探偵業定期報告

東西南北美宏






「おや、おやおや。君、良いね」

 突然後ろからそう声を掛けられて驚かない女子大生はいないだろう。

 この物騒になった世の中、日々不審者情報が絶えないニュース番組、友達にもストーカーをしているやつがいる。

 そんな社会で生きていくには、我が身を防衛していくには、多少、他人に向ける目を厳しくしていかなくてはならない。この声の主。おそらくかなりのおっさん。こいつは不審者だ。

 まあ、こんな社会で無くたって、誰でもこう声を上げるはずだ。私の様にか弱いレディで無くたって。胸いっぱいに息を吸い込んで。

「どっひゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ」

 だって、今、肝試しで廃墟に一人で来てるんだもん!

 

 良かった、スニーカー履いてきていて良かった。

 とにかく走れ、私!

 不審者じゃないよあれ、お化け、幽霊、ゴースト!

 と、まあ普段走らない、どころか外にだって通学時にしか出歩かないような運動不足真っただ中の女の子が急に走ったらそりゃ結末は見えてる。

 こけた。

 割と盛大にずっこけた。

 ジーンズを履いてきていたことで膝をすりむくようなけがはなかったが、とっさについた手に小石が痛い。リュックに荷物詰めすぎて重いから小石が手にめっちゃ食い込む。

 というかズレたメガネを直してよく見るとこの先行き止まりだし、もう逃げられないし。

 死んだわ、これ、私死んだ。

 あの変態のおっさんの幽霊に殺されるんだ、私。

 お母さん産んでくれてありがとう、お父さん育ててくれてありがとう、先立つ不孝をお許しください。なんまいだー、アーメン。せめて大学進学祝いでもらったロレックスを握りしめて死のう。

 なんて目をつぶって震えていると、また後ろから。

「なんで逃げるんだよ。別に取って食ったりしないから話を聞いてくれ」

 と、先ほどの変態ボイスに比べるといくらか優しい声で語りかけてくる男がいた。

 恐る恐る目を開け、その声の方を向くとそこには背が高く、きっちりと七三に髪を分けた五十代位のおっさんが立っていた。

「お、話、してくれる気になったか。良かった良かった」

「もう逃げられないので諦めただけです」

「君のそういう案外肝が据わってるところ、ますます良いね」

「で、話って何ですか? 何か未練でもあるんですか?」

「君の、僕を一目で幽霊だと判断する勘。やっぱ素質あるよ」

「だってここ廃墟だし。人いないし。だったら幽霊でしょ。出るって聞いてたからね。ところで素質って?」

 私は長い髪を指先でくるくると弄って遊びながら聞いた。

「決まってるだろう。探偵だよ」

 探偵? ぽかん。

 その聞きなれない言葉に私がどう答えたものか考えあぐねていると、返事がないのに戸惑ったのか幽霊の方から話し始めた。

「え、もしかして、僕のこと知らない? 三年前この広島のホテルの火事に巻き込まれて死んだ日本史上最高の頭脳を持つ名探偵と呼ばれたこの金津(かねづ)小介(しょうすけ)のことを」

「知らん」

 昔からミステリ自体は好きだったが、それはあくまで小説やドラマの話だ。

 現実世界の浮気の調査やら猫探しやらをする職業に興味はない。

「そんなこと言うなよ。僕はそんなちんけな探偵とは違うんだぜ」

「はあ......。何が違うんですか?」

「推理力、だよ」

 胡散臭い。

「違うというなら見せてくださいよ。その推理力とやらを」

「見せると言ってもなあ」

「私の名前を当てる、とか」

「名前、ねえ。名前は無理だが君がどこから来たかくらいならわかるよ」

「嘘だよ~」

 まさかそんなことはないだろう。

「君、割と遠出してきたでしょ。近場だったらそこまでの荷物いらないし。とはいえ大学生が一人でめちゃくちゃ遠い旅行するかって言われたら多分しないし。それに、君普段運動

