スローライフ + ム

アリス




 見上げた空は全てを飲み込んでしまいそうなほど黒々としていた。そんな猛り狂う風雨の中で、しょうもないことを思っていた。このくらいの風や雷なら俺が唱えたほうが強いなと。
 どうしてこんな嵐の中で外にいるかというと、外から聞こえてくる変な音が気になったからだ。家の中でいると、不思議とガタガタという音がよく聞こえるのだ。今は先ほどまでと比べて、風も弱くなって、音が鳴る要因もないので、どうして鳴っているのか気になった。そういうわけで嵐でも構わず外にいる変人が出来上がったということだ。俺の家は近くの町からはかなり離れていて、人もそこまで寄り付かないので、気にする必要はないのだが。
 再度、雷が鳴る。うっとうしいなぁ。俺のほうが大きい雷を出せるんだから、静かにしてろよ。一回どっちが上か教えてやろうかと、冗談めいて空を睨みつける。
 そんな時だった。先ほどの雷につられて、ガタガタといった音が鳴る。何かいる? こんな時に外にいるなんてよほど変わったやつなんだろう。だけど、このままでは風邪をひいてしまう。かわいそうにと思った俺は声をかけるつもりで、音のする方を覗き込む。だけど、人らしきものは見当たらなかった。確かに音がしたはずなんだが。確かめるために、そっと身を乗り出してみる。やっぱり目の前には何もない。勘違いだったのかと思っていると、足元から声が聞こえた。
「ス......スラぁ」
 俺の目線の下には、二匹のスライムがいた。もう一匹を守ろうと、片方のスライムが俺の目の前に躍り出てきた。その何かを守ろうという魔物ならぬ、人間じみた仕草に穏やかな気分になった。魔王を倒してからというもの、すごく乾いていたんだなと改めて感じさせられた。どこにいっても、魔物を殺してほしいといった依頼ばかりだった。最初に持っていた人の役に立ちたいなんて理想は形骸化してしまっていた。
「大丈夫、殺しやしないよ」
 同じ目線に屈みながら、微笑む。
「スラぁ?」
 丸のボディの先らへんをコクっと傾げる。理解しているのかなんて、まるで分からない。そんな風に何とも言えない時間を過ごしていると、後ろのもう一匹もスリスリと寄ってきた。
「すら、すらぁ」
「何言ってるのか分かんないってば」
 案の定、通じない言葉に笑ってしまう。
「なぁ、うちにくるか?」
 そう言って、ゆっくりと手を差し伸べた。スライムたちはお互いに見合って、腕にぴょんと飛び乗った。手の上のヒヤッとした感触に温かさを感じた。
「俺はフローっていうんだ、よろしくな?」
「スラ」
「すらぁー」
 肩にまで飛び乗ってきたかわいらしい真ん丸に挨拶をするのだった。これがスライムたちとの出会いだった。



 俺がスライムたちと暮らし始めてから、最初にぶつかった悩みがある。それは食事だ。魔物というものは基本的に肉を食らっているイメージがある。とはいえ、スライムが肉にかぶりついている姿はどうも想像ができない。というかしたくない。俺はスライムたちを呼んで確認してみることにした。暮らすなかでスライムたちを呼ぶときに不便なため、それぞれに名前を付けた。スライムからとって、それぞれイスとイムと名付けた。
「イス~、イム~」
 先にやってきたのはイムのほうだった。
「すらぁ」
 イムは俺のところに来ると、間を置かずに俺の頭へと上りだした。イムは出会ったとき、後ろに隠れていたスライムだ。初めのうちは恥ずかしがっていたのだが、懐いてくると頭の上を定位置として、甘えてくるようになった。澄んだ青空のような薄い水色をしている。
「スーラぁ」
 そうしてイムを可愛がっていると、イスもやってきた。イスは俺の右肩を定位置としている。色は群青とまではいかないがイムよりも濃い青色をしている。イスもイムも俺の上に乗っているが、そんなに重くない。
 そんな愛すべきスライムたちを床に置いて、先ほどの疑問をぶつけてみた。
「なぁ、イス。イム。お前ら、何を食べるんだ?」
 俺の質問に対して、理解したのかお互いに見つめあう二匹。そして俺に向き直り、話しかけてきた。
「スラ?」
「すらぁー」
 全く理解できなかったが、こいつらが可愛いことはよく理解できた。仕方ないのでいろんなものを目の前に並べて、試してみることにした。
 まずは、魔物の定番食糧である生」肉を細かく切って目の前に置いてみた。どちらとも微妙に生えている手みたいなものでちょんちょんと触っている。だけど、食べるつもりは全くないらしく、少しすると生肉を無視してこっちに向き直った。よし、生肉には興味ないみたいだな。クリオネみたいに見た目からは想像もつかない残虐な食べ方だったら、少し嫌だったから安心した。
 次は普通の人間の食事だ。今日、俺が食べたパンと同じパンを目の前に置く。朝に俺が食べているのを見ていたので、食べ物と認識したのだろうか? さっきの生肉よりも感触はよさげだ。イムがパンを飲み込む。食べたではない。まさに飲み込むだ。ぐにょんと体でパンを覆って体内に取り込んだのだ。スライムの中身が透明なので、体の中にパンが浮いているみたいな状態だ。そのまま、パンがみるみると溶けていく。そうか、スライムの食事はそういう感じなのか。
 イスもその様子を見て、パンを食べ始める。二匹とも生肉とは違って、パンは食べれるらしい。だけども、そこまで喜んではいない。人間の食事は食べれるが、好物ではないってことか。
