それが僕たちだから アリス この感情を恋だと知ったのはいつだっただろうか。正直よく分からない。妹が生まれたのは僕が生まれてから2年後のことだった。僕が小学生のときには、小さいながら兄として頑張ろうと思ったのをぼんやりと思ったのを覚えている。だけど、いつからだろう?君のことを目で追っている僕がいたのは。君が笑う顔を見ると胸が痛くなる僕がいたのは。 僕は大学へ進学を機にけじめをつけるために想いを告げることにした。受け入れてもらえなくてもいい。だけど、君は優しく僕を受け入れた。僕は勝手に許されないことだと思っていたんだ。それからの毎日は楽しかった。どんどん君のことが好きになっていった。 僕の就職を機に両親に打ち明けることにした。僕は分かってくれると思っていた。 拒絶。今でも鮮明に覚えている。きっと、一生忘れることはない。寡黙だけど優しい父が僕を叩いて説得したことを。いつでも笑顔で僕らの味方だった母の泣き顔を。そして、僕らの帰る場所がなくなったことを。 僕はすでに就職しているので一人暮らししているので、妹はそこから大学に通うことになった。どうやら、妹の大学の学費は出してくれるらしい。 帰り道、僕には何を話せばいいか分からなかった。 「これからどうしようか?」 僕より少し前を歩く君は振り向かないで僕に言った。僕は何も言うことが出来なかった。これは罰だ。僕が望んだせいで。僕は君に幸せでいて欲しかっただけなのに。自分勝手な願いを望んだせいで僕らは大切なものを失った。あんな想いは押し込めて置くべきだったのだ。 「お兄ちゃん、やさしい鬼の話って知ってる?」 それから少しの間を開けて、君は僕に言った。かわいくて、優しい僕の妹。 「ううん、知らない。教えてくれる?」 「そっか、知らないんだ。仕方ないから教えてあげるよ」 「うん、ありがと」 「むかしむかし、一匹の鬼がいました。それは同年代の鬼と比べて一回りも大きい鬼でした。だけど彼は優しい鬼でした」 「鬼なのに?」 「そうだよ。彼は誰かを傷つけることを嫌がるような鬼でした。だけど、それは鬼としては欠陥品でした。体が大きく、周りから鬼として期待されていた彼は非難されました。だけど彼は誰かを傷つけるようなことはしませんでした」 「鬼だけど、優しいんだね」 「それでね、彼はだんだんと居場所がなくなっていきました。だけど、彼は承知の上でした。理解されないことは分かっていました。みんなを困らせるくらいならと、彼はこのままひっそりと人生を終えようと思いました。だから、彼は旅立つことにしました」 「これで終わり?」 「いやいや、まだ続くよ。鬼と人間は敵対関係にあり、決して良好な関係ではありません。だから彼はそうして人目の少ない山に居着くことになりました。彼はそこで誰とも関わることなく暮らしていました。だけどある日、山に入った人間が人間のものより少し大きい足跡を見つけ、討伐に向かいました。彼は向かってくる兵隊から、ただただ逃げ続けました」 「それでどうなったの?」 「で、彼は傷だらけになりながらもなんとか逃げることができました。彼はもうこのまま死んでしまおうと思いました。きっと誰も自分なんか望んでいないんだと。その時、どこかで声がしました。自分がどれだけ酷い目に遭わされても、優しい彼は放っておくことが出来ませんでした。たとえ、これが罠で殺されてもいい。所詮、自分は望まれていないのだからと」 「それは......」 「声がする方へ急ぐと、崖に辿り着きました。そこには、人間の女の人が崖に掴まっていました。目の前の崖は崩れていて、落ちたみたいでした。周りを見ても誰もいません。彼はためらいなく彼女を助けました。彼女は崖から引き上げられると、立ち上がることが出来ませんでした。彼は恐怖から足が動かないのだと思いました。彼は彼女に声をかけるために近づくと、彼女はまるで死を覚悟するかのようにただ目を閉じました。彼はしばらく何も言うことは出来ませんでした。少しすると彼女は彼が何もしないと気付いたのか、覚束ない足取りでここから立ち去ろうとしました。その最中、彼女は怯えた表情で何度も後ろを振り返り、逃げ続けました。彼は彼女が見えなくなるまで彼女を見続けました」 「......」 「彼は信じていた。いつか報われる。自分の行動は尊いものだと。いつの日にか幸せだといえる日々が来るのだと」 だけど、世界は思うよりも残酷だ 「彼は崖下の流れ続ける川を見て、微笑む。自分は何者にもなれやしない。自分である限り幸せになることはできない。きっと、この先なら」 「私たちも同じなのかな」 君が僕に振り返って微笑む。照らす月明かりが、より一層君を彩る。優しい笑顔をしているのにまるでどこか消えてしまいそうな。 きっと、彼は鬼になんて生まれたくなかった。もし、ただの市民に生まれていたのなら、普通の幸せを享受できたのだろう。だけど、そう生まれてしまったのだから仕方がないのだ。 「それは......違うよ。僕には君がいるし、君には僕がいるよ」 彼が鬼に生まれたように、僕たちは兄妹に生まれてしまった。だけど彼とは違って僕らは共に生きていける。 許されない。そんなことは分かった。だからこそ、僕は何度も確かめるように。この想いだけは決して揺るがないように。僕だけはいつまでも君を愛し抜くと。 「僕は君が大好きだよ」 この先を誓おう
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