宇宙人女子高生が親の都合で引っ越す話し 中島津岬 「智樹、あたし実は宇宙人だったんよ」 「......ほーん、どこ星出身?」 「なんかよう知らんけど、オリオン座の方から来たんやって」 「なに、よう知らんてどういうこと」 「いや、アタシお父さんとお母さんが地球に来てから生まれてん。地球以外知らへんのよ」 「ふーん......。で、この茶番いつまで続けんの?」 「ほんまやって」 「いやいやマジやとしてもさ、環菜、なんで今暴露するん。普通そういうの隠さへん? 知らんけど」 「まあ隠すなあ。てゆーか隠してたなあ」 「せやろ」 「ちゃうねん。事情あんねん」 「なんや、言うてみ」 「あたし引っ越すねん。別の星に」 「あーはいはいそういう展開ね。いいんちゃう、手垢でベッタベタやけど」 「腹立つわあんた。性格悪い」 「まあまあ続けてみ。なんで急に引っ越すことになったん?」 「なんか、お父さんの仕事で地球に来てたらしいんやけど、その仕事がひと段落ついて本社に戻ることになってん」 「マジか。おじさん仕事なにしとるか聞いてええ?」 「地球といつになったら交流できるかの試算やって」 「おじさんもしかしてエリートなんか」 「なんで?」 「なんでて、結構な仕事やろそれ。ほんまやったらやけど」 「まあ、なんか責任の重い仕事やって言うとったけど......。なに、まだ信じてへんの?」 「なんも証拠だしてないやん」 「そこはあたしの性格とかからわかるやろ」 「小二のときザリガニ釣りに行って、『アメリカザリガニは生で食べれるんやで』とか言って俺を騙したことは忘れてへんからな」 「しつっこいなあ。子供の頃の話やん」 「あれで俺のいたいけな心が汚れ始めたんや」 「人生ヨゴレ系なのは昔っからやろ」 「なんやとコラ」 「小五の女子トイレ爆発事件」 「あれこそ環菜のせいやん!」 「はあ? 智樹の自業自得やろ!」 「......この話はやめよか。脱線した」 「せやね......。で、続きなんやけども」 「ほん」 「お父さんが星に帰るから引っ越すことになって、最後やしほんとのこと言って帰ろかなと」 「まあ、お話として矛盾するとこはなさそうやけど、やっぱ証拠ないと信じれへんわ」 「なんでな」 「いやだから宇宙人やぞ。この広い宇宙にたまたま知的生命体がおって、それがたまたま地球と交流できるほどの文明持ってて、それが数ある国の中からたまたま日本に来てて、たまたま俺の家の隣に住んでて、たまたま幼なじみなんてどんな確率かわかっとんのか」 「そりゃあ珍しいかもしれへんけど、宝くじだって誰かが当たるやん」 「宝くじどころの話ちゃうぞこれ。そんなひっくい確率を信じるくらいならお前がつまらん冗談言っとるアホやって考えたほうが合理的や」 「あーもう! 証拠やな? 証拠を見せればええんやな?」 「なんやUFOでも見せてくれるんか」 「あたしのほんとの姿みせたるわ!」 「あ? 変身でもしとんのか」 「せや! あたしほんまはヒト型ちゃうねん。今は人間に変身して生活しとんねん」 「あーまあありそうやな」 「その減らず口も吹き飛ばしたるわ! 見てみ!」 「いやいやいや、ちょっと待って。一旦ストップ」 「なに?」 「もしさ、万が一お前が宇宙人だとしてさ」 「そうだって言っとるやんしつこいなあ」 「聞けや。その正体がカタツムリとかナメクジとか、そういうキショイ系の生き物に似とるんなら見たないわ」 「あんたほんまカタツムリ系嫌いやなあ」 「梅雨の紫陽花にはもう近づかへん」 「や、大丈夫やで。どっちかっていうと犬とかそういう系に似とるから」 「ほんまやな? 信じるで? いや信じてへんけど」 「ほんならちょっと待ってて」 「どこ行くん」 「トイレや」 「なんで? 変身するんやろ? この部屋ですりゃあええやん」 「......変身したら体大きくなんねん」 「それが?」 「だから! 変身する前に服脱がな破れんねん!」 「.........あー。ごめん、デリカシー無かったわ」 「ほんまやアホ」 「や、ほんまにごめん」 「今日家だれもおらんよね?」 「父ちゃんも母ちゃんも仕事で遅くなる言うとるし、賢治はサッカーの合宿やと」 「賢治くんサッカー頑張っとるもんな。それに比べてあんたは」 「やかましいわ。はよ行け」 「......なんか不透明な袋貸して。服入れる」 「小学校の家庭科で作ったナップでええんなら」 「あんた物持ちええなあ。借りてくわ」 「終わったら戻ってきて見せえよ。犬耳つけて変身しましたは無しな」 「誰がそんな恥ずかしいことするかアホ」 「終わった。