魔法少女学校の異端者 水原ユキル 水原ユキル 魔法少女は無敵だ。 正義の心さえあれば、守りたいと思うものがあればどんな困難だって怖くない。 一人では無理でも、仲間と共にいれば、何でもできる。 そう、信じていた。 戦える魔法少女 魔法戦士をある理由により引退した山県実歩は、魔法少女とは関係のない平穏な人生を歩もうとしていた。 だが"元"最強の魔法戦士であった彼女は未熟な後輩の魔法少女の指導員として雇われてしまう。不本意ながらも魔法少女学校の職員に採用された実歩。しかし、そんな彼女の担当する少女たちはあまりにも魔法少女らしくない魔法少女たちで ? 〇前回までのあらすじ 登校初日に行われた一次実力試験。 その過酷な試験内容に、多くの魔法少女たちが脱落する中、学年最下位といわれた池内励菜は見事に合格を勝ち取る。 しかし、彼女の用いた力は他の魔法少女とはあまりに異質なものだった。釈然としないものを感じながらも実歩は励菜の指導員を受け持つことを決めた。 〇用語解説 想力(イマジン) 魔法少女のエネルギーであり、異能であるスキルを発動させるための源。これらに適性を示さない者は魔法少女になることは絶対に不可能である。 戦闘魔装(コスチュームデバイス) 対となるトランスフォンを起動させることにより、召喚できる衣装。魔法少女はこれを身に纏うことにより、変身前とは比較にならないほどの戦闘力を発揮できる。 トランスフォン 戦闘魔装を呼び出すために必要なスマートフォン型端末。魔法少女となる者はまず、これを使いこなせるようにならなければその資格を得ることはできない 魔法少女 想力に適性を持ち、戦闘魔装を身に纏いスキルを操る特異存在。上位クラスの者になると個人固有の武装である想力援(ブースタ)具(ー)を召喚し、より高度なスキルを発動できる。 魔法戦士 魔法少女の中でも特に強い戦闘力を発揮でき、魔法少女学校を卒業した者に与えられる資格。 ランク 魔法少女としての強さを表す指標。最高はS、最低はE。大半はDランクであり、全体の七割を占める。想力援具を呼び出すには最低でもCランク以上の力が必要とされる。攻撃力、防御力、想力量、魔法力、敏捷性などのステータスも参照し総合的に判断する。 GI 『ギルド』と呼ばれる魔法少女グループの指導員。ギルドインストラクターの通称。 〇登場人物 山県(やまがた)実(み)歩(ほ) 二十歳。元最強魔法少女。今は引退。魔法少女に変身することを嫌がっている。童顔であるためスーツが似合わない。腰まで届くようなチェリーピンクの髪とスカイブルーの瞳が印象的。 童顔には似合わないクールな口調で 話す。国立大学に進学し、魔法少女に縁のない人生を送ろうとしたが、魔法少女としての適性の高さから魔法少女の指導者に抜擢され、魔法少女の指導を不本意ながら請け負う。 池内(いけうち)励(れい)菜(な) 十四歳。ランクはE。魔法少女らしく明るい性格をしているが、想力の適性があまりに低く周囲から「落ちこぼれ」と揶揄される。セミロングの薄い茶色の髪にくりくりとした瞳が特徴。 妹尾(せのお)優(ゆう) 長く、淡い青髪と自信なさげなたれ目をした女の子。十四歳。励菜と比べるとおどおどした性格が目立つが、数値上の実力はトップクラス。遠距離攻撃を得意としている。 第二章 闇の魔法少女 1 「まったくもう、家の鍵をなくしちゃうなんて......次からはしっかりしようね」 「えへへ......ごめんなさい。でも、ありがとう!」 ピンク髪の少女と茶色の髪をした幼き励菜が家の縁側に並んで腰掛けていた 両親が共働きであった励菜は、小学生に入ったばかりの頃から鍵っ子だった。下校中に家の鍵を紛失した励菜が泣いていると、このピンク髪の魔法少女が駆け付けたのである。 魔法少女はすぐに鍵を見つけ、励菜に渡すとすぐにその場を立ち去ろうとした。だが、魔法少女への憧れを強くしていた励菜は、ぜひこの少女と話をしてみたいと思った。勇気を振り絞って、少女が立ち去る直前に、 「あ、あのっ! よ、よかったらおはなし、しませんか?」 と、声をかけたところ、少女は一瞬驚いたような顔をしたがすぐに「いいよ」と微笑んでくれた。 「あの、おねーちゃんは、どうしてわたしをたすけてくれるんですか?」 「んー......、それは励菜ちゃんが困ってたから、かな?」 「え......? それだけ?」 「うん」 少女は頷く。 「まあ、あえて言うなら......『ありがとう』の言葉を聞きたいから」 「ありがとう、を......?」 「そう。......困っている人を助けた時の笑顔が好きで、『ありがとう』の言葉が嬉しいから、わたしは頑張れるんだ」 少女はどこか誇らしげに言うと、にっこりと微笑んだ。 励菜はぽかんとしたような顔をした後に、きらきらとした羨望の眼差しを向けた。 「すごい、すごい......! わたしも、おねーちゃんみたいになりたい?」 「え、そんな......わたしは、見習うような人じゃないよ......」 少女は赤らめた頬を指でかきながらはにかんだ。 「ううん! わたし、いつかぜったいおねーちゃんみたいにつよくてやさしいまほーしょうじょになる!」 「そっか。わたしも嬉しいよ。頑張ってね」 「あ、でも......」 「ん?」 ふと、励菜は顔を曇らせると自信なさげな上目遣いに実歩を見た。 「わたし、まほーしょうじょになれるかどうかわかんないの。......だって、わたし、ぜんぜんつよくないし、なきむしだし......」 「なれるよ」 少女は即答した。 「想いの力があれば、女の子は誰だって魔法少女になれる」 「おもいの、ちから......」 「励菜ちゃんは守りたいものとか、譲れないものとかある?」 「えっ......」 「励菜ちゃんは、魔法少女が好きなの?」 「うん、すき!」 「なら、それで十分だと思うよ」 少女はにっこりと笑うと、励菜の頭に手を乗せた。 「魔法少女になりたい、強くなりたい......そんな気持ちがあるなら、諦めない想いがあれば、何だってできる。励菜ちゃんが気づいてないだけで、励菜ちゃんの強さはきっとあるよ」 少女はそう言って優しく励菜の頭を撫で始めた。 「ただ、強さを力に変えられるかはその人次第。だから、励菜ちゃんは自分しか持ってない想いがあるなら、その想いを大切にして。どんな想いだろうと、それを受け入れて。......そうしたら想いはきっと力に変わってくれる」 頭を撫でられた励菜はくすぐったそうに笑う。 「うん......! わたし、ぜったいにおねーちゃんみたいにつよくてやさしくなれるようにがんばる!」 「がんばる、という気持ちも忘れないでね。わたし、その気持ちも大好きだから」 「うん!」 励菜は最後に、花が咲いたような笑顔を見せた。曇りのない純粋な瞳には、魔法少女への憧れと魔法少女になるという決意が確かに見て取れた。 少女は、この幼き少女が尊敬されているということに、若干の恥ずかしさを覚えつつも、誇らしく思っていた。 そして、助けた人々を笑顔にしていることへの喜びも噛み締めていた。 ......それは、遠い日の思い出。 まだ実歩が現役の魔法戦士として活躍していた頃。 幼き励菜の、無邪気な目は今でも脳裏に焼き付いていた。 『わたし、ぜったいにおねーちゃんみたいにつよくてやさしくなれるようにがんばる!』 励菜の言葉を脳の中で反芻する。 嬉しかった。 自分を姉のように慕ってくれることが、魔法少女に憧れを抱いてくれていることが......。 励菜は、あの時自分がかけた言葉を忘れずに努力し続けたのだろう。 諦めない想いがあれば何でもできる、と信じて。 なのに、自分は 。 「っ......」 そこで、目が覚めた。背中に嫌な汗がじっとりと浮かんでいた。 上体を起こし、虚空をぼうっと見つめる。 なぜ今になってあんな夢を見たのだろうか。 実歩は魔法戦士を引退し、中学校を卒業してからは魔法戦士だった頃を思い出すことは極端に減っていった。後悔や罪悪感も徐々に薄らいでいった。大抵の悩みは時間が解決してくれる。 実歩はそれを救いに思いながら平穏な人生を歩んでいた。守れる力があるにも関わらずそれを隠し続けた。皮肉なことに、魔法戦士を引退してからも彼女の想力は衰えなかったのだ。 だが、時折怪物が現れることはあっても、後輩の魔法戦士たちが倒してくれた。 もう、自分の役目は終わったのだ。 そう言い聞かせることで実歩は良心の呵責を誤魔化し続けた。 魔法戦士だったことを忘れて、穏やかな毎日を送る。 それが実歩の願いであったはず。 それなのに......どうしてあんな夢を。励菜と再会したからか。再び魔法少女に関わるようになったからか。 実歩はがっくりと項垂れた。自分は後悔と未練を忘れたわけではなく、今でも引きずっている。今までは目を逸らしていたに過ぎないのだ。 暗い回想をしていると、気分が悪くなった。頭を振って夢の残滓を追い出す。 今の自分には関係がない。どんなに後悔しようとも、過去は変えられないのだ。 自分は仕事で来ているのだ。特別な感情は不要。 私は、私がやるべきことをこなすだけ。 実歩はそう考えを固めると、ベッドから出た。頬をパンパンと叩き、暗い方向へと傾きそうになる心を叱咤した。 鳴夢市の中でも最大規模の運動公園内に、トレーニングウェア姿の女性が一人。 実歩は体力維持のため、早朝のランニングを欠かさない。