剣鬼と笑い般若 藩荷原課 「鬼ってのは、どんなのだと思う?」 俺は聞いた。答えを期待した訳じゃないが、なんとなく。 「鬼、ねえ......」 つまらなさそうに彼女は呟いた。実際つまらないのだろう。 「一般論だけど、こんなことをする人は鬼と言っていいんじゃないかしら」 そう言って彼女は視線を下に向ける。 コンクリートの床には、いくつもの肉塊が転がっている。血をすっかり流し切ったそれらは、気持ちが悪いほど青白い。 俺はそれらが嫌いだった。偉そうに怒鳴っていたからだ。僻んだ目で見てくるからだ。 静かになればちょっとは好きになれるかと思っていたけど、ただ血生臭くて汚いだけだ。 汚い人間は死んでも汚い。 汚い。 汚い。 「血の繋がった家族を皆殺し。老若男女も問わず、『生きている塚原家の人間』という理由だけで命を奪った。それは鬼の所業だって、世間一般は言うんじゃない? 私もそう思うわ」 「じゃあ、俺は鬼か」 それなら気が楽だ。俺は鬼だから殺したのだ。 鬼だから父親を袈裟切りにした。 鬼だから母親を撫で斬りにした。 鬼だから兄弟姉妹の首を斬った。 鬼だから一族郎党皆殺しにした。 仕方ないのだ。鬼だから。 「ただ、鬼だから人を殺すというのは違うでしょうね」 「違う?」 訳が分からない。鬼は人を殺すだろう。 俺は頭が悪いしもの知らずだけれど、『桃太郎』に出てくる鬼は村人たちに酷いことをしていたことくらいは知っている。そう彼女に伝えた。 「いいえ、鬼は人に害を与えるものばかりではないの。全国には鬼を祀り鬼を信仰する地域も多々あるわ。岡山県に伝わる温羅伝説の温羅という鬼も、実際には良く吉備国を治めたという説もあるのよ」 「ごめん、難しい話はよくわからない」 「そうね、『こぶとりじいさん』って昔話があるでしょう。あれは鬼がおじいさんの瘤を取ってあげている。つまり鬼が人に恩恵をもたらしているのよ」 「ああ、そういえば......」 その例えならわかりやすい。 「害を与えるものと鬼は等号で結ばれないの。菅原道真は怨霊として内裏を呪った後、天神として太宰府天満宮に祀られ、今では多くの受験生に信仰されているわ。逆に神が人間を呪うこともあるわ。天罰って聞いたことがあるでしょう」 「あるなあ」 難しいが、要するに彼女はこう言っているのだろう。 俺が家族を殺した理由は、俺が鬼だからじゃないと。 なるほど、そうかもしれない。 でも、それでも俺は鬼だ。 「俺は鬼だよ。だって家族を殺したから。 俺は鬼じゃなかったかも知れないけど、 家族を殺すことで俺は鬼に成った。 成り果てたんだ」 そうだ、鬼なんだ。 俺は人をやめて鬼に成った。誰でも殺せる鬼に成った。何でも切れる剣鬼に成った。 鬼だから、俺は俺の罪に縛られない。そういうのは人を量るための物差しだ。俺は鬼だから人の尺度には当てはまらない、はずだ。 「ええ、確かにあなたは鬼よ。悪鬼羅刹。鬼畜外道。好きなように自称すればいいわ」 「そうだろう」 彼女が認めてくれるなら間違いないだろう。 俺は鬼だ。 「それでも、あなたは人よ。鬼であることと人であることは矛盾しない」 「え?」 「自分の他者を犠牲にして、何も思わない。他者の悲劇に無関心でいる。自分じゃない誰かが苦しんでいる現状を当たり前だと思う。そんなの──人間なら誰でもやっていることよ」 彼女はそう言った。 屍体を見下す目には、何の感情も宿っていない。 屍体を屍体として知りながら、何も。 そして俺を見る目にも。 「他人を殺すだなんて、私は生まれる前からやってるわ。私でなくたってそう。今の世界経済は少数の強者が多数の弱者から搾取することで成り立っているのよ。それは豊かな環境に生まれることが即ち誰かを犠牲にしていることを意味しているわ。搾取される弱者の間でも当然格差はあって、誰も彼もが奪い合いをしているの」 「じゃあ、人はみんな鬼なのか?」 