アイスクリーム・アソートパック

あみの酸



  *期間限定ゴールデンパイン味

 じりじりと肌が焼ける炎天下、俺は金山先輩と並んでアスファルトの照り返しに炙られながら歩いている。
「まだ六月なのに何でこんな暑いんだろう」
 先輩が手で顔をパタパタと扇ぎながらそう言った。
「本当そうですよね。部活も疲れるけど、行き帰りの方がしんどいっすわ」
「言えてる」
 俺の肩辺りからカラカラとした笑い声が上がる。
 日曜日にある吹奏楽部の練習が終わった後、家の方向が同じ俺と金山先輩は二人で帰ることがよくあった。先輩にトロンボーンのアドバイスをもらったり、他愛もない話をしたりして、俺はこの時間を楽しみに辛い練習も耐えてきた。

「いや、もう、限界! 見里くん、コンビニ行こう」
 その提案によって俺たちは近くのコンビニの自動ドアをくぐった。入店を知らせる音楽が鳴り止まないうちに、金山先輩はアイス売り場へ直行し、すぐに追いついた俺に得意げな顔を見せた。
「今日はお姉さんが可愛い後輩くんに高いアイスを買ってやろう。何味がよろしくって?」
 変な口調でそう言うと、先輩は冷凍庫の高級カップアイスが積んである所を覗き始めた。
「そんな、いいですよ」
「遠慮しないでいいよ。最近忙しくてお金使ってないし」
「じゃあ、お言葉に甘えて......」
 高校三年生の先輩は、最後のコンクールに向けた練習と、大学入試を見据えた勉強で相当忙しいらしい。先々週の部活の帰り道で珍しく愚痴のような弱音のようなものを零していた。その疲れた様子に心配になって、俺とこんなのんびり歩いていても大丈夫なのかと聞くと「いい気晴らしになってるから寧ろありがたいよ」と言ってくれたのは、正直、すごく、嬉しかった。
 先輩はうんうんと悩んだ末に期間限定のゴールデンパイン味、俺は定番の抹茶味に決めた。
「ありがとうございます。いただきます」
「どういたしまして。いただきまあす」
 コンビニから出てすぐの駐輪場にある柵にもたれかかって、俺たちアイスのカップを開けた。
「やばっ、これ美味しい!」
 先輩も隣で幸せそうな表情を浮かべている。俺も普段なかなか食べる機会のない上品な抹茶の風味を味わう。吹奏楽の練習と道中の灼熱で体力を奪われた体にアイスの冷たさが染み渡る。
「ねえ、一口ちょうだい」
 隣でスプーンを進めていた先輩が、不意にこちらを向いて期待に満ちた眼差しで見つめてきた。俺は内心動揺しつつも「どうぞ」と言って、食べさしの抹茶アイスを差し出す。
「ありがとう! 美味しい~! いつもつい期間限定にしちゃうんだけど、定番の味もいいよね」
 先輩は美味しそうに食べるな、と俺の口元も思わず綻ぶ。すると、今度は
「私のも一口食べていいよ」
と、先輩は自分のゴールデンパイン味を勧めてきた。
「あっ、じゃ、いただきます......」
 今回は動揺が出てしまった気がする。そう思いながら、濃く鮮やかな黄色にスプーンを刺して口に運ぶ。パイナップルの爽やかな甘酸っぱさが舌に広がる。
「美味しい......!」
「でしょ~」
 自分が作った訳でもないのに自慢げな先輩に向かって、コクコクと頷く。
 その後も先輩は「もう一口ちょうだい」と言っては俺の抹茶味に手を伸ばし、毎回律儀に「はい、お礼」と自分のゴールデンパイン味を俺に食べさせた。結局お互い一口なんかじゃなく五口も六口も食べた気がする。

「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
 そう言ってゴミ箱にカップとスプーンを捨てて、俺たちは再び歩き出す。
「先輩、本当ありがとうございます。でもよかったんですか? 俺なんかに奢ってくれて」
 奢ってもらったことが嬉しくも少し申し訳なく感じていた俺は、思わず先輩にそう聞いた。
「いいの、気にしないで。こうやって先輩風吹かせられるのもあとちょっとだし」
 先輩の返答に、俺は「あ、そうか......」と小さく漏らした。

