三毒食わば沙羅まで

あいかわあいか



【開端】
 「Call Me Maya(わたしを「マヤ」と読んでもらおう)」なんて恰好をつけてみたところで意味はない。なぜならこの日常ギャグ小説の主人公という茨の冠は、わたしこと平々凡々の象徴者、普通人マヤさんにではなく、わが旧友に。一線を越境した天才少女、月子ちゃんにこそ帰せられているからである。

【登場人物紹介】
〔月子〕 他者の追随を許さない圧倒的な、描画力・空間把握力・映像記憶力・語学力を有する黒髪のクール系天才美少女! なんでも覚えてなんでも表現できる。しかし、それ以外はまるで何もできないので、生活能力は皆無壊滅。いつも摩耶に助けられている。

〔摩耶〕 平々凡々を象徴する一線のこちら側の常識人、クラスで三番目くらいにかわいい(自称)。真面目系クズのサブカル腹黒少女。斜に構えているが、根はやさしい。けど性格はお世辞にもよくない。本作の語り部。

〔如月 雪〕 黒髪の先端を赤色のメッシュに染め、スクランパーとかヴァンパイアとかのピアスを楽しむ今どきの女子。月子と摩耶の後輩。鉄面皮でコメントは辛口。普段はいつも眠そうにしているか眠っているが、夜になるにつれ元気になる吸血鬼系少女。


【第貪話・或いはいつもの日常】
 わたしの旧友は、三月ウサギみたいに気が狂っている。

 土曜日の昼下がり、学食でカレーうどんのぼっち飯を終えたわたしは、足早にボランティア部の部室へと向かっていった。秋の空、窓から見えるイチョウの並木、こんにちは銀杏。中高一貫校なのであんまり自覚はないけれど、もう高校生になって半年がすぎてしまったらしい。
 ガラリと部室入口の引き戸を開けると、わたし以外のまじめな部員たちは既に全員が揃っていた。――とはいっても、弱小ボランティア部の部員はわたしを含めてたったの三人だけだ。
 一人はわたしの旧友にして悪友の月子ちゃん。窓際の丸椅子に絵筆片手、「うーん」と頭を掻きながら、カンヴァスへと大胆に油絵具を落としていた。わたしとは三歳の頃から続く、食べられないほどに腐った縁になる。
 そしてもう一人は後輩の雪ちゃん。彼女はというと炬燵の中で丸くなり、お昼寝に勤しんでいた。なんでわかるのかというと、雪ちゃんの潜り込んだ炬燵布団の中から、彼女の赤いインナーカラーの長髪とスマホ充電ケーブルの引込線がちらりと畳の床に姿を見せているからである。わたしは彼女の眠りを妨げないように引込線の反対側から炬燵に足を入れた。あったかごたつには饅頭よりも蜜柑がこわい。お茶をすすりながら、籠に盛られたみかんに手を伸ばし、丁寧に薄皮まで剥いては口に放り込んでいく。

 四回生のわたしと月子ちゃん、三回生の雪ちゃんによって構成されるボランティア部ではあるが、断言しよう。誰一人としてボランティアという名にふさわしいような勤労奉仕の精神なんてものは持っていない。真面目系クズを公言するわたしはドヤ顔で履歴書とかに『ボランティア部・部長』と書き込むためだけに入ったし、月子ちゃんはわけあって美術部を追放されて来たわけだし、雪ちゃんに至っては寝るためにこの部に来た。
 部活棟の公用ボードには「なんでも依頼引き受けます」、みたいな探偵屋のごとき看板を引っ提げているが、伊達も酔狂もいないこの世の中、依頼なんてくるはずがない。だから実質はわたし一人で教育委員会(おかみ)から降ってくる下請け業務をやらされているだけである。おかしい! ボランティア部の部長になって、仕事を全部部下たちに割り振ってわたしはいっさい仕事をせずに「摩耶ちゃんえらい!」「ありがとう!」って他人の手柄で褒められることを何よりも夢見てこの部活やってるのに、どういうわけかわたしのワンオペ労働だ。

