ひとりでピュリキュア(六・終)

みの あおば


ひとりでピュリキュア (六・終)
みの あおば


 伝説のファイター、「Purity Cure」。略して「ピュリキュア」。この言葉が意味するのは「清浄(せいじょう)」、そして「治癒(ちゆ)」。
 これは、一人の少女がいろいろ背負いながらも、とりあえず楽しく生きていく感じの物語である  !


〈目次〉
第六話「誠実な紳士、シンシーア!」
第七話「なにそれ!? 虚構世界の実在論!」
第八話「ギルセシアとイノセシア、ピュリキュア誕生の秘密」
第九話「観測者の存在! そう、あなたのことよ!」
最終話「わたしたちの戦いはこれからだ!!」


◇◇◇


第六話
「誠実な紳士、シンシーア!」

 こんにちは! わたしの名前は純空(すみぞら)氷華(ひょうか)! 私立虹(にじ)色(いろ)高校に通う、キッラキラの高校一年生!
 わたしは伝説のファイター〈ピュリキュア〉に変身して、悪の怪人〈アクヤーク〉を毎日のように倒しているの! ピュリキュアとして戦い始めてから、はや六年。正直、向かうところ敵なしだわ。ホラ、どんな相手でもかかって来なさい!

◇

  ズガァァーン!
 平穏な街並みに、突如暗黒の怪人が現れた。
「ウガァァーイ! テァラァァーイ!」
「きゃあああー! 助けてー!」
 暗黒のオーラをまとった体長一九〇センチメートルほどの怪人、アクヤークが暴れはじめたのだ!
「そ、そうだ。彼女を呼ぼう!」
 住人の一人がこう叫んだ。
「カモーン! ピュリキュアァァー!」
  キラリーン!
 瞬間、お空に輝く一筋の光。そして始まる変身の時。
「ピュリキュア! アイシングパレード!」
  ヒュオォォー
 天かける一筋の光は、突如発生した大きな吹雪に包まれた。吹雪の中で舞い踊る少女の胸のあたりで、きらりと輝く氷の結晶がはじける。いつの間にかそこには大きなリボンが。続いてスカートが現れ、アームカバーにレッグカバーと、次々にきれいな衣装が少女の身を覆っていく。
 下ろされていた黒髪が光に包まれたかと思うと、次の瞬間には透き通る水色の頭髪が生えそろい、四つ又に分かれたポニーテールたちがさらさらと揺れていた。
  ファァァァー
 氷の結晶を大地に展開し、ゆっくりとそこに降り立つ。彼女は真っ直ぐに前を見据え、高らかに叫んだ。
「キンキンに冴(さ)えわたる澄(す)んだハート! ピュアシャーベット!」
  ババーン!
「来てくれたんだね! ピュアシャーベット!」
「ええ、もちろんよ。わたしがやらなきゃ、誰がこの街を守るのって話!」
 シャーベットは地面をタッと蹴り、怪人アクヤークの腹部に右パンチを抉(えぐ)り込んだ。アクヤークは大きく後方へ吹き飛ばされる。
「ウガァァァアァァーイ!」
  ガッシャーン
 先手を取ったシャーベットは、相手を休ませる暇もなく次の技を繰り出す。
「来て! わたしのマイボウ!」
 シャーベットが伸ばした左手の先に小規模な吹雪が発生する。その中から半透明の美しい輝きを見せる氷の弓が現れた! アイスボウに右手を添えると、そこにみるみる氷の矢が生成されていく。
「これでも食らいなさい! ティーンエイジング・アイスアロー!」
  ヒュンッ
 放たれた一本の矢は空中で十九本に分裂し、そのすべてがアクヤークの全身をくまなく突き刺していく。
「テアラァァアァァーイ!」
  ピキピキピキ
 アイスアローの突き刺さった箇所から、アクヤークの身体はどんどん氷結していく。
『ピア! シャーベット、すごいピア!』
「うん、やっぱりアイスボウは強いわね」
 シャーベットの耳元に取り付けられた超小型インカムから甲高い声が響いた。声の主は、イノセシアという異世界からやってきた、妖精のピピア。見た目は、丸々と太った鳥のような姿をしており、目がデカい。羽毛のカラーは淡いミント色である。氷華の自宅地下に設営された秘密基地から指令を出し、ピュリキュアをサポートしている。
「ウガアァァアァァアァァ!」
  ズモモバァァー!
 アクヤークの吹き上げる暗黒オーラが、勢いを増している!
「来るわね。第二段階が」
 シャーベットがそう言うと、アクヤークは全身の氷を突き破り、はるか上空まで飛び上がった!
  ドシーン......!
 再び地面に降り立ったアクヤークは、恐るべき量のオーラを放っている。アクヤークは大きなダメージを受けると第二段階の姿に移行する。しかし、その変化は大したことがない。唯一の変化は、顔が見えるくらいである。アクヤークにされてしまった人間の元の顔が見えるようになるのである。それゆえ、ときどき正気を取り戻して会話ができたりもする。
「ウウ......ボ、僕は......」
「あら、さっそく正気を取り戻したみたいね」
 アクヤークは人間が姿を変えたもので、その人の抱く罪悪感が増幅させられてしまい、怪人と化しているのである。今回は、幼い中学生くらいの男子がアクヤークにされてしまっているようだ。
「ねえ、あなたはいったいどんな罪悪感を抱えているの?」
「そ、そうだった! 僕はあの場から逃げたんだ! なんてひどいことを  ウ、ウガ、ウガァァアァァーイ!」
  ズモモモォォォー!
 激しい量の暗黒オーラが噴き上がっている。罪の意識が強まり、罪悪感のエネルギー放出量が増加しているのだ。
「くっ、厄介ね。さっさと片付けなきゃ」
 シャーベットは再び弓を構える。しかし横やりが入ってきた。
「そうはさせませんよッ!」
「えっ!?」
  ガキィーン!
 シャーベットは不意打ちを何とかアイスボウで受け止める。
 突然攻撃を仕掛けて来たのは、タキシードのような装いをして黒髭を生やした紳士風の怪人。彼の名は、〈シンシーア〉。ギルセシアという異世界の王国からやってきた幹部で、人間をアクヤークに変えては、その罪悪エナジーを回収することを目的に活動している。
「シンシッシッシッシ。毎回のようにアイスボウにやられていますからね。今日は対策をしてきました」
「なんですって」
 シンシーアは、自身の背後から氷でできた大剣を取り出して見せた。全長二メートルはあろうかという巨大な剣は、禍々しい紫色のオーラをまとっている。シンシーアがいつも持っていたような気品あるステッキとは程遠いデザインである。
「これは、氷属性の大剣です。目には目を、歯には歯を、ということで考案し、私の故郷の仲間に作らせました。その名も〈アイスバー〉!」
「アイスボウに対抗しての、アイスバーですって!?」
「あなたのアイスボウの強さは、その弾数の多さと弾速の速さにあります。それに打ち勝つために必要なのは、しっかりとした受けの構え。アイスアローのような細々とした攻撃を、たとえどんなに大量に浴びせようとも、この武器の巨大なパワーの前では無力に等しいでしょう! シンシッシッシッシ、アーッアッアッア!」
『ピア、これはお手並み拝見ピアね~』
「見せてもらおうじゃないのっ!」
 シャーベットはアイスボウを引き絞り、氷の弓矢を生成する。シンシーアのお望み通り、たくさんの細々とした攻撃をぶつけるつもりだ。
「食らいなさい! ティーンエイジング・アイスアロー!」
 〈ティーンエイジング・アイスアロー〉は、十三本から十九本の氷の矢がランダムで生成され、それを放射状に放つアイスボウの必殺技の一つだ。今回は一番少ない出目が出てしまったようで、十三本に分裂したアイスアローがシンシーアを襲う。
「シンシッシッシ! このパワーをしかとその目に焼き付けるがよいのです。アイスバー! 氷の矢をすべて食らい尽くしなさい!」
  ブオンッ
 シンシーアが氷の巨剣を振るうと、そこに獰猛な獅子のごときブリザードが放たれた。荒れ狂う氷の嵐は十三本の矢をあっけなく飲み込んでしまう。氷の矢と氷の嵐は互いに溶け合い、地面一帯が水浸しになる。
「ア、アイスボウの必殺技が!」
「シーンシッシッシッシ! 見ましたか、私の故郷の者たちの技術力を! 帰って褒めてやらねばなりません。今から土産話を持ち帰るのが楽しみですよ!」
 シンシーアが笑っているあいだ、別の大きな黒い影がシャーベットに近づいてきた。
「ウガァァーイ!」
  ズシーン!
 忘れられていたアクヤークが、シャーベットにパンチを繰り出す。しかし、シャーベットはその拳をひらりとかわし、アクヤークの頭上に飛び乗る。
「シンシーア、確かにそのアイスバーはすてきな武器だわ。でも、氷属性はわたしのテリトリーなのよ。あなたに使いこなせるかしらっ!」
  タッ
 シャーベットはアクヤークの頭部を踏み台にして、高く上空へと飛び跳ねた!
「食らいなさい! アンチエイジング・フローズンアロー!」
 シャーベットが矢を放つと、それは無数の小さな矢へと分裂した。百本は優に超えるであろう矢の雨は、辺り一帯に降り注いでいく。しかし、その一つ一つの威力は決して強いものではない。
「シンシッシ! この期に及んでそのような攻撃を!アイスバー、わたくしを守りなさい!」
  ズオォォー
 シンシーアは自身の真上に向けて氷の巨剣を振るった。すると、大きな吹雪が吹き荒れ、彼の上空に降り注ぐ氷の矢は次々と飲み込まれていく。
  ビチャビチャビチャ
 結局のところ、シンシーアには傷一つ付けられなかったようである。
「シーンシッシッシ! やはりあなたの技は、数ばかりでパワーが足りません! どんなに大量の矢を放とうとも、わたくしの仲間が生み出したこの武器の前では無力なんですよ~! シンシッシッシ!」
「くっ、それはそうかもしれないわね。でも、わたしには作戦があるわ。今に見てなさいよ~」
 シャーベットは再びアクヤークの頭頂部に着地する。
 それを見たシンシーアは反撃を開始するため、アイスバーを大きく振りかぶろうとした。しかし  
  ピキピキピキ
「シアッ!?」
 シンシーアは、下半身の身動きが取れなくなっていることに気づいた。
「ウガァァーイ......」
 アクヤークもまた脚元が凍りつき、動けなくなっている。
「なんですか、これは! 地面がすっかり凍りついてしまっているではありませんか!」
 シンシーアとアクヤークの身体は、みるみる上半身まで凍りついていく。
「あなたに向けて放たれた矢はおとりよ! 本当の目的は、たくさんのアイスアローを地面に突き刺すこと。〈アンチエイジング・フローズンアロー〉は液体となった水分を固形の氷へと戻してしまう、わたしの新技! 地面に突き立った無数のアイスアローは周囲の温度をみるみる低下させ、辺り一帯は凍りついたのよ!」
『二人の戦いで地面は水浸しになっていたピアね。シャーベットはそれを利用したんだピア。氷技を使い慣れているシャーベットの方が一枚上手だったということピア!』
「シ、シアーッ! そんな技があるとは聞いておりませんよ! なぜ毎度のように新技を量産できるのです!」
「ふふ、わたしの技は無尽蔵。インスピレーションの沸く限り、いくらでも技は増え続けるのよ」
 シャーベットはアクヤークの頭部に乗り、シンシーアに向けて弓を引き絞る。ひときわ大きな氷の矢が、一本だけ生成されていく。
「これで最後の技よ! 食らいなさい! アイスエイジ・イクスティンクション!」
『こ、これはまさか  本当の必殺技ピア!?』
  グサァァーン!
 放たれた矢はシンシーアの心臓部を貫いた。たとえどんなに屈強なギルセシアの戦士であれど、一つの生命体であることに変わりはない。あらゆる分子が運動をやめる氷点下の世界の中で、シンシーアは自身の意識が遠のいていくのを感じていた。
「シアーッ  !わたくしは、もうこれまでのようですね。しかし、このアイスバーはしっかりと活躍してくれました。ありがとう、故郷の仲間たち。そして、ピュアシャーベット。あなたは正真正銘のファイターでしたよ。その徹底した戦いへの誠実な姿勢。わたくしにとって、あなたのように冷徹で高潔な本物の戦士と出会えたことは、喜びでした。あなたならば、たとえどんな困難に直面しても、一人で戦い抜いていくことができることでしょう! シンシッシッシ......アーッアッアァ  」
  カッチーーーン
 美しき氷の像が見せるその笑みは、自身の生に対する充足の心を精一杯に表現している、そんな笑みだった。
『シンシーア......。彼がもつ品位の奥底には、仲間や宿敵、そしてこの世界そのものに対する敬意ッ、その輝きが秘められていたピア  ッ』
「たとえどんなに素晴らしい相手であっても、それが敵であるならば、殲滅するのみなのよ。それがわたしの、唯一にして至上の生き方!」
  フワッ
 シャーベットは髪をなびかせ、アクヤークから飛び降りた。
「ピピア、はじめるわよ」
『ピア! すぐに準備できるピア!』
 ピピアは基地の方で何やら操作をしている。すると、みるみるシャーベットの身体がまばゆい輝きを放っていった。
 暗黒オーラを噴出しながら、苦しみのうめき声をあげるアクヤーク。
「ウガァァ......!」
「アクヤーク、あなたは何を苦しんでいるのかしら」
「ウガァァ......。ぼ、僕は、逃げてしまったんだ」
「へえ」
「僕は、友だちと一緒に万引きを繰り返していて、ある日それがついにバレた。でもその日は偶然、実行犯があいつで、僕は見張り役だった。彼が捕まったのを見て、僕は怖くなって逃げたんだ」
「あらま」
「その後、彼は警察に連絡されて、学校にも親にも連絡された。でも、どうやら僕のことはバラさなかったらしいんだ」
「それはそれは......」
「万引きしたってことはクラスメイトたちにも広まって、あいつと仲良くするやつは減っていったよ。最終的に、彼はクラスで孤立した。だけど、僕は......」
「いつも通りの日常って感じ?」
「そうさ。はじめのうちは、あいつと一番仲が良かった僕もちょっと疑われたけど、『あいつが一人でやったことだ』って言ったら、それ以上追求してくるやつはいなかったよ」
「あら、それはよかったじゃない」
「そ、そりゃあよかったけど! よくはないのさ! 本来なら僕も彼も同罪なんだ。なのに僕は逃げ隠れ、悠々といつも通りの日々を送っている。彼はちゃんと責任を問われて、こんなことになっているっていうのに! よっぽど悪なのは、僕の方なんじゃないのか! 僕は、僕はァァアァァウガアァァアァァ  !」
「あらあら、落ち着きなさいよ! あなたはアクヤーク化されて、罪悪感が無理やり増幅させられているだけなの! それに、気にしてるのは立派なことだわ。もちろん二人とも同じくらい悪いと思うわ。でも、その日実行したのは彼だったわけでしょう。彼がやったから、彼が非難された。もしあなたがやっていたら、あなたが非難されただけよ。その日のサイコロの出目が偶然違っただけ」
「そ、そうかなぁ......?」
 シャーベットはアクヤークに近づく。
「彼が実行犯だったその日に限っては、あなたは悪いことなんて何にもしていないのよ。そうでしょう? あなたは悪いことをしていないから、あなたは捕まらなかった。それだけよ。いつまでもくよくよ気にしていてもしょうがないわ」
 シャーベットの身体はますます輝きを強めている。
「そ、そんな軽々しい慰めを......。でも、人からこうやって慰められるのは、自分でやるのに比べれば何倍もマシなものだね。自分で自分に同じことを言っても、そうやって自分で自分の罪を許そうとしていること自体が、むしろよっぽど悪だと感じてしまうから......」
「そうよ。自分を非難する気持ちが大事なのよ。自分で反省していて、今後は同じことを繰り返さないというのなら、それで結構なのよ。その上で、その後悔と自責の気持ちを忘れないでいることも、たぶんいくらか大事なことなんでしょうね」
『中々よく言うようになったピアね』
「シャーベット、こんな僕のために......」
 アクヤークの心はみるみる癒されていく。
「安心してね、あなたを今すぐその苦しみから解き放ってあげる」
 シャーベットのイヤホンに甲高い声が響いた。
『準備完了ピア! 浄化するピア~!』
「オッケー、いくよ!」
 光り輝くシャーベットは、左手をアクヤーク向けて突き出した!
「ピュリキュア! ホワイトニング・ピューリファイ!」
  ギュパァァァァー!
 シャーベットがその手から放ったまばゆい光波(こうは)は、溢れ出す暗黒オーラもろともアクヤークを直撃する。
  ギュパァーァーァーァー
 圧倒的純度の白色光線に飲み込まれながら、アクヤークは最期の言葉を述べる。
「シャーベット  あり、がとう    」
『......八十パー......九十パー......百パーセント! 浄化完了ピア!』
「あーっ、終わったー!」
 シャーベットはホッと息をつき、変身を解除する。
 放たれた光波が途絶えた後、地面の上には一人の少年が横たわっていた。あのような激しい攻撃を受けたにもかかわらず、不思議と少年は無傷だ。それもそのはず。ホワイトニング・ピューリファイは、身体そのものへの外傷は与えず、彼の罪悪感を消し去ったのである。そして、罪悪感の源でもある記憶もまた、完全に消し去っている。また、周囲で戦いを見ていた人間たちの記憶もピューリファイしている。これは、恐るべき精神浄化魔法なのである。
 そこへ、白い装束を身に纏った者たちがやってくる。
「氷華様。この少年をただちに安置室へと運びます」
「うん、お願いね」
 彼女らは、シャーベットの自宅兼秘密基地で働くヘルパーさんたちだ。料理や洗濯、掃除などといった家事全般と、アクヤークにされ、ピューリファイを受けた人間を秘密基地へと回収する仕事をしている。
 ヘルパーたちはビニール質の大きな寝袋で少年を手際よく包み込む。氷華は、そそくさと立ち去るヘルパーたちを横目に自宅へと歩を進めた。
「ヘルパーさんたち、いつもお疲れ様。ピピアもね」
『氷華もお疲れ様ピア』
「うん。ありがとう、ピピア」
 氷華の自宅は、今では営業されていない空き旅館だ。空き旅館の中に、氷華とピピア、そして十三人のヘルパーたちが住んでいる。十三人のヘルパーはみな、先代のピュリキュアだと言われている。現役を退いたかつてのピュリキュアたちが、幼い現役ピュリキュアのために奉仕させられているのだ。彼女たちはピュリキュアとしての活動を終えるときに、精神浄化を受けている。ピュリキュアとして生きた記憶をすべて消去されているのだ。
 しかし、あるきっかけで記憶が戻ることがある。初代ピュリキュアの〈ピュアライス〉は、偶然にも米を食したことで記憶を取り戻した。彼女は自身の記憶が消されていたことに憤慨し、ピピアへの反乱を企てたこともあったが、どうやら返り討ちに会ったらしく、再び記憶をピューリファイされて今では黙って労働を続けている。
 ヘルパーたちは、今日も浄化された人間を安置室へと運び込む  。