入るで」 「待って? 一旦扉の前で待機して?」 「なんや。あんたが見せろ言うたやん」 「言った。言ったけどさあ」 「言ったけどなんなん?」 「声、むっちゃ低ない?」 「そら、変身したからなあ」 「いやいやいやいや。待って? 待って待って待って? ちょっと今だいぶ混乱してるんやけど」 「なんなん? 信じてなかったん?」 「当たり前やん。お前の言うことやぞ」 「シバくよあんた」 「ちょっと待ってな。予想外にマジっぽくてビビっとるんやけど」 「そうなん? なんか難くせでもつけて来るかと思ってたわ」 「いや、その声はボイスチェンジャーとかでどうこうなるレベルちゃうやろ。」 「そんな女子に変な声とか失礼やわ」 「うん、喋り方は環菜や。それはオッケー」 「もういい加減入れてーな」 「あ、すまん、寒かった?」 「寒くはないねん。毛皮やから」 「やっぱ待って。毛皮は新情報やわ」 「さっき言ったやん。犬に似てるて」 「混乱してそんな設定忘れとったわアホ。......ちょっと入る前にどんな姿か説明してみて?」 「えー、めんどくさ」 「頼むわ。このままやったらビックリし過ぎて悲鳴あげるかもしれん。ご近所中に響くくらいの」 「あー、それはめんどくさいな。しゃあない、耳かっぽじってよく聞きや」 「オッケーどうぞ」 「さっき言った通り、あたしのカッコは犬に似とる。ただし四足歩行はしてへん。狼が二足歩行しとる感じや。全身が毛で覆われてて、身長は百七十センチくらいや」 「毛は何色? 瞳の色は?」 「毛は黒。目は白や。特に目は普通の生き物と違って黒目がない。そんで網目模様が入っとる感じや」 「宇宙人っぽいわ。で、なんか臭いとかある? 獣臭みたいな」 「なんてこと言うんあんた! 毎日風呂入っとるわ!」 「や、や、宇宙人の体と地球人の体は分泌物違うやろ」 「あんたなあ、あたしの家で変な臭いとかしたことあった?」 「......ないなあ。いっつもおばさんが焚いとるアロマのいい匂いがしとったわ」 「せやろ? 大丈夫やって」 「............よっしゃ、ええ加減覚悟決まったわ。入ってくれ」 「悲鳴上げんといてな。傷つくから」 「バッチコイ」 「御開帳~」 「.....................................................................」 「感想は?」 「............よし! 思ったほどバケモノやないな!」 「バケモノて。あんたどんなん想像しとったん?」 「ホラー映画で主演張れるくらいのやつ」 「ひっど。あんな怪物と一緒にせんでほしいわ」 「いや一緒やん。お前はマジで『エイリアン』やん」 「うわー、女子にそういうこと言う? そんなやからあんたモテへんのやで」 「女子て、お前女子なんかその姿? ていうかお前の種族性別あるん?」 「お父さんお母さん言うとるやん。二人が結婚したからあたしが生まれたんやで」 「あ、おじさんとおばさん、ちゃんと夫婦なんか。仕事の都合でそういう役割演じとるとかやないんやな」 「仕事であんなにイチャイチャできたらおかしいやろ......。あたしらの前で普通にチューとかするやん......」 「......そういえば二人は今どこにおるん?」 「旅行。もうすぐ星に帰るからって、思い出作りに新潟に行った」 「いつもどおりやなあ」 「ていうかさ」 「おん?」 「あんまり驚いてないね。もっと泣くかと思っとったわ」 「いやむちゃくちゃビビっとるで。驚き過ぎて逆に冷静になってるだけや」 「怖くないん。この格好のとき結構いかついで」 「あー、なんやろなあ。なんか、仕草とか話し方見るといつもの環菜やなってわかるからかなあ」 「ほーん......」 「まあ、全部演技で今も俺を食い殺そうとしとるのかもしれんけど」 「するかアホ。あんた食うくらいなら貯金はたいてビーフジャーキー買うわ」 「相変わらず好きやなジャーキー。もしかして犬に似とるのとなんか関係あるん」 「いや単純においしいから」 「環菜やわ。お前やっぱ環菜やわ」 「せや、環菜やで」 「うん......」 「......」 「......」 「.........」 「.........」 「...............なんか言うてや」 「あ、ごめん。今になってお前が宇宙人なんやなって実感が湧いてきて」 「いまさらやん」 「............あのさあ」 「なに?」 「なんで俺に宇宙人やってバラしたん?」 「言ったやん。もう帰るからって」 「あー、そうやなくてさ。