血の雨公の豹変4 神子山之字 血の雨公の豹変(ヴォルタファス)(4) 神子山 之字 登場人物・用語 転輪学園 現在の日本の首都である岡京(旧岡山県)に位置する。超能力者を育成する施設。 ユーサーパー 外宇宙からの侵略者。これらを撃退し、地球を防衛するために超能力者を育成している。 手袋 学園ではこれを投げて決闘を申し込む。大抵は学園内各所に設置されている手袋ボックスのものを使う。使用済み手袋は回収ボックスに入れる。 等級 超能力の資質の指標となるもの。上から特A、A、B、C、D、E、Fの七つ存在する。最低ランクのFは存在が稀。 切磋琢磨(セッサタクマ) 主人公。F級。周りからはE級と思われている。 華?那(カタナ) 琢磨のオメガデバイス(武器)。刀のような見た目。彼女に人格は存在しない。その言葉はすべて琢磨が心の中で作り上げたものである。 半裂(ハンザキ)火澄(カスミ) チーム『弩級娑邏卍陀(ジャイアントサラマンダー)』のリーダー。 のっぽ 石鎚照霪(ディーン)。火澄の舎弟。 太っちょ 隠岐零温(レオン)。火澄の舎弟。 久保田(クボタ)伽藍堂(ガーランド) チーム『Z.O.N.E.(ゾーン)』のリーダー。老け顔の男。 黒瀬(クロセ)恵美利愛(エミリア) 琢磨の左隣の席の女子。琢磨は彼女に一目惚れしている。 前回のあらすじ 来(きた)るべき近未来。 半裂(ハンザキ)火澄(カスミ)の舎弟となった切磋琢磨(セッサタクマ)はある朝、黄金プリンを買いに行かされた。その帰りで久保田(クボタ)伽藍堂(ガーランド)と出会い、プリンを強奪された。怒られるのが嫌で琢磨はそのことを黙っていたが、放課後に伽藍堂と遭遇し事が明らかになってしまった。怒りに燃える火澄は伽藍堂に手袋を投げつけた。 《4.血の雨公の目覚め》 「チーム『弩級娑邏卍陀(ジャイアントサラマンダー)』はあんたたちのチーム『Z.O.N.E.(ゾーン)』に決闘を申し込むわ。受けるなら、手袋を拾いなさい」 半裂火澄は地面に落ちている自身の手袋を示しながら言った。先ほど決闘の申し込みのために伽藍堂へ投げつけたものだ。 「面白いじゃあねえか。受けるぜ、この決闘」 そう言って『Z.O.N.E.』のリーダーである久保田(クボタ)伽藍堂(ガーランド)は手袋を拾いあげた。 「三対三のチーム戦でいきましょ。こっちはアタシ半裂火澄と石鎚照霪(ディーン)、隠岐零温(レオン)の三人よ」 火澄はのっぽと太っちょを示しながら言った。 しかし伽藍堂はそれに異を唱える。 「いぃや。四対四だ。事の発端にはそこの琢磨も関わっているんだからよぉ。当事者の琢磨も出るべきだろぉ。当然俺も決闘に出るさ」 「......まあいいでしょう」 火澄としては、盾となるくらいしか能のないクソ雑魚の琢磨など決闘に出したくなどなかったが、相手の人数が一人増えたところで大した問題は無かろうと判断した。彼女はそれだけ自分の実力に自信を持っていた。 「それからこっちが勝ったら、これから毎朝この俺に黄金プリンを献上してもらうぜぃ」と伽藍堂は続けた。 「なにおう!」と太っちょ。 「受ける側が先に条件を出すとはふざけてやがらあ」とのっぽ。 明確な規則は存在しないが、条件を出すのは決闘を申し込む側が先で、それから受ける側と話し合って双方が納得するようにすり合わせていくというのが一般である。伽藍堂のマナー違反に二人も憤りを隠せない。 しかし火澄はそんな二人を制止した。「落ち着きなさいな、二人とも。そちらの条件はそれでいいわ。ただしこちらが勝てば、あんたらチーム『Z.O.N.E.』