「よーし完成! ねえねえ見てみて、マヤちゃん~」
 そんな阿房なことを炬燵の中でくどくど考えているうちに、月子ちゃんのおえかきが完成したらしい。彼女は絵筆をカタンと置くと、わたしをくいくいと手招きした。彼女のブレザーは成長期を予見して大きめのサイズを買ったのに、高校生になっても全然成長しなかったせいでぶかぶかの萌え袖状態になっている。しかも不器用なんだから、あちこちに絵具がこべりついていて、特に袖口なんかは何層にも重なってぱりぱりになっているのだ。その何色とも形容しがたいよごれは圧巻の一言で、品格とか口うるさく言う教師たちであっても彼女にかける言葉はない。まあかわいいからよしだ。
 わたしは「ん」、と軽く返事をして、月子ちゃんのカンヴァスを覗き込んだ。その中には、油絵のできたてほやほや、ベッドで優美に微笑む全裸のわたしの姿があった。
「みてみて、裸のマヤ~」
「えっと......」
「着衣のマヤもあるよ!」
 そう言って月子ちゃんは後ろの棚に、頭隠して尻隠さず状態で(つまりはほとんど見える状態で)隠していたカンヴァスを取り出した。部室に入った時から、ちらっと気になってはいたけど敢えて追及してやらなかったやつだった。内容はさっきの「裸のマヤ」のスケスケベビードール差分「着衣のマヤ」。わたしは暫く黙って。
「ねえ月子ちゃん」
「うん」
「これ、ただ単に昨日、一緒に県立博物館のプラド美術館展に行って、このダジャレ思いついただけだよね?」
「うん」
「やっぱり。そんなことだろうと思ったよ」
「昨日の晩に思いついて、どっちも本気出して、二時間でちゃーっと描いたよ」
「ダジャレのために?」
「月子さんの完全映像記憶を舐めてはいけない。記憶をもとに描いたから、人体比例は完璧だし、なんならちょっとお腹の肉が気になってるって前に言ってたから、いい具合に盛っておいたよ」
「え、まさかふっくら?」
「大丈夫。減量する方向で盛っておいた」
「うーん。嬉しいけど素直に喜べない気遣いありがとう。......ちなみにプロポーションはいつ見たの?」
「この前のプールの着替えの時に」
「はぁ、そういやなんか凝視してたね。十数年来の付き合いじゃなきゃバアル掴んで殴り掛かってたよ」
 はぁ、とわたしはため息一つ。月子ちゃんはただ単に良識とかそういったものが絶望的にかけているだけで、悪意はないということを十年来のつきあいで知っているから怒る気にはなれない。まあそのせいで月子ちゃんは美術部を追い出されたんだけど。
「............ねえ、月子ちゃん」
「んにゃ?」
「この冬の時期にベッドで全裸は寒いから、服着せてあげて。あとできれば超高級羽毛布団も」
「あいあいさー」
 彼女はそう返事すると、また絵筆を手に取りぺたぺたと絵の具を上から塗り重ね始めた。月子ちゃんは基本ぽけっとしてだらしない表情をしているが、絵を描く時だけは真剣でかっこいい表情をする。わたしは徒然だったので、彼女にだる絡みしてやることにした。
「......そういや月子ちゃん、今日はおひる何食べた?」
「部室で御座候の赤いやつ。マヤちゃんは?」
「カレーうどんが食べたくなったから学食で」
「その割にはつゆ跳ねてないね」
「ふふん、実はカレーうどんでつゆを跳ねさせずに食べるのがわたしの数少ない特技だったりするの」
「前にも聞いたよ。地味にすごいけど、やっぱり反応に困る特技だよね」
「あと会話の流れを断ち切るのもわたしの特技」
「うーん............閑話休題」
「本当に断ち切らないでよ!」
 わたしは雑談を続けながら、月子ちゃんの横顔をちらりと覗き見た。クールな面持ち、白くて滑らかな肌、艶のある黒髪......そして天賦の才。天使かな? 何もできなくって、コミュ障で、神経を逆なでしたりすることが大好きな性格の悪い私とじゃ大違いだ。ああ、月子ちゃんがバカでよかったな、そのおかげで嫌われずに一緒にいられるもん。わたしは真剣にカンヴァスを見つめる彼女の姿を、ぼんやりと眺めていた。
「ねえ、マヤちゃん」
「どうしたの?」
 視線が気になったのか、月子ちゃんはちらりとわたしを一瞥して目を細めた。中身は生活能力皆無でダメダメなのを知っていても、普段は脳みそからっぽなのを知っていても、見た目はクールビューティーそのものなのだから視線を向けられるとどきっとする。別に恋とかはしないけど。
「わたしたち、きっと、絶対に一生友達だろうね」
「どうして?」
「だって、わたしもマヤちゃんも友達作れないから」
「月子ちゃん。......唐突に真理つくのやめて」
「なんか、学食で一人で猫背で、スマホとか触りながらカレーうどん啜ってるマヤちゃんの姿を想像すると悲しくなっちゃって............」
「それ以上いけない!」
 そうこう言っているうちに気がつけば絵の修正が終わっていた。堂々の一八禁ヌードは一五歳以上奨励くらいの微妙にボディーラインの見える程度の健全な絵画に生まれ変わった。高級羽毛布団はなんか雰囲気に合わなかったのでクーリングオフされた。彼女はカタンと絵をイーゼルに立てかけなおすと、「うーん」と伸びをした。これが毎日つづく月子ちゃんとのやる気のない日常だ。