「ええ、鬼よ。この世は正しく地獄絵図。私たちは地獄に落ちた罪人でありながら、自分以外を苦しめる獄卒。つまり、鬼よ」 怖い。 目の前にいる彼女が腹の底から怖かった。 彼女は鬼なのだ。俺よりもずっと恐ろしい、強い鬼。 生まれた時から自分が鬼だと知っていて、鬼として生きてきた鬼。 左の腰に刷いた刀を振るえばあっさりと切り殺せそうなほど華奢なのに、俺はこの人に絶対に勝てないだろうと確信させられる。 「そう言えば、あなたはどうして家族を殺したの?」 「どうして?」 「動機よ動機。別に知ってどうこうする話じゃないけど、暇つぶしに教えてよ」 そう言って彼女は壁際にあったパイプ椅子に座った。本当に暇つぶし以上の興味はないように見えた。 「俺は、塚原家の」 「その辺りは説明しなくていい。あなたが塚原家の次期当主で、塚原家が新当主の決定を祝う式典の手配を私の家に依頼して、集合場所のこの倉庫に塚原一族全員が揃った時にあなたが出入口に細工して全員を閉じ込めて、一人一人その刀で斬殺したことは知ってる」 「......その通りだ」 彼女が言ったことには何の誤りもなかった。 俺は内外から誰も出入りできないように細工していたけれど、彼女は俺が想定していたよりもずっと早く出入口をこじ開けた。もう少し早ければ俺の虐殺は止められていたかもしれない。 「塚原一族の資産を全て私に譲渡するって言うから、私は今あなたに銃弾を打ち込んでいないの。でも勘違いしないで。あなたの助けがなくても私は塚原の資産を簒奪できるのよ。あなた以外は一人残らず死んだ今ならね。つまり私はいつあなたを射殺してもいい。あんまり退屈な話をすると実行するからそのつもりで」 底冷えするようなことを彼女は言った。 事実今も彼女の部下たちは俺に銃口を向けている。主人の指示があればいつでも撃てるように。 俺は彼女の機嫌を損ねないように、必死で話す内容を整理した。 「......塚原卜伝って知ってるか」 「ああ、戦国時代の剣豪、『塚原卜伝』でしょ。あなた達塚原一族が卜伝の子孫を自称しているのも知ってるわ。それがどうしたの?」 「俺の家が卜伝の子孫だっていうのが、 本当かはわからないけど、 塚原家の当主には、 代々伝わっているものがあるんだ」 「伝わっているもの?」 「『一ツの太刀』、と呼ばれる剣技だ」 「『一ツの太刀』.........? あっ、あっはははははは!」 彼女はどうも塚原家の事情を理解したらしく、鈴を転がすような声で笑い出した。 それもそうだろう。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。時代錯誤もここに極まれりだ。 「塚原卜伝が編み出したという『一ツの太刀』。 学説では具体的な武術ではなく、 武道の心構え、もしくは練り上げられた実力。 そんな物を指す言葉だと考えられている。 そしてたぶんそれが正しいんだろう。 だけど塚原一族の老人達はそうは考えなかった。」 『一族に伝わるこの秘剣こそは、剣聖塚原卜伝の編み出した奥義。決して絶やすわけにはいかない』 そう考えた老人達は、塚原一族を、ただ秘剣を継承し次世代に渡すだけの機関にした。 塚原一族に生まれた人間は、全員が厳しい剣の稽古を強要され、剣術ができなくなった者は人間扱いされず、殺されることもあった。 そして稽古を生き残り、秘剣を受け継ぐことができる程の実力を身につけた者は、次期当主に選ばれて秘剣を継承する。 そしてまた次世代に同じことをして秘剣を渡す。 秘剣が本物なのか、一族が本当に卜伝から『一ツの太刀』を教わったのかは分からない。 分からないが、それでも代々の当主達はそのしきたりを守り続けた。 それだけのために莫大な資金と膨大な時間と多くの人命を費やす、剣に狂った一族。 それが塚原家だった。 