欲望の城

みのあおば




【第一章 ~王城陥落~】
 ここはある国のお城。僕は現国王の三男で末っ子。今夜はお父様とお母様、兄上と姉上と僕の五人で、家族そろって食卓を囲んでいる。長いテーブルの上には、たくさんの肉料理が並べられていて、どれも眩しく輝いている。
 この国では主に米と肉が食べられているけど、中でも王城で作られる肉は一級品だ。民衆たちに出回っている肉はとても食べれたものじゃないらしい。しかし、僕は肉が大好きなので、たとえまずくても一度は食べてみたいなと思っている。
 兄上が丁寧な手つきで肉を切り分けながら、お父様に話しかける。
「お父様、やはりこの肉を民衆にも与えるべきなのではないでしょうか。私たちばかりこんないい肉を食べていては悪い気がします」
「お兄様、またその話? 王族なんだから民衆よりいいものを食べて当前じゃない」
 年下の姉上が口をはさんだ。いつものごとく兄上も反論する。
「私たちばかりいい肉を食べているという噂は、すでに民衆の間に出回っているんだぞ。このままでは、肉の恨みで反乱が起きるのも時間の問題じゃないか」
「しょうがないのよ。この肉は王国直営の牧場でしか生産していないんだから。数に限りがあるから、民衆に手が届くようなお値段では販売できないのよ」
 僕は黙って肉を食べている。う~ん、焦げ目が香ばしくて美味だなあ。
 肉を堪能していると、父が口を開いた。
「お前の言いたいことは分かる。民衆を顧みず、私腹を肥やすことばかり考えている権力者は、必ずや打ち滅ぼされるじゃろう。しかしじゃな、わしも人の子じゃ。おいしい肉をたくさん食べたいし、顔も知らない者たちのために我慢することなんてできんのじゃよ」
 実際お父様は、民衆たちに大変な納税義務を課しており、かなり生活を苦しめている。そして巻き上げた収入の多くを牧場経営に使い、そこで作られた肉のほとんどを王城関係者のみで消費している。
 民の生活を考慮せず、いかに自分たちが満足に暮らせるかばかりに気を遣っていると見ていい。
「頭では分かっておる、このままじゃいかん。しかしな、辞められんのじゃ。ほれ、だってこんなにも肉はうまい」
「そうよ、兄上。うまい肉には誰も逆らえないのよ。ベ~っ」
「くっ、たしかにこの肉はとてもうまいが......」
 僕の家族はいつもこうだ。どんなに議論を戦わせても、最後はみんな肉のうまさにやられてしまう。
 ふと、黙々と肉を食べ続けているお母様の方をちらりと見やる。すると目が合った。
「あら、ミイト。肉のたれをこぼしているわよ。今拭いてあげるわね」
 優しいお母様は僕の顎に付いていたたれを拭き取ってくれた。
 するとそのとき、ドタドタという足音とともに、食堂の入り口の扉が開かれた。
 バタン!
「王様、大変です! 民衆たちがクーデターを仕掛けて来ました! 現在応戦中ですが、すでに一階はほぼ占拠されてしまっています!」
「なんじゃと!? 近衛兵はどうした!?」
「近衛兵たちは三日前、隣国の牧場視察に出たばかりじゃありませんか! もう残っているのは、私たち執事とメイドたちのみですよ」
「しもうた、そうじゃった......」
「ほら、だから私はあれほどクーデターが起こると」
「でも兄上だって肉食べてたじゃない!」
 兄弟喧嘩が続行される中、お母様は自分の口周りを丁寧に拭いてから立ち上がり、厳かに述べた。
「  みんな、逃げましょう」
 この一言を皮切りに、僕たちは慌ただしく支度を始めた。
「ミイト、こっちよ」
 お母様は僕の手を引き、南側のバルコニーまで連れて行ってくれた。そのまま、備え付けられたハンググライダーに僕の身体を縛り付けていく。
「お母様は逃げないの?」
「ええ、お母さんは、お姉さんと一緒に降伏するわ。逃げるための隠し通路なんてないし、ハンググライダーも一つしかないもの。だからミイト、あなただけが希望よ。もしあなたが望むなら、いつか王権を取り戻し、素晴らしい国を築き上げてちょうだいね。今なんかよりよっぽど」
 うん、と僕はうなずいた。
 部屋の方を見ると、兄は剣を取りに自室へ向かっていた。一方、姉上は最後の機会になるかもしれない、と必死に肉を食べ漁り、そのおいしさに頬を緩めている。