魔法戦士を引退してからも、健康作りに役立つと考えた実歩は、この習慣を止めることはなかった。 そして何よりも、もやもやとした気分を吹き飛ばすのにランニングは最適の運動だった。今朝はいつもより長く、激しく走り続けた。 三十分ほど走った彼女は、公園のベンチに腰掛けて休憩を取る。寝起きの時に彼女に纏わりついていた嫌な気持ちはどこかに消し飛んでいた。 心地よい疲労感に包まれながら実歩は額に浮かんだ汗をタオルで拭く。公園内には彼女と同じように、ジョギングや散歩で公園に来ている人々が散見された。誰もが朝の爽やかな空気を味わっているように見えた。 「おいしい......」 水筒のコップに注いだスポーツドリンクを一気に飲み干して、ほっと息をつく。火照った身体に冷たい液体が染み込む。運動後によく冷えた飲料を飲むのが実歩は好きだったが、今朝は格別に旨く感じられた。 斜め上を見上げると、雲一つない晴天。山間から山吹色の日光が漏れ出し、一日の始まりを告げる。 ランニングをして正解だった。実歩はそう思いながら二杯目のスポーツドリンクを飲んでいると 「あーーーーっ?」 急に、聞き覚えのあるそんな声が聞こえてきて、実歩は思わず咽る。 振り返ると、どどど、とピンクのトレーナーを着た励菜が凄い勢いでこちらに駆け寄ってくる。 「げほっ、ごほっ......、いきなり大きな声で話しかけないで! 咽ちゃったじゃないの!」 「ご、ごめ、ごめんなさい......。はあっ、はあっ......う、後ろ姿を見たら......ぜえっ、ぜえっ......み、実歩さんだと思って......」 非難めいた視線を寄越すと、励菜は身を折るようにしながら膝に手を当て、乱れた呼吸を繰り返している。 「............ほら、待ってあげるから息整えなさい」 「は、はい......」 呆れ半分に言いながら、実歩は励菜を眺めた。彼女の顔は赤く、全身汗だくだ。そんな様子を見て、実歩は眉を顰める。 「あなたも、ランニング?」 「あ、はい、そうです。実歩さんもですか?」 幾分か呼吸が整ったようだ。姿勢を正しながら励菜は言った。 「私もそんな感じね。......あら? そういえば、どうして私の名前を知っているの?」 実歩が訊くと、励菜は笑みを見せながら言った。 「そりゃもう、実歩さん有名人ですよ! お手本を見せてもらった時も、強くてかっこよくて、色んな人が言ってます、『最強魔法少女の復活』って!」 それを聞いた途端、実歩は言いようのない不快感を覚え、口元を曲げた。あれだけ派手に戦ったのだから、噂になることは覚悟していたが、こうも早く広まるとは思っていなかった。実歩はため息をつく。 実歩の異変に気づいたのだろうか、励菜は笑むのを止め、首を傾げていた。 「あの、どうしたんですか?」 「別に。何でもないわ」 小さく首を振り、どうということはない態度を取り繕う。内心の動揺を悟られないよう、話題を変えることにした。 「ところであなた、そんなにボロボロになるまで走っていたの?」 「はい。想力のトレーニングにいいって聞いたので」 それはある程度事実でもある。想力と身体能力の関係については諸説あるが、少なくとも想力の維持や精度の向上には、基礎体力が不可欠だという説が有力だ。とはいえ、想力には個人差があり過ぎるため、体力作りがどれほど想力に影響を及ぼすかは不明である。 「特にわたし、想力が低過ぎるのでせめて体力だけは誰にも負けたくないんです!」 「ペースがめちゃくちゃよ」 意気込んで言う励菜に実歩は冷や水を浴びせる。 「明らかに今のペースはあなたに合っていないわ。無理な訓練は害にしかならないわよ」 注意されたことが意外だったのか励菜は目をぱちくりとさせる。 「それから、走っている時に、足だけに想力を集中させなかった?」 「あっ......」 励菜が小さく口を開けた。図星だったようだ。 「一か所だけに想力を持続して集中させるのは身体に負荷を余分にかけることになるわ。今のあなたの疲労はそこから来ているの。ただ走るだけでも想力の使い方には気をつけなさい」 「あぅ......」 実歩の指摘が応えたのだろうか。励菜は萎れた様子で俯いてしまった。 実歩ははっとする。なぜ出会ったばかりの相手に小言じみた言葉を浴びせたのだろうか。教え子とはいえ、訓練でもない時にここまで細かく指摘する必要はなかった。実歩は反省する。 「......ごめんなさい。言い過ぎたわ。でも、無理なトレーニングだけは止めた方がいいわよ。それじゃ」 実歩はそれだけ言い残して、その場を立ち去ろうとする。が、 「待ってください! 師匠!」 「わっ」 背を向けた実歩の腕をがしっと掴んできた。熱意のこもった瞳を向け、身を乗り出してくる。 「もっと聞かせてください!」 「......は?」 「初めてなんです!」 「な、何が?」 目を輝かせながら励菜は続ける。 「わたしにここまで詳しく教えてくれた人が! 言い方はちょっときつかったですけど、とても勉強になりました!」 「別にそこまで大したことを言ったつもりはないのだけど......」 「師匠! もっと色々教えてください!」 「わかったから離れなさい」 実歩は励菜の手を振り払うと、大げさに嘆息する。 「後、『師匠』って何?」 「そう呼びたくなりました! いけませんか?」 「確かに私はあなたの指導員にはなるけど......他の呼び方がいいわね」 髪をかき上げなら実歩はさらりと言った。担当指導員とマネージャーはクラス担任から初めて知らされることになっているが、別段隠す必要もないだろう。そう思って、実歩は励菜に告げたのだが、 「えっ......? 今、何と仰いましたか?」 「だから、私があなたの担当指導員なの」 励菜は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。数秒後、ようやく言葉の意味を咀嚼した励菜は大きく開口する。 「ええええええええええ?」 「そ、そんなに驚くようなことなの?」 出会ったばかりの頃も思ったが、本当に励菜は表情がよく変わる女の子だ。 「だって、そんな......え、やったあああ! 憧れの魔法戦士が師匠だあああ!」 喜びと興奮の混じった顔になりながら、万歳をする励菜。実歩は心底困ったような表情を浮かべる。 「だから、その師匠って呼び方止めてもらいたいのだけれど......」 「そうですか! じゃあ、マスターで!」 「却下」 「えー。じゃあ、大先生!」 「もっと普通なのにしなさい」 「みほりん」 「殺すわよ」 「むー。じゃあ、実歩ちゃん」 実歩は芝居がかった溜息をつくと、髪をかき上げた。 「何で『ちゃん』なのよ。『さん』にしなさい」 「え~っ、それじゃ他人みたいじゃないですか~っ」 ぷくーっと頬を膨らませて抗議の声をあげる励菜。実歩は肩を竦める。確かにGIという立場になる以上は、教え子に無駄に距離間があっては指導の邪魔になるかもしれない。実歩はそう思い直すことにした。 「はぁ......。じゃ、もういいわ。実歩ちゃんで。今までの呼び方では一番マシだし。私もあなたのことは『励菜』と呼ばせてもらうわ」 「わかりました! じゃあ、これからもよろしくお願いします! 実歩ちゃん!」 びしっと励菜は姿勢を正した。 「ええ、よろしく、励菜」 実歩は頷きながらコップにスポーツドリンクを注ぐ。何だか朝から妙に疲れた気がした。一気に飲み干した後に、もう一杯飲もうとしていると、 「..................」 励菜がじーっとこちらを見つめてくる。その物欲しそうな顔から彼女が何を言わんとしているか即座に察したが......実歩は訊いてみることにした。 「......どうしたの?」 「あの、わたしにも少し......」 「飲み物くらい持って来なさいよ」 「全部途中で飲んじゃいました。えへへ......」 苦笑いを浮かべながら頭を掻いていた。 「えへへ、じゃないわよ......」 そう言いながらもコップにスポーツドリンクを注ぎ、励菜に寄越した。 「ありがとうございます! ......んくっ、んくっ、んくっ......ぷはー!」 見事な飲みぶりである。そして、当然のようにコップを実歩に差し出し、上目遣いを向けてきた。 「......もう一杯欲しいの?」 「はい。めちゃくちゃ美味しいです、これ。もしかして実歩ちゃんの手作りなんですか?」 「手作りなんて大げさな物じゃないけど、一応私の自作ね」 「み、実歩ちゃんの手作り......! だからこんなに美味しいんだ」 再び目にきらきらと星を輝かせ始める励菜。大げさだ、と思いながらも褒められて悪い気はしない。知らずコップにドリンクを入れていた。 「ありがとうございます。......ごくごくごく」 両手でコップを持ちながら飲む励菜の顔は、本当に美味しそうにしていた。簡単な物とはいえ手作りの物をここまで美味しそうに味わってくれると、喜びを感じてしまう。実歩の顔には僅かに微笑が見えた。 ふと、実歩はあることに気づき、公園の時計を見やった。 「あら? そういえば、朝のホームルームがあるんでしょ? そろそろ行かなくていいの?」 「えっ、ホームルームって..................ああっ?」 実歩に倣って時計を見た励菜が、目を丸くして慌て出す。 「やばっ! 準備してない! じゃ、じゃあ、実歩ちゃん! また後で!」 そう言って走り去ろうとした励菜の肩を寸前で掴んだ。 