ゲームの彼女

リリス


 
 ガタゴト、ガタゴト、ガタゴトと、箱の中でゆられている。いや、私の本体はしっかり箱に固定されているので、実際に揺れているのは私を固定する箱そのものだろうけれど、そんなことはどうでもよいので、とにかく私はゆられていた。
 箱の外から出たことはないので、外の世界がどうなっているのかは分からないけれど、あまり私が知っている世界と代わり映えしないだろう。なにせ私は現実世界をモデルに作られた恋愛ゲームのヒロインなのだから。
 私が店から出てかれこれ三十分というところか。安定した台の上に置かれた感覚がした。
 カチャリと箱が開けられる。
 メガネをかけた長髪の男が私の本体を持ち上げてゲーム機に挿入する。
「やっと買えたよ、これ。発表から今まで長かったなあ」
 どうやら、彼が私のゲームのプレイヤーのようだ。
 こんなクソ陰キャキモオタクの相手をこれからしないといけないかと思うと気がめいってしまう。
『初めまして! 君、転校生の......ごめん、名前なんだったっけ?」

「えーと、名前、名前か。セイントにしよう。セイントだよ」
 何だこいつ。セイントって外国人かよ。本場の欧米人はむしろそんな名前つけないよ。
『そうそう、セイント君! 昼休みだし、私が学校の案内してあげるよ!』
 そう言って、私は彼(のプレイする主人公セイント)の手を引いて教室から出た。
 あれ、私、今日昼ごはん抜きなんだ。そういう台本なんだ。ツラ。
 セイントに学校を案内しながら、私はちらりと画面の外を見る。部屋には段ボールが積み重ねられている。汚い。ベッドの上には違う世界のキャラのイラストがプリントされた等身大のクッションがおかれていた。キモオタめ。
 そんなキモオタを喜ばせるために作られた私はなんだかとても汚いものの様に思えた。
『きゃー!』
 私が突然悲鳴を上げた。
 不良に絡まれているのだ。
 おい、セイントどこ行ってんだよ。どうやら学食の紹介をしている最中に、ついでにパンを買いに行ったらしい。なんだこの台本。不良もまあまあ本気で怖いじゃない。
『このアマ、こんなことしてどうなるか分かってるんだろうなぁ』
 別に私は何もしていないが、とりあえず私と不良がぶつかったことになっているらしい。
「やめろよ!」
 セイントはいつの間にやらパンを買い終えて私と不良の間に割ってはいった。
『なんだお前、見ない顔だな』
「ぼくは今日転校してきたばかりのセイントだ。リンから手を放せよ」
『はあ? なんだこいつ。お前の彼氏か? 良かったなあ、大好きな彼氏が助けに来てくれたってよ』
『駄目よ、セイント君! こいつはこの学校では屈指の不良なの! 私のことは良いから逃げて!』
 なんだ屈指の不良って。これ校内だよね。逃げてもすぐ分からない? ってか、こんなキモオタ陰キャを彼氏とかいうな。
「リンを置いて逃げられるわけないだろ」
 セイント君(画面の向こうのキモオタも)は笑って不良を殴る選択を取った。

 結局セイント君はぼっこぼこに殴られていた。
 その結果私は見逃され、無傷だった。
「良かった。リンが無事で」
『でもセイント君、ボロボロじゃない』
 画面の向こうのお前が体張ったわけじゃないだろう。
 そう思う。確かに私はそうドライに思っている。
 なのになんでか、彼のことをかっこいいと感じるようになっていた。我ながらチョロインである。

 一か月後。
 これはゲームのテキストにそう出るわけではなく、実際に、現実で一か月の時間の経過を表している。
 一か月間、セイント君は毎日私をプレイしていた。
 総プレイ時間は九十九時間五十九分になっていた。
 それだけの時間の出来事をすべて語ることは難しいので、このような処置をとることにした。
 もちろん、こんなに時間をかけていると、当然ながら私はセイント君と付き合っていた。そりゃあ毎日、ゲーム内時間でいえば三年近く、毎日会っていたら、めちゃくちゃ仲良くなるものである。
 キスもまだだけど。そういう生なましいのはCEROが上がるとかで少なくなっている。
『今日で卒業だね』
「ああ、今まで長かったようで短かった」
『別れたくなんて無いよ』
 ようやくクソ陰キャキモオタと顔合わせなくていいんだ。そう思うと清々して涙が出る。
 お決まりの様にキスをする。最後だからね。仕方ない。
 どんなに大好きで、どんだけ毎日してくれても。ゲームには最後がある。エンドがある。
 このキスはエンディング。きっと一番幸せな時。
 私は一番幸せな時間が最期に来る、幸せなヒロインだった。
 それでも、ゲームは終わりがあるけれど。
 それでも、私のことをたまに思い出してね。
 クソ陰キャでキモオタで、毎日私に構ってくれた素敵な彼氏さん。


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