僕の交際イノベーション

みのあおば




 今日の昼、友人の拓哉(たくや)にラインをした。
『拓哉、ちょっと話できないか』
『いいぜ。なんの話?』
『会って話がしたい。明日の夜は空いてるかな』
『オッケー。じゃあ十九時に部室集合とかでいいか?』
『分かった。それでよろしく』
 拓哉は同じ部活に所属している男だ。明日の夜、僕は彼に大切な話をしようと考えている。


 その日の夜、付き合って半年になる彼女といつものように自転車で帰っていた。彼女の家に到着し、僕は自分の家に帰る前に、話を切り出した。
「秋子(あきこ)さん、ちょっと大事な話があるんだけど」
「え、何?」
「もしよかったら、別れない?」
「......別れる? それは、付き合うの辞めるってこと?」
「そう。もう、いいかなって」
「本当に? でも、ちょっと突然過ぎない? なんで?」
「なんか、もういいかなって」
「いや、説明になってないじゃん。なんか、不満とかあった?」
「いや、それほどでもないけど。ちょっと、他にやりたいことができて」
「......」
 彼女は、信じられないというような表情を見せたのち、何かを考えるようにしている。さすがに身勝手すぎただろうか。あまりに唐突だったしなあ。
「本当に、別れる気なの?」
「うん。僕としては、もう決めたんだ。だから、秋子さんさえよければ、できれば別れたい」
「......そっか。本気なんだね」
「......うん」
「はあ、分かった。じゃあね。もう帰るね。おやすみ」
「うん。元気でね。おやすみ」
 彼女は振り返ることなく自分の部屋に向かって行った。なんだか申し訳ないような、申し訳なく感じていないような。彼女との付き合いにはこれといって大きな不満はなく、充実していた。しかし、他にやりたいことができたんだ。そのためには、こうするのが一番だと考えた。
 突然の別れを彼女がどう思っているのかは分からないが、少なくとも表面上はすんなり済んだようだから、ひとまずよしとしておこう。


