脱力小話午前四時

七鹿凪々



 全く眠気を感じない。いつものことだった。生活習慣の乱れからか、元来そのような体質なのか、はたまた別の理由からか、睡眠薬などの工夫をせずに寝床に入ると、常に午前四時にもならなければ眠気が来ない。そのくせ眠気に関わらず欠伸は出るのが困ったものだ。深夜に友人などへそれについて話すと、やれ布団に入って目を瞑れなどと見当違いな指摘を受ける。幾度となく同じ指摘をされ、うんざりしていたことなど遠い昔のようである。もう私の周囲にそのようなことを言う人間はいないだろう。
 カチ、カチと時計の針が時を刻む音がする。午前は三時の二十九分。いつもなら意識もない時間帯ではあるが、休日くらいはこの時間を楽しむために薬を飲まないようにしている。草木も眠る丑三つ時とは言うが、午前一時を過ぎてしまえば新聞の配達が来るまで物音など殆どしない。たまに通る車と、壁にかけてある時計だけが音を響かせる。読書にうってつけの時間だ。と、友人に話せば日付が変わっても起きているのかと抜かす。まるで違う生物のようだ。朝は六時に起き、日中は会社で仕事をし、夜は上司に付き合い、日付が変わらぬ前に寝ると言う。薬が無ければ今から約三十分後、午前四時に床に就き、午前は十一時に起床、朝だか昼だか分からぬ時間に飯をのそのそと食う私はやはり普通の人間ではないのだろう。
 ふと、物音がした。カタン、とものが動く音だ。おそらく落ちる音だ。こいつは非常に困ったな、と独り言ちる。こういうことは今までに何度もあり、その度に物音の発生源を探して回るが、結局見つけられないのである。毎度毎度確認しているのもおかしな話だとはもちろん思うし、音が鳴ってすぐはそう思うが、時が経てば経つ程何が音を出したのか気になってしまい、結局探しに行ってしまうというわけだ。三秒ほど間を置き、決心した。今日は、今すぐに見に行こう。重い腰を上げ、襖を開ける。音の発生源はいつも台所だ。確認するたびにシンクに積んだ食器が崩れたのだと自分を納得させていたのだが、こう何度も何度も同じことが起こるものか。くまなく台所を探す。
 諦め、もうこんなことはやめようと思ったとき、それを見つけた。ゆらゆらと動く触覚。蠢く足。黒光りする胴体は私に吐き気を起こさせる。

 寝室に戻り、布団をかぶり、私は全てを忘れるために目を瞑った。


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