しないでしょ。ちょっと走っただけでズレるようなメガネをかけてる人はインドアだろう。だからまあ、せいぜい隣の県ぐらいからでしょ」

 うっ。

「しかも、一人って友達いないんだろうな。ってかこんな廃墟に一人でやってくるなんてどんな変人だよ」

 ぎくぎくっ。

「ちなみにその時計。ロレックスとか大学生が着けるには高級品すぎる。親からの貰い物なんだろうけど、結構いいとこのお嬢様だろ」

 その通り。

「その割にこんな旅を許してるのはやっぱり近いところなんだろう。ってことで岡山あたりから来たお嬢様。運動なんかしない根暗な」

「ああ、もういいです。そうです、合ってます」

 怖いよ、もう。これその内住所ピタリと当てられちゃうんじゃないか。

「信じてくれたかい?」

「ええ、あなたは名探偵の幽霊なんですね」

「そうだけど......幽霊なんてよく真面目に考えられるね」

「廃墟に一人出てくる男なんて幽霊くらいしか思いつきませんよ」

「その発想ぶっ飛んでるな」

 普段常識人としてすごしているつもりなのでそんな風に言われると驚いてしまう。

「さて、僕が君の前に出てきたのは理由がある。君にはさっき言ったように探偵の素質がある。だから僕の後継者として探偵になってほしいんだ」

「いや、無理です」

 私の人生はこんなことで歪ませるわけにはいかない。

「第一、探偵になんて興味ないですし、素質があるなんて急に知らない人に言われても信じられません」

「素質に関しては信じてくれとしか言いようがない。むしろ日本一の名探偵が言うんだ。なぜ信じられないのか理解に苦しむね」

 急に登場したキャラの証言何て嘘に決まってるだろ。

「そして君の興味なんて関係ないよ。君に拒否権は無いからね」

「脅しですか」

 さっきから私の頭上に浮かんでいる金津をにらみつける。

「そう。なんせ心を込めて話しても説得できそうにないからね。探偵とは我が強いものさ」

「別にあなたに脅されたからって屈しませんよ」

 どうせ幽霊なんだから物を動かしたりできないだろう。

「幽霊だって物を動かすことくらいできるさ。ほら」

 そう言って足元のがれきを持ち上げる。

「つまりあなたを殺すことだってできる。さあ、探偵業やってくれますよね」

「くそっ」

「ちなみにどこへ逃げたって隠れたって、壁をすり抜けることもできるし、霊気を探せるからすぐに探し出せるんですよ」

 自分は一方的に殺されるのに、相手は幽霊。相手に攻撃することはできない。理不尽極まりないが、死にたくはないので言うことを聞くしかない。

「分かりました。じゃあ、やりますよ」

「おっけー。じゃあよろしく」

 そのままその幽霊は消えていった。





「と、これが、私が二年前に探偵を始めたきっかけです」

 皆、目を丸くしてぽかんとしている。

「先輩、それ本当ですか?」

「本当だよ」

 この場で唯一元から知っている大学での後輩、原友恵が最初に口を開く。

「そんな与太話、とても信じられませんわ」

 いぶかし気な目を向けてくるのはこの鳳凰山の頂にある朱雀館の女主人、紅(べに)烏(からす)うずらだ。お前が話せって言ったんだろ、とは招待されている身としては流石に言いづらい。

「いいんじゃん? 信じる信じないじゃないっしょ。面白かったんだし~」

 軽いノリで言ってくれるのは真っ黒に焼けたギャル風の女子高生、萌園萌花だ。ちなみに私は陰キャらしくギャルは苦手だ。日陰者の性である。

「じゃあ、その金津とかいう探偵幽霊はどこにおるんや? まさかお前さんに探偵業押し付けてそれきりいうわけやないんやろ?」

「そのまさかです」

「無責任な幽霊やこと」

 と、関西弁の気の強そうな女の名前は汐詩おしどりだ。

「幽霊なんてこの場にいたら怖いですよぅ」

 かわい子ぶるな、気持ち悪い。もう結構いい歳だろうに。みんな痛いと思っているのかスルーされている安藤八。

 その隣で静かに座ってご飯を食べている東雲芽衣子。みんな立ってうろついている中、よく冷静に食事できるものだ。まあ、そのあまりに痩せて青白い肌を見ていると、もっと食べろと言いたくなるし、お前も立てとは言えないが。

「あー、それにして、も。いつに、なったら帰れるんデスかネー。レーノチカは、寒いの、慣れてマスけど」

 そう、今私たちはこの屋敷に閉じ込められている。うずらに招待されてここに集まった私たちは、昨日の時点でそれぞれの家に帰っているはずだった。それが、季節外れの大雪のせいで山の唯一の道路が通じなくなりここでの滞在延長を余儀なくされている。レーノチカはロシア出身らしく、この状況でも問題なさそうに過ごしているが、他のみんなは寒さに耐えるために毛布にくるまって生活している。暖炉の準備はまだしていなかったようで、屋敷の中は非常に寒い。

