桃太郎サイケトリップ

みのあおば








 むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは島へ黍(きび)刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。

 おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこっこと流れてきました。おばあさんは大きな桃に近づこうと立ち上がります。そのとき、おばあさんに陣痛が来ました。

「う、産まれる......!」

 偶然近くを通りかかったお医者さんの介助もあって、無事に元気な男の子が生まれましたとさ。





 おじいさんが黍を担いで家に帰ると、なんとおばあさんのお腹の中にいたはずの赤ちゃんが外に出ているではありませんか。おじいさんは大喜び。二人は、出産時にそばを大きな桃が流れていたことから、男の子に『桃太郎』と名付けました。

 黍をかわいい我が子に食べさせようと考えた二人は少しの間悩んでいました。おじいさんが遠路はるばる採取してきた黍は、緑に限らず赤や青などカラフルな色彩に富んでおり、どれを一番に食べさせるか迷ったからです。しかし、カラフルな黍の中でも一際目を惹く極彩色(ごくさいしき)の黍を見つけたとき、二人の迷いはなくなりました。生まれて初めて食べる黍は、めでたい感じのする極彩色の黍以外考えられなかったからです。

「もぐもぐ」

 極彩色の黍を食べた桃太郎はなんとその場ですっくと立ち上がったではありませんか。つかまり立ちやハイハイといったステップをスキップしてのスタンドアップ。これにはおじいさんとおばあさんもたまげてしまいます。

「あれま、なんてことでしょう」

「信じられん。うちの子がまさかこんな」

「あれあれ、あれま。どうしましょう。うちの子いったいどうしましょう」

 焦ったおじいさんとおばあさんは少し気分を落ち着けるため、そばにあった青の黍を甘噛みしました。しばらくして落ち着きを取り戻した二人はひとまず桃太郎が生まれたという旨を役所に届けることにしました。出生届の届出は国民の義務であることを思い出したからです。





 それから桃太郎は驚くような速度で成長していきました。桃太郎は極彩色の黍を毎日食べ、生後一日で言葉を話せるようになり、その翌日には九九を六の段まで覚えました。生後三か月を過ぎるころには身長が一七五センチメートルまで伸び、人差し指の長さは七センチメートルを超えました。



〈突然の一人称視点〉

 やあ、俺の名前は桃太郎。桃から生まれたから桃太郎っていうんだ。ウチのばあさんが川で洗濯していたら、でっかい桃がどんぶらこっこと流れて来たらしくてな。それで家に帰ってかっさばいてみたら、なんと中から男の子が出て来たらしい。まあ、ぶっちゃけそいつが俺なんだけど。

 それで、極彩色の黍を食べた俺は驚異的なスピードで成長。身長一七五センチメートル、体重七十四キログラム。体脂肪率は八パーセントまで落として、さながらアスリートってところだぜ。

 そんな俺が最近はまってること、それは『鬼退治』ってやつだ。時々村に現れては人の物を奪ったり家屋を壊していったりするとんでもないやつら。人の言葉が通じるのか通じないのかも分からないけど、とにかくやつらを野放しにしておくことなんてできねえよ。

 今日も行くぜ、鬼退治!



〈三人称視点よ再び〉

 近年社会問題となっている鬼の台頭。そんな鬼たちは鬼ヶ島と呼ばれる島にいることで有名でした。そこで桃太郎は鬼ヶ島へ行くことにしました。

「桃太郎や、一人で大丈夫かい? 黍団子を持ってお行きなさい。これで極彩色の黍は最後になりますから、大事に食べておくんなさい」

 おばあさんは桃太郎に極彩色の黍団子を持たせます。おじいさんは激励の言葉をかけました。

 さあ、ついに鬼退治へと出発です。



〈一人称視点2〉

 俺の腰の巾着には極彩色の黍団子が入ってる。ゆっくり食べれば三日はもつだろう。背中には鎌をかけた。鬼を狩るときに使う道具だ。森を歩いていると、目の前になんか黄色い犬が出て来た。

