世界の終わらない夏 東西南北美宏 「花火行こうぜ!」 友人Aにそう声を掛けられたのは、明日から夏休みという日の放課後の教室だった。 「行かん。暑い。人多い。めんどい」 「そんなこと言うなって。加古さんも呼ぶから」 「分かった行く」 「全く、てるは現金なやつだな」 友人A......もとい、えいはそれだけ言うと、すぐに部活に行ってしまった。一学期の最後くらい部活休めばいいのに。 僕は走り去るこんがり焼けた後ろ姿が見えなくなると、カバンに教科書を詰め込んで帰る仕度を始めた。明日から夏休みだから、いつも置いて帰ってる教科書も持って帰らなきゃいけなくて、非常に重い。 窓の外を見るとまだ太陽は世界を照らしている。そりゃあ真昼間だからな。 今年の夏は特に暑い。六月中旬には真夏日が週の半分を超えて、今じゃ人間がまるでオーブンの中のチキンみたくこんがり焼かれている。 この中をいつもより重い荷物持って帰ることを思うと気まで重くなった。 そんなとき、僕は制服の裾を引っ張られるのを感じて振り返った。 「てるー。一緒にかえろー」 「まおか。お前俺のチャリに荷物載せたいだけだろ」 「バレたか」 ちろっと赤い舌を出した。首をかしげる動きに合わせてポニーテールが揺れる。 僕より頭一つ小さい身長で、オーブンの中でも真っ白に保っている。 まおは僕の幼馴染だ。二人だけで良いのに、えいもついでに幼馴染だ。親が仲良くて家も割と近かったので幼稚園くらいの時から一緒に遊んでた。 小さいころから僕は二人について回ってた。 どうにも僕はしたいことを言うのが苦手で、はっきりやりたいことを言うえいとまおの後ろを歩く子どもだったし、それに二人がしたいことを一緒にしてるだけで十分楽しかった。 高校生になってえいが部活を始めて、それまでみたく三人で一緒に遊ぶことは少なくなって。僕はそんな生活にも一年くらいかかってようやく慣れてきて。 「てる? 行かないの?」 少し考え事をしているとまおが心配そうに僕の顔を下からのぞき込んできていた。 「ごめんごめん。行くか」 僕は部活に入ることはしなかった。なんでだろう。 まおも一緒に帰宅部に入部してくれた。だから、まあ何とか生活しているけれど。もしまおも部活か何か始めていれば僕はどうしていたんだろう。 上履きも持って帰らないと。また荷物が増える。 「あっついねー」 太陽の光が僕たちを刺していて、外に出たばかりなのにまおの額からは透明な血が流れていた。 「てるー。ハンケチ貸してー」 「やだよ」 僕はズボンのポッケからティッシュを取り出すとまおの汗を拭いてやった。シャツの二番目のボタンをはずそうとするのはさすがに止める。ただでさえ普通にしててボタン飛びそうなのに。 「アイス食べたいねー」 帰りにコンビニ寄るか。帰り道のコンビニを何個か思い出す。家の近くのやつが良い。確かイートインが大きかったたはずだ。 「てるー。帰りにコンビニ寄ろっか」 まおはいとも簡単に僕の自転車の載積量を増やして走り出した。 まおは何故だか徒歩で登下校している。家は僕の家とそう変わらない場所にあるわけで、自転車でも二十分位かかる道をなぜだか歩いている。 朝は待合せたりしていないが、帰りは結構一緒に帰るわけで、僕もまおに合わせて歩くと四十分はかかってしまう。ホントになんで徒歩なんだろう。 二人の影が少しずつ移動していく。 「夏休みは三人で遊ぼうね、てるー」 「そうだな、みんなで遊びに行こう。海とか祭とか」 「うん! 楽しみにしてるー。三人で遊ぶこと少なくなったもんね、てるー」 「してると僕の名前を掛けるな」 僕の雑なツッコミにもまおは楽しそうに笑ってくれる。自己採点二十八点。 「そういや、えいが花火行こうって」 「もちろん行くよー。