あの人形の目は宝石

あみの酸



 ルリちゃんは宝石でできている。
 なぜか僕はずっとそう思っている。

 僕と同じ四年三組のルリちゃんは、とてもきれいだ。その小さな頭には、黒くて大きな目と、つんと上を向いた鼻と、桜色の小ぶりな口がついている。そこから細い体が生えていて、低い背のわりに長い手足がぶら下がっている。肌は白くてつるつるで、肩までのばした髪は真っ黒でさらさら。
 僕はルリちゃんを見ると、おばあちゃん家にあるフランス人形を思い出す。お母さんが子どものころに使っていた古いピアノの上で、ガラスケースに入れられた人形は、宝石のように透きとおった青色の大きな目をしていて、すこし不気味で、とても美しい。ルリちゃんは、目や髪の色もちがうし、うすいピンクのふわふわしたドレスも着ないし、ガラスケースにも入っていないけれど、あのフランス人形とどこか似ている。僕と同じ人間なのに、なんだかそうじゃないような気がするんだ。
 ルリちゃんは、クラスの他の女子と同じように、きゃっきゃと楽しそうにおしゃべりしたり、授業中に小さな手紙を回したり、友だちと必ずいっしょにトイレに行ったりする。他のみんなと変わらない。それなのに、ルリちゃんはやっぱりちがう。

 僕とも他のみんなともちがうルリちゃんは、宝石でできているからきれいなんだと思う。僕たちはけがをすると血が出るけど、ルリちゃんの手なんかを切ってみると、きっとそこから宝石がこぼれてくるだろう。火星みたいな赤色、卵みたいな黄色、あじさいみたいな紫色、おばあちゃん家にあるフランス人形の目みたいな青色。傷口から、ぱらぱら、ぺかぺか、ぽろぽろ、ぴかり。
 痛いのはかわいそうだから、ルリちゃんの手を切って本当に宝石が出てくるか確かめるなんてことはしないけど、痛くても、かわいそうでも、ルリちゃんは変わらずきれいなのだろう。

 そう思っていた僕は、本当にルリちゃんが宝石でできているのかどうか確かめることができた。

 ある日、体育でドッジボールをしていた。僕とルリちゃんは同じチームで、運動が苦手なルリちゃんは、友だちと固まって高い声をあげながらボールから逃げていた。一か所に集まるとねらわれやすいのにな。
 その時、相手チームで一番強いやつが僕をめがけてボールを投げてきた。僕はとっさに右後ろへ飛びのく。

 どんっ。

 きゃっ、いたっ。

 だれかにぶつかった。その方を見ると、ルリちゃんがひざをついてこけていた。うわ、ごめん、だいじょうぶ? と僕が声をかけると、ルリちゃんは、うん、へいきだから、と言いながら体を返して座った。
 僕の目はそのひざに釘付けになる。

 ルリちゃんから、赤い血がにじんでいた。

 先生やルリちゃんの友だちが心配してかけよってくる中、僕はただルリちゃんの血を見つめていた。
 ルリちゃんは宝石でできていなかった。けがをしたひざから宝石なんて出てこなかった。地面にも宝石は散らばっていない。あのフランス人形の目のようなものはどこにもない。
 人形じゃなくて、人間だ。ルリちゃんは僕たちと同じだ。僕はずっとルリちゃんを宝石でできていると思っていたけれど、それは僕のかんちがいだったんだ。
 ルリちゃんのひざから出てくるのは、色とりどりの宝石じゃなくて深い赤色の血だ。お母さんの口紅みたいな赤色。てらてら、じゅくじゅく、きらきら、どくり。

 宝石よりきれいだと思った。
 僕やみんなと同じようにルリちゃんもけがをすれば血が出てくる。痛くてかわいそうだ。だけど、痛くても、かわいそうでも、ルリちゃんはきれいだ。宝石でできてなんかいないけど、その血は宝石にはない赤色をとかして光をはなつ。
 ルリちゃんが保健室へ連れて行かれる前に、僕がもう一度ごめんね、とあやまると、ルリちゃんは僕に、わざとじゃないからいいよ、と黒くて大きな目を細めて笑いかけてくれた。その顔はやっぱりあのフランス人形に似ているけど、ルリちゃんは人形じゃない。ちっとも不気味じゃなくて美しい。
 
 ルリちゃんは宝石でできていない。
 けがをすると血が出てくる。
 だけど、だから、ルリちゃんはとてもきれいだ。
 ただ僕はそう思っている。


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