はアタシら『弩級娑邏卍陀』の傘下に下ることになるわ」 「何ぃ? おい半裂さんよぉ、そいつぁいくら何でも割に合わねえだろうよ。たかがプリンとチームじゃあよ」 「合うわよ。たかがプリンじゃない、黄金プリンよ。毎朝黄金プリンを買うことの経済的負担を考えてみなさいよ。値段知ってるでしょ。妥当な条件じゃないの」 もっともらしい理屈を並べてはいるが、彼女が提示した条件で納得するかどうかは当人次第である それに対して、伽藍堂は考えるそぶりも見せず即座に頷く。「うむ......言われてみればそうだな。よぅし、その条件で良いだろう。それじゃあ決闘のメンバーを選ぶから、少し待ってもらっていいか? 何せこっちはみんなで二十三人もいるからなあ」 「いいわよ」 伽藍堂たちは端末を片手に集まって話し合いを始める。火澄たちの情報がwikiに載っていないか端末で確認しようとしているのだ。 「こっちも話し合うわよ」火澄は琢磨の肩に腕を回して引き寄せた。 「奴らの情報、wikiにはちっとも載ってませんぜ」と端末を見ながらのっぽもそばに寄る。 「まあそりゃ入学したばっかなんだから、早々にwikiに情報が載るなんてことあるわけないでしょうよ」 火澄は暗に琢磨を非難している。彼が犯した失態のおかげで火澄たちの情報はwikiに載ってしまっているのだ。 「てことは、琢磨に聞くしかないようですね」と太っちょは言った。 「俺? 何で俺に?」 「この中であの伽藍堂って奴のこと知っているのは、お前くらいだからだよ」 「今朝あいつと決闘した時のことを詳しく話なさい」 「詳しくったって、その......すぐにやられちゃったから特に何も」 「どんなふうにやられたってのよ。すぐって言っても、さすがに始まってからやられるまでに何も起きなかったなんてことはないでしょうに。ほら、最初から順番に言ってみなさいな、あの伽藍堂のデバイスは何だった?」 「あぁ、デバイスは斧みたいなやつでした。それで......始まってすぐ伽藍堂が走ってきて、その斧を斜めに振り下ろしてきたから華?那ちゃ――いや、俺のデバイスで受け止めて、気づいたら決闘は終わってました」 危ない。琢磨はついいつもの癖で自身のデバイスについて『華?那ちゃん』と言ってしまうところであった。自身のデバイスをまるで一つの人格のように扱っているということを、他人に知られてしまうのは些か恥ずかしい。琢磨のほかにそのようなことをしている生徒は一人もいない。しかも琢磨はちゃん付けで呼んでいる。火澄たちのような健康優良不良少年少女に知られたら、さんざからかわれるかもしれなかった。 「攻撃を受け止めたら死んだってことね」と火澄。「それだけ? ほかには何もないの」 「はい」 火澄はのっぽと太っちょの二人に顔を向け、発言を促す。 「考えられるのは、死角からの攻撃や知覚できない攻撃ですかね」と太っちょ。 「それか、幻覚や精神操作、記憶操作などでそう思わされているのかも」とのっぽ。 「何もわからないのと同じね。とりあえず気をつけろとしか言えないわね」 「よぅし! こっちは準備OKだぁ。さあ始めようぜぇ!」 メンバーの選出を終えた伽藍堂が火澄たちに向かって呼びかける。 決闘のフィールドとなる白色半透明のドームが展開される。八人の超能力者たちが各々のオメガデバイスを武器に変える。開始の合図のブザーが鳴る。 「照霪、零温、あんたらは伽藍堂とやりなさい。防御に徹して時間を稼ぐのよ。アタシは雑魚を片付ける!」 「あの......俺は?」 一人だけ何の指示もない琢磨が尋ねる。 「アンタは後ろでじっとしておきなさい。伽藍堂の動きをしっかり見ておくのよ」 火澄が腕を振ると炎が生み出された。