 時間がたつのは早いもので、時計の針は夕方の四時を指している。きょうもきのうと同じように、月子ちゃんと有意義に時間を潰していると、背後からごそりと物音がした。どうやら後輩の雪ちゃんが寝返りをうったようである。炬燵から出ていたはずの赤いインナーカラーの長髪が中へと消えていた。それからしばらくして、炬燵の中から顔だけ出して、上目遣いで、目を擦りながら眠そうにこちらを見上げてきた。
「あー、先輩。おはようございます。ああ、早起きしちゃいました。ふぁあ、ねむ」
「夕方の四時だよ?」
「わたし、九時に寝て五時に起きる人間なんで」
「夜の九時で朝の五時だったら健康だったのにねぇ」
「へへ、それはもう体質なんで」
 そう言って雪ちゃんは、吸血鬼の牙みたいにスクランパーをちらりと覗かせて笑った。彼女は校則なんてガン無視で、光を吸い込むかのような漆黒の髪を長く伸ばし、その内側を赤のインナーカラーで染め、先端には同じ色のメッシュが入っている(そのうえおっかない生徒指導の先生に対して、平然と「地毛です」と応対するのだからすごい)。ピアスも、ヘリックスとイヤー・ロブを耳に、あとスクランパーとヴァンパイアと......まあ色々と楽しんでいる。
 わたしはメンヘラ・サブカル・陰キャという三重苦を抱える地雷系女子高生してるくせに、リスカとかピアスとかそういう痛そうなのはちょっと想像するだけで心臓がぞわぞわする臆病者だ。だから雪ちゃんのピアスを見ると凄いな、かっこいいなってなる。服選びもすごくって、私服通学オーケーをいいことに、シックなロリータ衣装を恥ずかしげもなく纏い(もちろん超似合ってる)、デニールの低い白タイツと合せている。それがとても可愛いのなんのって(以下略)。
 一年くらい前の雪ちゃんはちゃんとブレザーを(当然のことながら油絵具をつけないで)着る優等生だったはずなんだけれど、ある日を境に髪の毛を染めて服とかも吹っ切れた。そのときは一日で垢抜けすぎたので猛烈に面食らったものだ。まあロリータとボディピの趣味は結構前からその端緒が見えていたけれど。
「あーそうだ、先輩。見てくださいよ、これ」
 そう彼女は言って、自らの胸元を軽くはだけさせた。左右対称に二列のピアスリングが縦に並び、そのリングを漆黒のリボンが交差してコルセットのようになり、肌を飾り付けてあった。月子ちゃんはふふん、とドヤ顔で。
「今日は彼氏とデートなんで頑張っちゃいました。中々にかわいいでしょー」
「コルピかっこいいね。雪ちゃん」
「でしょでしょ。流石は月子先輩、わかってますね。褒めてもらえて嬉しいので、何か夕食奢ってあげますよ。もちろん摩耶先輩もいいですよ、昨日の客が随分と奮発してくれたので」
「後輩に奢られるのは面目が立たないなぁ」
「いいじゃありませんか。ほら、社会人でも馬券当てた後輩が奢ったりするでしょ。あ、先輩は競馬とか行きませんか」
「雪ちゃん、ほんとに□□歳だよね?」
「よく色々な人と一緒に行くんで。おじさん相手なら、馬詳しいと気軽に打ち解けれること多いんですよね」
「そんなもの?」
「「きみみたいな若い子はyuotebuとか毎日見るんでしょ? ムカキンとかそんな?」「あー見ますね。パチスロチャンネルとか、帝国競馬チャンネルとか」みたいな会話があれば、もうおじさんたちはイチコロです。いや中年の冴えないおじさんって決まって車と競馬とパチンコの話しかしないですよ。くくく。何が面白いんだか」
「ずいぶん楽しそうに語るね。そういう雪ちゃんは興味ないことしてまでおじさんの相手してて楽しいの?」
「そりゃ楽しいですよ。だって豚のふれあいコーナーに通えばお金貰えるみたいなもんですよ。豚が真珠抱えてくるんですよ。笑っちゃいますよね」
「うわ傾国」
「冗談ですよ。普通に懴悔と呪詛を聞くバイトしてるだけですから。ところで夕食は何がいいですか?」
 月子ちゃんは何も考えずに即答した。
「おなかすいたから、とんこつラーメンたべたい」
「うーん、とんこつラーメンの擬人化みたいなおじさんから貰ったお金を使ってとんこつラーメン食べるのはちょっと......何かほかにありません?」
「わかった。折角だし高いものをおごってもらおう」
「流石は摩耶先輩、人間腐ってますね」
「ありがとう。罵倒でタダ飯が食えるなら安いものだよ」
「うわ酷い......でも先輩の図々しさは見習いたいです」
「わたし思うんだ。自分の金で食べる焼肉より、人の金で食べる焼肉のほうが五万兆倍くらいおいしいって」
「クズ。けど気持ちわかりますよ。焼肉でいいですか?」
「ううん。花の女子高生だからやっぱり満漢全席」
「わかりました。中華お粥にしましょう。先輩には特別にわたしのパクチー全部あげますよ」
「ひどい!」