 幸いなことに、食料に関しては私たちが一か月ここで過ごしても尽きることない量が用意されていたので、飢え死にの心配はなさそうだ。

 この季節外れで未曽有の大雪は麓でも大混乱を招いているようで、うずらが本家に電話で救助を要請してもあと三日はかかるそうだ。

 つまり、私を含めた計八名であと数日この閉鎖空間で生活しないといけないというわけだ。

「レーノチカさん、昨日説明しましたわよ」

「ダー。日本語で言われる、と、覚えにくいデス......」

 この場にロシア語履修済みの人はいないので、レーノチカに母国語での説明はできない。ごめんね。

 こんな状況で娯楽もないという環境はしんどいので、何か話のタネは無いかということでうずらが私に探偵を始めた経緯を聞いてきたのだが。

「そんな適当な話をされても面白くありませんわ。幽霊なんている訳ないですし」

「本当なんだから仕方ないでしょう。それに、幽霊はいますよ。気付いてないだけなんじゃないですか」

 確かに、私がこんな話を聞いても信じられないのだろうけど。

「とりあえず、もう寝るわ。起きとっても大しておもろくないしな。おやすみ」

 汐詩さんの一言でその流れが決まってしまったのか、まだ十時過ぎと、早いもののみんな自室で寝ることにした。

 この人数で一人一部屋与えられる大きさの屋敷。さすがは古くから続く名家の紅烏だ。

「こんな小さなお部屋でごめんなさいね。休暇中にちょっと過ごすだけのお屋敷ですのでそんなに立派なものにしなくてもいいかっておじい様が言っておりましたわ」

 屋敷についた日にこう言われたが、その小さな部屋は私が住んでいるアパートのワンルームの倍ほどはある。金持ちの感覚はすごいな。

 毛布重いな。部屋に毛布をすべて引きずりこんで鍵を閉める。昔から部屋にかけないと安心して眠れない体質なのだ。

 やることもないし、話し相手もいないし、酒やお菓子も持ってきていないので、本当にこのまま寝ることにしよう。

 早く帰りたいなあ。



 翌朝、布団にくるまり熟睡していた私を起こしたのは激しくたたかれる扉の音だった。

「ちょっと探偵さん! 起きてくださいませ! 大変なんですの!」

 うずらの焦った声が聞こえる。

 少し恥ずかしいが、あまりの狼狽え様に、パジャマのまま鍵を開ける。

「どうかしたんですか、うずら」

「さんをつけなさいと何度も......、今はそんなことどうでもいいんでしたわ。とにかく来て下さい、東雲さんが......」

 おや、これは嫌な予感がしますねえ。

 せめて着替えたいものだったが、これは急いだほうが良さそうだと判断し、そのまま部屋を出ることにした。

「こちらが東雲さんのお部屋ですわ」

 そう言って壊れたドアノブを引く。

 どうぞ、とジェスチャーをするうずら。

 促されるまま室内に入ると、この寒いのに毛布もかぶらずベッドに横たわる芽衣子と、そこで座り込んでいる萌花がいた。

「メーコ......なんで」

 ギャルがしおらしく泣いている。

「これは?」

 と、部屋の外にいるうずらに聞いてみる。

「七時ごろ、でしょうか。萌園さんが、東雲さんのお部屋の鍵が閉まっていては入れないから何とかしてほしいといわれまして、仕方なくドアを壊して入ると東雲さんが死んでいたのです」

 時計を見ると今は七時半ちょうどを指していた。

「なんで三十分もかかったんです?」

「東雲さんの変わり果てた姿を見て二人で呆然としていたんです。それで気が付いたら時間がたっていて......」

「死亡確認は?」

「しておりませんわ」

 ふむ、一応しておくか。

 気温が低いこともあって、芽衣子の体は冷え切っていた。当然脈もない。脇にテニスボール、なんて古典的な仕掛けもないし、確実に死んでいる。

 このままついでに死体の検証を済ましてしまおう。

 まず一番に目につくのは首元の絞殺痕だ。この痕を見るに、ロープではなくタオルか何かの布で首を絞められていることが分かる。もともと青白い肌だったが、その痕はどす黒く、際立っていた。