◇

 秘密基地は旅館の地下にあり、地上はふつうの旅館である。自宅へ帰ってきた氷華は、旅館の和室でお茶を飲んでいる。ピピアは氷華の向かいの席で、国産大豆から作られた味噌スープをその口ばしで器用に啜(すす)っている。
「氷華、アクヤークの罪悪感を癒すのにもだいぶ慣れてきたみたいピアね」
「そうね。ピュリキュアの役目は罪悪感を浄化し、癒すことだって聞いてるからね」
「そうピア。罪悪感には、ピュリキュアによる癒しが必要なんだピア」
 氷華に両親はなく、十歳より前の記憶もない。気づいたころには、この旅館でピピアたちと暮らしていた。
「さーて、それより今日の晩御飯は何かしら? エビフライ? それとも揚げ海老?」
「それってどっちも一緒ピア! そうピア。今日は氷華の好きなエビフライとシャーベットピア!」
 ヘルパーの一人がお盆を持ってやってくる。
「氷華様、お持ちいたしました」
 お盆の上には、丼ぶり一杯に盛られたレモンライムシャーベットが。シャーベットの内部には、カチコチに凍ったエビフライが六本ほど閉じ込められている。
「これこれ~!」
「毎日毎日、シャーベットとエビフライばかりピア。本当によく飽きないピアね」
「もっちろんじゃなーい! 好きなものを食べられるのって、すごく幸せなことでしょう? ピピアだって、毎日納豆と豆腐ばっかりじゃない。今日は味噌汁? どれだけ大豆のこと好きなのよ。まさか、鳥なの?」
「鳥じゃないピア! ピピアは豆類が好きなだけの、妖精さんピア!」
 ただし外見は完全に鳥である。ミント色の羽毛と大きな目玉をもった珍種のハトである。味噌汁と一緒に、今度は冷ややっこを食べ始めている。
「食事に関してこれ以上の干渉はなしピア。お互い好きなものを食べるだけピア!」
「何よその言い方! ピピアの方からふっかけてきたくせに~」
「それよりこれを見るピア! 味噌汁や豆腐だけでなく、豆腐にかかっている醤油ピア! これもまた大豆から作られているピア! 何ということピア。世界は大豆でできているんだピア! イノセシアに帰ったら、ピピアは必ず大豆を栽培するピア~!」
 ピピアは故郷のイノセシアへと帰る日を夢見ているようだ。
「いいわね。わたしも将来は料理研究家になろうかしら。わたしのエビフライとシャーベットに対する異常な執着。この謎を解かずにはいられないわっ!」
 山奥に位置する自宅兼秘密基地の旧旅館では、今日も愉快な話し声が響き渡っている。
第六話おわり


◇◇◇


第七話
「なにそれ!? 虚構世界の実在論!」

 やっほー! わたしの名前は純空(すみぞら)氷華(ひょうか)! 好きな食べ物は、シャーベットとエビフライ! シャーベットのシャリシャリとした触感と目が覚めるような冷たさ。冷え切った舌触りの上にほんのりと広がる甘さが、わたしの全神経を興奮させてやまないの! エビフライのよさについては、そのあまりの奥深さゆえにわたしでも語るのが難しいわ。衣のザクっとした食感とエビのプリッとした食感、お口に広がる油のべたつきの三者が奏でるシンフォニー♪ あの懐かしくて温かいような味わい。不思議よね、産まれる前から食べたことがあるのかと疑いたくなるほどだもの。エビフライのおいしさは、きっと全人類共通の前世の記憶なのよ  。まあ、絶対そんなことはありえないでしょうね!
 なんて話はさて置いて。今日はね、学校のイベントで大学へ見学に行く日なの。大学ってどんな感じなのか興味があったから、楽しみだわ。どうせ一緒に見学する友だちなんていないから、わたしは一人で回ろうっと。その方が、行きたいところに行けるというものよ。

◇

 氷華は自身の通う高校の学年行事として、地元の国立大学へと見学に来ていた。氷華と同じ学年の生徒全体に向けて説明があった後、各々の興味に応じて自由に研究室を見学できるという。
 配られた資料を見ていると、ある研究室で行われている研究題目が氷華の目に留まった。
「なんだろこれ、『虚構世界の実在論』って......?」
『おもしろそうピア』
「行ってみようかしらね」
 氷華はマップを頼りにその研究室を目指した。

◇

  コンコン
「こんにちは、見学したいんですけど」
 氷華は研究室の入り口をノックして、恐る恐る扉を開いた。部屋の本棚には大きな本がぎっしりと並んでおり、部屋の隅にあるソファーには二十代前半と思しき男性が一人で腰掛けていた。彼の頭髪はボサボサで、髭も全然手入れされているようには見えないが、それはそれで割と様になっている。彼は氷華に気づいて立ち上がり、物腰柔らかそうに微笑んだ。
「あ、どうもこんにちは。見学の高校生の方ですね」
「はい、そうです。純空といいます」
「ようこそわが研究室へ。私は若本という者です。そちらへどうぞお座りください」
 若本は自分の向かいのソファーへ氷華を誘導し、お茶やお菓子をテーブルの上に置いた。
 彼は眼鏡をかけており、どうやら裸眼での視力は非常に低いらしい。もし眼鏡がなければ、日常生活にも支障をきたしたことだろう。しかし、この世界には眼鏡がある。そしてそれは比較的安価で、庶民でも手に入れられる価格だ。おかげで彼は、際立った困難もなく生活できている。さらに、この社会では眼鏡をかけている人間はそう珍しくない。眼鏡はかなり普及しているのだ。それゆえ、眼鏡をかけて街を歩いていても、とくに周囲の人たちから気にかけられることはない。この生きやすさ、このありがたみを彼はわかっているのだろうか。いいや、わかっていないに違いない。やつはそういう男だ。
 若本はさっそく会話の先陣を切った。
「私はここで三年ほどフィクションというものについて研究しています。純空さんは、フィクションにご興味がおありで?」
「いえ、それほどでもないんですけど、なんだかおもしろそうだなと思って」
「あ、そうなんですね。わざわざ見学に来ていただいてありがたいものです」
 若本はにこやかにどうぞと言って冷茶の入った紙コップを差し出した。
「ありがとうございます」
 研究内容に興味があるのなら、それについて話してもよかったが、先ほどの様子だと氷華はフィクションについてそれほど興味があるというわけでもないらしい。このことを理解した若本は、一度相手に会話の主導権を譲ることにした。
「純空さん、何か聞きたいことなどはありますか?」
 研究室へと見学に来る高校生は、個別的な研究内容ではなく、大学生活一般について一層知りたがっているという可能性もあるからだ。若本は研究一筋の男ではあるが、同時に会話のキャッチボールを心得た男でもあるようだ。若本よ、中々やるじゃあないか。
「なんでも遠慮せずに聞いてもらって大丈夫ですよ」
「ピピア、こういうときなんて聞けばいいのかしら」
『そうピアね。こんなときはうじうじせずに、今彼女いるピア? って直球勝負すればいいピア』
「ふふ。今そういう場面じゃないのよね」
 氷華は耳元に取り付けた超小型インカムを通してピピアと通話している。
「どうかされましたか?」
「いえ、何でもありません」
『ピア。研究内容について聞けばいいピア』
「そうね、それがいいわね。あの、若本さんはどんなことを研究されているんですか」
 若本の眼鏡がきらりと輝いた気がした。
「よくぞ聞いてくれましたね。私はですね、フィクション世界の実在性について研究しています。小説や演劇などにおける登場人物やその世界は、いったいどのような仕方で存在するのか、といった話です」
「フィクションの世界が、実在するというんですか?」
「いやね、もちろん、私たちが住むこの世界とまったく同じ仕方で存在しているわけではないと思いますよ。しかしそれでも、フィクション世界の中にはその世界なりの自然法則、社会秩序や人間関係の歴史があります。フィクションだから何でもありだと思ったらそれは間違いで、その世界の中の秩序から逸脱した出来事は起こりえないんです。少なくとも私はそう考えています」
『それはそうかもしれないピアね。魔法がない設定の世界に魔法を出したら、読者はきっと怒るピア。ピアけどそれは、創作上のマナーの問題であって、フィクション世界側の秩序によって決まることだとは思わないピア』
「あら、ピピアが食いついたわね」
 氷華が小声でしゃべる向かいの席で、若本は話を続ける。
「フィクション世界内では、様々な出来事が起こります。また、その世界内の登場人物たちは、それぞれの心の中で苦悩したり、歓喜したりします。そして、私たちはそんな彼らの営みを認識することができるんです。これって、たとえばこの世界でかつて起こった過去の歴史について話を聞くのとかなり似ているとは思いませんか?」
「え、というと?」
「だってね、かつてこの世界に存在したものや起こった出来事なんかは、今はもう存在しないわけでしょう。昔の人々も、昔の出来事も、今は存在しない。それでも、それらの存在や出来事について、私たちは今知ることができるわけです。現に存在しないものについて今知ることができるというこの一点においては、過去の話を知ることも、フィクション世界について知ることも、そう変わらないと思うんですよ」
「へえ~」
『そうピアか? 仮にその一点において歴史記述と虚構記述が似通っているとしても、歴史はかつて事実だったことがあるピアけど、フィクションは一度も事実だったことがないはずピア。この違いは無視するピアか?』
「まあまあ、いいじゃない。ピピア」
『あと、かつて存在したものが現在存在しないという見解は、決して自明じゃないピア。ピピアはこのことをよく知っているピア』
 この発言、何を隠そう伏線である。
「若本さんのお話によれば、過去の話とフィクションの話には、似たようなところがあるということですよね。他にも似たような点というのはあるんですか」
 氷華がそう尋ねると、若本は自身のフィクション観を熱弁し始めた。
「それはもちろんありますよ。偉人の伝記とかを読むと、生きる勇気をもらえたりすることがあると思いませんか? 自分とは違う時代に違う文化の中で生きた、自分とは違う属性の人たちがいったいどんなことに悩み、どんなことに喜びを得たのか。偉人でなくともよいのです。歴史に埋もれた人々の営みについて知ることは、私たちにとってよりよい未来を照らし出すことにつながると思います。フィクションも同じですよね。現在の自分とは異なる環境で生きる主人公やその仲間たちが、様々な事件や冒険を通して成長し、ぶつかり合い、生きる喜びと苦悶について知ることになるのです。私たちは、彼らが生きる上で経験した戦いを追体験することで、生きる勇気をもらえたり、様々な種類の喜びや苦しみについて知ったりすることができます」
 若本、この男は熱い男である。
「読書や観劇などを通して、歴史上の出来事やフィクションの出来事について知ることは、私たちにとってよいことです。そういった経験によって、自分の人生を力強く生き抜けるようになったり、他人の苦しみを理解して、よりよく生きることにつながったりすると思うんです。フィクションは、人の人生をより豊かなものにするだろうし、この社会全体の幸福にも寄与しうるのではないかと考えています」
 若本も、これだけしゃべれたら満足だろう。氷華は彼にリアクションを返す。
「確かに、過去の話もフィクションの話も、今の現実じゃないっていう点では同じなのかもしれないですね。とは言っても、かつて現実だったはずの過去というものが、一度も現実でなかったはずの虚構と同じにされてしまうと、現実っていったい何なんだろう、って不安にもなりますけど」
『氷華、この男はフィクションの実在の話を終えて、すでにフィクションの価値の話に移行しているピア。そのリアクションだと、話の線が逆戻りするピア』
 ピピアが急にガチレスをキメてくる。会話のキャッチボールとは難しいものである。よく練られた文章のように、過不足なく一直線に進むものではない。会話とは、あっちこっちしてしまうのである。しかし、それが口頭の会話のよさでもある。対話者双方の興味と関心を踏まえて、その場だけでの展開が生まれるのだ。
 若本は氷華に返答する。
「言いたいことはわかります。過去とフィクションを同一視されてしまうと、嫌な感じがしますよね。過去が幻想にすぎないと言われているみたいで。でも私が言いたいのは、過去はフィクションのような妄想にすぎない、ということではなくて、むしろ逆に、フィクションは妄想じゃなくて実在なんだ、ということなんです」
 氷華が若本に研究内容を質問したときから、話がこの路線に入ることは避けられなかったのである。今こそ始まる、若本による虚構世界の実在論講義が  !
「私の考えでは、フィクションの世界は本当に実在します。しかし、それが実在するのは、この世界とは違うところです。フィクション世界は、この世界が存在する次元とは異なる次元に存在するのだと思います。ただし、異なる〈次元〉というのがどういうことなのか、私にもよくわかりません」
 若本の思想は、単なる思想である。これは、理論でも何でもない。彼の個人的な考えである!
「まず私が言いたいのは、過去の世界がこの現在の世界と同じ次元に存在するのに対して、フィクション世界はこの世界とは異なる次元に存在するということです。ここで重要なのは、作家によるフィクション世界の記述をどのように解釈するかという問題です。通常の考えによれば、作家は物語を創作します。つまり、何もないところから、フィクション世界を生み出すのです。そしてそれを、たとえば文章作品などの形で書き上げるのでしょう。しかし、私の考えはそれとは違います。作家は、フィクション世界を創り出すのではない。フィクション世界を、発見するのです。すでに実在しているフィクション世界を、作家が新たに発見するのです。彼はそれを書き留めているにすぎない。なお、世界のすべてを記述できる者は誰もいない。それゆえ、作家による物語の記述は常に不完全でしかありえないのです。この世界とは別の次元に実在する世界を、作家は見つけ出し、その一部だけを切り取って記述します。それを私たちは物語と呼んでいるのです。記述の仕方は、文章でも音声でも映像でもありえます。しかし、いかなる記述も世界についての完全な記述ではありえません。つまり、作家が記述していない部分も、確かに実在するのです。私は何よりもこの点を強調したいと思います」
 若本は極めて冷静である。今まで自分が考えてきたことを、高校生でも理解できると思われる語彙を用いて語っている。一方、氷華もまた冷静である。まさかこれほど熱弁されるとは思っていなかったが、そもそも氷華はこういう話を聞きに来ていた。ピピアも同様に、氷華のマイクを通して彼の話を聞いているのだった。
 若本はお茶をすすってから話を続ける。
「たとえば顕微鏡を使うと、プレパラート上にいる微生物や細胞なんかを観察することができます。ただし、顕微鏡を覗いて一度に見ることのできる範囲は限られていますよね。どこかを見ているとき、別のどこかは見られていない。しかし、たとえプレパラート上のある領域が見られていないからと言って、その領域が存在しないことになるわけではありませんよね。このことは、フィクション世界の記述にも似ているところがあります。作家が描いた部分がすべてじゃない。作家が描けなかった空間、時間、心理的な営み、すべてが実在するのです」
『言いたいことはわかる気がするピア』
「そうね、ピピア」
「私たちがある異世界を正確に知ることができるかどうかは、その世界を記述する作家の一存に委ねられているのです。よって、もし作家が誤った記述や不十分な記述を与えてしまうと、読者もそれにつられてフィクション世界の誤った理解を余儀なくされてしまう。これは恐ろしいことです。ときどき、物語の中に矛盾が発見されることがあるかもしれません。しかし、世界の中に論理的な矛盾が存在することはありえません。物語に矛盾があるように見える場合、それは虚構世界内に矛盾があるのではなく、作家の記述が矛盾しているだけなのです。つまり、その作家が誤った記述を与えてしまったということです。ですから私は、ある物語内の記述が矛盾しているとしても、物語世界の実在性が否定されるわけではないと思っています」
 若本は、とても真面目な大学生である。氷華も真面目な気分になって、思ったことを質問する。
「若本さんのお話だと、たとえば小説家の人なんかはフィクション世界を発見して、それを書き留めるということですよね。では、作家の人たちはどうやってフィクション世界を発見するんですか?」
「それは、想像という意識作用によって行われます。想像することで、作家はフィクション世界とその内部での出来事を発見するのです。たとえばある作家が頭の中で、あるキャラクターと別のあるキャラクターとが会話するところを想像するとします。通常の考えだと、それは単なる空想にすぎませんよね。ありもしないことを思い描いているだけだと思われるでしょう。しかし、実はそうではない、と私は考えています。あれは、別次元に実在する世界を意識内で観測しているのです。誰かが世界を想像するとき、その人が脳内で物語を生み出しているというよりも、むしろその人は脳内で異次元世界を観測しているのです」
「それは、とても驚くような見解ですね」
『ピピアたちにそんな能力があったとは驚きピア』
 想像するだけで、意識が別次元の世界を観測できるとすれば、人間の意識にはとても神秘的な能力が備わっていることになる。若本は、人間の意識能力の一つに関して独創的な解釈を提案している。氷華は彼の提案をまだ受け入れてはいなかった。しかし同時に、若本の見解がもつ豊かなロマンティシズムに興奮を覚えていたのも確かだった!
「もっと聞かせてください」
『氷華が食いついたピア』
「重要なのは、この世界もフィクションの世界も実在の重みに関して優劣はないということです。つまり、この世界からすれば、この世界こそが実在する世界であり、想像された異世界は虚構世界にすぎないのでしょう。しかしこれは、異世界の側にとっても同様なのです。あちらの世界からすれば、あちらこそが実在する世界であり、私たちのいるこちらの世界が虚構世界ということになります。とはいえ、矛盾するようにも見える双方のとらえ方は、どちらも間違っているわけではありません。私たちが小説に描かれた世界を虚構世界だと捉えるのは何ら間違いではないのです。私たちがこの世界に存在する限り、この世界こそが実在世界であり、想像や読書により観測できる物語世界は虚構世界であることになるのです。私たちがこのようにとらえること自体は、正当化されるべきことです。しかし、もしこの世界内の視点から離れて、超越的で中立的な視点から宇宙全体を眺めようとするならば、この世界と観測された世界のうちどちらか一方のみが本当の実在だ、とかいうことは言えなくなるはずだ、という話です」
『これも言いたいことはわかるピアね。いかなる場所に存在する人であっても、自分の立っている場所を『ここ』と呼ぶことは正当化されるべきピアし、いかなる時点に存在する人であっても、自分の存在する時点を『今現在』と呼ぶことは正当化されるピア。たとえ昔の人が、昔の時点を『今』と呼んだからと言って、現在存在するピピアたちがそれを誤りだと指摘することはできないピア』
「ピピア、さては何か勉強してきてるわね?」
 若本は連続してしゃべっていたため、お茶を飲んで一呼吸入れている。
「純空さん、私の話を聞いて、どう思われましたか? 正直、私が話してきた見解はどれも通常は受け入れがたい見解だと思いますが......」
 若本は、自分がエキセントリックな見解を提示しているということを自覚している。大学見学にやってきた女子高生にこのような話をしても、ドン引きされてしまうか、怖がられてしまう可能性が高いかもしれないと想定している。しかしそれでも、彼は試したかった。自分なりに練り上げてきた見解が、若い人たちにどのような仕方で受け止められるのか、確認せずにはいられなかったのだ。
 また、相手が高校生だからといって、初めから相手の理解能力に見切りをつけて蚊帳の外に追い出すのは失礼だとも考えた。若本は、初対面のときはひとまず相手の能力を高めに見積もっておくのが、他者を尊重する生き方だと考えているのである。
「あの、一つ質問してもいいですか」
「どうぞ」
 氷華は食べていたポッキーを飲み込んでから質問をする。
「本の作者だけでなく、読者もフィクション世界を観測できるんでしょうか。観測するのは作者だけで、読者は作者の記述を眺めるだけなんですか」
「それは、どうなんでしょうね。私は、記述を眺めることは、フィクション世界を観測することでもあると信じていますよ。もちろん単に印刷された文字を眺めるだけでは不十分でしょうが、文章を読みながら、その世界像を脳内で思い描くとき、確かにその読者はフィクション世界を観測していると言えるはずだと思います。なにせ、作者は自身が想像した世界を記述しているにすぎません。読者がその記述をもとに世界を想像すれば、同様に世界を観測できるはずです。どちらにせよ、重要なのは観測されていないときであってもフィクション世界は実在し、日々動いているということです」
 若本の紙コップはよく空っぽになるので、彼は度々冷茶を継ぎ足している。
『ロマンがあるピアね~』
「そうね。若本さん、もし本当にフィクション世界が実在するんだとしたら、わたしたちがそっちに行けたりはしないんですか?」
「それは残念ながら不可能だと考えています。おそらく異次元間では互いに干渉することはできません。何ら影響を与え合うことはできないのです。しかし、単に観測することだけならできます。本来無関係であるはずの両世界は、〈観測する―観測される〉というこの一点においてのみ、関係性をもつことができるのです。この世界に存在する私たち読者が、作家による記述を通してフィクション世界を観測するとき、フィクション世界内における出来事が、私たちの脳内に現れます。このとき、私たちの意識内には、ある意味でフィクション世界が実在すると言えないでしょうか。この瞬間こそ、本来交わるはずのない異世界どうしが、意識による観測という出来事を通してつながる瞬間なのです」
『ロマンチックピアね~! ピピア、若本っちにガチ恋寸前ピア!』
「何よそれ、ピピアったらおかしいんだから」
 ポッキーの次は、トッポを噛み砕いている。若本の話を踏まえて、氷華は感想を述べる。
「読書するだけで異世界と関係をもてるなんて、すごくファンタジックですね」
 この言葉、何だか嫌味に聞こえやしないだろうか。しかし、若本は気にしていない。なにせ自分の話をわかってもらおうとすることに夢中だからだ。
「そうかもしれませんね。もちろん、私が言ったような見解を受け入れる人は少ないと思います。読書するだけで異世界を観測できるなんて。とはいっても別に私は、意識内で世界を想像するだけで、私たちが実在としての世界を新たに生み出せるだなんて言っているわけではないんですよ? 観測する前から、虚構世界は存在するのですから。私は単に、私たちはそれを発見しているにすぎないんだと考えているんです。ただし、私はこのような考えを何ら論証できていません。まだ学術的にもっともな主張となるにはほど遠いんです。残念ながら、現段階では『そう考えてみるのもおもしろいよね』くらいの個人的見解でしかありません。ですから、純空さんも、私が言ったことは話半分程度に聞いておいてくださいね」
「はい、話半分程度に聞いておきます」
『ピア! そのリアクションはどうピア』
「ははは、素直でいいですね!」
 若本は心から笑っており、目も笑っている。
『そろそろ他の研究室にも行くピア?』
「そうね。若本さん、ちょっとそろそろ他の研究室にも......」
 若本はハッとしたように部屋の置き時計を見やる。
「あ、そうですね。いや、長時間拘束してしまってすみませんね」
「いえ、すごく勉強になりました。とってもおもしろいお話をありがとうございました」
「いえいえこちらこそ。こんな話によくぞ熱心に付き合ってくれましたね。ありがとうございます。何かわからないことでもあれば、いつでもまたお立ち寄りください」
「はい、ありがとうございました。それでは失礼します」
「お気をつけて」
 氷華はさっと部屋を出た。

