「物語」の行方

竹原凰希



真っ黒だ 本当に真っ黒だ
僕はどこにいるんだろう
頬に涙がつたって落ちていく
持ち物は、白い地図、コンパス、黒いペン
誰か、どうすればいいのか教えてください
僕の祈りはどこにも届かない

耳元で誰かが囁く

「まずは一歩
一歩でいいからためらわず動きなさい」

百歩進んだところで、何かが埋まっていた
白い本だった
中を見ても、真っ白だった
今の僕みたいだと思った

とりあえず本に線を一本引いた
それ以外に、何にも書くことがないんだもの
そしたら片方が真っ黒になった
心のかたっぽも真っ黒に染まった

「それは呪いです。孤独で、黒いもの」
どこからか、声が聞こえた
じゃあ、どうすればいいんだよ!
返事はなかった

それからはひたすら歩き続けた
地図に一個一個しるしをつけていかないと
古びたお城、真っ青な海、凍えるような雪山
どれも壮大だったけれど、それだけでしかなかった

偉い先生に、神父様に僕は聞いた
世界中を探して回った
僕はどこから来たんだろう?
そしてどこへ行くべきなんだ?
答えはどこにもなかったし、誰も教えてくれなかった

ある時、こんなおとぎ話を聞いた

昔々、ある所に女王がいました
白い本と黒い本に物語を書いていたけれど
ある日物語は風にさらわれ
世界中に飛んで行ってしまいました
こうして世界が生まれたのです

物語を書こうと思った
僕のことは何にも書けないから
トランプの兵隊や、知恵の実の話を書いた
頭に兵隊の帽子とリンゴが乗った

相も変わらず一人ぼっちだったけど
小石をぶつけられることもあったけれど
泣き叫んでも、僕はそこにあり続けた
落ちた涙が文字になる

雨でずぶ濡れになった時、ふと思った
心のもう片方はどうなってるんだろう?
その時は風邪を引きたくなかったから
ただ、思っただけだった

物語が途切れないように
行くべき場所を見失わないように
道化の話を、老婆の話を、幽霊の話を、
笑ったことを、泣いたことを、
ただひたすらに、ひたすらに書いていく

前に聞いたおとぎ話は、こんな風に続いていた

物語を失った女王は
黒い本をその身に抱いて
静かに静かに沈んでいきました

僕は思った
彼女はどうして物語を書いていたのだろう?

本のページも、大分少なくなってきた
昨日は女の子にクローバーをもらった
今日は野良犬の親子に懐かれた
一体明日は何があるんだろう
それは誰にもわからない
けれども白く、きらきらと光っていることは確かだ

僕の心をじっくりのぞいた
確かにかたっぽは真っ黒だった
けれど、もうかたっぽは真っ白できらきらしていた
それを僕は「希望」と名付けた
こんなにきれいなものを、僕はほかに知らなかった

僕はまだまだ物語が書ける
面白くもないし、人に見せる気もない
だけど「そこ」にあるのは本当なんだ
その物語も、作者の僕も

物語が本一杯に埋まった
兵隊とリンゴに始まり
旅を始めた経緯、出会った人、見た風景
思い出も、傷跡も、記録も全部書いた
陽だまりの中で一人思う
これで物語は終わるんだ、と

「願わくば、あなたに永遠の幸せを」
ずっとずっと遠くから声が聞こえてきた
これで、最後だと何となく確信できた

よく見ると、最後のページに隙間があった
あと一文ぐらいは書けそうだ
僕は三日悩んだ挙句こう書いた

『長い旅の末、暗闇で涙に濡れていた僕は
柔らかな日差しの中で笑っていた』

めでたし、めでたし?


なんか納得いかないな
僕は二重線で最後の一文を消した
白い本を買ってきて、ページを開いた
まだ物語は終わらせない
僕がこれからどうなって、どこへ行くのかは
僕にしか決められないんだ







ねぇ、君。何をしているの?
なになに? ずっと一人ぼっち?
大丈夫。ちょっとの間だけど、僕がそばにいるよ。
寂しくないようにお話をしてあげる。
面白くないかもしれないけれど。
だから、君の話も聞きたいんだ。
それで、いいかい?


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