 首にはその他にひっかいたような傷が残っており、芽衣子の両手には血が残っていることから、僅かながらも抵抗したことが分かる。

「こんなことしたやつ、許せない。殺してやる......」

 後ろでギャルがぼそぼそ呟いている。怖い。

 そのギャルの右手には大き目の細長いタイプの布が握られていた。

「萌花、それ、なんだ?」

 泣いているからと遠慮せずに聞いてみる。

「メーコがつけていたんだよ、覚えてるだろ」

 確かに芽衣子は普段ポニーテールにしていて、その時の髪留めに似たデザインをしている。

「リボン......っていうのかは微妙だけど、これが落ちてたから」

「ちょっと見せて」

 萌花はしぶしぶ、という感じでその布を渡してくれた。

 広げてみると、僅かに、血が付いていた。まだ変色もしていないことから、つい最近着いたのだろう。おそらくこれが凶器だ。返す。

 返すって言ってもそもそも萌花のものじゃないけど。

 それにしても。

「誰に殺されたんでしょ~」

 頭上から声が聞こえる。

 驚いて見上げると、そこには、目の前に横たわる女性と同じ顔をした人が浮かんでいた。

「芽衣子?」

 つい声をあげる。

「メーコがどうした?」

 萌花には見えていないようだ。

「いやあ、幽霊ってホントにいるんですねえ。自分がなってしまうと信じざるを得ません~」

「なんで私にだけ見えるんだろう」

「もともと霊感が強いんじゃないですか~」

「萌花に姿を現してあげたりできないのか?」

「やってみます」

 と、地に足を付けて目をつぶる芽衣子。

「萌花ちゃん~。私が見えますか~」

 驚いて芽衣子の方を向く萌花。

「め、メーコ! 生きて、は無いみたいだな......。幽霊になったってことか?」

「そうみたいです~」

 てくてく萌花の元まで歩いていき、芽衣子が抱きしめる。

「幽霊になっても触ろうと思ったら触れられるみたいですね~」

 萌花はこれまで流していた涙をそのまま倍にして泣き出した。

「も~、こんな見た目のくせに泣き虫なんですから~」

「メーコ! なんで死んじゃったんだよ! 私が仇を取ってやるからな」

「いや、仇とかいいです」

 冷たいな!

 いや、確かにいろんなことに無関心、いつ見ても何か食べてる、食べること以外に興味なし、って感じだったけど。

「でも、誰がこんなことしたのかには興味ありますねえ」

「犯人見てないのか?」

「見てませんよ~。寝ていて気が付いたら首を絞められていたので~。目を開けることもできずに抵抗したんですけれどそれもうまくいかず。幽霊として気付いたときには犯人の姿はこの部屋にはありませんでした」