 次はうちにいっぱい置いてある木の実だ。これは昔、大量に買った賢さのステータスが上がる木の実だ。普通に外でも生っているので、主食にしていた可能性がある。他にも色んな木の実があるが、職業柄、この木の実しか家にないのだ。だから、木の実が主食だった場合には、改めて色んな種類を買い足そうと思う。
 木の実を一つずつ、イスとイムの前に置く。すると、先ほどまでとは違い俊敏な動きで木の実に飛びついた。危うく、俺の手まで飲み込まれるところだった。イスとイムは木の実をすぐに完食した。
「スラぁ」
「すらすらぁ」
 こっちに笑顔で向き直る二匹。
「おかわりが欲しいのか?」
 なんとなく言いたいことが分かってしまったのだ。新しく、二匹の前に木の実を置く。さっきと同じように、すぐに食べだした。これは普通に好物みたいだ。また、町に行って色んな種類の木の実を買い足しとくか。



 スライムって普段、何してるんだろうか? 気になったことはないだろうか。俺はその皆の疑問を解決するために、その暮らしを覗いてみることにした。
 今はどこにいるのだろうか? その声のする方へ歩を進める。
「ス......スラぁ」
「すーらー」
 おしくらまんじゅうをしていた。え、なにこれ? 超かわいいんですけど。イムが全力でイスにぶつかっている。イスはそれをよいしょと押し返していた。二匹の体がぶつかるたびに、ぷるぷるボディが波打つ。イムが床に着地するたびに、水風船がはじけるようにぴちゃっと水音が鳴る。
 そのまま観察を続けていると、イムが跳ねたときに、イスがさっと避けるのが見えた。そのまま、イムが棚にぶつかる。
「すらぁ......」
「スラスラスラ」
 イスがイムに向かって笑っているみたいだった。イムがイスを追いかけて、鬼ごっこが始まった。スライムは思ったよりも俊敏で、ぴょんぴょんと跳ね回る。
 もちろん、部屋の中にあったものはどんどん落ちていく。まぁ、いいか。可愛いから。俺がそう思っている最中にも、鬼ごっこは続く。心地いい音が何度も鳴る。ついに、イムがイスを追いつき、上に重なり合う。
「すらぁー」
 ドヤ顔? なのか分からないが、イムがちょこんとついている腕を腰に置き、体を仰け反らす。イムがイスの上から下りる。二匹はそのまま疲れたのか、その場に立ち止まる。
 するとスライムの形からだんだん溶けるように、水溜まりができる。こんな風に変形もできるらしい。そのまま、寝てしまったらしく動きがなくなる。とりあえずはこのまま放置しておこう。
 今日はたくさん遊んで疲れていたので、木の実でタルトを作ってあげよう。スライムたちと暮らし続けてから、毎日が楽しいと感じる。家に誰かがいることで、毎日がこんなに色づくなんて思いもしなかった。来ていた仕事は全部断ったし、今後の仕事もしばらくは断っておいた。スライムを養っても困らないくらいのお金はある。しばらくはスローライフを楽しむことにする。
 しばらくすると匂いに誘われて、イスが起きてくる。
「スラぁ?」
「あ、起きた?」
「ズラァ......」
 寝ぼけ眼をこすりように目の辺りを擦りながら、棚から机、机から腕へと俺の右肩まで上ってくる。そこから、完成間近のタルトを目にして、喜びをあらわにした。
「スラぁー。スラっスラぁ」
 その叫びに誘われて、イムも起きてくる。
「すら? すらぁー」
「おはよう、イム」
「らー」
 手をピッと上げて、イスと同じ経路で俺の頭の上に来るイム。そこから、木の実の甘酸っぱい香りを体全体に浴びて、頭の上ではしゃぎだす。
「イム、あんまり暴れると痛いって」
 頭の上を優しくペチペチと叩く。
「す、す、す、すらぁー」
 感動を表現したいのだが、俺に叩かれうまく表現することができない。そんなかわいらしい二匹を下ろして、タルトを取り出し、二匹に自信作のタルトを振舞う。
「どうぞ、召し上がれ」
「スララララ」
「すららー」
 タルトに群がるイスとイム。ここまでおいしそうに食べてくれると、作った側としても嬉しいな。どうも、スライムたちは甘い食べ物が好きらしい。
 タルトを食べ終わったので、俺は先ほどの鬼ごっこで汚れた部屋を片付けようと移動する。すると、イスとイムも後ろからついてきた。俺が元の場所に落ちたものを戻していると、イスとイムもお手伝いでものを運んできてくれる。そのおかげで思ったよりも早く片付いたので、イスとイムをお風呂に入れてみることにした。
「ずーらー」
 イムがシャワーを滝行みたいに浴びて、楽しんでいる。
「スラぁ......」
 イスは桶にためたお風呂に入って、気持ちよさそうにしている。モンスターに水浴びやお風呂の習慣があるのかは知らないが、楽しんでくれているので良かったと思う。
 お風呂から上がると、イスとイムを寝かせることにする。俺の枕の両隣に横たわるイスとイム。夏にはヒヤッとしてるので、本当におすすめです。ただし注意事項として、イムは寝相が悪いので、よくベットから落ちていることがある。そのため、踏まないように気をつけなければならない。



 先日、タルトを振舞ったときに思ったが、イスとイムは甘いものが好きっぽい。というか、スライムに味覚はあるのか? 一度興味を持ったことは止められない、それが魔術師という生き物である。
 町で色んなものを買ってきたので、実験およびスライムを愛でる会を開くことにする。
「さぁ、イスくん。イムくん」
「スラ?」
「すら?」
「今日のおやつは豪華だぞ~」
 俺は目の前に色々な木の実を並べてみる。食い意地の張っているイムは伸びたり縮んだりと体全体で嬉しさを表現している。イスも興味津々で色んな木の実に目を走らせている。まずは甘いことで有名な木の実を差し出す。すると、二匹ともすぐさま飛びついた。人間からしたらこの木の実は甘すぎるので、主に調理して使うが、スライムにとってはこのままでも十分おいしいらしい。