 次の日の夜。僕と拓哉は予定通り部室で落ち合ったのち、駅前の居酒屋に出かけた。居酒屋は個室で、それほどうるさくないところを選んだ。
「直(なお)、今日はどういう話なんだ?」
「実は、昨日彼女と別れたんだ」
「おお!?マジかよ! あの秋子と? うまくいってるって言ってたじゃんか。いったいどうしたんだよ」
「うん。今日の話はそれも関係しているんだ。拓哉、ちょっと驚くかもしれないけど、聞いてほしい」
「お、おう。なんだよ」
「あのさ、僕と、付き合ってもらえないかな?」
 拓哉は驚いているようだった。
「付き合うって、つまり、俺たちでカップルになるってことか?」
「そうだよ。男性同士だから珍しいかもしれないけど、一応、真剣なんだ」
「え......。直、ゲイだったっけ?」
「いや、僕は同性愛者じゃないと思う」
「え~、じゃあなんで俺と付き合いたいんだよ。......まさか、実は直、女なのか?」
「いや、僕は男だよ。身体も心も、男のつもりだ」
「それだったらなんで。  ま、まさか、実は俺が女なのか!?」
「いや、拓哉も男だと思ってるよ。僕は男だし、拓哉も男だと思う。それで、僕がいつも好きになるのは女性なんだけど、今回は、拓哉と付き合ってみたいんだ」
「みたい、ってなんだよ。付き合ったら、いったいどうなるってんだよ......」
「それは僕もよく分からない。けど、たぶん一緒にごはん食べたり、夜は一緒に寝たりするんじゃないかな」
「寝るのか。寝る、ってのは、つまり、そういうことか」
「いや、僕は男性に興味はない、つもりなんだ。だから、たぶんそういうことはしないと思う。少なくとも現時点では、拓哉と性的なことをしたいとは思っていないよ」
「じゃあ、本当にいったい何をするっていうんだよ......。ただ一緒に飯食ったり寝たりするだけなら、正直今までと変わらないっていうか、友だちのままでもできるんじゃね?」
「うん......。たしかに、それはそうなんだけど、やっぱり、今までの関係よりも、もっと先に進みたいっていうか」
「ふん......。ただの友だちではいたくないけど、それより深い関係ってなると、付き合うしか思いつかなかった、ってことか」
「そうかな。そういうことかもしれないなあ」
「う~ん、なかなか新しいな。たしかに俺は今彼女いないし? 状況としては、誰かと付き合うことができるのかもしれないけど......。男と付き合うのが未知すぎて、この先の生活がどうなるのか、てんで思い描けねえよ」
「まあ、そうだよね。僕も男と付き合おうなんて思いついたの初めてだし。どうなるかさっぱり分からない。でも、そろそろ、いいんじゃないかな」
「なにが? なにが、そろそろいいんだよ」
「それは、その、付き合うのは異性同士でするものだっていう、思い込みだよ。そろそろこだわらなくてもいいんじゃないかなって」
「こだわらなくてもいいって、そりゃあ、ゲイ同士だったら、同性同士で付き合えばいいと思うけど、俺は異性愛者だし、直もそうなんだろ? 異性愛者なのに、同性と付き合うこたぁねえだろうよ、と思うけどな......」
「そうかもしれないね。でも、断固として拒否し続ける必要もないんじゃないかな? って思ったんだ」
「えええ、そうかあ......?」
 注文していたカシスオレンジが届いた。
「突飛な提案だと思うし、断られても仕方ないかなと思ってるよ」
「う~ん......」
 拓哉は巨峰サワーに口をつける。
「俺だって、できれば女と付き合っていたいしな......」
「それなら、心配いらないよ」
「どうしてだ?」
「僕は、拓哉が女性と付き合うのを邪魔したくはないんだ。だから、僕と付き合っていながらにして、他の女性と付き合ったって、別に全然いいんだよ」
「そうなのか。浮気公認ってことか」
「それに、僕たちは男性同士だから、どんなに仲良くしてたって、まさか付き合ってるとはそう簡単にバレやしないさ」
「はは、それもそうだな。もし露骨に仲良くしていても、浮気が疑われることはまずないだろうな」
「これが同性交際の強みだよ。常識の埒外にあるから、きっと盲点になっているはずだ。だから、僕と付き合いつつも、他の女性と仲良くしたり、付き合ったりすることはできるはずだし、してくれて構わないと思ってる。そう悪くない話だろう?」
「そうだな。そこまで大きな損はなさそうに思えてきた。ただ、別にメリットがあるとも思えないけどな」
「まあ、そりゃそうだよね」
 牛すじ煮込みと卵焼きが運ばれてきた。どちらも湯気が立っていて、おいしそうだ。
