異端少女の魔法道(2) 水原ユキル 〇前回までのあらすじ 月城琥珀は闇の想力を使う魔法少女だった。自分の力が嫌いな琥珀は人目を避けるようにずっと生きてきて、高校でも平凡な学生生活を送ろうとしていた。 しかし、ある時先輩の魔法少女であり、闇の想力使いでもある星堂永と出会う。永は琥珀の闇の想力を認め、ギルドへの加入を誘った。仮加入することになった琥珀は初めてのバトルに参加するが......。 〇登場人物解説 月城琥珀 所属:飛翔学園高等部総合進学コース新一年生 ジョブ:フェンサー ランク:C 座右の銘:石の上にも三年 黒髪を肩口で切り揃えている。派手さは強くないものの、愛嬌のある顔が可愛らしい印象を醸し出している。クールそうな名前がついている割には性格が引っ込み思案。自分の想力が闇であるがために自分の能力を忌避している。特別弱いわけではないが、目立った強さがあるわけでもなく、中途半端な自分を嫌っている。総合進学コースを選んだのも、なんとなく楽そうだからという消極的な理由である。 桐谷ソラ 所属:飛翔学園高等部想力研究コース応用想力学専攻新二年生 ランク:B ジョブ:ウィザード 座右の銘:寝る子は育つ 琥珀の先輩。腰まで届くような若草色の髪ときつそうな印象を与える目元が特徴。永とは対照的に毒舌であり、先輩後輩関係なく不遜な態度を取る。居眠りをよくするなど、生活はややだらしない。永とは幼なじみ。ソラもまたトップレベルの実力を持つウィザードであり、想力研究コースの主席入学者でもある。琥珀に対して辛辣に接するが、永曰く「面倒見はいい」らしい。 星堂(せいどう)永(はるか) 所属:飛翔学園高等部想力技術者育成コース想力技術学専攻新二年生 ジョブ:フェンサー ランク:A 座右の銘:誠心誠意 琥珀の先輩。亜麻色の長い髪を後ろで三つ編みにまとめている。おっとりとした物腰で常に笑っているかのような穏やかな印象を受ける少女。ただし、バトルの時になると本気になる。これは彼女が「試合においては全力でぶつかることこそが相手への礼儀」と考えているからだ。お嬢様のような言葉遣いをするが、一人称は「ぼく」。母は定食屋「かつどん亭」を営んでおり、特別裕福というわけではない。また、味覚音痴でもある。 〇用語解説 想力(イマジン) 魔法少女のエネルギーであり、異能であるスキルを発動させるための源。これらに適性を示さない者は魔法少女になることは絶対に不可能である。 戦闘魔装(コスチュームデバイス) 対となるトランスフォンを起動させることにより、召喚できる衣装。魔法少女はこれを身に纏うことにより、変身前とは比較にならないほどの戦闘力を発揮できる。 トランスフォン 戦闘魔装を呼び出すために必要なスマートフォン型端末。魔法少女となる者はまず、これを使いこなせるようにならなければその資格を得ることはできない 魔法少女 想力に適性を持ち、戦闘魔装を身に纏いスキルを操る特異存在。上位クラスの者になると個人固有の武装である想力援(ブースタ)具(ー)を召喚し、より高度なスキルを発動できる。 魔法戦士 魔法少女の中でも特に強い戦闘力を発揮でき、魔法少女学校を卒業した者に与えられる資格。 ランク 魔法少女としての強さを表す指標。最高はS、最低はE。大半はDランクであり、全体の七割を占める。想力援具を呼び出すには最低でもCランク以上の力が必要とされる。攻撃力、防御力、想力量、魔法力、敏捷性などのステータスも参照し総合的に判断する。 第二章 初めてのバトル 1 (どうしてこうなったの......) どんよりとした目つきで、琥珀は早くもギルド仮加入を後悔していた。 場所は『闘技場』と呼ばれるドーム型の訓練施設。直径百メートルほどの戦闘フィールドと、それを囲むように観客席がある。 琥珀はそこで『フォルトゥーナ』のメンバーと共に、別の学校の生徒と相対していた。 話は数十分前に遡る。 * 「た、他校との合同試合? 何でそんないきなりなんですか?」 ギルド部屋で集合した後に、突然永から他校との合同練習を聞かされていた。 「ま、あんたにとってはいきなりよね。永が話してなかったし」 「きっと琥珀にもいい刺激になると思ってお誘いしました。まずかったですか?」 「まずいですよ! 私、ほとんど試合の経験なんてないし......」 ギルド加入だけでも琥珀にとっては相当の覚悟を要したのに、その上で試合だなんていくらなんでもハードルが上がり過ぎだ。 「安心しなさい。相手のギルドも少人数で二年生と一年生が一人ずつ。永の参加は確定として、一年生と二年生だとハンデが大きいから見学でいい 」 「あ、そうなんですか。それならよかった 」 「っていう話だったんだけど、一年生のあんたが入ってくれたから、戦わせた方がいいんじゃない? ってなって永とあんたでダブルスの試合を組むことになったわ」 「全然よくなかった?」 琥珀は頭を抱えた。 「言っとくけど、もう返事したんだからキャンセルは無理よ」 「そんな! 先輩が行ってくださいよ!」 「なんでよ。親善試合なんだからほとんど練習みたいなもんでしょ。ほら、この通り、頭下げるからあんたが行ってきなさい」 と言いながら一ミリも頭を下げず、髪の先をいじるのがソラという少女だった。 がっくりと項垂れた琥珀の肩に、永がぽんと手を置いた。 「ぼくが全力でお守りしますからご安心ください」 永の笑みは、いつも浮かべる穏やかなそれとは少し違っていた。 やる気と、自信に満ちた不敵な笑み。 頼もしいと思えるのは確かなのだが、疑問も湧いた。 「あの......永先輩ってどれくらい強いんですか?」 その発言にソラは大仰に嘆息した。 「あんた、自分のギルドメンバーのステータスくらい確認しときなさいよ」 琥珀は慌ててトランスペンを振って、ウインドウを開く。学校の管理するギルドサイトにアクセスするためだ。そこでは当然琥珀の所属する『フォルトゥーナ』の情報も掲載されているのだが、 「え、AランクとBランク......?」 琥珀は驚愕していた。 永はAランク、ソラはBランクだった。 魔法少女としての強さを示す指標として、魔法少女学校管理機構が設定するランク制度が使われている。Aランクは最高の評価であり、名目上永は最強クラスの魔法少女であるし、ソラも天才クラスということになる。ただし、使う力は闇の想力であるという条件つきで。 かつては、魔法少女ランクは光の想力の適性のみを考慮されており、闇の想力に適性のある魔法少女たちは不等な扱いを受けていた。この飛翔学園では闇の想力への理解も深く、近年になってようやく闇の想力への適合も加味されるようになっていた。 「月城だってCランクじゃないの。そこそこは強いみたいだけど」 「いや、ほとんどランクだけですし......」 Cランクまではステータスの高さだけで上り詰めることができる。学校で行われる定期試験や検査で一定の水準を満たせばランクの更新は可能だ。Bランク以上になろうとすると、実戦、つまり学校が記録する公式戦での成績が不可欠となる。 大抵はDランクの者だから、琥珀は少なくとも数値上は琥珀の力は高いとされる。だが琥珀は学費免除を許可されたいという理由のためだけにステータスを上げるための練習をしていたに過ぎない。試合に出るなんて想定していなかった。 「琥珀、ぼくは琥珀の力を間近で見たいと思います」 永は微笑を浮かべたまま。ただし、目はとても真剣だった。 一体何がこの先輩の熱意を強固にしているのかはわからないが、知らず琥珀は頷いていた。 「わかり、ました......。やれるだけ頑張ってみます」 「ええ。必ず勝ちましょうね、琥珀」 す、と差し出してきた手に、無意識のうちに琥珀は自分の手を重ねていた。 * 「で、あんたたちがギルド『フォルトゥーナ』? トップレベルの実力者って学校からは聞いたんだけど」 そう不機嫌そうな声を漏らすのは、聖風諸島の別の学校である桜希学園の二年生・浅野真矢だった。セミロングの赤茶色の髪と真面目そうな目つきが印象に残った。