アヒルたちの飛行

藩荷原課



生温い泥水が羽に染みる
誰も疑問に思わずに
ある日識者が得意げに言った
「羽は泥を掻くものなのさ」
皆なるほどと羽を眺めた
僕と君だけが空を見上げていた
だから僕と君は友達になったんだ

僕らは秘密の基地を作った
内緒の内緒で誰にも内緒
ラジオと工具と電気ポット
腕いっぱいのたったこれだけ
「いつか僕らが空を歩くために!」
乾杯の代わりに歌ったあの日

さあ組み立てよう機械の翼
短い羽でもちいぱっぱ
憧れを注いだ燃料タンク
木々より高く吹き飛んだ

何度も跳ねて何度も落ちた
積んで重ねた大失敗
ゲラゲラ笑って泥に塗れた
僕らを照らす夏の午後
「いつか太陽に挨拶に行こう!」
ラムネを分け合う君と僕が
描いた夢の滑走路

風が吹いては喧嘩して
雪が降ってはぶつかり合い
雨と共にはしゃぎ回った
嵐のようなほんの一瞬
羽に透かして見る太陽と
ゴーグルに映る君の笑顔

さあ組み立てよう未来の翼
冴えない頭でちいぱっぱ
未知を掴んだレシプロエンジン
夕日を弾いて輝いた


明日こそ飛ぼうと約束した日
それきり君は来なかった
丘の上の君の家に
迎えに行って見てしまった
そこにいたのはいつかの識者
そしてドレスを纏った君
知らなかった 知らなかったんだ
君がほんとうは女の子だったなんて



広くなった僕だけの基地
空(から)の心でちいぱっぱ
君は遠くにお嫁に行った
半分こにしたラムネも夢も
君がいないとただの半分
全て捨てようとゴミをまとめて
本の間に見つけた手紙
『いつか二人で大空に行こう』
笑う僕らのいつかの写真
涙を拭ってスパナを握った
さあ 今日も泥を跳ねよう―――

眠れないからワインを飲んだ
一人ぼっちでちいぱっぱ
もう無くした羽の残り香に
あの夏の日の幻を見る
思い出せない『君』の笑顔
約束したはずのあの手紙
ふと遠くから雷の音
途切れず続き 近づいてくる
窓の外を見て驚いた
いつかの夢が飛んでいる―――

さあ思い出していつかの翼
儚い命でらったった
無限の「いつか」が形になって
星と並んで空を翔けるよ
迎えに来たんだらったった
約束の空を一緒に見よう
あの日分け合った夢の半分
僕らが揃ってやっと一個だ
僕ら二人ならきっと大丈夫
夢の続きを目指して飛ぼう―――



ある朝識者は悲鳴を上げた
夫人がいつの間にか消えている
ベッドに残った一枚の手紙
「月面旅行へ行ってきます」


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