炎は壁となり、ドームを二つに分断した。片側には伽藍堂とのっぽ、太っちょ、琢磨。もう片方には伽藍堂の三人の子分と火澄。どちらともに三対一の構図を作り出した。 火澄の目の前に立ちはだかる三人の子分たちは品のない笑みを浮かべている。 「聞こえたぞ。俺たちを雑魚呼ばわりとは失礼しちゃうぜ」 「お前が火を使うってことはwikiでもうわかってんだぜ」 「俺たち三人を相手にできるかな」 三人が特異能力を彼女に見せつける。それぞれ水、氷、風を操る様子を見せた。火澄が持つ特異能力への対策をしてきたようだ。 「能力が分かるアタシを確実に殺れるようにしたってわけね。面白い。アタシの能力とアンタらの能力、どちらが優れているか試してみようじゃないの!」 巨大な炎が舞い上がり、三人の子分に襲い掛かる。三人はそれぞれの能力を使って身を守ろうとする。炎は勢いを増して、分断されたドームの半分を覆い尽くした。 ドームの外側で生徒たちは戦いの様子を見守っている。 「すげえ炎だな」 決闘のメンバー選出からあぶれた『Z.O.N.E.』のひとりが呟く。 「けどあの人たちは選り抜きなんだ。防御に抜かりはないはずさ」 「そうさ。あんな炎、なんてことはないさ」 炎は十秒も経たずに収まり、火澄と三人の姿が現れた。 子分たちは三人とも無傷だった。彼女の炎は見事に防ぎ切ったようだ。 ドーム外の『Z.O.N.E.』メンバーたちが騒ぎ立て、火澄を煽り始める。 「見ろ! 三人とも無事だ!」 「へいへーい! お前の炎はそんなもんかよ!」 「火力が足りねーぜ!」 しかし次の瞬間、三人の首がずり落ちた。一拍遅れて胴体も倒れた。 ドーム外での野次が一斉に消える。 「何だ? 何が起きたんだ?」 誰かが囁いた。 「見ろ、あの首を」別の誰かが子分だった死体のひとつを指さした。「まるで鋭い刃物で断ち切られたようだ」 火澄がその手に持つ剣状のオメガデバイス『アンドリアス』を振るうと、地面に血糊で一筋の線が描かれる。 ドーム外の生徒たちはそれで何が起きたのかを察した――彼女が三人の首を切り落としたのだ! 生徒たちにどよめきが走る。 「いつやられたんだ? 燃えてる間?」 「あの炎はただの目くらましだったということか。相手を燃やすのではなく、防御させるのが目的だった」 「どういうこと?」 「さっきあの子は能力対決しよう的なこと言ってたでしょ。けど最初から特異能力で勝負する気はなかったのよ。炎を防ぐことに集中していたら、その無防備な瞬間に首斬られたってこと」 「え? え?」 「だからぁ......」 「それにしても、あのわずかな時間で三人の首を落とすとは」 「剣の腕もwikiの通りということか」 火澄は伽藍堂との戦いに合流しようと炎の壁を取り払うが、その先に広がった光景を目にして顔を歪ませた。 「照霪、零温......」 そこには血だまりに倒れ伏すのっぽと太っちょの姿がある。二人に息はないのは感知してとれた。そして二人のすぐそばに伽藍堂は立っていた。 「やっとお出ましかい? ずいぶん待ちくたびれたぜぃ、半裂さんよぉ」 老け顔の彼が笑うとしわが深くなりもっと老けて見える。 「嘘だ」ドームの隅で琢磨が叫ぶ。「そいつ今ちょうど二人を倒したばっかだから、ちっとも待ってないよ」 「余計なこと言うんじゃあねえよ、琢磨!」 火澄はのっぽと太っちょの死体にチラと目を向ける。二人とも肉体がいくつもに切断されている。 (何? ......死角からの攻撃かしら? 斬撃?) とはいえ判断する材料はまだ少ない。これだけで相手の特異能力を決めつけるのは早い。 ほかにも目撃証言が必要だ。 