◇

 氷華は次の見学場所を探して歩いている。
「次はどこに行こうかしらね。近いところだと、社会学だとか、人類学だとかの研究室があるみたいね」
『おもしろそうピア。ピピアはイノセシアから来たピアから、人間界の社会については勉強してみたいピア』
「マップによると、研究室はあっちの方ね」
 氷華は他の専攻の研究室がある方へ向けて廊下を歩いている。
「さっきの話、中々おもしろかったわね。フィクション世界が実在するはずだって必死で訴えている人がいて。役に立つとか立たないとかじゃなくて、本当にやりたいことを研究しているんでしょうね」
『そうピアね。でもさっきの話は、全然無駄じゃないピア。あれは単なるフィクションについての話じゃなくて、この世界についての話だったピア。氷華もいつか、知ることになるピア』
「え、どういうこと?」
『ピアぁ~ア!』
 ピピアはインカム越しにあくびの声を伝達してくる。
 そのとき急に廊下の奥の方の扉が開かれた。
  バタンッ!
 部屋からは大学生だと思われる若い年齢の女性が出てきた。女性はキョロキョロと辺りを見回し、氷華の存在を見つけると、ただちに氷華の方へ向けてズカズカと歩いてきた。
「なんだか勢いのある人ね。ちょっと怖いわ」
『これはどうやら氷華に用があるみたいピア』
「え、嘘でしょ!?」
 女子大生は、氷華の前で立ち止まった。深刻そうな面持ちで氷華の顔を真正面から見据え、こんにちは、と挨拶をしてきた。
「こ、こんにちは」
 氷華がそう返すと、彼女は言葉を続けた。
「あなた、高校生の見学の方?」
 この女子大生、興奮気味だ。有無を言わせぬ気迫がある。
「そ、そうです。これからいろいろ見て回ろうかなと思って」
「そう......。ところであなた、最近大丈夫? 何かつらいこととかない? 勉強とか進路とか、家庭や友人のことでも何でもいいわ。何か悩みとかあるんでしょう? そうよね! 絶対あるわよね? ないわけないわ! だって人間だもの!」
「え、え? どういうことですか?」
  ガッ
 女子大生は氷華の両肩を掴んできた。
『中々凄みのある人ピア。やっぱり女子大生は奥が深いピア』
 女子大生は氷華の瞳をとらえて離さない。
「あのね、私はこの社会でいかに大変な思いをしている人たちがいるかを学んだの。生まれたときの時代、土地、家庭環境、そして自身の身体や心の特徴など、それらの偶然的な条件のみを原因として、ひどい状況や苦しい心境に置かれ続けている人たちがいるの。ふつうに過ごしているだけじゃ、気付きづらいこともあるけれど、私は大学でそういう人たちの存在を知ったわ。あなただって、何かあるんでしょう? 私なんかと違って、誰にも言えない深刻な悩みがあるんでしょう? え?」
『こやつ......。まさかピュリキュアのことを知ってるピア? そんなはずないピア』
「と、とくにないです。つらいこととか困っていることとか、とくにありません。いたって平穏な日常で、わたしは毎日ハッピーです!」
 氷華はとっさに相手の期待とは真逆だと思われる返答をした。このまま相手のペースに飲み込まれると、何か危機的な状況に見舞われそうだという直感が働いたからである。
「そうなの......。あのね、私もそう。毎日平穏。両親とも仲がいいし、友だちや恋人もいて、特別な病気とかをもっているわけでもなく、お金にも困ってないの。たぶんこのまま大学を卒業して、正規雇用で就職できるんじゃないかしらね。人生ではもちろん人並みにつらいことはあるでしょうけど、私が学んだ人たちの苦しみに比べたら、たかが知れてると思うわ」
『氷華、この人いったいどうしたピア?』
「わからないわ......。ただ、わたしは今この人から肩を掴まれているのよ。何だかそこはかとなく怖いわ」
 ほとばしるのは、狂気! 感じるのは、恐怖!
 女子大生は、氷華の肩を掴む手の力を強めていく。
「......ねえ、あなた女子高生の格好してるけど、本当に女なの? 心は男性なのに、女性の身体に生まれたからって無理して女性の格好させられてない? それとも、外見ではわからないだけで、実は何か重大な発達障害なんかを抱えているんでしょう!? それとも何よ。両親からネグレクトや暴力を受けてきたの!? あるいは貧困? それとも性差別? 何に悩んでいるの!! きっとあなたにもあるんでしょう! 被害者性が!」
「あの......」
 氷華はリアクションすることをやめた。激しく肩を揺さぶられているが、これに反応することもやめた。ただただ苦々しい表情をしながら、この嵐が過ぎ去るのを待っている。
『氷華、それでこの場を切り抜けられるピア?』
「いったん様子を見るわ。それにしても、もしかして大学ってこんな人たちばかりいるの? 魔窟(まくつ)すぎるでしょう~。こんなの狂気の住処(すみか)だわ~!」
 しかし、嘆く氷華を前にして女子大生は冷静になる。そしてまるで憑き物が落ちたように、落ち着いた様子で語り始めた。
「私はね、生きているのがつらくなったわ。......許さない。これだけ私を追いつめた、社会の中の被害者たちを許さない。すでに被害者だと認められた者たちが、私の生きやすさを奪い取っているんだわ。......つらい。そんなことはないはず。なのにそう思ってしまう恵まれた私の醜さがつらいわ! ウぅ、ウぅぅぅぅ......」
 女子大生はとても悲しそうな声を上げている。その奥底に渦巻くのは、怒りと嘆きを混ぜこぜにしてできあがった、狂気的な罪悪感情。よく見ると、彼女の背中のあたりから黒々とした煙のようなものが立ち昇り始めている。
  ズモモモモ
「こ、これは!」
『罪悪エナジーピアか!?』
「他人のあらゆる被害者性が、私に対する加害として現れてくるの。それは私が恵まれていることの報いなの? 私は恵まれているはずなのに、どうしてこんなにつらいのかしら! ......でも、このように被害者面(づら)をすること自体が、私には許されていないように思われてならないの。なぜなら私は恵まれているのだから  ! ねえ、そうでしょう!?」
「うわわわ。落ち着いてくださいってば!」
「これこそ悪だわ。私は恵まれているにもかかわらず、自分の被害者性ばかりを強調する、自分勝手な人間なのよ。最悪、最悪だわ......。う、ウぅ......。ウぅぅ  ウゥウガァァー!」
  ズモモバァァー!
 女子大生の背部から猛烈な罪悪エナジーが噴出し、女性の身体はみるみる暗黒オーラに包まれていった。
「ウガァァーイ! テアラァァーイ!」
 彼女は全長およそ一九〇センチの暗黒怪人、アクヤークと化した。
「うわぁ~! アクヤークになっちゃった!」
『すでにギルセシアの民から〈ギルティー・チャージ〉を受けていたようピアね』
「でも、罪悪感を増幅させられる前から、どうやらかなり苦しんでいたみたいね」
『そうピアね。これはかなり強敵になる予感ピア。ひとまず外に出るピア!』
「わかったわ!」
 氷華は急いで研究室棟の外へと駆け出した!
第七話おわり


◇◇◇


第八話
「ギルセシアとイノセシア、ピュリキュア誕生の秘密」

 わたしの名前は純空(すみぞら)氷華(ひょうか)! 変身したら、ピュアシャーベット。好きな食べ物はエビフライ&シャーベット。これから倒すわ、アクヤーク。みんな見ててね!