 三年生は夏休みに入ってすぐのコンクールで引退する。残されているのはあと一ヶ月と少しだ。
 忘れていたつもりはないし、どの先輩たちも勉強に迫られながら一層練習に力を入れていることは肌で感じていた。それなのに、何故か俺は金山先輩と帰るこの道がずっと続くような気でいたのだ。
 ただ、暑い日も雨の日も、上手く演奏できなかった日も、金山先輩の隣を歩くことが当たり前になっていて、当たり前であってほしかった。その夢想ももうすぐ消えてしまうという事実を、先輩から突き付けられて漸く実感した。
 当の先輩はいつも通りのサッパリとした軽やかな笑顔で「あとちょっと」と口にしたのに、俺はつい浮かない顔を見せてしまった。俺の表情を見た先輩は、笑顔を崩すことなく、そこに僅かな困惑を滲ませて
「そんな顔しないでよ」
と言った。先輩を困らせたい訳ではなかったのに。いつものように快活な笑顔を見せてほしいのに。俺はどう返すべきか分からず、頷くことしかできなかった。

 まだ六月にも関わらず容赦なく照りつける太陽の下、俺たちは無言で歩く。残された時間を無駄にしてしまっている感覚が居たたまれない。
 先輩ともっと話がしたい。ずっと隣を歩いていたい。段々と迫ってくる別れ道が怖い。だけど何と言葉を紡げばいいのか分からない。先輩に嫌われるのはもっと怖いから。
 次の角を曲がる時には、先輩に別れの挨拶をいなければならない。
 俺は無力にも、とうに消え去ってしまったアイスの甘酸っぱさに、戻ってきてほしいと願うばかりだった。



  *内緒のチョコがけバニラ味

 もうすぐ梅雨が上がる水曜日の夜十一時半。蒸し暑さに耐えかねて点けたエアコンの除湿二十七度。快適になった二人の部屋で、ソファに並んで座った私と恋人は真剣な表情で話し合いをしていた。
「なあ、どうする?」
「どうしよう? お腹空いちゃったね」
「うん、空いたな。でもこの時間......」
「そうなんだよねえ」
 私たちの頭を悩ませる原因とは、夜食を食べるかどうかだった。
 今日もいつも通り私たちはそれぞれ出勤して、帰宅して、一緒に晩ごはんを食べて、入浴と歯磨きを済ませた。あとは明日の仕事に備えて寝るだけだったのだが、恋人の「小腹が空いた」という呟きで真面目な議論が始まってしまったのだ。
「私も食べたいけど、深夜に食べるのは罪悪感あるね」
「そうだよな。歯磨きもしたから、何か食べたらまた歯磨かなきゃいけなくなるしな」
「食べない方がいいよね」
「そりゃ食べない方がいいに決まってんじゃん」
「どうしようね......」
「どうしような......」
 暫し沈黙が続いた。夜食を思い留まる理由ははっきりと思いつくのに、決議は先延ばされる。このままでは睡眠時間が削れるだけなのだが、二人して食欲に駆られて相手からの「食べよう」という言葉を心待ちにしている。

 すると、恋人はいきなり私の方に顔を寄せて耳打ちをしてきた。
「あのさ、この前買ったアイスがあと二本残ってるんだよね」
 この部屋には私と彼しかいないのに、恋人は何故かヒソヒソ声でそう告げた。
 先週一緒に行ったスーパーで、いつもより少し安いからと買った箱入りのアイスバーを思い浮かべる。楕円形のバニラアイスにミルクチョコレートがかかったアレ。甘くて濃厚でほんの少しの贅沢を感じられるあの味に、私はゴクリと喉を鳴らした。
 私はすぐ横にある顔に「本当だよね?」と目で訴えかけた。私の視線を読み取った彼は首を立てに振り、また声を潜めて言った。
「これは内緒だからな?」
 その表情がまるで重大な秘密を打ち明けるかのように真剣で、私は思わず吹き出してしまった。
「ふふっ、こっそり取ってくるね」
 口に人差し指を当てて私も彼の秘密に加担する。
 すると彼は満足げな顔をして、敬礼のポーズを取ってソファから立ち上がった。彼が例のアレを取りに行ってくれるらしい。私も敬礼のポーズを真似て、台所へのミッションへ向かった恋人の後ろ姿を見送った。