なんでもう帰るから話そうって思ったのかが知りたいんや」 「............」 「俺はお前の人となりを知っとるつもりや、七歳から十年も一緒におるからな。俺の知る限りお前は『友達に隠し事はしたくない』なんて殊勝な性格やない」 「まあ、せやね。小三の時あんたのプラモ壊したのずっと秘密にしてたし」 「あれやっぱお前か! ......まあええ。そんなお前がなんで今秘密をバラしたのか。それがわからへん」 「............」 「まあ、言いたくないならええ、もう聞かへんわ。でも、お前がそうやって座布団の端をいじくるのは聞いて欲しいからやろ」 「よう見とるね」 「幼なじみやからな」 「............んー、理由言う前にあんたに言いたいことがあんねん」 「なんや」 「あたし、一週間後に出発するんやけどさ。智樹」 「おん」 「それまで、あたしと付き合って」 「はあ?」 「返事は?」 「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくりぇ!」 「噛んどるし」 「今そこ重要ちゃうぞ! 付き合ってくれて、意味がわからへん!」 「付き合ってってのは、恋人になってって意味や」 「文章はわかっとるわ! 俺がわからんのは文脈の流れや!」 「えーそんなわからへん?」 「ちょっと一旦整理させてくれ。一つ、お前は宇宙人や」 「せやね」 「二つ、おじさんの都合で星に帰ることになった」 「せやね」 「三つ、もう帰るから俺にそのことを話した」 「せやね」 「四つ、帰るまで俺と付き合いたい」 「せやね」 「わからへん!」 「なんでーな」 「三つと四つに繋がりが見えへん! え、俺が気づかんかっただけで、お前俺のこと好きやったん?」 「や、そこまででもないかなあ」 「せやろ! ただの幼なじみやろ!」 「でも男友達の中ではぶっちぎりトップやで」 「お前男友達ほぼおらんやん!」 「まあまあまあ、別にチューとかしても嫌悪感はないかなー程度のもんやな」 「たっか! 俺の好感度予想以上にたっか!」 「そうでもないで。友達の中には好きじゃない男と付き合っとる子とかおるし」 「やめて! 女子のそういう生々しい事情聞きたくないわ!」 「女子に夢見すぎやで」 「もうこの話はええ! 話をもとに戻すで。なんでお前は俺と付き合いたいん?」 「ええやん別にそんなん」 「まあ野暮かもしれんけど。気になんねん」 「......ちょっと同情誘うみたいで言いたくないんやけど」 「安心せえ。お前に情とかあらへん」 「告白してきた相手にそれ言う?」 「......すまん。無神経や」 「ええよ、智樹はそういう奴やってわかっとるし。............あたしが地球生まれで地球育ちやっていうのはさっき言ったやん」 「うん」 「お父さんお母さんの母星とか行ったことないし。知り合いも友達もおらへん」 「まあ、せやろなあ」 「正直、怖いねん。引っ越すの。かと言って、自活できんから一人で残ることもできへん」 「............せやなあ」 「周りになじめるかわからへん。ずっと一人ぼっちになるかもしれん」 「....................................」 「そしたら、なんていうか。思い出というか、自信が欲しくなったんよ」 「自信?」 「自信。誰かに宇宙人やってバラしてさ、それから告って、それでも誰かと恋人になれたら、あたしが宇宙人でも好きになってくれる誰かがおってくれたら、そしたら、あたしは誰からも愛されない女やあらへん」 「環菜......」 「たとえ一人ぼっちになってもあたしは孤独やあらへんねん。この宇宙にはあたしの全てを知って、それでも好きだって言ってくれる奴がおった。それは、なんていうかな、生きてく支えになると思うねん」 「.........ああ、それで、俺なんか」 「せや。もともと男友達少ないし、そういう関係になっても気持ち悪くなくて、あたしが宇宙人だって知っても逃げなさそうなのはあんたしかおらん」 「.........認められとるって言っていいんかね」 「言い直そうか? あたしにはあんたしかおらん」 「あざとい」 「自覚はある」 「............他の友達は? 女友達はむっちゃおるやろお前」 「あたし同性愛ちゃうし」 「いやいや、友情はダメなんかってことや」 「あたしのほんとの姿みたらトラウマになるかもしれんやん。ていうかさ、ダメならハッキリ言ってほしいんやけど」 「あー、違う違う。気になっただけや。ごめん、俺ほんまにデリカシーないなあ」 「ほんまや。