「琢磨! アンタちゃんと見てたのよね」 「ア、ハイ」 「どうだった?」 「どうって......」 「どんな能力だった?」 「えーっと、どんな能力って言われても......何て言えばいいのかな」 琢磨の言葉は非常に歯切れが悪い。 「琢磨!」 火澄はイラ立ち琢磨を怒鳴りつける。 「おぉっと! おしゃべりをしている暇はないぜぃ!」 伽藍堂は斧を上段に構え、火澄へ向かって駆け出す。対する彼女の反応は早かった。炎が火澄の手の平から勢いよく放射され、一瞬で伽藍堂を飲み込んだ。ついでにのっぽと太っちょの死体もこんがり焼かれてしまう。 「ぬるいんだよぉ!」 しかし彼は燃え盛る炎をものともせず、勢いよく炎を抜けると火澄へ斧を振り下ろした。 彼女は即座に右へ跳んだ。 伽藍堂の斧が空を切り刃が地面にめり込んだ次の瞬間、下の方から見えない斬撃が現れ彼女を襲った。伽藍堂の斧を跳躍して避けた直後の彼女では、この見えない斬撃を避けることはできないと思われた。 しかし火澄は左手から炎を噴出させて体の位置をずらした。直撃は避けられたが、逃げ遅れた彼女の左腕が切断され舞い上がる。 続けて伽藍堂の横薙ぎが間断なく彼女を襲う。 伽藍堂の斧が届く前に、彼女はまだ宙に浮かんでいる自身の左腕を睨みつけた。 爆発四散。火澄の切断された左腕ははじけ飛んだ。光が走り炎が広がる。 爆発で伽藍堂が怯んだ隙に、火澄は琢磨がいる位置まで下がる。彼女の左腕は肉片も残さず消え去っている。 「くそ」伽藍堂は爆発の影響でふらつく頭を振った。「自分の腕を吹き飛ばすとは、なんてぇ女だ」 爆発は目くらましのためだったのだろう。見た目は派手だが威力は高くなく、伽藍堂が受けたダメージは軽いやけど程度であった。 彼はけがの回復がてらひとまず攻撃の手を休めて、火澄たちの様子をうかがうことにする。「さぁて、これからどうするよ、お二人さん?」 「あの、大丈夫なんですか? 火澄......さん」 琢磨は深刻そうな顔で火澄に尋ねる。 「あ? 何が――」火澄は彼が自分の左腕を見ていることに気付いた。「あぁこれね。平気よ」 彼女は左腕をよく見えるようにした。琢磨は驚きに目を見開いた。左腕の切断面からは骨や筋肉、血管等が伸びてきており元の腕の形を作ろうとしている。超能力者の卓越した治癒力は肉体の再生も可能とするのだ。 「うっわ」思わぬ出くわしたグロテスクな場面に琢磨はギョッとした。 「何よ。これくらい、それなりの等級があればだれでもできるわよ。前から思ってたけどアンタさ、いろいろ物知らなすぎじゃない? さっきも受け答えはっきりしてなかったし。戦いにおける心構えができてないのよね。地球を守護する者としての自覚あるわけ?」 「そんなことより、あいつ襲ってきますよ」 琢磨は伽藍堂をちらと見て、悠長に話をしている暇はないということを彼女に伝えた。 「大丈夫よ。あいつの顔見なさい」と言って彼女は顎でしゃくって示した。 琢磨の目に映ったのは、こちらを見つめながら不敵な笑みを浮かべる伽藍堂の顔だった。 「あれはこっちがどんな作戦を考えようが力でねじ伏せてやるって顔よ。要するに舐めてんのよ、アタシらのことを。今のところよほどの時間をかけなきゃ向こうから襲ってきやしないわ」 「へえ」 「せっかく時間をくれてんだから有効に使いましょ。それにしても、二人が早々にやられたのは痛いわね......」 火澄はのっぽと太っちょを見た。ウェルダンだ。 「勝てるんですか? このままで」 「は? 何言ってんのよ。勝てるにきまってるでしょ。ただちょっと......能力を隠しながら勝つのがちょっと難しくなるだけ。