 そしてお父様は僕たちのいるバルコニーの方にやって来た。
「ミイト、もうすぐ王城は陥落する。お父さんはどうしたって殺されてしまうじゃろうから、ここで自害するつもりじゃ」
「そんな、助かる道はないのでしょうか」
「う~ん、ないじゃろうな。民たちの生活が苦しいままじゃったのは、ひとえにわしのせいであることは明らかじゃからな。たとえどんなにわしが降伏したとしても、公開処刑や拷問に処され、殺されるじゃろうな。それよりミイト、自分の心配をするのじゃ」
「僕はどうなってしまうのでしょう」
「安心するのじゃ。ミイトは今からこのハンググライダーに吊り下がって、風の吹くままに滑空し続ける。操縦方法は教えていないし、たとえ操縦できたとしても無事に着陸できるか不明じゃ。仮に着陸できても、人と出会い、王族だとバレれば殺されてしまうかもしれん。何も安心できることなどないじゃろうの。もうダメじゃ。祈るしかない」
「さっき安心するのじゃ、って  」
「ミイト、そういうことだから、気を抜いちゃダメよ。絶え間なく祈り続けなさい」
「はい、お母様......」
 そんなに無謀な脱出なのかこれは。考えるのを諦めるのは早くないか。祈るのも大事だろうけど、考え抜くのも大事だろう。
 僕は心の中で、絶対死ぬもんか、と意思を固めた。滑空が始まれば、すぐにグライダーの使い方を体得しよう。習ってないけど、なんとかやって見せる。
 ひとまず、西側の湖を目指そうかな。いつか兄上が教えてくれた、あの湖のほとりには、あまり王政に関心がなく自給自足の生活を気ままに送っている集落があるとか。そのような田舎の地域だったら、クーデターの情報が届く前に生活基盤を獲得できるかもしれない。
 いや、でもいずれは情報が届いてしまい、忌むべき王族である僕も殺されてしまうだろうか。......よし、それまでに何とかして味方を作ろう。僕は、民衆から支持される王になるんだ。
「小さな集落ひとつ、味方にできなくてどうする。僕ならできる、僕ならできる......」
 これからの計画を立てよう。まず湖ほとりの集落で仲間を作り、次にその仲間たちと王城を目指して旅を始める。その過程で様々な村落を見て周り、民衆たちの生活実態を把握しておこう。そうすれば各所に仲間も増えていくから、きっといつか役に立つはずだ。王城にたどり着いたら、新たに王権を握った者がいるはずなので、その者を打ち滅ぼし、僕が次の王になる。完璧だ。この計画で行こう。
 とはいえまずは、ハンググライダーの操縦からだな  。
「ミイト、そんな思い詰めた表情をして......。空を飛ぶのが怖いんじゃな」
「いいえ、お父さん。この表情は、決意を固めている表情よ。必ず生き延びてやる、僕が次の王になってやる、という揺るぎない決意の輝きを秘めているわ」
「お父様、僕、必ずや王権を取り戻して見せます。そして民衆から支持される素晴らしい国王となるべく、これから各地で民たちの生活を見ていこうと思います」
「おお、ミイト。なんと立派な子に......。知らぬ間に大きく、強くなっておったんじゃな。父さん、最期に我が子の成長を実感できて幸せじゃ」
 僕はハーネスにすっかり身を包み込み、腕だけ外に出して、ヘルメットをかぶった。
「ミイト、最期に父さんから伝えたいことがある。わしは、はっきり言ってダメな王じゃった。私腹を肥やすことしか頭になく、民衆を顧みない、クーデターを受けるにふさわしい王じゃった。もちろん頭では分かっておったのじゃ。これじゃいけない、もっと国全体のことを考え、ときには我慢することも必要じゃと。でも、できんかった。どうしてか分かるかの?」
「......肉のせい?」
「そうじゃ。それもあるが、一番の問題はわしを縛るものがなかったことじゃ。わしを縛るものは、わし自身しかおらんかった。何をやっても、誰にも咎められん。一人に権力が集中するとはそういうことじゃ。わしを止める役割をもつものは、自制以外に何もなかった。そして、わしの自制はまったく機能しておらんかった。これじゃダメなのじゃ」
「僕が王になっても、同じことを繰り返してしまうのでしょうか」
