星降る背中 あわきしそら 四角い姿見がありました。 その中に、小さなくまが映っています。くま乙女です。彼女は、黒色の体に短い足と短い腕を持っていました。 「あっかん」 と言って、鏡の中のくま乙女は、その寸足らずの腕を伸ばし、人差し指を目の下に置きます。もちろん顔も黒いふさふさの毛で覆われています。 「べーー」 人差し指で下まぶたを押し下げ、舌を突き出しました。鏡の中のくま乙女も鏡の外のくま乙女も、互いにあっかんべーをします。 その時、不意に姿見の後ろから大きなくまが現れました。くま乙女の三倍の背丈があります。 「なんだ?わしを馬鹿にしとるのか」 「いぐぁう」 くま乙女が舌を突き出したまましゃべったものだから、うまく発音できませんでした。「ちがう」と言いたかったのです。 「うがい?最近の若者は、そうやってうがいするのか」 「ちがう」 くま乙女は舌を引っ込めました。 「私は、あなたじゃなくて私自身にあっかんべーをしていたの」 「なんで?」 「私は、私が嫌い。鏡の中に自分の姿を見つけると、『お前が嫌い』だって言いたくなるの。言葉に出して言う代わりに、舌を突き出してやるんだ。嫌いだって感じで、べーーっと」 「何がそんなに嫌いなんじゃ?」 「ずんぐりむっくりの体。腕も足も全然長くない」 「ふーん」 「この体を見る度に、自分が嫌いだって思う」 大きなくまは、くま乙女を眺めました。確かにくま乙女は腕も足も短いです。しかし、大きなくまはあることに気が付きました。 「くま乙女、この鏡は裏側にもあるのを知っておるか?」 「どういうこと?」 「この姿見は、表にも裏にも鏡がついておるんじゃ。じゃから、反対側の面も鏡として使える」 「それが?変わってるけど、それだけのことでしょ」 「いや、表の鏡はふつうのものじゃが、裏の鏡は少し見え方が違うんじゃ」 大きなくまは、裏側へ来るよう手招きをしました。くま乙女は首をかしげながら裏側の鏡を覗いてみます。 「えっ......」 くま乙女は、目を丸くしました。 そこには、くま乙女とは別くまが映っていたのです。それは、後ろ姿でした。黒い毛並みの背中に、白い星の模様が散っています。一個、二個、三個......たくさんの星が背中で踊っていました。まるで、新月の夜に見上げた空のようです。 「こっちの鏡は、不思議なことに鏡を覗きこんだ者の後ろ姿を映すんじゃ」 「え、じゃ、じゃあ、ここに映っているのは私なの?」 くま乙女が戸惑ったように大きいくまを見上げます。 「そうじゃよ」 確かに鏡に映る後ろ姿は、ずんぐりむっくりの短足です。でも、その背中に浮かび上がった星空の模様は、大変美しいものでした。 「私、知らなかった。いつもいつも、正面からしか自分の姿を見たことがなかったから」 「己の嫌な部分は目につきやすいけど、良い部分はなかなか気づかないものじゃからな」 くま乙女は、大きなくまから鏡へと視線を戻します。まじまじと自分の背中を眺め、そして鏡の向こうへ大きく笑んだのでした。
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