「桃太郎さん、桃太郎さん。いったいどこへ行かれるというんです?」

「鬼ヶ島へ、ちょっと鬼退治に行くのさ」

「へえ~それはすごいですね。もしよろしければわたくしめもご同行させてはいただけないでしょうか」

「いいぞ。ついて来いよ」

 小腹が空いたから極彩色の黍団子をひとつ口に放り込む。とてもうまいからハッピーだぜ。なんかさっきから目の前に桃色の猿がいる。

「桃太郎さん、桃太郎さん。どこ行くんすか。鬼ヶ島っすか」

「黍団子ほしいか? あげないぞ」

「鬼退治っすか~! さすがは桃太郎さん。やっぱ、やばいっすね。俺も一緒について行きます!」

 またお供が増えたじゃん。次はなにがやって来るんだろう。木漏れ日が耳においしい。視界の上に雉が三十羽ほどバサバサと飛び交う。

「桃太郎さん」

「桃太郎さん」

「桃太郎さん」

「お腰につけた」

「黍団子」

「極彩色の黍団子」

「一つ私に」

「くださいな」

 たくさんの雉が俺の周りを取り囲む。どうやら黍団子がほしいらしい。仕方がないなあ。

「これ一個だけ食った後でな」

 俺が極彩色の黍団子を食べると、瞬く間に雉は消え去り、残ったのは赤い犬と黄色い猿だけだった。



〈三人称3〉

 船に乗り鬼ヶ島を目指す桃太郎一行。船酔いのあまり幻覚を見た桃太郎は、自分の隣に白衣の男性が一人いるような気がしました。

「なにが見えますか?」

 男は桃太郎にいくつかの質問をした後、なにかをメモしてそのまま海の向こうへ消えていきましたとさ。

 桃太郎たちは鬼ヶ島に到着しました。鬼ヶ島にはとうに人間など住んではおらず、そこらに廃屋が転がっています。島の中央部へと進んでいくと、鬼たちがかつての集落で野外パーティをしている真っ最中でした。大音量のテクノポップに身をゆだね踊り狂う様はやはり人間とは別の生き物です。



〈一人称3〉

 目の前にはたくさんの鬼がいる。

「一体、二体、三体......こいつら、一八○体はいるぞ!」

「なんて数なんでしょうか。それにこの大きな音楽! 鼓膜が破れてしまいそうですね」

 ピンクの犬も耳を押さえている。確かにひどい爆音だ。

「さすがの桃太郎さんにもこの数はヤバそうっすね。どうしますか、帰っちゃいます?」

 グリーンの猿が俺に問いかける。愚問じゃねえか。

「そんなわけないだろ。まずはあのDJを仕留めるぞ」

 物陰から様子を窺っていると、ふいに肩に手が置かれた。振り返るとそこには恐ろしい鬼が。

「へい、ボーイ! 一緒にレッツダンス・踊りトゥギャザー・カモーン?」

 身体を揺らし笑顔で問いかけてくる鬼。それは世にも奇妙で不愉快な存在だった。異様に発達した俺の右腕で強烈なパンチを鬼の顔面にお見舞いする。

「ゴガッ」

「ははっ」

 鬼はその場にばたりと倒れた。俺は気分が昂揚し、脳天をつんざく爆音に身をゆだねて鬼たちが踊るパーティのど真ん中に繰り出した。



〈三人称4〉

 桃太郎は一晩中踊りました。血みどろでした。とても楽しみました。



〈一人称4〉

「めっちゃ楽しかった」

「ワン!」

「ウキー!」

「ケーン!」

 めっちゃ楽しかった。うなるビートが止まらねえ。



〈三人称5〉

 次の日桃太郎が目を覚ますと、腰の巾着に入れておいたはずの黍団子がありません。昨夜の間にすべて食べきってしまったのでしょうか。そんなはずはありません。帰りまでもつようにペース配分を考えて食していたからです。

「なんで黍団子がねえんだよ。あれがないとやってらんねえだろ。俺は黍を探すぞ、極彩色の!」

 そのとき白衣を着た男がまたも桃太郎に問いかけます。

「なにが見えましたか?」

 話しかけられたので仕方なく桃太郎はすべてを語ろうとしましたが、語りつくせませんでした。なぜなら昨晩の記憶が脳内にこびりついて、簡単には外界へと引き剥がすことができなかったからです。