◇

 氷華は大学の研究室棟から外へ出た。大学構内の敷地は広く、舗装された道路の脇にはよく手入れされた街路樹が立ち並んでいる。研究室棟のすぐ近くには大学図書館があり、その目前には大きな広場がある。おそらくここが主な戦場となるだろう。
 空には暗雲が立ち込めている。アクヤークが現れるときはいつもこうだ。
「ウガァァーイ!」
  ズガァーン
 通路上に停められた不届きな自転車を蹴飛ばして、アクヤークが野外へと躍り出てきた。それを確認した氷華は、ピュリキュアへの変身を開始する。
「ピピア、行くわよ!」
『ピア!』
「ピュリキュア! アイシングパレード!」
 すると、氷華の身体は華やかな吹雪で包まれた。
  ヒュオォォー!
 吹雪が晴れたとき、そこには透き通ったブルーの衣装に身を纏い、四つ又に分かれたブルーのポニーテールを揺らす伝説のファイター、ピュリキュアの姿があった。
「キンキンに冴(さ)えわたる澄(す)んだハート! ピュアシャーベット!」
  ババーン!
 シャーベットは右手を虚空に突き出し、高らかに叫ぶ。
「出て来て、わたしのマイソード!」
  ヒュオォォー......パッ!
 右手付近に生じた吹雪の中から、シャーベットは氷の剣を取り出した。
「先手必勝!」
 シャーベットはすばやく右足を前に踏み込み、フェンシングのようなスタイルで右手の剣をアクヤークの顔面に突き出した。
  ザシューッ
 シャーベットの突き出したアイスソードは、暗黒オーラを纏う怪人アクヤークの顔面に鋭く入り込み、そこから暗黒のオーラが激しく噴き出た。アクヤークはさっそく第二段階の姿に移行し、顔の霧が晴れて内部の女性が姿を現す。
「ウゥ......。こ、ここは......」
 アクヤーク化したこの人間は、先ほどの鬼気迫る女子大生である。
『今日も順調ピアね。さすがはシャーベットピア!』
「ありがとう。このまま彼女の罪悪感を癒して、ピューリファイを決めたら完了ね。さあ、まずは動きを止めようかしら」
 アクヤークの第二段階に対してアイスソードで戦うとき、シャーベットは主に二つの戦法を用いる。一つは、下半身を中心に攻撃することで足元から氷結させていき、身動きを取れなくする戦法。もう一つは、アクヤークの心臓部を貫き通し、その巨体と地面とをソードで固定してしまう戦法だ。どちらにせよ動きは止める。そして浄化魔法をぶち当てる。これで勝利だ。
 さて、今日は心臓部を貫く方で行こうかしら、などとシャーベットが考えていたとき、謎の大きな穴が上空に開いた。
  ズヴァアーーーン
 何とも禍々しい雰囲気の怪しげな大穴がぱっくりと口を開いている。こういうのはたいてい、何かが吸い込まれるか、何かが出てくるかのどちらかである。
「何あれ!? 異世界への扉?」
『もしかピア......。あの大穴は、ギルセシアの本部、玉座(ぎょくざ)の間(ま)につながるワープホールピアか?』
  ゴゴゴゴゴゴ
「さすがはピピア。よくわかっておるな」
『こ、この声は!』
  ゴゴゴゴゴゴ
 激しい地鳴りとともに、恐るべき巨体が天空の大穴から降臨して来る  かに思われたが、何も出て来ない。
「吾輩はここから、そちらを見ておるぞ」
『じゃあなんでわざわざワープホールを開いたピア!』
「ピュリキュアに、最後の試練を与えようと思ったのである」
  ズゴゴゴゴ
 ワープホールの奥から、禍々しい黒紫色の手が降りてきた。その手から、暗黒のエネルギーが放たれる。
「ギルセキング! ギルティー・チャージ!」
  ズドドバァァー!
「ウガァァアァァアァァーイ!」
 ギルセキングの手から放たれた暗黒エナジーがアクヤークに直撃した。すると、みるみるアクヤークが巨大化していく。
  ヌヌヌヌヌ!
「ウゴンガァァーイ! テアンラァァーイ!」
「わわわわ!」
 アクヤークは巨大化した。全長四十メートルほどある。これはデカい。
「ウガガガガーイ!」
「やつの名は、メガヤーク。そう呼ぶことにしているぞ」
「メガヤークね。わかったわ」
『シャーベット、メガヤークを倒すピア!』
「うん、行くわよ!」
 シャーベットは図書館の屋上へと跳躍した。メガヤークとちょうど同じような目線の高さに立つことで、会話をスムーズにする目的だ。物理的に同じ目線の高さに立つことは、相手に寄り添うコミュニケーションスタイルの王道である。
「メガヤーク、あなたの罪悪感はわかっているわ! 恵まれている自分と、そうでない他者との対比。それと恵まれているかどうかが、生まれつきの偶然によって左右されてしまうことの不条理さ。自分の努力なんかとは無関係に、自分ばかりが大きな利益を享受できていて、何も悪いことをしていない人が不条理にも苦しい生活を強いられている。これらを考慮したとき、あなたの精神は後ろめたさに支配された! これがあなたの罪悪感よ! これに対する回答は、ひとまずいくつか考えてみたわ。聞きなさい!」
『シャーベット、ますますテンポよくなる一方ピア。ここまで効率化を進めたピュリキュアはかつていなかったピア』
「まさかこれほどであるとはな。しかし、罪悪感をさらに増幅させられたメガヤークが、そう簡単にやられるだろうかな?」
『お手並み拝見ピアね』
「いいわ、見てなさい!」
 シャーベットはメガヤークの方へ跳躍し、その巨体の左肩へとアイスソードを突き立てた。
  カチコチ
 広い左肩部分がみるみる氷結していき、ちょうどいい足場となる。シャーベットはそこへ降り立ち、かの巨体へ向けて語りかける。
「あのね、結論から言うわ。あなたは自身の幸せを心ゆくまで追求していい。まずもって、あらゆる人間が自分自身の幸せを追求していいの。もちろん、あなた以外の人間の幸せがろくに実現されていないのを知ったとき、心が痛むのは自然なことだわ。でも、だからといってあなた自身の幸せが拒否されないといけなくなるわけじゃないわ。あなた以外の人間の幸せが尊重されるべきなのと同じように、あなたの幸せもまた尊重されるべきなのよ」
『相変わらずいいこと言うピアね~』
「心に染み入る言葉であるなあ」
  ズオン
 ギルセキングは、上空に開くワープホールから顔を覗かせた。暗黒の身体をもち、頭部には真っ赤な目玉が二つ付いており、この人間界を眺めている。ギルセシアの王の外見は、とにかく大きく、とにかく禍々しい。
 シャーベットは話を続ける。
「でも、あなたの幸せとあなた以外の人間の幸せとが衝突することもあるわよね。資源が限られているときなんかには、こういうことがよく起きるわ。たとえば、エビフライを一本食べたいという人があなたを含めて五人いたとして、そこにエビフライが五本以上ある場合、とくに問題はないわ。でも、エビフライが三個しかない場合は、問題が起きてしまうのよ。エビフライを食べたいというあなたの願いを実現することが、誰か他の人の願いを叶わなくさせるんだから」
 シャーベットはさらに続ける。
「資源が限られているときに、この問題をどうやって解決すればいいのか。そのやり方は  」
『やり方は?』
 シャーベットは、グッと溜めてから言葉を紡いだ。
「  ごめんなさい。正直わたしにはわからないわ。これはわたしにとって解決できない問題よ」
『シャーベットでもお手上げピアー!』
「その上で、あえて言うわ。あなたはあなたの幸せを追求していい! これが、今のわたしに出せる精一杯の答えよ」
 ギルセキングはワープホールの向こうから口を挟んでくる。
「それでは何も解決していないのである」
「ウゴンガァァアァァーイ!」
  ズモンバァァー!
 メガヤークの罪悪エナジー噴出は、さらに勢いを強めている。
「シャーベット、ちょうどいい機会である。ギルセシアのことを教えるのだ」
「ただいま取り込み中よ!」
 ギルセキングは無視して続ける。
「ギルセシアには、資源が無限にあるのである。また、ギルセシアの民、つまりギルセストたちは、屈強な肉体と不屈の精神をもっており、何ら苦しむことがない。完成された世界の住人なのである」
「え、そうなの? もっとひどいところかと思ってたわ」
 シャーベットは彼の話に食いついた。
「違うのである。確かに、ギルセシアの土地は荒れ果て、ギルセストたちの肉体はいつも傷ついておる。それゆえ、ひどい環境なのだと思われることは多い。しかし、人民たちは常に満ち足りており、輝かしい人生を送っておるのだぞ」
「ピピア、これって本当なの?」
『ピア......。嘘は言っていないピア。ギルセストたちは、みんな勝ち組ピア』
「勝ち組、ってどういうことかしら。ギルセキング、さっき資源が無限だって言ってたけど、そんなことってありえるの?」
「ありえるのである。もちろん、ギルセシアという狭い範囲の中で得られる資源には限りがある。しかし、他の土地へ手を伸ばせば、いくらでも手に入る。吾輩は、イノセシアや人間界、他にもいくつもの異世界へとパイプをもっており、そこから常に資源を入手しているのである」
「それは、異世界から資源を無理やり奪い取ってる、ってこと?」
「それもある。話の通じる相手ならば、お互いに交渉し、合意のうえで貿易を行うこともある。しかし、相手の知能レベルが低く、また武力も弱いとわかった場合には、ときとして一方的に奪うこともある」
「それってどうなの? 何だかかわいそうな気もするけど」
「そういう考え方は理解できないのである。吾輩たちは、そもそも罪悪感を生じることができないのだぞ。ギルセシアには、公正さを追い求めるだけの視点を持ち合わせた者はいないのである。進化の過程で、そうした視点をもつ者が淘汰されたようなのである」
『一度ギルセシアを観測したことがあるピアけど、ピピアからすれば恐ろしいところだったピア。人のものであっても平気で奪うし、相手のことが気に入らなければすぐに暴力を振るうピア』
「その通りである。しかし、奪われても資源は無限に溢れておるし、暴力されても、極めて屈強であるがゆえに何ら苦痛は感じないのである。ギルセシアでは、一人一人がやりたい放題で、完全に自由なのである。そして、みなの人生が満たされておる。他の土地は知らないのである。とにかくギルセシアの民たちは、みな幸福なのである。やりたいことはすべてできるし、欲しいものはすべて手に入る。分かりやすいほどの幸福である」
『ほとんどのギルセストは、相手の気持ちを考えたり、公正な視点に立って物事を考えたりする能力をもたないピア。自分のやりたいことだけをやるピア。ピアけど、資源が無限にあるし、そもそもあらゆる苦痛を感じることがないピアから、それでうまく行ってしまうんだピア。恐ろしい進化を遂げた種なんだピア』
 シャーベットはふと思い付いたことを、ワープホールの向こうにいるギルセキングへと問いかける。
「そう言えば、ギルセシアって、人間から罪悪エナジーを吸い取ってるわよね。あれって何が目的なの?」
『説明されても、中々難しいかもしれないピア』
「だが気になるのならば、答えてあげるのである。罪悪エナジーとは、人間の意識が生み出す強力な心的エネルギーなのである。ギルセストたちは、罪悪エナジーを吸収するのが大好きなのである」
「どうして?」
「ギルセストたちは、進化の過程で罪悪感を生じることができなくなったのである。しかしどういう因果か、ギルセストたちは他人が生じた罪悪感を取り込むと、すごく気持ちよくなる身体に進化していたのである。吾輩はギルセシアの王として、イノセシアや人間界といった異世界へと幹部を派遣し、そこで罪悪エナジー収集を行っているのである。収集した罪悪エナジーを無垢な国民たちへと供給し、彼らの幸福を増進しておる」
「ギルセキングって、本当に国民想いの国王なのね」
『ギルセストというのは、苦痛は感じないけど、快楽だけは感じるように進化を遂げた種らしいんだピア』
「何よそれ、生物として最強じゃないの」
  ズゴゴゴゴ
「ウゥゥ、ウゴンガァァーイ!」
「わわわわっ」
 しばらく放置されていたメガヤークが、痺れを切らして動き始めた。
「テアンラァァーイ!」
 メガヤークはその肩にシャーベットを乗せたまま、数十メートルほどジャンプした。
  ドッシーン
 メガヤークが着地し、図書館前広場のアスファルトには大きな亀裂が入る。
 シャーベットは、左肩に突き刺したアイスソードに必死でしがみつき、何とか振り落とされずにいた。
「メガヤーク! わたし、さっきのギルセキングの話を聞いて、少しわかったわ。たぶん、この星で人間としてよりよく生きていくためには、罪悪感が必要な気がする。あなたは、自分のことよりも他人のことを考えて苦しむことのできる人間なのよ。たとえ恵まれていることが後ろめたく感じるとしても、そんな風に後ろめたさを気にしているだけマシだわ。あなたは悪い人なんかじゃない! だからもう苦しまなくていいの!」
「ウゴンガァァーイ!」
『シャーベット、メガヤークは聞いていないピア!』
「いいえ、メガヤークの耳には、わたしの声が届いているはずなのよ。でも、まだ心には響いていないみたい。いったい何がいけないのかしら......」
 シャーベットは頭を悩ませている。
 と、そのとき、どこからか耳慣れた声が聞こえてきた。

   シンシッシッシ! あなたともあろうお方が、まだそんなところで立ち止まっておられるのですか?  

『ピアッ! この声は!』
「もしかして、シンシーア!?」
 メガヤークの立ち塞がる大学構内へと入ってくる影が一つあった。車椅子に乗り、包帯でほぼ全身がグルグル巻きにされているその男は、名を〈シンシーア〉という。その名前は、ジェントルマンを意味する「紳士」と、「誠実な」という意味の「sincere(シンシアー)」とが掛け合わされた、最高のオシャレネームだ。
「あなた、わたしに倒されたはずじゃなかったの?」
 シンシーアは電動車椅子を自分で動かして、メガヤークのいる方へ近づいて来ている。
「ええ、一度倒されましたよ。しかし、運よく炎を扱う仲間がいたものですから、氷を溶かしてもらうことで何とか絶命の危機は免れました。しかしながら、見ての通り、この傷です。もうギルセシアのために幹部として働くことはできません。わたくしは、この人間界で暮らすことにしました」
「そうだったのね」
『ピア......。それはよかったピア』
 シンシーアは、地上四十メートルほどの高さにいるシャーベットへ向けて、とても大きな声でしゃべりかける。
「ピュアシャーベット! わたくしはあなたに話さなければならないことがあるのです! それは、罪悪感にまつわる話!」
「何々? 教えて?」
「そのためには、まずわたくしのことについて知っていただきましょう。わたくしは、そもそもの生まれはイノセシアなのです。しかし、生まれ故郷の地を追われ、ギルセシアへと移住し、長きにわたりギルセシア幹部としてギルセキングのもとで務め上げてきました。しかし、先日のあなたとの最後の戦いで、あの恐るべき必殺技〈氷河期絶滅衝(アイスエイジ・イクスティンクション)〉を食らい、ギルセシアという第二の故郷を自ら立ち去ることとしたのです」
 ワープホールの向こうから、ギルセキングが淡々と述べる。
「シンシーアは優秀かつ忠実な部下だったのである。惜しい人を手放すこととはなったが、今はゆっくり療養してもらいたいのである」
  ゴゴゴゴゴ
 ギルセキングがしゃべると、いつも地鳴りが起こる。
「ピュアシャーベット。わたくしは、イノセシアでは異端児だったのです。あの国では、自分のことを優先することは嫌われます。とにかく他者のため、全体の利益のために行動することが要求されるのです。それこそが善であり、私利私欲を少しでも追求することは徹底的に悪として排除されました。イノセシアでは生まれつきそういった考えをもつ者が多かったのです。これもまた自然淘汰による収束の結果だと言われております。しかしわたくしには、どこか遺伝子に異常でもあったのでしょう。あろうことか、自らの理想とする生き方にこだわってしまったのです。利己的で、自分のやりたいことを優先してしまうわたくしのような悪質な者の生きる場所は、イノセシアにはありませんでした」
「へえ、イノセシアってそんなところなのね」
「そしてわたくしは、当時イノセシアとの国交が盛んでしたギルセシアに心惹かれ、移住を決意したのです。ギルセシアの民たちは、相手の利益や全体の利益になどまるで関心がありません。自らの欲求を満たすことにしか関心がなく、力の強い者が勝ち、力の弱い者が負ける。しかし、誰も自身の力の強さを奢ったり、自身の能力の低さを卑下したりしません。そもそも他人と比べるということに興味をもたないからです。やりたいようにやる。それのみでした。彼らの生き様には、輝かしいものを感じたのです。そうしてわたくしはギルセシアに移住し、ギルセキング様に認められ、幹部として働くようになりました。力強く、生き生きと自分の生を輝かせるギルセシアの民たちのために、自分の武力と知力を活かして働くことのできるその立場に、わたくしは満足していました」
 シンシーアは、空を見上げて話している。
「とにかく利他的に、とにかく自己犠牲的に振る舞うことをよしとするイノセシアの風土には、自分独自の生を輝かせたいという気概をもつわたくしのような者を受け入れるだけの土壌はなかったということなのです。シンシッシッシ......」
 シンシーアは、何とも儚(はかな)い笑みを浮かべている。
『ピア......。イノセシアが平和に栄えていた時代であっても、中にはそんな苦しみを抱えていた者がいたんだピアね』
「ねえピピア。イノセシアってどんなところなの? ピピアはどうして人間界にやって来たのか教えてよ。わたし、ピュリキュアに変身して、アクヤークを倒して、また変身してアクヤークを倒して、っていうこの生活をずっと続けてきたけど、そろそろこれがどういう意味をもつことなのか、教えてくれたっていいじゃない?」
『ピア~、それはまだ早いピア』
  ゴゴゴゴゴ
「ピピアよ。そろそろいいのではないかな」
『ピア!? 確かにシャーベットは六年もピュリキュアを続けてきた、歴代でも最長のピュリキュアピア。ピアけど、シャーベットほど優秀なピュリキュアもそういないピア。あと、ピピアはシャーベットと離れたくないピア!』
「え、どういうこと? わたしって、もうピピアとは一緒にいられなくなるの?」
『そうピア。ピュリキュアの秘密について知るときというのは、ピュリキュアを引退するときなんだピア』
「なぜなら、秘密を知ってもなおピュリキュアを続けようと考える者は、そうおらんからである」
「いったいどんな秘密なのよ......。ここまで来たら、話してもらうわよ」
『......わかったピア。ピアけど、別に大したことじゃないピア。平和だったイノセシアが急に崩壊し始めて、それを復興するために、人間界でピュリキュアにがんばってもらってるんだピア!』
「イノセシア崩壊は悲劇であった。まずはそれから話すのがよいのである」
『ピア、だったらこの本を読んでもらった方が早いピア。シャーベット、そっちに行くピア!』
  ビュオン
 シャーベットのすぐ近くに小さなワープホールが開いた。するとそこから、淡いミント色の羽毛をもつ、丸々と太ったかわいげある鳥、ピピアが降ってきた。
「ピア!」
「あら、ピピア」
「シャーベットには、これからイノセシアの歴史とピュリキュア誕生の秘密について知ってもらうことになるピア。とにかくこれを読むピア」
 ピピアは分厚い書物を取りだした。表紙には、『愛と平和の世界 ~イノセシア~ 真・改訂版』との文字がある。
「『愛と平和の世界 ~イノセシア~』なら、前半部を読んだことがあるけど、今度のやつは『真・改訂版』なのね」
「そうピア。隠していた秘密を新たに公開しつつ、イノセシアの歴史を簡潔にまとめてみたピア」
 シャーベットは『真・改訂版』のページをそっと開く。そこには、利他主義と博愛に満ちた平和で豊かな国、イノセシアが没落していく様が描かれていた  。