 平日の夜更けに繰り広げられる小さな戯れ。アイスバーの甘さを私の横で堪能する彼は、悪戯が成功した子供のように瞳を輝かせている。




  *二つで一つのコーヒー味

 パキリ。軽い音を立てて、プラスチックの容器を二つに割る。
 ポキリ。そのうちの一つを冷凍庫へ戻し、もう一つを開封した。

 切り離された蓋に詰まっているアイスを吸いながらスマホの画面を点けると午前三時を回っていた。こんな時間にアイスを食べるなんて、という罪悪感もそろそろ失ってきた。容器の本体部分を咥えて、漫然とスマホを弄り続ける。
 だって、もうどうでもよくなってしまった。
 このアイスを分け合う相手もいないのだから。

 地元から離れた大学に入学して、最初に仲良くなったのがまりあちゃんだった。
 教室が分からず講義棟で迷子になっていた私に声をかけてくれたのがきっかけで一緒に授業を受けたりご飯を食べたりするようになった。まりあちゃんは優しくて、私のピンクだらけな服装をからかうこともせず、私の話を柔和な笑みで聞いてくれて、すぐに食事や睡眠を疎かにする私の心配をしてくれた。
 まりあちゃんと私は、よく二つセットで売っているこのコーヒー味のアイスを分け合って食べていた。講義の間の休憩とか、私の下宿先で遊んだ時とか、色々。二つ繋がっている容器を切り離す時の軽快な音も、チープで苦みのないコーヒーの風味も、まりあちゃんと一緒に味わうものだった。
 しかし、今はそれを一人で、スマホの明かりを浴びながら食べている。

 大学二年生に上がった頃から、まりあちゃんと一緒にいることがなくなっていった。たぶん、恐らく、私のせいだ。
 私の大学生活での人間関係は、ほとんどまりあちゃんで埋まっていた。部活やサークルには入っていないし、コンビニ店員のアルバイトでも他の従業員と必要以上の会話をすることはない。地元には友達がいるけどなかなか会えないし、大学で話す相手は大体彼女を通じて知り合った子だった。
 でも、まりあちゃんと私が親友同士だと思っていたのは、どうやら私だけだったらしい。彼女には私以外の友達がいるのに、私には彼女以外の友達がいなかったからだ。
 同じ授業は隣に座って受け、大学に行けば顔を合せ、休日も時々遊んで、毎日のように連絡をとって、週に何度か通話をして、暇な時には彼女のSNSをチェックしていた。私はそれを普通のことだと思っていた。人間関係がまりあちゃんで完結していたから、人と関わる総時間として正常だという認識だった。
 だけれども、向こうは違ったらしい。
 少しずつ返信の間隔が広がった。SNSは更新しているのに私への返信が返ってこない。通話時間が短くなって、終末に遊ぶ頻度も減った。ちょっとずつ、けれど着実に開いていく二人の距離。それを薄々感じて不安を募らせた私は、連絡とかいいねとかを増やして、時々このアイスや他のお菓子を買っては「半分あげる」と言って一緒にいる時間を延長しようと試みた。
 そんなことは全部無駄だったと理解したのは、ゴールデンウィークに入る少し前のこと。
 日が照って暑かったから、まりあちゃんと食べようと思ってアイスを買った。二つで一つのこれが、彼女と半分こして時間を共有するのに一番ちょうど良かった。大学の売店のビニール袋を提げて講義室に入り、まりあちゃんの姿を探す。実家から電車通いの彼女はいつも早くから席に着いているのだ。
 その時、まりあちゃんを見つけた、けれど、声はかけられなかった。
 彼女は、他のよく授業で見かける子たちと三人掛けの長机に座って談笑していた。席は三つとも埋まっていて、彼女はその真ん中の席に着いていたため、前後や隣の机に座るのも難しかった。
 そこで漸く、まりあちゃんとの仲が手遅れになっていたことに私は気付いたのだ。
 授業が終わっても封を開けられることのなかったアイスは、大学のゴミ箱に捨てて帰った。
 だけど私はまだ現実を受け入れられず、ない筈の希望に縋って、その夜にまりあちゃんに連絡した。彼女への感謝の気持ちと『私のこと嫌い?』という本題を綴った、普段より大きめの吹き出しを彼女のスマホに表示させる。小一時間ほど経って、私のスマホに既読マークと新たな吹き出しが現れた。
『嫌いじゃないよ。だけどずっと一緒にはいれないかな。ごめんね』
 これで完全に可能性が消えた。私の大学生活での人間関係は全て破綻した。私は『そっか』とだけ送って、自室に独り蹲って泣いた。