その隣には琥珀と同じくらいの、ポニーテールの小柄な少女が琥珀をまじまじと見つめている。名前は小鳥遊つばさといった。一年生だ。飛翔学園の制服とは違い、真矢とつばさは紺のセーラー服を着ていた。 「よろしくお願いします。少なくとも闇の想力に関しては努力を重ねたつもりです」 柔らかな笑みを湛えて永が言う。 闇の想力。その単語を聞いた途端、真矢の顔が険しくなる。 「闇の力、ね。あんたたち、異端派なんだ」 異端派というのは闇の魔法少女に対する蔑称に近い通称だ。その声音と顔色から明らかに真矢が友好的な態度ではないことは明らかだ。 「そう呼ばれることも多いです」 永は特に不快になった様子もなく、笑みを保ったままだ。胆力が強いのか、感覚がずれているのか。 真矢が友好的でないことに琥珀は不快になったが、驚きはしなかった。 飛翔学園は良くも悪くも自由な校風だから、放課後に他校との練習を推奨しているし、規則も緩い。どういう手続きがあったのかまでは知らないが、相手方のギルド『ガーベラ』は実力の高いギルドを対戦相手として指定したのだろう。その対戦相手が自分たち『フォルトゥーナ』だったということだ。 問題は、その『フォルトゥーナ』が異端派だったということ。闇の想力を使う相手と戦うのに躊躇しないという方がはっきりいって変だ。だから真矢の反応は特別なことではないし、そういうものだ、と琥珀は割り切っていた。中学時代にはもっと嫌な差別を目の当たりにしたこともある。それよりも気になっているのは、 「..................」 (なんか、すっごい見られてる?) じーっと琥珀を見つめてくるつばさ。その双眸には嫌味などはなく、ただ純粋に琥珀のことが興味津々といった様子だ。 「月城さん」 「は、はい」 つばさに呼ばれて、琥珀は少しびっくりする。 「闇の想力の使い手、なの?」 「そうだけど......」 首を縦に動かしながら、「またか」と思う。どうせ奇異な目で見られるのはわかりきっている。だから試合なんて気が進まなかったのだ。と、琥珀が否定的な気分になっていると、 「かっこいい!」 「えぇ?」 目を輝かせたつばさに両手を掴まれ、琥珀は心底戸惑う。 「ね! ね! ダークな力なんでしょ! かっこいいよ! わたしにも見せて見せて!」 掴んだ両手をぶんぶんと振ってくるつばさ。彼女はからかってなどいない。本当に琥珀をかっこいいと思っている。今の彼女は明らかにそんな顔をしていた。 「こら、つばさ。いきなり馴れ馴れしいぞ」 真矢は窘めるように言うと、つばさの襟を掴んで琥珀から離した。 琥珀から引き離されたことにむくれたつばさだったが、琥珀を見るとまたフレンドリーな笑顔を咲かせた。 「よろしくね! 月城さん!」 「う、うん」 握手を交わす琥珀とつばさ。こんなに友好的に接してきてくれたのはつばさが初めてだった。 「つばさはこの通り変わり者でね。昔から闇だの暗黒だのが好きなんだ」 「変わってなんかないですよ、むー」 と、頬を膨らませるつばさ。正直、ちょっとは変わっていると思う。 「はっきり言わせてもらうと、あんたたちの力は疑ってる。闇の想力なんてものを堂々と使うことも良くは思わないね」 真矢は辛辣な言葉を告げてくる。だが彼女の言うことが的外れだとは思わなかった。琥珀だってもし光の想力に適性があれば、真矢と同じように考えたに違いないからだ。 「......ま、でも、あんたたちが強いならあたしはなんでもいい。その力、たっぷり見せてもらう」 真矢の眼光が鋭さを帯びる。その光から威圧めいたものを感じる。 「はい。少しでも真矢さんのご期待に沿えるような試合になるように尽力します」 鋭い目を向けられても、永に動じた様子はない。ただ、その笑顔の奥に戦意のような気配を感じ取ったのは琥珀だけではないはずだ。 「ねーあんたたち、挨拶はそれくらいにしてそろそろアップしなさいよ」 そんな怠そうな声と共に近づいてきたのはソラだ。彼女は試合のレフェリーと練習だけを担当してもらうことになっていた。 「そうでしたね。では真矢さん、アップは合同で行うということでよろしいですか?」 「構わない。つばさもいいか?」 「はい!」 「では、スペースを広く取ってアップを始めましょう。琥珀」 「はい......」 一人だけ妙にテンションが低い。突然のギルドに突然の練習試合。琥珀は試合が終わったらさっさとギルドを抜けようと決めた。 2 琥珀は『フォルトゥーナ』のメンバーと共に体を解すためのストレッチを行っていた。試合に参加しないソラがやる必要はあるのかとは思ったが、ソラ曰く「見てるだけだと暇だから」らしい。 想力と身体能力の関係については諸説あるが、想力の流れをスムーズにさせるためにも身体が柔らかいに越したことはない、というのが有力な見解となっている。想力が常に全開で戦えるとも限らないのでやはり身体は柔らかいに越したことはない。だから琥珀は試合前に柔軟を行うことは自然だと思っていたのだが、 「............」 琥珀は永とソラを過小評価していたことに気づかされる。二人の身体の柔軟さは目を見張るばかりだった。開脚して床にあっさりと胸と両手を着けたことにも驚かされたが、そんなのはほんの序の口だった。 琥珀だったら悲鳴をあげてしまいそうな柔軟メニューを二人は難なくこなしていく。二人は、特に永は女性らしいしなやかさと鍛えられた鋼のような強靭さを兼ね備えた奇跡のような体躯だ。一体どれほどの鍛錬を積めばこれほどの肉体が手に入るのか琥珀には想像できなかった。単に体の力を落としたくないという理由だけで体操をしていた自分が小さく見えた。 「どうしました? 琥珀?」 琥珀の目線に気づいた永が訝しげに訊く。 「永先輩の体、すごく柔らかいんですね......」 「ありがとうございます。琥珀も鍛えればもっと柔らかくなると思いますよ」 永はそう言うが、どう考えてもこの先輩のような柔軟さを得るには並大抵の努力では不可能だろう。琥珀は曖昧な苦笑を返しておいた。 「そろそろ、終わった?」 ストレッチを一足先に終えたソラが桜希学園側に訊いた。 「こちらはもう大丈夫だ。いつでも構わない」 「ん。それじゃあ、双方開始線上について」 琥珀はストレッチをやめ、渋々立った。試合のノウハウなんてほとんど理論上の知識しかない。適当に戦って負けよう。どうせ仮のギルドなのだし......と、後ろ向きなことを考えていると、 「琥珀」 永の方を振り返ると、彼女はいつになくしかつめらしい顔をしていた。 「練習とはいえ試合です。試合である以上、相手には全力でぶつかってください」 熱のこもった物言いに琥珀はたじろいだ。温厚そうな雰囲気のある永だが、意外と負けず嫌いなのだろうか。 「試合で本気を出さないのは相手に失礼です」 何と返したらいいのかわからなかった。永は軽はずみな気持ちでは言っていない。それは彼女が一分も笑っていないことから窺えた。 何も言えないまま琥珀は永から視線が外せなくなった。しばらく無言で視線を交錯させていた二人だったが、先に永がふっと表情を和らげた。 「琥珀は琥珀のやり方で全力を出してください。期待しています」 「はい......」 どこかぎこちなさそうに琥珀は頷いた。先ほどの永が見せた本気が何を意味しているのかはまだわからなかった。 レフェリー役のソラを挟み、琥珀は真矢とつばさと対峙する。真面目そうな真矢からは戦意がありありと感じられ、隣のつばさも笑顔を保ちつつも、その顔はやる気に満ちていた。士気の低い琥珀は自分が場違いに思えた。 だが、何より威圧を放っていたのは永だ。 睨んでいるのではない。ただ怖いくらい真剣な表情で、対戦相手を見つめている。試合開始前であっても相手から取れる情報は一つも見逃さない。これはそんな目だ。 闘志の充満した空気が、琥珀にはひどく息苦しく感じた。 小さく肩を叩かれた。永が耳元で囁く。 「攻めはぼくが行きます。