◇◇◇◇◇

『愛と平和の世界 ~イノセシア~ 真・改訂版』
作:pipi@

 イノセシアの民(イノセスト)は、公正さを大切にする国民性を強くもっていた。自分個人の立場を優先することはまったくせず、相手の立場や全体の利益を考えて行動することの多い、善良かつ公正な民たちだった。
 たとえば、バスのような公共交通機関の座席には絶対に自ら進んでは座らない。人の席を奪うことになるからだ。立っている乗客たちで段々と通路が込み合い、とうとう立つスペースがなくなってくると、『すみません、そちらの方、こちらの席に座っていただけませんか』と頼む人が現れ、そうして初めて一人目が座り始める。あるいはまた、スーパーマーケットなどで飲食物が売られているとき、それを自分のために買うということは決してしない。自分の分を買ってしまうと、在庫が一つ減って他の人が買えなくなってしまう、ということにつながる恐れがあるからだ。イノセストたちは、自分の分の食べ物を買うことは決してなかったが、自分の家族の分だけなら仕方なく買った。それゆえ、自分の分以外の家族の分だけを、家族どうしでそれぞれ買い与え合うことで、何とか食事の営みを続けていた。
 イノセストたちは、とにかく自分の利益を避け、他者や全体の利益だけを考慮したのである。そういう思考習慣をもつ者たちだけが、進化の過程で生き残ってきたようなのである。
 しかし、このような生き方に問題があることは明らかだった。そこで、様々な啓発的スローガンが流布された。〈もっと自分の利益を追求しよう〉、〈あなたの利益はみんなの利益〉、〈利己的になっても、誰も怒らないよ!〉。しかし、彼らはそもそも自分の利益を求める視点が備わっていなかったし、仮にもし利己的な振る舞いをできたとしても、すぐさま激しい罪悪感に苛まれた。決して自分の立場を優先するような思考はできないように、身体が進化していたのである。
 一人一人が自分のことを大切にしてくれないと、国民全体の幸福は実現されない。しかし、個人個人が自分の利益を追求すると、その個人が大きな精神的苦痛を生じてしまう。自己利益を追い求める視点が退化したイノセストという種にとって、これは長年悩まされてきたジレンマだった。
 それを救ったのが、異世界から急にやって来た、ギルセシアの民(ギルセスト)たちだった。ギルセストたちは、自分自身で罪悪エナジーを生産することができない。しかし、他人の罪悪エナジーを吸い取ることで最高にハイな気持ちになれると気付いたギルセストたちは、罪悪感のエネルギーを探し求めていた。イノセシアという罪悪感の宝庫を発見したギルセストたちは、イノセシアとの国交を開始した。
 イノセストたちは努力を重ね、利己的精神を発揮できるようになっていた。しかし、それが原因で罪悪感の苦しみは絶えず生じた。そこで、罪悪感による苦しみが大きくなると国営の医療機関を受診し、そこで罪悪エナジーを抜き取ってもらった。抜き取られた罪悪エナジーはギルセシアへと輸出され、ギルセストたちのあいだで人気を博した。罪悪感に苦しむイノセストと罪悪感を求めるギルセストとは、その利害がうまく一致していたのである。両国にとって双方の利益が実現されており、よい共生関係が長らく持続していた。

◇

 そしてある日、あの恐ろしい情報が出回った。なんと、イノセストが呼吸により吐き出しているある種の気体が、イノセシアの環境に悪影響を及ぼしているという情報が出回ったのである。信頼できる国営の研究機関から公表されたこの情報は瞬く間にイノセシア全土に知れ渡った。
 すると間もなく、国民の多くが次々と呼吸をやめていった。自分個人の利益などどうでもよく、他者や全体の利益のみを追求する視点しかもたない彼らは、環境のために自分を犠牲にした。息をするだけで世界全体に迷惑をかけてしまう。イノセストたちにとって、それは耐え難いことだった。
 中には自分の命を優先し、呼吸を続ける者もいた。しかし、その者は激しい罪悪感に苦しめられた。自分の命が惜しいというだけの理由で、平気で呼吸を続ける自分がひどく醜い存在だと感じられたのである。利他的に死亡するか、利己的に苦しむかのいずれかしかなかった。究極的なジレンマが国民全体を支配していた。
 当時のイノセシアの王〈イノセキング〉もまた、呼吸をやめることで自ら命を引き取った者の一人である。その娘〈イノセクイーン〉は、幸いにも死を免れていた。そして、王の死の結果、当時まだ幼い少女だったイノセクイーンが、この国の王座に座ることとなった。

◇

 呼気に含まれる気体による環境への悪影響が公表され、自主的窒息死が一大ムーブメントとなって数か月経った頃、すでにイノセシアの総国民数は当初の三十パーセントほどまで減少しており、その勢いは留まるところを知らなかった。国家存続の危機を乗り越えるため、イノセシア王家はイノセクイーンを代表とする対策委員会を設置した。国営の研究チームとともに、この窮状を打破する解決策を模索していた。
 研究チームが注目したのは、王家の特殊能力である。イノセシア王家の家系には、代々精神を浄化する能力が備わっていた。ギルセシアとの国交が始まるまでは、王家自ら浄化呪文を唱え、イノセストたちの罪悪感による苦しみを浄化していたのである。
 国民たちの自死を止めることと、生存した国民の罪悪感情を抑制すること、これらが喫緊の課題だった。研究チームは、王家の浄化呪文の開発に急いだ。技術的な手を加えることで、王家の呪文の効果をいじることができるのである。
 本当は、利己的精神を植え付けうるような呪文を唱えたかった。しかし、王家の力では、浄化呪文しか唱えられなかった。何かを消し去ることしかできなかったのである。
 そこで研究チームは、他人のことや全体のことを考えられるような理性的能力を浄化することに決めた。他人の視点に立って考える能力を消し去れば、他人の苦しみを想像することで自分が苦しむこともなくなる。自分の都合から離れて全体の利益を考慮するような能力を消し去れば、自己利益と全体の利益とが衝突することによって生まれる心理的葛藤は、そもそも生じえないことになる。
 環境破壊を嫌がる心理は、全体の利益を考慮する視点から生まれる。自分のことだけを考える者が、環境破壊を嫌がることはそうない。
 人に悪いことをしてしまったかな、と考えて罪悪感を生じる心理は、相手の心情を自分なりに想像することから生まれる。自分のことだけしか考えられないようになり、他人の心情を想像することができないようになれば、人に迷惑をかけただろうか、などということを思考することもできなくなる。よって、罪悪感も生じえない。
 自死と罪悪感情を抑制するために、他者や全体のことを考慮する理性的能力を浄化するのは、もっとも効果的なやり方に思えた。

◇

 研究チームはとうとう究極の浄化呪文を完成させた。
 クイーンが側近の一人に声をかける。
「計画は順調ですか?」
「はい、イノセクイーン様。準備は最終段階をクリアしています。あとはクイーンがこの衣装に着替えて呪文を詠唱すれば、国民総浄化の開始です」
 研究チームが用意していたのは、少女が着るようなフリルの付いたかわいらしい服装だった。それはさながら変身ヒロインのコスチュームである。これは、研究チームのリーダーであり、クイーンの側近でもある、ある男の個人的な趣味だった。しかし、この男はそれをチームのメンバーにもクイーンにも隠していた。リーダーであり側近でもあるという立場を利用して、ささやかに個人的な欲望を達成しようとしていたのである。
「浄化呪文を唱えるには、この衣装を着なければなりません。そういう風に開発を進めました」
「こ、このような衣装にですか。......わかりました。この国を救うためです。これくらいの恥辱、耐え抜きましょう」
 クイーンは儀礼用のキュートな装束を身に纏い、イノセシア全土に広がる呪文を唱えた。
「イノセシア! ホール・イリミネイティニング・ピューリファイ!」
  ギュパアーアーアーアーアーアー

   こうして、イノセシアから罪悪感に苦しむ者はいなくなったのである。

◇◇◇

「わたし、ここまでは資料室にある本で読んだのよね。呪文を唱えるときの衣装が、研究者の趣味というのは、知らなかったけど」
「そうピアね。そこは改訂版で新たに付け足したピア」
「真実を暴露したってことね。さすがは『真・改訂版』だわ」
「ここから、どうして人間界でピュリキュアが活躍するようになるのか、そのきっかけが描かれるピア」
「わあ、楽しみね」

◇◇◇

『真・改訂版』
つづき

 国民総浄化呪文により、イノセストたちは理性的能力を失った。そのおかげで、環境のために呼吸をやめるものはいなくなったし、だからといって生き残ることに罪悪感を覚えるものもいなくなった。浄化呪文の目論見は、確かに成功したのである。
 しかし、国民総浄化呪文はイノセストたちの理性を根本的に浄化しすぎていた。人間界の人間やギルセストたちと違って、イノセストには自分の利益を追求するための思考能力がそもそも備わっていない。そして、他人の利益や全体の利益を追求する能力は、国民総ピューリファイによって浄化されてしまった。こうして、いまやイノセストは理性的能力をほぼ完全に失ったのである。
 イノセストたちは何も考えなくなった。動物的本能だけに従って、目の前の草を食(は)んだり、水浴びをしたりしていた。
 本来イノセストは、人間とそう変わらない二足歩行型の種であるが、このときからイノセストたちの〈動物化現象(アニマライゼーション)〉が始まった。イノセストたちの外見が次々と他の動物種の姿に変容していくのである。ある者は豚のような姿に、ある者はトカゲに、ある者は魚に。また、言語能力もみるみる衰退していった。どんどん言葉が話せなくなり、最後には動物のような鳴き声だけが残った。
 ただでさえ人口減少の危機に瀕していたイノセシアでは、イノセストたちがさらに減少する一方だった。自死の次は、動物化である。浄化呪文は国民全体に向けて唱えられたため、〈動物化現象(アニマライゼーション)〉もまた国民全体に及んだ。とうとう、イノセストという種は完全に絶滅してしまうかに思われた。
 しかし、希望はまだ少しだけ残っていた。イノセクイーンとその仲間の研究者たちである。イノセクイーン本人には、あの浄化呪文が及ばないようになっていた。また、研究者たちの中には、浄化呪文を受けることに不安を感じて、事前に呪文効果を減少させるよう対策している者たちが数名いた。そのような者の一人が、研究チームのリーダーであり、クイーンの側近でもあるようなあの男である。彼はあの手この手で呪文の効果を受けないように対策していた。しかしそれでも、全体呪文は強力だった。その影響は、着実に見え始めていた。
「イノセクイーン様。私の身体も、もうあまり長くはもたないみたいです......ピ」
 彼は右腕の袖をまくって見せた。すると、彼の手首から上腕にかけての範囲に、鳥のようなふかふかの羽毛がびっしりと生えそろっているのが見えた。進行が遅れているとはいえ、彼の身にもまた確かに〈動物化現象(アニマライゼーション)〉が進行していたのである。
「まあ、何ということでしょう! 動物化しないと思っていたあなたまでもが、こんなことになるだなんて」
「すでに国民の大半は、かわいらしいアニマルたちと化しましたッピ。このままでは文明も衰退するばかり。種の存続さえ危うい事態でありますピア」
 〈動物化現象(アニマライゼーション)〉の影響で、言語能力にも異常が現れ始めていた。
「未熟な私の判断ミスです。前国王に何と顔向けすればよいのでしょう」
「クイーン、お気になさらないことが重要です。実は本日、頼りになる協力者を呼んできておりますッピ。ギルセシアの王、ギルセキングでございますピア」
  ビュオン
 突如、王宮の天井にワープホールが開いた。するとそこから、ギルセシアの王、ギルセキングが姿を現した。
「......吾輩の登場であるぞ」
  ズゴゴゴ
 ギルセキングの身体は毎年大きくなっているが、このころには体長十五メートルほどだった。
 王宮に降り立ったギルセキングは、腕を組みながら堂々とした態度で語り始める。
「イノセシアの国民たちというのは、罪悪エナジーを安定供給してくれる素晴らしい隣人だった。にもかかわらず、昨今のイノセストたちはまったく罪悪感を生じないではないか。これはギルセシアにとっても一大事である。何とか対策せねばなるまい」
 イノセクイーンは情けなさそうに答えた。
「ええ、その通りですね。しかし、何から手を付けていいものやら」
「今回の事態は、ギルセシアにとってもイノセシアにととっても歴史上最大の危機だと言えよう。この危機を乗り越えるために、吾輩はイノセシアに助力することを厭わん。吾輩にいい案があるぞ」
 ギルセキングはにやりと笑った。
「それはいったいどのような案なのでしょうか?」
「吾輩はしばしば異世界間旅行をしておる。つい近頃、興味深い土地を見つけたのである。吾輩はそこを人間界と呼ぶことにした。作戦はこうである。よく聞くのだぞ......」
   こうして、イノセシア復興プロジェクトは開始した。

◇

 イノセシア復興プロジェクトの内容はシンプルである。人間界の人間を、イノセシアにたくさん移住させるのだ。ギルセキングからの提案により、その過程でいろいろなステップを踏むことになった。
 まず、人間界の人間をアクヤークにする。アクヤークは、人間の罪悪感を増幅させることで生まれる怪人である。人間のアクヤーク化は、ギルセシアの技術により可能となる。アクヤークの発する強力な罪悪感は、ギルセシアが回収し、自国のために利用する。そして、イノセクイーンは、伝説のファイター〈ピュリキュア〉としてアクヤークとバトルする。ピュリキュアはアクヤークとの戦いを経て、最終的にアクヤークを浄化する。浄化されたアクヤークは人間の姿に戻る。しかし、その記憶や性格などはすべて消去され、まっさらな白紙の状態になる。何しろ、イノセシア王家の呪文は〈浄化〉が一番得意なのである。罪悪感も記憶も浄化された白紙状態の人間は、ピュリキュアたちの秘密基地へと保管される。ある程度の人数が集まれば、一斉にイノセシアへと移住させる予定である。
 そして、イノセシアに移住した新しい国民たちは、動物たちのたくさんいる豊かな土地で、平和に暮らす予定である。
 人間界の人間たちは、イノセストたちと違って、自己利益を追求する視点をもっている。それゆえ、環境破壊を防ぐために進んで自死するような悲劇は繰り返さないだろうと期待されている。
 アクヤークを倒し、浄化することができるのか。また、イノセシアへ移住させるために十分な人数を集めることができるのか。これらはすべて、ピュリキュアの手にかかっている。がんばれ、ピュリキュア。
おわり