 次は辛味である。俺自身、この木の実は食べたくない。これを薄めてスプレーにしたものが気付け薬に使われるくらいだといえば理解してもらえるだろうか。まじで、辛いのである。イス。イム。すまない、今後の研究のために犠牲になってくれ。
 イスとイムは木の実に近づいて、お互いの顔を見つめ、相談し始める。何だか嫌な予感がするので、もしもの備えとして呪文の詠唱をして準備しとく。
「すらっ」
 まるでニコッといった言葉を口に出したかのように、満面の笑みのイムがいた。言わずもがな、イスも後ろで同じような表情をしている。
「スラぁー」
 放てと言わんばかりに大きな声で木の実を持って、俺に向かって投げつけてきた。スライムにも食べるものを選ぶ権利くらいあるんだぞとそういった主張が聞こえてくるみたいだ。
 俺に向かってくる木の実を見つめて、やっぱりかと感じていた。うちのスライムたちはイタズラ好きなのである。もしかしたら、このくらいはやってくるかもと思っていた。このくらいとは言っているが、人間にとってはかなりの脅威である。
「タイム・キープ」
 俺は時を止めた。この魔法は一分間時を止めることができるといったものだ。正直、冷や汗が溢れ出ている。間に合ってよかった。魔王戦でさえ使うことのなかった魔法を今使わされるとは、スライム恐るべし。
 空中に浮いている辛い木の実を回収し、イスとイムが持っているものも奪い取る。そして辛い木の実がもうないことを確認し、奥の部屋に隠す。そろそろ一分だ。さっきの場所に戻って、時は動き出す。
「すらららららららら......すら?」
「スラー。スラララ。スラぁ?」
 先ほどまで感じていた重みがいきなり消失して戸惑う二匹。俺はまた謀反を起こされても困るので、知らないふりをすることにした。
「次はこの木の実だな」
 二匹がもっと疑問を覚えないうちに、急いで次の木の実を差し出すのだった。ちなみにさっきの反応から見て、辛いものは嫌だろうと結論付けることにした。
 ちなみに次は苦い木の実だ。しかし、人間でも好きな人もいることから分かるように、そこまで大した苦さではない。
 二匹ともこの木の実に対しては、猜疑心があるのかゆっくりと確認しながら、取り込んだ。
「ずーらー」
「スラぁ?」
 苦みにはイスのほうは何ともなくて、イムは苦手みたいだ。いろいろな種類の木の実を買ってきたが、ここで検証結果が出てしまった。
 好きな味には個体差がある。結局、人間と似たような感じである。余った材料は調理して、おいしく食べるとしよう。
「そういえば、今日はちょうど一年目だったね」
 イスとイムと暮らし始めて、ちょうど一年が経った。味覚を調査するために色々なものを買いに行ったついでにケーキも買っておいたのだ。
「まぁ、一年色々あったけどこれからもよろしく」
 何を言っているか、分からないのだろう。でも、俺の言葉に応えて笑い返してくれる二匹。言葉が通じなくても、うまくやっていける。今までのことを思いながら、確かにそう感じた。イスとイムにケーキを差し出すと、速攻で飛びついた。やっぱり、甘いものが好きなのね。
 いつもは飲まないけど、今日はいいかと思い、高いワインを取り出す。コルクを抜くと甘酸っぱい匂いが鼻を刺激する。
 ワイングラスに注ぎ、回すと、まるで摘みたてみたいな芳醇な香りが部屋いっぱいに広がる。目を閉じて、香りを楽しむ。まるで、自分が一面のブドウ畑にいるみたいだった。
 そんな風にワインを楽しんでいると、がちゃんと不吉な音が鳴る。
「スラぁ......」
 やめてくれ、イス。そんな明らかに「やっちゃったぁ」みたいな声を出すのは。一面のブドウ畑が次々とイムに食い荒らされていく。
 意を決して、ゆっくりと目を開く。そこにはワインの瓶に収まりきったイムがいた。高級ワインが一口楽しむだけでなくなってしまった。このままコルクを閉めて、観賞用のスライムにしてやろうか。そんな残酷なことを考えているとイムの情けない声が聞こえた。
「しゅりゃ~」
 酔っぱらって呂律が回らないらしい。ワインボトルから押し出されるようににゅるにゅると出てくる。色がいつもの薄い水色から少し赤みがかってるのが分かる。またうまくスライムの形に戻れないのか、いろんな姿になっている。スライムでも酔っぱらうんだ。また新しい発見だった。



 俺の朝は基本的に早い。というのも眠りが浅いからだ。何処から襲われるか分からない状況で過ごしていたので身についてしまった。最近は少しずつ改善されてきた感じはするが、それでもたまに朝早く目覚めてしまう。
寝惚け眼を擦りながら、ゆっくりと起きあがる。もう一回寝てみることにした。なんか変なものが目に入ったけど夢だと判断して目を閉じる。しかし、いつもとは明らかに異なる重みがずっしりと伝わってくる。目を閉じたまま、さっきの現実を思い出す。
「えぇ......?」
 そう呟きながら、もう一度確認するために薄目で覗き込む。そこにはスヤスヤと寝息を立てて俺のお腹の上で女の子が寝ていた。一旦、昨日のことを思い出して、整理してみよう。
 イスとイムと一緒に寝た。いつもより早く目を覚ました。女の子がお腹の上に頭を乗せて心地好さそうに寝ていた。なんだ、一人ぼっちで寂しかったので、錬金術で作ってみましたみたいなこの状況は? 俺は人体錬成でもしちゃったの?
