱち、と初めに跳ねる火柱は橙色だった。青い炎が見えると、ようやくつまみから手を放して炒めはじめる。もちろん、強火だ。火の調節などするものかとおとこは思う。キャベツどもをかき混ぜると、鍋の淵から零れ落ちそうになったので、水をかけた。しんなりして小さくなった。良い気味だった。
 ミネストローネの素に記載された「☆作り方☆」という星付きのポップ体が上機嫌に踊る。なんとなく腹が立つ。「キャベツは中火で☆」。そんなものは見ていない。
 おとこは、多分このくらいだろうな、というくらいまで千切りだったキャベツを炒めると、ミネストローネの素をようやく開封した。トマトのさらさらした匂いが開け口から漂った。けれどもすぐに焦げ始めて煩いキャベツに合流させる。ミネストローネの素に、水を二百ミリリットル加えるように書かれていたので、おとこはまたまた適当に蛇口をひねり、マグカップで水を注いだ。
 なんとなく、ミネストローネっぽい完成形が見えてきたところで、おとこはふらりと現れた気配に振り返った。
「あれ。お前、またきたの?」
 返事はない。そいつはいつものごとく無口だった。おとこのねこだった。目を細めておとこを見詰める眼差しは、そろそろ買い替え時の白熱灯のせいかひどく不機嫌そうだった。
 ぶ、ぶ......と泡が立つ音がした。おとこは、強火のままの鍋に向き直る。ぼこぼこと沸騰して煮えてしまって、ミネストローネがきっと出来上がった。おとこはこいびととの対話を一旦放棄して、出来立てのミネストローネの味見をした。

 まずかった。


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