琥珀はバックアップをお願いしますね」 「は、はい」 「もしご自身の攻めに自信があるようであればそれに従ってください。琥珀のジョブは......フェンサーでしたね?」 「一応、フェンサーです。で、でも攻めに自信なんてないですから、先輩をサポートします」 ジョブとは魔法少女の戦闘スタイルを意味する。戦闘魔装ごとにジョブは決められており、魔法少女たちは途中からジョブを変えることは不可能だ。 「お相手の方々はウォーリアとシューターのようです。ウォーリアはぼくが止めますから、シューターを牽制してください」 「はい」 頷いてはおいたが、琥珀は不安しか感じていなかった。 ジョブには四種類ある。 ギルドの攻撃役から守備役まで幅広く担い、最も人気の高い《ウォーリア》。 速攻を重視した《フェンサー》。 遠距離攻撃が得意な《シューター》。 味方の補助、敵の妨害を担当する《ウィザード》。 この中で汎用性が高いジョブがウォーリアであり、他のジョブと比べて専門性では劣るという欠点はあるものの、扱いやすいことには変わらない。他のジョブは癖が強く、扱いには熟練が必要だ。一般的に光の魔法少女であればウォーリア、シューターに選ばれる確率が高く、闇の魔法少女であればフェンサー、ウィザードになる確率が高いとされている。 「準備はいい? 双方、戦闘魔装を装備しなさい」 琥珀は唾を飲み込み、覚悟を決めた。人前で変身するなんていつ以来だろう。 「お願い。《ヨイヤミ》」 「来てください。《シンゲツ》!」 戦闘魔装を呼び出すための起動コードを唱え、想力を開放する。 しかし琥珀は、隣の永から放たれた闇の想力の凄まじさに目を剥いた。 永の足元には血の色に発光する魔法陣。複雑怪奇な紋様をいくつも組み合わせたそれは、どす黒い紫色のオーラを噴き出させた。オーラは枝分かれし、無数の蛇の如く蠢く。それぞれがむくりと鎌首をもたげて、一斉に永へと襲いかかった。 だが彼女は怯えた様子は一切見せず、オーラを纏ったまま真上に飛び上がった。空中で静止した永は全身を大きく広げた。その瞬間、菫色の光が迸ると同時に空中で前転。永が華麗に着地した時に魔法陣が破砕音を立てて消滅。それに続くようにオーラが残像を残して消え去り、紫の煙を乗せた風が永の亜麻色の髪をなびかせた。《シンゲツ》との接続が終わっていた。 琥珀は口をあんぐりと開けていた。永が上級者であることは知っていたが、魔法少女としての彼女が放つ力に気後れしてしまいそうになる。 赤いスカーフを巻いた、忍者風の戦闘魔装《シンゲツ》。 それに身を包み、凛とした表情で正面を見据える永からは、負けなどありえない自信が強く伝わってきた。 だが見惚れているばかりではいられない。 対戦相手を見ると、彼女たちも戦闘魔装との接続を済ませていた。永と琥珀の服はやはり目立つらしく、二人とも驚きを顔に表していた。 「噂で聞いていたが、やはり闇の魔法少女なのだね」 「はい。いい試合にしましょう。真矢さん、つばささん」 「改めて名乗ろうか、浅野真矢。ジョブはウォーリア。Aランク。ギルド『ガーベラ』の代表として、あんたたちを倒す」 「星堂永です。ジョブはフェンサー。Aランク。ぼくもギルド『フォルトゥーナ』として負けるわけにはいきません」 永は笑いかけたが、その横顔から漂う強烈な戦意に、味方である琥珀さえ背筋に冷たいものが走った。 真矢とつばさはワンピース風の戦闘魔装だ。真矢は朱色、つばさは水色を基調にしたデザインで容姿は似ていた。ただし、真矢は動きやすさを重視したのか、飾りつけは控え目であるのに対し、つばさはフリルやリボンがふんだんにあしらわれ、より可愛らしい見た目となっていた。まさにつばさの服は琥珀が小さい頃に夢見ていたコスチュームだった。 この期に及んでまだ琥珀は光の魔法少女への憧れを捨てきれていなかった。 本気の戦いなんて経験したことがない。相手と永から放たれているプレッシャーに琥珀は足が震えないようにするだけで精一杯だった。 試合で本気を出さないのは相手に失礼です。 その一言が印象に残っていた。 とはいっても、中途半端な力である琥珀が本気を出したところで納得してもらえるのかどうか。 初めての試合を直前にして、心臓は早鐘を鳴らしっぱなしだ。 「ん。じゃ、準備は整ったみたいだからルールの確認をしとくわね。練習試合だから障壁破壊で戦闘不能と見なすわ。変身解除で降参可能。制限時間なし。ペアのうち片方が生き残っていれば戦闘の続行は可能」 障壁とは魔法少女を守るバリアだ。障壁のおかげで魔法少女たちはバトルでも怪我をすることはない。ただし、痛みは感じるし、行動を制限されることもある。 ダメージが蓄積して障壁が破壊されると、直接肉体に損傷を負うことになる。だから、上級公式試合など一部の真剣勝負を除いて、障壁破壊の時点で負けと見なされるのが通例だ。 「このルールは多分色んなところで使えるから一年生は覚えておくといいわ。......始めていい?」 双方が首肯をしたのを見て、ソラも頷いた。 「それじゃ............バトルスタート!」 こうして、光の魔法少女と闇の魔法少女の戦いが始まった。 3 「えっ?」 最初に驚愕の声をあげたのは琥珀だった。 視界の端から黒い影が飛び出したと思った次の瞬間には、一条の黒い風となって永が視認不可能なほどの速さで敵の前に躍りかかっていた。二十メートル半の距離を埋めるのに、三秒もかかっていない。驚異的な速度で薙ぎ払われた永の左腕が、真矢を吹っ飛ばす かと思われた。 「つばさ!」 真矢が鋭く叫んだ直後、つばさが大きく飛び退った。振るわれた腕を真矢は寸前でブロックし、拳打を繰り出す。横に転がって回避した永だが、起き上がりざま眼前に白く光るものが迫っていることに気づく。 「っ!」 バック宙。その高さは優に十メートルを超える。驚愕する敵の魔法少女たちを視界に捉えながら永は状況を確認する。 つばさは弓型の想力援具による援護射撃を行っていたのだ。後少しでも反応が遅れていれば永は無事では済まなかったはずだ。 (シューターを先に攻めるべきかもしれませんね......!) 空中で体勢を立て直しながら、永は虚空に向かって右手を突き出す。己の想力に働きかけると、彼女の右手と左手に黒い霧のようなものが発生。想力援具をイメージして、武器を掴む動作をした。それに呼応するかのように霧が一瞬にして消え、永の左手には黒い拳銃、右手には刀が握られていた。 これこそが、永の銃と刀のセット型の想力援具《ライトニング・ロア》だった。 真っ黒で武骨なリボルバーと墨を塗りたくったような漆黒の鋼の刃。 銃口をつばさに向け、発砲。想力をエネルギーとして変換した弾丸が相手に向かって突進していく。直前でバックステップでかわされるが、今は少しでも相手を牽制できれば十分だった。 着地した瞬間、永はつばさに仕掛けるべく突撃。 「きゃあ!」 「っ!」 という作戦は、琥珀の悲鳴が聞こえてきた瞬間に中断し、即座に身を翻して琥珀の下に走った。 「琥珀!」 琥珀を庇いながら永は横に転がった。伏せていた永のすぐ真上を超高速で光の矢が擦過。 次の瞬間、後方で爆裂。激烈なエネルギーの奔流が衝撃波となって押し寄せてくる。永は琥珀を守ったまま飛ばされ、背中から床に激突。肺から空気が絞り出される。ダメージは決して小さくなかったが、ひとまず直撃を免れただけでも幸運といえた。 (これほどの《ショット》とは......。相手の分析が足りませんでしたか) 《ショット》とは想力を物理的エネルギーの塊に変換し、発射する汎用スキル 魔法少女の基本的技能の一つだ。シューターはとりわけこのスキルに秀でている。つばさはCランクシューターと聞いていたが、少々実力を甘く見ていた。 一方で、琥珀はメンタル面の問題があってか、思うように戦えていない。しかし、これは一方的に試合に巻き込んでしまった永に責任がある。先輩としてこの試合に負けるわけにはいかない。だが、どうすればいい? 「行くぞ!」 戦術を立て直す暇もないまま、正面からは真矢が突っ込んでくる。