恋したい

リリス



 妹に殺された。
 二十二年間、あの妹の兄をやっていたが、まさか殺されるとは思わなかった。
 妹は高校でバレー部に所属している。二年生になってレギュラーの座を勝ち取ったようで、毎日一生懸命部活を頑張っている。
 今日は、僕を殺しに一回帰ってきた後、その部活に戻るために学校に行ったようだ。妹なりにばれないようにしているらしい。
 妹は可愛い。身内びいきかもしれないが、妹はその辺のモデルや女優と比べても見劣りしないくらい可愛い。
 僕はそんな可愛い妹のために毎日夕飯を作っている。親は共働きでご飯を作ることが出来ない。だから僕がご飯係なのだけど、妹がこんなに可愛く無かったら、もっと適当な物しか毎日用意しないだろう。今日は妹の大好物のオムライスを作る用意をしていた。
 世間一般の感覚的には、僕は妹を溺愛していると言っていいだろう。最近まで一緒に寝ていたし、最近まで休日は二人で一緒に買い物などのデートに行っていた。デートではない。
 最近まで、というのは、ここ三か月くらいだ。妹が高二になって、バレー部のレギュラーとして頑張り始めた頃、突然妹は僕を避け始めるようになった。朝、自分で起きるようになったし、その日の服も自分で選ぶようになった。
 これが兄離れか、と少し寂しく感じていたが、まさか殺されるほどに嫌われているとは思わなかった。
 夕飯の準備をしていた僕の頭を背後からぶん殴ったらしい。気付くと僕は幽霊になっていた。
 壁をすり抜けることもできるし、ふわふわ浮かんで移動することもできる。おおよそ想像していた幽霊像と変わらない存在である。
 さて、妹の犯行は稚拙な物なので、警察はすぐに僕の妹を捕まえることだろう。裁判でも有罪になるに違いない。何とか証拠を隠滅してあげたいところだが、壁をすり抜けてしまうように、何か物を持とうとしても手がすり抜けて持ち上げられない。妹は自分で何とかしないといけないのだ。頑張れ。
 僕が死んでから二時間ほど経過したころ。
 妹が帰宅した。
 妹は周囲の家にも聞こえるように悲鳴をあげて、一旦コーヒーを淹れた。落ち着くためだろう。でも、僕がキッチンで倒れているのにキッチンでコーヒー淹れられるのは不自然だと思われるぞ。コーヒーに口をつける前に警察に通報した。
 コーヒーを半分飲んだ頃にパトカーがやってきた。
 そのまま妹はパトカーに乗って警察署に連れていかれた。自宅を保存しなければならないので仕方ないだろう。コーヒーもそのままに、すぐに部屋には警官たちだけになった。僕は、警官だけになったこの部屋には何の未練もないので、一緒にパトカーに乗って妹についていくことにした。
 妹はドラマで見るような薄暗い取調室ではなく、広い会議室のような場所に通され、そこで話を聞かれていた。
 そしてこれからしばらく、警察が持っている宿泊施設で過ごすことになるようだ。
 一通り、刑事との話を終え、妹はしばらくの間自分の部屋になる宿泊施設の部屋で寝っ転がり、スマホを弄っていた。
 僕は勝手に妹のスマホを覗くのは忍びなかったが、この状況で何をするのか単純に気になったし、こっちは妹に干渉することもできないのだから、まあ横からスマホの画面を見るくらいは良いかと自分を正当化してちらっと見ることにした。
 スマホには僕の知らない男と連絡を取っている文面が映っていた。
『お兄ちゃんが死んで警察にいる』
『死んだ?』
『殺されたみたい』
『ヤバ......大丈夫?』
『全然大丈夫じゃない』
『花ちゃんお兄さんのこと大好きだったもんね。俺がついてるから大丈夫だよ』
 大体こんなことをしばらく続けていた。内容から察するに彼氏だろう。妹も自分で殺しておいて白々しいな。
 いや、それより『お兄さんのこと大好きだった』?
 いやいや、最近の妹は、僕のことを嫌って避けていたのでは? だから僕のことを殺したのだろう?
 妹は、この部屋には監視するカメラやレコーダーはないと思ったのだろう、自分が犯人であるということを口に出していた。そもそもそういう道具があるという発想もなかったのかも。
「はあ。お兄ちゃんが悪いんだから。お兄ちゃんがあんなにかっこいいから、私がお兄ちゃん以外を好きになれないんだよ。でも私だって......。お兄ちゃんがいたら私はダメになっちゃう」
 いつの間にか涙を流していた僕の妹を、僕は後ろから抱きしめた。


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