 三ヶ月ほど前から更新されなくなったトーク画面を見つめながら、私はまりあちゃんのことを考えていた。こうなった今もう友達とは呼べないし、元に戻る筈のない関係に好きも嫌いもないけれど、「まりあちゃん、元気かな」と物思いに耽ることを止められない。私よりは断然元気だろうに。
 知らない間にアイスはなくなっていて、吸いきれない液体が僅かに残っているだけだった。その容器の口をガジガジと囓っていたせいで、プラスチックが行儀の悪い歯形に歪む。
 私、何してんだろ。
 そう思いながらも、こんな夜を何度も繰り返している。

 まりあちゃんに食べられることなく冷凍庫に放り込まれたこの容器の片割れは、次の空虚な夜に消費されるために今夜は眠っている。















  *笑顔に一口のアーモンド味

 私はいつも我慢してばかりで、自分の思ったことを言えないでいる。
 例えば、いつも一緒に下校する友達に「他の子と帰るから今日はごめんね」と言われたら「私もまぜて」とは言えない。クラスの男子に日直の仕事をよく押しつけられる。
 そして、六つ下でまだ保育園に通う妹がいるからお母さんにもお父さんにもワガママは言えない。冷凍庫によく入っている、一口サイズのアイスだって我慢している。バニラ味、チョコレート味、アーモンド味が箱にいくつか詰まっている中でも、私が好きなのはアーモンド味なのに、妹もそれが好きで数少ないそればかりを食べるから、私はいつも他の味を選ぶのだ。

 そして今日もまた何も言えなかった。
 本当にさいあく。帰り道に背負ったランドセルがやけに重く、やっと家の玄関までたどり着いたのに指先が震えて鍵をなかなか開けられない。何とか自分の部屋まで上がり、ランドセルを放ってベッドに突っ伏した。
 涙とともに「私悪くないのに......」と震えた声が滲み出た。

 ついさっきの帰る前、クラスメイトが嘘をついたせいで先生に怒られてしまった。
 今週は給食委員の当番がうちのクラスに当たっていて、委員会に入っている私と江田くんのどちらかが昼休みに給食室へ行かなければならなかった。私たちは二人で相談して、月・水・金曜日は私が担当し、火・木曜日は江田くんが担当することになっていた。今日は木曜日だから、私は昼休みになるとすぐとなりのクラスの友達の所へ行ったのだけど、江田くんもうっかり忘れて当番へ行かなかったらしいのだ。まじめな江田くんは必ず仕事をやってくれるだろうと思っていたから、そのことには全く気付かなかった。すると、私の知らないうちに給食委員がサボったことになっていて、放課後になると委員会の先生に私と江田くんは呼び出されたのだった。
「どうして今日来なかったんだ。君たちは最高学年なんだから、ちゃんとやって当然なんだぞ」
 先生の責めるような問いかけに私はすっかり縮こまってしまった。
「今日はどっちが来る予定だったんだ?」
 そう先生が聞いてきたので、私はちらりと横の江田くんを見た。その口が開いて先生に謝るのかなと思ったら、
「ふ、藤野さんです」
と江田くんは嘘をついたのだ。先生と目を合せずに向こうの床をじっと見つめ、こぶしを握っているのが横から見える。
 私の「えっ......?」という小さな声は届くこともなく、
「藤野か。昼休み何していた」
と聞かれ、私は言い返す勇気もなくぼそぼそと謝ることしかできなかったのだ。