 落ち着こう。こういう時は一旦関係のないものを見て落ち着くんだ。お腹の上が支配されているので、頭だけゆっくり左側へと向ける。だらしなくベットの下で大の字になって寝ている女の子。
「まじか......」
 もはやここは自分の部屋ではなく、どこか魔境なのではないか? 魔王を倒した俺にサキュバスとか悪魔とかが誘惑してきたのか? そんなことを考えてると、お腹の方から声が聞こえてきた。
「おはよう」
「え、あ、うん。おはよう」
 俺に挨拶をして、何事もなかったかのように立ち上がる。そしてベットの下に転がっている女の子を軽く足蹴にする。
「もう朝。起きろ」
「すらぁ......」
「すらぁ? ってことは、お前、もしかしてイムか?」
「もしかして気付いてなかったの? そうだよ。私がイスで、ここでぐうたら寝てるのがイムだよ」
「......まじかぁ」
 イスがイムを持ち上げて、無理やり立たせて起こさせる。
「ほら、起きて」
「後少し寝るすら」
「そう言っていつも起きないじゃない。起きなさい」
「うぅ、朝日が眩しいすら」
「ほら、挨拶しなさい」
 イスに言われるがまま俺に挨拶をしようとする。しかし、さっきの駄々をこねてた状態からは想像もできないくらいハイテンションだった。
「おはようすら?。今日も一日よろしくすら」
「あ、はい。よろしくお願いします」
 二匹はそのまま部屋の奥と向かっていく。俺はそんな二匹を後ろからただ眺めながら、情けない声を出すことしかできなかった。



 朝食を食べ、少し時間が空いて落ち着き始めたころに色々と聞いてみることにした。
「イス、イム。ちょっといい?」
 二匹ともすぐに寄ってきてくれた。
「遊ぶすら?」
「お話をした後でね」
 まるで「残念すら」とでも言いたそうなくらいしょげた顔になるイム。それとは対照的にイスは落ち着いて椅子に座っていた。二匹とも十歳くらいの見た目になっている。イムとイスの姿はとても似ているが、それぞれのスライムの時の色のようにイムは薄い水色の瞳を、イスは濃い青色の瞳を持っていた。
「いろいろと気になることがあるから聞いてもいい?」
「どうぞー、どんどん聞いてすらー」
「まず、一つ目なんだけどスライムって人間に擬態できるの?」
「んー、私もできると思ってなかったんだけど......」
 そういってイムの方に視線を送る。
「なんか、なれたすら」
「そうなのよ。私たちは複雑じゃないものだったら真似できるんだけど......。ある日、イムが人間の真似を唐突にやり出して、繰り返し練習してるうちになれるようになったのよ」
「じゃあ、全てのスライムがなれるわけじゃないのか?」
「多分、無理だと思うよ。特殊な例だと思ってくれればいいよ」
「ボクたちはエリートスライムすら?。スライムオブスライム!」
 イムは小さい胸を張って、褒めて褒めてと言わんばかりにしたり顔をしていた。俺が頭を撫でると、満足そうに床に腰を下ろした。
「次に二つ目。なんで俺と同じ言葉で喋れるの? この前までスライム語? でしか話してなかったのに」
「んー、それも何となく出来るようになったとしか言いようがないんだよね」
「ボクたちが賢いからすら!」
「確かにそれはあるかもね」
「んー......どういうこと?」
「えっーと、君? ご主人? ごめん、何て呼んだらいい?」
「フローでいいよ」
「ふろーぉ、ふろー、フロー」
「何でしょう?」
「呼んでみただけすら」
「さっきの話を続けるね。私たちは他のスライムと比べてかなり賢いと思うんだ。多分、フローがくれた木の実のおかげだと思うんだけど。あれ、賢さがあがる木の実だよね?」
「うん、そうだよ」
「だから......かな? 私たちは複雑なものにも擬態できるようになったり、フローと同じ言葉が喋れるようになったんだと思う」
「へぇ、そうなのか」
「多分だけどね」
「ボクはフローと話せて嬉しいすらよ」
「俺もイスとイムと話せて嬉しいよ」
 そんな風に相槌を返す中で純粋に思ったことを口にした。
「そんだけ、色々擬態できるんだったら、いろんなことができそうだな」
「人間になってる時はそっちに気を使ってるから、他の擬態は上手く行かないんだよね。だから服とかは適当にしかできないみたい」
「あ、だから、髪も結ってないのか」
「長い、短いは調整できるすらよ」
 そう言って、イムは髪の毛の長さを自在に変化させる。絹糸のように綺麗な髪だけど、長さしか調整できないみたいだった。
「ありがとう。とりあえず、確認したいのはそんなところかな?」
「じゃあ、ボクたちもフローに質問していいすら?」
 イムだけではなくイスも身を乗り出して俺の方を見てくる。質問に答えるのは構わないが、俺もイスやイムについてもっと知りたかったので、提案することにした。
「じゃあ、ここからはお互いについて改めて自己紹介するってのはどう?」
「自己紹介かぁ」
「今まではしゃべる言葉が違ったから、相手に伝えられてないこともたくさんあると思うし」
「ボクは全然いいすら」
「んー、私も大丈夫」
「じゃあ、俺からやるわ。名前はフローで、職業は魔法使いだ。昔、冒険をしていたから、いろんな魔法が使えるかな。その他にも錬金術や治癒術っていうのも一応使える」
「フローはどうして魔法使いになったすら?」
「んー、自分に向いてたからかな。やりたいことっていうのも特になかったし、自分に一番向いてそうなのが、魔法使いだったってだけかな」
「ボクも魔法を使ってみたいすら」
「あ、私も!」
「じゃあ、また今度教えてあげるよ」
「やったすらー」
「次はどっちがする?」
「ボクがやるすら」
 イムが俺の言葉に即座に反応した。別に順番なんてあんまり関係ないので、イムにやらせることにする。
「ボクはイムすら。イムって名前、ボクは気に入ってるすら。フローが時々作ってくれるパイが好きすら。というか、甘いものは基本的に好きすら」
 イムは自分が話し終えると、イスに視線を送る。とりあえず、俺もイスに自己紹介を目で促す。
「知ってると思うけど、私はイス。一応、イムのお姉ちゃんをやってます。果物が好きかな? んー、後は何を喋ればいいか分かんないけど、何か聞きたいことはあるかな?」
「もちろん、スライムの姿には戻れるんだよね」
「うん、でもスライムの体だと人間の言葉は上手く喋れないのよ」
