ハートフル≠ストーリー

アリス


                作者  アリス

 
床に滴り落ちていくもの。
私の手を伝ってくるもの。
この2つが同じものになんて見えないな。
そんなことを思いながら、ひと息に抜き取る。
まるで蛇口を閉め忘れたようにぴちゃぴちゃと漏れていく。
あぁ、人を殺すってこんなものか。



 あーあ、殺してしまった。もう全てがどうでも良くなってしまった。いつか警察にバレて、私も捕まるんだろう。気分が悪くなるかと思えば、どうも振り切れたみたいでどうでもよくなってしまった。
 抵抗してくれれば、殺すのももっと楽しかっただろうに。まるで殺されるのを望むかのように微塵も抵抗しなかった。サクッと死にやがって。それでも男かよ、しっかりしろ。
 家を見渡す。外から見て想像していたよりも広いな。さっきの悲鳴で誰も降りてこない様子からすると、こいつ以外誰もいないみたいだな。ただ、一応確認のため部屋を回ってみよう。
 ドアだけ開けて確認しても、
誰も確認はできなかったので、いなかった。元々の家は狭いし、どうせ捕まるまでの間だ。それにこんな人目に付かない場所にある家なんて気にしないだろう。
 となると、あの死体をどっかに片付けないとな。突発的に殺してしまったので、その辺は何も考えてなかった。どうしようか? 夜になったらこっそりと山奥へと運んで焼いてしまおう。
 その日のうちにこっそりと山奥へと運び、燃やした。もはや、なんの感慨も浮かばなかった。骨になるまで燃えたのを確認し、埋めた。深く掘るのも面倒だったので、それなりの深さでやめた。