「な、何ですか? 早く行かないと遅刻しちゃ 」 「コップ」 「へっ?」 実歩に冷ややかな声をかけられ、ようやく水筒のコップを持ったままであることに気づく。励菜は顔を赤らめた。 「ご、ごめんなさい」 「はぁ......。いいわよ。遅刻しないようにね」 「はい! では、実歩ちゃん! また!」 コップを返すと、今度こそ励菜はびゅう、と砂煙を上げながら走り去って行った。 その背中が小さくなっていくのを見送りながら、実歩はぼそりと呟く。 「疲れた......」 嵐のような子だな、と実歩は残りのスポーツドリンクを飲みながら思った。 だが、不思議と気分は悪くなかった。それどころか励菜とのやり取りをどこか楽しんでいる自分に気づく。 実歩は困惑した。ある時から、他人と積極的な関わりは持たなくなったはずなのに、まだ自分は他人と関わることを楽しんでいたからだ。 2 昼頃。職員室内には昼食を取りに学食へ向かう者や、持参した弁当を食べている者が多くいた。 講座用資料の作成を終えた実歩は伸びを一つする。専任指導員として雇用されている実歩は、主に想力に関する授業の補助や実戦訓練の指導を受け持っていた。 空腹を感じ始めていた実歩は、食堂に向かおうと席を立とうとした。 「よーっす。実歩、お疲れ。作業終わった?」 隣に座る、実歩と年の変わらない若い女性が声をかけてきた。 彼女の名は平松夢果(ひらまつゆめか)。後ろで束ねた、ウェーブのかかった茶色の髪が特徴だった。レディーススーツを着崩しており、爪にはマニキュアが施されている。ぴしっとスーツを着こなしている実歩に比べると、どこか不真面目そうな雰囲気のある女性だ。 二人は、高校の同級生だった。あまり人と関係を持とうとしなかった実歩にとって数少ない友人 少なくとも気の許せる相手だった。 「だいたい終わったわ。夢果は?」 「あたしもぼちぼちかなー。いやあ、朝から事務作業ばっかりだから疲れたー」 夢果は凝った肩をほぐしながら椅子にもたれた。 「実歩、確か午後から実戦訓練だよね?」 「ええ。夢果もGMとして参加するんでしょ?」 GMとはギルドマネージャーの略であり、主に一般人職員に当てられる役職だ。主にギルドの訓練の補助を担当する。夢果は想力の適性が全くないにも関わらず魔法少女学校の職員を志望した変わり者だった。 「そうそう! あたしもついに魔法少女を育てる先生になったんだね! どんな子だろ? 楽しみ~!」 うきうきとした様子で両手を握る結愛果とは対照的に、実歩はつまらなそうな顔で髪をかき上げる。 「そんなに楽しいものでもないと思うけれど。遊びじゃないんだし」 「つれないな~。ていうか、後輩の魔法少女と関わるんだから、その冷たい態度止めた方がいいと思うよ」 「冷たくしているつもりはないのだけど」 「まあ、最近は可愛い顔と、冷たい態度のギャップがまた可愛いから、あたしは別に構わないけど」 「恥ずかしくなるようなこと言わないで」 冗談めかして言う夢果に、実歩はぶすっとした口調で返した。 「あ、そうだ。実歩、今日のお昼はどうするの?」 「そうね......今日は食堂に行ってみるわ」 「お、奇遇だね。一緒に行こ!」 「ええ。......ところで、高校の時みたいに弁当は持っていかないの?」 席から立ち上がりながら実歩は訊いた。 「まあ、慣れたらそうしたいんだけどねー。でも、学食のメニューも気になるし!」 楽しそうに言いながら夢果も席を立ち、食堂に向かう。 「ねえ、実歩。よかったら実歩の分のお弁当も作って来ようか?」 「は、はぁ? いいわよそこまでしてもらわなくて」 二人で廊下を歩いていると、夢果が微笑みながらそんなことを訊いてきた。 「あたしは別に構わないよ。あたしのお弁当、好きでしょ?」 「それは、まあ......」 顔をほのかに朱に染めながら実歩は目を逸らす。 否定はできなかった。高校時代、実歩は夢果の弁当を何度か食べたことがあるが、その余りの美味しさに驚嘆した。高校の時から制服を着崩していた夢果だったが、料理が得意で世話好きという意外な一面があった。それは今でも変わっていないようだ。 実歩は口元に拳を当て、「コホン」とわざとらしく咳払いをした。 「でも、私も大人なんだから自炊くらいするわ」 「えぇ? 実歩、自炊とかできんの~?」 夢果が悪戯っぽく笑った。 「できるわよ......」 ぶっきらぼうに返しながらも実歩は内心では自信がなかった。仕事内容が思ったより多忙そうだったからだ。 「そう? ならいいけど」 「でも......」 「ん?」 実歩は困ったような顔になりながら、ちらちらと夢果の顔を見る。夢果が首を傾げると、実歩は言いづらそうにしながらも口を開いた。 「だから、その......あんまり自信ないから、お、お弁当の作り方とか教えてくれると助かるわ!」 顔を赤くしながら実歩が言うと、夢果は驚いた顔をする。そして、にんまりとしながら肩に手を乗せてきた。 「オッケー! あたしにできることがあったら何でも言って!」 実歩は曖昧に頷きながらも、相好を崩していた。実のところ、実歩は夢果といるのが楽しかった。むすっとしていることの多い実歩にとって、夢果のように誰に対しても友好的な笑みを見せられる人物は羨ましくもあった。 昼食を終え、一足先にトレーニングルーム前に着いた実歩。訓練用に濃い赤のトレーニングウェア姿だ。訓練開始までまだ十分ほど間があるが、初指導なので練習メニューをシミュレーションしておきたいと思ったのだ。 飛翔学園内には魔法少女用の訓練施設が複数設置されており、実歩が今いる第一トレーニングルームもその一つだ。一般的な体育館をやや小規模にした程度のそれは、実際の戦闘を想定して、あらゆる衝撃に耐えられるように構造されている。 第一トレーニングルームは飛翔学園内では最も設備や耐衝撃性が優れており、訓練に最適だった。初指導でここを割り当てられた実歩たちは幸運といえた。 扉の横に設置されている装置を操作し、扉のロックを解除した。室内に入りながら実歩は頭の中で練習メニューを再確認する。 (最初は基礎のストレッチから始めて、次は実力確認。その次は ) などと考えていると異変を感じた。実歩の足がぴたりと止まる。 誰かいる。 膨大な想力を感じる。 実歩は油断なく周囲を見渡すが、どこにも人の姿は見られない。 全身に想力を巡らせ、身構える。が、その直後 「!」 実歩の周囲から紫色の気体が立ち込めた。いや、彼女の周囲だけではない。いつの間にか室内は紫の霧に満ちていた。 実歩は口元を腕で覆う。気体に毒素が含まれている。視界がぼやけ、位置感覚がおかしくなる。 目を閉じて、ともすればうろたえそうになる自分を抑える。非常事態でこそ冷静さを保たなくてはならない。精神を集中させ、想力の発生源を探す。 そして 「そこね!」 何もないはずの空間に向かって実歩は光の弾丸を撃つ。放たれた光弾は空間で、水面のような波紋を残して消える。思った通りだ、と実歩は内心ほくそ笑む。 想力の発生源を見つけると、実歩の行動は速かった。床を蹴り、一瞬で対象との距離を詰める。 白い光を帯びた拳をまっすぐに突き出す。しかし、拳は不自然な位置で止められ、虚空に火花が散った。壁を思いっ切り殴ったような痛みが伝わり、顔をしかめた。すると、 「フフフ。さすがは山県実歩さん。すぐ見破られちゃった」 甘く、幼そうな声が脳内に直接語りかけられるように響く。 「あなたは誰? 姿を見せなさい!」 「そんなに怒らないでよ。ちょっと遊んでみただけだから」 そんな声が聞こえた直後、室内に満ちていた紫色の気体が消え、視界が一気に明瞭になる。実歩の目の前には、励菜や優より頭一つ分ほど低い、小柄な女の子が立っていた。 「はじめまして。ボクは月見里(やまなし)マリン。気軽にマリンと呼んでくれたら嬉しいな。よろしくね、山県実歩さん」 戦闘魔装に身を包んだ彼女 月見里マリンはスカートの裾を摘まみながら上品にお辞儀した。 戦闘魔装のデザインは風変わりなものだった。ワインカラーのマントを羽織り、白いブラウスを着て、赤いスカートを履いていた。足下は白の靴下に、黒のストラップシューズ。どちらかというと魔法少女というよりは童話に出てくるような魔法使いのような出で立ちだった。 実歩は両手を腰に当て、警戒のこもった目でマリンを見下ろす。 「一体どういうつもり? 悪戯にしては度が過ぎるわ」 「人体に影響が出ないよう調整はしたつもりだよ。ボクのスキル、なかなか面白いと思わない?」 マリンは可愛らしく小首を傾げながら、悪びれずに答えた。 「"毒"の能力、ね......。確かに珍しいし、ここまで使いこなせている者はそうはいないと思うわ」 「お褒めに預かり光栄です」 どこか誇るように微笑みながら再びスカートの裾を摘まんだ。 「そろそろ変身を解いてもらえる?」 「はーい」 マリンの全身が薄紫の光に包まれ、戦闘魔装が解除される。 体操服姿に戻ったマリン。彼女の容貌を改めて見つめて 同性である実歩ですら息を呑んだ。 パーマのかかったふわふわとした金髪をうなじが隠れる程度まで伸ばした、透き通るような白い肌をした女の子だった。男性であれば誰もが顔を綻ばせてしまいそうになるほどの端正な顔立ちをしていたが、その幼く、可愛らしい印象を唯一裏切っている物がある。 それは、彼女の瞳だ。 口元には相変わらず微笑が浮かんでいたが、その瞳は恐ろしいまでに感情の色がない。