「そうなのか?」
「だから、これからは基本的には人間の姿でいるようにしようと思ってるけど、大丈夫?」
「いいよ、イスとイムがそれでよければ」
「ボクは頭の上に乗りたい時があるから、その時はスライムになるすら」
「それもそうか。じゃあ、私も時々はスライムになろうっと」
「まぁ、好きにしてくれ」
「あ、そうだ。言い忘れてたことがあった」
 イスはイムに近付き、ひっそりと耳打ちをする。イムはその言葉にうんうんと頷きながら、こっちを見てくる。あれ、何かやっちゃったかな? そんな風に少し不安に駆られる中、秘密の会議が終わった二匹が俺に向き直る。
「あの日、私たちを救ってくれてありがとう」
「ボクたちはフローのお陰で今、とっても幸せすら」
 俺の方こそ、ありがとうだ。口には出さないけど。きっと、イスとイムに出会わなかったら、俺の心は荒んだままだった。二匹とただのんびりと暮らす中で毎日が楽しいと思えるようになった。
「今度、町に行って洋服とか髪留めとか買いに行くか?」
「行くすら!!」
「え、いや。そこまでしてもらわなくてもいいよ」
 二匹の間で両極端な反応が返ってくる。ある意味、スライムの時とあんまりイメージが変わらなくって少しクスッとなった。
「いや、買いに行こう。別に遠慮なんていらないさ。だって俺たちは家族みたいなもんだろ?」
「家族......か。そうだね、うん。買いに行こう! 可愛いの、いっぱい買ってね!」
「イムも、イムも!」
「おっしゃ、任せとけ」
 そんな風に俺たちは今まで話せなかった分、いろんなことを語り合った。



「ねぇ、フローはどうやってお金を稼いでるの?」
 ある日、唐突にイスがそんなことを聞いてきた。
「急にどうしたの?」
「いや、お金のことを気にしないでいいとは言われたけど......。やっぱり、気になって。何か私たちで力になれないかと思って」
 私たちと言っているが、この場にはイスしかいない。というのも、イムは別の部屋でお昼寝をしているからだ。基本的にイスはきちんとした真面目な子だ。それと対照的にイムはいつでも明るいが、面倒なことは手を抜きたがるタイプだ。
「お金の稼ぎ方ねぇ? 俺は昔の冒険で貯めたお金が結構余ってるからしばらくは働かなくても大丈夫なんだけど。まぁ、それでも時々は魔法使いとして問題を解決したり、錬金術でポーションを作って売ったりしてるかな」
「私たちが何か手伝えることはあるかな?」
 上目遣いで見つめてくるイス。ここで無理に突っぱねるのも可哀想なので、何かないか考えてみて、思いついたのを提案してみることにした。イスの反応を見て、どうするかは決めようと思う。
「んー、そんな大きなことではないんだけど......。やっぱり、買い出しに行ってる時は家を空けることになるんだよね。だから、魔法とかを使えるようになって、家を守ってもらえるようになると助かるかな。この家にはお金もいっぱいあるしね」
 とはいえ、この家に侵入してくるやつなんていないと思うが。そもそも、この家は町から離れている。また俺自身、魔王を討伐したパーティーの一員だったこともあり、知名度もあって家もよく知られている。魔王を討伐したやつの家だぞ? どう考えても返り討ちにあう可能性が高いだろ。それに一応、安全のためにトラップ作ってるしな。
 だけど、気を使わせてしまうくらいならば、手伝わせた方がイスも楽になるだろう。それに、もしもがあった時に魔法が使えると一応の保険にもなるだろうし。
「魔法ね、まかせて!」
「そうか、そうか。ありがとう」
 俺は手頃な位置にあるイスの頭を撫でる。髪がぐちゃぐちゃになってもいけないので、ある程度でやめる。以前、買い物に行ったことで、イスは前髪をピンで留め出した。服も二匹ともにそれなりに買った。まぁ、イムの方はめんどくさがって、いつも前髪はおろしてるだけだけど。
「イムー、イムー。起きてー。魔法の勉強しましょ!」
 てとてととイムが寝ている部屋へと向かっていく。俺もそれにゆっくりとついていく。部屋に着くと、イスはスライム姿のイムをペチペチと叩いていた。だが、イムは一向に起きる気配はない。
「手強い......」
「そういう時に魔法を使うんだよ」
「ん?」
「ウォーター」
 俺は右手を掲げて詠唱する。すると、イムの上から大きな水の塊が降ってくる。それが、イムに当たってバチャーンという音を立てて、飛沫をあげる。イムも流石に起きたようで、何事かとキョロキョロしている。
「結構......鬼畜ね」
「まぁ、こんなことも出来るよっていうデモだね」
「いや、でも、シーツまで濡れちゃってるじゃん。乾かさないと」
「あぁ、大丈夫。リストア」
 リストアは無機物を五分前の状態に戻す魔法だ。今回の場合、シーツが濡れてなかった状態になり、つまり結局は乾かしたことと相違ない。
「魔法って便利だね」
「その一言で済ませられたら、流石に辛いすら」
 通り雨にでもあったかのようにびしょ濡れになったイムはようやく状況が理解できたのか、人間になって諦めながらも文句を言ってきた。
「ねぇ、イム。魔法を覚えましょう?」
「ボクたちがすら?」
「そうよ、やりましょう?」
「めんどいすら」
「そうか......面倒くさいか。魔法を覚えるとフローが助かるって言ってたんだけどなぁ」
「やるすら。そんなところでなにぐずぐずしてるすら?時間は一秒も待ってくれないすらよ」
「はーい、じゃあフロー。先生をお願いしてもいい?」
「はいはい、じゃあ外に行って練習するか」
「お先すらー」
「あ、待ってよ。イム」
 二匹は外に向けて駆け足で出て行った。魔法がそんなすぐに使えるようにはならないと思うけど、まぁいつも通りゆっくりやればいいか。



 魔法を教え始めてから三ヶ月。思ったよりもイムとイスは覚えが良かった。魔法には炎・水・風・土・雷・氷・光・闇・時・天の十個の属性が存在する。天っていうのはイメージしにくいと思うが、所謂いろんな雑用ができる魔術みたいな感じだ。例えば、リストアとかがこれに当たる。
 二匹とも液体状のスライムだからか、水属性が得意みたいだった。イスは他にも風属性と光属性が基本魔法だけだが使えるようになった。イムも同様に基本魔法だけだが氷属性と炎属性も使えるようにはなった。