あれだよね、来週の土曜の歌松海浜夏祭り」 「それ、かな。多分」 「えへへ、楽しみで私のスケジュール帳が埋まっちゃうよ」 満面の笑みを浮かべるまお。まおの顔は今の太陽よりずっと眩しくて直視できない。 目を逸らすとその先に。 「おやおや! これはこれは。私の照君ではないか!」 先輩の加古さんが立っていた。 「ふむ? これは失礼。彼女さんと一緒だったかな。これは誤解を生んだかもしれないな。照君の彼女さん、私は決して照君の二号さんというわけではなくて。ただ仲良くしている先輩というだけだよ。いやいやいや! 私の照君などと大きな口をたたいてしまった。なにせ私なぞと仲良くしてくれるのは照君くらいなものだから、思いあがっていたよ。照君にはこんなに可愛い彼女さんがいたのだからねえ。どおりで私の自慢のさらさら黒髪にも意外と大きな胸にも惹かれないはずだ」 いつも通り一度話始めると止まらない。こういうのを何と言うんだったかな。立て板の上の鯉? 「てるー、多分それは立て板に水だね。まな板の上の鯉と混ざってる」 混ざってると僕の名前を掛けるのも忘れて、しかめっ面のまおが教えてくれた。 いや、別にしかめっ面は僕の無教養からではなくて。 「加古先輩。私はてるの彼女ではなく幼馴染です。別に私たち初対面ではないでしょう?」 「おやおや? 誰かと思えば真央君だったか。すまないねえ、なにせ人の顔を覚えるのが苦手でね。そんなに睨むなよ。仲良くしようぜ。私たちは照君の友達だぜ。友達の友達は友達を目指そう。心配しなくていいさ。私は照君と付き合おうとなんか思っちゃいないさ。何、君がそうしようというのに邪魔するつもりはこれっぽっちもないってことだ。そんなに威嚇するなって。君にもそのつもりはないって言うんだろう?分かってる分かってるー。なあ、てるー?」 分かってると僕の名前を掛けるのをやめて下さい。 ってかなんでさっきやった会話知ってるんだ。 「ああ、加古さん。そういえばえいが夏祭りの花火行こうって言ってました。四人、かな?」 「ええ! 三人で行くんじゃないの?」 「なんと! 私も行っていいのかい? ありがとう、ぜひとも行かせていただくとするよ。いやあ嬉しいなあ。なんたってお祭りに誘われたのなんて初めてだからさ。しかも永君が誘ってくれたと来た。永君とはあまり仲良くしていたつもりはなかったのに嬉しいねえ。ほら、さっきも言ったように私が仲良くしてもらってるのは照君だけだと思っていたからね」 まおは今にも泣きそうな顔で僕の方を見ている。どうやら加古さんには来てほしくないようだ。 確かに前からまおと加古さんの相性は良くなかったような気がするが、そんなに毛嫌いしなくていいのに。仲良くしていると案外面白いし可愛いところもあるんだぞ。今もとても嬉しそうにニコニコ笑っている。 「多分後でえいから連絡がいくと思うので、その時に行くかどうか返事してください」 そこまで言って、加古さんの返事を聞くより早く、まおが動いた。 自転車のかごを掴んでどんどん歩いていく。 「早く行くよ。急いで帰らなきゃ」 「なんでだよ?」 「なんでも!」 僕が振り返るとそこにはいやらしく笑って手を振る加古さんの姿が見えたので、軽く会釈をしてまおについて行った。 それからまおは黙りこくってしまって、なんとも重苦しい空気だ。 じりじりと太陽が照り付けてくる。さっきから歩いてきた後には僕の汗の跡が残っている。それもすぐに乾いて、消えてしまうのだけれど。 ああ、めんどうだ。 早く機嫌を戻してもらわねば。 しばらく黙って歩いていると、帰りに寄ろうとしていたコンビニも通り過ぎようとするので、 「アイス、食べてかないの?」 と、とうとう声をかけた。早く機嫌を治そうというのに、僕までいつ話かけたらいいか迷ってかなり口をつぐんでしまった。 