そしてその背後ではつばさが矢をつがえていた。膨大な想力をつめているらしく、光の塊が渦巻いていた。 まずい、と思った瞬間、永の体は半ば反射的に動いていた。 琥珀を突き飛ばし、どうにか敵の攻撃範囲外へと逃れさせる。一瞬だけ琥珀に目をやった真矢だが、琥珀は無力と判断したのか、速度を落とすことなく向かってくる。ここまでは予想通りだ。 真矢を迎撃するべく永は刀を構える。が 「《スパークル・バースト》!」 つばさが叫ぶと同時に、想力が爆発的に跳ね上がる気配。固有スキル 魔法少女個人ごとに備わっている異能の発動だ。真矢が直角方向に飛ぶ。永が驚愕の声をあげたのも束の間、すぐに巨大なエネルギー弾が永を目掛けて疾駆。 刹那、エネルギー弾が耳を聾するような炸裂音を轟かせ、弾けた。エネルギー弾は光の鏃となって驟雨のごとく永に降り注いでいった。 「くっ!」 永は刀を縦横無尽に振るい、襲ってくる光弾を弾き落とす。しかし、永の力量をもってしても、完全には防ぎきれず、手足に着弾。少しずつだが着実に永の体力を削っていく。 永の顔に焦りが滲み出始めた時、上空で並々ならぬ威圧を感じ、思わず上を向いた。 「終わりだ!」 中空で身を回転させた真矢が右足を振り上げた。その瞬間、足に燃えさかる生命を具現化したような、白い光の炎が帯となってまとわりついた。 「!」 身の危険を感じた永は防御姿勢を急遽中断し、大きく後方へ跳んで距離を取る。刹那、ギロチンの速度で降下した踵落としが床に炸裂。ずだんっ、と闘技場そのものが激震し、激烈な熱波と衝撃波が永に飛びかかってきた。永の華奢な体が枝切れよろしく吹き飛んだ。腕で顔を守りながら歯を食いしばってどうにか苦痛に耐える。 空中でもがき、かろうじて永は受け身を取れた。が、息つく暇もないまま、真矢が正面から突撃を開始。常識的に考えれば、あれほどの大技を出せば大量の想力を消費するはずだ。想力が回復するのに多少なりとも時間はかかるはずなのに、彼女の場合はそれがない。 永は歯?みした。ここにきてようやく永は真矢が身体能力と想(イマジ)力量(ナント)に特化したウォーリアだということを思い知らされた。 想力量とは体内に秘める想力の総量を指す。この値が高ければ、強力なスキルを持続して出しやすくなる。いわばスタミナのような役割を果たすのだ。ウォーリアは特別想力量に秀でているわけではない。幅広い戦略が使える分、ステータスは平均となりやすい。 だが、そんな常識はAランクの化け物には何の役にも立たない。 (ぼくの戦術分析の拙さが原因ですか......!) 後悔ばかりしてはいられない。永は全身の想力を駆動。全身がかっと熱くなり、菫色の光が彼女を包む。 (まだ、切り札を使うには早いでしょう。ですが ) フェンサーは速攻が命だ。相手が危険だとわかれば早急に沈めるに限る。 永は、己の切り札ともいえる固有スキルが使いづらいことはわかっている。 であれば、それ以外の力で勝負をつけるのみ。 床を蹴り、一気に距離を詰める。 激突する寸前、永は刀を下段に構える。それ応じるように真矢も光を纏った拳を振りかぶる。 「かかってきなさい!」 「決めさせてもらう!」 星堂流剣術居の型零番 「《地撃斬》!」 「やぁっ!」 神速で放たれた刀は漆黒の颶風となって、戦槌のごとく振り下ろされた拳打と衝突。 刀と拳が打ち合わされた瞬間、耳をつんざく金属音に永は思わず顔をしかめた。 光と闇の想力の鍔迫り合い。両者ともに顔に余裕はない。人知を超えた力が刀から痺れとなって広がってくる。ダメージの蓄積も相俟って、徐々に永が後ろに押されていく。 「お見事です。油断していたわけではありませんが、まさかこれほどとは......!」 「あたしも正直舐めてた。闇の想力なんて胡散臭いものがこれほど強いとはね。いい経験をさせてもらった。でも 勝つのはあたしだ」 真矢がほくそ笑むのがわかった。本能が警告を発し、永は慌てて後退しようとしたが、わずかに遅かった。 「来い 《轟火拳》!」 転瞬、暴力的な閃光に永の視界が白く塗り潰された。次に猛スピードのトラックにはね飛ばされたような鈍く重い衝撃を受けていた。 「......がはっ......!」 背中から床に叩きつけられ、一瞬視界が暗転。息が詰まり、喉の奥にあった空気がすべて噴き出た。 (一体、何が......?) 霞む視界の中、無理矢理上体を起こして、永は目を剥いた。 真矢の右手にあったのは、炎をそのまま武器にしたかのようなガントレット。 そこから放たれたインパクトに弾き飛ばされたのだと永は悟った。 (戦闘魔装を呼び出すと同時に相手への攻撃......見事です!) 永はかろうじて立ち上がったが、思うように体が動かなかった。防御力が弱いフェンサーは一発の被弾が命取りだ。ここまで耐えられたのは永の力があってのこと。それでも、永の隙を見逃してくれるような相手ではなかった。 再び真矢の突進。回避は成功しそうにない。迎え撃つ? しかし、今の体力で持ち堪えられるか? どうすれば 。 瞬きの間の迷いであってもフェンサーとしては遅すぎる。まだ修行が足りなかったか と永の中で諦めに近い感情が芽を出した時だった。 「先輩!」 琥珀が叫んだ直後、轟音。琥珀は持っていた巨大な銃型の想力援具による射撃を行ったのだ。真矢に命中はしなかったが、束の間動きを止めるくらいのことはできた。 たとえそれがコンマ数秒にも満たなかったとしても、フェンサーから見れば大きなチャンスだ。 想力の動力源ともいわれる心臓に働かけ、想力を増幅させる。足に回っていた想力が熱を帯び、撃発するような勢いで足が前へと押し出される。 床を蹴り、一気に加速。前方へ三発銃撃し、敵の動きを牽制。弾丸はバックステップやサイドステップでかわされるが、真矢が全ての弾丸を避けきるころには、永は彼女の懐に飛び込んでいた。 真矢が息を飲む気配。今が好機。 星堂流剣術居の型三番 「《夜叉柱》!」 刀を下段から跳ね上げた刹那、闇の想力が赤黒い流れとなって間欠泉のごとく噴出。 間一髪で両腕をクロスすることで防いだ真矢だが、衝撃で大きく後ろへ弾き飛ばされていた。即座に追撃しようとしたが、つばさの援護射撃によって邪魔される。悔しかったが永も一度後退。琥珀と合流する。 「助かりました、琥珀!」 「い、いえ......すみません、私、役立たずで」 どうやらつばさや真矢の攻撃から逃げるだけで精一杯だったようだ。無理もない。Cランクとはいえまだ精神面では不安がある。戦いに引っ張り出したのは永だ。なら、琥珀に不安を与えないよう指示を的確に出さなければならない。 (ぼく一人の力では限界があります。そんなことも忘れていたとは......) 気持ちが高ぶっていた。後輩の手本となれるように速攻で片をつけるつもりでいた。だが、それがそもそも間違っていたのだ。今更ながら自分の愚かさを恥じた。 瞬きに近い瞑目の間に、新たに戦略を計算し直す。今までに得られた敵の情報、感覚、状況、知識 それら全てを総合し、最適な解を導き出す。 (琥珀はぼくと同じく数少ない闇の想力の使い手......なら ) 琥珀は明らかに怯えていた。バトルにおいて怯懦は致命的となる。特に心の弱さは想力の働きを鈍らせてしまうのだ。何より敵を前にして逃げようとするなど魔法少女らしからぬ行為と言われている。 だが、それは光の想力に限れば、の話。 刹那、起死回生の一手が稲妻のように脳を駆け巡った。 「琥珀、ぼくが指示をしたら逃げてください」 「え、えぇ?」 「ぼくを信じてください。逆に言うと、ぼくが指示をするまで逃げることは許しません。何があっても、です」 まだ琥珀は顔に疑問符を浮かべたままだが、細かく説明をしている暇はない。 「次で決めるぞ! つばさ!」 「はい!」 ガントレットに火炎を滾らせた真矢が赤い風となって琥珀と永に迫ってくる。さらにそれを追いかけるように、真矢の周囲に光の矢が飛来。とても防ぎきれる攻撃ではない。 だから、永は賭けに出た。 「せ、先輩、逃げないと!」 