とあるヒーローの話

白内十色



 ヒーローたるもの駐車違反の切符を取られるようでは格好がつかない、というのが彼の口癖で、彼はその言葉の通りどんな事件が起こってもまず駐車場を探すことを忘れることはない。
 彼はいわゆるヒーローとか正義の味方という奴を自称していて、名刺にもそう書いてある。「世界お救いし?」とも書いてある。裏面を見ると「でも結局のところ君が救ってほしいのは君自身なのかもしれないね」とある。名刺を見た女性が私を救ってくださいなと彼に頼むと彼は女性の抱える悩み事を全部まとめて解決して、ついでに世界も救ってしまう。女性とちょっと親しくなるけれど、いざ告白される段になると好きな人がいるのだと言って断ってしまう。なんと彼、中学の頃の片思いを未だに引きずっているのであった。
 結局のところ彼はそんな奴で、彼の力が必要になるような事件なんてそうそうないものだから、普段は家でテレビゲームに興じている。ちょっと前に世界を救ったときの謝礼が大きかったものだから、彼は働かなくなってしまった。俺は専業ヒーローでやっていくことにするよなんて言いながら、彼は今日も世界を救っている。これはゲームの中の話。
 尺取り虫だって、伸び縮みを繰り返して前に進んでいる、と彼が言う。急にどうした、と訊くとただ思いついただけだ、と言う。彼が突拍子もないことを言い出すのはよくあることで、それは教訓であったり冗談であったり、あるいはその両方であったりする。普遍的な教訓は普遍的な事柄から見つけることができる、と少し考えた後に彼は言う。だから、尺取り虫から学んだっていいじゃないか、と主張する。私は彼の脈絡のなさに驚いただけなのだが、彼にはどうも真面目すぎる所がある。だから、今もヒーローなんてものを馬鹿正直に続けている。
 彼の乗る車は実のところただの国産車で、不思議な改造が施されて音より速く走れたりすることはない。第一、それじゃあ速度違反だろうと彼は言う。白ひげ白衣の科学者が背後にいるわけでもなく、彼自身が特別強いというわけでも、実はなかったりする。じゃあ何ゆえに君はヒーローなのかい、と問われた時には彼はいつもキメ顔で言う。
「それは俺が世界を救うからだ」
 そうして、ヒーロー衣装の黒マントをはためかせると立ち去ってしまう。きっと彼にも自分がどうしてヒーローなのかわかっていないに違いないし、迷子の子供を助ける延長線上にヒーローはあるのかもしれないと思っている。
 俺がヒーローを続けている理由なら答えられる、と彼は言う。困っている奴を助けるのが好きだから、見捨てることが嫌いだから、と言う。彼にとって他人の幸せとはすなわち自分の幸せなのだから、彼は自分が幸せになるために人を助けている。なんとも合理的な話で、幸い彼には時間がたくさんある。
 困ったことがあれば言ってくれ、と彼は言う。俺が困った時は助けてくれ、とも言う。もちろん彼は万能じゃないし、助けられるものにも限界がある。それでも彼はヒーローで、彼はそれに満足している。


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