「あーあーあー、そういうね! どーも塚原家は内部の勢力図が分かりづらいと思ったら、まさかそんな方法でトップを決めてたなんて! あははははははは! くっだらない!」 「俺もそう思う」 俺が次期当主に選ばれたのもそれが理由だ。 俺は頭が悪かったが、剣は誰よりも上手かった。 幼い頃から稽古で負けたことはないし、師範も俺より強い奴は少なかった。 義務教育も受けずにひたすら剣の稽古を続けて十八年、俺に勝てる人間が一人もいなくなった時、俺は塚原家の当主に選ばれた。 「成人もしていない剣士が当主に選ばれるのは、 塚原家でも初なんだとさ。 嬉しくはないがな」 「どうして? これからはあなたが当主だったのよ。やられたことをやり返すいい機会じゃない」 「この時代に剣を極めて、なんになるんだよ」 俺がどれほど剣を修めても、世界どころか身の回りのことすら変わらない。剣にはもう意味がない。武器にも身分証明にもならない。 武力を行使したければ銃を使えばいい。極論、剣をもった俺よりも銃を持った幼稚園児の方がずっと強いのだ。 「スポーツならともかく、 人生を剣術に費やすのは無駄遣いだ。 それは当主になっても変わらない。 塚原家がある限りな」 「それで殺した、と。それにしてもよく殺せたわね。塚原家の人間は、あなたほどではなくても全員武人なんでしょ? 剣がなくてもそこそこ戦えそうではあるけど」 「剣がなくても戦えるように稽古は受けてるけどな、 それでも俺より強い奴はいなかったよ。 それに、武器と徒手空拳の差は結構大きい」 「なるほどね......」 集合時、祝いの席ということで一族は誰も帯刀していなかった。しかし俺だけが次期当主として帯刀を許されていた。 正確に言うと一族の連中も完全に素手だったわけじゃない。待機時間を退屈させないために食事や娯楽が用意されていて、何人かはそれらの道具を手にとって応戦してきた。 ただ、それでも奴らは話にならないほど弱かった。 人生を捧げてあの様だったんだから、くだらない。 「あなたを縛る家はなくなった訳だけど、これからどうするの? 人を殺した以上、もうまともな人生は送れないと思うけど」 彼女は少しワクワクしているのか、楽しそうに尋ねてきた。 俺の付け焼き刃の語りも、少しは役に立ったのかと思うとほっとした。 「そうだなあ、 君に資産を譲る手続きが終わったら、 死のうと思う」 「なんで?」 彼女の表情が変わったのを見て、俺は自分の失敗を悟った。 場の空気が急速に冷えていく。彼女の眼光は、俺を刺し殺せそうなほどに鋭い。 なんとか弁解しようと、俺は俺の鈍い頭を必死に使って言い訳を考える。 「いやその、 俺は剣以外なにも持ってないんだ。 だから、 塚原家がなくなって剣を振るう理由がなくなった今、 生きる理由はないというか、 やっと死ねるというか......」 俺にとって、剣を振るうことは苦痛だった。 痛みを強制され、剣以外の可能性を根こそぎ削り取られたのに、好きになれるはずもない。 それでも、俺には剣しかなかった。 生きることは、剣を振るうことと同じだった。 つまり、俺にとって生きることは──苦しみ以外の何物でもなかった。 「なにそれ、くだらない」 彼女はそう言って、俺の心情を切って捨てた。 全ては無駄だったようだ。俺はもはやいつ彼女に屠られてもおかしくはない。 彼女の部下達は、射殺の命令を今か今かと待っている。鍛え上げられた人達だというのは一目見た時から分かっていた。もし俺が全力で抵抗しても、四、五人道連れにするだけで、彼女に刃が届くことはないだろう。 「くだらない。あなた本当にくだらないわ。特に、自分の本当の願望に気づいていないのがくだらない」 「俺の、本当の願望?」 また、彼女は訳の分からないことを言う。 俺の頭が悪いから理解できないのか、彼女が賢過ぎて話が難解になっているのか。きっと両方だろう。 