Mugen 登校中 夕方の公園は少しさみしい。 真上にあった太陽がかたむき、オレンジの光が世界に降り注ぐころ、いっしょに遊んでいた友だちは次々と自分のおうちへと帰っていく。 おうちは好きだ。パパもいるし、ママもいるし、 帰ったらおいしいごはんも待っている。あったかいお風呂にはいってふわふわのお布団にもぐり込むのは、とっても気持ちいい。 でも、遊ぶのはもっと好きだ。ママは「日が落ちる前に帰ってきなさい」と言うけど、そんな短い時間じゃぜんぜん遊び足らない。 まだ遊んでいようよ。帰ろうとする子にすがるように声をかける。だけどみんなダメ、と言ってぼくのそばを離れていく。だからぼくは、さみしい気持ちを砂のお山とともに崩し、いつも最後に公園を立ち去る。 うしろをふりむくと、暗いオレンジに染まった無人のブランコが、じっと動かずただかなしそうに佇んでいた。ばいばい、となぐさめるように呟いてぼくは帰った。 今日も、公園に夕方が訪れる。 みんながまた明日と手をふり、公園を去っていくのを見送る。オレンジの公園には、ぼくと遊具だけがひっそりと残された。 足元に目をやると、黒いぼくの影が映しだされている。昼間のとはちがって、ぼくの背の何倍にも細長かった。太陽が沈んでこの影がなくなるまでに、ぼくはおうちに帰らないといけない。 そう、沈むまで。 じゃあ、沈ませなければいいじゃないか。 ぼくは刺すような光を注ぐ太陽を真正面に見つめ、歩きだした。楽しい時間のじゃまをする太陽に立ち向かうように、一歩ずつ前進する。まだ、暮れないで。その一心でひたすら歩き続けた。 それはひどく長かった。でも、ずっと歩き続けていると、いつのまにか太陽は頭のてっぺんまで戻っていた。ぼくはうれしくなった。やったあ。まだ遊べるんだ。 歩きついたところに知っている子はいなかったけど、近くで同い年くらいの子たちが鬼ごっこをしているのを見つけた。いれて、と言って、いいよ、と返してもらったのでいっしょに遊んだ。とても楽しかった。 そのうち、ひとりの子がもう帰らなきゃと言った。 するとほかの子も次々と帰ると口にし、そうしてあっというまにどこかへ行ってしまった。 空を見ると、大きな朱色の太陽。まるでぼくをひとりにさせようと悪だくみする怪物のように思えた。 ぼくは再び歩きだした。ぼくの好きなものをうばう、まがまがしいあの太陽に向かって。 足の疲れをがまんして歩き続けると、また太陽は一番高いところでおとなしく光を放つようになった。ふうと息をつき、ぼくはまた見知らぬだれかと遊んだ。 タイムリミットはすぐにやって来る。 昼間の太陽は、白く明るい世界でぼくらをやさしく照らしてくれている。でも気がつけば、地平線すれすれのところで赤く邪悪な姿に変身し、妖しいオレンジの光でぼくらの世界を包みこもうとしていた。 いっしょに遊んでいた子たちはその光の出現とともにどんどん飲みこまれ、ぼくを置き去りにしたまま消えてしまう。そうやってぼくも飲みこまれたとき、遊びの時間はきっと終わってしまうんだろう。 そんなのいやだ。 ぼくの太陽への歩みは、いつしか走りとなっていた。 地面の向こう側へとかくれようとする赤い太陽に立ち向かい、ぼくの平和な世界を取り戻すため、ただ走った。ようやく手に入れた白い昼間でつかの間の休息をとり、すぐ襲いかかるオレンジの夕方にはっとなって、また走る。その繰り返しだった。 ぼくが遊び続けるためだけに。 どれだけ走っただろう。 どれだけ夕方から逃げただろう。 とうに万は越えた、もはや数えることすらできない、知らない子たちとの遊ぶ時間。そして楽しい時はすぐに過ぎ、今日もいつもどおりみんなが帰る夕方が迎えにきた。 ひとり、またひとりと名前のわからない子たちが闇の濃いオレンジの世界へと飲み込まれ、消えていく。そして最後のひとりも消えるとき。 「また明日、遊ぼうね」 名も呼べないぼくに、まるで明日も会えることを信じきっているかのような笑顔で、その子はそう言った。そのことばの響きに、ぼくは聞き覚えがあった。 日はまだ変わらず今日のできごと。 でもずっとずっと前のこと。 太陽に向かって歩きだしたあの日、友だちが去り際に言ったことば。 明日。 また明日。 ぼくの「明日」はいつ来るの? オレンジがかった地面にえがかれたぼくの長く黒い影が、ぐにゃりとゆがんだ気がした。 そのいびつな形の影が伸びる方向へ、ぼくを引きずりこもうとする真っ赤な太陽に背をむけて、ぼくは走った。 ぼくの体のなかに、熱い波が押し寄せていた。なにかはわからないが、それはとどまることを知らず、絶えず体内をぐるぐると駆け回っていた。 その熱い衝動のまま、止まることなくひたすらに走り続けた。今までの進みを取り戻すために。友だちが待っている「明日」へ行くために。 オレンジの世界はすぐに消え、色のない夜がやってきて、それから青い朝とともに、ぼくにとってとても久しぶりの「明日」が訪れた。 でもその「明日」には、ぼくの友だちはいなかった。 ぼくは次の「明日」へと走った。二回目の「明日」、三回目の「明日」、四回目の「明日」......。 いくら走って新たな「明日」をめぐっても、友だちはいなかった。そしていくら走っても、ぼくのおうちも、パパもママも見つからなかった。 それでも走るのを止めなかった。 ぼくのすぐうしろに巨大な「なにか」が迫っているような気がして、止めることができなかった。それはいつもぼくにさみしさを与えようとする赤い太陽なんかより、ずっと暗くてずっと怖いものだった。 ぼくの内側を暴れくるっていた波が、耐えきれないとばかりに涙となってあふれでてくる。それらは風に流されるまま、きらきらと後方へ散っていった。 ぼくは大声で泣き叫びながら走った。 わからない。ぼくはただ、遊んでいたかっただけなのに。なんでこうなってしまったんだろう。どこかで間違ってしまったのだろうか。 なにもわからないまま、熱のかたまりと化したぼくは走り続けた。いつかみんなの待つ「明日」にたどりつくことができると、もう叶わない世界を夢みて。
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