「  希望はあるじゃろう。絶対的な権力、富、幸福を手に入れてしまう前に、自らを外から縛る機構を作り出しておくのじゃ。例えば、王さえも縛り付ける法を作るじゃとか、自らの身を脅かすようなライバルや敵対勢力を生み出すとかじゃ」
「自分を罰する法を自ら作ることで、自分を縛るのですね。また、力の対等な敵対勢力がいれば、自身の暴走も起こりづらいということですね」
「そうじゃ、しかし、そんな状況を好んで実現しようとするやつはふつうおらん。自分の身を脅かすようなものを、わざわざ作り出しはしないじゃろう。むしろほとんどの者は、自分の邪魔になるようなものを減らしていくためにがんばって生きているものじゃ。ふつうの人生は、ままならんものじゃからな。わしの場合は、生まれながらにたいていのことは思い通りにできたからの、自分で自制せんといかんかった」
「なんとか自制出来たらいいのですが」
「そうじゃな。ほかに自制を動機づけるものとして、身近な人からの毀誉(きよ)褒貶(ほうへん)を重視する路線もありそうじゃ。悪いことをすれば、蔑まれたり嫌われたりする。それを嫌がるならば、自ら行為を制限することもできるようになるじゃろう。また、善いことをすれば褒められたり好かれたりするとすれば、それを望む場合、進んで善いことをするようになるじゃろうな」
「お父様は、そういった理由での自制はできなかったのですか?」
「わしは王じゃ。そう簡単に軽蔑や非難を向けて来る者はおらん。これは権力の利点のひとつじゃ。それにじゃな。わしは身近な者たちには好かれておるのじゃ。王城で働く者たちにはうまい肉を食わせてやっておるし、敬意をもって接しておるつもりじゃ。家族たちにも愛されておる。王としての仕事の面をみれば誰だって非難したくもなるじゃろうが、わしはほかの面でカバーしておるのじゃ。これじゃと、身近な者たちからの毀誉褒貶は、自制を動機づけるものとして機能せんかった」
 お父様はそうなのだ。城の外の民衆たちからは嫌われているけど、城の中の家族や兵士、執事やメイドたちからは慕われているのだ。お父様の政治に疑問を持ちつつも、人柄はいいし、あと肉を与えてくれるからだ。
「外には厳しいが、仲間内には優しい。それが、一番長続きするタイプの悪行じゃ。己に恩恵をもたらしてくれる者を、進んで非難できる者はなかなかおらん。非難することは自己利益に反するからの」
「むしろ守ってくれそうですね」
「そうじゃ。わしは民からは恨まれておるじゃろうが、城内の者たちからは慕われておる。身近な者たちの幸福だけを願っておるからの。じゃからみんなわしを攻撃せず、むしろ守ってくれるのじゃ。幸せなことじゃ」
 お父様はそういう意味では、強固な城を築いていたようだ。とはいえ政治的な判断ミスにより、もう陥落してしまいそうだけど。
「ミイト、欲望が生じないようにすることはできん。わしらの体は、欲望が生じるようにできておる。それは変えられん。ただ、諦めるにはまだ早い。自分に欲望が生じるのは止められないことをしっかり自覚したうえで、それとうまく付き合っていかねばならん。どうすればうまく付き合っていけるか、そのためにはじゃな、若いうちからの訓練が必要じゃ」
「訓練、ですか」
「仲間にだけ恩恵を与えていればいいわけじゃないのじゃ。外側の者たちのことも尊重すべきなのじゃ。それか、いま外側の者たちと思っている者たちを、考えの上で『仲間』の中に入れてやる必要があるのじゃ。考えの上での『仲間』を拡大していくことは、よりよく生きるために重要なことなのじゃ」
 お父様は、僕たち家族や王城に勤める者たちのことは重んじていた。僕たちは「仲間」として数えられていたからだ。しかし、どうやらお父様は、驚くべきことに、民衆たちは「仲間」に数え上げていなかったようだ。こんな国王がいていいものか。配慮する範囲が狭すぎる。
「わしはそういったことが大事なんじゃと分かっておったのじゃ。しかし、実践できんかったのじゃ。気づいたらすでに、多大なる権力と幸福を手にしてしまっておったのじゃ。一度手に入れてしまうと、そう簡単には手放せんのじゃ。これが問題じゃったのじゃ。大きなものを手に入れてしまう前に、わしはもっと啓発されている必要があったのじゃ。それが、若いうちからの訓練が必要じゃということの意味じゃ」