まだそんなに手の内をさらしたくないの」 「はあ。ところで、あいつの能力って何なんですか」 「見えない刃で死角から攻撃するってところかしらね。アンタも見たでしょ」 「それで、これからどう戦うんですか」 「自爆なさい」 「え?」 「自爆なさい」 「え、何て?」 「自爆しろって言ってんの」 「俺がですか?」 「ほかに誰がやるのよ」 「できません」 「簡単よ。波動エネルギーを体の中でぐるぐる暴走させて、爆発するイメージをすればいいのよ。アタシが腕を爆発させるの見たでしょう。あんな感じよ」 「いや、そういうことじゃなくて」 「あのね琢磨」火澄は再生の終わった左手で琢磨の胸ぐらをつかむ。「アンタ、今の自分がアタシの何か分かってる?」 「何って......使いっぱのこと?」 「よく分かってるじゃない。使いっぱになるまでの経緯も覚えているわよね。あの事を秘密にする代わりにアタシと決闘して、アンタはそれに負けて使いっぱになった」 あの事とは琢磨が彼女の着替えを覗いてしまったことである。しかしそれは火澄が仕掛けた罠だったのだ。 「アンタが使いっぱとしての役目を果たさないっていうなら、あの事をばらすことになっても文句は言えないのよ。そうしたらどうなると思う? アンタは社会的に死ぬのよ」 「うぅ......」 「自爆すれば即死よ、痛みはそう感じないと思うわ。決闘が終わればみんな元通りだから、気にしなさんな」 「......自爆して伽藍堂を倒せるんですか?」 「E級のアンタじゃ駄目かもしれないけど、それなりのダメージは与えられると思うわ。そしたらアタシも楽に勝てる。さ、行ってきなさい」 彼女は有無を言わせず琢磨の背中を押して送り出す。 琢磨は重い足取りで伽藍堂へと向かっていく。自爆することにはとても乗り気になれない。自分が爆発するところを想像すると、恐ろしくて仕方がない。脅されなければするはずもない。 伽藍堂は先ほどから浮かべている笑みを崩すことなく待ち構えている。火澄が言ったように、どんな作戦でも打ち破ってみせると考えているのだろう。笑みを浮かべながらもその眼はじっと琢磨の出方をうかがっている様子だ。 琢磨は火澄から言われた通り、波動エネルギーが暴走しているところをイメージする。体の中で何かが駆け巡り、全身が熱くなっていくのを感じる。同時に気分も悪くなっていく。本能がブレーキをかけさせようとしているのだ。 【本当に自爆する気なの、琢磨?】 手に持つオメガデバイス、華?那が不安そうに尋ねる。彼女は止めさせたがっている。 【しょうがないだろ、相棒。あの事をばらされたら、俺は社会的に死んでしまうんだ】 変態の烙印を押されるわけにはいかない。 琢磨は雄たけびを上げる。自爆への恐怖に負けないよう自身を鼓舞しているのだ。体内の熱は最高潮だ。後は伽藍堂の胸に飛び込んで爆発させるだけだ。 が、出来ない。伽藍堂には鼻が触れそうなほどまで近づいたのだが、どうしてもあと一歩、自爆することができない。怖い。決闘が終わればすべて元通りになると火澄は言った。その通りではあるのだが、それでも怖いものは怖いのだ。 どうすることもできず立ち尽くし、ただ伽藍堂と見つめ合う。非常に気まずいが、かといって勝負の最中に視線を逸らすこともできない。 【琢磨、自爆しないの?】 答えの分かりきっている質問を華?那がした。 体内で巡っている熱が少しずつ冷めていく。 「どうしたよ琢磨ぁ。何かするんじゃあないの......か!」 伽藍堂が上段から斧を振り下ろす。琢磨は咄嗟に華?那で防ぐ。 【ダメッ!】 華?那が叫んだ。 互いのデバイスがかち合った次の瞬間、琢磨の四肢が次々と切断されていった。 