 一般的な話だが、一番得意な属性の基本魔法の習得にかかる期間は一ヶ月程度といわれる。その他の属性はその三倍程度かかるといわれている。つまり、七ヶ月でやるべきところを半分以下の三ヶ月で習得してしまったのだ。これには、俺もだいぶ驚いた。ここまで、習得すれば初級魔法も覚えたり、複合魔法を覚えたりすることもすぐ出来るようになるだろう。
「イスもイムもすごいな。普通ここまで早く習得できないぞ」
 二匹はただ嬉しそうに照れていた。
「イムはなんで氷と炎属性を選んだの?」
「え、氷属性があればいつでも冷たいものが食べれるし、炎属性があればいつでもあったかいものが食べれるすらよ?」
「そ、そうか。これからも頑張れよ」
「すらぁ」
「で、イスは?」
「風と光属性が可愛いからかな?」
「可愛い......?」
「何か可愛くない?」
「そうだ、な。俺も可愛いと思うよ」
「でしょでしょ!」
 二匹とも意味の分かりにくい動機だったが、やる気を持ってくれているのでいいとしよう。
「というか、スライムってこんなに魔法使えるもんなんだな」
「やっぱり賢さで補正かかってそうだけどね」
「今度ステータス確認してみるか」
「楽しみすら」
「というか、普通は一つの属性を極めてから他の属性を習得するんだけどね」
 これはそういう風に指導してない俺が悪いんだが。とりあえず、イスやイムがやりたいということを片っ端から教えてたらこんな風になった。
「そうなんだ。え、私たち大丈夫?」
「まぁ基本魔法を覚えてしまえば、後は結構楽にいけると思うよ。ただ、他の属性を覚えるスピードが異常だっただけだね」
「ボクたちは魔法使いの才能があるすらか?」
「正直な話、かなりあると思うよ」
 二匹から黄色い歓声が上がる。いや、普通に考えてもかなり早いからな。すると、イスが私のことを褒めてくれる。
「指導者がいいからだね」
「そうすらね」
「だな」
 俺はそれをお世辞と取らず、真に受け取る。正味、それは間違ってないもん。
「これからもよろしくお願いしますね、コーチ」
「よろしくお願いすら!」
「任せとけ。二番目と三番目に強いの魔法使いにしてやる」
「ちなみに一番は?」
「もちろん、俺」
 俺たちはいつも笑いあって、こんな風に練習している。無駄と思える時間だとしても決して無駄なんかじゃない。こんなのほほんとした日常が何よりも大切だと感じるんだ。



 ある日、イスとイムを連れて町に出た。もちろん、人間姿にしてだ。今日は服や食料などいろんなものを買いに来た。
 俺自身、あんまり人が多いところは好きじゃない。だが、やはり有名人なので俺がいると人が結構集まってくる。今日も例に漏れずに声が飛び交っている。イスとイムは俺以外の人間はまだ慣れてないようで、俺の横をぴったりくっついて歩いている。
「服買った。食料買った。本買った。んー、イスとイムはどこか行きたいところはある?」
「んー、特にはないすら」
「私もないかな」
 ちなみにイムの口癖のすらだが、最初は町に行く時だけは矯正しようと考えたが、俺としてはスライムとバレても問題ないので放置することにした。
「あ、でも。この前、家でなんか足りてないって言ってなかったっけ?」
「あぁ、そういやそうだ。ありがと、イス」
 そうだ。錬金術の材料が足りなかったんだ。買い足しとかないと。
「悪い、もう少し店に寄ってもいいか?」
「うん、全然いいよ」
「ボクも構わないすら」
 そうして材料が売っている店へと足を運んだ。相変わらず、人が多いな。少しばかり鬱陶しいと思ってしまう。すると、イスが突然に立ち止まった。俺は不思議に思い、問いかける。
「イス、どうかしたか?」
「う、ううん。なんでもないよ」
「人混みに揉まれて、体調でも悪くなったか」
「ううん、大丈夫」
「なんか、欲しいものがあったか? 遠慮せずに言えよ?」
「大丈夫だから!」
 イスはいつもより大きな声を張り上げる。俺もそれに少しびっくりして、引き下がる。
「お、おう。何かあってからじゃ、遅いからな」
「うん、私の方こそ大きな声を出してごめん。ちょっと気分が悪くなっちゃってたみたい」
「お姉ちゃん......?」
「そうだな、じゃあ一回帰ろうか?」
「ごめんなさい」
 イスは一体何に謝ってるのだろうか。人が集まってるのは俺のせいなんだから、むしろ俺が悪いだろうに。
 俺たちは町を少し出て、俺のテレポーテーションの魔法で家まで帰ってきた。
「フロー、ごめんなさい」
「いやいや、謝ることなんてないよ」
「だって、何か必要なものを買えてないんでしょ?」
「まぁ、また買いに行けばいいだけの話だから」
「今から行ってきていいよ」
「いや、流石に......」
「大丈夫、お姉ちゃんのことはボクに任せるすら」
「そうは言ってもなぁ......」
 俺が悩んでると、イムが近くに寄ってきて耳打ちをする。
「きっとお姉ちゃんは真面目だから、自分のせいでって思い続けるすらよ。だから、ここは任せて行ってきて欲しいすら」
 それもそうかと自分の中で納得をする。
「じゃあ、すぐ帰ってくると思うけど、イスのことをよろしく頼むな、イム」
「任せるすら!」
 俺はイスをイムに任せ、町へと再びテレポーテーションした。スライムに人間と同じような薬が効くかは分からんが、薬も買って帰ろう。そう決意して、俺は買い物に取り掛かった。
 俺が帰る頃にはイスもそれなりに治っていたので、安心した。町でデザートを買ってきたので、それをイスとイムにあげる。これから、イスとイムを連れ歩く時はより注意しないとなと思った。



 次の日、イスとイムは俺の家からいなくなっていた。くそっ、こんな時だけどうして眠りが深いんだよ! イスとイムは俺のベッドの上でスライム姿でいつも一緒に寝ている。起きた瞬間見つからなかったが、家のどこかにいるものだと思った。だけど、家中探しても見つからなかった。
「あぁ、もうクソが! 落ち着け!」
 こういう時こそ落ち着かなければ。まずはイスとイムの場所の確認だ。
「ポジション」
 思ったよりも遠い距離にいるな。これはただ散歩とかじゃなくて、計画的に家を出てるな。だけど、この辺は俺が行ったことがないのでテレポーテーションで行くことができない。そのため、空中浮遊の魔法を使って二匹のもとへ向かうことにした。