「何時ごろに殺されたとか、わかんないよね」

「分かりませんね。一応寝に入ったのは十時過ぎ、つまり皆さんが解散してすぐだと思いますが~」

「鍵はかけて寝た?」

「ええ。鍵をかけるのは癖でして~」

 私と同じタイプか。

 それはともかく、犯人はわざわざ鍵を何とかして入り、出るときにも鍵を何とかして出た、ということになる。

「うずら! 部屋の鍵って外から開けられますか?」

「無理ですわ。そもそも内鍵しか付いていませんもの。外から鍵を開けることはおろか閉めることだってできません」

 なるほど。実際ドアを確認すると、内側には鍵のつまみがあるが、外側にはそもそも鍵穴がついていなかった。

 当然、糸と針を使った方法で開け閉めできるようなものでもなく、この部屋は完全に密室だったことになる。

「窓はどうなんだ?」

 と萌花が私に聞いてくるが。

「ここは二階ですから窓から入ってくることはできませんよ。それにこの寒さの中で窓なんて開けません~。来てから触ってもありませんよ~」

 と芽衣子が答える。

実際窓を見ると鍵がかかっているし、窓のサッシには埃がたまっていてしばらく窓を開けた形跡もなかった。

「この部屋に扉や窓以外から入る方法はありますか?」

「いいえ、ありませんわ。通気口はすべての部屋についていますが、全て、人が通るには二回りほど小さいものですし」

 本当に、完全に密室ができている。

「二人が入るとき本当に鍵はかかっていましたか?」

「もちろんですわ。二人共一度以上はドアノブをひねっていますもの。これが片方だけなら鍵がかかったふりをしているだけだったかもしれませんが」

 ううん。分からない。

 とにかく、今回の事件はこの密室をどうこうできた人間が犯人ということは間違いないだろう。密室の密室度が高すぎる気もするが。

「とりあえず、全員集めてください。場所はダイニングで良いでしょう」

「分かりましたわ」

 そう言うと廊下にいたうずらがそれぞれの部屋を回りだした。

「私たちも行こう」

「ああ。メーコ、お前も行くぞ」

「それが無理なんでして~」

「なんでだよ」

「まだ死んでから時間がたっていないからか自分の体と距離をとることが出来ないんでして~」

 どうやら、この部屋から出ることが出来ないということらしい。

「感覚として、多分後二日くらいは体から離れられませんね~」

「そうか......仕方ないし。また会いに来るからね」

 そう言うと萌花は部屋を出て、昨日話をしたダイニングの方に向かって歩き出した。



 全員集まった。

「探偵さん、なんで私たちを集めたんですかぁ?」

 安藤が話を切り出す。

「皆さんを集めたのには理由があります。実は、東雲芽衣子さんが亡くなっているのが発見されました」

 そう告げると、当然ではあるがみんなざわつく。

「どうやら殺されたようです」

 そのざわつきはより大きくなる。

「この屋敷にはこの場の私たちしかいません。外から他の人が入ってくることもできない。つまり、この六人の中の誰かが犯人ということです」

「自分を、犯人、の、中に数えるなんて、律儀、デスねー」

「そこで、皆さんのアリバイを調べたいのですが、昨日、解散してから、どうしていましたか?」

 今日は全員椅子に座っての話し合いだ。四角いテーブルなので誕生日席ができてしまう。

「じゃあ、まずはうずら、教えてください」

 まずは左隣のうずらに聞く。

「昨日は皆さんと別れた後、すぐに寝ましたわ」

「それを証明できる人は?」

「いません。一人で寝ていましたもの」

 アリバイ無し。

「私も同じや。あの後はすぐに寝た」

 うずらの前に座る汐詩さんもアリバイ無し。

「私もです、先輩」

 私の前に座った後輩、友恵からもそう答えられる。

「ダー、レーノチカも、爆睡。眠くて」

 友恵の隣からもその返事。

「あ、私もぉ、すぐに寝......」

「じゃあ、全員アリバイ無いじゃん! 私もすぐ寝たからなあ」

 誕生日席の安藤の声を遮って、隣の萌花が話し出す。二人の相性悪そうだもんな。偏見だけど。

「全員にアリバイが無いってことは、イコール探偵さんにもアリバイ無いってことじゃん」

 確かにそうだが、私が犯人でないことは私が一番分かっている。

 全員にアリバイが無い、というのは割と異常事態である。

 こういうのは大抵、犯人がアリバイ工作を行うもので、むしろアリバイがある人の方が怪しいと相場が決まっているのに。

 そもそも、あの密室にしてもおかしいのだ。

 殺人を犯す際、わざわざ密室を作ることに対した意味はない。そんな細工を施すことでむしろ手がかりが増えてしまう。そうまでして密室を作るのは、相応の理由があるはずなのだ。密室に入れる唯一の人間に罪を擦り付ける、とか。

 だが、この場の全員があの密室を突破する手段を持たない。これでは密室を作る意味がなくなってしまう。

 命からがら逃げた被害者が自分で鍵をかけるパターンの、うっかり密室になるタイプのものでもない。だって、芽衣子は逃げていないのだから。あの部屋で殺されたことは間違いないだろう。芽衣子が犯人をかばって嘘を言っていない限りは。