「いらない」 「えー、僕アイス食べたいなー」 「じゃあ一人で食べてくればいいじゃん。私先帰るから」 「そんなこと言うなって。僕はまおと一緒に食べたいんだよ」 まおが足を止める。 僕は隣に立ってまおの言葉を待つ。 「......ほんと?」 「ああ、もちろんだよ」 「もー、しょうがないなー」 まおはさっきまでと一変してにっこり笑う。 「てるは私がいないと寂しくて死んじゃうんだもんなー。かわいそうだから一緒にアイス食べたげるよー」 案外簡単に機嫌を治したまおと一緒にコンビニに入る。ひょっとしてそんなに怒ってなかったのかもしれないな。 僕たちはコンビニで空が赤と紫のグラデーションになるまで駄弁ったのだった。 家に帰って、いつものように家族でご飯を食べて、のんびりしたら自室に行く。スマホを確認すると、少し前に着信があったことに気付く。 「おいおい、そりゃまおも怒るだろうよ」 祭りの件で電話してきたえいに昼のことを相談してみるとそんな風に言われた。 「分かんないなあ。確かにまおと加古さんは仲良くないかもしれないけど、僕が加古さんと仲良くしてるくらいどうでもいいだろう?」 「てるは昔から人の気持ちわからんよな。自分の友達が嫌いな人と話してたら嫌な気分になる人間って割と多いと思うぞ」 よく分からないけど、そういう人間がいるということは理解した。だからって、別に加古さんとも今まで通り仲良くするけど。 「ってか、自分で加古さん誘えるんだな。わざわざ俺が気をまわさなくて良かったんじゃないか」 「いや、えいが誘ってくれるって言わなかったら僕は誘えなかったよ」 「てるって難しいよな。結構長いこと一緒にいるつもりなんだけれど」 別に普通だと思うんだけどなあ。とはいえ僕もまおの気持ち分かんないし人のこと言えないか。 「とにかく、花火。当日の夕方五時に駅前集合な。花火八時からだし丁度いいだろ」 「分かった。じゃあ眠いし。おやすみ」 時計はすでに十一時を指していた。 夏休みの風物詩。海、プール。すでに予定にあるように祭りに花火。 そして宿題。 夏休みの宿題にどのように手を付けるか。これは結構性格が出る議題だと思うが、僕たち幼馴染三人は綺麗にバラバラである。 えいは最後に溜めるタイプで毎年僕たちに助けを求めてくる。 まおは毎日こつこつするタイプ。毎日のノルマをきっちりこなして、終わったらリストから消していくのが気持ちいいと言っていた。 僕は最初に一気に終わらせるタイプだ。最初の一週間くらいで宿題をやり切って後は遊び惚ける。 で、今年は。 「頼むよ、許してくれよ。なあ、まおもそう思うだろ?自分のペースで宿題したいよな? なんでてるに合わせて最初にしなきゃいけないんだ」 「私は別にいいよー。別にみんなで宿題するの楽しいし」 「なんだよ、宿題するのが楽しいって!」 「喋ってもいいけど手も動かせよ」 僕のペースに全員合わせてもらうことにした。今年はもう高二の夏。来年もこんな風にみんなで遊べるとは限らない。忙しくなるだろう。 だから、今年目いっぱい遊べるように。 「てるー。ちょっと電話してきていい?」 「もちろん、良いよ」 まおが席を立つ。 「あ、俺も! 俺も電話......ダメですよね」 えいは、座らせる。 「花火、行くんだろ。他にもいっぱい行く計画立ててるんだろうが。僕はそれを見越してほとんどの日程空けてるんだから無駄にしないでくれよ」 「てるは予定空けてるんじゃなくて埋められないんだろ」 「もう遊ばないぞ」 「すいませんでした」 えいは黙って宿題を始める。僕もそれを見てようやく自分の宿題を進めていく。 何とか一週間後の祭りまでには終わりそうだな。 しばらくして集中してる僕たちに気を遣ってか、こっそり戻ってきたまおも宿題を終わらせていく。 