脳ミソおかしいんちゃうあんた。.........まあ、そういう奴やからあたし見ても逃げんのやろうけどさ」 「まあ、そうかもなあ」 「で、返事は? イエスかノーかで答えてくれる、別にとって食ったりせんから」 「.........先に言っときたいことがある」 「.........なに?」 「そのなんや、あれや」 「は?」 「俺に言われても気持ち悪いかもしれんし、お前の気持ちを聞いてからこんなこと言うのも卑怯くさいし、ほんま、情けないにもほどがあるかもしれんけども、そのなあ」 「なんなん? はっきり言って」 「俺な、環菜のこと、ずっと、めちゃくちゃ可愛いなって思ってた」 「は? .........はあ?」 「いやさ、お前中学に上がってから髪伸ばし始めたやん。あの頃からかなあ、お前なんかすっげえ女の子らしくなったやん。あの時からなんか、可愛いなって思っとった」 「あ、あんたなにいっとん.........」 「なんか俺ばっかり意識しとるみたいで恥ずかしくてなあ、必死に隠しとったんやけど、お前がこういう風に俺の部屋に来るたび落ち着かなくってな。普段憎たらしいことばっか言ってんのに、ちょっとした仕草がすげえ落ち着いてて、あーこいつ女の子なんやなってのが、なんか、な」 「いやっ、もういい! もうあんたの気持ちはわかったから!」 「お前が友達と話してて、ふと笑ったときの顔とか、見たことがなかったからビックリしたもんや。俺も目の前であの表情見てえ! とか思って。そんでもお前が俺と話してるときの顔も俺以外知らんのやろなあとか思ったら、すげえ嬉しくなった」 「もうやめて......」 「外見のことばっか言っとるけどさ、内面もすげえ可愛い。俺がガチで落ち込んでるときとか、わかりにくいけど励ましてくれるやん。父ちゃんとケンカした時とかゆっくり話聞いてくれたし。こいつほんまいい女やなーって、俺の人生に環菜がいてほんまに良かったなって、心の底からそう思ったぶほっ」 「うるさいうるさいもうしゃべるな!」 「ちょっ、いた、座布団振り回すなや危ない!」 「あ、あんたが悪い! あんたが変なこと言うから!」 「お前よりは言うてへんわ!」 「人が! せっかくドライに言うてんのにあんたは! 泣かんですむように我慢しとんのにあんたは! もう、この! この!」 「頼んでへんわそんなこと! もうキレた、むっちゃくちゃに言うたる! 環菜! お前が好きや! 好きや好きや好きやー?」 「わああバカバカ黙れ黙れ黙れーっ!」 「いいや黙らん! 環菜! ずっと前から好きでした! 俺と付き合ってください?」 「うわあああああもういやあああああ?」 「ぜーっ、ぜーっ............」 「ふー、ふー............」 「............今の、絶対近所に響いたやろなあ............」 「もういやや......。道を歩けへん.........」 「お前は声変わっとるからええやん。俺は地声やぞ」 「知らんわバカ。バーカ」 「なんや可愛いなこいつ」 「うっさい! ......なんであんなこと言ったん?」 「......俺は同情でお前と付き合うんちゃう。俺がお前のこと好きやから付き合うんや。そのことをちゃんとわかってもらわんと困る」 「あたしがなんも言わんかったら告れんかったくせに」 「きっかけくれてありがとうな!」 「なんなんあんた......。ほんまなんなん......」 「で、返事は。ハッキリ答えんととって食うぞ」 「......いいよ。付き合ったげる」 「マジで? 言ったで? よっしゃ嬉っしいー!」 「なんでそんな喜べるん。返事なんてわかり切っとったやん」 「や、愛想尽かされてもおかしくないなーって」 「あ、そ......」 「ま、あれや。一週間やけど精一杯幸せにするわ」 「ほんまデリカシーないなあ! 一週間とか言わんでええやん今!」 「いや、一週間てのを忘れたらあかん」 「なんでな」 「俺たちはたった一週間しか付き合えへん。その一週間でお前の生涯、何年かは知らんけど一週間よりずっと長い時間を生きていけるほどの思い出を作らないけん。お前がどんな生涯を送るにしても、生まれてきて良かったと思えるほどの思い出にしたいねん。せやから、一週間てのを忘れたらあかん。この一秒一秒は何よりも貴重なものや」 「............せやったらお前って呼ばんで。ちゃんと名前で呼んで」 「ふはっ、超可愛い」 「しばくでほんま!」 「すまんすまん。堪忍してや、環菜」 「ん......」 