「わかんないなあ」

 つい、ぼそっと呟いてしまう。

「ほな、とりあえず解散にせえへんか? 朝飯まだやねん」

 汐詩さんがそう言うと、思い出したように私のお腹が鳴る。そういえば私も朝呼ばれてからまだ何も食べていない。

「うう、そうですね」

「ダー、レーノチカも、お腹、ペコペコです。みんなで食べマショー」

「では私が皆さんの朝食を用意しますわ。えーと......」

「あ、私、朝はいらないからぁ、先に部屋に帰るねぇ」

「六人分です! 私も手伝いますよ」

「私も、元気出さなきゃだし、がっつり系で頼むし!」

 友恵とうずらが作ってくれたのはチャーハンだった。がっつり系とは......。確かにチャーシューたっぷりで肉食だったが。



 朝食後、私はまた芽衣子の部屋に向かった。

「芽衣子、いるか?」

「いますよー」

 ベッドに横たわった自分の体を、椅子に座って眺める幽霊、芽衣子。

「不思議な感じでして~。こんな風に自分を見つめることなんて無かったですから~」

「普通ない」

 芽衣子の横に立つ。彼女の横顔からは悲しみは感じ取れなかった。ただ、死ぬ前の芽衣子と同じ、この世界に興味のない、という顔だった。

「そうだ、萌花ちゃんは元気ですか~」

「まあまあ、かな。空元気だろうけど、それでも沈み込んじゃいないよ」

「それは良かったのでして~。あの人から元気を取ると何も残らないのでして~」

 結構厳しいことを言う。

「というか、二人が仲いいのって結構意外だよ。そんなに相性良くなさそうなのに」

「それが幼馴染にしか分からない呼吸というものでして~。このお屋敷で初めてお会いした探偵さんには分からないと思いますよ~」

 厳しいなあ、ほんと。

「それにしても、なんで芽衣子が殺されたんだろう。動機は何だ?」

 珍しいな。動機なんて普段気にしないんだけど。ここまで手がかりがないとさすがにそんなことも考えちゃったりするんだ、私。

「多分、ですけど、恨まれてた、とかじゃないですよ~。私たちは死んだ方が良いんだと思ったんでしょう~。犯人さんは」

「は? 別に芽衣子は死んだ方が良い人間なんかじゃなかったでしょ。めちゃくちゃ聖人ではないかもしれないけど......」

「いえ、そうじゃないのでして~。私たちは死んでた方が自由で幸せだ、ということです~。私たちのために、殺した、のではないでしょうか~」

 意味が分からない。

 死んでる方が生き生きしてる、ってつまらない言葉遊びだな。事件はリリックじゃなくてトリックだよ。

「今回の事件はミミックでして~」

「どういうこと?」

「探偵さんにとって、旅先で出会った楽しい事件だと思ったら、結末はとんでもないものだった、みたいな~」

「別に楽しいと思ってないよ」

 事件が楽しいなんてどんなサイコパス。確かにこの業界にはそういう人もいるけど、私としちゃあ被害は少ない方が良い......。

「そういえば、私たちって」

「私の考えが正しければ、まだ人が死にますよ~」

「な」

 そういうのはもっと早く言え!