まおの横顔はなんだか笑っているように見えた。 それから一週間。祭りの日。 駅前に集合するのは夕方の五時。 だというのに、僕は昼前十一時に駅前に来ていた。 決して楽しみすぎて早く着いたわけではない。 昨晩、加古さんからこの時間に駅前に来るように言われていたのだ。一体何だろう。 加古さんは結構頻繁にどうでもいい用件で呼び出してくる。学校内ではあまりいい噂を聞かない加古さんの呼び出しに応じる人間はあまりいない。だから、まあ、ちゃんと来てくれる僕に呼び出しがかかるんだろう。 呼び出された時間より少し早めに着いてしまった。なのでその時間まで待っていると、いつも通り、呼び出した時間ピッタリ、五秒のずれもなく加古さんはやってきた。 「は、はあ、はあ、はあ、ふう......。待たせたね、照君。いつもこんなぎりぎりに来てすまないと思っているよ。私が呼び出したのに毎度待たせているからね。今日こそは何かお詫びをしないと......、え、いらない? そうなのかい? 君はいつも断るよねえ。良いんだよ遠慮しなくても。実際待たせているのは私だからねえ」 別にわざとピッタリくるようにしているのではないのが残念美人なところだ。 「照君は今日もおしゃれだねえ。もともとスリムかつ程よく付いた筋肉のおかげで何を着ても似合って見えるよ。今日は全体的にタイトな感じでまとめてきたんだね。明るめな色合いがチャーミングだよ。うん、おしゃれな洋服だ」 なんだか加古さんの言い方が嫌味っぽく聞こえる。そもそも普段加古さんにファッションセンスを褒められたことなんて無いのだ。それを急に、「今日も」おしゃれだって? 「君、分からないかい? 今日は夏祭りだぜ? 浴衣を着てくるべきだろう!」 え、そうなの? でも浴衣着れないし、動きづらそうだし、あまり着たくないが。それに加古さんだって洋服じゃん。 「だがしかし、安心したまえ、照君! どうせそんなことだろうと思って君を早く呼び出したのだよ。さあ照君。浴衣を着に行こう。持ってなくとも問題ないさ。うちに大量に浴衣はあるし、着付けだってしてあげよう。さて、では我が家に向かうぞ。いやあ、君の浴衣姿を一番に見られるなんて私は幸せ者だなあ。さあ行くぞ。車に乗りたまえ。電車は混むからね。なんたって祭りだ。あんなものに乗ったらぺちゃんこのおせんべいになってしまう。うちの車に乗れる人間そんなにいないよ?」 と、半ば強引に加古さんの車に乗せられる。 この人はいつも強引なんだから。 加古さんの家はこの辺では有名な名家だ。 「お嬢、お帰りなさい」 と、黒服に身を包んだおじさんに迎えられた。 「お、照さんも一緒でしたか。いつもお嬢のことありがとうございます」 「矢野、あまりしゃべらない方が身のためよ」 矢野さんは苦笑いしながらどこかへ行ってしまった。 「さ、行こうか、照君。君、この家で私以外の人間から私の話を聞いても無視したまえよ。彼らの言っていることは大抵嘘なのだ。そんな与太話なんかに気を取られている暇はないぞ。我が家には浴衣だけで三桁は下らない位存在するのだ。君にどれが似合うのか見立てるにはそれほど時間があるとは言えないのだから」 それからきっかり三時間、僕は加古さんの着せ替え人形になりましたとさ。 「え、てるも浴衣着てきたんだー。かっこいいね、おしゃれだね、イカしてるー。てるー」 「ありがとう。まおの浴衣も似合ってるよ。金魚柄可愛いね」 「可愛いのは金魚だけかよー」 「もちろん、真央君が可愛いから浴衣が映えるのだ! 真央君は私に感謝するべきだな。なんたって照君に浴衣を着せたのは私なのだから。どうかねこの紫陽花の浴衣は! 男に花柄というと可愛すぎるように思うかもしれないがね、なかなかどうして似合っているじゃないか。