「お父様......、勉強になります」
「うむ、最期にこれが伝えられて満足じゃ。優れた王になるのじゃぞ」
 お父様の目は真剣だ。横からお母様が口をはさむ。
「お父さんは、これ以上ないくらいの反面教師だったものね」
「そうじゃ。わしはこれ以上ないくらいの反面教師じゃった。ミイトはそんな父を持ったのじゃ」
「お父様は、それでよかったのですか?」
 僕がそう尋ねると、お父様はお母様と顔を合わせて笑みをこぼした。
「ミイト、それは難しい質問じゃな。しかし、わしはおおむね満足しておる。王としての働きはダメダメじゃった。民衆の生活も苦しいままじゃった。しかしじゃな、わしは愛する家族とともに過ごし、欲しいものはなんでも手に入れ、生涯をかけて最高の食肉を作り上げ、それを毎日食べ続けた。夢のような生活じゃった。わしは世界一の幸せ者じゃ」
「そうよ、ミイト。お父さんはね、幸せ者だった。こう考えてみて。ある一人の人が、一生をかけてず~っと幸せに過ごすことができた。他の重要なたくさんのことに目をつぶり、この一点だけを見たならば、それ自体はとても素晴らしいことでしょう」
 確かにそうかもしれないけど、今回は他のことに目をつぶっちゃいけない気がすごくする。
「それにね、幸せだったのはお父さんだけじゃない。お父さんに愛され、毎日おいしい肉を食べることができた、私もまた幸せだった」
「母さん、わしは、わしの愛する母さんが幸せでいてくれたことがなにより幸せじゃ」
「私もよ。お父さんの、肉を頬張るときのあの笑顔、いつまで見てても飽きなかった。毎日愛してくれてありがとう」
「こちらこそ、いつもありがとう。わしの自堕落さを最後まで受け止めていてくれたのは、母さんだけじゃった。本当に感謝しておる」
 お父様とお母様は、最期の熱い抱擁を交わす。そのままキスを始め、服を脱がし合い、もみくちゃになっていく。お母様を強く抱きとめたまま、お父様はこちらを向いて強く唱えた。
「ミイト、よく聞くのじゃ! 大事なのは、己の欲望と真剣に向き合うことじゃ! 自分にはどういったときにこの欲望が生じるのか、どうすればこの欲望が満たされるのか、欲望が満たされないとき自分はどうなっているのか! また、他者がどういう欲望を持っているのか、これに詳しくなることもまた大変に重要じゃ!」
 お父様は話す合間にお母様とキスを交わす。
「ミイトはこれから権力ゼロの状態で生き抜くことになる。自らの欲望を自覚し、他者の欲望を見抜いて、互いの利害をできる限り一致させるのじゃ。そうして協力関係を築くのじゃ。場合によっては、相手を支配するのじゃ。相手を支配できれば、一気に自分の欲望を満たしやすくなる。逆に支配されてしまうと、相手の欲望のために搾取されやすい。......強く生き抜くのじゃ」
 お父様はこちらをしっかり見据えて言い放った。
「そして、もしお主が王になりたいという欲望を抱いているのであれば、必ずやその欲望を満たして見せよ! わしが生み出してしまった当家の汚名を返上してくれ!!」
 それだけ言い残し、お父様はお母様を愛することに集中し始めた。
 肉を食べ終えた姉上がこちらにやってくる。
「ミイト、がんばって生きてね。私はあなたのことを愛しているわ」
「姉上、僕も愛しています。どうかお元気で」
 姉上は僕を抱きしめた。
 そうしていると、部屋に兄上が戻ってきた。
「お父様! もう敵襲がすぐそこまで迫っています!」
「なに? もう来たか。よし、母さん。ミイトを送り出してやってくれ」
「分かったわ」
「私も手伝うわ」
 お母様と姉上は僕を外へと押し出した。お城の外へは一歩も踏み出したことのない僕の孤独な空の旅が、いま始まろうとしている  。

【第二章 ~旅立ちのフライト~】
 ハンググライダーの構造はシンプルだ。パイプでできた骨組みに、セールと呼ばれる翼が張られている。グライダーの中央当たりから真下にトライアングルのような形をした三角形のコントロールバーが取り付けられていて、その底辺となるベースバーをパイロットは握る。機体中央から伸びるベルトが、僕の身体とグライダーを繋いでいるから、機体と身体が離れることはないだろう。