後ろで火澄が怒号を上げる。「琢磨、何してんの! アンタ、社会的に殺されてもいいの!」 身体の自由を失って琢磨は地面に落ちた。四肢を失っては受け身などとれるはずもなく顔をまともにぶつける。四肢が一度に切断されるというのは、常人ならショック死するほどの痛みであろうが、最低ランクのF級とはいえ超能力者である琢磨は正気を保っていた。それが余計に琢磨を苦しめる。このまま失血死するまで激痛が琢磨を襲うだろう。琢磨は痛みに身をよじる。 虫のように蠢く琢磨の背中を伽藍堂が踏みつける。 「ほぉら、何するつもりだったんだぁ? 言ってみろよぉ」 「うぅ......」 身体に体重がかかって息が苦しい。 「何したかったのか知らねえが、所詮お前みたいな雑魚にゃあそれをする度胸もねえってぇことだなぁ」 伽藍堂は嘲るようにわざとらしく笑った。 悔しさが琢磨を襲う。 「琢磨ぁ! この役立たず! アンタは言われたこともできないの!」 「ガハハ。残念だったな半裂さんよお。こんな意気地なしを仲間にしたのが運の尽きってもんよ」 屈辱感が琢磨の胸を満たしていく。 思えば入学初日から良いことなどひとつしかなかった。それ以外は散々なことばかりである。罠に嵌められ火澄と決闘する羽目になる。決闘ではボコボコにされ、彼女の使いっぱになる。今日だって朝早くにプリンを買いに行かされたが、そこで伽藍堂と出会いせっかく並んで買ったプリンを奪われた。それから何やかんや火澄に怒られたり殴られたりしながら今に至っている。 (どうして......) 火澄の発する罵倒が頭に響く。 (どうして......) 伽藍堂の笑いがこだまする。 (どうして俺ばっかり......こんな目に) 「遭わなきゃならないんだ!」 その時不思議なことが起こった。琢磨の中で何かが弾けた。突然琢磨の身体から大量の波動エネルギーが溢れ出したのだ。目に見えるほど濃く溢れ出した波動エネルギーは、間欠泉のような猛烈な勢いで立ち昇り巨大な光の柱を作り上げた。 「な、いったい何が......」 伽藍堂は琢磨に載せていた足を波動エネルギーの奔流で体ごと押し飛ばされていた。今は間近で琢磨の身に起きた異変を眺めている。 波動エネルギーの光の中にいる琢磨は、依然達磨状態のままでいる自身の体を宙に垂直に浮かばせた。それから失っていた四肢を一瞬のうちに再生させた。 「何ッ!」 驚愕の声を上げたのは離れたところで様子をうかがっていた火澄であった。今しがた琢磨が見せた再生のスピードは、先ほどの火澄のものとはくらべものにならないほどに速かった。 (迸る濃密かつ大量の波動エネルギー。そしてあの再生速度......A級、いや特A級にも相当する。クソ雑魚E級の琢磨がなぜ......。これが琢磨の特異能力?) 「ふざけるなよ......」 そう言うと同時に琢磨は右腕を伸ばし伽藍堂へと手の平を差し向けた。 琢磨の手が何かを握る形を作ると、それと呼応したように伽藍堂の体も見えない何かに拘束された。 「こ、これは......サイコキネシス! ......何てぇ強力な」 伽藍堂は拘束から抜け出そうと超能力を使うも効果がない。今の琢磨の超能力には少しも敵わない。 「どいつもこいつも......」 琢磨が右腕を頭より高く上げると、伽藍堂の体は宙に高く浮かぶ。 「俺を、馬鹿に......」 琢磨がその手の握りを狭めていくと、拘束の締め付けが強くなっていく。 「ググ......グ......」伽藍堂は呻き声をあげる。 琢磨の手がだんだんと狭められていき、その形は拳になろうとしている。