【第瞋話・或いはハロウィンの日常】
 白熱灯の光をたよりにボランティア部の扉を開け入った時、果して一匹の狐耳と尻尾のコスプレ少女が炬燵の中から躍り出た。狐は、あわや摩耶に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の炬燵に隠れた。ぬくぬく布団の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰返し呟くのが聞えた。その声に摩耶は聞き覚えがあった。驚懼の中にも、彼女は咄嗟に思いあたって、叫んだ。
「その声は、我が友、月子ではないか?」
 ややあって炬燵の中から返事が返ってきた。
「............如何にも自分は神戸の月子である」

「何やってるんですか、先輩」
 こたつが寒くなるからあまり出入りを激しくするんじゃない、と忌々しそうに後輩の雪子ちゃんが、炬燵布団から顔だけを出して、冷ややかな目で見つめている。炬燵の上には山のようにお菓子が盛られていた。月子ちゃんはのそのそと炬燵の中から這い出すと、わたしに向かって、「菓子を寄越せ」と言わんばかりに右手を差し出した。
「というわけでマヤちゃん。トリック・オア・トリート! お菓子くれなきゃ狐らしく噛むぞ引っかくぞ。悪戯してエキノコックスするぞ」
「それ死んじゃうよ! ......狐耳も尻尾も似合ってるね」
「ふふん。そうでしょそうでしょ。実はわたしは化け狐と人間のハーフなんだよ。ほらこんこん」
「なるほど、だから月子ちゃんはお風呂が嫌いで、いつも油絵具と汗の混じって微妙に獣くさいんだ」
「あのマヤくん......あの............」

 彼女はぴくりと硬直して袖口にくんくんと鼻を鳴らした。「え、くさくないよね?」とこちらをちらちらと見てくる。事実、月子ちゃんは猫の遺伝子を持っているらしく、水浴びが嫌いだけれどわたしが毎日強制的にお風呂に突っ込んでるから、におうとかそういったことはない。わたしはトリックをやり返せたことに満足して、彼女につつみを手渡した。
「冗談だよ、はいトリート。みんなで食べよ」
「わーい」
 部室に行く前に、学校近くの洋菓子屋さんで買ったシュークリームだ。それなりのお値段はしたが、ハロウィンくらいは奮発してもいいだろう。月子ちゃんはわたしをじろじろと眺めて。
「ちなみにマヤちゃんは何のコスプレ? ああなるほど。目が死んでるからゾンビかな」
「殴るよ?」
「じゃあ奈良公園のシカ」
「殴ったよ」
「いたい」
「わたしは授業中から張り切って狐耳と尻尾つけてた月子ちゃんみたいに、恥ずかしいことはしないの」
 そう言って、鞄から無造作にコスプレグッズを取り出した。黒の三角帽子に、黒のローブ、よくわかんない黒の鏡ステッキ。買おうとしたときに、一八禁コーナーにたむろしているクラスメイトの男子と鉢合わせてお互いにすごく気まずかった曰く付きの品だ。
 ぶっちゃけた話、品質はお世辞にもいいとは言えないが、ほんの一日のコスプレにマジになれるだけの財力はわたしにはなかった。まあ、姿見をみても、一応コスプレしています感は出ているので可ということにしたい。
「へえ魔女ですか......普通ですね。先輩は素材いいんですから。もうちょっと派手にやりましょうよ。レッツ背徳、レッツ敗北!」
「そうそう、マヤちゃんもっと大胆に」
「だまらっしゃい。魔女の呪いをかけるよ」
「どんな?」
「彼氏といい雰囲気になった瞬間に冷蔵庫の中身が気になって仕方がなくなる呪い」
「地味に嫌なやつだー」
「てか、そういう雪は何のコスプレもしてないじゃん」
「してますとも。この世で最も醜悪で、悪しき心を持った生き物のコスプレを......」
「うわぁ」
「ねー雪ちゃんもやろうよー」
「なんですか、月子先輩。わたし敗北も背徳もしたくないですよ。というかたまに趣味でやりますし」
「うーんじゃあ、趣向を変えて男装とか」
「......まあ。いいですよ」
「やったー」
 素材よければすべてよし、という諺がある。かっこいい女の子はかっこいい男の子を兼ねるものだ。赤のインナーカラーを擁する黒の長髪、お洒落に輝くヴァンパイア、黒のスーツに袖を通し......とにかくかっこよかった。
「中々に似合うじゃん。中身知らなきゃ惚れそう」
「......ありがとうございます。誉め言葉だと思って受け取っておきますよ。中身については同感ですから」