琥珀は、永の左腕に抱きかかえられる形で拘束されていた。恐怖に身が竦んでいる。 まだだ。 まだ動く時ではない、と永は琥珀を戒める意味も含めて左腕に力を込めた。 琥珀は前進してくる相手が奇妙なスローモーションに見えた。闇の想力が溢れ出る。本能的な危機や恐怖を感じると、闇の想力が増幅するとは聞いていたが、本当のことだったようだ。 そう。 それこそが永の狙いだった。 琥珀から伝わってくる震え。そして包まれる闇の想力の波。 闇の想力が菫色の光となって溢れ出す。その光はまるで紫の炎のように揺らめく、美しくもどこか不吉さを感じさせる輝きへと変わった。 業火を纏った拳と高速で飛翔する矢が眼前へと迫った瞬間。 ( 今です!) 「ハァアアアアッッ!」 咆哮と同時に永は刀を上空に向かって振り上げた。 その瞬間。 闇の想力が一斉に発動。想力が無数の黒の剣閃へと変換され、戦場へと放出された。 「 っ?」 真矢には咄嗟に何が起きたかわからなかった。竜巻のごとく踊り狂う剣閃を防ぎ、回避するだけでもギリギリだった。 (どうやら賭けに勝ったようです......!) 仲間の闇の想力を用いることで発動した合体技 正確には琥珀の力を借りることで強化した《夜叉柱》といった方がここでは相応しい。 想力はその使用者が追い詰められるほど、強い力を発揮する。特に闇の想力の場合、その傾向が特に強くなる。 闇の想力を使うには嫉妬や怒り、恐怖 その他負の感情を駆り立てる必要がある。だからあえて不利な状況に追い込むことで恐怖を駆り立て、闇の想力を高めようとした。 とはいっても永と琥珀では力に差がある。それにペアもまだ組んだばかり。そんな状況で合体技が成功するかどうかは完全に運任せだ。 そんな危険な賭けに琥珀を巻き込んでしまったのは申し訳ないが......勝負の流れはこちらに引きつけられたはずだ。 「琥珀、逃げてください!」 「は、はい!」 永が琥珀の背中を押すと、琥珀は脱兎のごとく走り出す。闇の想力が増えたおかげでその動きは格段に速まっている。黒の疾風のごとく戦場を駆けるその姿はもはや人間の視力で捉えられるものではない。 「くっ......!」 忌々しそうに真矢が周囲を見回していた。つばさもまた琥珀を視認できないまま、矢を無駄に撃っている。 だがさすがAランクというべきか、真矢はすぐさま狙いを永に定める。明らかに今警戒するべきは永だ。琥珀の動きは敵の陽動を狙ったものだ。そう判断した真矢は正しいし、その判断に至るまでの時間も最小限に抑えられていた。 だが、それでも永に隙を与えてしまったのは迂闊だった。 「なっ?」 真矢は目を疑っていた。 なぜなら、永が己の刀で首元を浅く斬っていたからだ。 思わず動きを止める真矢。異常な気配を感じ取ったのか、琥珀もまた振り返りながら目を見開いていた。 「お、おい! あんた、一体何を......?」 「ぼくの全力をお見せします」 首元の傷から血の筋が流れてくる。永が刀を水平に構えると、流れ出た血が泡となって彼女の周囲を浮かび始めた。 通常、魔法少女は障壁を帯びるので余程激しい戦闘を行わない限りは肉体が傷つくことはない。 しかし、障壁を自ら消した場合は別だ。 障壁を自ら解除して戦うことも理論上は可能なのだ。 (体力の消耗が激しいのでできれば使いたくはありませんでしたが) 浮かんだ血が刀に吸い込まれていく中、永は事態の不可解さに驚愕している真矢を見据えた。 この真矢という少女は間違いなく一流の魔法少女だ。 切り札以外の技でも倒せるかと思いかけたことは自惚れだった。対戦相手に全力でぶつかるというポリシーにも反することだ。永の己の至らなさを戒めた。 真矢ほどの技量に達するには並大抵の努力では到底足りないはずだ。 同じ努力では闇より光が強いと言われている。 闇は光によっていつか祓われる存在。 人のそんな思い込み 希望とも言えるかもしれないが が強く根付いているから。 永だって分が闇の想力に選ばれていなければ闇の想力の真価を探ろうだなんて思わなかっただろう。 だけど。 闇だろうと負の感情であろうと、己の力であればそれを伸ばしたい。 ただその一心だけで努力を重ねてきた。 闇が光に勝つにはどうしたら良い? 永は その問いに一つの答えを出していた。 「真矢さんは本当にお強いです。貴女のような強い相手と戦えること、光栄に思いますよ」 「あたしもあんたの力には驚かされた......。けど、今のあんたは何をやってるんだ?」 血相を変える真矢。当然だ。試合中に突然自傷行為に走れば正気を疑われたっておかしくはない。 「ぼくはずっと異端派の力で何ができるかを考えました。......そして、ぼくの出した答えの一つがこれです!」 永がかっと目を見開いた瞬間、体中から紫の焔が噴き上がった。 「これは......まさか!」 背筋に寒気を感じた真矢は、永との距離を詰め、拳を振るった。 が、彼女の拳は永の残像をわずかに捉えただけだった。 「馬鹿な......!」 後ろからすさまじい殺気を感じた時、永は刀を構え、真矢を狙っていた。 「命を削って力とする......。これがぼくの答えです!」 「っ!」 永の目に宿っている殺意のあまりの迫力に、真矢は心の底から戦慄を覚えた。 「だから自分を傷つける、って......? そんな行為、絶対におかしい!」 「確かにおかしいのかもしれません。ですが......」 永は自虐気味に微笑した。 おかしいというのは自覚している。自らを傷つけるなんて、正しいわけがない。 けれど 「闇が光に勝つには......命を懸けるしかないと気づいたのです!」 悪の力とさえ呼ばれる闇の想力。逆に光の想力は正義の力と称賛される。 悪が正義に勝つには。 その答えの一つが......懸命になれるかどうかではないか。 ただし、それは文字通り命を懸けられるかどうか。 負の感情をありのままにエネルギーにしたとしたら? 光の想力では決して真似できない。そう、例えば正道から外れたような技があるとしたら? 悪が正義に勝つようなことはあってはならない。 だから、闇の想力の真価を引き出すには あってはならないような領域にまで手を出すしかない。 鬼神となる以外ない。 本気で光を倒すほどの力を得たいのなら、もう普通でいられるわけがない。 命を削ってでも、己の力を限界まで開放する。 それが、永の出した答え。 そして、その答えから導き出された永の固有スキルが 「《命刀羅刹》?」 永の刀が血の色に発光。永のエネルギーの光が、首の傷から走り、《ライトニング・ロア》へと吸収されていった。血の光は瞬く間に巨大化し、赤い花弁のごとく紅色を帯びたその刀からは、瘴気ともいえるような紫の光の粒子が立ち込めていた。永から放たれる圧迫感と怖気を誘う敵意は、もはや人間が出して良いそれではない。この場にいた誰もが息が詰まるような冷気に包まれていた。 (闇の想力が膨れ上がっている......? これが闇の力の本気だなんて......!) 真矢は恐怖と混乱で乱された意識を必死に自制しようとしていた。しかし、足の震えはどうしても治まってくれない。 この震えは生物的な本能が発する警告に近い。何か得体の知れない迫力に体が押し潰されそうになっていた。例えるなら自分よりも強さが遥かに上の者と相対したときの感覚。畏れと表現しても良いだろう。 真矢は闇の想力を侮っていたわけではない。ただ知らなかっただけなのだ。闇の想力を本気で極めた者など。 今思い知ったことがある。 この闇の想力に対抗できるほどの術を自分は持ち合わせていない。 だからといって、ただ敗北を受け入れるのは真矢の性分にはそぐわなかった。 恐怖に竦みそうになる体を強引に動かし、真矢は永を倒すべく床を蹴ろうとして 「えっ」 できなかった。 視界が閃光に染まる直後、永が懐に飛び込んでくるのを一瞬見たような気がする。 それを最後に、真矢の意識は途切れた。 4 「う、そ......」 唖然とした琥珀は脱力してその場にへたり込んだ。 