照君は中性的な顔立ちだからね。しかし、男らしさを完全に失っていないのはこの帯がコツでね。少し暗めの赤を選んだのさ。えんじ色というのかな......」 「てるー、さすがに長くない?」 「こういう時は止めても仕方ないから聞き流しておくといいよ」 僕は諦め顔で言った。 加古さんは自慢げに語っているけれど、僕自身本当にこの浴衣が似合っているのか分かっていない。男物で紫陽花、というか柄物の浴衣があるなんて知らなかったし、加古さんは大丈夫と言っていたけど、自分自身ではあまりに可愛すぎる浴衣だと思う。もっとこう、普通の? 浴衣が良いと思う。ここまで来たら着替えなんてできないし諦めるしかないけど。 「お待たせ! これで全員かな」 最後にえいがやってきてそう言った。先輩がピッタリ五時に着いているわけだから、えいは少し遅刻しているんだけど。それを気にした様子もなくえいが仕切っている。いつものことなので特に気にしないけれど。 えいを先頭に僕たちは歩き出す。駅から祭りの会場までは近い。歩き出して十分もしないうちに屋台が並んでいるところまできた。 「てるー、綿菓子買ってー」 「やだよ。自分で買いなさい。まおはお金持ちなんだから」 「む、私はてるに買ってほしいの」 「俺が買ってやろうか?」 「えいは良いよ」 「扱いの差がひどいな!」 つい、僕たち三人で話が弾んでしまう。加古さんは少し蚊帳の外だ。 「照君。私にも綿菓子を買うべきではないかね。いや、私が綿菓子を食べたいわけではないのだよ? ただ、真央君だけ買ってもらうのは不公平だと思わないかね。君は女の子を連れてきている身なのだから公平に扱う必要がね。あると思うんだけど。その辺どう思います?」 加古さんキャラブレブレっす。なんか顔赤いもんね。確かに今日暑いから浴衣なんて着てたら火照っちゃうのは仕方ない。 結局焼きそばとかイカ焼きとかご飯ものをいくらか買って海辺の花火が良く見える方に向かう。 やっぱり海に近い方は混んでいて歩きづらい。特に今日は皆、下駄を履いていてどうしても歩調がゆっくりになってしまう。人の流れに任せて歩くとどうしても散り散りになってしまいそうだ。 いや、なってしまいそうというか、もう二人、えいとまおは少し先に行ってしまった。よく見るとまおは流されてか随分先に行ってしまったようだ。 加古さんまで離れてしまうと面倒なので振り返ると、案外近いところに加古さんがいて、うっかりぶつかってしまいそうになった。 遠くの太鼓の音に紛れて誰かの心音が耳にとどいているみたいだ。ざわざわ。僕のこと好きなのかな? 気まずくなって前を向く。 右手に何か触っているのを感じて、下を見る。 右手は誰かに掴まれている。その先には加古さんの顔。 「............」 いつも饒舌な先輩が、今だけ顔を赤らめて目を逸らしている。 「きたまえ」 加古さんが僕を引っ張って人のいない茂みの中に連れ込まれる。 「ちょっと、待ってくださいよ。どこ行くんですか」 「良いから」 それからしばらく加古さんは黙って、僕も口を開かず歩いていた。 太鼓の音も、もう始まってしまった花火の音も少し遠くに響いている。 「解答編の始まりだ」 僕は加古さんの長い話を思うと少し気が滅入るのだった。 「解答解答 「何か決め台詞を言ってから推理の披露を始める探偵は多いけれど 「私の場合は『解答編の始まりだ』になるんだろうね 「私の知り合いに『探偵を始めよう』なんて言う不死身の名探偵もどきがいたなあ。こうしてみると探偵は始めてばかりだね 「いや、無駄な話は楽しむものだよ。