 自慢ではないが、わたしは地味に多芸だ(もちろん多才ではない)。カードマジックくらいならぱっとこなせるし、麻雀ならイカサマできるし、紙吹雪とかも散らせる。だから腹話術なんてものも普通にできちゃったりする。
「ひひ、このステッキを見なされ」
「先端に鏡がついてるけど」
「実はこの鏡は処世術的に正しい受け答えをするのじゃ」
「鏡さん、鏡さん、この世で一番美しい女の子はだあれ?」
「それはもちろん雪様にきまっております」
「なるほど。正しいですね」
「鏡よ鏡。この世でいちばん美しい女の子はだあれ?」
「私は月子さまほど美しい女性を見たことはありません」
「なるほど正しいね」
「じゃあ鏡さん、鏡さん、われわれはどこから来たの? われわれは何者なの? われわれはどこへ行くの?」
「土塊から生まれて土塊にかえる土塊です。諸行無常」
「鏡さん、バンコクの正式名称は?」
「クルンテープ・マハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーゆったらー............? ごめん一は回覚えたけど、ここから忘れた」
「すごいじゃないですか腹話術なんて。摩耶先輩にこんな特技があったなんて知りませんでしたよ」
「マヤちゃんはすごいんだよ。何でもできるんだよ」
「月子先輩、彼氏面しますねぇ」
「マヤちゃんのこと大好きだからね(国士無双)」


【第痴話・或いは同じ穴の貉】
「そういや雪って結局、深夜にどんないかがわしいバイトしてるの?」
「別にしてませんよ。いかがわしいことなんて。普通にモグリのJKビジネスで懴悔と呪詛きいてるだけですよ」
「中学生のくせにJKなんだ。しかもモグリなんだ」
「それはまあ、逆サバ読んで。......もし摩耶先輩が楽してお金欲しいなら紹介しますよ?」
「わたしは?」
「月子先輩はどんくさいからダメです」
「そっかー。残念」
「ちょっとは興味、あるかな」
「マヤちゃんの財布の中、いまハロウィンでお金使いすぎていま小銭しかない渋沢の栄一だもんね」
「じゃあ、今夜いきます?」