まるでガラス玉をそのままはめ込んだような瞳は、美しくもどこか無機質な印象を受ける。そのせいで何を考えているかわからないような、そんな不思議さ、いや不気味さを湛えた少女だった。 無感動な瞳にまっすぐに捉えられ、実歩は居心地が悪くなった。思わず一歩後退る。 マリンは実歩の反応を楽しんでいるかのようにクスクスと笑った。実歩はむっとする。年下の子に弄られているような気がしたからだ。 「とにかくこんな悪戯は止めなさい」 「はーい。気をつけます」 抑揚のない口調だった。この手の捉えどころのない人物の相手は苦手だった。実歩は調子が狂う。 「......まあ、いいわ。ところで、残りの二人は?」 「もうすぐ来ると思うよ。ボクは前の授業が空いてて暇だったんだ。ところでさ......」 マリンはそこで間を置き、実歩の様子を窺うように上目遣いを向ける。 「山県さんは、ボクたちのこと、どう思うの?」 「どう、って?」 「ボクの試験会場は別だったから山県さんのパフォーマンスは見てないけど、すごかったらしいね。そんなにすごい山県さんがどうしてボクたちみたいな落ちこぼれギルドを?」 「落ちこぼれ? あなたはBランクでしょ?」 皮肉っぽくマリンは笑んだ。 「ランク上はね。でもボクたちでも自覚があるんだ。ボクたちは最も魔法(、、)少女(、、)らしく(、、、)ない(、、)魔法(、、)少女(、、)だ。それをどう思うの?」 実歩はマリンの目を見つめ返した。だがその表情のない瞳からは、質問の意図は見て取れなかった。自分は試されている。何となくだが、そう予感していた。 「別にどうも思っていないわ。あなたたちは教え子で、私は教える側。あなたたちがどんな魔法少女であろうと、面倒を見るわ」 淡々とした口調で実歩が答えると、マリンは「フフ」と微笑む。 「なるほど。大人らしい答えだね」 「何が言いたいの?」 「別に。ちょっとお話がしたかったの」 誤魔化すように言うと、マリンは目を逸らした。やはりよくわからない人物だった。 実歩は小さく肩をすくめると、持参していた端末を起動した。担当する生徒のデータを確認しようと思ったのだ。 五時限目終了のチャイムが鳴った。それからしばらくして、 「実歩ちゃーーん! 今日からお世話になりま ふぎゃっ?」 と、元気の良い声が聞こえてきたかと思うと、どん、とぶつかる音。扉が軽く揺れるのがわかった。次に聞こえてきたのは「れ、励菜ちゃ~~ん?」と慌てふためいているような声。聞こえてきた内容だけで実歩は外で何が起こったのかを大体は察した。 「あはは。やっぱり"スパシャン"のみんなは面白いなあ」 実歩はマリンを見た。 「スパシャン? もしかして、あなたたちのギルド名?」 「そう」 マリンは深く頷くと、にやりとした。 「スパークルマジシャン 略してスパシャン......それがボクたちのギルド名だよ」 「あっはは! 勢い余ってドアに顔ぶつけるって......面白過ぎ!」 そう言って夢果は腹を抱えるようにして笑った。 「えへへ......実歩ちゃんに教えてもらえるのかと思うと、じっとしていられなくって」 ぶつけた鼻を右手で押さえながら、励菜は恥ずかしそうに笑っていた。 「び、びっくりしたよ......励菜ちゃん、授業が終わった途端に、教室を飛び出しちゃうんだから......」 優がマリンと励菜の背後に隠れるようにしながら伏し目がちに言った。 「へえ~、みんながスパシャンか~! なんかみんな個性豊かでいいね!」 「あの、ところでお姉さんが平松夢果さん、ですか?」 励菜が手を挙げて訊いた。 「ん? あ、そっか。名前だけは聞いてるんだったね。それじゃ、改めまして......」 実歩の隣に立っていた夢果が一歩前に出た。 「ども! あたしは平松夢果! 上の名前よりは気軽に下の名前で呼んでもらえると嬉しいな! このギルドのマネージャーをやらせてもらうね。想力はこれっぽっちもないけどあたしに手伝えることがあったら何でも言ってね! よろしく!」 夢果は白い歯を輝かせるようにしながらにかっと笑った。 「夢果さん、はじめまして! わたし、池内励菜って言います! よろしくお願いします!」 「は、はじめまして......。妹尾、優、です......。よ、よろしくお願いします......!」 「月見里マリンでーす。よろしくー」 励菜は目を爛々とさせながら。優は俯きつつも、声を張り上げようとしながら。マリンは間延びした声で。それぞれ三者三様に自己紹介をした。 四人の視線が一斉に実歩に向けられた。実歩は持参した端末の画面を一瞥してから口を開く。 「全員揃ったわね。じゃあ、早速授業を始めるわ。まず始めに 」 「ちょっとちょっと実歩ー」 夢果が実歩の肩に手を置き、話を遮る。 「何?」 「何? じゃないでしょ。実歩も自己紹介しなよ」 「私の名前なら全員が知ってるはずだけど......」 「初授業なんだから、ちゃんと自己紹介しなって。ささ」 実歩は長い髪をかき上げた。面倒臭かったり、どうしたら良いかわからなくなったりすると、彼女がよくする仕草だった。 「山県実歩。GI。よろしく。......これでいい?」 横で聞いていた夢果がずっこけるようにして前に出た。 「それで終わり? 他にも何か言ったら?」 「これ以上何を言えばいいのよ」 「ったくもう」 両手を腰に当て、やれやれとばかりにため息をつく夢果。するとマリンがすっと手を挙げた。 「はい、質問」 「何よ」 「実歩さんは今でも想力は扱えるんだよね? だったら現役の魔法戦士として復帰はしないの?」 実歩の目つきが険しいものに変わった。触れはいけないものに触れってしまった。そんな雰囲気が漂った。 だが、質問した本人であるマリンは飄々としている。空気の変化に気づいていないのか。あるいは、気づいていてわざとそうしているのか。その判別はできなかった。 実歩は小さく唾を飲み込んだ。内心の動揺を悟られてはならないと思った。 「しないわよ。私はあくまで指導員なの」 無愛想な口調で実歩は言った。 「ふうん。じゃあ、魔法(ジェネラル)総合戦(・コンテスト)にも?」 「出るわけないでしょ」 実歩は断言する。 全国の魔法少女学校合同で行われる全国大会である魔法(マジカル・)少女戦(コンテスト)の出場資格は魔法少女学校に在籍する生徒のみ与えられる。だが、その近日に開催される魔法(ジェネラル・)総合戦(コンテスト)は現役の魔法戦士を含めた最強の魔法戦士を決める戦いだ。たとえ、魔法少女学校を卒業していなくともこの戦いで優勝すれば魔法戦士としての資格が与えられる。出場資格は想力を扱え、戦闘魔装を装備できる者全てが対象であり、当然実歩にもその資格がある。 しかし、今の実歩には試合に出るなどもってのほかだった。 「どうして?」 マリンが首を傾げて訊くと、実歩は吐き捨てるように続けた。 「出たくないものは出たくない。それだけのことよ」 本当はもっと複雑な感情が実歩の胸の中では渦巻いていた。実歩ですら自分の気持ちが難しかった。魔法少女と関わることはないと思っていたのに、何の因果か今こうして後輩の魔法少女の指導に当たっている。そんな自分の境遇に実歩自身も戸惑っていた。 「そっか」 淡泊な返事だった。どことなくがっかりしているように見えるのはおそらく実歩の錯覚だろう。 励菜と優が不思議そうにこちらを見ていることに気づき、実歩は何でもない風を装った。 「はい、これで自己紹介は終わりよ。早速だけど練習を始めるわ」 「はい!」 励菜が「待ってました」と言わんばかりに期待のこもった眼差しを向けてきた。 「最初は基礎練習からね。ストレッチから始めて今日は基本的なスキルを確認するわ。夢果、基礎練習の指導はできるわよね? 優とマリンをお願いできる?」 「オッケー。任しとき!」 夢果は快活に笑うと、親指を立てた。 「それじゃ、優、マリン。行こうか!」 「が、がんばります......っ」 「はーい」 夢果に先導される形で二人は実歩たちとは離れた位置まで向かって行った。 「こっちはこっちで練習するわね。と言ってもやることは同じだけど」 「よろしくお願いします! 実歩ちゃん!」 「私が目の前で柔軟をするからそれを真似してやってみて」 「はい!」 励菜は目にやる気を漲らせ、こくりと頷いた。意外だった。何となく励菜はもっと派手な練習を希望していると思っていたが、そうではなかったようだ。まあ、何にせよやる気があるのは良いことだ。 二人は柔軟体操を始めた。が 「............」 実歩は励菜を過小評価していたことに気づかされる。励菜の身体の柔軟さは目を見張るばかりだった。開脚して床にあっさりと胸と両手を着けたことにも驚かされたが、そんなのはほんの序の口だった。 実歩は初めてにしては過酷ともいえるような柔軟メニューを組み立てていた。勿論、初日から無理をさせるつもりはなかったので、苦しそうにしていたらすぐに止めさせるつもりでいた。 だが、そんな心配はまるで無用であったかのように、励菜は新体操選手顔負けの柔軟性を発揮した。実歩は舌を巻くばかりだった。 ところが実歩の驚きはそれで終わらなかった。柔軟体操の後は筋力トレーニングを始めたのだが、ここでも励菜は並外れた身体能力を発揮した。 上体起こし、腕立て伏せ、スクワット......などといった筋力トレーニングを、普通の女の子であれば悲鳴をあげそうになるほどの回数を、彼女は難なくこなしていった。 