「だ、誰?」

「決まっているでしょう~。もちろん......」

 その時、突然ドアが開いた。

「やっぱりここでしたか、先輩! 来てください、萌花さんが!」

「あ、遅かったみたいでして~」

 被害者、二人目。これで、この事件は連続殺人事件となったのだ。

 芽衣子に、私にだけ見えるようにしてもらい、後輩の案内の元で萌花の部屋に向かった。

 芽衣子は、さっき、私たちが話し合いをしている間に練習して、体から離れられるようになったそうだ。霊の感覚も当てにならないな。

「ここです、先輩」

 と、そこにはすでにドアノブが壊され入れるようになったドアと、入ろうという意思がないのだろう、廊下に立つうずらがいた。

 とはいえ、今回はうずらが部屋に入っていないことを責める訳にもいかない。

 なぜなら、部屋の中は血の海だったから。

 一歩でも足を踏み入れると確実に血を踏んでしまう。

 部屋の前に来るまで、おそらく芽衣子みたいに絞殺だと思っていたものだから、驚いてしまった。

「わお」

「先輩、棒読み」

 いや、そうはいっても、ここまできれいに血に染まった部屋を見たら、大げさな驚きなんてでない。なんたって、足の踏み場もないくらい血まみれなのだ。

 人間一人にこんなに大量の血が流れているなんて思えない。それくらい言っても大げさではない。

「だからって、これが私と誰かの血だ、なんて推理は間違ってるからねー」

「あ、萌花ちゃん!」

「メーコ! 私もユーレイになっちゃった!」

「一緒だね!」

 いや、それ、そこはかとなく怖いわ。

「それは置いといて、これ、全部萌花の血なの?」

「そうだよ。一切抵抗できなかったからね。鍵も閉めてたのにどうやってメーク中の私の後ろをとったんだろ」

「ん、メイク中に後ろから殺された?」

 確かにのぞき込むと萌花の死体の近くにメイク道具や鏡が落ちている。

「そだよ。ぐさーって刺されちゃった。私のはさみでね。こんなに激しく血って飛ぶんだねえ」

「犯人は見てないんだね?」

「見てないねー」

 分かった。

 犯人が、方法が。

 時間がかかりすぎだ。

 こんなことでは、私が金津に殺されても文句は言えない。

「うずら、全員ダイニングに呼んでください。その時、全員に紅茶を用意してください」

「あら、解答編ですの?」

「ええ、そうです」





      作者からの挑戦状







 さて、ここまで読んでくれた皆さんに伝えたいことがある。

 まず、当然だがここまでの情報で犯人は分かる。

 犯人がどのように密室をかいくぐり、東雲芽衣子、萌園萌花両名を殺したのかも、分かるようになっている。

 これで、実は分かりませんなどと言い出したらこれはミステリではなく、サスペンスか何かになってしまうことだろう。

 さて、ではここで、公平を期すために条件を加えておこう。

一、犯人は単独犯である。

二、これまで出てきた登場人物以外に新たな人間が登場することはない。

三、隠された経路や抜け道は存在しない。

四、これまでに出てきていない超常現象は存在しない。

 と、これくらいの条件さえ付けておけばアンフェアのそしりを受けることもないだろう。

 ここから先は犯人を追い詰めるシーンになる。ぜひもう一度犯人が誰か、考えてみてから読むことをお勧めする。



                                             東西南北 美宏



ちなみに、登場人物は以下の通りである。

金津小介......幽霊、探偵                  紅烏うずら......この屋敷の女主人。お嬢様

探偵さん......探偵、原友恵の先輩。この文章の視点である   汐詩おしどり......関西弁の女。かっこいい

東雲芽衣子......食べるのが好き、第一の被害者

萌園萌花......ギャル、第二の被害者

安藤八......かわい子ぶってる女

レーノチカ......ロシア人。カタコトでしゃべる

原友恵......後輩。正直影が薄い





 全員にダイニングに集まってもらった。幽霊萌花と幽霊芽衣子には後で登場してもらうことにした。犯人が分かったら、二人が好きなように罰を与える段取りになっている。

 思いっきり私刑だが仕方なかろう。

 殺人の被害者が自身で罰を与えられるのだし、それに今回は犯人が犯人なのだから。

「全員集まりましたわ。紅茶はもうお出ししてよくって?」

「ええ、もう出しちゃってください」

 うずらが座っている全員に出すために、持ってきたカップは五個、それぞれの前に置き、最後に自分のところにおいて座った。

「終わりましたわよ。お話の用意もできましたし、今回の事件について教えてくださいませ」

「別に、ゆっくり話をするために紅茶を用意してもらったんじゃないんですよ。これは別にいじめではないんですよね」

 うずらはきょとんとした顔でこちらを見てくる。

「いえ、これで犯人が分かりました。みんなにも見えるように出てきたらどうですか。犯人の安藤八さん」

 この言葉にざわつくみんな。

 まさか、安藤が犯人だったなんて! ではない。

「アー、安藤、ハチ? とは誰のことデスか?」

 そう、私以外の全員、安藤という人間を知らなかったのだ。なぜなら。

「さっきまで誰もおらんかったのに、その席に一人増えとる!」

「今回の事件は、幽霊だった安藤が、密室も何のその、壁をすり抜けて殺人を犯した、というわけです」

 ミステリ小説にするにはあまりにめちゃくちゃな事件の真相だが、これが現実、現実は小説より奇なり、である。

「なんで、私が幽霊だと分かったんですかぁ? 結構ちゃんと生きてるように振る舞えてたと思うんですけどぉ」

「正直、安藤の姿や振る舞いからは分からなかったよ。でも、最初に違和感を感じたのは、レーノチカの言葉。私が、六人の中に犯人がいる、といった時の『自分を、犯人、の、中に数えるなんて、律儀、デスねー』だ。私はあの時点で自分を除いた六人のつもりで言っていた。それなのに、このレーノチカの言葉によると、レーノチカからは、私は自分も容疑者の中に入っているらしい。レーノチカが自分をはずしているのか、それとも日本語だから分かってないのかとも思ったが、他の誰も確かめなかったから、みんな同じように思っているんだと判断した。そうすると、みんなには人数が一人少なく認識されていることになる。これが違和感の出発点だ」

「まあ、私が幽霊だっていうのは分かりました。この紅茶の件で反論もできませんからぁ。でも、まだ私が犯人だという理由にはなってませんよぉ。いたずら好きの幽霊が混ざっていただけかもぉ」