何もかもが夢の中の出来事のようだった。 かろうじて視認できたのは、永のスピードが倍加し、さながら放たれた弾丸のごとく真矢へと飛びかかっていったこと。 斬線が煌めいた後、真矢は地面へと崩れ落ちていた。 だが本当に驚愕すべきなのはここからだった。 永が刀を天に向かって掲げた時、刀が血の色の光を発した。黒い靄が漂い始め、刀と永を覆いつくしていった。 「《風裂斬》!」 その叫びの直後、一瞬だけ永が紅色の輝きを放ったように見えた。 破裂音が響き、永が発砲した。魔法陣を突き破って射出されたその弾丸は紫電を帯び、速度、威力共に桁違いに上昇していることがわかった。 が。 刀から発せられた巨大な黒の軌跡は突風となって銃弾を追い、つばさを襲った。とても避けられるスピードや範囲でないことは明らかだった。 つばさに直撃した瞬間、爆風が吹き荒れた。凄まじい風圧に、琥珀はしゃがみ込み、飛ばされないよう踏ん張った。 しばらく琥珀は動けなかった。ダメージを受けたわけでもないのに、体が萎縮してしまっていたのだ。 永と自分では格が違い過ぎる、と痛感していた。 ほとんど試合中は何もできなかった。相手から逃げ回るだけで精一杯だった。 永が追い詰められていた時は援護射撃ができたが、あれは反射的にやったに過ぎない。 バトルでの知識は一通り学んできたつもりだったが、座学だけでは何の意味もなさなかった。そのことを琥珀は身をもって知った。 (私、もしかしてとんでもないギルドに入っちゃった......?) 背中に冷たいものを感じながら琥珀がそんなことを考えていると、 「ったく......、相変わらずね、あの勝負バカは。練習試合で出すような技じゃないでしょ」 ソラが髪をかき上げながら、呆れ顔で歩み寄ってきた。全員が永の技量に仰天しているように思ったが、ソラだけが平然としていた。 「あの、桐谷先輩......」 「呼び方」 「え?」 「ソラでいいわ。上の名前は嫌いなの」 「ソラ先輩......、永先輩は一体、何を......?」 「説明は後よ。今はとにかく、あれ」 ソラが指差した先は、倒れている二人の少女と、魂が抜けたように立ち尽くしている永の姿があった。 永が眩暈を起こしたように体をぐらつかせると、ソラはすぐさま走り寄った。 「バカ永! 力を使い過ぎなのよ!」 「ご心配をおかけしました。ですが、本気で勝負をすることがぼくのポリシーなのです」 「それは知ってるわよ。......まったく、あんたはほんと加減って言葉を知った方がいいわ」 二人のやり取りを見ながら、琥珀は永とソラは信頼関係があるのだと思った。 倒れていた『ガーベラ』のメンバーの介抱に琥珀は当たっていた。 「うっ......ん?」 闘技場入り口付近にある控室。 ソラと琥珀で気を失った二人をここまで運んできていた。冷や冷やした琥珀だったが、二人はすぐに目を覚ましてくれたので、安堵した。変身はもう解除されている。 「気がついた?」 ソラが声をかけると、頭痛を堪えるように額を押さえながら真矢が体を起こした。真矢とつばさは部屋の長椅子に寝かされていた。 「具合が悪いなら医務室に案内するけど」 「いや、大丈夫。ちょっと頭がくらくらするけど」 「真矢先輩!」 つばさは真矢に向かって頭を下げた。 「ごめんなさい。わたし、結局役立たずのままで......」 「つばさのせいじゃない。あたしの詰めが甘かったんだ。それより......」 すっ、と真矢は永へと視線を移した。 「あんたの強さには本当に驚かされたよ。あたしたちの負けだ」 悔しそうに、それでいてどこかすがすがしそうに笑った真矢を見て、永も微笑み返す。 「とてもいい試合ができて勉強になりました。本当に感謝します」 「次は公式戦で会おう。今度は負けない」 「はい。ぼくでよければまたいつでもお相手いたします」 Aランクの魔法少女同士が握手を交わした。つばさは目を輝かせてそれを眺めていた。 「月城さん!」 「は、はい!」 大声で名を呼ばれた琥珀は、思わず直立不動の姿勢になった。 「よかったら、またわたしとも戦って! 一緒にこの先輩たちみたいになれるように頑張ろう!」 そう勢いよく言ってつばさが抱きついてきた。 「わわっ? 小鳥遊さん?」 「今日はありがとう! またよろしくね♪」 「う、うん。よろしく......?」 不思議な気分になりながら、琥珀はつばさを抱き返した。 魔法少女の戦いは試合であって、喧嘩ではない。 むしろお互いの力を披露し合うことに参加していたのだから、対戦相手に感謝することは理念にかなっている。 ただ、それが闇の魔法少女の場合でも当てはまるのかどうかまでは知らなかった。 「ねえ、あんたたち......はしゃぐのもいいけど、そろそろ出る準備しなさいよね。そろそろ借りてる時間過ぎるんだけど」 ソラの怠そうな声が飛んできて、一同は笑った。 誰もがお互いに力を出せたことを労っているように見えた。 ただ...... 琥珀だけは、ぎこちない気分も味わっていた。 自分は本当に全力を出せたのだろうか? と。 5 「はぁーあ......」 下校時刻近く。琥珀は中庭のベンチに座って太い溜息をついた。体中が重い。そしてそれ以上に精神の疲労を感じていた。 トランスペンを起動し、連絡先に小鳥遊つばさの名前があったことを確認した。今でもなぜ彼女と連絡先を交換する気になったのかよくわからない。 闘技場を出た後は各自解散となった。闘技場や試合の事後処理などは先輩がやってくれることになっていた。 そうして、琥珀は一旦ギルドルームに帰ろうした時に、つばさに話しかけられた。 「月城さん! よかったら連絡先交換してくれない?」 そう持ち掛けられた時は心から戸惑ってしまった。理由を訊くと彼女はあっけらかんとこう答えた。 「だって、月城さんの戦闘魔装かっこいいもん! それにわたし、他校の友達も欲しかったから!」 かっこいい。そんな称賛を他人からされたのは初めてかもしれない。 友達と言われたことは嬉しいという気持ちよりも不思議に思う気持ちが勝った。どうしたらつばさのように知り合って間もない相手にフレンドリーに接することができるのか知りたかった。 「わたし、先輩に頼りっぱなしで全然強くないから。だから、一緒に頑張れる友達がいればいいな、って思ったんだけど......ダメかな?」 そこまで言われては琥珀としては拒否する理由がなかった。まあ、連絡先を教えるだけなら大した手間でもないから、琥珀は承諾した。単に琥珀が珍しい魔法少女という理由で接してきてくれたという可能性も否定できないが、それは考えないことにした。 「ありがとう、よろしくね!」 晴れやかなつばさの笑顔に、琥珀の羨望の念を抱いていた。友達になった記念ということでお互いに下の名前で呼ぶことも決めた。 初めてのバトルは非常に濃密な内容で終わった。ただし、琥珀としては先輩たちと比べて精神面でも技術面でも大きく劣っていることが発覚したという意味合いが強い。 特に永の戦いぶりは目を見張るものだった。闇の想力に選ばれただけで卑屈になっているという自分が馬鹿に思えた。 「あ、ここにいたのね」 見ると、ソラが長い足を引きずるようにして近寄ってくるところだった。 「ソラ先輩......」 「はいこれ」 ソラが差し出してきたのは、個包装に包まれたドーナツだった。イチゴ風味のチョコレートがコーティングされた、穴がハート型のもので、名称は「ハートドーナツ」という。琥珀の好物の一つだ。 「永からの差し入れよ。『試合に出ていただいてありがとうございます。ちょっとした差し入れです』ってね」 差し入れがあることに少し驚きながら、琥珀はドーナツを受け取った。 「ありがとうございます。あの、永先輩は?」 「医務室で休んでるわ。《命刀羅刹》を使った後だから一応検査しとくだって」 琥珀は今日行われたバトルの内容を思い出していた。 《命刀羅刹》 まさに命の力をそのままエネルギーに変換したような奥義。 だがいくら勝負とはいえ、本当に自らの命を削るとは......