 以上こそが、ハロウィンパーティーのあと、なんかよくわかんないノリで、後輩のバイト先見学に行くことになった経緯である。
「うーん、これは............どうする月子さん?」
「やばいね。摩耶さん」
 わたしたちは雪ちゃんに連れられて夜の繁華街をじぐざぐ、うろうろして、なんかよくわかんないところにある地下店舗に連れてこられた。実は違法薬物の取引に使われていると言われても、スパイの情報交換所だと言われても納得しそうな、明らかに怪しい雰囲気でいっぱいの、無骨な地下室の入り口が威圧感をもってわたしたちを出迎えた。いや、明らかに歓迎されていない気がする。けれど手製の看板には「JK・Sukiyaki」と彫られていた。
 わたしたち臆病者二人が戸口で入ろうか、入るまいかと悩んでいる隙に、常連の後輩、雪ちゃんがすっとドアノブを押して中に入ってしまった。カランカランとドアベルの音が響く。どうやら、もはや撤退は許されないらしい。わたしは息を飲んで南無三宝と店の中に突入した。
 あの無骨な入口からはとても想像ができないほどに、お店の中は穏やかな光に満ちていた。大丈夫かわたし、走馬灯とか見てないか? これ本当にマッチ売りの少女の幻覚じゃないよな? なんて思考停止していると、上半身にボロボロの布を纏ったムキムキマッチョの男性が「イラッシャイマセ」と出迎えてくれた。顔に縫合メイクを施してあるのを見るに、どうやら、フランケンシュタインの怪物のコスプレらしい。フランケンシュタインは博士の名前。これ豆な。彼は恭しくわたしたちに一礼すると、紳士的に、上品なアメリカ語で尋ねた。
「Would you show me your underwear? (ネイティブ)」
「おー、いえーす。おーけー?」
「マヤちゃん......?」
 月子ちゃんの顔が陰った。彼女は基本的に無能だけれど、語学とお絵描きに関しては天賦の才を誇る。なにかまずい受け答えをしてしまったのだろうか、わたし。アメリカ語わかんないから心当たりしかない。
「えっと自慢じゃないけど、わたしTOIEC100点なの」
「本当に自慢じゃないことをキメ顔で語らないでくださいよ......。あと駄目ですよジョン、日本人が英語でまともに受け答えできないことをからかったら」
 雪ちゃんの言葉にムキムキマッチョは「HAHAHA」と気持ちよく笑うと、よろしくとあいさつした。
「ごめんなさいね。大丈夫、ワタシ日本語も話せる。けど反応面白いから来る人みんなに、男でも同じ質問を試している。はじめまして、お嬢さん。ワタシはJ・S・パットナム。アメリカのアーミーで働いていました」
「は、はじめまして。雪の友達の摩耶です。ヨロシクオネガイシマス......」
「月子です。よ、よろしくお願いします......」
「怖がらなくて大丈夫、ワタシと雪は友達、友達の友達は友達、だから摩耶サン月子サンはワタシの友達です」
「パットナムさん......」