 飛びながら、いろんなことを考えていた。どうして二匹はいなくなったのか? 俺は昨日に何かあったのだと推測した。もしかして、人間社会で生きていくことが難しいと感じたのかもしれない。スライムと人間では違いがありすぎる。だとしたら、俺にイスとイムを止める権利なんてない。だけど、イスとイムがどういう想いでいなくなったのかどうしても聞きたくなった。
 もし別れなきゃいけなくなった時はイスとイムを笑顔で見送ってやることができるのだろうか? 近くにいることが当たり前すぎて、離れていくなんて思いもしなかった。
 だけど、それ以上にイスとイムが出した答えに不義理な真似はしたくないとも思った。イスとイムが出した答えを尊重したいと思った。
 たとえ離れたとしても、決して一人じゃないと思えるようになったから。イスとイムのおかげでそう思えるようになったから。だから、イスとイムが望むなら、笑顔で見送ってやりたいと思った。
「確か、この辺のはずなんだけど......」
 いろんなことを考えてるうちに、目的地に着いた。そんなに時間もかかってないから、この近くにいるはずだ。一回止まって、もう一度位置を確認する。
「ポジション! うん、こっちの方向に少し進めばいるはず」
 これなら急ぎ足で行けば、十分に追いつけそうだ。二匹のいる方へと進み出す。少し進むと、見慣れた後ろ姿が見えてきて思わず叫んでしまった。
「イス! イム!」
 イスは体を強張らせながら、こちらに振り返る。イムはそれ見ろと言わんばかりにイスを見ている。俺はイスとイムに駆け寄りたい気持ちを抑えて、問いかけることにした。
「なぁ、なんで急にいなくなったんだ?」
 イスはバツが悪そうに目を逸らす。二匹とも何も喋ってくれない。
「俺が何かしたか? それなら謝るから、な?」
 イムは俺の方をじっと見ているが、イスの行動に注意を払ってるようだ。どうやら、今回の逃避行はイスの計画で行われたものらしい。
「俺のことが嫌いになったのか? それなら、それで構わないから、イスとイムが何を考えていなくなったか教えてくれ」
「そんな......訳ないよ」
 閉じていた重い口をイスが開く。
「じゃあ何で!?」
 またすぐに黙り込む。イスは理由をどうしても言いたくないらしい。何がそこまで......。しかし、そんな様子を見かねたイムがイスの方を気にしながら小さな声で語り出した。
「ボクたちがいるとフローに迷惑がかかるすら」
「イム、何で! 何で言っちゃうの!?」
「だってフローは納得しないと、きっと何回でもボクたちを探すすらよ......」
「それでも言わないって約束したじゃない!!」
「そもそも黙って出ていくことにボクは賛成してないすら!!」
「それでも、こうするしかなかったじゃない!!」
「だから、話していけばよかったすら!!」
 いつも仲がいいイスとイムとは思えないほど、強く口論をしていた。そもそも、逃避行の原因が俺に迷惑がかかるからってどういうことだ? お金か? そんなのは迷惑にならないって昔言ったはずだが。
「なぁ、どうして俺に迷惑がかかるんだ? お金とかそういう問題か?」
 俺の声に飛び跳ねるように反応して、体を硬直させて黙り込んでしまうイス。その姿にため息をついて、イムが俺に答える。
「ううん、そういう問題じゃないすら。もう、こうなったら全部話すすら」
 イムが俺に近づいてくる。すると突然、後ろから詠唱が聞こえる。
「ウインド!」
 イムに目掛けて、風の刃が飛んでいく。それはすんでのところで通り過ぎて、近くの木を切り倒していく。
「お姉ちゃん......?」
「イム、それ以上言うなら容赦しないから。次は当てる」
 明らかに本気の目だ。何がイスをそこまで駆り立てるんだ? だけど、ここで引き下がる俺でもない。
「イス。魔法で俺を相手するには流石に分が悪いんじゃないか?」
「それでもやるよ」
「そうか、アンチマジック」
「ウインド! ウインド、ウインド! ウインド!! どうして出ないの!」
「今、俺を含めて俺百メートル以内にいる生き物は魔法を使えないよ」
「何で、そこまでするの? 魔法使いが魔法を使えなくなったら、自分の身を危険に晒すだけじゃない! どうして。どうして、そこまでしてくれるの?」
 その通りだ。今の俺は最強の魔法使いでも何でもない。ただの一般人と変わらない。今、敵に狙われたとしたら間違いなく殺されるだろう。それでも、俺にはしたいことがあるから。
「イスとイムの本当の言葉が聞きたいから。俺にとってイスとイムとの出会いは人生を大きく変えるものだったんだ。だから、自分の身を危険に晒すとしても、俺は何度でもこうするよ」
「フロー......」
「お姉ちゃん、ボクたちの負けすらよ。全て話すすら。これでフローに迷惑をかけてたら意味がないすらよ」
「そ、うね」
「ごめんすらよ」
「いや、それよりも聞かせてくれる? イスとイムが何を想ってこんなことをしたのかを?」
「それは  」
「イム。私が言うわ。それがケジメだと思うから」
 イムは黙って引き下がる。
「そもそもイムは黙って出ていくことに反対だったわ。だから、イムは責めないで欲しいの」
「大丈夫、怒ったりなんかしないから」
 下を向きながら話していたイスは俺の方を見て少しずつ話し出した。
「この計画を立てたのは昨日。フローが一人で買い出しに行った時」
 確かにあの時、イスは気分が悪くなっていた。そこに原因があるのかもしれない。
「買い出し自体はすごく楽しかった。横にフローとイムがいてとっても楽しかった。でもね、聞こえちゃったのよ。『あいつ、スライムなんか連れてるぜ』って。初めは私たち以外の誰かのことを言ってるんだと思ってた。だって、人間の姿になってたしね。でも、話を聞いているうちにフローのことだって気付いたの。『最強の魔法使いも魔法の使いすぎで頭がイカれちまったみたいだな。最弱の魔物を連れて遊んでるなんて』みたいなことを言ってた。私はそれが悔しかった。それと同時に私たちが一緒にいることで、フローがまたこんな風に言われてしまうのが嫌だった。片方は最強の魔法使い、もう片方は最弱の魔物のスライム。釣り合ってないって思われるのも当然よね。きっと、フローはこんなことは気にしない。だけど、もしかしたら私たちが一緒にいることでいつかフローに迷惑がかかってしまうかもしれない。それで、フローから嫌われてしまうのはもっと嫌だった。だから、私はイムにフローの前からいなくなろうって提案して、こんな状況になったの。迷惑かけてしまって、本当にごめんなさい」