最も驚いたのは励菜が厳しいトレーニングを実に楽しそうに行っている、ということだった。 これほどの力があるならオリンピックだって目指せそうなのに。 励菜には悪いと思っていながらも、そう考えてしまった。想力の適性が低すぎるがために、Eランクという最低評価を与えられている彼女の身の上を考えると胸が少し痛んだ。 「実歩ちゃん実歩ちゃん! 今のどうでしたか?」 気持ち良さそうに汗をかいていた励菜が顔を向けてきた。 「本当に......すごい。正直、ここまでできるとは思わなかったわ。私も負けそうなくらい」 自然と賞賛の声が漏れていた。 「やったあ! 実歩ちゃんに褒められた~!」 ガッツポーズを決めて励菜は喜んだ。 「ところで、想力と身体能力の関係についてはどれくらい知っているの?」 「えっと......個人差があるから絶対とは言えませんけど、想力の流れをスムーズにさせるためにも身体が柔らかいに越したことはない、って聞きました! それに想力が常に全開で戦えるとも限らないのでやっぱり身体は柔らかい方がいいんですよね!」 「そう。想力を最大限に発揮するためにも身体の力は基礎的な役割を果たす、と言われているわ。......すごいわ。練習の意味もわかっているのね」 「えへへ。ありがとうございます!」 胸を少し張りながら誇らしげに笑った。そんな励菜の様子を見て実歩も笑みがこぼれてしまった。 「あ......」 「どうかしたの?」 励菜がじっと実歩の顔を見つめてくる。 「笑うと、結構可愛いんですね、実歩ちゃん」 「なっ? か、可愛い?」 いきなり「可愛い」と言われ、顔がほんのり熱くなるのを感じた。 「あれ~? もしかして、照れちゃってます? 実歩ちゃん?」 にやにやとしながら励菜が顔を近づけてきた。 「め、面と向かって『可愛い』とか言わないで!」 照れ隠しに励菜の額にチョップを見舞う。 「ぎゃっ! み、実歩ちゃんのチョップ割と痛いです~!」 額を押さえながら涙目になる励菜を尻目に見ながら実歩はぷいっと顔を背けた。小さく空咳をすると、話題を変えた。 「......それで、励菜。魔法少女の戦闘で、基本的な技術は何か。励菜は覚えてるわよね?」 「はい! 遠距離攻撃、肉弾戦、スキルの三つですよね?」 「正解よ。どれも強いに越したことはないけど、今日は遠距離攻撃から見ていくことにするわ」 魔法少女の基本的技術を平均的に強化するのが良いのか。それとも一つの技術に特化する方が良いのか。個人差があるため結論は出せない。励菜の場合、どの技術を取っても低すぎるが、逆にいえばどれも成長の余地があるということだ。だから、どの技術を最も励菜が伸ばせそうかひとまず試そうと思ったのだ。 「じゃあまずは遠距離攻撃の基本《ショット》なんだけど......基本フォームを見せるからよく見ていてちょうだい」 「はい!」 実歩は励菜から少し距離を取った。両足を肩幅まで広げ、ふっと全身の力を抜く。 「まずはこの姿勢を覚えておいて。想力の巡りが良くなるから」 励菜が頷いたのを確認して、実歩は続ける。 「そしたら深呼吸をして余分な力を抜く。......その次に頭の中で《ショット》のイメージをする。頭の中でイメージを明確に思い描くことが重要だからそこを意識しなさい。目を閉じて集中。......集中力が最大まで高まったと思ったら構える。腕に力をこめて想力を回す。腕が熱くなってきたと思ったら......」 実歩が右手を前に突き出すと、右腕が淡い白い光に包まれる。閉じていた目をかっと見開いた。 「行け!」 風を切るような爽快な音と共に光の刃が放たれる。光の刃は虚空で爆発し、霧散した。 実歩が先程行ったのは《ショット》の中でも最も基本的な型だ。実歩ほどの上級者ならばほとんど予備動作なしにできるが、それでは励菜の手本にはならない。 「......こんな感じだけど、どうかしら? もう一回見せた方がいい?」 そう言って励菜に視線を戻すと、彼女は限界まで目を見開き、瞳に星を輝かせていた。 「す、すごいです......!」 「今のは基礎中の基礎よ。はっきり言うけど、これくらいで驚いてもらっちゃ困るわ」 実歩は冷静に返したが、励菜は首をぶんぶんと横に振った。 「違います! あ、いや実歩ちゃんの技術も勿論すごいって思いましたけど、それだけじゃなくて、実歩ちゃんの教え方です!」 「は? 教え方......?」 今度はぶんぶんと首を縦に振った。 「はい! すごくわかりやすかったです! 初めてです、ここまで丁寧に教えてくれたの!」 そんなことで褒められるとは思っていなかったので実歩はこそばゆかった。 「べ、別に普通でしょ......。それよりわかったのなら励菜もやってみなさい」 「はい!」 励菜はやる気満々といった様子で構える。 「いきなりそんな力んでどうするの。まずは力を抜く」 「あ、そうでした」 それから励菜は実歩の手本を馬鹿丁寧に真似し始めた。多少動作はぎこちなかったが、フォームは綺麗だった。ここまでは良い。後は撃つだけ、という状態になったのだが...... 「......」 突き出した右腕はびくともしなかった。いや、正確にいうと塵のような光の粒が微かに漏れていたが、それだけだ。実歩とは比べるまでもない微弱な想力が露呈した。 励菜が実歩に縋りつくような目をしていた。 「あ、あの戦闘魔装を着けた方が......」 「それはダメ。《ショット》程度なら戦闘魔装なしでもできるようにならないと後々困るわよ」 「うぅ......」 励菜は悔しそうに顔をしかめていた。 実のところ、実歩はおそらくこうなるだろうと思っていた。想力の扱いは一朝一夕に上達するものではない。ランクの低い者ならなおさらだ。だから、この結果は別段驚くようなことでもない。 そうは思っていながらも、心のどこかでは上手く行ってほしいと願っていたのだろうか。励菜の顔を見て少なからず実歩は胸が苦しくなっていた。 実歩はアドバイスを入れる。 「全体的に余分な力が入り過ぎよ。集中力を高めることが大事だからそこを意識して。余計なことは考えない」 「は、はい!」 励菜がはっとしたように顔を上げ、深呼吸をした後に再び構え直す。 「そんな感じよ。どう? 想力が腕に回ってることはわかる?」 「はい......! ちょっとだけ、わかります......!」 励菜は手応えを感じたのだろうか。口元には薄い笑みが見えた。だがその顔は徐々に耳まで赤くなっていき、右腕が震え出した。 「ぬっ、くっ......ふんぬ~~~~~っっ」 「ちょ、ちょっと! そんなに力を入れちゃ想力が 」 暴発するわよ、と続ける前に励菜の想力は暴発した。 「えっ、わ、あ、きゃあああ~~~~っっ?」 突然、励菜の全身が白く光ったかと思うと、次の瞬間、励菜がプロペラよろしく回転し始めたのだった。 「ちょ、実歩ちゃんーーー? な、何ですかこれーーーー?」 「私が訊きたいわよ! 落ち着いて! ひとまず姿勢を直しなさい!」 「し、姿勢を揃えるってどうやって......わぁああああああ~~~~~っっ??」 爆発するような音がした後、励菜は発射に失敗したロケットのように横に跳んで、勢い良く壁に激突し、トレーニングルームそのものが揺れた。 頭上に星を散らせながら撃沈する励菜を見て、励菜は怒るのでも呆れるのでもなく、 「一体、何をどうしたら今みたいなことができるのかしら......」 顎に指を当てながら興味深そうに、そう呟くのであった。 その後も残り時間は全て《ショット》の練習に当てたが、結果は芳しくなかった。構えについては大分改善されたものの、やはり想力の不足は深刻な問題だった。実歩の指導の甲斐もあって想力の暴発は減ったものの、それでも励菜はビー玉のような光弾を撃つだけで精一杯だった。威力、命中精度、速度 どれにしてもレベルが低すぎる。予想していたことだから驚きはしなかったが、長い道のりになりそうだな、と思った。 実歩の脳裏に過ぎるものがあった。 それは、励菜が試験で見せたとてつもない"闇"の想力。 あれは何だったのだろうか。 息が苦しくなるような圧迫感と本能的に感じた恐怖は今でも克明に覚えていた。励菜は"光"の想力との相性は悪いが、"闇"の想力ならあるいは......などと考えてしまう。 (何考えているんだろ、私......) 実歩は頬を軽く叩いた。 闇の想力は未解明な部分が多く、使用者に害を及ばす可能性もある。そんな危険な力を使わせようとした自分を恥じた。指導員が生徒を危険に晒すなど絶対にあってはならない行為だ。実歩は反省する。 だが、いずれにしても今後の練習内容は工夫する必要がありそうだ。 《ショット》に関しては励菜の実力が測れただけでまあよしとしよう。残るは肉弾戦とスキルなのだが......正直なところ、スキルを伸ばすことはほぼ無意味だ。より厳密にいうならば励菜は魔法少女それぞれが持っている固有スキルを発動できない。ほぼ全ての魔法少女が持つ汎用スキル《ショット》《身体能力強化》しか今の励菜には備わっていない。新たな固有スキルの覚醒に期待する手もなくはないが、少なくとも今は励菜が今持っている能力を見るのが先だと実歩は判断した。 となると、次は肉弾戦の練習をするべきだが、これをどうするか......などと実歩が考えていると、 「実歩?」 後ろから肩をぽんぽんと叩かれた。 「わっ、びっくりした......! な、何?」 