雨宿り

羽月



 つまるところ、君はもう手詰まりってわけだ。
 どこからと言えば、最初の選択から。
 実際間違ったからこそ事件は始まるのであって、その選択を悔やむのは至極当然のことだ。仕方のない話をしたね。はは、僕も手詰まりってわけだよ。
 ともかくどうしたものかね。僕になんとかできるのであればいいのだけれど、神様と未来の僕たちが、さて、どういう風に動くかな。
 混乱してきた? 早々焦らずとも、簡単に死にやしないさ。まあそうだね。少しくらい状況把握に努めてもいいだろう。時間はたっぷりあるんだから。多分ね。

 僕はいつも通り散歩していた。もちろん美味しいものは無いかとか探していたんだが、残念なことに今日は不漁。ついてないなあと思いつつ諦めて帰ろうとした。
 そこにほら、この嵐が来たんだ。
 雲行きが怪しいと感じた途端に雨と雷だからね、驚くよね。そんで僕がまっすぐお気に入りのこの倉庫まできたところに、君が尋常でない様子で走り込んできたんだ。もうその時の気迫といったら、僕が何か悪いことして殺されるのかと思うほどだったんだよ。あはは。......ごめんって。
 話を聞けば雷に驚き怯え、何も考えずに走ってきたというじゃないか。僕がそんな可哀想な子猫ちゃんを見逃すわけもなく......そんな顔をしないでくれよ、君の主はそう言わないのかい? ......まあいい、ともかく静かに嵐が去るのを待っていた。
 そうしたら知らない人がやってきて、僕らに気付かずさっさとこの倉庫のシャッターを閉めてしまって、あっという間に閉じ込められた哀れな僕たちの出来上がり! ってもんだ。
 ともかく僕らには到底閉まったこのシャッターなんぞ開けられないだろう。一通り出られる所がないか探し回ったけれどそんな様子もないし、諦めて倉庫の主が開けてくれるのを待とうじゃないか。

 大丈夫さ、そんな不安な顔をしなくても。第一、そんな世界全てを怯えるようにしたって仕方ないだろう? ......なに、初めて家の外に出たって?
 ......驚いたなあ、まあ外の世界を知らない子が少なくないことは分かっているんだけど、出会ったのは初めてだ。確かにそりゃ出たことなけりゃあ僕に会うこともないのだろうけど。君の主人はたいそう心配性なんだね。うん、可愛がられているんだろうさ。僕なんか友達くらいはいるけれどまあ独り身だからさ、羨ましくなるよ。ふふ、嬉しそうだね。
 ところでどうして出ようと思ったんだい? この嵐だ、家の中にいた方がいいんじゃないか。待っていれば嵐は去るし、健康的なご飯がやってくる。
 ......窓が開いていた。そして雷の音に驚いてわけが分からなくなった。
 ありゃあ、そいつは犬っころとおんなじだぜ? 聞いたことないかい? まあ可愛らしい家出だが、そいつはちょっと失敗だったな。おっと泣かないでくれよ。でもまあ実際に起こったんだ、後悔しても仕方ないさ。これはもう経験として笑い話にするところなんだ。数年分しかない僕の経験談だって、大体が失敗なんだぜ。な?
 大丈夫さ、お腹はちょっと減るだろうが呑気に待っていりゃいいのさ。ほらそことか、割と柔らかいから、ちょいと寝てしまうのも一つの手だよ。意識がなければ苦痛も感じないからさ。どう? ......うん確かに家のクッションとは違うけれど。足が痛かった? そりゃ開いていた窓から初めて外に飛び出したんだ、砂もあるし。そのうち慣れるんだなこれが。まあしばらく休んでいいよ。
 眠れないのなら子守唄を歌ってもいい。子守唄にはならないかもしれないが、僕のブルースはこう見えて人気なんだ。......え、要らない? 主人に撫でてもらいたい? ......はあ。
 本当にさ......君は本当に可愛がられているんだろうさ。正直なところ、外に出られないだなんて可哀想だと思ったよ。僕は自由で仕方ないしね。でも君は幸せそうなんだ。自由でなくたってそういう幸せもあるんだろうさ。どっちがいいかは僕には決められないけれど。だって僕は君の実際の幸せを知らないし、君だってそうだろう? 何が一番幸せかだなんて、それぞれだからね。
 僕の友達は早くお前もフラフラするのをやめなよとか言うんだけど、僕はそう言うのに絶対耳を貸さないって決めているんだ。僕のしたいことを僕の意思で決めてやる。この生活をやめようとする時は、僕がそう決めた時だ。フラフラしているように見えようが、いくらあいつが知ったように忠告まがいの自論を浴びせようが、あいつは僕の本心も信条も知らないんだ、聞く必要もないさ。
 ......ふう、ごめんね。どうやら自分で思っていたより気にしていたみたいだな。初対面でまた会えるかもかどうかも分からない相手だと話しやすいんだな。また一つ学んでしまったよ。それとも、君はそんな守りたくなるような見かけによらず包容力があるんじゃないか? あはは。お陰で勝手に僕の気は幾分か軽くなった。ふふ、礼を言うよ。
 君も落ち着いてきたことだし、ちょいと眠ろうか。
 ......そうだな、話を聞いてくれる存在は、大事かもしれないな......。

 おはよう、堅いマットで体は痛くないかい? ごめんってナメていたわけじゃないけれど、まあ、元気で何よりだ。雨の中走って体も濡れてたからね、疲れてよく眠れただろう。
 ところで君がうたた寝をしている間に、雷が去ったのは気づいているかい?
 そんで僕は君のそのマットの裏に、出られそうな光が見える気がするんだが、気づいているかい?
 ははは! トウダイモトクラシってやつだ! ふふふ、きっと神様が君と話す時間をくださったんだ、そんで君も夢のような冒険ができたってわけだ。汚れただろうから、帰って君の主人に梳かしてもらいよ。君は白いから、幾分か汚れが目立ってしまうんだね。まああと少しの辛抱だ。

 うっ、......やけに明るいな。おいで、出られるよ。よし、いい子だ。
 帰り道はわかるかい? うん、それならいい。
 この近くに住んでいるのなら、また会えるかもしれないね。僕は窓の奥が気になるようになるかもしれない。ふふ、楽しみだ。
 いやいや礼は要らないよ。僕だって退屈しのぎみたいなもんだ。
 そうだな、僕の事は、幸運の黒い猫とだけ、覚えていてくれたらいいよ。


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