特に探偵のはね 「すまないね、探偵のではなく、女の子の無駄な話だったかな 「とにかく、私は気付いてしまったのさ 「君たちの中の一人が罪を抱えていることに 「勝手に暴いてしまって申し訳ないがね 「彼女が言うつもりが無いのなら、私から言ってあげねば、彼女の望む話にはならないだろう 「さて、最初におかしいと思ったのは、真央君が部活に入らなかったことだ 「間違えた。そうじゃなくて、君が、真央君が部活に入っていないことを疑問に思ったことだ 「周りからみていれば、どう考えても真央君が君のことを好きで一緒にいる時間の確保したかったんだろう 「しかも自転車通学じゃないだって? ここまでされて自分に気があるんだと思わない奴いるのかね 「まして、私が照君のこと好きなのかななんて勘違いできるような思春期の高校生が 「つまり、部活をしないのも自転車通学じゃないのも真央君が君のことを好きだからじゃない 「次に、勉強中に電話? 普通そんなことあるかな。 「確かに電話くらい掛けることもあろう 「でも、真央君の交友関係はほとんど君たち三人だけだったんだろ? 「そんな真央君の電話を掛ける相手とは誰かな 「家族か......あるいは誰だろうね 「そしてそんな真央君に君が祭りを誘ったとき『楽しみで私のスケジュール帳が埋まっちゃうよ』だって? 「まるでもういくつか楽しみな予定が入ってるみたいじゃないか 「君はまだ何も誘われていないのに? 「そりゃ全部君たちと遊ぶ予定じゃないだろう 「でもそんないくつも予定が入るわけないだろう 「ここまで来ると考えもつくだろう 「真央君は時間が欲しかった 「でも自転車じゃなかった 「君と大体一緒に帰っていた......少しは別に帰っていた 「その時も自転車じゃないんだろう 「何か足があったということかな 「誰か電話をする相手がいた 「しかもその相手とは予定を立てるような人。しかも楽しみな 「さあ、その相手は誰だろうね 「それは......」 「援交ですよ」 その答えを言ったのは加古さんではなかった。 もちろん、偶然僕たちを見つけたまおでもない。 「そんなことは、僕だってとっくに知っています」 加古さんは驚いたような顔をしている。 「だから言ったんですよ。『まおはお金持ちなんだから』ってね」 「そうか、知っていたのか。じゃあもういいや。二人のところへ帰ろう」 「そうですね」 ちなみにまおが少し離れて歩いていた隣には知らないおじさんが立っていたのを僕は知っている。 「ただいま」 「てるー、どこ行ってたのー。しかも加古さんなんかと」 両手を合わせるジェスチャーをする。 「もう! 許さないよー」 「どうしたら許してくれる?」 「私と付き合って」 響いた花火が明るいままに見えた。 気付くと周りにえいも加古さんもいなかった。 皆、こうなることに気付いていたんだな。 僕は次の花火が開く前に応える。 「もちろんだよ。よろしくね、まお」 あれからしばらくして加古さんと話をした。 「いやはや。まさか付き合うとは思わなかったよ。君はどちらかというと普通人だと思っていたからねえ。援交なんて許せないのかと。それに、君は私のこと好きだと思っていたしねえ」 「そんなわけないでしょう」 「これだけ教えてくれよ。君は何を疑問に思っていたのかね?」 「いえ、まおが僕のこと、好きだなんて本当に思わなかっただけですよ」 これは本当だ。マジだ。まさかまおが僕に好意を持っているなんて。 「ははは! 今回の私の敗因は、君が本気でニブチンだったことか!」 加古さんは高らかに笑っている。 僕は幸せだ。 あんなに可愛い彼女がいて。 仲のいい親友がいて。 こんなに大好きな恋を先輩にできて。 僕の高校生活はまだまだ終わらない。 〈not summer end 終了〉
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