「いや、何って......随分と前から話しかけてたつもりだったんだけど......」 夢果は呆れたような、それでこそ実歩だとでもいうような微妙な笑みを浮かべていた。 「さっきからずっと突っ立ってたから何考えてるのかなーって思って」 「え? そうなの?」 夢果が短く笑った。 「ま、初日だから張りきるのもわかるけど、無理しないようにね」 「私は別に張り切ってなんか......」 「はいはい。そういうことにしといてあげる」 「何よそれ」 妙に気恥ずかしかった。休憩時間になってトイレに行ったついでに外の空気でも吸おうと思ったのだが、随分と考えこんでいたようだ。言われるまで気がつかなかった。 「ところで、優とマリンの調子はどんな感じ?」 「うん! 二人とも強すぎ! あたしの指導なんかいらないんじゃない? ってくらい!」 優はAランク。マリンはBランクだ。身体能力と同様に《ショット》に関しても優れた力を発揮したと見て間違いないようだ。 「そう。でも、基礎は大事だからしっかりとね」 「オッケー。じゃ、あたし、職員室にちょっと行ってくる。時間までには戻るから」 「わかったわ」 軽く手を振った後に校舎に向かう夢果を横目に見ながら実歩はトレーニングルームへと歩く。 しかし、扉の前に立った時、実歩は「ん?」と足を止めた。 中からスパシャンの中の誰でもない女子の声がする。しかも、明らかに友好的なものではない。実歩の眉がぴくっと反応した。 室内に入り、状況が読めた。スパシャンの三人の前に、知らない三人の女子グループが立っていた。 言い争いかと思ったが、違った。真ん中の女子が罵声を浴びせると、残りの二人が釣られて嘲笑する。 一方で、スパシャンの三人は何も言い返していない。励菜が優とマリンを庇うようにして前に立っているが、下唇を噛んで俯いていた。拳を固め、肩を小さく震わせている。どれほどの侮辱を受けようと耐えようとしているのだろう。 他の二人も言い返す様子はない。優は幽霊のように顔を青白くして下を向き、マリンも無言で目を逸らしているだけだった。 「あんたみたいな底辺のEランクがよくこんないいトレーニングルームを使えると思ったわね! ばっかみたい!」 金色のロールヘアの女子が罵った。残り二人の嘲笑う声。 「ねえ、どうしてあんたは魔法少女学校に入学する気になったの? 闇の魔法少女さん?」 ロールヘアの女子が侮蔑のこもった声で訊くと、励菜は小さく、震える声で答える。 「ま、魔法少女が好きだから......。魔法戦士になりたいから、だよ......」 下卑な笑い声が響き渡る。 「何それ! あんたみたいな落ちこぼれで、しかも闇の魔法少女が魔法戦士になれるわけないでしょ! 気持ち悪いわね! あ、そうだ。妹尾優」 「は、はい?」 自分が声をかけられるとは思っていなかったのか、恐る恐るといった様子で顔を上げる。 「あんたも、こんな落ちこぼれギルドは嫌でしょ? 変えてもらったら? あたし、あんたの才能だけ(、、)は買ってるからあたしのギルドに入れてあげないこともないわよ?」 優は視線を宙に泳がせた。 「え、ええっと............そ、それはちょっと、嫌、かな......」 歯切れの悪い返事に気分を悪くしたのか、ロールヘアの女子は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。 「あ、やっぱ却下で。あんたみたいな弱虫、何の役にも立たなさそうだし、そこのEランクと一緒がお似合いよ」 弱虫、という言葉が突き刺さったようだ。優は視線を伏せると、泣き出しそうな顔になった。 下を向いていた励菜が不意に顔を上げた。きっとロールヘアの女子を睨みつける。 「優を悪く言わないで!」 「黙りなさいよこの落ちこぼれ! 闇は闇らしく光によって消えればいいのよ!」 「うっ......」 尻込みした励菜を見て、さらに気分を良くしたようだ。三人がどっと腹を抱えるようにして笑った。 (これが、"闇の魔法少女"への差別なのね......) 実歩は眉間に深い皺を寄せた。実際に差別を目の当たりにするのは初めてだった。 闇は光によって打ち払われるべき存在。 そんな教えが幼い頃から刷り込まれているのだろう。 あの三人の少女は、励菜 "闇の魔法少女"への罵倒を、正義だとすら思っているのかもしれない。それだけ世間では"闇の想力"及び"闇の魔法少女"への風当たりは強いのだ。だから、"闇の魔法少女"にどんな暴言を吐こうと許される 当たり前のように思いこんでいるのだろう。 自覚のない悪意がこんなに性質(たち)が悪いとは思っていなかった。 「何やってるのよ」 実歩の口から放たれたその一言は、心の底から嫌悪しているかのような、温かみなど微塵も感じられない、暗く低い声だった。 その場にいた全員が一斉に実歩を見た。誰もが驚いたような顔をしていたが、励菜たちを侮辱していたグループの方が、驚きが大きいように見えた。 実歩に汚い虫でも見るような軽蔑のこもった視線を投げかけられていることに気づくと、ロールヘアの女子が怒気をはらませた顔で詰め寄ってくる。 「何よ、あんた?」 「あなたたちこそ誰なの? ここは私の担当するギルドがもう一時間使えるはずなんだけど」 「ふん! この部屋を使おうとしたら、闇の魔法少女がいたから邪魔だって注意しただけよ」 「ア、アユム!」 どうやらこの少女はアユムという名前のようだ。隣にいた眼鏡をかけた少女がアユムに声をかけた。 「何よ?」 苛立たしそうにアユムは眼鏡の少女を見る。 「や、やばい。この人は多分......」 眼鏡の女子はアユムの耳元に口を近づけるとひそひそと話し始めた。アユムの顔がみるみるうちに蒼白になっていくのがわかった。 「う、嘘......この人が、Sランクの山県実歩......?」 実歩は大きく舌打ちした。女子グループの態度ががらりと変わったからだ。全員が怯んだように視線を逸らしていた。 実歩はさらに不快に思った。ランクや肩書きだけで人を差別するような連中が嫌いだった。 「わかったのなら、とっとと出て行きなさい」 しかし、女子グループは動こうとせず、不服そうな目をちらちらと向けてくるだけだ。 「何よ、どうしてSランクが闇の魔法少女を庇うのよ......」 アユムが不満まじりに呟く。 「私の教え子だからよ。人をランクでしか見られないクズには理解できないだろうけど」 「く、クズ? 魔法少女のくせにそんな言葉を使って恥ずかしくないの?」 アユムが額に青筋を浮かべた。他の二人も明らかな敵意を持って睨んでくる。だが、そんな視線を実歩は冷ややかな顔で受け流す。 「あら? クズにクズと言って何が悪いの? それに私は魔法少女じゃないの。もう成人しているし」 アユムは爆発寸前といった様子で頬の肉を痙攣させていた。やがて横を向くと叫ぶ。 「もういい! だから大人って嫌いなのよ! 行こ!」 アユムは実歩を突き飛ばすと、乱暴に走り去って行った。残りの二人も忌々しそうにこちらを振り返りながら出て行った。 直後に、授業開始のチャイムが鳴る。 「ったく、思わぬ邪魔が入ったわね......」 面倒くさそうに髪をかき上げると、優がおずおずと声をかけてくる。意外なことに優は女子グループに貶されている時よりも怯えが酷くなっているような気がした。 「あ、あの......助けてくれてありがとうございます......。で、でも、ちょっと強く言い過ぎたんじゃ......」 おろおろとしている優を見て、実歩は鼻を鳴らす。 「確かに言い過ぎたことは自覚してるけど。でも、あれでいいの」 「そ、そうですか......?」 「私が嫌われるのは別に構わないし」 冷淡な声で言うと、優が目を丸くしていた。 「それに 」 実歩は横を向くと、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。 「......さっきみたいに言われっぱなしだとイライラするのよ」 「えっ......? 山県さん、今何て......」 実歩は顔を戻し、かぶりを振った。 「何でもないわ。それより私のことは下の名前で呼びなさい、優」 「え、あ、はい......み、実歩さん」 優の口調はぎこちなかった。実歩は嘆息すると、湿っぽくなった空気を振り払うように声を張った。 「練習を再開するわよ。今度は肉弾戦をシミュレートしてやってみるわ」 「あの、実歩ちゃん」 それまで黙っていた励菜が控えめに声をかけてきた。 「ん? 何?」 励菜は組んだ手の指をそわそわと動かしながら口を噤んでいた。話しかけたはいいが、言って良いか迷っている そんな風に実歩には見えた。 「助けてくれて、ありがとうございます」 数秒の間を空けた後、出されたのは、そんな無難ともいえるようなお礼。 「お礼を言われるようなことはしてないわ」 素っ気なく返しながらも、彼女が言いたいのはそれだけなのだろうか、と考えていた。 すると、ルームの扉が開き、明るい声が飛んでくる。 「よーっす。お待たせー。いやあ、職員室に忘れ物しちゃってさあ。そしたら............って、ん? どったの?」 沈んだ空気に気づき、訝しげに夢果は一同を見回した。 「何でもないわ」 実歩はさらりと言うと、大きく溜息をつく。 「しょうがないわね。予定を変更して、このもやもやした雰囲気を変えることにするわ。夢果、いいわよね?」 