「直、さっきの話だと、お前こそ女と付き合いながら俺と交際することもできただろうに、どうして秋子と別れちまったんだ? 俺たちが付き合おうが付き合うまいが、そっちの交際にはそれほど影響出なかったかもしれねえのによ」
「うん、それはだいぶ迷ったんだけど」
「おう」
「彼女のこと、たった半年間だけど、本当に愛していたんだ。だから、ちょっといやだなって」
「......」
「浮気とかさ、やっぱよくないじゃん。信頼し合った仲なのにさ、そんな大きな裏切りを潜ませられないよ」
「......おま、ちょ、なんだよそれぇ~~」
 拓哉は呆れたような、戸惑ったような反応を見せる。
「ほら、前の彼女の話はいいだろう? 拓哉にとっては、大してプラスがないかもしれないけれど、マイナスでもない話なんだ。いや、プラスはないって言っちゃったけど、もし付き合ってくれたら、僕は喜ぶんだよ。な、友だちを喜ばせると思って。まあ付き合ったら、お互いに友だちじゃなくて彼氏になるのかもしれないけど」
「いや~、中々ついて行けないぞ。さすがにこの話は」
「お願いだよ、この通り。付き合ってみて無理だったら、振ってくれてもいいからさ。他に好きな人ができたら、僕を捨てて他の女性の所に行ってしまったって怒らないからさ~。頼むよ~。いったいどうなるのか試してみたいんだ」
「直、お前ちょっとおかしいだろ。そんな実験みたいな精神で俺と付き合おうっていうのか。目を覚ませ」
「いや、実験じゃないよ。本気なんだ。拓哉、君は背も高いし顔もイケてるし服装もオシャレだ。話も合うし、将来のこととかも考えてて、努力家だし、なんていうのかな、とにかくかっこいいんだよ。好きなんだ」
「好きなのかよ!」
「そうさ、前から好きだった。憧れていたんだ。だから一回付き合ってみたいんだよ。拓哉がどれだけかっこいい彼氏なのか、見てみたいんだ」
「やっぱ実験っぽさ抜け切ってねえじゃんかよ」
「そりゃあそうさ。付き合いたいっていう願いにはいつだって、その先に始まる二人の生活への期待が込められているものさ。僕は君と付き合ってみたい」
「なんだよ......。急に熱いな、直......」
 酔いが回ってしまったのか、拓哉の頬は少し紅潮している。
「ホモもヘテロも関係なく、男だろうが女だろうが、どちらの性別とも付き合えるようになったら、それって交際革命だと思わないか? そんな世界が実現したとき、僕たちは圧倒的な自由を手に入れるんだ。でも、異性愛者なのに同性と付き合うだなんて話、僕は一度も聞いたことがない。だから、僕たちが人類で初めて、ヘテロの同性交際をやってみるんだ! 絶対おもしろい! 嫌ならやめればいい! それに、やってもバレない! 大丈夫さ、今まで友だちとして仲良くやって来たじゃないか。交際関係になったって、きっとうまくいくはずさ。なあ、拓哉。悪い話じゃないだろう?」
「ええ~っ、結局ほら、俺への想いとかじゃなくて、社会実験的なところ見てるじゃんかよ~!」
「まあまあ、それは言うなって。な? 付き合おうぜ? 付き合おうよ」
「マジかよー。これじゃ、実はずっと秋子と付き合ってたってこと、バラしづらいままじゃねえかよ......。別れたって聞いたから、そろそろ暴露しようかと思ってたのによ~......」
「え、何か言った?」
 甘すぎる卵焼きをカシスオレンジで流し込んでいたせいで、何か重要そうな発言を聞き逃してしまった。
「いや、何も言ってねえ」
「てっきりオーケーしてくれたのかと」
「してねえ! ......けど、まあ、いいよ。付き合ってみようぜ」
「本当か!?」
「ただし、お試しでな! 一ヶ月くらい、仮ってことで付き合ってみて、あんまりつまらなさそうだったら、悪いが破局ということにさせてもらうぞ」
「分かった。本当にありがとう。彼女と別れてしまった今、後戻りはできなかったんだ。ごめんよ、秋子さん。こんな身勝手な理由で突然別れるなんて言ってしまって......」
「おい、泣くなよ? せっかく俺と付き合い始めたのに、前の女のことでメソメソ泣かれたらこっちも萎えまくりだぜ」
「ま~っ、早速彼氏面なのね! 拓哉くん以外とノリ気じゃな~い!」
「そのしゃべり方は、できれば辞めてくれ」
 この日の飲みは、笑って締めた。
 今日、男友だちだったはずの拓哉は新たにボーイフレンドとなった。この新しい試みがいったいどんな方向へ向かっていくのかは、未知数だ。しかし偶然にも、一人ひとりが比較的自由に生き方を選択していけるこんな時代に生まれたのだから、とりあえず思うままにイノベーションを起こしていくしかないよな~!

おわり


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