琥珀には理解できそうになかった。 わからない。どうしてそこまで永が本気になれるのか。 魔法少女の頂を争う、魔法総合戦を目指す理由も。 ほとんど琥珀は表面的なことしか永を知らなかったのだ。 そして琥珀は......自分はこれからどうすべきかすらもわからなかった。 「んじゃ、遅くならないうちに帰りなさいよ」 帰ろうとしたソラを「あの」と呼び止めた。 「何よ」 「その......永先輩とソラ先輩は、魔法総合戦を目指してるんですか?」 「だとしたら何だって言うの?」 「あ、それは......」 半眼になって見てくるソラに、琥珀は声を詰まらせた。そんな様子を見て、ソラは小さく肩を竦めた。 「ま、言いたいことは大体わかるわ。あたしたちみたいな異端派が正統派に勝負を挑むこと自体がおごがましい。それなのにどうしてあたしたちは魔法少女の道を歩もうとしているのか、わからない。そうなんでしょ?」 ぐうの音も出ないとはまさにこのことだろう。多少の言い方の悪さはあるとはいえ、ニュアンスとしては否定できなかった。 気まずげに目を逸らす琥珀に、ソラは鼻を鳴らした。 「あんた、女優だけは目指すべきじゃないわね。顔は可愛いけど、演技下手過ぎみたいだし」 「別に目指してません......」 琥珀は悄然として俯く。考えていることが顔に出やすいのは昔からだった。 「んで、何? あたしと永が魔法総合戦を目指す理由が知りたいわけ?」 「まあ、はい」 「あんたも物好きなのね。ま、いいわ」 欠伸を零しながらソラはベンチに腰かけた。 「あたしとあいつが頑張る理由なんてシンプルよ。悔しいからよ」 「悔しいから......?」 「そ」 ソラは遠くを見つめる時のような目つきなると、緑色の髪を指に巻きつけた。 「琥珀だって心当たりがあるんじゃないの? 使う想力が闇ってだけで魔法少女の落ちこぼれにされる。あたしたちは馬鹿にしてくる奴らを見返したいから努力してる。それだけよ」 飾り気のない、シンプルな理由。 でも、だからだろうか、琥珀の胸には不思議と響いていた。 悔しさをバネにして努力ができるのは強い人間の証拠だと思っていた。 琥珀は異端派の自分が頑張ることが怖くてできなかった。 人とは違うという理由だけで、目をつけられる。そして嫌われる。 それが何よりも、琥珀には怖かった。 「あんたはどうなの? 何を目指してるわけ?」 「私は......」 正直なところ、まだ考えがまとめられていなかった。 魔法総合戦なんて高い目標があるわけでもないし、なんとなく行けそうだからという理由で飛翔学園を選んでしまった自分に、理想を語ることはできなかった。 今のままでは永とソラと同じギルドにいることだけでも恐れ多いのかもしれない。 だが......永やソラの出会いから、何か自分を変えられるかもしれないと思っていることもまた事実。 琥珀が言葉を紡げないでいると、ソラが先に口を動かした。 「今言えそうにないなら別にいいわ。あんたはあんたのやり方で頑張ればいいんだし」 「はい......」 「一つ言い忘れたわね。あたしが頑張る理由は永に借りがあるから、というのもあるわ」 「借り?」 「そう。永の世話焼きは昔からなのよ。それであたしもあいつに散々振り回されたけど......色々あったあたしは結局、永に借りを作った。その借りを返すためよ」 『色々』の中身を訊くほど琥珀は軽率な人間ではなかった。だが、ソラが半端な覚悟であのギルドに入っていないことは横顔を見ればいやでも伝わった。 ソラも永も背負っているものがある。その重みは琥珀では到底支えられそうにない。 そんな人たちと一緒にいても、迷惑になるだけだろう。 そう思いかけていたら、 「琥珀があたしたちをどう思うかは勝手よ。ギルドをやめたいならそれでも構わないわ」 「......」 「でも 」 ふとソラの瞳が真剣味を増した気がした。 「もしあんたが、何かに納得してないなら行動してみることを勧めるわよ」 納得はしていない。 闇の想力なんて嫌いだと思っていた。魔法少女の道なんてとっくに諦めたつもりだった。 けれどその一方で、力を諦めきれていない自分がずるずると今の進路を選ばせたと言っていい。 いつまで他人の目を気にしていればいいのだろう。 いつまでこのもやもやとした気持ちを抱えこんでいればいいのだろう。 こんな煙みたいに燻ぶった気分を晴らすには......ソラの言う通り、行動を起こすべきなのだった。 まだ、覚悟を決められたとは言えないのだろうけど......。 「ソラ先輩......永先輩がいつ帰るかわかりますか?」 「多分まだ医務室だと思うわよ。でも、そろそろ閉まる頃だろうし、永もそろそろ帰るんじゃない?」 「ありがとうございます。......すみません、失礼します」 琥珀はソラに小さく頭を下げると、足早にその場を去った。 校門付近まで行った琥珀はやや慌てた様子で、三つ編みにされた亜麻色の髪を探した。 下校時刻ギリギリだったが、部活動やギルド活動終わりで下校する生徒の数は意外と多く、永はなかなか見つからなかった。 やっぱりトランスペンで一度連絡をした方がいいかと思った時だった。 「おや、琥珀......?」 後方から声が聞こえて振り返ると、永がぽかんとした顔でこちらを見ていた。 「永先輩、体調は大丈夫なんですか?」 「念のため検査しただけですよ。ご心配をおかけしました」 永の顔色は良好だ。琥珀は安心しつつも、一つ決めたことがあった。 「あ、あの、先輩、私思ったんですけど......ギルド、これからも続けます!」 言ってしまった。 脈動が激しくなっていた。 それは単なる緊張なのか、あるいはやってしまった、という後悔や気恥ずかしさに似た感情なのか。琥珀には判断できなかった。 勇気を出して発言した琥珀はじっと永の返事を待っていると、 「琥珀、お話しながら帰りましょう」 永は優しく微笑み、そんな誘いをしてくれた。 永の家は学園を少し離れた所で定食屋を営んでいるらしく、琥珀の住む寮から東に進んだ場所にあると聞いた。 ゲートまでの道のりを二人は、比較的人通りが少ない静かな道を選ぶようにして歩を進めていた。 「琥珀はやはりぼくの力はおかしいと思いますか?」 笑みながらも、真面目なトーンで永が訊いた。 「おかしいっていうか......でも、先輩の力、すごい強いと思いました」 「そんなに万能な力でもありません。発動には条件がありますし、使い過ぎると本当に命に関わります。それに発動している間に相手を倒せないとぼくは自滅してしまいます」 聞いてみると、強力な分、リスクも高いようだ。むしろ、欠点の方が多いとすら思えた。 「どうして......そんなに危ない技を?」 「変だと思いますか?」 「いや、その......そもそも闇の想力自体が変だと思ってます......」 言いながら琥珀はさらりと失言を漏らしたことに気づいたが、一度出た言葉を引っ込めることなんてできない。謝ろうとしたが、永は笑んだままだった。 「変だと思うことが悪いとは思いません。ぼくも小学生の頃は自分の力が嫌いでした」 「先輩が......? 力が嫌い......?」 「はい」 永は昔の記憶に想いを馳せるように目を細めた。 「魔法少女には似つかわしくない、闇の力に選ばれた自分がひどく惨めに思えました。ぼくは憧れていた魔法のヒロインなどには決してなれない、と忠告されたような気分でした」 永の語る内容は琥珀がまさに思い込んでいたことであり、琥珀の胸は痛んだ。 ところが、本人である永の口調は淡々としていた。その横顔も飄々としており、心の中で決着がついていることは何となく察せた。 「琥珀、飛翔学園が移転する前の話は聞いたことはありますか?」 「移転する前、ですか? ......いいえ」 飛翔学園はここ数年の間で聖風諸島に移転していた。移転する前は中国地方に設置されていたらしいが、想力の大規模な開発を行うために人工島に移転したというのは常識として知っていた。 