◇◇◇◇◇


 大人しく静まり返ったメガヤークの肩の上で、シャーベットは本を閉じた。
「どうだったピア?」
「いろいろ衝撃的だったわね。ピュリキュアって、イノセシアを復興させるために、人間たちを回収するのが仕事だったということよね」
「そうピア。でもそれだけじゃないピア」
「暴れ回るアクヤークを静めることで、人間界を守るというのも重要な仕事なのである。人間をアクヤークにすることで、ギルセシアは多大なる罪悪エナジーの回収を実現できるようになった。しかし、その暴走を止めることができるのは、イノセシア王家の力をもつ〈ピュリキュア〉なのである。ピュリキュアが戦ってくれないと、アクヤークは人間界に甚大な被害を及ぼす恐れがあるのである。だから、ピュリキュアには毎日のようにアクヤークを倒してもらわねばならないのだぞ」
「何だか、人間界のことを心配してるような口ぶりね。そんな気があるとは思えないんだけど」
「さすがはシャーベット。鋭いのである。もちろん吾輩は、ギルセシアのことしか考えておらん。人間界の人間はよいぞ。自己利益を追求する視点と、他者や全体の利益を追求する視点の両方をもち合わせておる。自分の利益と他者や全体の利益とが両立しない場合、二つの視点がぶつかり合い、葛藤が生まれる。もし自己利益の方を優先させて、他者や全体の利益を損なった場合、しばしば罪悪感を生じるのである。これがギルセシアにとってはおいしい。自分のことを考える視点しかもたないギルセストや、自分以外のことを考える視点しかもたないイノセストには為すことのできない技なのである。よくぞそのような進化を遂げてくれたな」
「別にあなたたちのために進化したわけじゃないわ」
『ピアーッ! 冷たく鋭い言葉の槍! これがシャーベットの味ピア~ッ。久しぶりに味わったピア』
 急にテンション上がっている鳥。
「ねえピピア、わたしって結局イノセストなの? 初代ピュリキュアは、イノセクイーンが変身した〈ピュアライス〉でしょう。わたしって、イノセクイーンの子孫なの?」
 シャーベットは、自分が何者なのか知りたがっていた。通常の人間は、ピュリキュアに変身したりできないし、十歳より前の記憶を完全に失っていたりなどしない。これほど特異な存在であるということは、自分は人間界の人間ではないのかもしれない。そう疑い始めていたのである。
「真実は、そうではないピア。シャーベットは人間界の人間ピア。十歳より前までは、ふつうの家庭で人間の両親のもとで暮らしていたピア。それをピピアたちが連れ去って、記憶をピューリファイし、ピュリキュアとしての生活を始めてもらったピア」
「そうだったの!? じゃあ、今でもわたしの両親は生きてるの?」
「たぶんどこかで生きているはずピア。ピアけど、氷華のことは一切覚えていないはずピア。氷華に関する記憶はすべてピューリファイした上で、氷華を連れ去って来たピア」
「何よそれ~。だから、誰もわたしのことを探しに来てくれなかったのね」
「そうピア」
「じゃあ、ピュアライス以降の十三人のピュリキュアは、みんなこの世界の人間ってこと?」
「そうピア。ピュアライスがピュリキュアとして戦うことができなくなったピアから、仕方なく人間界の少女に戦ってもらうことにしたピア」
「どうしてピュアライスは戦えなくなったの? それに、やろうと思えば誰でもピュリキュアになれるものなの?」
「ピュアライスがピュリキュアをやめたのは、本人が嫌がったからピア。そもそも、変身ヒロインの衣装で戦うことにしたのは、ピピアの趣味だったピア。ピピアはずっとそのことを隠していたピアけど、ある日ピュアライス本人に気づかれてしまったピア。この世界には、テレビでアニメーション作品が放映されてるピア。ピュアライスはそれを見てしまったピア。それで、今まで自分が何をさせられてきたのか、すべて悟ったみたいピア」
「ピピアの趣味で変身ヒロインごっこをさせられていた、と知ったわけね」
「それでピュアライスは激怒したピア。ピアけど、そのような反応には、すでに対策済みだったんだピア。ピピアは浄化魔法を技術化することに成功していて、ピュアライスにやられる前に、こちらから彼女の記憶をピューリファイしたピア。さらに、こうなることを見越して、人間界の人間をピュリキュアにする技術も開発していたピア。すぐに少女を用意してきて、ピュリキュアとして活躍してもらったピア。楽しかったピア~」
「女の子じゃないとダメなの?」
「ダメピア。それはピピアのこだわりピア。イノセシア王家にはもちろん男性もいたピア。イノセシア王家なら、性別にかかわらず浄化呪文は使えたピア。ピアけど、浄化呪文を技術化するときに、変身ヒロインの格好をしないと呪文を唱えられないように設計したピア。戦闘能力が向上し、ピューリファイを唱えられるようになるのは、若い女性がピュリキュアに変身したときだけピア! これはルールピア!」
「ギルセストも驚きの自分勝手さなのである」
「イノセシアにも、このような人間がいたのですね。驚きました。シンシッシッシ!」
「ウゴンガァーイ?」
 ギルセキング、シンシーア、メガヤークの三者は、揃いも揃ってドン引きしている。
「  ハッ! ていうか、メガヤークのことすっかり忘れていたわ! わたしは彼女を浄化していあげないといけない!」
 物語はついにクライマックスへと突入する。
第八話おわり


◇◇◇


第九話
「観測者の存在! そう、あなたのことよ!」

 コニチハ! わたしの名前は純空氷華(すみぞらひょうか)! またの名をピュアシャーベット! わたしはこれまで、どんなアクヤークも楽勝で浄化してきたわ。
 でも今回の敵、巨大化したアクヤークである〈メガヤーク〉は、すっごく手ごわいの。彼女を倒すためには、今までみたいに表面的な慰めだけじゃダメみたい。圧倒的な攻撃力と、あっと驚く慰めが必要なのよ! 何かこう、根本的に、すべてがひっくり返るようなやつをちょうだい! そういうのが要るのよ。みんな~、わたしに力を与えてちょうだい~!

◇

 シャーベットは倒すべき相手を思い出した。それは、この社会の中で大変な思いをしている人たちの存在を知り、後ろめたさに苛まれた女子大生である。というよりは、その罪悪感をもとに生み出された、巨大なアクヤーク〈メガヤーク〉である。メガヤークは、何かを後悔しているわけではない。自分がかつて行った特定の行為を悔み、反省しているわけではない。自らの特定の行為ではなく、自らの存在自体に罪悪感を生じているのだ。生まれたこと、そして生きていること、さらに幸福に生きていること、その存在自体に強い罪責の念と苦しみを生じている。罪悪感、ここに極まれりといった感じであろう。
「ひとまず離れるわ。ピピア、飛ぶわよ!」
「ピア!」
 シャーベットとピピアはメガヤークの肩から離れ、大学図書館の中央にそびえたつシンボル、〈時計塔〉の頂上へと飛び移った。
「何なのかしら、このメガヤーク。苦しまなくていい、あなたは悪くないの、って言ってるのに、全然慰められないのよ?」
「もしかすると、苦しむのが好きなのかもしれないピア」
「何よそれ」
「シンシッシッシ。シャーベット、よく考え抜くのです。その先に、必ずや答えが待っていることでしょう。シンシッシッシ、アーッアッアッア!」
 シンシーアは、まるですべて答えを知っているかのようなキャラクターポジションを印象付け、車椅子を操作してその場を立ち去って行った。なにせ、これからこのメガヤークという巨体が浄化されようとしているのだから、あまり近くにいると危険である。それゆえ、彼が立ち去ったのは賢明である。シンシーアよ、さらば。永遠なれ。
「シンシーア。あなたの思い、受け取ったわ。何だかよくわからないけどね」
「たぶん、公正であろうとすることは大事ピアけど、自分を優先することも大事だということを伝えに来ていたピア。彼がイノセシアで受けた扱いと、ギルセシアに心惹かれた話を踏まえれば、そういうメッセージが読み取れるはずピア」
「ピピア、あなたって読解力があるのね」
「照れるピア」
 シャーベットとピピアはとても仲がいい。毎日インカムで通話し、ずっと一緒に過ごしているだけある。ピピアがシャーベットとの別れを惜しむのは、ピピアにとって歴代ピュリキュアで一番仲良くなれたのはシャーベットだから、ということが理由の一つとしてある。シャーベットにとっては、記憶のある十歳から今日までの六年間、唯一できた家族、あるいは友人はほぼピピアくらいなものである。特別で、唯一無二の親友なのかもしれない。
「ねえ、ピピア。あなたって女の子が変身して戦うお話が好きなの?」
「そうピア。ずっと前、ピピアがたくさんの異世界を観測していたとき、一度だけ変身ヒロインが戦っている世界を見たことがあるピア。あれは感動したピア。ごくふつうの少女が、不思議な運命の歯車に巻き込まれて、伝説の戦士として悪と戦うことになるんだピア。怖くても立ち向かう勇気! 何度やられても諦めない心! そして命あるものに対する愛情! 彼女たちは、大切なものを守るために戦うんだピア。それは、ありふれた日常と仲間と過ごす時間ピア。何か大きなことを成し遂げようというんじゃないんだピア。ただ、今あるものを守りたいんだピア。ピピアは彼女たちの戦いを見て、生きる勇気をもらったピア。忘れてかけていた大切なことを思い出させてくれたピア」
 ピピアは早口で熱弁している。ありふれた日常を大切なものだと考えるのならば、なぜ人間界の少女を連れ去り、ピュリキュアとして戦う運命へと巻き込んでしまうのだろうか。他人の大切なものを気にかけることはできなかったのだろうか。大切なことが何なのかわかっているつもりでも、いざ日常を過ごしてみると、思いのほか不適切な振る舞いをしてしまうものである。ピピアは、高い能力をもちすぎていた。それを止めるものが何もなかったことが、悲劇の始まりだったのかもしれない。
「シャーベット。大学で男が言っていたことを覚えているピア? 虚構世界は実在するピア。干渉はできないけど、鑑賞はできるんだピア。ピピアは今でもアニメや漫画、小説内で活躍する彼女たちの姿を眺めているピア。彼女たちはいつも戦っているピア。ピピアはそれを応援するピア。この声は届かないピア。ピアけど、それでもいいんだピア」
 ピピアは異世界旅行をしたことがあるので、虚構世界が本当に実在することを知っている。それぞれの世界からすれば、自分の世界だけが本当の実在世界で、それ以外はすべて妄想や空想にすぎないフィクションだとされる。しかし、世界を外に越え出て、他の世界へ行った経験をもつピピアには、それが誤りだとわかっている。虚構世界は確かに実在する。そして、彼はそこで生きる特定の種類の人々の幸せだけを願っている。
「ピア。シャーベットもきっと、どこか他の世界の人たちから応援されてるピア。この世界をアニメか漫画か小説にして、記述してくれている作者がきっとどこかにいるピア。読者はそれを読んで、応援してくれているピア。シャーベットはそれに気づけないし、相手もこちらに影響を及ぼすことはできないピア。それでも、ピピアはいいと思うんだピア。自分の知らないところで、誰かが自分を応援してくれている、ということピア。これって、幸せなことだと思うんだピア。自分が知らなくても、自分が幸せなことってあると思うピア」
「それは確かに、そうかもね。この世界とは違うどこか別の世界で、わたしのことを想像して、わたしのことを書き留めてくれている人......。たとえばそう、小説を書くような時間的余裕のある大学生。文章を書くのが好きな文学部の学生で、小説を書くような部活に入っている男子大学生。変身ヒロインものが好きで、好きすぎるあまり、変身ヒロインものの小説を書いてしまうような人。それに、罪悪感を浄化されたいとも思っている、少し生真面目な大学生かしらね。  確かあの人、言ってたわよね。虚構世界の実在論を主張してた、若本さん。『想像することで、作家はフィクション世界とその内部での出来事を発見する』って。わたしも想像してみようかしら、わたしなりのフィクション世界、そして、その内部でわたしのことを小説として書いている男子大学生の人のことを  」
   シャーベットの意識作用は、次元の壁を越えてこの世界へと到達してきた!!


◇◇◇◇◇

『この空の向こうへのラブリンク』
作:純空氷華(ピュアシャーベット)

 私は氷華のことを小説として書いている。タイトルは、『ひとりでピュリキュア』。主人公は、純空氷華(すみぞらひょうか)。物語のキーワードでもある「purrify」と関連のある「純」。そして彼女の変身後のモチーフでもある氷属性を表す「氷」。そして私が変身ヒロインものの中でもっとも気に入っているキャラクターの名前に入っている「華」を入れた。「空」は、そのキャラクターが登場する作品の主人公の名字から取った。
 私は日曜朝の変身ヒロインものが大好きだった。
 当時大学一年生の私は、文芸部で何か作品を書こうとしていた。
 ちょうど、大学に入って初めてできた彼女と破局したばかりだった。原因はいろいろあると思うが、とにかくうまく行かなかった。男女交際をすると、特定の個人と真剣に向き合うことになる。その過程で、自分の身勝手なところや困り果てた欲求を自覚せざるを得なくなる。わたしは男女交際の文脈における自身の悪質さに悩まされていた。
 今後誰かと交際をすることがあるのならば、そのときはまたがんばりたい。しかし、今はとにかく癒されたかった。あまりに悪質な自身の生を肯定し、受け入れてくれる存在が必要だった。しかし、朝の変身ヒロイン作品は、恋愛の文脈において男子大学生が抱く自身の悪質さへの葛藤を癒してくれるような作品ではなかった。少なくとも、それが主目的ではない。
 部活動での、次なる作品の提出締切は近づいていた。
 
 そのとき、私の中で何かがつながった。
 
   罪悪感を癒してくれるヒロインがいないならば、自分で生み出せばいいじゃない  

 こうして私は、彼女を発見した。
 「純空氷華」、素晴らしい。美しい名前だ。
 「ピピア」、かわいい。鳥の鳴き声のようでもあり、〈ピュア〉という作品のキーワードも入っている、これ以上ないくらいの名前だ。
 また、純粋さを現す形容詞「pure」という単語は、動詞になれば「purify(ピュァリファイ)」である。これは「浄化する」、「罪や汚れを清める」といった意味であり、そのときまさに私が求めていることそのものだった。
 私は文学作品らしい描写をする実力はないので、文学としての優れた文章表現の高みを目指すのは初めから諦めた。とにかく、書きたいものを書こう。おもしろいと思ってもらえて、かつ自分の罪悪感を癒せる、そんな作品を書こうと決めた。
 私は、初めからシャーベットのことを大切に思っていた。彼女が幸せになることを強く願っていた。彼女が幸せになること、それを何人かの読者に見届けてもらうこと。これらを実現するのが、この作品において最終的に私がなすべき目標となっていた。そのためにも、この作品は何としてでも完結させなければならない。大学卒業までに完結させたい。ずっとそう思ってきた。
 しかし、私はこのシリーズを五話ほど書いてから、急に書くのをやめてしまった。二年間もブランクが開いたのは残念だった。原因の一つは、当初の罪悪感はもう十分にシャーベットからピューリファイしてもらえた、ということがあるかもしれない。本当は何度か書こうとしていたが、それらの原稿は未完成の草稿のまま今でも残っている。
 ありがたいことにこのシリーズは部員達からも中々好評だったし、続編を期待する声も聞かせてもらっていた。そして何より私自身、もっとシャーベットの活躍を見たかった。彼女とピピアの掛け合いを見たかった。
 そして卒業が近づいてきた。卒業論文の提出と大学院入試が迫り、私に余裕はなかった。大学生最後の小説提出機会は逃すことだろうと決め込んでいた。しかし、私は再びこのシリーズを書くことができた。すべてはシャーベットへの愛である。彼女を幸せにしたい。それを読者に観測してもらわなければならない。そうすることで、彼女は永遠となる。彼女の世界を執筆し、製本し、保存することで、この世界に彼女の世界の観測者を確保できるのだ。
 作品が読まれていないあいだ、彼女の世界は観測されていないが、作品が読まれているあいだは、彼女の世界は観測されている。シャーベットが読者の意識に現れるとき、読者の意識内には、確かに彼女が存在するのだ。そのとき、シャーベットのいる世界とこの世界とがリンクする。意識による想像の作用により、次元の異なる二つの世界のあいだにつながりが生まれるのだ。
 フィクション世界を記述しておく行為とは、フィクション世界に対する潜在的な観測者を確保しておく行為でもある。
 私は、この作品世界の存在を確かなものとし、彼女の幸福を実現しなければならないという思いを新たにした。私は何度か目を背けたこの義務に再び取り組み始めた。最終話で描くべき設定は、ほぼ第一話を作る時点で構想していたものばかりだ。とはいえ、大学で四年間学んだことで、文章表現の洗練と世界設定に関する理論的な精密化が実現されていた。あとはそれを文章にするだけである。どうやら卒業論文提出に向けて数万字の文章を短期間で執筆した経験が活きたらしく、短期間で膨大な量の文章を書くことができた。その結果、本シリーズの最終作は思いのほか長大になった。出し切れたと思う。たとえもし描くべきポイントを描き切れていない年も、重要なことはこのシリーズを完結させることだ。
 必ずこの作品は完結させてみせる。きっとシャーベットを幸せにしてみせる。そして私の罪悪感も癒して見せる。そして、できれば読者の人たちにとっても、罪悪感が癒されたり、何か心動くものがあればいいなと願っている。
 読者の人には、彼女を見守ってもらわねばならない。作品が存在する限り、潜在的に読者もまた常に存在する。この作品が潜在的にいつでも誰かから読まれうる、という事実がこの世界で成立する限りにおいて、シャーベットの存在はこの宇宙全体において永遠となるのだ。