「あたしは別に構わないけど」 「あ、あの何をするつもりなんですか?」 励菜が訊いた。 「もやもやした空気を吹き飛ばすのに、やる運動といったら......あれしかないでしょ?」 実歩は不敵に笑った。 「ほら、残り十周! 気を抜かずに走りなさい!」 ルーム内に実歩の大声が響く。 「はあっ、はあっ、わ、私、ランニング苦手なのに............」 息が切れ切れになりながらも、走り続ける優。 「はぁー、ボクだって走るのは苦手なんだけど......」 と言いながら、マリンは足に想力を回し、数ミリばかり浮いていた。 「こら、マリン! 想力は最低限にしなさいって言ったでしょ! 五周追加するわよ!」 「鬼コーチ怖ーい」 渋々足を床に着け、再び走り始める。 「あっはは、もやもやを吹き飛ばすのに走るって確かに単純だけどありだね」 記録を取っていた夢果が横で笑いながら言った。 夢果と実歩はルームの中央に立ち、その外周を励菜、優、マリンの三人が走っていた。 「ランニングは方法も簡単で手っ取り早いわ。体力を測るのにも便利だし。それにしても 」 「ファイ、オー、ファイ、オー、ファイ、オー!」 実歩の視線の先には、汗びっしょりになりながらも整った姿勢で走る励菜。彼女だけがやる気に満ちた顔をしていた。 「励菜、すごいね。あたしだったらこんな地獄みたいなトレーニング耐えられないよ」 「ええ、本当に」 「しかも、それを楽しそうにやってるよね」 実歩としては、むしろそこに「すごい」と感じてしまう。 やがて、ランニングを終えた励菜が実歩と夢果の所に戻ってくる。 「はあ、はあ......やりました! 三十周走りました!」 達成感のある笑顔をはっきりと見せた。実歩は思わず拍手をする。 「すごいわ......。素晴らしい体力ね」 「励菜、お疲れ! いや~見ててほんと惚れ惚れするような走りだったよ~!」 「ほ、本当ですか? やったあ! 二人に褒められたー!」 握った拳を高く上げ、励菜は喜びを露にする。 「毎日たくさん走ってた甲斐がありました! あ、でも、実歩ちゃんが走り方を教えてくれなかったらできなかったかも!」 「そんなに大したことは教えてないわよ」 実歩は今朝励菜に会ったことを思い出し、軽くアドバイスをしていた。あの時は明らかに想力の使い方を誤っていたので、今度は全身に弱めの想力を回すように指示していた。 遅れて、残りの二人が戻ってくる。 「はあっ、はあっ、ひぃっ、ぜえっ......お、おわ、終わり、ました............っ」 「疲れたー......もう、こんなトレーニングはこりごり......」 二人はへとへとになりながらも、特に優はもはや倒れる寸前といった有様だったが、無事に走り切った。励菜の体力には特に驚かされたが、この二人もかなりの体力の持ち主だ。 「よくがんばったわ。あなたたちもかなりやるわね」 「お疲れー。はい、よく冷えたスポーツドリンクだよ」 にこにことした顔で夢果がドリンク入りのペットボトルを配っていく。 「ありがとうございますー! ......んくっ、んくっ、んくっ......ぷはーっ! 生き返る~!」 「あはは......励菜ちゃん......まるでお風呂上りのビールみたいな飲み方だね......」 横で苦笑しながら優も美味しそうにドリンクを呷る。その隣で、マリンが無表情でドリンクを飲んでいた。 「じゃ、休憩が終わったら、今度は肉弾戦の練習ね」 実歩がそう告げると、励菜だけが元気そうな声を出した。 「おおっ? わたし、暴れてみたいと思ってました!」 「え~、ボク、肉弾戦は走る以上に苦手なんだけどな~」 「わ、私も自信ありません......」 一体励菜の活力はどこから湧くのだろうか。そんなことを思いながら、実歩は早くも萎えかけている二人を見て、付け加える。 「今日は初日だから実力を見たいだけよ。想力を使ってみても構わないわ。明日からは個人の戦い方に合った練習をするつもりだから安心して」 「そうなの? ならいいけど」 「あ、わかりました......」 実歩の説明に幾分か安堵したようだ。 「励菜の相手は私がするから、優とマリンも体術の練習をしてみて。指導は夢果、お願いできる?」 「はーい」 「励菜、行くわよ」 「はい!」 実歩は励菜を連れてルームの東側に移動する。 「今から言う技をやってみて。無理はしなくてもいいけど、やるだけはやって」 「わかりました!」 こうして、体術の練習が始まったのだが 実歩はここでも励菜の実力を見誤っていたことを思い知らされる。 実歩の指示するパンチやキックといった基本的な体術は勿論のこと難度の高い技 バック宙、側転、サマーソルト、飛び蹴り、アッパーカットなどの技を励菜は成功させていた。 後は想力の適性さえあれば。 ほとんど無意味だとわかっていながらもそう思わずにはいられなかった。適性が高ければ想力を扱える量が増え、戦いの幅も広がる。適性の低い励菜は少ない想力で戦わざるを得ないという状況に陥っている。 励菜はおそらく男相手でも圧勝できるほどの抜群の運動神経の持ち主だろう。だがそれでも人間の力には限界がある。対魔法少女、対怪物戦では人を超えた力を発揮しなければならない。 重要な何かが一つだけ抜けているがために強さを、努力を認めてもらえない。そんな苦況に立たされているにも関わらず 励菜は実に楽しそうに練習に励んでいる。 実歩には、それが不思議だった。 「楽しそうね......」 いつの間にか溜息交じりに感想を漏らしていた。 「はい? どうかしました?」 「いや、励菜を見ていると本当に楽しそうね、と思って」 ぽかんと実歩の顔を見つめた後、 「はい! とっても楽しいですよ!」 屈託のない笑顔を咲かせた。 「身体を動かすのが楽しいの?」 「それもありますけど、これからが楽しみなんです!」 「どういうこと?」 「わたし、まだまだ想力は上手く使えませんけど、憧れの魔法少女学校に入れて! 練習を重ねればどんどん強くなれるって! そう思うと練習も楽しいです!」 「............」 (楽しい、か......) 魔法少女になり、初めて想力に出会えた時は楽しくて楽しくて仕方がなかった。 未知の可能性を秘めた想力は昔の実歩の心を掴んで離さなかった。 戦闘魔装に身を包み、戦い、人助けをした日々。仲間と共に笑い合っていた日々。 本当に楽しかった。 その一方で、実歩は思い上がっていた。想力の才能に恵まれ、何でもできると思いこんでいた。自分が一番なのだ、と本気で思っていた。 そんな驕りもまた「楽しさ」だったのだろうか? 実歩の胸の中で複雑な感情がごちゃ混ぜになっていた。 だから、続けて励菜の口から放たれた一言は、実歩の心を激しく揺さぶった。 「想力って本当に面白いです! 楽しいです!」 「あっ......」 呼吸が乱れそうになった。励菜の台詞は、昔の実歩がまさに思いこんでいたことだった。 実歩は寂しそうに目を細めると、 「そうね......」 辛うじて、そんな相槌を打てた。 目を伏せた実歩に気づいたようだ。怪訝そうに励菜が顔を見上げてくる。 「あの、実歩ちゃん。どうしたんですか?」 はっとしたように励菜は視線を上げた。 顔を振って、脳に流れ込んできていた嫌な記憶を追い払う。 自分がどう思っていようと、励菜には関係がない。まして個人的なトラウマで励菜の憧れを汚すべきではない、と実歩は思った。 「ごめんなさい。何でもないわ」 「はぁ。そうですか?」 励菜はなおもこちらを見続けていたが、それ以上は何も言ってこなかった。 「そろそろ時間ね。今日は本当によく頑張ったわ。お疲れ様」 「はい! 実歩ちゃん、ありがとうございました!」 無邪気な笑顔。思わず実歩も微笑んでしまう。 思わぬアクシデントはあったが、メンバーの特徴と実力を掴むことができた。明日からはもっと個人に適した練習を組み立てられるはずだ。何より励菜の身体能力には本当に驚嘆させられた。 実歩としては、それだけで十分なはずだった。 3 場所は飛翔学園の最寄り駅から最も近い全国チェーンのファミリーレストラン。 「じゃあ、改めまして、これからよろしくね~! 一年間がんばっていこー! はーいみんなでかんぱーーーい!」 夢果のテンションの高い声がファミレス内に通る。次いで、グラスを打ち付け合う高らかな音が鳴った。 何でこうなるのよ、と思いながら実歩は手元のアセロラジュースをぐびりと飲んだ。 放課後、夢果が急遽スパシャンの三人と実歩を呼びつけたのであった。夢果曰く「学校頑張ろう会を開く」というものだった。 あまり人と過度に馴れ合うことが好きではない実歩は当然気が進まなかった。そんな顔をすると、 「んもう! 実歩! これからあたしたちとあの子たちは教える側と教えられる側になるんだよ! 今のうちに仲良くなっておかないと!」 と、夢果にまるで子供を叱りつけるような口調で言われた。まあ確かに彼女の言い分も一理ある。GIとGMは生徒にとって担任の先生以上に身近な存在だ。毎日のように顔を合わせ、指導を行うのだから、関係に隔たりがあってはまずい。だからといって「学校頑張ろう会」なるものを開く必要はあるのか......とは思ったが、実歩は自分から折れることにした。 店内には夢果と同じようなことを考えていたのだろうか、飛翔学園の生徒が他にも何人か見られた。 窓際の六人席のテーブルの片側に夢果と実歩、その正面に励菜、優、マリンの三人が座っている。 