 その日は帰ってきてすぐに寝た。起きたら夢のように感じるかと思ったが、思ったよりも実感があるな。今でも刺した後に動かした時の肉を抉る感覚を覚えている。ベットに仰向けのまま何かを握ってるように掲げる。そのまま二回、三回と捻る。思わず、笑えてくる。あいつの苦悶に満ちた顔が浮かんでくる。どうせなら、もっと苦しませればよかった。そうすれば、いろんな表情が見れたのに。
 私は仕事もしてないから、真昼間だが特にすることもない。起きても暇だし、寝てても暇だが、このまま横になったままっていうのもどうも耐え難い。このままベッドに寝転んで、日々を怠惰に過ごすのは非常に魅力的だが、それは刑務所に入ってからでもできる。
 そういう風に適当に理由づけをして起きることにした。せっかく新しい家に住むことになったのだから、探索してみようか。この家、無駄に広いしな。
 さっき寝ていたこの部屋は質素な部屋だ。だけど必要最低限なものは揃っている。この部屋のみで暮らしが完結するだろう。私が捕まるまで過ごすくらいなら、食料も十分にあるしこの部屋で十分だろう。
 さぁ、次に行こうか。1部屋目。そこらかしらにフィギュアがいっぱい置かれている。オタクが住んでる家みたいだ。さっきの質素な部屋とは大分異なる。趣味にはお金を厭わないタイプなのだろうか? でも、最近は興味を失ったのだろうか。ショーケースや上に被せたタオルケットにホコリのが被っているがちらほらと見える。
 2部屋目。ここにはディスプレイが大量に置かれていた。目に優しくなさすぎる。一体ここで何をしていたんだ。ただ周辺機器から熱を発しすぎて、このままじゃ壊れそうだ。PCの付けっ放しは良くない。どうせ私のでもないので、コンセントをぶち抜いてやる。画面が無表情な私を映し出す。何も楽しくない。
 3部屋目。ここはさっきまでとはずいぶんテイストが違うな? ぬいぐるみやレースなど女の子らしい部屋だ。あいつにこんな趣味があったのだろうか? 人はみかけによらないってこういうことを言うんだろうな。
 次の部屋に行こうとしたところで私の勘違いか分からないが、鉄錆の匂いが鼻を突く。あぁ、昨日殺してからそのままにしてたんだっけ? そう思って、玄関の方へ歩を進める。すると、無邪気な子供が水溜りを踏んで遊ぶようにちゃぷちゃぷという音が鳴る。誰かいる? 
 隠れて様子を覗くと、そこには少し乾いた血溜まりで右手が遊泳していた。右手が床から......生えてる? 頭でもおかしくなったのだろうか? 私は右手に近づいて、まじまじと見つめる。どうも男の手みたいだ。
「左手はどうしたんだい?」
 手は私に掌を向けて近づいてくる。ペットみたいでかわいいもんだ。私が玄関から離れると、後ろからスーッと近づいてくる。
「あぁ、血が」
 そのままついてくるので、痕が一本線でできてしまう。1部屋目のの埃被ったタオルを借りて、拭き取ることにした。その時にフィギュアがいくつか壊れたが別に誰もいないからいいだろう。ついでに手に着いている血も拭いてやる。手はなすがままにそれを受け入れた。
 きっとこれはあいつの右手ではなかろうか。殺した私を恨んで、私を殺しにきたんだろう。先行き短い人生だ。どうせなら、殺されてやるのも悪くない。世界中を探しても、手に殺されるなんて人は自分以外いないだろう。少しだけこの生活が面白くなってきたなと思い、部屋の探索を再開した。
 その後も部屋を回ったが、どこも趣味全開な部屋ばっかりであった。想像以上に多趣味なやつだったんだと実感する。もちろん手も後ろから私についてきていた。特に何をするでもなく、ただひたすらに私の後ろについてきただけだった。
 家の探索が終わると途端に暇になる。この不可解な手について調べようとは思うが、いかんせん今日はやる気が起きない。寝よう。
 寝ている時に首を絞められないだろうか? そんな考えもふと湧いたが、これから暮らすうえで一々考えていても仕方がないので忘れることにする。
 目を閉じる。すると、まるで空飛ぶ絨毯に乗っているかのように心地よい微睡に誘われる。心地よく眠れそうだ。
  バンバン、バンバン、バンバン
 どうやら、そうもいかないらしい。さっきまで何もしていなかった手が急に床を叩き出した。どうも私を寝させまいとしているみたいだ。私は目を閉じるが、どうやらやめてくれる気配はない。こういうのは構うと面倒なので、そのまま無理やりに眠りにつくことにした。



 その後も嫌がらせは続いた。かれこれ一週間くらいは経っただろうか。コンコンとノックをする音を永遠と鳴らしてきたり、窓ガラスに爪を立てたりと私を寝させないように嫌がらせを続けてくる。
 もちろんそれだけじゃない。私が起きた時には部屋をぐちゃぐちゃにされたり、部屋を水浸しにされたこともある。自分の家じゃないものの少しずつストレスも溜まってくる。
 手は直接的なダメージは与えてこないものの、私をこの家から追い出したいみたいだ。そんなに住みにくいのなら出ていけばいいじゃないかと思うが、それは手に負けたような気がして嫌だ。どうせ、この家を出ても、行きたい所もないしなぁ......。
 手にお仕置きしてやりたい気持ちもあるが、あれ以来私の前に姿を見せてくれなくなった。ただ私が寝ていると近くで不快な音を鳴らし、私が捕まえようと起き上がるとすぐに消えてしまう。
 もちろん捕まえようとはした。罠を張ったこともあるけど無駄だった。あからさまに罠っぽいのはハマってくれない。
 どうにかいい方法はないものだろうか。また、水浸しにされた部屋を見回す。床に少しの水が溜まっている。こんなのじゃ、まともに歩けやしない。まとわりついてくる水が音を立てて不快だ。
 音を......立てる? そうか、今までは近づいてきたであろうタイミングを自分で予想して、捕まえようとしてた。しかし、ことごとくうまくいかなかった。そうなると、やはりもっと引き付ける必要がある。
 そこで水が張った床だ。これであいつがどこにいるか理解しやすくなる。手もまさか利用されるなんて思ってないだろう。あいつにどれだけの知性があるのか分からないが、掃除してないじゃないかと思うぐらいだろう。実際に掃除がめんどくさくなった側面もある。
 あの迷惑な手を刺すことができると考えたら......。あぁ、考えただけで楽しみだ。この部屋の掃除なんて手を殺した後で、ゆっくりとすればいい。
 私は包丁を手から見えないように枕の下に隠すのだった。口の端が上がるのを感じる。今から笑いがこられきれない。今日の晩は楽しくなりそうだ。



