#140字小説集 内藤紗彩 「久しぶりだな」 「そうね。同窓会以来かしら」 「今度、飲みにでも行かないか」 「えぇ。貴方も歳をとったのね」 「どうかしたかい」 「もっと気の利いた誘い文句は言えないものかしら」 「生憎これ以外の遊び方はとうの昔に忘れてしまったのでね」 「あら、私貴方となら図書館も遊園地でしたよ」 #140字小説 ついてねぇ。男はぽつりと呟い た。何かが変わると信じていた 春。白紙のカレンダーは捨てた 。暦の上ではもう秋とはいえま だ日差しが強い。茹だるような 暑さの中キラリと光る硬貨を見 つけた。ごとん。自販機が響く 。カシュッ。炭酸が弾ける。ご くり。後ろでお金を落としたと 泣く声が聞こえた。#140字小説 もしもし?いや、大したことじ ゃ無いんだが。眼鏡が割れてし まっただろ?昔使ってたコンタ クト、どこにあるかなと思って ね。汚れた服も着替えなくちゃ ならない。......おいおい、そん なに泣くなよ。先にいってのん びり待ってるからさ。遅刻魔の 君のことだから、あと数十年は 遅れてきてくれよ。#140字小説 「#140字小説集2」 内藤紗彩 「愛してます」より「好きでし た」の方が真実味があるのは何 故だろう。そうか、物事には終 わりがあるからこそ美しいのか もしれない。物語は完結して初 めて物語としての意味を持ち始 めるのだ。だからね?僕はその お手伝いをしただけなんですよ 。「聞いてるのか。この花瓶割 ったのお前だろう」#140字小説 「雨に濡れた子猫が欲しい」彼 女がそう言うのを聞いて俺は土 砂降りの雨の下を走り回った。 必死の思いで見つけて来たそれ を彼女に見せると「コレじゃな いわ。私が本で見たのは」と素 っ気なく吐き捨てられた。普段 本を読まない俺には、それがど んな猫なのかいくら考えても全 く分からなかった。#140字小説 恋人がいた。僕が好きだという と、そうね、とだけ返すような 人だった。傍にいてもいいです か。水族館に行きませんか。何 を聞いても君の答えはいつも同 じ。だから、安心していたんだ 。結婚しませんか、そう言った らまた同じ言葉を返してくれる んじゃないかって。僕の明日に 君の姿は無かった。#140字小説 「#140字小説集3」 内藤紗彩 恋人がいた。いつも真っ直ぐに 私を見つめてくれる人だった。 口下手な私に愛想を尽かすこと もなく傍にいたいと言ってくれ た。そんなあなたに嘘を吐くこ とは出来なかった。そして、真 実を話すことも。病によって、 私に残された時間はもう無かっ た。あなたの明日に私の姿を残 したくはなかった。#140字小説 「あっ、あの、これ、」おずお ずと差し出されたのは一通の手 紙。可愛らしいハート型のシー ルで止めてあった。まさか。ど くんと心臓が跳ね上がる。「こ れ、いつも一緒にいる三組の松 本君に渡してくれませんか?お 願いします尾島君!」うん。そ れは別に全然いいんだけど。僕 の名前、児島です。#140字小説 カチカチカチ。 「ねぇ、さっきから聞こえるのは何の音だい?」 「知らないのかい。カチカチ山のカチカチ鳥さ」 ぼうぼうぼう。 「ねぇ、」「ぼうぼう山のぼうぼう鳥さ」 「なるほど」 ぐつぐつぐつ。 「お待たせ。寒いから狸汁作ろうと思ってコンロでお湯沸かしてた」 「割と直球で殺しに来るね」 #140字小説 「#140字小説集4」 内藤紗彩 俺は賢い。日本語の他に中国語 も英語も少しなら分かる。なの に人間ときたら俺のことは種族 名で呼ぶくせに、アイツのこと は「王ちゃん」だなんて呼ぶん だぜ。一体どこが高貴だという んだ?アイツもそれを分かって 人間の前ではずっと「1」を連 呼しやがる。全く胸くそ悪いっ たらありゃしない。#140字小説 「なぁ昨日のドラマ見た?すげ ぇ面白かったよな」あのつまら なくて有名な問題作のことか。 この際言うが君のセンスは少し ズレている。初デートが工場見 学だったり、面接に蝶ネクタイ で行ったり。「僕と結婚してく れないか」ほらね。こういうと ころだ。私を選ぶなんて君は本 当にセンスが無い。#140字小説 ある人は高級ブランドバッグを 見てこう叫び、またある人は毛 皮のコートを着てこう話す。か と思えば探し物をしている人に こう尋ねることもある。ひとつ の言葉でも状況や区切り方、イ ントネーションによって意味が 変わってしまう。そう、言葉は 時として凶器になってしまうの だ。「あったかい」#140字小説 「#140字小説集5」 内藤紗彩 「彼女が出来た」そう伝えた日 から君は僕に冷たくなった。ど うしてだろう。僕は君のことを 心から友達だと思っていたのに 。そのことを別の友達に話すと 、お前は女心というものが分か ってないな、と笑われた。それ から数か月。「彼女と別れた」 それを伝えた君の顔は心なしか 嬉しそうに見えた。#140字小説 突如上空に現れた巨大なUFO 。見るからに危険そうな銀色の 物体は実に数十年もの間沈黙を 保っていた。初めこそ世間を騒 がせたが、今や触れようとする 人も珍しい。そんなある日のこ とだった。空から大きな声のよ うなものが響いた。「はい、地 球の皆さんが静かになるまで八 十年かかりました。#140字小説 「メンヘラ」は「メンタルがヘ ラクレスのように強い」ことだ と聞いた。あと「ヤンデレ」は 「ヤンキーがたまに見せるデレ 顔」のことだと。友達に好きな タイプを聞かれたので「ヤンデ レが好き。私はそれに釣り合う ようメンヘラになりたい」と答 えたら「お大事に」と言われた が何のことだろう。#140字小説 「#140字小説集6」 内藤紗彩 「君はいつも綺麗だね」 「ご丁寧にどうも。で、何?」 「見たい講演があって」 「珍しいわね」 「頑張って席取ったんだ」 「んーどうしようかな」 「すごく面白いらしいよ」 「無意味だわ。他人の評価なんて」 「きっとそう言うと思ってた」 「理解しているようで何より」 「縦読みしてみ?」 「そのまま返すわ」 #140字小説 君の誕生日が近づくと僕はそわ そわしてしまう。何をあげたら 君は喜んでくれるだろう?そう だ、とっておきの金の折り紙で 鶴を折ろう。その日、君は他の 男の子から綺麗な髪飾りを貰っ ていた。「ありがとう!一生大 事にするね!」ポケットの中で ぐしゃりと潰れた金の鶴は何だ か色褪せて見えた。#140字小説 半年ぶりにスマホの暗証番号を 変えた。まだ慣れなくてよく間 違える。「パスワードが違いま す」何度も、何度も。僕の指は 勝手に君の誕生日を打ってしま う。意味を無くした配列を無意 味な羅列で塗り替える。たった それだけのことなのに。心に染 み付いた日常は簡単には僕を離 してくれなかった。#140字小説
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