伽藍堂の身体からは何かが折れたり、潰れたり、はじけたりする音が鳴り続ける。伽藍堂も自身の超能力で必死の抵抗を続けているが、それが却って苦しみを長引かせている。 もう限界だった。これ以上耐えられない。身体を圧迫され声も出せなくなった伽藍堂は、命乞いの意思を込めた視線を琢磨へと向けた。しかしそれが通用しないということを伽藍堂は悟った。琢磨はこちらを見ていなかった。焦点が合っていない。琢磨の瞳には正気が宿っていなかった。まるで彼は自身とは別の大きな何かによって動かされているかのようであった。 「馬鹿に......しやがってぇ!」 「あああああああ!」 ついにその手が閉じられた。ドーム中に血が広がる。観戦していた生徒から悲鳴が上がった。思わず目を背ける者もいた。血はドームの内側をあまねく埋め尽くし外にいる者たちの視界を遮ったが、ドームが持つ機能によってすぐさま無色透明化された。なお無色透明になったのはドーム外側から見る分だけであって、中から見ればドーム内壁には依然として血がこびりついている。中の様子が明らかになり、もう一度悲鳴が上がる。そこには宙に浮かぶ肉の塊があった。その肉塊が元々何であったか、この場にいてわからない者はいなかった。ドームいっぱいに広がった血は、圧縮された伽藍堂の肉体から飛び散ったものであった。伽藍堂は今や絞られたレモンと同じだ。 それから生徒たちは肉塊の近くの存在に目を向けた。全身に血を浴びて真赤に染まった男。琢磨である。外からでも戦いの様子をしっかりと見られるように、ドームはドーム内壁にこびりついた血を透明化したが、地面に飛び散った血については観戦に大きな影響が出ないために対象外である。 地面に広がった血だまりの中心に立つ琢磨。全身は血で塗れている。そしてドームの天井からぽつりぽつりと血のしずくが落ちてくる。血は透明化されて見えなくなっているが、確かに存在している。ドームの内壁から離れれば見えるようになるのだ。そのため外で観戦していた生徒たちからは、まるで空高くから血の雨が降っているように見えた。 ちなみに火澄もまだドームの中にいるのだが、生徒たちの意識は肉塊と琢磨に向けられていたために火澄のことを気に掛ける生徒はいなかった。 決闘の終了を知らせるブザー音が鳴り、ドームが消え去ると同時にすべてが元通りに、決闘が始まる前の姿へと戻る。おびただしく血を濡らしていた血も跡形もない。 決闘が終わってからほんの一瞬だけ、静寂が辺りを支配していた。しかし決闘の途中で命を落とした者たちが、決闘はどうなったのかを聞き出し始めていくと、それにつられて周囲の生徒たちもざわめき出した。皆何かを言いながら琢磨を見つめている。 琢磨はじっと黙ってその場に立ち尽くしていた。 【どうなってる】琢磨は心の中で呟く。【決闘は終わったのか? いつの間に......。俺はあのまま伽藍堂にやられて死んでしまったのか?】 【琢磨、覚えていないの?】華?那が応えた。 【え、何が?】 【......】 琢磨は周囲の生徒たちが自分を見ていることに気付いた。火澄たちも、伽藍堂たちも、観戦していた生徒たちも、皆が琢磨を見ていた。 【どうして皆、俺を見ているんだ?】 【あなたがやったのよ、琢磨】 【俺が? ......いったい何をしたって】 ひどい頭痛が琢磨を襲った。それと同時に琢磨は、先ほどの決闘で何が起きたのかを思い出した。 【どう? 思い出した?】 【そんな】 琢磨は周囲の生徒たちがどのような感情で自分を見つめているのか気付いた。疑念、畏怖、困惑......。視線が痛い。針の筵に座らされているようで、混乱に拍車をかける。 どうにもいたたまれなくなって、琢磨は逃げ出した。