「もうずっと前の理事長が、学校の方針を変えたそうです。魔法少女だって人間だ、人間である以上は悪と無関係だなんて言い切れない。だから闇の想力も光の想力と同じように評価すべきだ......と。そして同じころに就任した学校の指導員の方も、同じように闇の想力を差別することなく育てたそうです」 「えっ」 初めて聞く話だった。 飛翔学園が闇の想力の研究を進めている数少ない学校だということは周知の事実だが、その経緯は考えたことがなかった。 「もしその理事長や指導員の方がいらっしゃることがなければ、飛翔学園は今のような『徹底した実力主義』を取ることはなかったでしょう。今のようにぼくが飛翔学園に通うこともできなかったはずです」 琥珀は開いた口が塞がらなかった。飛翔学園の今の理念の裏にそんな経緯があったとは夢にも思っていなかった。 「そして、その当時に残された言葉がとても印象に残ってるんです」 永は懐かしい想いに浸るように目を閉じた。 「『自分しか持ってない想いがあるなら、その想いを大切にする。そうしたら想いはきっと力に変わってくれる』......ぼくはこの言葉好きです」 想いを力へと変える。 それ自体は陳腐な台詞なのかもしれない。 だけど、実行に移すのは難しいし、全ての想いが力へと変わるとも考えていなかった。 でも。 ゆっくりと、永が目を開け、琥珀の顔を真っ直ぐに見据えた。 「想いは決して綺麗なものばかりではありません。醜い感情をエネルギーにしなければならないと知った時は、ぼくは自分の力が嫌いになりました。......それでも、あの言葉を知って、飛翔学園を知ってぼくは自分の力を考え直すべきだと思ったのです」 穏やかだが、並々ならぬ決意のこもった瞳を向けられ、琥珀は言葉が出なくなっていた。 固まる琥珀に、永はふっと表情を和らげた。 「自分の闇の想力で何ができるかを考えて......それでぼくが得たのが《命刀羅刹》です。命を力にするなんておかしいですよね。ぼくも自覚はしてます」 確かにおかしいのかもしれない。 しかし、永はどう考えても中途半端な覚悟で努力をしてきたはずがなかった。 その理由が琥珀にはわからなかった。 「一つ訊かせてください......。先輩は、どうして魔法総合戦を目指すんですか?」 「深い理由はありません。ソラと一緒にやり抜きたいからです」 「ソラ先輩と......?」 「はい。ぼくは彼女にたくさん助けられましたから」 ソラは永に借りがあると言っていたが、永は逆のことを口にしている。一体二人にどんな過去があったのかはわからない。だが、軽はずみに尋ねていいものではないということは察した。 「恩返しがしたいんです。たとえ百人に闇の想力を嫌われたとしても、ソラがぼくの力を認めてくれるなら、それに応えたいと思いました。努力する理由なんてそれくらいです」 どこまでも透き通った、濁りのない笑み。 それを目にした途端、琥珀は自分がひどく小さい存在に思えた。 ソラも永も、目指すもののために努力をしている。二人が絆で結ばれている。 一体、自分はこれまで何をしてきたのだろう。 人目をこそこそ避けて、努力まがいのことをしてきた。 ろくに自分の気持ちとも向き合わずに、ただなんとなく魔法少女学校に進んだ。 無理だ。 どう考えても、この先輩たちのためにも自分みたいなひねくれた人間がギルドに入るべきではない。 だから 「琥珀、ぼくと一緒に頑張ってくれませんか?」 だから、やめようと思っていたのに。 「どうして......弱い私を?」 「貴女の力をもっと見たいからです」 ......断れないではないか。そんな風に期待を込められてしまっては。 「それにあの日の夜、戦闘魔装を着た琥珀はとても生き生きとしているように見えました」 「 」 ああ、自分は間抜けだ、と琥珀は思った。 結局、この先輩に何もかもを見抜かれてしまっていたのだ。 闇の想力なんて嫌いだ、と周りに宣言してやれば、叩かれることはなかった。 周りが「怖い」と言えば、「だよね」と苦笑してやれば楽だった。被害者として同情してもらえる。自分を守れる。 だけど、そうやって自分の気持ちを押し殺し続けていって、最後には何が残るのだろう? この喉の奥に何かが引っかかっているような気分。 これこそが、まだ自分の力を諦めきれていない証拠だった。悔しさ、とも言える。 「先輩。私、先輩に比べるとずっと弱いですし、メンタルが持つかどうかもわかりません。......でも、やっぱり、私まだ諦めきれないです!」 思いの丈を叩きつけた。 この判断は間違っているのだろうか。 先輩たちのようになれるわけがない。諦めた方が賢明だ。 なのに。 もしかしたら......という気持ちが勝ってしまった。 かつて想力に目覚めて、魔法が使えるかもしれない、と嬉々とした日。 あの時の感動が、まだしぶとく残っていたのだろうか。 永の本気を見て、このまま別れることはできそうになかった。 初めて見たのだ。あそこまで闇の想力を極めた魔法少女は。今まで琥珀が想像していた魔法少女とは違う、それでも新しい憧れを見つけられた。 闇の想力なんて薄気味悪いという想いが消えたわけではない。 だけど、もしこの力の持つ真価に気づいていないままなら、それに向き合える時だった。 「諦めきれないなら、その想いを大切にしてください、琥珀。それもきっと力に変わります」 夕陽をバックに永は破顔した。永は赫光に彩られ、その輪郭を紅く染め上げていた。彼女の笑みが紅い色に照らされ、美しかった。 「よろしくお願いします。先輩」 「はい。ぜひ貴女だけの力をお見せください、琥珀」 闇の想力を極めた魔法少女と、中途半端な魔法少女は手を握り合った。 彼女たちが歩む道に何が待ち受けているのか。 答えは神のみぞ知る。 6 寮に戻った琥珀は、激しい疲労を感じてベッドに倒れ込んだ。 想力を使って戦ったこともあるが、それ以上に実力の高い魔法少女たちの戦いに参加したことに精神的な疲れを覚えていた。 横になっていると、様々な気持ちが胸に到来してきた。 それは決して前向きなものばかりではない。むしろ、「本当にこれで良かったのか?」という疑問の方が強い。 まだギルドは仮加入期間だから、正式加入の前に脱退すれば引き返すことはできる。 どうせ自分が入ったって足を引っ張るだけでは 。 姉に対しての裏切りにもなる。姉を不幸にしたというのに、また誰かを不幸にするのか。 魔法総合戦なんて夢のまた夢。そもそも自分のような中途半端な者が挑むことすら差し出がましい真剣勝負の世界だ。 永が見せた《命刀羅刹》を忘れたのか? 本当に命を懸けられるほどの覚悟を持った少女の下で自分は歩めるのか? ......できそうにない。だから、やっぱり 。 「っ......」 ダメだ。また心の天秤が弱い方に傾きそうになっていた。 もう永の前で宣言してしまったのだ。 だから少なくとも一週間という期間だけはギルドのメンバーとして活動しなければならない。 うじうじした自分からいい加減決別したかった。 これは、その最大のチャンスなのかもしれない。 たとえ、それが姉への裏切りになったとしても 。 つばさ、ソラ、永の顔が脳内に浮かんだ。 出会った人たちと一緒に歩めば何かが見えてくるかもしれない。 今はまだ、自信を持てないけれど......。 それでも、何も行動しないよりはましだと思う。 あの人たちの力をもっと見てみたい。 胸の中がざわついている。今の選択で正しいかどうかなんてまるで確信を持っていなかった。 けれど。 (ああ、やっぱり私は魔法少女の道を歩みたかったんだ......) 誰かに認められたい。少なくともソラやつばさ、永には。 今はその想いが確かめられただけで十分だった。琥珀はぎゅっと拳を固めた。 飛翔学園での日々はまだ始まったばかり。どちらかというと不安の方がまだ強い。 それでも、胸の奥にはかすかに期待の光が差し込んでいた。 ?
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