「死にたいと言うけれど、あなたのやっていることと矛盾しているのよ。あなたはなぜ私がこの倉庫に突入したときに、資産を譲ると言ってまで命乞いをしたの? 何もしなければそのまま死ねたのに」 「それは、 あれ? なんでだ?」 それもそうだ。 別段金に執着はない。俺の死後どうなろうが知ったこっちゃないし、彼女に渡ろうが渡るまいが関係ない。 その時は咄嗟にそう言ったが、俺はあの時何を考えていた? 「本能で、 死にたくないと思ったから、 反射的にそう言った......?」 「本能を無視するのも愚かだと思うけれど、まあそれでも筋は通るわ。でもそれはきっと違う」 違うのだろうか。 俺の中の何かが、これ以上彼女の話を聞くなと言っている気がする。 最後まで聞けば、取り返しのつかないことになるような気がする。 それでも、彼女の言葉が脳に染み込んでいくのは、脳の皺にこびりついた雑念が洗い流されていくようで気持ちがよかった。 「私があなたに今も銃を向けている理由は分かる?」 「俺が、無理心中をしようとした時のため?」 「そう、あなたを警戒しているの。自殺志願者のあなたを。剣を振るう理由はなくなったと嘯くあなたを」 それは当然のことだ。当たり前で何も不自然なところはない。 でも、何かが、隠れているような── 「私が突入した時、あなたはちょうど現当主、あなたの父親を斬っていたわね」 「ああ」 そうだ、斬っていた。 俺の父親は典型的な塚原家の人間だった。 秘剣のために自身も家族も犠牲にして、最後はその秘剣すら使えずにあっさりと死んだあの男。 「あなたが彼を斬っている時の顔を見て、私はあなたを最大限に警戒することにしたの。あなたがただ日本刀を一本持っただけの人間なのにも関わらずね」 「俺の顔?」 「笑っていたわ」 「は?」 「楽しそうに、楽しそうに、狂ったように笑っていたわ」 ちょうどそんな顔でね。 彼女に指摘され、俺は顔を触る。 口角が上がっていて、頬の筋肉が固くなっている。 ああ、確かに笑っている。 「さて、あなたは何がそんなに楽しかったのか、わかる?」 彼女は。 楽しそうに笑った。 「人を斬ることだ」 俺は答えた。 「ああ、俺は楽しかったんだ。復讐とか抵抗とか、そんなのは全部言い訳で、俺はただ人を斬りたかったから斬ったんだ」 そうだ。そうだ。 何もかもが後付けだ。斬りたかったから斬ったのだ。 父親を袈裟切りにした時、分厚い筋肉は刃応えがあったから斬ってて気持ちよかった。 母親を撫で斬りにした時、顔の表面だけを剥ぐのが上手くできて嬉しかった。 兄弟姉妹の首を斬った時、刀を骨の継ぎ目に上手く当ててスパッと斬れたから爽快だった。 一族郎党を皆殺しにした時、俺は楽しくて楽しくて仕方がなかった。 「......ああ、だから俺は今も柄を握って離さないのか」 全くの無意識だった。 無意識のうちに、俺は目の前にいる全員を斬り殺そうとしていたのか。 「そういうこと。それに気づかずうだうだ言ってるからイライラしちゃった」 彼女はそう言って、鈴を転がすような声で笑った。 彼女も、この世が楽しくて楽しくて仕方がないのだろう。 なぜなら、彼女は鬼だからだ。 鬼にとって、地獄であるこの世は、まさに天国だろう。 そして、俺もまたそうだ。 俺は自分が鬼であるということを悟った。 人でありながら鬼になった。人である以上に鬼になった。人である前に鬼になった。 もはや、苦痛も怒りも悲しみも後悔も罪悪感も、俺の過去の何もかもは失われた。 なぜなら、それは人のための物だからだ。 鬼の俺には持てないものだ。 ああ、 この世はなんて面白い─── 「改めて聞くわ。あなた、これからどうするの」 「人を斬る。やっと、俺が何をしたいか分かったんだ。俺は死にたくない。生きて剣を振るって人を斬りたい。もっともっと斬りたい。斬りたいんだ!」 彼女の部下達が引き金を引こうとするが、彼女がそれを止める。 