  最後に、引用すべき歌がある。

 『この空の向こう』
(前略)
この世界つなぐもの それは愛だよ
夢物語じゃない どこまでも手をつないで
この空の向こうには どんな夢がある
果てしなく続いてく 未来信じて手をのばして

本当にいい歌だと思う。何よりも注目してもらいたいのは、「この世界つなぐもの それは愛だよ」である。
 私がシャーベットを大切に思っていたというのは事実だと思う。もしかすると、このような感情を〈愛〉と呼んでいいのかもしれない。〈想像〉という意識作用が、異次元どうしをリンクさせる鍵かもしれない、という見解を述べた。ここに来て私は、〈愛〉もまた異次元どうしをリンクするに違いないと確信している。
 私は、シャーベットのことを愛している。私とシャーベットとのあいだには、〈愛する―愛される〉という関係が成り立っている。これは、私がこれを意識していないときでさえ、常に成り立っている。
 また、こういう考え方もある。「ある関係が存在するならば、その関係の項もまた存在しなければならない」と。
 私とシャーベットとのあいだには、〈愛する―愛される〉関係が成り立っているとする。また、ある関係が事実として成立するためには、関係の項もまた存在しなければならないとする。すると、もし私がシャーベットのことを大切に思い、愛していたというのが事実であるならば、私が存在するということだけでなく、シャーベットが存在するということもまた事実でなければならない、かもしれない。
 つまり、私がシャーベットを常に愛していることから、シャーベットが常に存在することが導き出されるかもしれない、ということだ。愛による存在の証明である。これほど痛々しい証明がかつてあっただろうか? 私は恥ずかしくて穴に入りたい。このような妄想を記述してしまう作者が、フィクション世界内の存在者であることを願う。
 〈この空の向こうへのラブリンク〉を、私はこの作品の記述を通して、達成したつもりである。
 とにかく、次元を越えて世界をつなぐのは愛なのかもしれない。私が言いたいのは、それだけである。

 ◇

追伸:シャーベットへ。たぶん、苦しみを拒否するのではなく、苦しみを受け止めるのがポイントだと思います。がんばってください。応援しています。
おわり

◇◇◇◇◇


 シャーベットの意識作用は、元の世界へ戻ってきた。
「ぷはーっ。はーっ、はーっ、はーっ」
「シャーベット、大丈夫ピアか!? すごい汗ピア。まさか、〈観想(かんそう)〉をしていたピア?」
「〈観想〉って、何?」
「思いを馳せることピア。単なる〈想像〉じゃ特別感がないから、ここに来て表現を変えてみたピア」
「何でそんなことするのよ、今更。そんなことより、わたし、見たわよ......」
 シャーベットはのぼせたように息が上がっている。とんでもない集中力で、異次元世界の存在者を長時間観測したらしい。
「見たって、何を見たピア?」
「どこか知らない世界で、わたしのことを見ていた大学生の人を、わたしは発見したのよ」
 ピピアは目を丸くして驚いている。
「ピア! 観測したピアか! それはすごいピア! どんな人だったピア?」
「男性で、大学生で、文芸部で小説を書いていて、罪悪感を浄化されたがっていて、愛について語る人だったわ」
「なるほど......。文学で愛について語る人は多いと聞くピア」
「わたしの物語って、文学になるのかしらね?」
「なるピア、なるピア! シャーベットの人生は、ドラマチックに違いないピア」
「わたしの人生、読んでておもしろいといいな」
 シャーベットは、にこやかな気持ちになっている。
「でも、彼の書いている小説自体は読めなかったわ」
「そうピアか......。無理もないピア。もしそれが読めてしまうと、シャーベットは未来について知ることができるかもしれないピア。そうすると、とんでもなく混乱することになりそうピア」
「へえ、確かにそうかもね。あ、それと、わたしのことを書いてる作品の読者についても見ることはできなかったわ。どんな人がわたしの作品を読んでいて、わたしを観測してどんな反応をするのか、見てみたかったけどね」
「それは残念ピアね。作者だけでなく、読者もまた異次元世界の重要な観測者ピア。作者の書いていないところまで想像することで、読者はそれぞれに世界を発見するピア。そうして虚構世界の観測を広げていき、ときに二次創作として発表し、異世界記述の穴を埋めていくんだピア。そういった、協同的な異世界記述作業が、読書と二次創作という営みなんだと思うピア」
 そろそろ、目の前のメガヤークを倒したいところである。
「あ、そうだ! 確か、何か重要なメッセージを見たのよ。何だったかしらね」
「苦しみを受け止めるのが大事、みたいな話ピア?」
「そうそう! 何で知ってるの?」
「ピピアも同じ世界を観測したことあるピア」
「何それ~、言ってよ~!」
  ドシーン、ドシーン
 痺れを切らしたメガヤークは、足踏みを始めている。
「ウゴンガァァーイ! テアンラァァーイ!」
「わかったわ、始めましょう! ピピア、ピューリファイの準備はできる?」
「ピア! あれはピュリキュアが自分でやるものピア。ピピアは何かする振りをしていただけで、実はシャーベットが一人で撃てるピア。強く力を込めるピア」
「そ、そうなの? わかった、やってみるわね」
 シャーベットは、左手を前に突き出した。
「ハ、ハァァァァ......!」
  パァァー
 シャーベットの身体はみるみる輝き始めた!
「ほ、本当だ! すごいわピピア! わたしできるのね!」
「できるピア、できるピア。シャーベットは何だってできるピア。ピア、もう結論は出てるはずピア。地獄のような見解を述べるピア!」
「うん」
 シャーベットは左手の中心へと光を集めながら、メガヤークに語りかける。
「メガヤーク。シンシーアやギルセキングの話とか、あとイノセシアについての話は聞いてた? わたし、考えたの。イノセシアの人たちは、自分のことを考えてないから、自分のことをもっと考えた方がいい。ギルセストの人たちは、他人のことを考えてないから、他人のことをもっと考えた方がいい。ここで一つ言えるのは、自分のことも他人のことも尊重するのがいい、ってこと」
「当たり前すぎるピア」
  ゴゴゴゴゴ
 ギルセキングは黙って様子を見ている。シンシーアはもう人間界に借りた新しいアパートへと帰った。
「次に思うのは、わたしたちは、何かしら、どこかしら悪いということよ。常に、不完全な気がするわ。ある行為をしたときに、それがあらゆる人間にとってプラスになることって、そうそうないわ。何ていうか、まず人間個人の能力に限りがある。そして、この世の資源にも限りがある。これら二つだけの条件で、おそらくあらゆる行為が不完全でしかありえないような気がするの。ここで言う〈不完全〉っていうのはつまり、何をやっても、どこかしらで誰かの迷惑になってたり、巡り巡って誰かのものを奪うことになっていたりする気がするの。受験に合格するだけでも、誰かを競争で蹴落とすことになるんでしょう? それに、よい行いをすること自体が、よい行いをしない誰かの心を追い詰めることもあるのよ。それぞれの事情をもった人間がたくさんいて、資源に限りがある限り、わたしたちの存在や行為が、悪さをもたないことはありえないような気さえしてくるの......!」
「ウゴンガァーイ」
「つまり、わたしたちは、何かしら、どこかしら悪いってことよ。あなたって、恵まれてることに後ろめたさを感じて苦しんでいるんでしょう? 資源を多く配分されている状況に甘んじている者の一人として、一丁前に罪悪感を感じてるわけじゃない。それって、たぶん正しいわ。あなたは、実際に悪いの。あなたはきっと、罪悪感を抱くべき状況に対して、適切に罪悪感を抱いている。そういうことを考えないようにすれば、苦しまないで済むかもしれないけど、向き合ってみたときは、苦しむことになるわ。たぶん、それが正しい気がする。あなたは実際に、いくらか悪いところがあるわ。そして、それに後ろめたさを感じるのは、すごく妥当で適切なのよ」
「ウ、ウゴゴン、ウゴンガァァーイ!」
  ズモモモォォォー!
 罪悪感が強まり、より激しく罪悪エナジーを噴出している。ギルセキングはワープホールの向こうから、それを黙って吸い取り続けている。
「あと、あなたは恵まれた多数派の人間だから、不遇の状況にある少数派の人に嫉妬してるわね? そういう人たちって、最近その生きづらさが社会的に認知され始めているから。でも、あなたの生きづらさはろくに注目されることなく、むしろ余裕ある立場の者として、そういった不遇の者たちに何かサービスをしなければならないんじゃないか、とまで感じている」
「ウゴンガァァーイ! ウゴンガァァーイ!」
  ズモモモォォォー!
「気の毒な人になれば、優しくしてもらえるけれど、満たされた人でいる限りは、自分の生きづらさに注目してもらえない。それってつらいことね。だから自分の生きづらさを訴えたいけど、そういうことをしようとし始めると、今度は単に優しくしてもらいたいからこその気の毒アピールになってしまう気がする。だから自分の生きづらさを訴えることを躊躇したり、そうしたくなる自分の心理に一層罪悪感を生じたりするのよね?」
「ウガァァアァァアァァーイ! テアラァァーイ!」
  ズモモモォォォー!!
「ここで一つ、言えることがあるわね。悪いことをした人や、恵まれている人もまた、尊重されるべきということよ!」
  ズバァーン!
「気の毒な人と悪いことをしていない人が尊重されるべきなのは、別にいいわ。だからといって、特別気の毒でない人であっても、人間である限りは丁寧に扱われるべきだわ! あと、悪いことをした人だからって、その人に対して際限なくひどいことをしていいことにはならないわ!」
「シャーベット、話がだいぶ広がってるピア」
「いいのよ。わたしは罪悪感にまつわる苦しみをできる限り解き放ちたいの。おそらくこれが、わたしの使命だから」
「かっこいいピア......」
「とりあえずこれよ。一つ言えるのは、人間が生きている限り、どこかしらで何かしら悪いわ! そしてそのことに関しては、適切に苦しむべきなのよ! 苦しむのはつらいことだし、避けたいことだけれど、だからといって苦しむことが間違ったことであるわけじゃあない! わたしが言いたいのはこれよ! メガヤーク、あなたは罪悪感に激しく苦しんでいて、そこから逃れたいと強く思っているわ。そしてかなり狂気的な状況になってた。でも、一つ言えるのは、あなたは何も間違っていない、ということ。たぶん、ギルセシアのように、他の世界を搾取しているのに、平気なままでいちゃダメなのよ。彼らは何も気に病んだりしない。力をもたない者たちからすべてを奪っても、おそらくそれを自制する能力をもたない。限られた資源の中で、可能なかぎり多くの人が幸せに過ごすためには、公正さを求める視点が必要だと思う。そして、不公正なことが起こっているとき、それに勘付くための情動が、おそらく後ろめたさなのよ! 不完全な人間がもつ悪への強力な傾向性に対して、それを無理やりにでも善の方向へと引き戻そうとする力強い内部統制機構が、罪悪感なのよ! つまり、人としてよりよく生きるためには、罪悪感が決定的に重要な役割を果たしているような気がするってこと! わかってほしい! そしてそのことを受け止めてほしい! あなたの苦しみは、他の人の苦しみを減らす方向への道しるべなの! わかる!?」
「ウガァァアァァアァァーイ!」
 ついに攻撃を繰り出してきた。全長四十メートルの大型怪人〈メガヤーク〉は、右の拳を大きく引き込み、シャーベットへ向けて突き出してくる!
  ビュオオォォー
 すごい風圧で、大学構内の木々が揺れている。
「撃つわよ! ピュリキュア! ホワイトニング・ピューリファイ!」
 シャーベットは、左手に溜めたピューリファイのパワーを前方へ向けて一気に解放した!
  ギュパァァァァー!
 放たれた光波はメガヤークの巨拳と真正面からぶつかり合う。しかし、拳の方がパワーは強そうだ。
 シャーベットは押し負けないように、力強く踏み込む。
  ザッ
「ぐぐっ。わたしの声は、届かないっていうの......?」
「シャーベット! がんばるピアー!」
「シャーベット......」
 ギルセキングも固唾を飲んで見守っている。
「ぐぬぬぬっ! 負けないわ! ホワイトニングッ・ピューリファイ!」
  ギュパァァーアァァーアァァー!
 光波の勢いが強まった! シャーベットの、罪悪感を浄化したいという思いはかつてないほど高まっている。これまでの六年間、ほぼ年中無休で一日一度のピューリファイをしてきた。その過程で、嫌というほど様々な罪悪感の苦しみを聞かされてきたのだ。一人一人が、それぞれの苦しみを抱えている。よりよく生きようという気持ちが強い人ほど、強い苦しみを抱えているような気もする。いや、そんな気持ちが大してない人であっても、心が痛むときは痛んでいる。おそらく、他人の気持ちを想像する能力は、人間にとって本質的だ。そしてその能力をもつことと、罪悪感の苦しみを感じることとは切っても切り離せない関係にある。つまり、人間として生きるかぎり、この苦しみとは一生付き合うことになるのだ。
 シャーベットは、十人十色の罪悪感を見てきたことで、そういう風なことを考えていた。
「シャーベット、がんばるピア! みんな見てるピア!」
「くっ、メガヤーク......。デカすぎるでしょう......!」
「ハミンガァァー、キイィィーーー!」
 メガヤークが鳴き声を変えてきた! その拳の圧力はなおも高まり続けている!
  ギュパァァーー
 少し光波が押し負けてきたかもしれない。
 そのとき、シャーベットがひらめいた!
「そうだ! わたしって今も観測されてるのかしら!?」
「わからないけど、たぶんそうピア! この大勝負を書かない作者がいたら、観測者失格ピア!」
  ギュパァァーー
「この世界とは違う次元から、わたしを観測している人がいるのね?」
「いるはずピア! 原理上、読者が文章のある箇所を読んでいるとき、その読んでいる箇所の時点においてその世界で起こった出来事を、読者は実際に観測することになるピア! 観測者からすれば、観測するたびに、観測された宇宙の時間が何度でも流れるピア!」
 細かいことはいい! とにかく観測されている!
「ねえ、どこか違う次元からわたしを観測しているあなた! わたしに力を貸して! お願い!」
 よし来た! 任せろ! がんばれ!
「みんなで一緒に応援するピア! ピュリキュア~! がんばれ~!」

  がんばれー! ピュリキュアー!

「もっともっとピア! がんばれ~! ピュリキュア~」

  ピュリキュアー! がんばれー!

  シャーベットー! 負けるなー!

  がんばれ、ピュリキュアァァー!

 すると、シャーベットの輝きがみるみる増していく!
「ピアッ、眩しいピア! 目が潰れるピア~ッ!」
「諦め......ない! あなたが、自分の苦しみを受け入れて、人として生きる道を再び歩む、そのときまで......! わたしは何度でも、あなたの罪悪感をピューリファイしてあげる!!」
「ウガァァアァァアァァアァァー!」
 メガヤークの拳は押し負けている!
  ギュパァァーアァァーアァァー!
 光波の力が強まっていく。これを直視した者は、数分間のあいだ視覚能力を失うだろう。
「シャーベット! あなたはいまや打ち勝とうとしている! これまでの薄っぺらいピューリファイの態度を乗り越えようとしている! 今こそ、真のピューリファイストになるときです! シア    ッ!」
 いつの間にかシンシーアが帰ってきている! もはや車椅子から立ち上がっている! 怪我はすべて演出だったのというのか!?
「がんばるのです、ピュリキュアーッ!」
「シャーベット、そのまま押し切るピアー! がんばるピアー!」
「みんな、わたしに力をちょうだい!」
「ピアーッ! 応援するピアーッ!」

  がんばれー! ピュリキュアー!