「ん? なんかあっちから黍の甘い音がするぞ......!」

 そして歩くこと数分、桃太郎はついに見つけました。木の根元にひっそりと咲く黍の群生を。

「やったぜ! やっぱ冴えてる俺の五感!」

 すでに猿と犬は去っており、いません。

 桃太郎は極彩色の黍を手に取り、そっと甘噛みします。そのとき時間が止まったように感じました。しかしはっと我に返ると世界が揺らいで見えました。まだ昨夜のビートが身体を揺らすようで、彼の頭蓋と頸椎は上下に揺れ続けています。

 ええ、白衣の男の登場です。

「そろそろそろそろ帰りましょう」

 桃太郎は帰宅の時間です。黍をたくさん持ち、船に乗って帰ります。



〈突然のおばあさん視点〉

 私とおじいさんは国から資金をもらって黍団子を製造しています。黍に含まれるKBDという成分が人体に安定した効果をもたらすのは黍団子として加工されたときだからです。黍収集家のおじいさんがある島で採取した黍から、黍団子研究者の私が初めて発見しました。KBDには知覚・感情・意識を一時的に改変する効果があり幻覚剤に含まれます。

 いろいろな色の黍が発見されていますが、極彩色の黍から最もすごいKBDが生成されるというのは私の密かな発見でした。しかし、あれは我が子にのみ使うと決めておりましたので国には報告しませんでした。

 ついに桃太郎が生まれて私たちは極彩色の黍を与えました。その力は想像以上のもので、私たちは桃太郎の著しい成長を目の当たりにしました。さすがに国にも隠しきれなくなり極彩色の黍の存在を明かしましたが、特に没収されるということもありませんでした。なぜならこのまま桃太郎に投薬しつづけその経過を観察するのが最善だと判断されたからです。

 観察を継続するべく、極彩色の黍を採りに採取部隊が島に派遣されましたが、あえなく退却してきました。そこは鬼たちが占拠していたからです。まあ鬼と言ってもただのKBD中毒者たちなんですけどね。

 廃人と化した彼らは鬼ヶ島を根城として独立国家構想計画を練りました。そしてそれを一晩水につけ、すりつぶして、ほぐして黍団子を作りました。黍団子はおいしいです。

 これでは廃人たちに邪魔されて極彩色の黍を手に入れられないため、私たちは戦士を送り込むことにしました。それが桃太郎です。彼は極彩色の黍団子によって得た七色の眼を使って世界の本質を見渡せます。あとはその屈強な肉体をもってして必ずや目的のものを持って帰って来てくれるはずでしょう。

 今夜はおじいさんと共に月を眺めて夜を更かします。もちろん傍にはKBDを添えて  。



〈三人称視点6〉

 極彩色の黍をたくさん採取した桃太郎は無事おじいさんとおばあさんのいる家へと帰ってきました。あの夜のグルーブは未だ彼の脳髄を上下左右に揺さぶり続けています。

「じいさん、ばあさん。見てくれよ、この綺麗な黍たちを。俺が一人で採って来たんだぜ」

 桃太郎はお供のことなど最初からいなかったかのように忘却しています。

 鬼ヶ島から帰るとき、桃太郎は大量の黍を持ち運ぶため海岸付近に落ちていたきれいな箱を拾ってその中に黍を無理やり詰め込んで帰って来ていました。おじいさんとおばあさんを喜ばせてやろうと、二人の目の前でそれを開いて見せます。

「ほら、驚くなよ。この大量の  」

 おじいさんとおばあさんはなにかに気付いたように焦って桃太郎を止めます。

「いかん、桃太郎よ! やめるのじゃ!」

「ダメですよ、桃太郎。それは  」

 蓋を開けると、中から白い煙がもくもくと出て、たちまち桃太郎は白いひげのおじいさんになってしまいました。

 凝縮されたKDGが、桃太郎に急激な成長をもたらしてしまったようですね。





ざんねんでした

おしまい

























【引用・参考資料】



あらすじ君【昔話】桃太郎【あらすじ・ネタバレ】

  https://arasujikun.com/archives/14

あらすじ君【昔話】浦島太郎【あらすじ・ネタバレ】

  https://arasujikun.com/archives/53



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