  ぴちゃぴちゃ
 まだだ。まだ、待てる。限界まで引きつけろ。寝返りを打つ時に同時に枕の下へとの手を伸ばす。包丁を握りしめて、今か今かと待ちわびる。
 今だ! ぴちゃんと音がした瞬間に私は音のする方へと飛びかかる。すると、手は急に飛びかかられて面食らっている様子だった。そして、うまく逃げることが出来ず、捕まえることが出来た。
「ねぇ、お前はなんなの?」
 私は迷わずに最近の怒りをぶつけていく。殺しにくるなら、まだわかった。だけど、私を追い詰めることばかりしかしてこなかった。
「あのさ? まぁ、とりあえず私は許さないから」
 あんたにどんな事情があるかは知らん。それを理解してやるつもりもない。今はただ刺したいとしか思わない。手に持っていた包丁を振りかざす。
 この前の体に包丁を突き立てた時と違って、的が小さいのでうまく刺さらない。だけども、傷つけることが出来た。あぁ、手を刺すってこんな感覚なんだ。刺すよりも切るに近くなるのか。こんな体験できるなら死体でも残しておくべきだった。もっといろんなことを体験できたのに。
 私は逃げようとするそいつを包丁の持っていない方の手で捕まえ、何度も何度も包丁で切りつけた。はじめは逃げようと抵抗していたが、だんだんと動かなくなっていった。
 そうだ。あんたが悪いんだ。私に意地悪するから。動かなくなった手に何度も包丁を突き立てる。
  コンコン
 こんな夜遅くに誰だろう?
  コンコン、コンコン
  コンコン、コンコン、コンコン
 あは? 手はまだ生きてるのか? そもそも存在が不思議なものだしな。それでこそ切り刻み甲斐があるってものだ。
  コンコンコンコンコンコンコン
 分かったよ。今、刺して切って殺してやるから待ってな? 心が浮かれているのを感じる。もう止まれない。私はもう  限界だ。刺すことに悦楽を感じ始めてしまった。切ることに快楽を見出してしまった。だから、せめて殺そう。嘘偽りなく私が私らしくあるために。
 さっきまで床が濡れていたせいで、足が濡れているので転ばない程度にノックのする方へと足を急がす。
 家の玄関まで着くと案の定、手がノックしていた。私は嬉々として、包丁を掲げる。私はゆっくりと手へと近づく。
 なぜかそこからの世界はスローモーションに見えた。手がドアを開ける鍵へと移動する。鍵は今は横になっている。時計回りにゆっくりと鍵を縦へと直す。その時に小指から親指へと反時計回りの動作の残像が目に焼き付いた。きらきたと光る薬指の指輪がうっとうしい。
 鍵は縦になった。あぁ、今になって全てを理解してしまった。あいつを殺した時にどうしてドアが開いていたのか深く考えなかった。
 ドアが開く。笑った顔。今ならどうして全く抵抗できなかったのか分かるよ。私は自分の体にまとわりついてくる沢山の手を見る。私もこの一部になるだけ。

ここはきっと人気物件なんだろう
私みたいな人にとって
「  次はあなたの番だね。待ってるね?」
 だから笑った。最後まで、私であるために。


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