  がんばれー! シャーベットー!

「感じる......! わたしを応援する声を感じるわ! 力がみなぎってくる!」
  ゴゴゴゴゴ
「バカな......。異次元間の干渉は起こりえないはずなのである。まさか、次元を越えて、応援が届いたというのであるか......!?」
「ピピアも信じられないピア~! ピュリキュアを応援する気持ちは、次元の壁さえ突き破って来たピア~! 感動で、もう何も見えないピア~!」
 すべてを直視していたピピアは、ついに視力を失った。
  ギュパァァァァー!
  バリバリバリバリバリ
 巨拳と光波がぶつかり合い、空間が張り裂ける音がしている。増幅した罪悪感による激しいストレスにさらされ、メガヤークは圧倒的な攻撃力を生み出している。
「わたしたちは、諦めないッ......!」
 みんなの思いを背負ったピュアシャーベットは、もはや一人ではなかった。
「行っけぇぇー!」
「ウゴンガァァァァーーーーーーーイ! テアンラァァァァーーーーーーーイ......!」
  パァァーーーーーーーーー
 シャーベットの放つ光波は、メガヤークのすべてを包み込み、浄化していった。メガヤークの内部にいた女子大生に注目してみよう。
「ありがとう、ピュアシャーベット......。私、生きていくわ。きっと私はこれからも苦しみ続ける。でも、もう負けない......。自分の苦しみを、自分で受け止めることができたから。恵まれた私でも、苦しんでいいんだ。苦しむべき状況で苦しむのは、適切なこと。世の中は不条理で、苦しみに程度の差はあるけれど、他の誰がどれだけ苦しんでいようと、私は私自身で苦しみ続ける。私が悪質である限り、私は苦しむことをやめない。そして、人間としての生をまっとうするわ。私は、この道を生きることにする......」
 浄化された女子大生は、完全に記憶を失い、アスファルトの上に倒れ込んだ。どこかから沸いてきたヘルパーたちが、ビニール質の寝袋で彼女を包み込み、そそくさと安置室へと持ち帰る。白紙に戻された人間は誰であれ回収する。この女子大生もまた、イノセシア再建のための貴重な人員なのである。
「お、終わった  」
 放たれた光波は途絶え、シャーベットは図書館時計塔の屋上にへたり込む。変身を解除し、黒髪ロングの女子高生の姿に戻った。
「氷華、お疲れ様ピアー!」
 ピピアがあらぬ方向を向いてぴょんぴょんと飛び跳ねている。視力が回復するには、まだしばらくかかりそうだ。
「ありがとう、ピピアもお疲れ様」
  ゴゴゴゴゴ
「これでシャーベットも、引退であるなあ」
「ピュア・シャーベット。わたくしを打ち負かした、初めてのピュリキュア。わたくしはあなたのことを、決して忘れないでしょう」
 シンシーアは再び電動車椅子に乗り、厳かにこの場を立ち去った。
「シャーベット......。ピュリキュア引退後には、二つの進路があるピア。一つはヘルパーとして働き、イノセシアに移住する道。もう一つは、人間界に残り、ただの人間として人生を歩む道。イノセシアに行けば、英雄として一生の栄華を極められるピア。人間界に残れば、ピュリキュアとして活動した記憶をすべて消し去り、変身能力も失い、本当にただの人間に戻るピア。どっちがいいピア? 自分で決めるピア......」
「ピピア......。ピピアは、一緒にイノセシアに行ってほしいんでしょうね。だって、こんなに仲良しになれたんだもの」
「そうピア! それに、人間として生きるのはすごく大変ピア。イノセシアに来れば、ピュリキュアに変身もまたできるピア。運動能力高くて、楽しいピア。動物もたくさんいて、食肉には困らないピア」
「わたし......ずっと冷徹なピュリキュアだって言われてきた。淡々と戦闘をこなし、勝利のために効率的に動く戦闘マシーンのような美少女ヒロイン。目を合わせて生き残ったギルセストはこれまで一人もいない、と言われてきたわ」
「さすがにそれはかなり盛ってるピア」
「でも、それ以外にやり方がなかったのよ。自分の存在を示すやり方が。十歳までの記憶がなくて、気付いたらピュリキュアとして活動してた。過去も未来もわからないけど、とにかく今は、アクヤークを倒すことがわたしの役目なんだって思って、それだけに邁進してきたわ。でも今日やっと、わたしがふつうの人間なんだって知れた。ふつうの人間なんだったら、自分の役目が何なのかなんて、わからなくて当然よ。正直、生きることだけが仕事よ。これならいける。これがわかったからには生きていけるわ」
「氷華......!」
 ピピアは、小刻みに振動している。泣きそうということである。
 氷華はまっすぐな瞳で述べる。
「ピピア。わたしは、人間界に残る。記憶を消されても構わない。わたしはピュリキュアではなく、人間として生まれたのだから、人間として生きるわ。それに、イノセシアに行って英雄扱いされるだなんて変だわ。人間界から人々を拉致したわけでしょう? その拉致されて家族と離れ離れになり、記憶を消された人たちから、建国の功労者として賞賛されても、甚だ不気味だと思うわ」
「ピア。それもそうピアね」
「ピュリキュアとしてアクヤークにされた人間の記憶をピューリファイしてきたのは、わたしなわけだしね。知らずにやらされていたこととはいえ、この罪を受け止めながら生きていきたいわ」
「氷華、それほどの決意があるピアね  ! 元気で生きるピア!」
「ピピアもね! できればもう人間界で拉致はやめてね!」
 二人はひしと抱き合う。抱き合ったことなど、これが初めてだが、どうやらピピアはしっかりと獣の匂いを放っているようである。これもまた〈動物化現象(アニマライゼーション)〉の名残りかと思うと、イノセシアの惨劇はなおも重々しく感じられる。
「人間界での暮らしには、基本的に干渉しないことに決めているピア。最初の生活費だけ少し残しておくピア。あと、氷華を引き取ってくれる人たちを探すのも陰ながら手伝っておくピア。ピアけど、それ以降は自分でがんばって生きていくピア」
「任せなさいよ。わたしなら大丈夫。ピピアのことを思い出せないのはちょっと寂しいけど、ピピアはわたしのことを思い出せるんでしょう? それにわたしのことを観測してくれている人たちもいるわ。たとえそのことにわたしが気づけなくても、きっとわたしは勇気づけられている。今ならそう信じられるわ」
 そうさ、応援しているよ、氷華。氷華なら、きっと人間界でもうまくやっていける。いや、何ならうまくやっていけなくてもいい。これから氷華がどんな人生を歩むことになっても、私やピピア、ギルセキングやシンシーアたちは、氷華のことを見守っている。
「じゃあね、ピピア」
「ありがとうピア、氷華」
 それから氷華は、イノセシアとギルセシア、そしてピュリキュアに関連する記憶をすべてピューリファイされた。


第九話おわり


◇◇◇


最終話
「わたしたちの戦いはこれからだ!!」

 こんにちは! わたしの名前は純空氷華(すみぞらひょうか)! もう一度言うわ。わたしの名前は純空氷華! いつもご声援ありがとうございます! ついに今回で最終話。これであなたたちに挨拶するのも最後になるわね。今まで応援ありがとう! これからわたしの人生は新たな門出を迎えることになるわ。あなたたちもがんばってね!
 それじゃあ今日も、〈歪んだ心にピューリファイ! あなたの罪を、解かしてあげる!〉。まったね~! バイバ~イ!

◇

 それから。
 わたしは今日、新しい家族と会うことになっている。民間団体の人たちが、高校生のわたしでも引き取ってくれるような里親を見つけてくれたのだ。
 わたしは事務所の扉を叩いた。
  コンコン
「失礼します。こんにちは、はじめまして」
 わたしが挨拶しながら部屋に入ると、ソファーに座っていた二人の大人はすぐにこちらに気づき、立ち上がった。
「こんにちは。はじめまして」
「あなたが氷華ちゃんね。はじめまして」
 三、四十代くらいの男性と女性だ。どちらも愛想がいい感じの素敵なご夫婦だった。
 わたしは今、十六歳の高校二年生。十歳より前の記憶がまったくなくて、それから六年間の記憶もところどころ欠けている。学校に通った記憶はあるんだけど、家で過ごした記憶がほぼまったくない。誰と過ごしていたのか、一人で過ごしていたのかさえよく思い出すことができない。
 気づいたころには、新しく親になってくれる人を探すことになっていた。いつの間にそんな話が進んでいたんだろう。よく思い出せないから、何もわからないけど。

◇

 新しい両親に連れられて、さっそくうちに帰ることになった。夫婦で飲食店を経営しているらしくて、毎日おいしいご飯が食べられることは請け合いだと言われた。
 店先に掲げられた横長の看板には、達筆な字体で『ひょうか亭』と書かれていた。何でも、自分たちの店の名前と偶然同じ名前の子どもがいると聞いて、運命を感じてわたしを選んでくれたらしい。どうしてこのような店名にしたのかは、不思議なことに誰も思い出せないそうだ。
  カランコロン
 店の内装はシックな喫茶店といった感じだ。カウンターがあり、木製のテーブルがいくつか並んでいる。
「お腹すいてるでしょう。何食べる?」
「氷華ちゃんは、好きな食べ物とかあるのかい?」
 うれしい。お金を払わなくても飲食店の料理が食べられるのね。何という贅沢。
 わたしの好きな食べ物は、何といってもエビフライよ。
「じゃあ、エビフライが食べたいです。わたしの一番好きな食べ物なんです」
「おっ、やるねえ。エビフライ定食はうちの看板メニューなんだよ」
「昔は毎日のようにエビフライを食べてくれる人がいてねえ。......あら、でもそれって誰だったかしら。たしか五年くらい前まで来てた気がするんだけど......」
「まあ、いいじゃないか」
「ええ、そうね。氷華ちゃん、すぐできるから待っててちょうだいね。いつも以上に腕によりをかけて作っちゃうから」
「はい、ありがとうございます」
 すてきだわ。職業料理人の腕で作り出されるエビフライを、これからは毎日食べられるのね。この人たちは、出会うべくして出会った両親だという気がする。運命なんじゃないかしら。
「あ、氷華ちゃん。デザートは何がいいかな? はい、メニューをどうぞ」
「ホットケーキやプリン、ソフトクリームやシャーベットなんかが人気かしらね」
「これは迷いますね。ちょっと待ってください」
 メニューを開く。デザートと言えば、わたしはもっぱらシャーベット一筋だった気がする。でも、最近では急に飽きちゃったみたい。全然食べる気にならないのよね。
 よし、決めた。この名前の長いスイーツにしよう。
「それじゃあ、この〈ミルキーホイップ・ダイヤモンドビューティ・ブラック&ホワイトハッピー・マーメイドパルフェ〉っていうやつください。何だかわからないけど、とっても心惹かれるから」
「わかった。じゃあ、ミルキーパルフェひとつ」
「ミルキーパルフェひとつね」
 なんだ。結局略しちゃうのね。
 そうこうしているうちに、エビフライ定食が出てきた。
 さてさて、出来立てのうちにさっそくいただいちゃいますかね。世のありとあらゆるエビフライを食べ尽くしてきた、エビフライマイスターとも呼ぶべきこのわたしの舌を満足させることができるかしら? まあ、どんなエビフライであっても、いつも心からおいしいと感じちゃうんだけどね。
「いただきまーす」
「めしあがれ」
 わたしは箸でエビフライをつかんだ。
  ザッ
 むむっ。箸を伝ってくる、この衣ざわり。かなり期待できる。衣の内側に隠されたエビの豊かな弾力も確かに感じられるわ。
  ザクッ、ザクッ
「お、おいしい  !」
 両親たちの表情がほころぶ。
「よかったわ~。気に入ってもらえたみたいで」
「氷華ちゃん、何だか深刻そうな顔をしていたから、心配していたよ」
 う~ん、これはおいしい!
「ふふ、とてもおいしいです。懐かしいような、温かいようなこの味わい。ぐっと飲み込んだとき、身体が芯から喜んでいるのがわかります。やっぱりこれは、わたしとエビフライのあいだに結ばれた、切っても切れない前世からの因縁なのよ  !」
 わたしの演説につられて、彼らも何だか笑っている。
「まあ、よくしゃべる子」
「やっと笑ってくれたね。これまでエビフライを作ってきて本当によかった」
 このような類い稀なるフライド・シュリンプに出会えたこと。それはわが人生きっての喜び。
「噛めば噛むほど、懐かしさとともに涙が溢れ出してきます」
 あまりの感動に思わず目頭が熱くなる。
「まあ、氷華ちゃん! どうしたの!?」
「エビフライが喉にでも刺さったのかい!? 急に涙を流すなんて  !」
 おっと、わたしとしたことが。食というのは、こうも人の心を揺さぶるらしいわ。
「お母さん、お父さん。わたし、この家に来られてよかったです。お役に立てるかはわかりませんが、どうかよろしくお願いします」
 わたしがそう言うと、両親はハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていた。しかしすぐに笑顔になり、二人揃ってわたしをひしと抱きしめた。
「氷華ちゃん、そう言ってもらえてうれしいわ。こちらこそよろしくね」
「これからは三人で一つの家族だ。一緒にがんばっていこうな」
  ガッシー!
 わたしたちは三人で円陣を組んでいる。その姿は、さながらライブ直前のアイドルグループのよう。円陣を組むっていうのは、儀式にほかならないのよね。一人一人の〈わたし〉が集まることで、〈わたしたち〉を形成する。究極的には個別的な一人一人の人間も、少なくとも今だけは、目の前の苦難を乗り越えるために一丸となって戦おう。そういった意志の現れ  。
 わたしの人生、わからないことが多すぎる。過去はあやふやだし、未来はそもそも不確定。だけどわたしは、もう一人じゃない。
 飲食店の経営は正直大変だろうし、この両親はいずれわたしより先に死ぬだろう。それでもわたしたちは、生きなければならない。このまま高校に通えるのか、高校を出た後はどうなるのか、わたしにはよくわからない。過去の記憶が取り戻せるのかもわからない。それでもただ、生きていくしかない。わたしは、やれる。わたしたちなら、きっとやれる。
 ふと大学を見学したときのことを思い出した。よく覚えていないけれど、誰か大学生のおにいさんが言っていた。『フィクションの世界は、描かれなくても続いている』って。虚構世界の住人だってそれぞれにがんばって生きているんだから、わたしだってがんばっていかないとね!

   わたしたちの戦いはこれからだ!  

『ひとりでピュリキュア』
最終話おわり

ご愛読ありがとうございました


◇◇◇


※ この物語はフィクションです。登場する人物、団体、名称などは架空であり、実在するものではありません。
※ どんなに会いたいと願っても、越えられない次元の壁というものがあります。私たちは彼女を見守ることしかできません。しかし、それこそが彼女のためになるのだと思います。これまで見守ってくれて本当にありがとうございました。
※ この作品は完結しますが、彼女たちの世界は続いていくんだと思います。これからも応援よろしくお願いします。

◇◇◇

〈引用した歌〉
『この空の向こう』[2013]:歌 吉田仁美、作詞 利根川貴之、作曲 Dr. usui、編曲 Dr. usui・利根川貴之。(ドキドキ!プリキュア[2013-4] 前期エンディング)

〈影響を受けた歌・作品・文献〉
『ラブリンク』[2013]:歌 吉田仁美、作詞 利根川貴之、作曲 Dr. usui、編曲 Dr. usui & Wicky.Recordings. (ドキドキ!プリキュア[2013-4] 後期エンディング)
プリキュアシリーズ[2004- ]。中でもとくに、『ふたりはプリキュア』[2004-5]・『スマイルプリキュア!』[2012-3]・『Go!プリンセスプリキュア』[2015-6]からの影響が大きいと思われる。
トマス・ネーゲル[1989]:『コウモリであるとはどのようなことか』訳 永井均、勁草書房。(主観的視点と超越的視点との対立という枠組みによって倫理学的な問題を考えるという発想は、ネーゲルからの影響によるところが大きい)
野上志学[2017]:「デヴィッド・ルイス入門 第1回 可能世界と様相の形而上学」『フィルカル』Vol. 2, No. 2. 株式会社ミュー。(虚構世界の実在論は、ルイスの様相実在論にかなり影響されている)
松村圭一郎[2017]:『うしろめたさの人類学』ミシマ社。(説明困難なあの心情に、「後ろめたさ」という言語化を与えてくれたことの恩恵は大きい)

『ひとりでピュリキュア』シリーズを、キュアビューティ(スマイルプリキュア!)に捧げる。

以上。


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