 心底楽しそうに、にやついた笑みを浮かべる安藤。

「いや、安藤しかありえないよ」

「その理由は?」

「あまりにも密室が完成されすぎていることが一点。幽霊でもなければ不可能だよ」

「密室ですかぁ」

「そう。犯人はなんで密室を作ったのか。その理由を考えてみたんだけど、どうしても分からなくてさあ。もしかして、犯人は密室を作りたかったんじゃなくて、ドアを開ける必要がないから、鍵を開けなかっただけなんじゃないかな、って。つまり、安藤は他の生きた人間に罪をかぶせようとしたけど、肝心の人間による犯行の可能性を出し忘れたんじゃないか、という考えに至った」

「でも、それは、探偵さんが分からなかったから、幽霊の仕業にしたってだけでしょう? 探偵さんが思いつかなかった密室の作り方やわざわざ密室を作った理由もあるかもですよぉ」

「確かに、それもあるかもしれない、でも、萌花を殺したことで、犯人が幽霊以外ありえないことを確信したよ」

「その理由は?」

「私は部屋の惨状を見るまで、萌花も芽衣子同様に絞殺だろうと思い込んでいた......のは、本来ありえないんだよ」

「なんでや? 同一犯なら殺害方法も同じか近いものになると考えるのは割とあるんちゃう?」

「実際私もそう考えたんですが、部屋の惨状を見るに、犯人が部屋を出るとき、廊下(・・)に(・)血(・)の(・)足跡(・・)を(・)付けず(・・・)に(・)逃げる(・・・)ことは不可能(・・・)なんですよ」

 部屋は足の踏み場もないような血の海だったのだから。

「それだって、後から拭いたのかもしれませんよぉ」

「そうだな、幽霊なら足跡を付けずに帰ることもできたが、まあ、確かにそういうことも考えられる。でも、それ以上に幽霊じゃないとありえないことがある。それは、萌花が犯人の姿を見ていない、ということだ」

「萌花が、姿をみていない、ってなんでわかるんデスか?」

「萌花から聞いた」

「萌花さんも、芽衣子さんも、幽霊になっていたんですの。信じがたいですが、実際見てしまうと......」

「そういうことだ」

「それで、なんで萌花さんが姿を見ていないことが犯人の決め手になるんですかぁ。後ろから刺されただけかもしれませんよぉ」

「萌花が殺されたとき、萌花はメイク中だったんだよ。メイク中に鏡を見ない奴はいるのか? いないだろうな。実際鏡がおちていたし。その状況で後ろに立ったやつが見えないなんてことはありえないんだ。メイクに集中して前に立ったやつを見てなかったならまだしもな」

 つまり、鏡に映らないやつじゃないと犯行は不可能なのだ。少なくとも人間には不可能なのである。

「ふーん。それは気付かなかったなぁ。確かに、それはもう私しか犯人いないなぁ。それで? 私はどうしたらいいのかなぁ」

 逃げる気満々じゃないか。そもそも幽霊を罰することはできないしな。

「芽衣子~、萌花~、後は好きにしていいぞ~」

「私は別にもういいのでして~」

「ん、私は一発殴らせてくれればいいかな」

 軽いな。殺人に対する罰。

「だって、実際私たち二人は殺した方がいいっていう動機は間違ってないのでして~」

「二人で幸せに暮らすから、そんなに怒らなくて良いからね」

 それ、うまく締まらないんだけどなあ。

「まあ、被害者が許してるんだから犯罪者を第三者が罰するのは間違っているんじゃないんですか、先輩」

「じゃあ、もういいかなぁ」

 安藤はすでに消えかかっている。

「安藤さんばいない~」

「正直ありがたいのでして~」

 何だこの加害者被害者の会は......。

 格好良く解説していた私も、生きているみんなも唖然茫然。



「いや、文章下手すぎだろ!」

「しょうがないでしょ、実際こんな感じでふわふわと終わっちゃったんですから」

 久しぶりに会う、探偵の師匠、金津に報告書を見せると、そんな風に突っ込まれてしまった。

「報告書なんですから、面白くする必要もありませんよね」

「その割には途中で挑戦状とか入れてるじゃないか」

「......書いてたらミステリ作家の気分になっちゃって」

 才能無いのにこんなことするもんじゃないな。

「にしても犯人が幽霊だった事件は俺も出会ったことないなあ」

「私、あなたに出会ってからこんなことばかりですよ。幽霊に縁があるというか」

「だから俺はお前に目をつけたのかもな。通り名幽霊探偵とかにするか、東西南北(よもひろ)美(み)宏(ひろ)」

 絶対にごめんである。



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