 お母様と姉上に送り出され、お城の南に面したバルコニーから大空に投げ出された僕は、西側に位置する湖を目指した。どうやら身体を左に寄せると、機体が傾いて左に旋回できるようだ。感覚で操作できるみたいでよかった。
 握ったバーを手前に引き寄せると、機首が下がり滑空速度が増す。ちょっと怖いや。バーを奥に押し出すと、機首が上がり滑空速度が落ちる。あんまり速度を落としすぎると、失速してしまいそうだな。幸い今日は風が強い。気を付けていればそうそう失速することもないだろう。
 今夜は月が出ているから明かりもあっていいなあと思っていると、西側から吹く急な突風に見舞われた。
「うわあっ」
 そもそも僕の体重じゃ軽すぎると思っていたんだ。機体はあっという間に東方面に流され、目的地の湖は遠く隔たっていく。操作を失ったグライダーは風に吹かれるまま東部の森の方へ向かっている。僕はなんとか主導権を取り戻そうと必死だ。しかしどうしたって身体が軽すぎる。身長一五五センチ、体重は四十三キロほどしかない。風が落ち着き、操作を取り戻したときにはすでに高度が下がり過ぎていた。今から西側の湖を目指すのは難しい。このまま目の前の森に着陸するしかなさそうだ。
「どこだこの森......? 自国の地理さえあまり教えられていないからなぁ。もっと自主的に学んでおけばよかったかな」
 それより今は着陸だ。どうすればできるだろうか。必死で頭を回転させる。バーを奥に押し出せば、重心が後ろに移動して機首が上がり、速度が落ちるのは分かっている。それを続けていれば、いずれ失速するだろう。
 大事なのは、失速するときの高度に違いない。高い位置で揚力を失うと、そのまま墜落してしまうから危険だろう。速度と高度をゆっくり落としていき、地上からほど近い高さに位置したタイミングで失速すれば、そのまま落ちて無事に着陸できるだろうか。悪くないかもしれない。しかしこれは中々に技術が要りそうだぞ  。
 あれこれ考えていると、またも強風にあおられ、僕は操作を奪われてしまい、そのまま森の木々に突っ込んでしまった。痛い痛い痛い。木々が刺さり痛い。
 グライダーが枝に引っかかり、地上三、四メートルの高さに宙づりになってしまった。ベルトを外せば落下できるが、このまま落下してしまって大丈夫だろうか?
「骨折で済むかな。死なないよな......? あと、夜の森って、どれくらい危険なんだろうか。野生動物に襲われたりとかするのかな」
 僕は宙づりのまま思案した。今すぐ落下し、人の住む土地を探すか、それとも朝まで待ってから行動を開始するか。
 迷った挙句、僕は朝まで眠ることにした。疲れたからだ。
 引っかかっている枝が折れたりして、寝ている間に地上へ落されないかだけが心配だ。そうならないことを祈る。これから一人で森を抜けなければならないんだ。まずはゆっくり休むことにしよう。
「お父様、なんとか処刑を免れて生きているといいけどな。お母様や姉上、兄上も無事でいてください......」
 僕は祈りをささげた。
 とにかく、僕は生き延びなければならない。王になるためには、まずそこからだ。食事と睡眠、これさえあればしばらくは生きられるはずだ。この森で、人と出会うまではどうにか自給自足して見せる。技術はないが、その場の判断でできるところまでがんばろう。
 いつか人に出会ったときは、まず敵ではないと理解してもらう必要がある。次に、最低限の尊重を向けるべき人間だと判断してもらうことが重要だ。最終的には、信頼を獲得し、対等な仲間として受け入れてもらえるよう努めよう。場合によって、こちらが相手より優位に立つのもいいだろう。
 どんな人がいるのかさっぱりわからないが、これもその場の判断でなんとかがんばっていくしかない。といっても、そもそも人に出会えるのかどうか......。
「眠くなってきたな。休息も大事だ。このまま休んでしまおう」
 僕はお城を出てから、初めての眠りに就いた。
   このときの僕はまだ知るよしもなかった。お城の外には、こんなにも厳しい世界が待っていただなんて。


つづく




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