「まあ、せっかく恋人になったことやし、恋人らしいことするか」 「あんたグイグイ来るなあ」 「時間は少ないからな。それに環菜の性格からしてこういうことで欲求とか言うの苦手やろ」 「......そうやけど」 「なにより俺がしたい。すっごいイチャイチャしたい。嫌だって環菜が言わん限り止まらへん」 「もー......」 「疲れるか?」 「......帰りたくなくなる」 「ごめん。それでも俺は環菜が好きや」 「ええよ、もう覚悟した」 「そっか。さて、なにしよか」 「............チュー、とか、したい」 「さっきから思っとったんやけどさ、チューって言い方可愛いすぎへん?」 「やめてほんま恥ずかしいやめて」 「わかったわかった。じゃあ、まあ、しようか」 「あ、ちょっと待って」 「なんや」 「......ヒト型に戻った方がええ?」 「どっちの姿でもして。どっちも好きや」 「山ん中から飛び立つってのは、またベタすぎへん?」 「宇宙船を保管するええ場所がなかったんやって」 「ほーん。まあここに来るまでにいろいろお喋りできたからええか」 「......短かったねえ」 「短かったけど、たぶん百年経っても同じことを言ってたやろなあ」 「欲張りやね、あんたもあたしも」 「やり残したことはあるか? 心残りは?」 「ありすぎて数え切れへん。でも......」 「でも?」 「楽しかった。人生で一番。あたし、この一週間の思い出で千年は生きていけるわ」 「そう言ってくれたら、俺のお年玉貯金も報われたわ」 「いまさらやけど、いくらなんでも大枚はたき過ぎちゃう? 絶対後悔するで」 「するとしても、それはもっと安く効率的に時間と金を使えたということがわかったらや。使ったことは後悔せえへん」 「バカやね智樹」 「おかげで人生楽しいわ」 「......行きたくない。ずっとここにいたい」 「......もし残るんなら、俺ん家来いや。甲斐性見せたるわ」 「あーやめて。マジで残りかねへん」 「構へん構へん。一緒に幸せ四畳半生活しようで」 「誘惑すんな! 去れ悪魔!」 「ははは。再確認で聞くんやけど、マジで残れへんのやな?」 「ヒト型を保つのもお金がいるんよ。月ごとに数億円の。母星の支援なしではできへん」 「せやったなあ」 「普通に地球人として生まれとったらなあ」 「それ親御さんの前で絶対に言うなよ。あの二人絶対泣くで」 「そこらへんはもうケンカしたことあんねん。家族全員泣いた。これ以上わがままは言えへん」 「そっか。ええ親御さんやもんな」 「うん」 「大切にしたりや。あの人らは何があっても環菜の味方や」 「言われんでもわかっとる」 「もちろん俺もやで」 「それはええ」 「おい」 「だって、智樹はこれから智樹の人生を生きていかんといけんやん。いつまでもあたしに捉われとったらあかんわ」 「まあそうやけどな」 「智樹、あたしのことは忘れてええ。でも、絶対に幸せになって。最後のわがままや」 「わかった。忘れはせんけど、絶対に幸せになる。だから環菜も俺を忘れて幸せになってくれ」 「忘れはせんけど、わかった」 「お互い頑固やな」 「そういう所が好きなんやろ?」 「せやなあ。うん、せや」 「......」 「......」 「......名前、呼んでくれへん?」 「環菜」 「もっと」 「環菜、環菜」 「足りへん」 「環菜、大好きや。環菜に会えてほんまによかった」 「うん」 「環菜、俺は環菜に惚れてほんまによかった。環菜の幸せが俺の幸せや。だから、幸せになってくれ」 「うん......!」 「あーあー、泣かせてしもうた。ごめんな、俺ほんまにデリカシーないわ」 「そういうところが、好きや」 「そっか」 「......あたし、もう行くわ」 「もう? もうちょっとおってや」 「可愛いこと言うなアホ。これ以上は抑えられへんようになる」 「じゃあ、ここでサヨナラやな」 「じゃあね。じゃあね、智樹......!」 「うん、バイバイ環菜。楽しく生きてくれ」 「行ってもーたなー......」 天へと昇る俺の大切な人を乗せた流れ星は、どれほど消えるなと願ってもあっさりと消えた。 きっと、俺が環菜を想い続けることは無理だろう。いつか環菜がいないことに慣れ、環菜よりも大切に思える人が現れるだろう。 そして環菜にも同じことが言える。何億光年の距離ではどんな想いでも途切れてしまう。 それでいい。それは俺と環菜がお互いに望んだことだからだ。 だから、 今だけはこの涙を大事にしよう。 そう思った。
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