 先ほどの出来事を思い出して、私は自分の枕を殴る。
 悔しくてまた涙が出てくる。江田くん、いい人だと思っていたのに、あんなズルいことするなんて。先生だって、優等生の江田くんを信じ切って私の意見を聞こうともしなかった。私が言えなかったのだけど。江田くんも、先生も、自分のことも嫌になってしまった。
 そうやって枕に顔を押しつけていると、玄関からガチャリと音が聞こえてきた。お母さんが妹のお迎えから帰ってきたのだろう。二人の「ただいま」という声がするが、どうしても返事をする気にはなれなかった。

 泣き疲れた私は、気付いたら眠っていた。
 はっと目が覚めると、時計は夕方の六時前を指している。幸い晩ご飯まではまだある。やりたくないけど宿題しなきゃな。だるい体をベッドからはがして、床に捨てられたランドセルから筆箱と算数のドリルを引っ張り出す。そういえば給食のお箸を台所に持って行くのを忘れていた。晩ご飯の時でいいや。
 はあ、とため息をついて、泣いたからか寝起きだからかで重たいまぶたをこする。すると、部屋のドアが突然開いて私はびっくりした。
「おねーちゃん、あーそーぼ!」
 そう言って、妹が元気に部屋に入ってきた。私が「さき、お姉ちゃんは今から宿題するから」と言ったが、床に座りこんでいる私と目線が同じ高さの妹は、それを無視して私の顔をのぞきこんだ。そして、きゅっと悲しげな表情になって私に話しかけた。
「おねーちゃん、泣いてるの? どこかいたいの?」
 泣いていたことをズバリ言い当てられた私は、気まずさと恥ずかしさで口をつぐむ。すると今度は
「あ! さき、おねーちゃんにいいものあげるね!」
と言い残して、てててっと部屋の外へ行ってしまった。
 しばらくすると、妹はまた部屋に入ってきて、手のひらに持っていたものを私に差し出した。
「おねーちゃんにあげる!」
 その小さな手の上には、アーモンド味の一口アイスが乗っかっていた。
「えっ、これお姉ちゃんにくれるの?」
「うん!」
 いつも妹のために取って置いているものを出されて、私は少し戸惑った。
「でもこれ、さきちゃんが好きなやつでしょ? さきちゃんが食べなよ」
「ううん、おねーちゃんが食べて! さきも好きだけど、おねーちゃんも好きでしょ?」
「そう?」
「だって、おねーちゃん、これ食べるときニッコリしてるもん! だから泣かないで?」
 妹にそう言われて、私はまた涙目になってしまう。泣くな泣くなと自分に言い聞かせながら、私は妹をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。さきちゃんは優しい子だね」
 私は、妹の手の上でいつもより大きく見えるアイスを受け取って食べた。アーモンドの香ばしさとひんやりとした舌ざわりに思わず笑みをこぼすと、妹は満足そうににかっと笑った。

 自分の言いたいことを我慢していても、妹はちゃんと私のことを見ていたのだ。自由に好きな味を選べる幼い子供はいいなと恨めしく思うこともあったけれど、気付いたら妹は落ち込んでいた私に自分の好きなものを分け与えられるようになっていた。
 今日の宿題も明日の当番もめんどうだし、江田くんやあの先生とは会いたくない。けれど、妹の成長と優しさを感じたら自然と元気がわいてきた。がんばっていたら嬉しいこともあるじゃんなんて思える。
「おいしかった。ごちそうさま!」
 パンと手を合せて食後のあいさつをした私は、ちょっとお姉さんになった妹の頭をなでた。


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