徒然なる日々に

内藤紗彩



 私が書きたかったのは大人のための童話だった。
 この広大な世界で誰かが道に迷わないように。
 迷った時には道を照らす地図になるように。
 でも、振り返って見て驚いた。
「これじゃあ何が何だかわからない」
 だって私あなたのこと  何も知らないもの。
 誰かのために書いたのに残念ながら私にはその誰かが誰だかわからない。
 ただ一つ確かなのはこれを私が書いたこと。

 ある森に賢いフクロウが住んでいた。
 と言ってもその森は町からそれほど遠くないところにあって、別に特筆すべき事柄も無いからと省略したが、本当は『フクロウの森』というきちんとした名前がある。
 でもそれだとフクロウの森に住んでる鳥をフクロウと呼ぶようになったのか、フクロウという鳥が住んでるからフクロウの森と呼ぶようになったのか分からなくなってしまうから省いた。
 なんだかフクロウとは何だったか分からなくなってきた。これからは漢字で書くことにしよう。
 烏。または鴉。
 読み方はもうお分かりだろう。
 そう、これはカラス。
「梟」
 ふむ、木の上にとまっている鳥、でフクロウなんて昔の人はよく考えたもんだ。
 他に気に留まる鳥を見たことが無かったのだ。
 その梟が森に住んでいた。
 いや、実際のところ住んでたかどうかは定かではないし今では確かめようもない。
 もし、木の上の烏を梟と呼んだのならその鳥は最早何だったのだろう。
 つまるところ何もわからない。
 これがホントの袋小路。
 でも賢いということだけはどうやら事実だった。

 ある明るい日、ある森のある近くにあるとある町をある梟に会うためにある人が歩いていた。
「面倒なやつが来たな」
 梟は喋る。何故なら賢いから。
 やぁ。やぁ。
 梟を見つけた人は陽気な声を出し、見つけられた梟は静かな声でそれに応じた。
 君にいくつか聞きたいことがあるんだ。
 どうぞ。
 君って人の言葉を話せるんだね。
 ......それはさっきの返事で答えたことにならないものかな。
 いや、失敬。何事も確認が大事かと思ってね。
 随分と用心深いんだな。
 なぁに少しばかり心配性なだけさ。ところで君、運命って信じるかい?
 ふむ、その質問は『ねぇ私何歳に見える?』と同じくらい難しい。
 生憎僕は梟の年齢には詳しくないな。
 模範解答は『年相応』だ。
 僕はそんなもの無いと思う。
 理解が早くて助かるよ。なぜ?
 だってそんなものがあったら君との出会いに価値が無くなってしまうだろ。
「そんなつまらない事をわざわざ言うのか」
 梟は笑った。
 やれやれ君って鳥は人の感情が分からなさそうだ、とその人は不服そうに腰を下ろした。
「それで終わりか?」
 いいや、まだある。夜は長いんだ。じっくり煮るなり焼くなりするとしよう。
 ぱちぱちと焚火が相槌を打つ。
 はは。鳥の臭みを取るには酒蒸しが一番いいらしいな。
 君、いけるクチバシ?
 無論。
 不思議な梟だ。
 何を今更。
 トロッケンベーレンアウスレーゼしかないけど。
 ただカタカナを並べればいいってもんでもないだろうに。
 仕方がないさ。製作者側の努力義務怠慢だ。
 違いない。
 乾杯。じゃあ早速悩める子羊の戯言を聞いてもらおうかな。
 明けない夜は無いのだけれど。
 だからだよ。
 そうか。

 人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ、とは言い得て妙なある王の言葉だが、これは些か極端な例えである。
 私は喜劇だと思います!
 俺は悲劇だと思うなぁ......。
 まぁまぁ。と梟が珍しく宥める役に回る。
 だって私は人生楽しいですし。
 女は食い気味に言った。
 俺は辛いことばかりでした。
 まぁまぁ。
 再び梟が感嘆とも困惑とも取れない声を出す.
 男は自信なさそうに言葉を重ねた。
 だから二羽で一緒にお互いのことを覚えていられたらいいなって。
「そう来たか」
 梟は答える。
 恋人が出来ると楽しいことは二倍に、悲しいことは半分になるというのは君たちのような鴛鴦夫婦を言うのかもしれないな。
 でも、と二人は声を揃えた。
 しんどいんです。
 しんどいんです。
 ホホォー。
 梟はまるで梟の鳴き声のような相槌を打った。
 私は怯えてるんです。こんなに幸せでいいのか、今ある幸せは不幸の裏側にある虚像を見ているだけなんじゃないかって。
 俺はやりきれないんです。こんなにも不安なのは俺が異常だからなのか、そうだとすればより良い方向に変わるべきなんじゃないかって。
 なるほどなるほど。無いものねだりはカナブンの十八番だと思っていたが。
 はてさて。
 複数の質問に同時に答えるのは大変難しい、と前置きを挟んで梟は答えた。
 その感情を抱かない方が良かったかな?
 二羽の鳥(鶏ではない)は少し考えて、それからお互いの顔を見て「いえ」と答えた。
 ならそれはどちらも然るべきなのだろうな。
 梟は、ある人間の話をしよう、と続けた。
 そいつは空気みたいなやつだった。いてもいなくても変わらない、そう思っていた。けれどいなくなって初めて、いるのが当たり前になっていただけだったとわかった。遅かった。息苦しくなってから空気が必要だったことに気付いたのだから。
 鴛鴦夫婦は顔を見合わせてひとつ質問した。
「その二人はどうなったの?」
 でもね。
 梟はそれには答えず最後にこう付け足した。
 私はそれだけのものを感じることが出来てよかったと思ってるよ。
 鴛鴦夫婦は顔を見合わせてもうひとつ質問した。
 梟さんは何年生きてるの?
 さぁ、何歳に見える?

 次の日もその次の日もそのまた次の日もその人はやってきた。
「今日はどんな話をしようか」
 夜は短くて長かった。
 なぁ君、君が今までに失ったものってなんだい?
 そうだなぁ。我武者羅な熱意。無邪気な心。情熱的な恋愛。理不尽な怒り。家族への感謝。十円玉。出鱈目な発想力。無条件の信頼。破天荒な夢。根拠のない希望。
 じゃあこれから失うものは?
 身体能力。柔軟な考え。初めての経験。向上心。結婚願望。羽毛のハリツヤ。睡眠時間。あと、命。
 それは嫌だなぁ。
 人間にも失いたくないものなんてあるのか?
 当たり前さ。あるに決まってる。もちろん一番は君だよ。
 えらく高値で買われたな。自分以外のものにまで所有権を拡大するのは人間特有の悪い癖だ。
 当然だ。逆に聞くけど君にとって僕はどんな奴なんだい?
 別に何とも思ったことはないけれど。強いて言うなら空気みたいなやつかな。
 嬉しいね。なら精々長生きするとしよう。
 
「なんとなくわかったかな」
 それなら何より。それにしても書いている途中で口を挿むのは感心しないな。
「君が突然『賢い人ってどんな人』だなんて聞くものだからそりゃあ興味も沸くってものさ」
 考えてみればその答えが作家だなんてナルシストもいいところだ。
「梟にしてはよく書けてるな」
 何か言いたそうだね。
「強いて言うなら最初の『以外』ってのは消しといたほうがいいと思うな。でないと僕はこれから君に話すことが無くなってしまう」
 なら後で消しておくよ。


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