「よぉし、今日はあたしの奢りだ! 好きなもの何でも頼みな! 未来の魔法戦士たち!」 夢果が自分の胸を叩きながら爽やかに笑った。 「ほんとですか? やったあー!」 励菜が勢いよく両手を上げた。 「何でも......」 それまで緊張したように萎縮していた優が弾かれたように夢果の顔を見た。目が光ったような気がした。 「あ、あの、ほ、本当に何でもいいんですか?」 「うん! 何でも好きなだけ頼みな! お姉さんに任せて!」 優の瞳が輝き始めた。 「わあ......! ありがとうございます!」 目の色を変え、メニューを食い入るように見つめた。 (優もこんな顔するのね、ちょっと意外......) 実歩がそんなことを思っていると、ふと優の隣で何かいいたげに含み笑いをしているマリンが目に入った。 そして、興奮したようにメニューのページをめくる優を見比べて......実歩はたまらなく嫌な予感がした。 隣でメニューを見る夢果を軽く肘で小突いた後、耳元で囁く。 「大丈夫なの? 奢るとか言っちゃって......」 「へーきへーき。ここらで大人らしいとこ見せないと。あ、言っとくけど実歩の分は実歩が払ってよ」 微塵も危機感が感じられない。一体どこからこの余裕は出てくるのだろう。 「どうなっても知らないわよ......」 ため息交じりにそう言い、実歩も手元のメニューに視線を落とした。 やがて、呼び出しボタンを押し、ウエイターを呼ぶと、それぞれの注文を伝える。誰もがランチメニューを頼んでいた。ウエイターが去った後に、夢果は唐突にこんなことを訊いた。 「ところでさ、スパシャンのみんなは幼馴染みなの?」 「はい! わたしたち、小学生の頃からずっと一緒なんですよ!」 「れ、励菜ちゃんの明るさにはいつも助けられています......」 「ま、たまに振り回されることもあるんだけどね~」 「あははっ。だから仲がいいんだね。励菜って小さい頃からこんな感じだったの?」 夢果の質問に、なぜかマリンがにやりとした。 「いやいや、それがねー今じゃ想像もつかないかもしれないけど、小さい頃の励菜は泣き虫で引っ込み思案だったんだよね~」 「えっ? そうなの?」 夢果が軽く驚きの声を出す。 「はい。今思うと少し恥ずかしいですけど......」 励菜は決まりが悪そうに苦笑した。 「そーそー。でも、引っ込み思案の励菜ちゃんはぁ、幼い頃に魔法少女に助けられてぇ、自分も魔法少女みたいに強くなりたいと思うようになりましたとさー」 「マリン~! それまで言わないでよー!」 冗談めかした口調でマリンが言うと、励菜は幼子のように身体を揺らして抗議する。そんな二人の様子を見て夢果はからからと笑い、優も微笑ましそうに見守っていた。 女子たちの楽しげな様子をちらりと横目で見ながら 実歩は一人、複雑な想いに駆られていた。 幼馴染み。 実歩にも確かにいた。幼い頃からずっと一緒にいて、共に魔法戦士として戦った友達が。 しかし、一人とは何年も連絡を取っていないし、もう一人は......。 グラスをぎゅっと握り、視線を落としていた。 「実歩ー」 呼ばれて、我に返る。夢果が顔を覗き込んでいた。 「また何かぼうっとしてたよ。どうかしたの?」 「......別に何でもないわ」 髪をかき上げ、誤魔化すように横を見た。丁度その時、ウエイターが料理を運んできた。テーブルに並べられた色とりどりの料理を見て、励菜と優は頬を綻ばせてごくりと喉を鳴らす。マリンはいつものように無表情だったが。 「来た来た~! さぁさ、今日は好きなだけもりもり食べな!」 夢果が得意げな顔で声をかけると、励菜と優がほぼ同時に手を合わせる。 「いただきまーす!」 「い、いただきます......! はむっ!」 励菜と優はすかさず食いついた。特に優は、まるで飢えた野獣が肉に食らいつくような勢いだった。大人しそうな外見とは裏腹に食欲は旺盛なようだ。 マリンは慣れた手つきでナイフとフォークを動かし、サイコロステーキを口に運んでいく。励菜と優ががっついているため、三人の中では食べ方が一番上品だ。 (食べ方一つでもこんなに個性が現れるのね......) と、思いながら実歩はスープを啜った。 「あははっ、励菜と優、いい食べっぷりだね! いいよ! お代わりしても!」 などと夢果が余裕の発言ができたのはほんの最初の内だけだった。 三十分後。 「............」 「............」 優の前に山のように積み重ねられていく皿を見て、大人二人は完全に呆気に取られていた。夢果の笑みが引きつっていた。 「はむはむ、がつがつ、むぐむぐ......」 大盛りご飯をかっこみ、肉料理を口に押し込んでいく優。その顔は幸せそのものだ。ペースは少しも衰えない。 「ぷはー、食べた食べた」 励菜は膨らんだお腹を満悦の表情で擦っていた。励菜もマリンも優の食べぶりに驚いている様子はない。別に珍しいことではないと言わんばかりだ。 ぎぎぎ、と壊れたロボットよろしく不自然な動作で夢果が実歩に顔を向け、ヘルプコールを送る。咄嗟に実歩は素知らぬ顔で目を逸らす。 「み、実歩ちゃ~ん?」 「知らないわよ」 「まだ何も言ってないじゃん!」 「どうすんのよ、これ......」 「うぅ~......」 半眼を向けると、夢果は涙目になった。優がここまで大食いだったとは夢にも思っていなかったのだろう。 当の優は半泣きになる夢果はまるで目に入っていないようで、食べ物に夢中だ。リスのように頬を食べ物で一杯にした幸福感に満ちた顔を見ると、どうも注意しづらい。まあ、奢るのは夢果だから別にいいか と実歩が考えていると、肘に夢果が腕を絡ませてきた。 「実歩~!」 「......奢るんじゃなかったの?」 うるうるとした顔を近づけてくる。 「あたしの財布が空になっちゃうよ~!」 「わかったわかったから離れなさい!」 夢果を振り払うと、大きく吐息をついて、財布を取り出す。足りるといいが......。 「もぐもぐ、むぐ......ごっくん。......あ、店員さん。追加でチーズハンバーグとエビフライお願いします! 後、ご飯大盛りも!」 近くを通りかかったウエイターを呼び止め、当たり前のように追加で注文した。 「だ、誰か助けてーーーー?」 頭を抱えて発せられた、夢果の悲痛な叫びがファミレスに響き渡った。 ようやく食事会が終わり、早くも財布が空になって魂が抜けたようになった夢果を送った、その夜。 机の上にバッグを置くと、実歩は自室のベッドに倒れ込んだ。疲労を感じていた。 今日は本当に色々なことがあった。実際の指導は難しかったが、生徒の実力を測れて良かったと思う。勿論、反省点もある。気を晴らすためとはいえ、きついランニングをさせたのはやり過ぎだった。明日からは今日の反省を踏まえて、個人に適切な練習メニューを組み立てなければならない。 のっそりとベッドから起き上がると、実歩はノートパソコンの電源ボタンを押した。パソコンが起動するまでの間、実歩はスーツの上着を脱いで、ハンガーに掛けた。 机に向かい、パソコンを操作する。操作しながら、今日起こった出来事を思い出していた。 やはり特に印象に残っていたのは、励菜と、その仲間である優とマリン。 三人とも個性が強くてびっくりしたが、付き合ってみて気分は悪くなかった いや、むしろ面白かった。今日はあまり触れられなかったが、それぞれの戦闘スタイルも独特であることをデータから知っていた。 こんな個性豊かな生徒たちを育てられる。実歩そのことに胸が高揚するのを感じた。 (あれ......?) 実歩は自分の気持ちに戸惑う。 他人と過剰に関わることは止めたはずなのに。馴れ合う必要なんてないと思っていたのに。 今は確かに他人と関わることを楽しいと思っている。 どうしてなのだろう。 一つはっきりしていることは、自分は励菜と再会して確実に変わろうとしていること。それが良い変化なのか悪い変化なのかは不明だ。だが、何かが確実に変わろうとしている。 どこまでもまっすぐで、一途で、強い魔法少女への憧れを宿した純粋な瞳。 あの時から全く変わっていない。 励菜は今でも自分に憧れを抱いているのだろうか。そう考えると、実歩は胸が波立つのを抑えられなかった。なぜなら、自分は彼女の憧れの的になれるような魔法戦士でも、魔法少女でもないから......。 実歩は誘われるように引き出しを開け、かつての仲間が写った写真を取り出す。 「私のこと、恨んでるよね......星(せい)羅(ら)、穂(ほ)菜(な)美(み)......」 名前を呼ぶ、実歩の顔はつらそうに歪んでいた。 よく来れたね......! 仲間を裏切っておきながら......! 怒りに顔を歪ませ、目に涙を溜めたかつての親友の顔が蘇る。 胸を刃物で刺されたような精神的苦痛が実歩を襲った。たまらず写真を引き出しの奥に隠し、机に突っ伏した。 自分は魔法少女に関わる資格なんてない。そう自覚していたはずなのに......今こうして魔法少女の指導を受け持っていている。 そして、後悔してもしきれない過去と嫌でも向き合わされている。考えるな、自分に言い聞かせても考えてしまう。実歩は自虐するように笑った。自分の弱さと、苦しみを自ら作りだしているような愚かさに気づかされたからだ。
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