心配しなくても俺は、少なくとも彼女は斬らない。 大切なことに気付かせてくれた恩人だからだ。 「そこで提案があるの。あなた、私の下で働かない?」 「君の下で?」 「そう。私はね、人を支配したいの。暴力や財力、知力、権力、魅力、圧力、気力、胆力、勢力、迫力、努力、影響力、観察力、思考力、忍耐力、技術力、女子力、軍事力に政治力。ありとあらゆる力で人々を、精神的に肉体的に経済的に社会的に科学的に宗教的に平和的に暴力的に喜劇的に悲劇的に抽象的に具体的に全体的に部分的に、ありとあらゆる方法で支配したい。私の気分で全ての人々の人生が左右されて、私の指先一つで破滅と発展が行われるような、そんな立場になりたいの」 そう語る彼女は、恍惚とした表情をしていた。 今は、その気持ちが痛いほどに分かる。 「今はまだその夢にも程遠いんだけどね、だからあなたに手伝って欲しいの。私が全てを支配するために、私の邪魔をする人間を殺して欲しい」 「その、見返りは?」 「人を斬らせてあげる。斬る相手を、あなたが望むだけ何人でも用意してあげる」 ああ、なんて、なんてありがたい提案だろう。 福音とはこのことだ。 俺は興奮を抑えて、早口にならないように気を付けながら返答する。 「もちろん引き受ける。俺はこれから君の支配のために生き、君の支配のために死ぬ。だからこれから、俺にたくさんの人を斬らせてくれ」 「ありがとう。じゃあこれから末永くよろしくね」 「不束者だけど、精一杯尽くす」 彼女は俺に手を差し出し、俺は彼女の手をとった。 突然、倉庫に電子音が流れる。誰かの携帯電話に着信が入ったらしい。 彼女の部下の一人が彼女に駆け寄ってきて、携帯電話を差し出した。 「旦那様からお電話です」 「お父さんから? ......はい、お電話変わりました。......ええ......ええ......大丈夫です。全ては予定通りに進行しています」 ?をついている所を見ると、彼女は自分の父親も支配したいらしい。彼女は全ての人を支配したいと言っていたのだから当然なのだが。 周りを見ると、部下達は俺がしでかしたことの後始末をしていた。支持される前に手際よく行っているのだから、彼女の教育、いや、支配の賜物だろう。 これからは同僚になることだし、手伝おうとした時、さっき彼女に携帯を渡していた部下が話しかけてきた。 「塚原様。 我が主人のお力になって頂けるとのことですが、 塚原様はいったいどのような事ができるのでしょうか」 「私もその辺りは気になるわね。何ができるかで振る仕事が変わってくるし」 通話を終えたらしく、彼女も近づいて尋ねてきた。 俺にできることなんて、剣を振るうくらいしかないが。 「そうだなあ、剣術に加えて槍術、柔術、弓術、馬術、手裏剣術、要するに武芸十八般は全部修めてる。他にも射撃とかの近代五種目。そのくらいだな。これが何に使えるかは俺もわからない。これから覚えることがあったら、教えてくれればちゃんと覚えるよ」 「おお、中々できるね」 「期待させて頂きます」 彼女は感心したように言った。 口で言うのは簡単だが、実際に見せた方が理解も早いだろう。 壁際で作業している部下を見つけると、俺は気配を消して近づいた。 そして呼びかける。 「なあ」 「はい?」 部下が振り向いた瞬間、俺は抜刀して横一文字に振り抜いた。 「......うん」 コンクリートでできた倉庫の壁には、横一直線の切れ込みが入った。 床には、真っ二つになった部下。 汚らしい血が俺の靴を濡らす。 おもしろい。 「とりあえず、鉄筋コンクリートは斬れるみたいだ」 「あっははははははははははは! いいね! 予想以上に化物だ!」 彼女は俺を見て笑う。 俺は、それに笑い返した。
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