 俺の中にあったのは俺のせいじゃなかったという安心感と怒りだった。なんで、イスが誤らなきゃいけないんだ。イスは何も悪くないのに。沸々と怒りがこみあげてくるのを感じた。
「イス。話してくれてありがとう」
「ううん、本当にごめんなさい」
「だから、言ったすら。そんなことじゃフローはボクたちを嫌いになんてならないって」
「もしこれから、こういうことがあったら話してほしいんだ。同じ時を過ごして、お互いのことを分かり合えたって思ってたんだ。でも、やっぱり大事なことは言葉にしなきゃ伝わらないし、間違ってしまうこともあるから。そうやってこれからも一緒に過ごしていきたいと思うんだ。これが今の俺の本音だよ」
「私もこれからもフローといたいよ! でも、私はそれを望んでもいいの?」
「イスとイムがそれを望むんだったら」
「私が迷惑をかけるかもしれないよ?」
「俺だって迷惑をかけるかもしれないさ。こういうのは迷惑をかけつ、かけられの関係だと思うから」
「うん、ありがとう......」
「ボクももちろん一緒すら」
「当たり前だろ?」
 さっきまでの悲しい気持ちも消えて、自然と笑いあっていった。さぁて、問題を解決できたところでどうしようか。さっき俺が使ったアンチマジックももう時間切れなので、とりあえずは家にテレポーテーションで帰ることにしよう。
 家に帰るとすぐに腹が立ってきた。変なことを言ってイスを不安にさせたやつらにはお仕置きしないとな。
「イス。それにな? お前の目の前にいるの誰だと思ってんだ? 今すぐ、そいつらに魔法的に雷落としてきてやるよ」
「でも、その人たちが分からないんじゃ無理じゃないすら? ボクとフローはその人たちを見てないし」
「でも、イスは見てるんだろ? じゃあ、大丈夫だ」
 イスとイムは首をかしげながら、俺を見守る。
「イス、ちょっとこっちに来てくれるか?」
「うん」
「えっと、まずはメモリー。んでビジョン」
 メモリーは記憶を覗くことができる魔法で、ビジョンは自分が持っている情報を空中に射影して、視覚化する魔法だ。これで、イスの記憶をスクリーンに映して見ることができる。
「すごいすら、こんなこともできるすらね」
「ははは、もっと褒めてくれてもいいよ。で、イス? どいつが例のやつらだ?」
「んっと、この人達かな」
「おっけ、こいつらね。マップ、トラッキング」
 先ほどのスクリーンにマップを表示し、あいつらの位置を表示させる。まだ、昨日の街の近くにいるみたいだ。「この人は敵に回しちゃダメすら......」
「もう何をしても驚かないよ......」
「じゃあ、ちょっくら行ってくる」
 さて、二度と同じことを言う人がいないよう、派手に見せしめにしてボコボコにするか。



 まじで、口ほどもなかった。どうやら敵感知の魔法でスライムと分かったらしい。スライムを連れてたやつに負けるかよってほざいていたので、より一層ボコしてあげた。まぁ、二度とこんなことが起こらないように、結構派手にボコボコにしたから、周りに言いふらすこともしないだろう。もし、スライムだって気付いた人がいても、俺への恐ろしさから表立って言われるのは減るだろう。裏で言われるのはどうでもいいしな。まぁ、ダメだったらダメでまた考えよう。
「ただいまー」
「本当にすぐ帰ってきたすら」
「そうかな?」
「三人ぐらいを十分ほどでシメてきて、何を言ってるすら......」
「まぁまぁ、そんなことよりもイスとイムに大事な相談があるんだ」
「どうしたの?」
「スライムだっていうのは敵感知の魔法でばれたらしい。一応これを解決する方法があるんだ」
「そんな便利なものがあるすら?」
「まぁ、一応ね。敵感知っていうのは人間に対して主従関係を結んでない魔物に対して働くんだ。だから、俺がテイミングすれば主従関係が結ばれて、感知されることはなくなるんだ。ただ、そんな簡単に決めないでほしいとも思う。今、俺がいってるのはスライムとしての生活をを選ぶか、人間としての生活を選ぶかってことだ。テイミングされた魔物は主従関係のない魔物からは敵として認知されるから、スライムの群れにはテイミングされれば戻ることはできない。イスとイムがどういう風にしたいか決めてくれ。答えはいつでもいい。俺はいつまでも待つから」
 こんな大事な話をしているのに、イスとイムは二人で顔を合わせて笑い出す。
「なんで笑うんだよ」
「だって私たちの答えは決まってるもん。ね、イム?」
「そうすらね」
 イスとイムは息を大きく吸って、俺をまっすぐ見つめて告げる。
「私はもちろん、これからもフローと一緒にいたい。どうせならフローと同じように過ごしてみたい」
「ボクも人間として過ごすすら。初めて会った日、手を伸ばしてくれた時からずっとフローが大好きだからすら。だから、ボクたちと主従関係を結んでくれるすら?」
 あぁ、覚悟が決まってなかったのは俺か。イスとイムの想いは分かってたはずなのに、勘違いが怖くて逃げてしまった。
「そうだね、俺もこれからもイスとイムと一緒にいたい。それに主従関係っていったって今までと何も変わらないから。どうか、俺と一緒にいてくれますか?」
「はい、喜んで」
「これからもずっと遊ぶすら~」
 俺はテイミングのスキルを取得して、主従関係を結ぶ。「これで、切っても切れない関係になったわけだね」
「んー、まぁそうだな」
「じゃあさ、錬金術教えてよ。これからは私たちもお金を稼がないとダメだと思うし」
「ボクも知りたいすら」
「んー、魔法も覚えてほしいし。また時間があるときにね」
「はーい」
「じゃあ、魔法を教えるすら」
「ちょっと、そんな引っ張らないで......」
「これからもよろしくね、フロー」
「よろしくすら」
「こちらこそよろしく」
 きっと、この先もいろいろな問題にぶち当たるだろう。でも、そのたびに二人と乗り越えていくんだろう。これからの二人とのゆっくりとした生活に期待を膨らませるのだった。


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