 彼の人柄も相まって、わたしたちは本当にあっさりと打ち解けてしまった。聞くところによると、J・S・パットナムはコロンビア大学の法学部を卒業して弁護士になるつもりがなぜか世界一周したくなり、バックパックを背負ってぐるっと周遊した後、ノリで陸軍に入隊し、なんやかんやあって世界各地の紛争に国連軍として参加、イラク戦争でなんかいやになって軍隊を辞めるも次にやることが思いつかない。そんな時に日本人歌手による「天を向いて歩こう」を聴いてこれだと確信し来日、日本語を勉強する中で、日本の女子高生のセーラー服に心が動き「JK×Sukiyaki」をテーマにしたマジイノベーションなJKビジネスをこの神戸の町で展開することにした(超早口)。ということらしい。すごい。
「ちなみに、どうしてユキちゃんはこんな人のところで働くことに決めたの?」
「それはまあ、ジョンにひかれたからですね」
「人柄とか?」
「いいえBM%で後ろからドンと轢かれました」
「ええ......」
「それからはまあ、お詫びに食事とか奢ってもらううちに成り行きでこの店の開業を手伝うことになって今に至るわけです。あとジョンは結婚してますよ」
「え、マジで?」
「会計士でいかにも大和撫子といわんばかりの美人さんです。これに惹かれるとは変な人もいるんですね」
「まあ見た目エネルギッシュでかっこいいもんね」
「だよね」
「ありがとう。マヤ、ツキコ」
「ねえ、パットナムさん。このお店で雪ちゃんはどんなお仕事をやっているの?」
「JKとしておじさんとSukiyakiつついてます。ちょっと見学しますか? もししたいならお客さんの許可もらってきます」
「それならぜひぜひ」
 こうしてわたしたちは雪ちゃんの仕事ぶり見学した。わたしと月子ちゃんがパットナムさん特製のSukiyakiに舌鼓しているうちにも、雪ちゃんは次々と指名されて懴悔と悔恨と呪詛とあと色々を聞いて回っていた。
「なるほど。これは雪ちゃんにしかできないし、あの報酬額も納得だわ。少なくともわたしには無理」
 わたしの言葉に月子ちゃんも静かに頷いた。
「うん。わたしもそう思う」
 彼女が聞いている懴悔、もしくは悩み、もしくは恨みはちらっとその断片が耳に入るだけでも、ずっと気が重く、そして気が遠くなるような内容ばかりだった。それに対して如月雪という少女はいつも通りの平然とした表情で相槌を打って聞いている。おそらくこの残酷無比な少女は本当に「そうなんだ」「たいへんだね」の言葉以上のことは思っていないのだろう。流石はボランティア部のHearts of Ironだ。月子ちゃんは「無慈悲な夜の女王」と小さくつぶやいた。全くその通りだとわたしも思う。
「また友達の変な一面を知っちゃったね、月子ちゃん」
「うん」
「けどまあ、何があったとしても、わたしたちはずっと友達だろうね」
「どうしてそういえるの?」
「だってわたしたち、まともな友達つくれないから」


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