君のためなら、何でもできる 和泉 何回目かの彼女とのデートにも、慣れてきた。どれほどの後悔を重ねてきたかわからないが、今日という日につながったのだから、過去の自分も報われるだろう。目の前でパスタをまいている彼女は、僕とはあまりにも釣り合わない。女性にしては高く、背は僕と同じくらいある。整った顔立ち。聡明さがにじむ立ち振る舞い。完璧すぎる。そんなことを考えて、彼女の顔を覗いていると、目が合った。彼女はどうしたの、と僕に微笑む。君の美しさを考えていた、なんて言えるはずもなく、食事が終わったら少し歩こうとごまかした。店を出ると涼しげな夜風が肌を通り抜ける。少しでも一緒にいたくて、僕は話し続けた。すれ違う人々に僕の隣を歩く人を自慢したかったのかもしれない。だから、僕は彼女の顔が曇った瞬間に気づかない。すこし歩き疲れた僕は公園を見つけ、一度ベンチに座ろうと提案した。近くの自販機で何か飲み物を買って来ると伝え、僕はその場を離れる。暗闇に光るコカ・コーラの自販機には、蛾が群がっている。アメリカ生まれの炭酸は、突如聞こえた彼女の悲鳴に驚いた僕によって、地面に落ちた。急いで戻った僕は、街灯に照らされた黒いフードの男が走り去るのを見た。 「気づくとあの人がいて、こっちを見てたの」 数か月前から彼女はストーカー被害にあっていた。しかし、一定期間の後なくなったので、忘れかけていた。今日、店からこの公園までの間に一度すれ違い、思い出した。その時は勘違いだと思った。だが、先刻突然近づいてきたときに、恐怖が鮮明に呼び起こされた。ただ、今まで直接話しかけてきたことはなかった。何か口を動かしていたが、恐怖から悲鳴をあげると、逃げ出した。彼女の話をまとめるとこうなる。許せない。 「その男が僕の親友だったとしてもそいつの息の音を止めてやる」 本音がもれてしまい、慌てて笑顔をつくる。彼女を怖がらせるわけにはいかない。今までの努力が水泡と帰してしまう。警察に頼るべきか迷っている彼女に僕に任せてくれないか、と頼んだ。警察はそう簡単に受け付けてくれないから。彼女は心配そうにして、本当に大丈夫か尋ねた。 「安心して。もしこれが解決したら、一緒にディズニーランドに行こう。君のために苦手なジェットコースターに乗ろう。精一杯楽しむために、プーさんの顔のフードをかぶろう。君は無理しすぎだよと言いながら、笑うだろう。君のためなら、何でもできる。だから、待ってて」 涙目になりながら笑おうとする彼女を、家まで送り、僕は近くの廃工場に向かった。一人で考え事をするときによくここに来る。すぐそばに事故が起こった防空壕があり、人がほとんど来ないこの場所は六か月前からお気に入りだ。黒いフードの男をどうにかしなければならない。これは、彼女の問題ではない。僕の問題だ。一晩廃工場で過ごし、計画と覚悟を固めて、僕は自宅に戻った。 * 黒いフードの男が廃工場に入ってくる。 「おい、彼女との関係についてすべて認めるってのは本当だろうな」 黒フードは僕を威圧するように言う。 「彼女の元カレが教えてくれたよ。六か月前のストーカー。元カレを脅し別れさせたこと。そして、俺を利用し、傷心の彼女に近づいたこと。......お前を親友だと思っていたよ」 僕は何も言わない。 「俺に関するくそみたいなうわさを流したのも、お前だろ。彼女に秘密をばらされたくないだろうからな。お望み通り俺はすべて失ったよ」 黒フードは僕にゆっくり近づく。それでも、僕は何も言わない。 「公園では悲鳴あげられたから、逃げるしかなかったが、俺は全部ばらす。お前にふくしゅ......」 僕が喉を殴ったので、かつて親友だったものは続きを話せなくなった。 「カッ...、おま...」 何か言いかけたようだが、そんなものは無視して彼女との関係を邪魔する害悪の喉をつぶした。窒息したのを確認したのち、服を脱がせ、死体を防空壕の奥に投げ込んだ。死体が発見されない限り、警察は本格的に捜査しない。僕の流したうわさから、彼を心配するような奴もいない。そして、僕は彼の服を燃やして、廃工場を出た。確かに六か月前までは、彼は僕の親友だったし、なんなら僕は今でも親友だと思っている。単純に優先順位の問題だ。彼女に出会ってしまったこと。彼女は僕のものではなかったこと。僕は彼女をどうしても手に入れたかったこと。そのためなら、僕は何でもできること。自宅に向かいながら、ディズニーランドへのデートを想像して、僕はわくわくした。
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