とにかくこの場から離れたかった。生徒の群れは近づいてきた琢磨を避けてふたつに割れた。 「アッ、こら」火澄が制止の声をかける。 琢磨は何もかも無視して、割れた人並みの間を抜けるとそのままどこかへと走り去った。 翌朝、琢磨は一年八組の自分の教室にきた。昨日はあれからどこにも寄り道せずまっすぐ寮の自室に戻った。その後は何を考えるのも億劫だったのでずっと眠りについていた。火澄たちから連絡もあったが、すべて無視していた。彼女の連絡を無視するなど何をされるか分かったものではないが、それでも誰かと会う気にはなれなかったのである。 始業前なので教室には生徒たちがまばらに居た。クラスメイトたちは遠巻きに琢磨を見ている。怪訝そうだったり怖々としていたり、昨日向けられたものとよく似たものであった。まだ入学したばかりで仲が良い生徒は両隣の席の二人程度だ。火澄たちはカウントしていない。この調子だとほかのクラスメイトたちと仲良くなるのは難しそうだ。 「おはよう、黒瀬さん」 琢磨は自分の席に座り、左隣の黒瀬(クロセ)恵美利愛(エミリア)に話しかけた。 「見損なったわ、切磋くん」 「え?」 恵美利愛は自身の端末の画面を見せつけた。あるニュースの記事であった。転輪学園の生徒たちが作った複数ある報道機関のうちのひとつが発行したものだ。 『爆誕! 血の雨公!』 見出しにはそう書かれてあった。 「血の雨公?」 「あなたのことよ切磋くん」 記事の内容は昨日行われた琢磨たちの決闘の様子を事細かに書いたものであった。写真もいくつか載ってあった。主に琢磨の写真である。琢磨が伽藍堂をどうしたのかということについてもしっかりと書かれている。 「昨日あなたは無理やり不良のチームに入らされたって言ってたわ。けど嘘だったのね。こんな残酷なことをするなんて」 「いやそれは誤解......」 「あなたも不良のひとりだった」 そう言い捨てて彼女は席を立ち教室を出ていく。授業の時間以外は顔も合わせたくないという意思が見える。琢磨は何とか弁解したかったが、あの様子では教室を出て追いかけても聞く耳を持たないだろう。琢磨はうなだれるしかなかった。 思えば入学初日から良いことなどひとつしかなかった。彼女と出会ったことだ。それ以外は散々なことばかりである。彼女を一目見てときめいた。彼女と隣の席でまたとない幸運だと思った。彼女と仲良くなりたいと思った。 【けど、それももう叶わないのね】 そう。彼女に嫌われてしまった。昨日も彼女は不良という存在に嫌悪感を示していた。不良になったつもりはないのだが、不良のチームに属していて、人を搾ってしまってはそう思われても無理はなかった。 終わりだ。 その時、ズボンのポケットの中で端末が震えた。通知だ。琢磨は取り出して画面を見た。 【いや】 琢磨は端末を握りしめ、顔を上げた。 【まだだ】 端末の画面には火澄の名が映っていた。 【まだ終わりじゃない】 琢磨は立ち上がり教室を出た。 【どこへ行くの? 彼女を追いかけるの?】 【違う。火澄たちのところだ】 琢磨は考えた。恵美利愛が琢磨を不良だと誤解している要因としては二つある。チーム『弩級娑邏卍陀』に所属していることと、伽藍堂を搾ったことだ。後者の方はひとまず置いておいて、とりあえずチームから離脱すれば恵美利愛からの印象も少しは良くなるだろう。 そのためにも―― 琢磨は廊下に設置されている手袋ボックスから手袋をひとつ取った。 【火澄にもう一度決闘を申し込む!】 《続く》
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